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2012年03月31日 イイね!

北の都アークレイリへ②市内散策とプール、シーフードレストラン、ホテル編 [アイスランド&グリーンランドの旅報告No.22]

「アイスランド&グリーンランド旅の報告」のバックナンバーはこちら



● 旧市街を歩く


アークレイリ空港から徒歩で市街地を目指し、途中にある産業博物館と民俗博物館の見学を済ませ、あとはアークレイリの旧市街を通って、一旦ホテルにチェックインすることにしたい。

静かで雰囲気の良い池沿いの遊歩道を歩く。



実はこの3泊4日の北部アイスランド訪問は、「トラベルはトラブル」を地でいくアクシデント続きとなるのだが、この段階ではそんなことはまだ知らず、長閑な風景の中を気持ちよく歩いていたのである。先ほどの機内で遭遇した若い英国人モンスターの事などすっかり忘れて…


そして旧市街の住宅地へと進んでいく。本当に閑静な住宅地といった感じでなかなか雰囲気が良い。



途中で見かけた車


画像加工で見難くせざるを得なかったものの、現行の欧州共通国旗入りナンバープレートではなく、おそらく当時ものと思われるシンプルかつレトロなナンバープレートが装着されている。


そして住宅地の一角にある、アークレイリで一番古い家屋を利用したレストラン。


一瞬、ここでランチを食べていこうかと考えたのだが、何となく敷居が高い気がしてパス。

後からふり返ってみると、結局夕食までまともな食事は食べず仕舞いだったので、ここで何か食べていても良かったのだが、タダでさえ物価高のアイスランド。
昼も夜もそれなりのレストランで食事してしまうと、お財布が一気に軽くなってしまうので、この選択も間違いではなかっただろう。

それにココの評判を調べてみても、建物を誉めているものは多いものの、肝心の味を誉めているものが見あたらないのもまた事実。そして見た限り、全く客が入っていないではないか…。


そして再び旧市街を歩き始める。




平日の日中、そして車社会ということもあってか、歩いている人を殆ど見かけない街中で、一カ所だけ妙に人気のある場所を発見。


見ての通り、ソフトクリームなどを出すファーストフード的な店なのだが、ひっきりなしに車で乗りつける人がいて、イートイン、テイクアウェイ問わず、多くの人がソフトクリームを味わっている。

しかもこのクソ寒い北アイスランドで、お天気の悪いこんな日にである。更にQOLの異常に高いアイスランド人が次々訪れるということは…これはよほど美味いB級グルメなのではないかと直感し、即座に入店。


メニューはアイスランド語だったが、周りの人の買っているものを見て、若い女性店員に英語で「バニラのソフトクリーム」とオーダーしてみると、「チョコとか他の味もあるけど?」「カップかコーンかワッフルかどれにする?」を返ってきた。

とは言え、やはりソフトクリームの味を確かめるならバニラが良いだろうし、周りの客も圧倒的にバニラが多いので、ここはバニラをチョイス。

そして「カップかコーンかワッフルか」の選択は完全にお好みだろうと思って、個人的に好きなワッフルをチョイス。
しかしよくよく考えてみると、周囲の人は圧倒的にカップ。実はコレには落とし穴があったのだが…


で、風がピューピュー吹き付ける中、屋外のベンチで早速賞味。


そして味の方は…濃厚でミルクの風味タップリ。そして濃厚なのは味だけでなく、クリームそのものもネットリとして重みのある“詰まっている感タップリ”で非常に美味しい。
これほどのソフトクリームは、今までに食べたことがないのではないだろうか。流石はアイスランドという、舌も気候もこの上なく厳しい条件下で流行っている店だけのことはあるだろう。

しかし落とし穴は…あまりに濃厚で重たいクリームゆえに、下のワッフルがその重みに耐えきれなくなり…見事に崩壊。地元の人がワッフルやコーンではなく、敢えてカップを選んでいた理由はこのあたりにあったのだろう。
メインの部分は手でキャッチしたものの、一部は衣服に白い模様を付けているではないか。そして通りすがりの小学生くらいの女の子に腹を抱えて爆笑されている…。

とりあえず、汚らしいことは百も承知の上で、手でキャッチしたメインの部分を大急ぎでお腹に収め、ティッシュで手を衣服を拭いてみるが、やはり糖分と乳分があるので、べっとりとした感じはどうにもならない。
これは水で何とかするしかないと判断。とりあえずホテルを目指すことに決定。


しかし地図上では目と鼻の先にあるはずのホテルなのだが、実際は相当な高低差があって、なかなか辿り着かない。

坂を登り


中腹からアークレイリの中心部を望む


雰囲気の良さそうな植物園もあるのだが、今回はパス。



坂を登り切り


こうしてとりあえずホテルへとチェックインし、手と衣服についたソフトクリームを処理したのだった。



● アークレイリ中心部と、新市街を歩く



そしてホテルで一息ついてから再び出発。


これまた雰囲気の良いベンチがあったのだが、ここもパス…というか、風を遮るものがないので、容赦なく寒そうなので、とても座ってみようという気にはならなかったのだが。



しかしフィヨルドの風景と、フィヨルド内に作られたアークレイリ空港と国道一号線のフィヨルド横断道路の様子がハッキリ見えている。



そして高台にある高級(?)住宅地を通過。



どの家も実に閑静で雰囲気が良く、渡辺篤史になりすましてお宅訪問をしてみたいような家屋ばかりである。


次にホテルの裏手に出てみると、幹線道路が走っていたり、官庁などもあり、このあたりが新市街になるようだ。



そして今度は坂を下っていく。



このまま下っていくと、アークレイリのダウンタウンに到達するのだが…



今回はちょっと寄り道。裏側から入る形になり、ちょっと分かり難いが…


少し角度を変えて…


そうアークレイリの中心部を見下ろす高台に位置し、町のシンボルともなっている教会である。

ちなみに何となく見覚えのある外観のような気もするのだが、それはココの教会と同じ設計者が手がけているため。


教会内部



この教会は高台に位置していることから、ダウンタウンやフィヨルドを見下ろす歩道もあり、お散歩コースにも最適である。



そしてダウンタウンへと続く参道を下ってゆく。




● アークレイリ中心部を歩く


参道を下りきったところが、アークレイリの中心部。ホテルやレストラン、そして商店などが建ち並んでいる。人口17000人そこそこの町にしては、随分と賑わっている印象である。


ちなみに上の写真左手の雰囲気ある赤い建物はアークレイリで一番有名なレストランで、それなりに人は入っているのだが…この後、地元の方数名にオススメのレストランを聞いてみたのだが、誰もこの店を推奨しなかったという謎の店。
まあ結局私も食べず仕舞いなので何ともコメントが出来ないのだが。


そして町の中心にあたる商店街(?)を通り抜けていく。(一部の写真は夜の時間帯に撮影したもので、人気が少なく感じるのはその影響かと。白夜で真夜中でも明るいので…)






