
今回は僕のハイエース・cw号の総集編です。
2006年8月に納車されてからの7年間を画像と共に振り返ってみます。
沢山の思い出が有る中、特に印象深い事柄をピックアップしようとしても膨大なデータを前に中々絞りきれずに苦労しました。
では、納車からスタート。

2006年8月17日に納車時は後部キャビンがスッピン状態でした。
しかし積み荷は満載です。 ここから始まりました。

納車待ち4ヶ月の間にお友達の実車を採寸したりして作図しておいた完成図の一部。
とは言えやはり絵に描いた餅、実作業では苦難の連続でした。

四重構造となるフロアはステンレスレールと無垢材フローリングで施工。
慣れない木加工には手間取りましたが何とか完成。

アルミフレームでオフセットさせたサイドトリムの上部はナラ無垢材でテーブルと同材料。
このテーブルはとても重宝しました。

そして福祉車両として欠かせないのが車椅子用スロープ。
運行時の後方視界の確保と車椅子のトレッドに合わせる為にスロープは横移動出来る様にアルミデッキに装着。
ラックから外して格納も出来る様にしたけれど殆どその状態では使いませんでした。

完成した内装バリエーション。 実際には使わなかったパターンも有ります。
この点でcw号はトップクラスの利便性を有していたと思っています。

内装が一段落すると次第に改造は車体下回りに移行して行きました。
これはフロア下最後部に取付けた補強バーです。
この形状はcw号専用でシンプルなストレート型はのちにナロー/ワイド用合わせて12台のハイエースに装着される事になりました。

次に着手したのがフロントバー。 ステンレス丸パイプ50φの3ミリ厚を曲げ加工して製作、車体フレームに有る既存ナットを利用して装着しました。 その強度はここにジャッキを当てて車体を上げる事が出来る程でした。

これはウチの工場に有った余り材料で製作してお友達にプレゼントしたフットレスト。
踏面を素の状態で手渡ししたので仕上がりのデザインコンペに!
のちに希望者多数につき再生産して合計36台を製作しました。

これはブレーキマスターシリンダーストッパーです。
お友達の“マッキー3”さんの草案を元に試行錯誤して完成しました。
4台のプロトタイプのデータを元に量産型を製作、最終的にはナロー型15台とワイド型8台が装着されました。
画像下はトリムレールにセット出来るアルミ棚板で300Kgの荷物を乗せてもビクともしませんでした。
上段に二枚セットするとテーブルとツライチになり1400×3000ミリまでの積載能力が有りました。
肝心なパーツを忘れていたので追加。

我箱オリジナルのリヤスタビライザーです。
cw号のカスタムで一番時間をかけて、また無い頭を駆使してやっと出来上がったパーツです。
そして作った自分でも驚くその効果! ハイエースのコーナリングが一変しました。 続々と兄弟車が増え続けナロー型19台/ワイド型9台と合計28台に装着されました。
今思えばcw号に施した最高のカスタムと言えるでしょう。
そしてこれが結果的に最後の改造になってしまったリヤコイル・システム。

KBコイルオーバーショックのシリンダーをカットして上側スプリング受けに加工、ダウンブロック兼用の下部ブラケットも製作しました。
それまで装着していた追加ヘルパーリーフに変えて装着。
その効果は? 数種の違うバネレートのコイルを試して試走の繰り返しをしたので満足の行く結果を得られました。 ヘルパーリーフ時より乗り心地が良くなり、コーナリングでの踏ん張り/安定性も確実に良くなりました。 バネ下荷重の増加は外したヘルパーと差し引きゼロに近く、悪影響は出ませんでした。

そしてオーバーヘッドコンソールBOX。
エイヤッとトッポBJ用を某オークションにて落札、天井面へのフィットに苦労しながら何とか装着完了。
電装関係はお友達の“catvalley”さんのお陰で素晴らしい出来映えに。
これも好評につき合計15台のハイエースに装着されました。
ここからはcw号が参加したオフ会の抜粋となります。

