昨日、午後からちょっと散策に出掛けることに。
先ずは午前中に一仕事終えて、難波で昼食。
ふと思い立って、以前のブログでも登場したラーメン屋「天地人」へ。(ちなみに場所は…京都風に言うと、「堺筋千日前下る」)
ラーメン屋としては、「替え玉無料」(しかも無制限らしい)が有名になっているが、私的には「豚丼」がお目当て。
※携帯カメラ
敢えて「十勝風」などとは名乗っていないものの、完全に十勝風…いや青ネギが乗っている辺りは関西風なのかも。(実は松原市にも豚丼を出す店があるのだが、そこも青ネギが乗っている)
味の方も、別に十勝で出てきてもおかしくはないレベル。ただ激戦区で競い合っている有名店と比べてはいけないだろうが、細かいことを言う必要も無いだろう。何しろ本格的な豚丼が大阪で食べられるというポイントはかなり大。(どこかの「十勝仕立て」などでは、お話しにならないが…)
そして昼食を終え、いよいよ散策に出発。
ちなみに今回の撮影機材は…
※SONY α55 + MINOLTA AF SOFTFOCUS 100mm F2.8で撮影
SONY α200 + TOKINA 17mm F3.5 [AT-X17AF](換算25.5mm)という組み合わせ。
まずα200だが、α55やNEX-3という優秀な後輩がやって来て、最近は戸棚の片隅で休んでいることが多いのだが、日中であればCCD機の強みで、低感度でシャドー部の締まりの良い画に仕上がるので、こういう日帰りでの散策という機会に持ち出すことに。
そしてAT-X17は、我が家で唯一のトキナーレンズ(…というか、近年トキナーはαマウントレンズをほとんど発売していない)で、フルサイズ17mmにしては周辺まで含めて安心して使える画質なのだが、これまた最近は(というか以前から)防湿庫から滅多と出ないレンズ。一部で逆光に弱いと評されてはいるものの、私的にはまあ及第点。
フィルム時代はコニカミノルタの17-35mm F2.8-4 (D)という、使い勝手が良く、画質もそこそこの後輩がおり、AT-X17の固定式フードを含めたサイズがほとんど17-35mmと変わらないこともあって、滅多に出番が無し。(せめてフードが脱着可能であれば、サイズ面でアドバンテージがあったと思われるのだが…)
そしてデジタルでは、シグマDP1(換算28mm)やNEXのパンケーキ(換算24mm)という、同じAPS-Cサイズのセンサー搭載ながらコンパクトな機材が手元にあり、更にαマウントではソニー16-80mm F3.5-4.5 ZAやシグマ10-20mm F4-5.6 EX DCといった優秀なズームレンズに含まれる焦点距離ということもあり、敢えてAT-X17を選択する理由もなく…
それでも安心して使える画質であること、色味など好みにあっていること、比較的コンパクトながら金属鏡胴で作りがよいこと、我が家で希少なトキナーレンズであること…などの理由でリストラの対象にならず、手元に残り続けているのだが。
偶にはそんな不遇な機材たちにも活躍して貰おうということで、今回はこの組み合わせを選択。
今回は特記のない限り、この組み合わせでの撮影で、また例え斜めになっていようとトリミングなどは行っていません。(縮小および一部RAW現像のみ)
まず難波から阪神なんば線に乗り、阪神本線との合流駅である大物駅(兵庫県尼崎市)へ移動。
ちなみに右手が阪神なんば線(旧西大阪線)、左手が阪神本線。
(厳密には大物から先の尼崎までは、なんば線と本線が並行して走る形で二重戸籍区間なのだが)
そして大物駅を出発。
実はこの近辺には、旧尼崎港線跡があったり、D51が静態保存されていたりと鉄的にも面白いエリアなのだが、今回は別の目的での散策。
少し歩くと、大物主神社という神社を発見。
特に何かお目当てがあったわけではないのだが、旅(散策)の安全を祈願。