そして今度はダウンタウンからほんの1筋東側の海沿いの道を散策。

まず目に付くのがHOFという円形の建物。これはCultural and Conference Centerとのこと。


内部には観光案内所やレストランなどの施設もあり、観光客も気軽に覗いてみることが出来る。

特に観光案内所はアイスランド全域から観光パンフレット類を取りそろえており、アークレイリ以外の場所についての情報も豊富。
ただ日本語のパンフレットはと言うと、日本語対応のツアー予約代行会社の名刺サイズのカードがあるだけなのだが。

ちなみに、ここのレストランは比較的評判が良いようなのだが、私は実際に試す機会もなかったので、何もコメントすることはできない。


そして各地のミュージアムから、展示品のごく一部を集めたダイジェスト的なコーナーもあり、各地のミュージアムの概要を知ることが出来る。



更に近くの桟橋には「HUNI II」という、伝統的な漁船が保存されている。


夏場はこの船でクルージングも楽しめるとのことだが、シーズンオフの今は残念ながらクルージングはおろか内部の公開すらされておらず、外観のみの見学となる。



● 温泉プールで入浴


こうしてダウンタウンの散策を終え、今度はホテルの向かいにある温泉プールへと向かう。


ここアイスランドは、全土に温泉が湧いていることもあり、リゾート的要素の強いスパ的施設とは別に、庶民的なスイミングプールでも温泉浴を楽しむことが出来る。

アークレイリ市街地には2つのプールがあり、屋外プールと屋内プールとハッキリ性格付けされており、好みの施設を選べばよいのだが、今回はホテルの直ぐ近くにある屋外プールを利用することに。

水着とホテルから借用したバスタオルを持参し、受付で入場料ISK470(≒\340)を支払う。ちなみに温熱サウナを利用する場合はISK750(≒\540)となるが、スチームサウナだけならISK470だけで利用できる。

アイスランドでは殆どカード払いで済ませていたのだが、たまたま後ろが混んでいたこともあり、今回は現金で支払い。お釣りのコインを握りしめたままロッカールームへと進む。なおこの先は撮影禁止とのことなので、写真は無し。


で、ロッカールームで水着に着替える。ただ海外の温泉でよくあるパターンで、土足のままロッカールームへ入ることになるので、サンダルも一緒に持ち出していれば良かったと悔やまれるところ。

ロッカーに衣服を放り込んで鍵を掛けようとすると、何とコイン式の有料。(リターン式では無い)
そこで先ほど貰ったお釣りのコインを取り出して見てみると…何と刻印のない無印のコインが紛れ込んでおり、一瞬「やられた!偽金か…」と思ってしまったのだが、冷静に考えてみると、ちょうどロッカーに必要なコインのサイズになっている。
つまり偽金云々ではなく、お釣りと一緒にロッカー専用コインを渡してくれていたのである。逆にこれに気付かなければ、本物のコインをロッカーに入れてしまうところであった。


で、水着になって次へ進むと、シャワーコーナー。ココには石鹸類も備え付けられており、皆しっかりと体を洗ってからプールへと向かうことになる。

そしてアイスランド語なので詳しい内容は解らなかったが、こんな感じのイラストで特定の場所をしっかりと洗うように促していた。足の指先を洗うように指示しているのが海外らしいところだろうか。


但し上の画像は私が日本標準の男子トイレマークを元に作成したもの。実際は現地の人の体型に合わせて、もっとスリムでスッキリと描かれていたが…。


そして申し訳程度の屋内プール(子供用?)を通り過ぎて、屋外プールへ。

折角なので、後刻(営業時間終了後)に公道から見えている範囲だけを撮影した画像で紹介。




「プール」ということもあり、普通にレーンのあるプールが2つドドンと存在しているのだが、基本的には誰も近寄らず。

殆どの人が、日本でいうと銭湯サイズ程度の温浴槽(但し温度は37~8℃程度)や、ジャグジー(こちらは42℃程度)、更には子供用の浅い温水プールを寝湯にしていたりと、温泉浴をメインに楽しんでいる。

高校生くらいの元気なグループが時々プールに飛び込んで少しだけ泳いでみるものの、直ぐに「寒い寒い」(アイスランド語なので正確なところは解らないが)と言ったようなことを叫びながら温浴槽へと戻ってくる。

私はと言うと、専らぬるめの温浴槽でのんびりと過ごすことに。37~8℃と少しぬるい感じではあるのだが、42℃程度のジャグジーの場合、深さやベンチの高さが外人向けなのか私にはちょっとマッチせず、どうも落ち着かないのである。

そこで適度な深さの温浴槽でのんびり過ごしつつ、時々スチームサウナで体を温めてくる感じで過ごすことに。
但しやはりぬるかったこともあり、長風呂をしてしまい、結局このプールに2時間ほど滞在。


そして湯上がりに売店でコーヒー牛乳に近そうなドリンクを購入。


しかし味の方は、コーヒーとプロテインとキャラメルとガムを混ぜたような筆舌に尽くしがたい珍妙な味で…少なくとも日本人にはとても飲めない味だろう。結局、一口二口飲んだだけでゴミ箱行きに。

ただアイスランドでは、菓子やドリンクにこの系統の味が多くみられ、これが一般的な味なのかも知れない…



● 「スシピッツァテンプラ」にチャレンジ


そしてプールの後は、ダウンタウンにあるRUB23というシーフードレストランへ。(右手の赤い建物)


同じ系列でステーキハウスやバーなども経営しているのだが、やはり今回はアイスランドらしくシーフードレストランをチョイス。


店内の雰囲気



で、湯上がりということもあり、そして先ほどの珍妙なドリンクの口直しも兼ねて、まずはコレ。


アイスランドのビールは、やはり欧州系のスッキリとした飲みやすいビール。
スーパードライのようなハッキリ辛口シュワシュワが好きな人には受けないかも知れないが、海外ビールがOKな人なら、クセのないアイスランドビールは病み付きになる味だろう。
アイスランドはとにかく水が美味しいこともあってか、どの銘柄もすっきり感の際だったなかなかの味なのである。


そして、先ずは前菜なのだが…「スシピッツァテンプラ」なる不思議なメニューに目を奪われてしまう。
店員に説明を求めたところ、ゼスチャーも交えて説明してくれたのだが、「ウナギ」が入っていると言い出したり、どうも釈然とせず。

基本的に海外で食べる日本食は、値段が値段な上、ガッカリするような味だったりするので、極力避けており、「ご当地ではご当地の味を楽しむのが一番」というモットーなのだが、今回はこの不思議なメニューがどうしても気になりオーダー。


で、運ばれてきたのがコレ。


断面はこんな感じ。


要するに、具のない米だけの海苔巻きを押しつぶし、それに衣をつけて上げたものの上に、刻んだ白身魚をピザソースに和えて載せたもの。そして更にウナギのタレを掛けたもの…とでも説明すればいいのだろうか。

