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2026年07月16日 イイね!

クルマ・ジャケ「“POLE POSITION 2”Original Soundtrack」/鷺巣詩郎

クルマ・ジャケ「“POLE POSITION 2”Original Soundtrack」/鷺巣詩郎クルマ・ジャケコーナー第406回は、鷺巣詩郎の「“POLE POSITION 2”Original Soundtrack」(1980)です。

完全後付け💦400回記念“レーシングカー・シリーズ”第6弾!


鷺巣詩郎(さぎすしろう 1957 - )、ご存知でしょうか?





東京都世田谷区出身の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー(現ピ―プロ代表)です

父は漫画家、アニメーター、特撮作家でピープロの創始者であった鷺巣富雄
ペンネームはうしおそうじ(牛尾走児)で、TVアニメ「0戦はやと」(1964)、国産初のカラー特撮TVシリーズ「マグマ大使」などに関わった人物

父・鷺巣富雄(うしおそうじ)と鷺巣詩郎



THE SQUAREの1stアルバム「Lucky Summer Lady」(1978)で編曲家としてデビュー




ライナーノーツには、メンバーとしてクレジットされてます!






↑ 右から2番目が鷺巣詩郎ですね 


本日ご紹介のレコのライナーノーツには・・・


“1957年東京生まれ。16才の時からアマチュア・バンドでプレイ、アレンジを担当、国学院大学入学後は佐藤允彦、佐藤聡明氏らについて、オーケストレイションを学ぶ。1978年2月から〈ザ・スクェア〉にアレンジを提供、随時メンバーとして演奏しているが、自分のグループ〈サムシング・スペシャル〉を率いて演奏活動もしている。”

“鷺巣詩郎(ARPストリング・アンサンブル、ローランド・ストリング・アンサンブル、ヤマハ・シンセサイザー、編曲)”

“演奏される6曲のうち5曲までがリーダー安藤正容くんのオリジナルでアレンジは全員で担当している。残り1曲だけは、ポール・ウィリアムスとR・ニコルズが作詞作曲のヒット曲「愛は夢の中に」で、この曲だけ鷺巣詩郎くんがアレンジをうけもっている。”

"I Won't Last a Day Without You" by Roger Nichols/Arr. by Shiro SAGISU ― Lucky Summer Lady/T-SQUARE


本日ご紹介のレコには、“「ザ・スクエアー」の4枚のLPに作・編曲、シンセ奏者として参加。”とあり、ウィキペディアには、“鷺巣は『Lucky Summer Lady』から『Rockoon』の時期にサポートメンバーもしくはアレンジャーとして関わっている。”とありました

ザ・スクェアは、クルマ・ジャケ「Midnight Lover」/THE SQUARE でご紹介しておりますので、お読みいただければ幸いです


その後も主に編曲者として数多くの楽曲を手掛けており、『なんてったってアイドル』『センチメンタル・ジャーニー』『スシ食いねェ!』の有名なイントロは鷺巣によるもの

『センチメンタル・ジャーニー』/松本伊代(1981 デビュー・シングル)


↑ ロッテ「ガーナチョコレート」のCMソング
この曲で1982年の日本レコード大賞新人賞を受賞



アニメ「ドラえもん のび太の魔界大冒険」の主題歌、小泉今日子『風のマジカル』(1984)の編曲も手がけてます(9thシングル『渚のはいから人魚』のB面)




KYON2(キョンキョン)ではコチラも
『なんてったってアイドル』/小泉今日子(1985 17thシングル)




↑ 作詞:秋元康、作曲:筒美京平、編曲:鷺巣詩郎
オリコン初登場1位、28万枚超のヒット!



河合奈保子ちゃんの21stシングル『デビュー~Fly Me To Love(作詞:売野雅勇、作曲:林哲司、編曲:鷺巣詩郎)/MANHATTAN JOKE(作詞:秋元康、作曲:大野雄二、編曲:大野雄二)』(1985) 1位


クルマ・ジャケ「MANHATTAN JOKE」/河合奈保子 Part1 もぜひご覧ください!

