毎度お馴染みとなりつつある、引用によるお手抜き…
近畿日本鉄道・公式ニュースリリースより引用
近鉄では、開業時(大正3年・1914年)から現在の生駒トンネルが開通した昭和39年(1964年)までの約50年間、当社奈良線の輸送を支え、経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定された旧生駒トンネルを見学するツアーを、夏休み期間中の7月25日(木)、8月18日(日)の2日間(1 日2回実施)、各回100名の計400名で実施します。
このツアーは、当社創業百周年を記念して平成22年から実施しているもので、毎年、参加者から大変好評をいただいています。
旧生駒トンネルへは石切駅側から入り、駅助役による同トンネルの歴史などの解説を聞きながら、入口から約330m付近まで見学していただきます。トンネル内は真夏でも17°Cほどと涼しく、独特の冷気も体感いただけます。
トンネル入り口付近ではトンネルの歴史を綴ったミニ写真展や鉄道グッズの販売会も開催します。
今回、このツアーへの参加が適い、トンネル内部を見学する機会を得た次第。
ちなみにこのツアーは、最寄り駅からの近鉄往復乗車券とセットの場合のみの発売で、ツアー単体での金額というのは明示されていないものの、およそ「往復乗車券+¥1500」程度の金額で設定されている、(内容の割にやや高い感じは否めない…)
なお石切駅で有効な定期券を所持している場合でも、往復乗車券込みでしか販売出来ないため、隣の駅(額田駅)からの乗車券込みでの発券となるとのこと。
当日は、まず近鉄奈良線の石切駅で受付
で、この駅…線路が切り通しを走っており、駅舎が地上階にあるという造りなのだが、これはかつてトンネルだった区間を開削し、そこに駅を移転させたため、この様な構造になっているのだとか。
受付でヘルメットとカッパを渡され、その後は各自で旧・生駒トンネルへと移動。
線路に沿って奈良側へと歩いていくと、近鉄は現行の新・生駒トンネルへと入っていく。
その新・生駒トンネルの上を歩く形で少し歩くと、ゲートに係員が待機しており、ここから近鉄の旧奈良線線路跡へと入っていく。
すると如何にも「駅跡」と言った感じのスペースになっている。

(一部に後刻撮影した写真を含む)
更に一角には変電所(…跡なのか、現役なのかは未確認)も建っている。
こちらが昭和39年の新・生駒トンネル開業により廃駅となった、孔舎衛坂駅跡。
写真で見て解るように、線路は撤去され業務用道路となっているものの、プラットホームは当時の面影をそのまま残している。
駅跡には、今回のツアーに合わせて設置されたのであろう、新しい駅名板が設けられている。
ちなみに新・生駒トンネル開業前は、石切駅は今よりも大阪よりにあったのだが、新・生駒トンネル開通によるルート変更により、旧・石切駅と旧・孔舎衛坂駅を合併する形で、石切駅が現在地(両駅の中間)に統合移転し、今日に至っている。
そして駅のホームの端は、もうすぐに旧・生駒トンネルなのだが、先ずは改めて参加者が集合し、この先は職員同行での見学となる。
参加者が揃うのを待つ間、カッパやヘルメットを装着し見学に備えるとともに、鉄道グッズや記念乗車券の販売も行われている。
ちなみにこの日の参加者は「御団塊様」「家族連れ」「古典的で如何にもな鉄道ファン」「その他(中高生?グループなど)」が1/4ずつといったトコロ。
しかし、少し遅れてくる参加者もあり、カッパを着て待機している間に…
「汗がしたたり落ちる」などという話ではなく、「袖口から汗が流れ出る」有様。
正直、真夏の炎天下でカッパというのは拷問に等しいような…
ここで生駒トンネルの説明を、またまたお手抜きモード全開で、Wikipedia引用(大汗
生駒トンネル(いこまトンネル)とは、大阪府東大阪市と奈良県生駒市の境にある生駒山を東西に貫く、近畿日本鉄道けいはんな線の新石切駅 - 生駒駅間にある鉄道トンネル(全長4,737m)、およびかつて同社奈良線の孔舎衛坂駅 - 生駒駅間にあった鉄道トンネル(全長3,388m)である。生駒山地を迂回する西日本旅客鉄道(JR西日本)の路線に対し、近鉄線はこのトンネルによって大阪と奈良を短距離で結んでいる。
奈良線の生駒トンネルは新生駒トンネル(全長3,494m)の開通により1964年(昭和39年)に鉄道トンネルとしての使用を終えた。その後、奈良線の旧トンネルを一部再利用する形でけいはんな線の生駒トンネルが1986年(昭和61年)に開通している。
全員が揃ったところで、いよいよ旧・生駒トンネルへのゲートが開き、中へと入っていくのだが…またすぐにゲートがあり、二重に閉ざされているという厳重さ。