確かに「スシ」「ピッツァ」「テンプラ」全ての要素を含んでいて、「ウナギ」のタレも掛かってはいるのだが…何ともコメントに困る凄い料理である。

まあ味の方は、完全に見たまま、想像したまま…としか言いようがない。
ベースとなる味は、海外でよくある日本食の味で「不味いとは言わないが、それ以上でもない」という程度。
決して食べられないものではないが、これでISK1990(≒\1450)なのだから笑うしかないだろう。


ちなみにここの店は寿司も目玉の一つで、メニューを見る限り、各種のにぎり寿司に加えて巻き寿司も出しているのだが、海苔巻きは基本的に衣を付けてテンプラになり、それぞれに不思議なソースが掛かっているという店である。

まあ場所が場所だけに、在留邦人がターゲットでは無さそうで、日本食を適宜外人好みにアレンジして出しているのだろう。

またドリンクメニューにも、ビールやワインに混じって日本酒があるのだが、銘柄と価格を見比べて、到底飲んでみようとは思えない感じである。


まあとにかく「ご当地ではご当地の味を楽しむのが一番」「海外の日本食はよほどの事がなければ食べてはいけない」という私のモットーを再確認させられる結果となった。


そして気を取り直してメイン。

ここのメインはシーフードならISK3790(≒\2730)均一で、好きな魚(鱈・大鮃・鮭など)と、好きなソース(コショウ・BBQ・バーブなどの定番から、アラビアン・インディアン・チリソース・レモン醤油!など世界各地のソースが揃っている)を選ぶ方式。

しかも魚7種にソース11種で、合計77パターンもあるので、これはこれで悩んでしまう。しかも「ここで変なものを選んでしまうとまた…」という思いも決断を鈍らせる。

で、店員にお勧めを聞いてみると、「それなら盛り合わせが良いわ。ISK4790(≒\3450)になるけど、色々な魚を少しずつ、シェフオススメの調理法で盛り合わせているのよ。」とのこと。


盛り合わせなら、多少ハズレがあっても他でカバーできるだろうと判断し、そちらをオーダー。

で、運ばれてきたのがコレ。


各種の魚がそれぞれに合ったソースと一緒に盛りつけられており、更にロブスターやムール貝なども結構な量が載っている豪華版ではないか。
そしてサラダやラタトゥイユも盛り合わせられており、野菜がタップリなのも嬉しいところ。

どうしても少しずつなので、どれから食べるかは悩ましいところであるが、それでも魚もソースもそれぞれなので、飽きも来ず、美味しいだけでなく楽しい料理である。

細かいことを言えば、日本のように“身の締まった魚”が好まれるわけではないので、豆腐のように柔らかな魚に多少の違和感を覚える(しかしこれはこれで美味しいのだが)ことと、ラタトゥイユの味付けがちょっと辛すぎることが気になる程度だろうか。


前菜のスシピッツァテンプラは笑うしかない代物だったが、こちらの盛り合わせはもう最高。アイスランドで食べた食事の中でベストに入る内容だろう。

ちなみに後日レイキャビックでもシーフードを食べたのだが、値段・ボリュームともこの盛り合わせの足下にも及ばずだったのである。



● 学生寮を開放したホテルに宿泊


豪華なシーフードに満足し、ホテルへと戻ることにする。

坂を登り


公園(?)を抜け


大学の構内を抜け



戻ってきたのが、今回滞在する「ホテル エッダ アークレイリ」(Hotel EDDA)


何となく大学の一角のような雰囲気ではあるのだが…それもそのはず。普段は大学の学生寮として利用されている建物で、学生が夏休みの期間だけ(海外の大学の夏休みは長い)宿泊施設として利用されているという変わり種ホテル。

どうしてこういうホテルを選んだかというと…要はお金の問題。アークレイリで一番安いホテルがココだったのである。
それでもバストイレ共同、なおかつ朝食無しでISK9100(≒\6550)と結構なお値段だが、宿泊施設の少ないアークレイリでは、まあ仕方のない金額なのかも知れない。

ちなみにホテルのホームページからの直接予約し、最低価格保証でこの金額である。バストイレ付きの部屋もあるのだが、(記憶によると)ISK16000(≒\11500)と値段が一気に跳ね上がってしまうので、今回はバストイレ共同の部屋を選んだのである。


ちなみにここのホテルは、通常「3泊目無料」というホテルが多い中、「5泊目が無料」とややケチ臭い。
そのかわりスタンプカード方式で、アイスランド各地にあるホテルエッダチェーンどこでも共通で無料宿泊が受けられるのだが、しかし以前にも書いたように学生寮を活用したホテルという特性から、日本で言うと明徳義塾や日生学園のようなトンでもない立地条件のホテルが多く、公共交通で旅する限り、まず使い物にならないチェーンでもあるのだが…。(唯一交通の便が良いのが、ここアークレイリのみ。)


なので、今回は無料特典とは縁がないと思いこんでいたのだが、実は「3泊で朝食1食無料」という特典が存在していたのだが、残念ながら今回はその案内がチェックアウト時で、時間が押していたこともあり利用することが出来なかった。

なお朝食は別料金でISK1400(≒\1010)と割高だが、「お金を取るだけのものは出してくれる」との評判である。但しこれまた私は一度も利用しなかったので、何ともコメントのしようがないのだが。


ところがこの朝食を巡っては、帰国後に一騒動あって…

現地でチェックアウト時に「朝食は召し上がられましたか?」と確認されたので、食べていない旨を伝え、3泊分の室料(ISK27300)のみをカードで決済。
しかし後日クレジットカードの明細を確認してみると、この室料とは別に予約時に「予約確認用」に入力したカード番号からISK2800が引き落とされていることが判明。

実は私もうっかりしていて、予約確認時に入力したカードと、実際に現地で決済したカードが別のカードだったこともあり、もしかすると「No Showを判断され、キャンセル料を請求されたのだろうか? しかしそれにしては少し安すぎるような…」などと思いつつ、ホテルホームページのお問い合せフォームからその旨を問い合わせてみたところ…

> 2800 isk is the charge for 2* breakfast . If you didn't have breakfast we deeply apologize and will refund immediately! ….

…といった返信があり、どうやら食べていないはずの朝食代として引き落とされたとのこと。(しかも3泊目の朝食無料を見越して、きっちり2食分のみを請求している。)

まあ迅速な返答と返金処理がなされて、特にトラブルには発展しなかったのは不幸中の幸いだが、何といい加減なものかと感じたものである。

まあトラブル続きの北部アイスランドの旅で、この程度の事はまあ笑って済ませられる程度のお話にすぎないのであるが…


そしてパブリックスペースを通って、客室へと向かうのだが、やはりそこはかとなく学生寮の雰囲気。




客室のドアプレートにも、学生の名前の様なものが書かれている。(アイスランド語なので正確には解らないが)



で、客室内も笑ってしまうほどの学生寮。


帰国後、友人にこの写真を見せたところ、「これじゃあ刑務所でしょ」と言われるほど。まあ殺風景過ぎることは否めないが…。
基本寝るだけなのでコレで文句はなく、バストイレは共同でも最低限洗面所が付いていればOKだと思っているので、全く問題は無かったのだが。

