せっかくの盆休み、バイクで出掛けたり、レガシィのブレーキチェック等いろいろやりたかったのに暑すぎて何もできずゴロゴロ甲子園を見ているtake-cです。
そんな中、気になる記事を発見したので私なりの考えでも…(要するに暇なんですww)
済美・上甲監督「高校野球に球数制限はそぐわない」
──浦和学院が初戦敗退。エースの小島君は足がつりながら182球を投げた
「小島君を投げさせたのは森監督の優しさだと思います。3年生の思いを背負って投げたいと言っている2年生のエースに最後まで任せようとした。優しさですよ、あれは」
──選手の健康を心配する声もある
「たとえばあなたが同じ2年生エースだったらどうですか? 3年生の思いを背負っている。ずっと目標にしてきた甲子園のマウンドに立っていて、またここに来られるかもわからない。それが決勝だったら? 春夏合わせて4000校ある内の4校しか立てないわけです。おそらく一生に一度でしょう。監督に投げたいと言いませんか」
──高校生の立場なら、投げさせてくださいと言うと思います。それでも…
「あの子たちには『いま』しかないんです。それを高いところから、冷静な判断で取り上げることは、私は高校野球の指導者じゃないと思います。止めたことで彼らに一生の悔いが残るかもしれない。もちろん2、3回戦なら投げさせません。でも決勝になれば、私は投げたいという本人の意思を尊重してやりたい」
~ここまで~
「甲子園」を人生の最終目標に持っていくならばこれでいいのでしょうが、人生ってその後も続くものですよね。
それを考えて、その子の長い人生を導いてあげるのが指導者というモノではないでしょうか?
高校生とはいえまだまだ考え方は子供ですよ「今がよければ」とか「とにかく勝ちたい」って思いが強いのは当然、ひょっとしたら逆に「あの時、投げなければ」と思う人生を彼がこれから歩むかもしれないのに…
野球ではなく吹奏楽の話ですみませんが、最近コンクールのお手伝いに行った時に若い子が居ないという話を楽器屋の店員さんにしたら、今の子は中学卒業したら絶対に吹奏楽はやらないって力強く言う子がほとんどとのこと。
どうやら、目標が中学の吹奏楽コンクールで金賞を取るってとこに置いているので夏のコンクールが終ると燃え尽きるのと、毎日厳しい練習漬けでもう楽器なんてやりたくないんですって。
つまり、音を楽しむから「音楽」なのに苦痛しか記憶に残らないらしい…
最近ウチの市内では、保護者受けが良いってことで吹奏楽に力を入れる学校がホント増えたけど、それって教育の観点で見たら失敗なんじゃないの?
教育者の成功って甲子園に出る事でもコンクールで金賞取ることでもなく、教え子が社会人になっても草野球やバンドを続けてることじゃないかなと自分は思うのですよ。
記事を読んで思ったのは、この監督含め今の指導者って子供の意見を尊重しているというより自身の勝利しか考えてない気がするんだよなぁ。
ま、野球についてはよくわからないので体育会系ではこの監督の考えが正しい!って意見が多いかもしれませんがね。
ゴロゴロ甲子園を見ながら、ふと思った事を書き殴ってみました(^^;
なんだかんだ言って頑張ってる高校球児を見るのは楽しいですな。
オッサンになった証拠とも言うorz
Posted at 2013/08/15 16:25:03 | |
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