鉄道トンネルとしては用途を終えた旧・生駒トンネルなのだが、実は平行する新・生駒トンネルや、けいはんな線のトンネルと繋がっており、こうした長大トンネルの非難誘導路としての役割や、作業用通路、更には電力設備用のトンネルとして、今でも活用されているため、このトンネルへの出入りは厳しく制限されているのである。
そしてトンネルを入ったところにも、駅名板が…
ちなみに駅ホームはトンネルの入口で切れており、トンネル内を駅として使用していたという事実はない。
ここで最終の注意事項があり、その後に見学となるのだが…
事前に「トンネル内部での撮影は禁止」と明記されていたのだが、「折角、来ていただいたのですから、特に遠慮してほしいトコロは別にして、写真撮影はしていただいて構いません。」との事。
しかし特に「ココはダメ」と言った注意もなかったので、要は「当日の客層等を見て、収拾がつかなくなりそうなら撮影禁止もあり得るので、一応建前上は禁止にしておいて、現場で臨機応変に…」という事なのではないだろうか。
それにしても「トンネル内部の撮影不可」を前提に機材を準備していたので…
こうなると解っていれば、高感度番長のK-5か、X-E1あたりを用意していたのだが、「トンネル入口だけ」と思っていたので、XF1しか持参しておらず、トンネル内の暗所で四苦八苦することに。
但しこの「撮影OK」には補足がついていて…「本来、写っているはずのないものが写っていても知りませんので」との事。
実はこの旧・生駒トンネル…工事中の落盤事故にはじまり、運行開始後も、トンネル火災事故に、ブレーキ故障による追突事故と、色々と事故が多いトンネルでもあり、一部で心霊スポットとして取り上げられていることもある場所なのである。
ゲートが開き、いよいよトンネルの奥へと入っていく
ちなみにトンネル内の温度はこんな感じ
まあ屋外でカッパは拷問だが、トンネル内であれば、まあ問題なし。
それより何よりも滴が落ちてきたり、トンネルの壁で裾が汚れたりもしていたので、カッパが用意されているというのは、非常に良心的な対応ではないかと思う。
そしてトンネル内を歩いていく
今回は近鉄系列のローカルケーブルテレビの取材が入っており、その撮影用の照明機材が有ったため、随分と明るく写っているのだが…
その照明の有無でこんなに違っていて…
そういう意味では、まあ取材が入っていて良かった言えるのだが、まあ田舎のケーブルテレビ。
ある程度心得ているカメラマンであれば、テレビに映ることを嫌がって、カメラを避けている人がいれば、その人をさり気なく避けて映すなどの配慮もあるのものだが…
そんな配慮は全くなく、明らかに嫌がっている人にカメラを向けたり、参加者が歩くシーンを撮りたいと真正面から無理矢理な照明を煌々と浴びせてみたりと、とにかく「自分が撮りたい画」の事しか頭になく、空気を読んだり、周りへの配慮など全くなし。まあ所詮は田舎のケーブルテレビの三流カメラマンなのだろう。
ちなみにそのケーブルテレビの映像が
コレ(4分頃からこの話題。私は…後ろ姿で1カ所、そしてホンの一瞬だけ画面奥で正面から写っているシーンがあります。)
そして石切側入口から330m地点まで進み
ここで厳重に閉ざされた扉があり…
この扉を開けて奥へと歩いていく
今回、見学できるのはココまでなのだが…
実はこの奥に、更に風除扉があり、実はコレが近鉄奈良線の新・生駒トンネルから続く非難誘導路。
そして本来はココで折り返しとなるのだが、今回は特別にもう少し奥へと歩いていき
今回は石切側から465m地点で折り返すことに。
但しこの旧トンネルの生駒側(今回ツアーで入ってきた石切側出口の反対側)の一部は、1986年に開業した近鉄東大阪線(現けいはんな線;近鉄奈良線とは別の路線)のトンネルとして再利用されているため、このまま進んでも行き止まり。
で、この地点から側坑が伸びており…
こちらもまた、近鉄けいはんな線のトンネルへと続く連絡路。
要するに、真っ直ぐ歩いていっても、ここで曲がっても、けいはんな線のトンネルへと繋がっていると言うこと。
そしてこの連絡路をちょっと入ったところで、今度こそ折り返し。同じ道を歩いてトンネルの入口へと戻りツアーは解散。
本当は、そのまま何処かで昼食を食べて出勤予定だったものの、カッパのおかげで汗だくになり…そのまま出勤するには耐えないと判断し、昼食を諦めて自宅へ戻り、服を着替えてから出勤しましたとさ。
<おわり>
オマケ:今回の見学ルートを無理矢理図に書くとこんな感じ(方角・縮尺など完全に出鱈目です)