但し、値段を考えてしまうと「全然ダメ」という評価になるかも知れない。
それに地図上では市街地のすぐ横ということもあって、今回はこのホテルを選んだのだが、実際は相当なアップダウンがあるため、意外に時間と体力を使う立地条件なのである。

正直言って「二度目はない」と思うし、次アークレイリ訪れることがあれば、思い切ってそれなりに高級なホテルに泊まるか、予約の困難さは承知の上で安いゲストハウスを探してみるだろう。


ちなみに共用のシャワールームはこんな感じ。


トイレ・シャワールーム共に、近年リニューアルされているようで、非常に綺麗。
しかもこまめに巡回して清掃しているようで、清潔に保たれているのもポイント大。

今回の滞在ではプールや温泉を利用したこともあり、そこまでシャワールームに対してコダワリがなかったこともあるのだが、まあバストイレ共用という部分に関しては、大きな問題を感じることはなかった。


そして廊下の壁に貼られていた手書きの案内図。


先ほど、直感を信じて入ってみたソフトクリーム店も大々的に記載されており、地元でも評判の店だったようである。
まあ「ハズレがあれば、アタリもある…。色々トラブルはあっても旅全体でプラスマイナス0になる」ということなのだろうか。



<つづく>


撮影機材
・SONY α200 + SONY CarlZeiss T* Vario-Sonnar 3.5-4.5/16-80(24-120)[SAL1680Z] and SIGMA 10-20(15-30)mm F4-5.6 EX DC
・SONY CyberShot DSC-TX5 (CarlZeiss T* Vario-Tessar 3.5-4.6/4.43-17.7(25-100))
Posted at 2012/03/31 23:51:05 | コメント(8) | トラックバック(0) | 旅のまとめ(2011年) | 日記
2012年03月27日 イイね!

野付温泉「浜の湯」 北海道別海 [お出かけ回想No.13]

#このシリーズは以前のお出かけを回想するものです。

久しぶりの「お出かけ回想」シリーズです。


今回は北海道は道東・根室管内別海町の温泉。

野付半島の対岸に位置し、観光船も発着している尾岱沼漁港にある「浜の湯」という温泉銭湯。


内湯


露天風呂



…と、「ちょっと設備の整った銭湯」程度の雰囲気ですが、ここはお湯そのものが最高。


豊富な湯量が完全に掛け流しになっており、更に二種類の温泉が同時に楽しめるという素晴らしい温泉銭湯。

施設側は明確に謳っていませんが、片方の源泉は植物性・有機性の「モール温泉」というおまけ付き。

どちらの源泉も肌触りがよく、温度も私好み…と、実は道内でも指折りのお気に入りの温泉なのであります。


ちなみに公共交通だと…根室標津から阿寒バスが3往復(休日1往復のみ)、他に別海町の中心部から町営バスが3往復(土曜2往復・日祝運休)と、道内にしては比較的公共交通でも行きやすい部類だったりします。

あと根室標津からは、意外に距離が短いので、片道タクシーを利用しても許容範囲かな…とも。まあそもそも根室標津まで行くのが大変だったりしますが。

もう11年も前の話ですが、実際に根室標津→(阿寒バス)→尾岱沼→(町営バス)→別海というルートで訪れたこともあります。






と、言うことでオマケ。


先ずは最寄り駅(?)だった根室標津駅跡。2001年撮影。

かつては正面に駅舎があったようなのだが、現在は撤去され、駅前通が駅裏まで貫通しています。


(軽自動車が停まっているあたりから、右手にかけてが駅舎跡。花壇がちょうどホーム跡くらいだろうか。)


駅構内の様子




そして野付半島のメイン観光スポットであるトドワラ(2006年頃撮影)


立ち枯れたトドマツの残骸が湿原上に立ち残り、荒涼とした特異な風景を形作り、観光地となっている。野付風蓮道立自然公園に含まれる。

その成立は、砂嘴上のトドマツ林が、海水面上昇ないし地盤沈降に伴う海水の浸食により枯死したものと見られ、1954年(昭和29年)の洞爺丸台風が枯死を加速したとも言われる。ほとんどは樹齢100年前後のトドマツであるが、それよりやや古いエゾマツも混じる。年々腐朽したトドマツの枯れ木が風化・消滅しつつあるため、いずれは何もない湿原と化すと予想されている。(Wikipediaより引用)



実際、かなり風化が進んでいるようで…こちらは90年代末に撮影した写真



訪れるなら、早いほうが良いのかも知れません。

なおトドワラへは、尾岱沼から観光船が運航されている(但し便数は少ない)ほか、車で根室標津市街地近くから野付半島を走っていくことも可能。
また根室標津からのバスは2000年頃に一旦廃止されたものの、その後もシーズンに臨時運行されることがあったり無かったり…といった感じでしょうか。


(後半の写真は原版がフィルムのため、詳細な撮影時期が特定できず、自分の記憶との照合で推定しています。)
Posted at 2012/03/27 18:38:40 | コメント(5) | トラックバック(0) | お出かけ回想 | 日記
2012年03月26日 イイね!

北の都アークレイリへ①フライトとミュージアム編 [アイスランド&グリーンランドの旅報告No.21]

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● アイスランド国内線でアークレイリへ


欧州最大の氷河・ヴァトナヨークトルへの往復700kmの強行ツアーを終えた翌日、少し時間に余裕を持って昼前の飛行機で北部アイスランドの中心都市で「北の都」と称されるアークレイリへと出発。

しかし「時間に余裕があるから」とのんびり荷物をまとめたりしていたため、ホテルをチェックアウトしたのは出発の30分前…と少しゆっくりし過ぎてしまったようだ。

しかし3泊4日での北部アイスランド訪問を終えて、またレイキャビックへと戻ってくる行程なので、スーツケースはホテルに預けて身軽なうえ、国内線の発着するレイキャビック空港は市街地の真横に位置する空港なので、タクシーで行けば10分も掛からず到着してしまう。
(ちなみにレイキャビック市街東側のホテルキャビンから、南側の空港までISK1800であった)


それからチェックインして、飛行機へと向かうのだが、国内線はセキュリティチェックも何もなく、そのまま直ぐに搭乗できる。
まだ搭乗が続いている段階で、ギリギリというわけではなく、それでもまだ余裕を残して無事に搭乗。


今回搭乗するのはグリーンランド往復でも利用した、エアアイスランド(NY)のフォッカーF50で既に3回目の搭乗。

(アークレイリ到着後に撮影)

しかもこの3回とも客室乗務員(1人乗務)は同じ女性にあたっており、最早顔も覚えられて(やはり東洋人はレアなのか…)「ヘッロ~」とフレンドリーな笑顔で迎えてくれた。


で、ここからネガティブな話題を含むので、読みたくない方は読み飛ばしてください。
※この旅で遭遇したキチ●イ染みたモンスター達のことを、まとめて書いています。

#私は良いことも悪いことも引っくるめて「旅」だと思っているので、全て書きますが、こうしたネガティブな話を好まない方がいらっしゃることも先刻承知なので、無理に読んで欲しいとは思っていません。どちらかと言えばただの愚痴ですが、いつもの如くストレートに書きすぎています。

