いそがしくていそがしくていそがしくて・・・・・・・
ナンダヨ結局どこ行っても同じコトに嵌ってる。
気のすすまないイロイロのあと、カイシャの気を許せる皆様と呑み。
といっても、1時間ほどのことだったけど(しかもワタシお酒呑めないのだけどw)。
いぇね、今週私がシンドイ状態で振り回されてるのを見て
営業部のおねぇさまが、気の合う面子と呑んでる席に呼んでくれたのですよ。
正直、呼び出してもらえてありがたい状況だったので、サクっと抜け出して合流。
溜まってるモノ吐き出させてやろうとしてくれてるの、ホントありがとうって思う。
それでも、愚痴大会じゃなく笑い話にして楽しく居られる。
そんな関係を、今の勤め先で築けたことは、ちょっと予想外のタカラモノだ。
仕事振りもそうだけど、公私とも人となりもちゃんと理解してくれてるのがね(´ー`)
デキル人っていうのはそういうところがスルドイ(笑)
んで、シンドイなりにももうあといちにちは頑張れそうな元気をいただいて帰路につく途中。
ふと心に浮かぶわけですよ。
なんか私ってカラッポだなぁ。。。。と。
会社であれば、同年代の正社員の皆様は
それなりの役職とか、家庭やお子さんに恵まれていたりとか
「実績」とか「守るもの」を持って生きているわけです。
プライベートの友人たちであれば、やはり同年代の皆様は
(本人が自覚してるしてないに関わらず)、
落ち着く場所とか、秀でた才能とか、これだけは人に誇れるというような
そんな「積み重ねたもの」や「揺ぎ無いもの」をシッカリ携えていたりするわけです。
自分はそんなものひとつも持ってないような気がするんだよ。
呑みの席でもそんなことを口にしたら、皆に
「それだけ仕事できるのにナニいってるの」って言われたのだけど
そういうことじゃないんだよ。
ただ仕事の立ち回りが読めてるだけで、
誇れるナニカも、これという才能も、守るべきものも、
この年になってもなにひとつない。
ゆるぎないものがほしい。
たったひとつでいい。
そう思うのに、それ以外の「手に入れたもの」を棄てられず
ただ寿命を待って生きてるような感が否めない。
ダメジャン('A`)
ナニカを選ぶときであっても、
『天秤に掛けるまでも無い』と言えるほどの勇気も無く。
なんか
4年半も前と同じコトをまだ言ってるのかと気付いてえらく凹んだ。
立ち止まって考えろよ
「本当に欲しいものはなんだろう?」
魂よ、もっと強くあれ。
Posted at 2011/03/04 04:22:05 | |
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