すると境内に「汁醤油発祥之地」なる碑を発見。
特に案内板等はなく「汁醤油って、何だろう?」との疑問を抱えたまま散策を継続。
しかし気になったので、帰宅後に調べてみると…
・昔の醤油は、味噌を造ったときに出る副産物(味噌の下に溜まる液)であった。つまり今で言う「たまり醤油」。
・その後、もろみを使用して醤油そのものを生産する技術が開発され、汁醤油と呼ばれた。
・つまり我々が普通に使用している醤油こそ、「汁醤油」そのものである。
・現代では廃れてしまったが、明治・大正期にはここ尼崎は醤油の一大産地であった。
…とのこと。我々の身近にある醤油にも秘められた歴史があり、また尼崎の産業史という意味でも興味深いものであった。
そして神社から更に歩いていくと、阪神間の大動脈、国道43号線(阪神高速)へ到達。
43号へ左折し、大阪方面へ少し歩いたところで側道へ入ると、赤煉瓦の塀が見えてくる。
そしてここが今回のお目当ての「ユニチカ記念館」
この建物はかつての尼崎紡績(後に摂津紡績と合併し大日本紡績→ニチボー。更に昭和44年に日本レイヨンと合併し、現在のユニチカ)の本社事務所として、明治33(1900)年に建てられた建物で、現在はユニチカの記念館となっている。
なお余談だが、「ユニチカ」という会社名は「※ユニチカ(UNITIKA)の社名の由来は、united(結合)の「ユ」 + ニチボー・ニチレの「ニチ」 + カンパニー(企業)の「カ」を組み合わせた造語であると言われている。」とのこと。(Wikipediaによる)
しかし、もう少し何とかならなかったのだろうか。正直「ユニチカ」と言われても、何の会社かわからない人が多いと思うのだが。
で、「見学は裏門から」とのことで、一度道路を裏へと回り、敷地内をぐるりと迂回して再び正面へと戻ってくる格好になる。
裏側から
斜めから
近年では建物自体が産業遺産としての価値を認められている。(別に歪みテストをしたつもりは…)
また阪神間モダニズム建築の一つとしても評価されている。なお外壁の赤煉瓦はイギリスからの輸入品なのだとか。
そして内部を見学。見学は無料で、予約も不要。
しかし公開されているのが、毎週水曜日のみ。しかも10-12時と13-15時の合計4時間のみという、なかなかハードルの高い施設。
実は今回たまたま水曜日の午後に時間を作れたので、ようやく訪問できた次第。
廊下
応接室(?)
資料室
昭和天皇視察時の玉座
そしてメインの展示室。
ただ残念ながら、記念館としてのクオリティは決して高くない。
雑多な契約書や記念品などを、あまり動線も意識せずに並べているだけといった雰囲気。
せめてパネルなどを併用して、それぞれのコーナーの展示意図と明確にするとともに、各コーナーを有機的に繋いで企業やその歴史がわかるように構成して欲しいものである。
しかも展示物も昭和の頃に展示したものをそのまま放置といった感じで、色あせていたり、最低限の手書きの案内板も完全に日焼けしているなど、もう少し手を入れた方が良い感じである。
正直なところ、これではOBを中心とした身内が、昔を懐古するための施設としか言いようがない。
これなら思い切って雑多な展示を止め、「資料館的施設」としてではなく、「建物そのもの」の公開を主眼にしても良いのではないかと思う。あるいは貸しホールなどとしても活用できるのではないだろうか。
(まあこのご時勢に繊維会社がこうして施設を一般公開してくれているだけでも有り難いと思うべきかも知れないのだが…)
そしてバレーボールチームの展示室。
ここもまあ似たような感じなのだが、いきなり床にこんなものが置かれていたり…
何の解説もなく、床にポンと置かれているので、唐突なイメージを受けてしまうのだが…。
室内をよくよく見てみると、2~3m離れたケースに入った当時の企業新聞があり、それによると…