#但し「少し書き方がストレートすぎるのでは?」とご指摘を受けたので、少し柔らかい表現に書き改めています。

客室内に入り、指定された席へ向かうと、既に先客が着席しており、念のため席番号をもう一度確認してから「ここは私の席なのですが…」と声を掛けてみる。

すると私の席に座り、隣の席にずた袋のような汚らしい袋を置いていた乗客(おそらく年齢は20代でかなり大柄な女性。)は大声を上げて「嫌だ。お前がどこかへ行け!」と言い出すではないか。
とは言え、機内に他に空席もなく「どこかへ行け」と言われたところで、行くところもなく、そんな主張を聞き入れるわけにも行かない。

騒ぎを感じて、客室乗務員が飛んできて説得を開始するものの「狭いから嫌だ」「この席が良い」「オマエが次の便に乗ればいい」などと意味不明なことを言い出す始末。
色々思うところはあるが、ここは客室乗務員に任せて口は挟まず、背が高くスレンダーで毅然とした客室乗務員と大柄でワガママな乗客のやり取りを見守っていると、最後は客室乗務員が強い口調で迫り、女は渋々汚いずた袋を足下に降ろして、私が着席することができた。

本来の私の席は窓際の席で、その客が通路側の筈なのだが、細かいことを言う気も起きず、それにその客を通路側に座らせると、窓側の私が相当圧迫感を感じることは間違いなく、これはこれで良しとする。

が、しかしその後もこの客、この一件がよほど気に入らなかったのか、事ある毎に肘アタックを浴びせてきたり、またドリンクサービスにまわってきた客室乗務員に対しても「水を」と行っておきながら、「コーヒーと言っただろうが!」と意味不明な因縁を付けるなど、キチ●イっぷりを発揮しまくり。

それにしてもロンプラ片手に乗っている辺りを見ると、完全に旅行者で、それなりに旅しているようにも思えるのだが、よくこんな調子で今までやってこられたなと不思議な限り。
まあ相手が“イエローモ●キー”あるいは“▲ャップ”だと思ったからこういう態度を取っていただけかも知れないが…。

とにかく、同じ目的地に行くのが汚らわしくすら思える客であるが、この後こぢんまりとした北部アイスランドで顔を合わすことも無かったのが幸いだろうか。


しかし今回の旅では、やたらこの手のキ●ガイモンスターと遭遇し、この客など、まだまだ可愛い部類で…(その都度書くと、旅行記が重くなるので、ここでまとめて書いておくことにしたい。)


まず最初は、難波→成田空港の夜行バスで遭遇した、気持ち悪い京都訛りの中年男。

この男は最終乗車地の京都駅を出発後、「全てのお客様の乗車が済みましたので、好きな席へ移動していただいて結構です」というアナウンスが入った瞬間、自分の席の周囲の乗客を叩き起こし、「ゆっくりしたいので、(あなたが)他の席へ移ってください」などと言い出すではないか。
言い方は京都訛りで上品そうな言葉遣いだが、内容が内容だけにあまりにますますキ●ガイぶりが増長してしまっている。
特に前の席に座っていた学生風の男性には強行で「足が伸ばせないから、どこかへ席を替われ」を迫る始末。結局学生風の男性は面倒になったのか、キチガ●の要求に応じ、他の席へと移っていたのだが…

そうは言っても、3列シートの高速バス。前の席が空席になったところで足が伸ばせるわけではなく…おそらく夜行バスなど乗り慣れていないのだろう。
しかもこの京都訛りのキチ●イ男、肘掛けに無理矢理足を置こうとして悪戦苦闘していたので、斜め後ろから鼻で笑ってやったら、意地になって無理矢理前席の肘掛けに足を置き続けようとしていたのだが(苦笑


しかし上の2例はまだまだ序の口。

極めつけは、帰路のコペンハーゲン→成田便で乗り合わせたユー●シア旅行社のツアーご一行様。
人数は十人強だろうか。若い添乗員を除けば全員がいい年した団塊世代。

特に凶悪だったが、口ひげを蓄えた男性と、その妻。
特に妻が強烈で、搭乗して直ぐに「どうしてこんな狭い席に座らないといけないの!」と吠えるところからスタート。そもそも狭いのが嫌ならアッパークラスに乗れば良いだけの話なのだが…それに往路も乗って知っているはずなのでは?と素朴な疑問。


そして夜中のフライトで消灯になったあとが強烈。

エコノミークラスの場合、当然全員がリクライニングを倒して休まないといけないのだが、この妻と来たら「狭いから」と意味不明な理由で前の青年がリクライニングを倒すのを拒否。とは言え、若い男性の前の席の乗客(これまた同じユーラシ●旅行社のツアー客)が思いっきりリクライニングを倒しているので、青年もまた倒さないと完全に挟まれて身動きすら取れない状態になるのだが…
結局、ある程度のリクライニングは認めたものの、深夜のフライトでは全員が一定量倒さないとどうにもならないところ。しかしこの妻は実力行使も交えて申し訳程度の倒し方しか認めず、男性は窮屈そうにしている。しかし彼女自身はタップリシートを倒して、広々と過ごしている。

で、この妻、夜中に目が覚めて、ビデオが見たくなった様で…何と前の座席に10発ほどパンチを入れて、前の男性(と、隣の席の女性も巻き添えにして)を叩き起こし、「テレビが見えない」「ユア ソファー もう少し後ろへ!!」などと英語(?)にもなっていない文句を叫び、自分が画面を見やすい角度にシート調整させる有様。
まあこの英語(?)では正確さ云々以前の問題で、日本人以外には伝わらないと思うが、本人は外国人に指示をだして従わせたかのような気分でご満悦な様子。きっと海外旅行の醍醐味を味わった気になっているのだろう。
しかしシートごと調整しなくとも、テレビ画面にはティルト機構があるわけで…こうしてこの妻の無知と教養の無さが露呈して、廻りの乗客はひたすら失笑。


しかしこの妻、いい年をしてそれなりの身なりをしているだけに、中身の伴っていなさ加減が際だってしまうのだが、これは結局「一億総中流」を地でいって、年を取ればほぼ無条件にそれなりの収入とステータスを得られてきた団塊世代特有の弊害なのだろう。
やはり「厚遇を得る者はそれなりの研鑽や徳を積んだ人物」であるという、ごく当たり前のことが当たり前になっていない世代ゆえ、このようなギャップが生じてしまうのだろう。
私としても、年金の財源不足が叫ばれている中で、誰彼と問わず手厚く支給された年金がこんな連中の豪遊に使われ、将来元本割れなどと言われても納得は出来ないだろう。

#もちろん「団塊世代全員が悪」というつもりはないので誤解無いよう。あくまで中身が伴わないのに厚遇だけ享受している一部の人間の話。そしてもちろん格差社会を是とするつもりはないが、しかし世界各地における社会主義・共産主義の失敗を見る限り、何でもかんでも「平等」「公平」「均等」が良いというものではないことは確かである。まあ中身の伴わない一部の人間は共産主義国の人民と同じ様なものと理解すれば解りやすいかも…。