ほかにも、石川ひとみや今井美樹、中山美穂などなど


女性歌手だけでなく、シブがき隊なんかにも関わってますね

『スシ食いねェ!』/シブがき隊(1986 18thシングル)


↑ 作詞:岡田冨美子・S.I.S.、作曲:後藤次利(TZ名義)、編曲:鷺巣詩郎
NHK「みんなのうた」で放送中、レコード発売前に紅白(1985)で歌われた歌



2020年東京オリンピック開会式の『君が代』(MISIA独唱)の編曲も担当したようです



自身のリーダー作では・・・

「EYES」/鷺巣詩郎(1979)


↑ 21才でのソロデビューアルバム
安藤正容、伊東毅、村上秀一らが参加しており、リード・ヴォーカルは須貝恵子という人らしいです



「エヴァンゲリオン交響楽」(1997)はプロデュース&作曲(クラシック曲を除く)



進撃の巨人『ATTACK ON TITAN』(2015)


ほかにも、シン・ゴジラ(2016)、シン・ウルトラマン(2022)などにも携わっているようです


で、本日ご紹介のレコは、
「“POLE POSITION 2”Original Soundtrack」/鷺巣詩郎(1980)


豪華B2カラーポスター付き


映画「ポール・ポジション2(原題:Formula uno, febbre della velocità 2)」(1980)のサントラ盤です
Youtube  
[1980] Shiro Sagisu - ポール・ポジション2 オリジナルサントラ盤 (Pole Position 2 OST) - Full Vinyl Rip


クルマ・ジャケ「童夢~DOME IS A CHILD'S DREAM」/Tinna で登場した、F1ドキュメンタリー映画「ポールポジション(原題:Formula uno, febbre della velocità)」(1977)の続編と思われます

映画「ポールポジション」は1976年ドイツGPでのニキ・ラウダ炎上などの事故映像を中心とするものでした
Youtube Formula 1 Febbre Della Velocità - Speed Fever - 70s Formula1 Nostalgia documentary / Film Niki Lauda


で、その日本独自企画サントラ盤が、
「POLE POSITION F1-GP Let Me Love You」/ティナ(1978)




で、日本語吹き替えに合わせてBGMも替えた❓

そして、今回ご紹介の「ポール・ポジション2(原題:Formula uno, febbre della velocità 2)」(1980)のサントラも鷺巣詩郎の曲に替えた❓❓

Youtube  [1980] Shiro Sagisu - ポール・ポジション2 オリジナルサントラ盤 (Pole Position 2 OST) - Full Vinyl Rip


All Songs Composed & Arranged by SHIRO SAGISU
Vocal & Performance by SHIRO SAGISU with SOMETHIN' SPECIAL
Lead Vocal:JOHN STANLEY

Keyboards:SHIRO SAGISU
Guitars:MASAHIRO ANDO
Piano:MASANORI SASAJI、DAISUKE KUME
Bass:YUJI NAKAMURA
Drums:JUN AOYAMA、TAKASHI FURUTA
Lyricon:TAKESHI ITO
Strings:TADAAKI OHNO Group
Chorus:JOHN STANLEY、CASEY RANKIN


映画「ポール・ポジション2」は、1978年のイタリアGPで優勝を目前に多重クラッシュで亡くなったスウェーデンのドライバー、ロニー・ピーターソンに捧げられた映画で、凄まじい事故シーンや'78~'79年のF-1グランプリの模様が収められているようです





ル・マンで激走する俳優のポール・ニューマン、ニキ・ラウダなどの姿も見られる映画ということで、Youtubeで探しましたがよくわかりませんでした

↓ コレがそうなのかなあ…
Youtube Pole Position (1980) Trailer



さてさて、ジャケのクルマは・・・




ニキ・ラウダの背景の炎上シーンは1978年のイタリアGPのスタート直後 ??