かつて大阪府と京都府の府境あたりの東海道本線沿いに、会社の健保組合による結核療養所が存在しており、そこの入所者が天皇陛下の乗車された列車や、ちょうど昼過ぎに通過する特急「はと」に向かって、手を振って見送りをするのが日課になっており、そうした事が縁で特急「はと」の乗務員が施設を慰問するなどの交流に発展。
しかし昭和35年に特急列車の蒸気機関車からディーゼル機関車への切り替えを機に「はと」が廃止され、その際にこうした友情を記念して「はと」のヘッドマークが日紡記念館(現在のユニチカ記念館)に寄贈された…とのこと。
ちなみに帰宅後に別の資料を照らし合わせたところ、東京-大阪間の特急「はと」は昭和31年に電気機関車化、更に昭和35年に電車化と同時に「はと」は「つばめ」に吸収され一旦消滅、昭和36年に電車特急として「はと」の名称が復活。
更にその後、新幹線の開業で新大阪-博多に運転区間を変更、その後も山陽新幹線の西延により運転区間を縮小しつつ、昭和50年の新幹線博多延伸により廃止…となっている。
やや話が食い違っているが、昭和31年か35年に送られたヘッドマークと理解して良いのだろう。(151系電車ではヘッドマークは使用していないはず)
しかしもう少ししっかり解説板を設置するとか、ケースに入れるとかすべきだと思う。
また当時の記事の写真では「はと」「特急」というサイドボードも一緒に展示されている筈なのだが、もしかすると盗難にあったのかも知れない。
…しかし、そもそもこの部屋はバレーボールチームの展示室なのだが^^;
そんな館内見学を終え、今度は庭を見学。建物や塀は煉瓦造りの洋館だが、二宮金次郎像や稲荷社など、日本的なアイテムが散見される。
こうしてユニチカ記念館を見学し、今度は大物駅から武庫川駅へ移動。
阪神本線の武庫川駅そのものも、武庫川に架かる橋の上にホームがあり、東口から出ると川の東岸の尼崎市、西口から出ると西岸の西宮市というユニークな駅なのだが…
西口へ向かう通路の下に電車が隠れている…??
実はコレ、阪神武庫川線という支線の電車。
阪神武庫川線は武庫川駅から、南側の海辺にあたる武庫川団地前を結ぶ1.7kmの支線なのだが、元々は更に北側の国鉄西ノ宮駅からここ武庫川駅までの区間も存在しており、阪神本線とは垂直に立体交差する格好になっていた。
(当時は航空機の工場があった関係で、国鉄の貨物列車が運行されており、三線軌条であったなど、話題は尽きないのだが…)
現在は武庫川駅以北は廃線となっているが、阪神本線との連絡線を維持する関係上、廃線区間の一部を連絡線として使用している。
なお武庫川線はラッシュ時2編成で途中の東鳴尾駅で交換を行う運用となっているが、日中は1編成が単純往復しているだけなので、余分となる1編成をこの連絡線の、しかも阪神本線の真下に留置しているのである。
ちなみに武庫川駅を図で表すとこんな感じ。(Wikipediaのパブリックドメイン画像を元にNEOCAが加筆)
ちなみに武庫川線の途中駅(洲先、東鳴尾)は無人駅であり、その対策として武庫川駅の武庫川線ホームに入るには中間改札が存在している。
しかも武庫川駅から乗車(つまり阪神本線からの乗り継ぎではない)の場合でも、一旦改札を入った後に中間改札を通り武庫川線ホームへ向かうことになる。つまり改札を連続して2回通らなくてはいけないという不思議な駅になっている。
そのかわり洲先・東鳴尾の両駅は完全な無人駅で、集札箱があるだけというシンプルな構成。
そのため両駅からの利用者は、武庫川駅の中間改札手前にある券売機で目的地までの切符を購入することになる。しかもその券売機が乗車駅に応じて「洲先用」と「東鳴尾用」と二種類が並んでいるという不思議な光景。
※携帯カメラで後刻撮影
但し整理券があるわけでもないので、どちらの券売機で買うかは自己申告で…「洲先用」が1台なのに対し、武庫川駅よりの「東鳴尾用」が2台あるのはご愛敬なのだろうか…。