更に夜中に急病人(同じユーラ●ア旅行社の同じツアー客)が出たときも、周囲の乗客や客室乗務員が必死に救護にあたる中、この妻は「○○さん(倒れた人の名前)の奥さんと来たら…全く配慮が足らないし、何?あの今の行動?」などと座ったまま大声で罵り続ける有様。その発言をそのまま彼女自身に浴びせてやりたいものである。

そして救護も一段落した後、周囲の乗客も含めて、嘔吐物などの処理に追われるのだが、●ーラシア旅行社の一行ときたら、スカンジナビア航空から清掃用に支給されたオシボリなどのアイテムを全て身内で山分けして、周囲の乗客には渡さず。(他の乗客から「くれませんか」と言われてもシカト)結局、別途貰い受ける羽目になった。


ようやく落ち着いて、再び機内が眠りに入ったかと思いきや…

例の妻ときたら、今度は起きている人だけに配られた夜食が自分の手元に無いと言って、夜中に大声で吠え始める始末。当然寝ていたら配られない訳で、後から欲しければ客室乗務員に申し出ればいいだけの話。

そんなこんなで不快極まりないフライトを経験。ようやく成田へ向けて着陸態勢に入って、成田空港の天候のアナウンスなどが入り、少しホッとしたところ、最後の最後に例のババア…「成田なんてどうでも良いから、長野の天気はどうなっているの!」と大声を上げて発狂しているではないか。
延々と続くこのキチ●イぶりには、ウンザリを通り越して、「●ねばいいのに…」とすら思えてきてしまう。


更にターンテーブルでの荷物のピックアップでも、このご一行様は周囲の乗客になどお構いなく、ユーラシ●旅行社のステッカーの貼ってある荷物を見つければ、体当たりでも何でもして強引に確保し、「○○さん~取ってあげたよ~」などと身内だけの世界に入ってしまっている。


更にその後の税関検査でも、自分たちが並んでいた列で、前の外国人が荷物を開封検査されているのを見るや否や、「この列は厳しい。他へ行くぞ!」と、廻りの事などお構いなく一気に他の列へと民族大移動を起こすではないか。
直ぐ後ろで順番を待っていた私は、まわれ右して動き出した年配の男性のスーツケースに体当たりされるのだが、何故かこちらが「邪魔だ!」などと意味不明に雑言を浴びせられる始末。

で、この様子を見ていた税関の検査官に「お疲れ様でした」と労われる始末。
いつもは感じの悪いこと極まりない検査官(しかしそれで水際を守っているのであり、文句を言うつもりは毛頭ない)に同情されるという、極めて奇異な体験をしてしまったのである。


しかし何より凄いのが、ユーラシア●行社の添乗員がずっと見て見ぬふりしていること…(あるいは鈍感で全く気付いていないのか?)

後で調べてみると、このユ●ラシア旅行社という会社…どうも添乗員が遜って献身的に客に奉仕し、「特別なお客様感」を演出し、それに慣れることで他の旅行会社に適応出来なくしてしまう、という見事なビジネスモデルでリピーターが付いているようで…。
そういう会社のツアーでワガママ放題過ごした後の帰りの飛行機となると、こういう状況が発生するのは当然といえば当然なのだろう。

さらに客のアンケートが添乗員の評価を決めるとかで、今回の添乗員が見て見ぬふりをし続けたのは、自分の評価を守るため(更に言うと生活を守るためか?)ということなのだろうか。
それに見た感じまだまだ若い添乗員で、団塊世代の先輩や相手にこうしたユー●シア旅行社風の添乗をするには、あまりに荷が重いようにも感じられる。
通常の添乗に加え、付加サービスを提供するのなら、それ相応のプロパーの添乗員の力量が必要になると思うのだが…。ましてやこの手の年配者のご機嫌を取りつつ、なおかつ管理しなければならないとなると、相当な力量が必要となるはず。

ネットで調べてみると、アレコレ書かれている会社のようで…まあソースのハッキリしないネット上の情報を持って論じるべきではないので、これ以上は書かないが、少なくとも今回の状況を見ていて、自分は決してこの会社を利用したくないし、周囲の人が利用すると言ってもいい顔はしないだろう。

まあ少なくとも言えることは、「ワガママな客が多い」「雰囲気が悪い」「客層が悪い」というクチコミが散見される点については、「ふむふむ。なるほどね~」といった感想だろうか。


実はよっぽどクレームを入れようかとも思ったのだが、この会社を調べてみて、クレームを入れたところで、何だか電話代の無駄のような気がしてならず、見送ることに。

但し私が何か言わずとも機内で例の妻にシート(曰く「ソファー」らしいが)越しにパンチを浴びせられた青年もツアー会社名をチェックしており、他の乗客からあれだけ顰蹙を買っていたことを考えると、私がわざわざクレームを入れずとも、スカンジナビア航空含めあちこちからクレームが殺到していることだろうと思うのだが。


ただ機内で倒れた男性の方が、何とか成田到着までに回復し、自力で降機するまでに回復されたことは不幸中の幸い。

しかもその方と奥様が、このキチガ●染みたツアー客の中で唯一の良識的な方で、最後に周囲の席をまわって丁寧にお礼とお詫びの挨拶をされるなど、誠意ある方だったのが救い。
疲労とのことだが、まあこんなキ●ガイモンスターだらけのツアーに参加していては、その心労も相当なものだったことだろうと推察する。

私もお話させていただいたのだが、丁重なご挨拶を頂き、このどうしようもない状況の中にも関わらず、私も「ご回復されて何よりです。お大事になさってくださいね。」という台詞が心から出てくるような方であった。


ちなみに一方のユーラシア旅●社の添乗員からは、何も挨拶無し。まあ自分のツアー客から出た急病人の対応で一杯一杯で、他に気が回らなかったのかもしれないが。
しかし周囲の乗客も同じ印象のようで、先述の青年も相当激怒していた。まあこの青年の場合、急病人が出たときも、迅速に客室乗務員を呼び、その後の対応にも相当協力的に尽力していた訳で、せめて一言二言挨拶くらいしておくべきだっただろう。
これほど協力的な好青年に対し、同じツアー客がやったことが、狭い隙間に身を置かせ、更に椅子越しにパンチを浴びせることなのだがら始末が悪い。端から見ていて許し難いとしか言いようがない。

ただキチガ●団塊モンスターズに添乗する羽目になった、若い添乗員が何だか可愛そうにも思えたというのも事実で…結局会社にクレームを入れなかったのは、この若い添乗員があまりに可愛そうにも思えたからでもあるのである。