レース開始直後の事故でロニー・ピーターソンが亡くなるという悲劇が起こります・・・(レースはブラバム・アルファロメオのニキ・ラウダが優勝)

コチラの動画でどんな事故だったか私でもわかりました
【3Dゆっくり解説】ロニー・ピーターソン…スウェーデン最速ドライバーの最期『1978年F1イタリアグランプリ事故』

で、左側は、ルノー・RS10 ?


↑ Renault F1 RS10 at Monaco GP 1979

フランス人ドライバー、ルネ・アルヌーが乗り、ターボエンジン搭載車として初優勝(1980 ブラジルGP)したF1マシン
と思うのですが、1978年のイタリアGPには出場してない??

右は、リジェ・JS11


フランスのF1チーム、リジェが1979年から1980年にかけて使用し、2シーズンで5勝したF1マシン!
ドライバー、ジャック・ラフィットはこのマシンで、優勝3回、2位3回、3位5回という素晴らしい成績を残してます

私が名前だけ知ってるジャッキー・イクスはこのJS11で、8レース中5位と6位が1回ずつ、6回はリタイア…😿(ル・マン24時間レースでは6回優勝!)

で、このマシンも1978年のイタリアGPには出場してない??

・・・ジャケは合成で、あくまでもイメージなんですかね❓


裏ジャケは、


Alfa Romeo T179 ?


1980年のモナコGPでパトリック・デパイユが乗ったマシン ?


1980年8月1日、アルファロメオチームのデパイユは、9日後のドイツGPに向けたマシンテストでクラッシュし、死亡・・・

その日は、デパイユが何かと面倒をみていた後輩・アラン・プロストの結婚式の日で、プロストは死というものが身近にあることを悟ったそうです・・・


モータースポーツ好きなジョージ・ハリスンは『Faster』という曲をリリースしてます

Youtube George Harrison - Faster (Official Video)


↑ ジャッキー・スチュワートが運転手で後ろでジョージがギターを弾いて歌うシーンはモナコGPのコースであるモンテカルロ市街地で撮影されたそうです

英・初回シングル盤ピクチャー・ディスク(1979) …コレは欲しいなぁ


A面の3時位置がニキ・ラウダ、その上がジャッキー・スチュワート



裏ジャケには『Faster』の歌詞と、「ジャッキー・スチュワートとニキ・ラウダにインスパイアされ、フォーミュラワン・サーカス全体に捧げる」、「ジョディ・シェクターに感謝」、そしてこのアルバム製作中の前年9月のイタリアGPで事故死した「ロニー・ピーターソンを偲んで」という文言が記されています






【登場車両】
Renault RS10 1979




Ligier JS11 1979 - 80





【自己採点】
クルマ度  7点(ターボエンジン搭載車として初優勝したマシンと、リジェが2シーズンで5勝したF1マシン!)
魅惑度   6点(ニキ・ラウダの背景は1978年のイタリアGP ??)
音楽度   7点(スクエアがらみのポップ・ロック・フュージョン♪)
Posted at 2026/07/16 20:49:46 | コメント(4) | トラックバック(0) | 音楽/映画/テレビ
2026年07月10日 イイね!

発掘調査ドライブ

発掘調査ドライブ信号待ちで前の路線バスに・・・

京葉ガスキャラクター・炎の妖精“がすたん”





“男の子になったり女の子になったりと、見る人に合わせた性格になる。
通常は12cmだが、大きくなったり小さくなったりする。”

だって?!