ちなみに終点の武庫川団地前駅には券売機や改札機が設置されている(が、無人駅)ので大きな問題はなく、また東鳴尾-洲先間の利用者は「運転手が切符を発売する」という事になっているが、チェックを受ける機会もなく、あくまで自己申告。この区間だけの利用者はほとんどいないのだろう。(両駅間は0.4kmしか離れていない。)
そんなこんなで容易に不正乗車も出来そうな路線なのだが、まあ線内相互間の利用客は少なく、武庫川駅で阪神本線に乗り継ぐ乗客がほとんどなので大きな損害にはならないのだろう。
多少の不正乗車のリスクには目を瞑り、運営の効率化を優先させている印象である。
…と、色々興味の尽きない路線であるが、僅か1.7km。乗ってしまえば数分で乗車体験終了。
終点の武庫川団地前駅
その名の通り、昭和末期に開発された武庫川団地の住民を主なターゲットにした駅。
ちなみにこの阪神武庫川線は、戦時中は航空機工場への輸送線、その後は阪神系列の車両メーカーである武庫川車両との車両受け渡し、その後は武庫川団地へのアクセス…と役割を変化させながら存続してきた路線である。
で、駅周辺は完全な団地。
折角来たので、海側(鳴尾浜)方面へ散策することに。まあ団地を抜けると、埋め立て地の流通団地のような場所で、別に楽しい訳でもないのだが、公園などはよく整備されているので、散歩には良いかも知れない。
そして野球場も存在。
隣接して「白球の森」なる公園があり、何でも昭和58年夏の甲子園出場校の地元ゆかりの木を植えているのだとか。
ついつい北海道代表をチェックしてしまう。(旭川竜谷と駒沢岩見沢)
そして上の野球場と道を挟んで、阪神二軍の鳴尾浜球場。虎風寮なる選手宿舎も併設されている。
とは言え、何もない平日にこれ以上散歩しても収穫が無さそうなので、近くの天然温泉スーパー銭湯で入浴。
「熊野の郷」鳴尾浜店という施設で、特に期待してはいなかったのだが…
これがまた意外にも大当たり。
先ず温泉なのだが、明らかに「モール温泉」(希少な植物性の温泉で、日本では北海道の十勝が有名)で、独特の香りも健在。(但し施設側は「アルカリ性単純温泉」としか名乗っていない)
しかも源泉掛け流しの浴槽が内湯と露天にそれぞれ存在。しかも少しぬるめのお湯でゆったり浸かれて…と実に素晴らしい。
この日は「和風」大浴場だったのだが、日によって「バリ風」と男女入れ替えになっているとのこと。
浴場そのものの、狭すぎず広すぎずの絶妙な広さで、掛け流し浴槽の他にも、ジャグジーや塩サウナなど一通りは揃っている印象。しかも脱衣場共々非常に清潔に保たれていて気持ちがよい。
入浴料もタオル(ハンドタオル・バスタオル両方)付きで¥850、しかもJAF割引なら¥700と、高くはない印象。(入湯税¥75別途)
また売店やレストランでは、その名の通り熊野の産品を揃えているのはもちろん、北海道の産品も置いており、湯上がりに秩父別のトマトジュースなど楽しむことが出来た。
後から思えば、昼に豚丼を食べていたのも何かの縁かも知れず、関西にいながらちょっとだけ十勝気分を満喫した一日に。
これなら、また十勝が恋しくなったときに足を運んでみるのも悪くないコースだろう。
ちなみに武庫川線武庫川団地駅から徒歩10分程度、甲子園駅からの無料送迎バス(毎時2本)もあり、また車でも阪神高速鳴尾浜ICからなら数分も掛からないだろう。(しかも鳴尾浜ICは料金境界なので、阪神双方から安く行ける)
素晴らしい温泉施設を発見したと気分も良く、帰路につく。
武庫川団地内で見かけたイルミネーション。
再び武庫川線→阪神本線へと乗り継ぐも、武庫川駅からものの十数分で大阪市内へ到着。
随分と新発見の多い散策で、遠出した気分になっているが、実はほんの近所。
わざわざグリーンランドまで行かずとも、ご近所発掘も面白い…ということを再認識して半日散策も終了。
<完>