…と、今回の旅では、やたらこの手のキチガイに遭遇したのである。まあココまで度を過ぎた●チガイ振りだと、怒りを通り越して笑い話にすらなってしまうのだが。


ネガティブな話はここまで。ここでまとめて書いてしまったので、今後はこの手のネガティブな話題はほとんど登場しません。


で、話を旅に戻して…

グリーンランドへの国際線では機内食や、缶入り飲料のサービスもあったのだが、アイスランド国内線では、「コーヒー、紅茶、水」のみのサービス。



そして40分ほどのフライトでアークレイリへと到着。



F50の後ろには、日本の空では見かけなくなったツインオッターが。


このツインオッターには、アークレイリ滞在の最終日に搭乗予定。(…だったのだが)


そしてこのアークレイリ空港は小規模ながら国際空港。
実際にコペンハーゲンなどからの国際線が発着しているほか、火山噴火などでレイキャビックのケプラヴィーク国際空港が閉鎖されたときには、この空港がアイスランドの玄関口としての役割を果たすこともあるのだとか。

そういう訳で、小規模ながらパスポートコントロール用のブースも設けられている。


まあ基本的にここに飛んでくる国際線はジェンゲン協定加盟国からのフライトなので、これでも十分なのかも知れないが、アメリカ線などがダイバートした場合、相当なパニックになってしまいそうなキャパシティである。


ターンテーブルもこぢんまりとした雰囲気。



そして多くの客は自家用車やレンタカーで空港を後にしていく。



しかし私はそのどちらでもなく、しかもバスなどもないので、アークレイリの市街地まで3km程度を歩いていくことにする。但し空港からの道筋にも見所があるので、徒歩という選択肢も決して悪くはないと思う。

まずは玄関から外に出る。



すると、直後にキョクアジサシという鳥が奇声を上げて攻撃してくる。


後で知ったのだが、この鳥は地面にタマゴを産んでおり、タマゴに近づくものがあるとアグレッシブに攻撃を仕掛けてくるのだとか。
まあこちらも敵意はないので、早々に退散。


そして空港敷地内に航空資料館が存在するものの、午後からの営業ということもあり、帰路のお楽しみに残しておくことに。


実はここアークレイリは、フラッグキャリアであるアイスランド航空の発祥の地でもあり、航空関係では重要な地とのこと。



● 徒歩で市街地を目指す


そしてこんな道を歩き始める。



ふり返って空港を望む


ここアークレイリはフィヨルドの奥に開けた町で、更に空港はフィヨルドの水面の埋め立て地に作られている海上空港である。


空港が邪魔…ということで、少し角度を変えてフィヨルドの牧歌的な光景を…



こうしているうちに、先ほど搭乗してきたF50がレイキャビックへ向けて折返し飛び立っていく。



そして私の方も、ようやくアークレイリの市街地が見えてきて少しホッとする。




● 産業博物館を見学


しかし市街地の手前で第一の寄り道ポイント。



産業博物館というミュージアムである。



ここアークレイリ近辺には多くのミュージアムが存在しており、ここ産業博物館もその一つ。

しかし「アイスランド第二の都市」「北の都」とは言え、アークレイリは人口17000人程の小さな町。
以前「アイスランドの人口≒十勝支庁の人口」「首都レイキャビックの人口≒帯広市の人口」と例えていたが、それで言うと「アークレイリの人口≒芽室町の人口」程度の規模である。
にも関わらずアークレイリには、ミュージアムの案内だけで一冊の冊子が出来るほど多様な施設が設けられ、また高等教育機関も揃ったているという、アイスランドでも有数の文教都市なのである。

今回はその全てをまわることは叶わないが(郊外に位置するミュージアムも多く、本格的にミュージアム巡りをするなら、レンタカーは必須だろう)、道筋にあるいくつかのミュージアムには立ち寄りたいと思う。


さて、この産業博物館だが、入場料を支払って内部へと進むと、何だか雑多な印象。


アイスランドの国民食「Skyr」も実はアークレイリの名産品。


そしてウール関係



漁業・海運関係



そしてその他色々…




地元の産業をPRしており、北部アイスランドの名産が何かはよく解ったのだが、やはり全体的に雑然とし過ぎ感は否めないところ。



● 民俗博物館を見学


こうして産業博物館の見学を終え、再び歩き出すと、池のある長閑な公園(?)があり、その向こうにアークレイリの市街地が見えている。



池沿いの遊歩道(?)を歩いていく。


アークレイリはホントに雰囲気の良い町で、ただ歩いているだけでも気分が良い。先ほどの飛行機の中で不快な体験も吹っ飛んでしまう。


そして次は民俗博物館。


敷地内に多くの建物(一部は資料館として公開)があり、民俗博物館そのものは少し奥まったところに存在している。



で、こぢんまりとした博物館かと思いきや、内部は意外に(と言っては失礼か…)充実している。







そして休息コーナーで休みつつ



昔の町並みを再現したコーナーなど、なかなか盛りだくさん。






そして同じ敷地内にある「ノンニの家」へ。


世界的に有名な児童作家のスヴェインソン(通称:ノン二)が少年時代を過ごした家で、1849年築という歴史ある民家でもある。

スヴェインソン像


建物内






そして著書の展示コーナーには日本語版の書物も。



こうして博物館を立て続けにハシゴし、ようやくアークレイリ市内へと足を踏み入れていく。




<つづく>


撮影機材
・SONY α200 + SONY CarlZeiss T* Vario-Sonnar 3.5-4.5/16-80(24-120)[SAL1680Z] and SIGMA 10-20(15-30)mm F4-5.6 EX DC
・SONY CyberShot DSC-TX5 (CarlZeiss T* Vario-Tessar 3.5-4.6/4.43-17.7(25-100))
Posted at 2012/03/26 21:54:26 | コメント(5) | トラックバック(0) | 旅のまとめ(2011年) | 日記
2012年03月22日 イイね!

旅のダイジェスト ~台北・桃園編

先日、タイへ乗り鉄の旅へ行った際のダイジェストです。

旅のダイジェスト ~中華航空&バンコク編」および「旅のダイジェスト ~旧・泰緬鉄道沿線編」からの続きです。

ダイジェストと言うことで、厳密に時間軸を追っていなかったり、あるいは写真の補正もいい加減だったりしますが、ご容赦の程をお願いします。
なお今後アップ予定の詳細編は、全行程は追わず、乗り鉄に関する部分のみの作成を考えています。



バンコクから台北へ向かう飛行機が桃園空港に着陸できず、台湾上空で旋回し続ける羽目に。


画面の写真を撮っていると、客室乗務員がわさわさ集まってきて「面白いですね~」「一緒に撮影していいですか?」と各自のスマホを持ち出して、「テーブルに肘を置けばぶれないかな~」などとワイワイと撮影。(もちろん機内モードに設定しているのだろう)
このあたりの気さくな雰囲気も中華航空の魅力なのでしょうかね。


お陰で高雄の夜景を上空から楽しめることに。昨年11月に訪れたばかりなので、上空からでも地理が解り、見ていて面白い。


とは言え、台北市内へ到着するころには草木も眠る丑三つ時…。
昨年も利用したホテルだったので、深夜でも迷わずすんなりとチェックインすることが出来たのが救いだろうか。


翌朝、眠い目を擦りつつ、列車に乗り込んで出発。

(昨年11月の写真を流用)