全く知りませんでしたが、モチーフはウサギ❓


発掘現場に到着すると、期待する展開💛


レジ前に積み上げられたレコ❣

カーペンターズの「ヴォイス・オブ・ザ・ハート」(1983)が出てきました❣


↑ 未発表音源をリチャードが完成させた1983年11月リリースのカレン追悼盤

A1『Now』はカレン最後の録音曲で、竹内まりやの『Heart to Heart』(アルバム「Miss M」(1980)収録、作詞:竹内まりや、作曲:Roger Nichols、リズム・アレンジ:Jay Graydon,、David Foster)のカバー

Youtube Carpenters - Now (Karen Carpenter's LAST recording)



お次の現場の壁レコ


ボストンの2nd「ドント・ルック・バック」が550円、コージー・パウエルの1stソロ「オーヴァー・ザ・トップ」(1979)が110円、カーペンターズの「ナウ&ゼン」が990円

で、110円のコージーだけお持ち帰り(壁レコ買うのは久しぶりだなあ(笑))

ご存じない方に・・・コージー・パウエルは、ジェフ・ベック・グループ、、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイク、ブラック・サバスなどなどを渡り歩いたロック・ドラムヒーローです!



レーサーへの転向を考えるほど自動車の運転が好きだったコージー
1998年、高速道路でサーブ・9000ターボを酩酊下で運転かつ携帯使用、時速167kmで中央分離帯に衝突し、この世を去りました・・・😿


飲酒運転はダメ、ゼッタイ!


他にお持ち帰りしたのは、


左は、原田知世の4thアルバム「NEXT DOOR」(1986)
全作詞:秋元康、サウンドプロデューサー:後藤次利



ジャニス・イアンの「ナイト・レイン」(1979)はなぜか80円でした

チック・コリアのピアノで参加した『Jenny (Iowa Sunrise)』をどうぞ♪



こんなクルマ・ジャケも見つかりました
「Les grands succès de la chansons françaisevol.2」




いつの日にかご紹介できたらと思います

お付き合いいただきありがとうございました m(__)m
Posted at 2026/07/24 10:30:42 | コメント(2) | トラックバック(0) | コペン | 日記
2026年07月09日 イイね!

クルマ・ジャケ「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX」

クルマ・ジャケ「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX」クルマ・ジャケコーナー第405回は、「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX」(1983)です。

完全後付け💦400回記念“レーシングカー・シリーズ”第5弾!

ジャケに“日本グランプリ20周年記念 HISTORIC CAR FESTIVAL '83 SUZUKA”とあり、1963年に鈴鹿サーキットで開催された「第1回日本グランプリ」の20周年を記念して開かれた「ヒストリックカー・フェスティバル'83鈴鹿」を記録したレコです。





ネット上に「ヒストリックカー・フェスティバル'83鈴鹿」公式プログラムの画像がありました













レコのライナーノーツによると「ヒストリックカー・フェスティバル'83鈴鹿」とは、

“20年を経て今、鈴鹿ではロータス23、カレラ2、ジャガーD、そして当時のクラウン、コロナ、パブリカ、スバル、ブルーバード、フェアレディ、スカイライン、キャロルなどがこれまた当時のドライバーである多賀弘明、杉江博愛(徳大寺有恒)、細谷四方洋、片山義美、浅岡重輝、北野元、田中健二郎、生沢徹などの手によりドライブされ、元気な姿と昔を再現”

した催しだったようです

ライナーノーツの写真





クルマ・ジャケ「白熱のグラン・プリ・レース」





















また、第1回と第2回の日本グランプリの興味深いエピソードも山盛り!


以下、省略しながらご紹介します

〈黎明・第1回日本グランプリ 1963年5月3~4日〉
 自動車がやっと庶民の手に届くようになりつつあった時代だった。4輪レースが何であるかを大半の人は知らなかったし、外人ドライバーが駆る本格的なスポーツカーの走りと姿は目の前にした日本のドライバーと2日間で20万人集まった観衆に強烈なショックを与えた。何しろ、出場した148人のドライバーのうち、鈴鹿を走った経験者は望月修、鈴木義一、吉田隆史の3人だけで、主催者のJASA(日本自動車スポーツ協会)は急遽、レース講習会を開いたというエピソードが残されているような時代だったのだ。

