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ミハエル・シューマサシのブログ一覧

2018年01月21日 イイね!

ミカ・ハッキネン、アイルトン・セナを激怒させた一件を語る

F1-GATE.COM記事抜粋
>ミカ・ハッキネンは、1993年にマクラーレンでアイルトン・セナのチームメイトとしての初レースでのある発言がセナを激怒させ、その後、二人は決して親しくなることはなかったと明かした。
 一時代を築いたホンダが撤退し、マクラーレンは1993年にフォードのカスタマーエンジンを走らせることになった。アイルトン・セナは開幕戦アフリカGPの前夜になってようやくマクラーレンとの契約にサインした。
 チームメイトのマイケル・アンドレッティは、1戦100万ドル相当のレース毎の契約とされており、成績不振によって第13戦イタリアGPで契約を解除されてアメリカに帰国。土壇場でアイルトン・セナが契約したことでテストドライバーに降格していたミカ・ハッキネンが、次戦ポルトガルGPからレースドライバーを務めることになった。そして、ミカ・ハッキネンは、ポルトガルGPの予選でいきなりアイルトン・セナを上回った。
 「マクラーレンでスタートしたとき、アイルトンは僕のことをまったくリスペクトしていなかった。確かに会話はしていたけど、彼は少しも僕のことを認めていなかった」とミカ・ハッキネンは振り返る。
 「僕はそれで問題はなかったけどね。マルティンラークソ出身の若造は仕事をして、前進していた。自分の仕事するだけだった」
 「ポルトガルGPのエストリルで彼よりも速く走ったとき、彼はいったいどうやって自分よりも速く走ったのか僕に尋ねてきた」
 「僕は自分のものを指さして『俺の方がキンタマが大きいからだ!』と言ったんだ」
 「それは彼を完全に怒らせた。彼は本気で起こっていたし、僕に彼のキャリア全体について、彼が勝ったワールドチャンピオンシップについて話し続けた。彼は僕を壁に押し付けて『おまえにはとうてい無理だ・・・』と言っていたよ」
 「その後、僕たちの関係が再び良くなることはなかった。アイルトンは僕が彼にとって脅威であり、世界で最高のドライバーとしての彼のステータスを失わせ、自分を追い越そうとしている若造がいることに気づいていた」
 アイルトン・セナはウィリアムズに移籍した1994年のサンマリノGPの事故で命を落とし、ミカ・ハッキネンは1998年と1999年にマクラーレンでタイトルを2連覇した。




F1ドライバーの態度として考えるならば、ハッキネンの態度で正解だと僕は思います。
実際に、1993年のポルトガルGPでのハッキネンは凄かった。
シーズンを戦っていたセナを、いきなり上回った(それも、セナが絶対的に自信があったであろう予選で)のですからね。
ただでさえ、予選で負けたのにプライドが傷ついたであろうセナに、このコメントだと💦
こういうことは、セナとハッキネンだけでなく、大なり小なりドライバー同士はあるんでしょうね。
あくまで僕の印象ですが、サンマリノの悲劇がなかったとしても、セナはハッキネンやシューマッハに引導を渡された時期に入っていたと思われます。
セナの限界以上に、ハッキネンやシューマッハはイキが良かったです。
Posted at 2018/01/21 22:49:20 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1名勝負 | クルマ
2017年11月06日 イイね!

Hall of fame. Museo Ferrari

フェラーリのFACEBOOKより拾いモノ画像。



フェラーリの歴代チャンピォンの展示コーナー。
フェラーリでチャンピォンを獲ったドライバーは、9人。
もっといそうなイメージで思ってましたが、冷静に見ると、たしかに9人。
今のところ、最後はライコネンになってます。
ちなみにマクラーレンは、7人。ウィリアムズも、7人。
と考えると、フェラーリの9人は妥当か。
改めて、思いました。


Posted at 2017/11/06 02:09:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | F1名勝負 | クルマ
2017年09月09日 イイね!

F1名勝負 1988年フランスGP

F1名勝負。
1988年のフランスGPを取り上げます。



セナとプロストのマッチレース。
セナがプロストに乗り移ったんじゃないかと思うくらい、予選からプロストらしからぬ激しい走りをしていたと思います。
母国フランスで、誰が本当にナンバー1なのか見せつけたかったのではないかと。
それくらいの気合をプロストは見せようとしていたのではないかと思います。
レースでは、プロストは序盤よりリードを広げつつも、ピットで手間取り、2位に落ちる。
そこから激しい追い上げで、周回遅れを巧みに使い、セナをオーバーテイク。
「名実ナンバー1は俺だ」と主張するかのごとく。
さすがのセナも、クルマが本調子であったとしても、このレースに対するプロストの気迫には勝てなかったのでは。
Posted at 2017/09/09 23:06:02 | コメント(2) | トラックバック(0) | F1名勝負 | クルマ
2017年08月06日 イイね!

F1名勝負 2000年日本GP予選

久々にF1名勝負を取り上げてみます。
2000年日本GP予選、鈴鹿サーキット。
シューマッハとハッキネンのタイムの応酬戦が凄い。
2人だけカテゴリーが違うような世界。



ある意味、セナやプロストが凌ぎを削っていた頃より緊張感のある予選だったと、今になって感じます。
シューマッハもハッキネンも、この時は両者2度のタイトルホルダーで、どちらが本当に上なのか自分を証明したい一心で、全力でのタイムアタック。
ここまでシューマッハを本気にさせたのは、ハッキネンだけじゃないですかね。
キャリアトータルの結果では、シューマッハの圧勝ですが、たとえ一時的でも、ハッキネンの速さはシューマッハを上回るモノがあったのでは?
また、セナプロみたいに同じチーム内のバトルではなく、フェラーリvsマクラーレンの総力戦というのがまた緊張感があったと思います。
Posted at 2017/08/06 23:57:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | F1名勝負 | クルマ
2016年05月19日 イイね!

F1名勝負 2005年サンマリノGP

久々にF1名勝負を取り上げてみます。
2005年のサンマリノGP。



5連覇を果たし、完全無欠の帝王だったミハエル・シューマッハが、新星のフェルナンド・アロンソに引導を渡されたレース。
それも、フェラーリの地元、イタリアはイモラで。
13周に渡るシューマッハのプレッシャーを物怖じせずにブロックを続け、勝利をもぎ取ったアロンソの神童ぶりに驚嘆した覚えがあります。
その時のシューマッハは36歳、アロンソは23歳。
F1の新時代が到来したと思ったレースでした。



シューマッハの記録を破るのは、アロンソだと思ってましたが、その後、ベッテルやハミルトンが現れ、2006年以来、タイトルを獲れない状況になるとは想像できませんでした。
また、シューマッハが今の状況になるとも想像できませんでした。
何が起こるかわからないモノだと痛切に感じます。
Posted at 2016/05/19 23:44:16 | コメント(2) | トラックバック(0) | F1名勝負 | クルマ

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何シテル?   04/19 20:56
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