桃園駅からバスに乗り、更にタクシーに乗り継いで…



何とか集合時間に間に合い、台湾人に紛れ込んでハイキングに出発。




ここ後慈湖は、蒋介石が台湾海峡有事に備え、総統府を疎開させる計画を建てていた場所。(日本で言うと「松代」のような感じだろうか)

そのため軍事管制区域となり、一般人の立入が制限されていた場所。
その後制限は解除されたものの、人の出入りが管理されていたため貴重な自然が残っていることから、現在は予約制でガイド同行という条件でのみ公開されている。

私は当時の官舎など、戦跡的なものを期待して参加したのだが、どちらかというとネイチャートレッキングに近い内容。


後慈湖の光景


中国語ガイドの引率+日本語音声ガイド端末という構成なのだが、ツアーの中に複数日本語を話せる方がいて、色々と翻訳してくれるなど、ただただ感謝する限り。


そして休憩時間も、「外国人が来るのは珍しい」と、ガイドさんや他の参加者の方が寄ってきて、中日英の三カ国語を交えた不思議な語らいに。


焼き芋やパンなど色々お裾分けしていただいて…。ホントに台湾の人々はフレンドリーで、こちらも本当に居心地が良い。

そして中には4月からワーキングホリデーで日本に滞在するという方も。
ただでさえ難しい日本語を流暢にマスター(しかも独学で!)するだけでも相当な努力があったであろうに、このご時世に日本に滞在しようという気持ちもまた嬉しい限り。


そしてツアーは蒋介石の棺の前で解散。


蒋介石ってクリスチャンだったのか…


そして隣接する慈湖紀念雕塑公園へ。


ここの様子は以前にアップ済み。

しかし台湾の人々は、ハイキングを終えるとサッサと帰っていったり、対岸の銅像のないエリアでシャボン玉遊びをしていたりと、全くこの公園に興味を示さず。
この公園で大騒ぎしているのは、専ら中華人民共和国からの観光客。


そして台北へと戻り、以前から行ってみたかった師大夜市へ。


師範大学近くの夜市と言うことで、学生風の若者が多く、また飲食店の他、雑貨や衣料品など、学生向けの店も多い。


で、まず前菜に小龍包



そして台湾名物の「滷味」(ルーウェィ)という鍋物(?)に挑戦。


具材を選んで籠に盛ると、店の人が食べやすく切って、鍋で煮てくれるというシステム。


で、仕上がりがコレ。


見た目は良くないですが、台湾風の醤油ベースの“古い味”のスープで煮込んでいて、なかなか楽しい味。

具材も野菜やホルモンから、点心類、手羽先、薩摩揚げ、インスタント麺に至るまで多種多様で、食材選びから色々と楽しめる料理である。

なおお値段は具材で決まり、今回の内容で160元(≒430円)。

英語も日本語も通じないが、身振り手振りで親切に対応してくれる。支払いも小銭を見せて、そこから代金を取って貰った。(台湾だからと安心しすぎ?)


そして最終日は飛行機の時間まで、台北駅から徒歩圏内の二二八和平公園を散策。



先ずは新古典主義建築の国立台湾博物館へ。


ここは日本統治時代は「台湾総督府博物館」と呼ばれていた施設。設立に尽力した後藤新平像も展示されているなど、日本時代からの歴史を感じさせる博物館。


内部



そして「鉄道印象1970s」という特別展へ。


その名の通り、1970年代の台湾の鉄道写真を中心とした展示。





そしてその後は同じ公園内にある「二二八和平紀念館」(日本時代の台湾放送協会の建物)を見学。


建物内



展示内容としては、台湾住民の視点から、日本統治時代、その後の国民政府による接収、二二八事件、そしてその後の反省…と詳細な内容になっている。

(写真は国民政府歓迎の幟。何気に中華民国の国旗が左右逆に描かれているのがポイント)

日本語音声ガイドもあり、IDをデポジットすることで無料でレンタル可能。(何故か日本の運転免許証でOKだった)
ただ説明が詳細で長すぎる感があり、出来れば簡略説明→必要に応じて詳細説明といった工夫が欲しいところ。


そして二二八和平公園の南口から出ると、中華民国総統府(大統領府に相当。日本時代の台湾総督府の建物)


内部は以前に見学したことがあるのでパス…というか、ここで時間切れ。空港へと向かわなくてはいけない時間に。


…と、旅のダイジェスト三部作はこれで終了。
Posted at 2012/03/22 20:36:57 | コメント(7) | トラックバック(0) | 旅のまとめ(2012年) | 日記
2012年03月21日 イイね!

旅のダイジェスト ~旧・泰緬鉄道沿線編

先日、タイへ乗り鉄の旅へ行った際のダイジェストです。

旅のダイジェスト ~中華航空&バンコク編」の続きです。

ダイジェストと言うことで、厳密に時間軸を追っていなかったり、あるいは写真の補正もいい加減だったりしますが、ご容赦の程をお願いします。
なお今回のアップ分が旅のメインで、この範囲は今後(アイスランドか台湾が終了後)旅の報告シリーズを作成予定ですが、とりあえず先にダイジェストのみ公開します。



バンコクから昔ながらの客車列車に乗り



この路線は旧日本軍がタイとミャンマーを結ぶことを目的に建設した「泰緬鉄道」の一部。


断崖絶壁の線路を走り



長閑な雰囲気の旅は続く



現在は途中までしか運行されておらず、その先に廃線跡を追いかけていく。

保存SL



ローカルバスに乗って先へ進んでいく



険しい地形を切り開いて作られた廃線跡





更にピックアップトラックを改造したソンテウに乗り


カオス過ぎる車内




タイ-ミャンマー国境まで到達。


国境脇の廃線跡


この先はミャンマー。しかし現在は外国人に国境が開放されていないため、旅はここで折返し。


帰りは鉄分だけでなく…

国境地域ならではのビルマ(ミャンマー)料理を味わい


辛さ控えめのカレーつけ麺といった感じだろうか。


ダム湖に掛かる世界第二位の木造橋を眺め



更にボートをチャーターし、ダム湖に沈んだ幻の寺院を訪ね



観光船ではないので自己責任の範囲で下船OK(というか乗船自体が自己責任)



日本軍が発見した熱い温泉に浸かり



往路、列車で通過したクウェー川鉄橋へ



鉄橋近くの川の見えるリゾートに宿泊し



川沿いのテラス席で朝食を楽しみ



たまたま見かけた鉄橋を往復する観光列車に乗車


スマホで撮影していたので、指が写っているのはご愛敬ということで…



こんな感じで鉄道をテーマとした旅を楽しんできました。



「旅のダイジェスト ~台北・桃園編」に続く
Posted at 2012/03/21 19:53:27 | コメント(6) | トラックバック(0) | 旅のまとめ(2012年) | 日記

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タイトルの通り、旅と温泉と酒などを愛するNEOCAといいます。気がつけば、みんカラデビューから18年が過ぎようとしています。 現在はほぼ活動休止中ですが、年に...
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