CⅠにはスズライト・フロンテ、スバル360、マツダ・クーペ/CⅡにはパブリカ、三菱500、スバル450、キャロル/CⅢにはコンテッサ、ルノー、DKW、ブルーバード、 /CⅣにはフォルクスワーゲン、ブルーバード、/CⅤにはコロナ、ヒルマン・ミンクス/CⅥにはクラウン、ベレル、セドリック、グロリア、スカイラインなどがいた。そしてBⅠにはDKW、ヒーレー・スプライト、ポルシェ、MGミジェット、コンテッサ、フェアレディ/BⅡにはフェアレディ、トライアンフTR2、同TR3、同TR4、MGA、MGB、スカイライン・スポーツ、セドリック、ポルシェ/BⅢにはジャガーE、メルセデスベンツ300SE、ヒーレー100、ヒーレー300などが出場していた(ちなみに各クラスの先頭に書いたクルマがそのクラスの優勝者である)。
 今では信じられないことに、これらはすべてナンバー付のクルマで、そのほとんどが鈴鹿まで自走してきたものだった。当時、東名も名神もなく、ドライバーは東京からだと10時間以上走って到着、レースをやって日帰りというのが当たり前だったのだ。いわば個人参加の腕におぼえのあるアマチュアが結構上位入賞できたGPは、ただしこの第1回のみといっていいだろう。すでにトヨタはメーカーとしてレースに積極的であったし、事実3クラスに勝ち、これを大宣伝。レースに勝つことがクルマを売ることに結びつくことを他メーカーも知り、翌年の第2回日本GPでは早くもメーカー同士の全面対決の場と急転していくのである。
また、BⅡレースにおいて田原源一郎のフェアレディが欧州のはるかに優れているスポーツカー(と、当時は思われていた)のトライアンフやMG、ポルシェに大差をつけて勝ち、観客に国産車の優秀さを初めて見せつけ、驚かせ、喜こばせたことも特筆しておかねばならない。

〈名勝負・第2回日本グランプリ 1964年5月2~3日〉
2日間で24万人という大観衆を熱狂させたのがGT-Ⅱ(1001~2000cc)レースだ。当時、テストのために1時間20万円のコースレンタル料を湯水のように注ぎこんで、全メーカーがレースに傾注していた。日産と合併する前のプリンス自動車も最も熱心なメーカーのひとつであった。スカイライン1500をロングノーズにし、そこへグロリア用に直列6気筒OHCの2lG7型エンジンを押し込んだスカイライン2000GTを急遽100台生産し、送り込んだ。しかもウェーバー40DCOEキャブを3連装。当時、発売されたばかりのホンダS600が50万9千円だった時、このキャブ1基が10ン万円。いかにプリンスが必勝を期していたかがわかる。そこへ衝撃のニュース。ポルシェの最新鋭マシン、カレラGTS904が式場壮吉の名でエントリーして来たのだ。世界中から垂涎の的である904が日本に来るハズがない…!?水平対向4気筒DOHC、1966ccのエンジンで180馬力を絞り出すモンスターはしかし、鈴鹿にその姿をレースまであと2週間に迫った4月16日、現したのだ。
 ところが5月1日の予選。この904が雨の中、第1コーナーでクラシュしてしまう。この時プリンスはすでに生沢が2分49秒3、砂子が2分50秒0という限界タイムを出していた。904は余裕を残して2分50秒6。クラッシュの状態から904のレース出場は無理と誰もが思った。スカイラインの圧勝は間違いなし、と。
 しかし、1964年5月2日朝、GT-Ⅱレース決勝の直前904は再び鈴鹿にその姿を現した。名古屋での2日2晩の修理を終え、帰って来たのだ。スタート4分前に904がコースへ滑り込んだ時、場内は大きな拍手に包まれていた。結局、レースは不死鳥のように甦った904がスカイライン勢の執ような追撃を振り切って優勝するのだが、16周のレースの7周目、生沢のスカイラインがヘヤピンで904を抜くという“ドラマ”がおこる。生沢が8周目のスタンドに帰って来た時、観客は我を忘れて総立ちになっていた。周回遅れのクルマを抜くのに手間どった式場が生沢に追いつかれた形なのだが、この時「スカG神話」の第1話が誕生したのだ。
 7周目の“ドラマ”には親友であった生沢と式場の間で事前に談合があったとか、904は実はトヨタが対スカイラインのためにお金を出して買わせたものだとか、後になって“ウワサ”が流れた。しかしこの件について式場は沈黙を守り通し、以来2度とレースに出場することはなかった。「お金はトヨタが多少は出したのでは…? 談合は、冗談で言い合ってただけ」という生沢の発言が“真相”だろう。いずれにしろ、この2人の2台のバトルこそ、ドライバーのスター性、マシンの格式からいっても日本のレースの幕開けといっても過言ではない。いみじくもこの年の8月、西ドイツGPでホンダのF1、RA271がデビュー。1964年という年を日本のモータースポーツ史上、忘れ難いものとしている…。
 そして20年。鈴鹿にこのGT-Ⅱレースが再現された。前年ながら式場は来られなかったが、代わりに津々見友彦が904をドライブ。生沢のスカイラインGTに加え、MGB、ロータスエラン、フェアレディ1500などと激しいバトルをくり広げ、史実と同じく、今回も904が見事1位でフィニッシュしてみせた。