2006年10月24日に行われた第一回“三郷オフ”です。
多数の”EVOLUTION200”さんの参加も有り、合計40台以上と当時としては大盛況でした。

お友達の“w.t.factory26”さんが主催した『相馬オフ』です。 この時は簡易ベッド仕様での参加でした。
しかしこの場所はあの震災で・・・残念です。

”EVOLUTION200”さんのドイツ村でのミーティングに参加。
オフ会以外のイベントへのcw号参加はこの時のたったの1回だけでした。
遠くのオフ会にも数回参加しました。

瀬戸内海で行われた“しみなみオフ”へ向った時の数コマ。 エボ号(チャリ)搭載です。
お友達の“きよMAN”さん、“1000敗”さん両ファミリーと同行しました。
途中2箇所で数台のお友達ハイエースとワイワイして。

こちらは翌年の同オフ。 この時はミュンスター号(チャリ)で100km以上瀬戸内海の島々を駆け回りました。
cw号がフェリーに乗ったのはこれが初めてでした。

3回参加した“金沢オフ”の2回目。 途中お友達の“雪天”さんと“AC-TEC”さん宅へ立ち寄ってから参加。
この時は翌日エボ号で金沢市内を走り回りました。

“ひまわりオフ”に向う途中に“アトリエ”さん、“CRS”さんにも立寄り。
うう、“茶号”に“save号”そして“cw号”・・・。
遠征と言えば、そう北海道。

江差マリーナにて開陽丸をバックに。

帰路の青森港にて参加メンバー全員で解散式。
cw号の思い出として最も感慨深い旅行となりました。
何も無い只の箱ですが、我工場には全国から沢山のハイエースとお友達がやって来ました。

最も遠来の一台は島根からの“だらず号”、 この時はRスタビとオーバーヘッドコンソールの取付けでした。
いつもの様に“まさパパ”さん、“Tテスター”教授、“cartvalley” 師匠が大活躍。

遠来と言えばもう一台。 800Km以上の彼方から来箱した“茶号”と引率の各車ハイエース。
この頃は我箱も賑わっていましたネー。

全員で記念撮影。「オーッ!」 もうこれ以上集まる事は無いだろうと思っていましたが・・・。

2012年1月、ハイエース17台にプリウス1台、タウンボックス1台の計19台と21人のお友達が来箱。
台数も人数も記録更新です。
今思い出してもとても賑やかだった事が懐かしいです。 手前のRR号はまだ不動状態です。
その外は



と、まさにハイエース通りが出来上がりました。
また面白い?イベントとしてこんな事も。

近しいメンバーで撃沈してしまった大盛りに挑戦するカ○くんは大食いで有名?です。
さすがの完食でした。
そのあとは我箱に戻って各車作業に余念が有りません。
各地からハイエースがウチへやって来ましたが、その走行距離の合計ではダントツな一台は?

勿論、秋田の“しんこ”号でしょう。 初期の頃は毎週末往復1200Km以上を何回通って来たことか!
流石に最近はオトナシくなっていますけど。
そして来箱の回数なら

“まさパパ”号が一番、200回?いや300回か? 自宅が近いとは言え流石ですネ。
そしてついにハイエースが

“はー(83)”号で来箱NO.133となりました。
本当に何も無い只の箱なのにこの様に沢山のハイエースが日本各地から訪れて頂けた事は嬉しい限りです。
これは僕とは関係無く、ウチに集まる常連さん達の暖かいコミュニケーションとハイエースに関する知識、技術の賜物の成せる技と認識しています。
※ まだまだ沢山の思い出が湧いてくるのですがキリが無くなってしまうので、これで7年間に渡る我ハイエースの回顧録としてのまとめとします。
もうハイエースの記事はこれが最後になりますが、元気な内はまだまだ当ブログは続けますので皆さん宜しくお願い致します。
お友達の皆さんはハイエースの残してくれた遺産なのだから。
最後に、
「ハイエース・cw号、楽しい7年間をありがとうございました」 m【~_~】m