文:モータージャーナリスト・近藤健二


で、本日ご紹介のレコ
「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX '83」(1983)


LPの出だしはコニー・フランシスの『ヴァケイション』のインスト(“V-A-C-A-T-I-O-N”のところはボーカル入り)


そこにレース音が被り、次のようなアナウンスが入ります

「1983年10月10日、鈴鹿サーキットに続々と懐かしい車が集まって来た。ちょうど20年前の5月、日本における最初の自動車レースの幕開けというべき第1回日本グランプリ自動車レース大会がここ鈴鹿サーキットで行われたのだ。あれから20年も歳をとってしまったドライバーやレーシングマシンがもう一度、同じ場所で同じように熱い戦いを再現しようと自動車レースのお祭りが開かれた。40を過ぎた中年の男たちも今日ばかりは若者のようにはしゃぎまわっている。」

A面最後には、生沢徹へのインタビューが収録されており、次のような声を聞くことができます
“ツーリングカーと今でいうF2が一緒に走るようなもんだからさ(中略)「一回くらいは抜かせろよ」と言ったような記憶もおぼろげにあるような、ないような…”

Youtube 「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX 日本グランプリ20周年記念 HISTORIC CAR FESTIVAL '83 SUZUKA」A3 '64第2回日本グランプリ“生沢徹、あの日を語る”(インタビュア:渡辺靖彰)


そしてB面最後には、40年ぶりにカーチス号で走った76才の本田宗一郎の肉声が収められてます
Youtube 「MEMORIES of JAPAN GRAND PRIX 日本グランプリ20周年記念 HISTORIC CAR FESTIVAL '83 SUZUKA」B2 本田宗一郎、40年振りにカーチス号で走る


裏ジャケのこの写真がカーチス号ですね







で、ジャケのクルマは・・・


1964年の第2回日本グランプリで、式場壮吉が乗るポルシェ904(カレラGTS)と生沢徹のプリンス・スカイライン2000GT(S54)とのデッドヒートシーン・・・


を「日本グランプリ20周年記念 HISTORIC CAR FESTIVAL '83 SUZUKA」で再現したもので、

左がポルシェ・カレラ904GTS


右が日産プリンス・スカイライン2000GT-B


スカイライン1500(S50型)のフロント部を約200mm延長し、グロリアの2L直列6気筒エンジンを押し込んだホモロゲーションモデル

第2回日本グランプリ(1964)のGT-Ⅱレースは、ポルシェ904が優勝でしたが、スカイラインGTが2〜6位で、レース後、スカイライン人気が沸騰
販売用ホモロゲモデルは即売、そしてカタログモデルとなり、“羊の皮を着た狼”という言葉も生まれました

ニッサン プリンス スカイライン 2000GT-B S54型 1967






1966年8月にはプリンス自工と日産自動車が合併しますが、1968年までスカイラインの車名に“プリンス”が残ります

第2回日本グランプリ後、プリンス自工は打倒ポルシェを目標に、桜井眞一郎を中心に純レーシングカーR380の開発に取り掛かります


第3回日本グランプリ(1966)でR380A-Iが優勝(プリンスと日産の合併で車名は「ニッサンR380」に)

そして市販車「ニッサン プリンス スカイライン 2000GT」は「GT-R」(1969)へと繋がっていきます・・・


Youtube スカイライン伝説の始まり


スカイライン人気が復活することはあるのでしょうか・・・

ガンバレ日産!


【登場車両】
Porsche Carrera GTS(Porsche 904) 1964




日産プリンス・スカイライン2000GT-B 1964


【自己採点】
クルマ度  8点(日本のレースの幕開けを演じた2台!)
魅惑度   7点(歴史的シーンの再現)
音楽度   3点(冒頭のBGM『VACATION』が40を過ぎた中年の男たちのお祭りを表現?!)
Posted at 2026/07/09 20:13:26 | コメント(3) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2026年07月04日 イイね!

発掘調査ドライブ

発掘調査ドライブ  また性懲りもなく発掘調査😅


トップ画像は帰り道の信号待ちで隣に並んだクルマです




本日の収穫は・・・

クルマ・ジャケLP「昭和の流行歌 第2集」と「なつかしのメロディー 第二集」



そして、シングル7枚中6枚がクルマ・ジャケ!



ただし、その6枚4枚はすでに持ってるレコ😅(ですがお買い上げ💦)



で、帰り道で遭遇したクルマ



スズキ・エスクード・ノマド ゴールドウィンリミテッド(1995)?

ノマドと言えば、2025年1月に発表されたジムニーの4ドア「ジムニーノマド」が超人気のようです(ほとんど見ません)が、このエスクード・ノマドが本家(?)

友人が初期型のノマドに乗っていて、とても使いやすいクルマに見えました
それにしても、この個体、ピッカピカ❣


そして、三菱・ランサー 6代目(2000 - 10)後期型?




いやあ、クルマを長く乗るってカッコイイと思います
Posted at 2026/07/23 19:59:54 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2026年07月03日 イイね!

スタミナ・発掘調査ドライブ

スタミナ・発掘調査ドライブ「スタミナラーメン食べたい」と言うご意見(命令💦)で・・・

「スタミナラーメン神保」(つくば市)に開店25分前、11:05に到着

助手席のお方様に並ばせてんでいただいて、私は近くの中古車店冷やかし💦



2021年式ロードスター 1.5Sスペシャルパッケージ MT
走行距離81千km 支払い総額 2,245,090円

いいボディカラーだなあ・・・

↓ こんなのもいいなあ



私は大盛り(1.5玉 1,250円)


相方は並盛り(1,100円)


どちらもトッピングなどは無し

もちもち麺をリフトアップ、あまり美味そうに撮れてませんが美味し❣です



で、お腹いっぱいで、久しぶりにつくば市で発掘調査

クルマ・ジャケ、1枚掘れました



クルマ・ジャケ「ある愛の詩」/フランシス・レイ と同じ、MG TC Midget 1945 ですね!



右はマンハッタン・トランスファーの「VOCALESE」(1985)
第28回グラミー賞(1986)で最優秀ジャズ・ボーカル・パフォーマンス賞(デュオまたはグループ)を受賞アルバム

トミー・フラナガンのピアノもお洒落な『To You』をどうぞ♪

The Manhattan Transfer - To You (Official Audio)
Posted at 2026/07/23 12:20:15 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ

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何シテル?   11/20 20:35
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