
宿から約2時間半で、今回のドライブのメイン「大和郡山城」(奈良県大和郡山市)です
道路わきのこの大きな看板、見覚えあります
これまでに少なくとも2回はここを走ってます
完全スルーしてました💦
「緑曲輪」跡の駐車場(この日は2時間以内無料)から天守台が見えました
秀長さん、来ましたよ~
天正13年(1585)豊臣秀吉の弟、秀長が大和国・和泉国・紀伊国三か国100万石余の領主として入城
秀長は天正19年(1591)に没してますから、7年ほどの居城ですね
さすがに立派な石垣です!
「極楽橋」(2021年再建)
「追手向櫓」(1987年再建)
「追手門(梅林門)」(1983年再建)
「追手東隅櫓」(1984年再建)
「秀長と郡山のあゆみ 展覧会」を見てみました(300円 2027.1.31まで)
「春岳院 留蓋瓦」
「天守台石垣の築石に転用された石仏」
「法印曲輪」には旧奈良県立図書館が移築されてます
「天守台」
この天守台に5層6階の天守は建築学上不可能、とされていましたが、2013~17年の調査で、礎石が確認され、かつて天守が存在したことが明らかになりました
Youtube
郡山城天守台展望施設整備事業 紹介動画~最終回「蘇る天守台」~ は大変興味深い動画です
訪れる前に見ておきたかった…
下を見ると何やら人だかりが・・・
転用石の「逆さ地蔵」でした
奈良は良質な石材が乏しかったため、墓石、仏塔などが石垣に使われたそうで、この「逆さ地蔵」の祟りで天守が倒壊したという俗説があるとか…💦
関ヶ原合戦後、徳川家康により郡山城の建築物のほとんどは伏見城に、天守は二条城に移築されました
秀長時代の建造物がすぐ近くの永慶寺の山門として現存してるそうですが、見逃して来ました😿
「豊臣兄弟!大和郡山 大河ドラマ館」もスルーし、次に訪れたのが「自動車博物館 まほろばミュージアム」(奈良市)
「U-Car Max 奈良八条店」内にあり、無料です(月曜定休 10:00~17:00)
第104代総理・高市早苗氏が初めて新車で購入したという「STスープラ」(1991年式)は、トヨタ博物館に特別展示するため整備中とのことで、展示されてませんでした
たくさんの寄せ書きがある選挙カー
「ミゼット」(1960年式)をメインとした昭和の風景
「トヨタ・スポーツ800」(1966年式)
「初代セリカ・リフトバック」(1975年式)
どれも車検を通してあり公道を走れる状態ですが、さすがに高市氏がスープラを運転することは今はないそうです
2026/4/24~5/24に2台のトヨタ2000GT(1台は映画「007は二度死ぬ」で撮影に使用されたボンドカー!)が展示されるとのことです
そして初めて「春日大社」(奈良市)へ
全国約3,000社の春日神社の総本社で、ユネスコの世界遺産に「古都奈良の文化財」の1つ
朱と金のイメージで今まで避けてました😅
駐車場は1500円とお高いので、少し離れた「春日最寄駐車場」に停めました
500円を箱に入れるという信頼されきった駐車場です
鹿がお出迎え~
鹿を撮ってるところを撮られました💦
森の中の「上の禰宜道(うえのねぎみち)」を歩いていくと「夫婦大国社」や「若宮」などたくさんの社がありました
若宮十五社めぐり(1,500円)はパス
水谷九社めぐり(1,500円)も、春日五大龍神めぐり(1,200円)も、国宝殿(一般/700円)もパス
かなりの賑わい
御本社(大宮)参拝所までは無料、御本殿特別参拝(中門・回廊内)は700円です
これはお支払いして中へ
奈良時代、768年に平城京の守護と国民の繁栄を祈願するために創建された「春日大社」は中臣氏・藤原氏の氏神を祀ります
主祭神は次の4柱で本殿(第一殿~第四殿 いずれも国宝)に祀られてます
第一殿:国譲りに貢献された常陸国鹿島の神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)(白鹿に乗ってきたので、鹿が神使とされてます)
第二殿:神武東征を導いた下総国香取の神・経津主命(ふつぬしのみこと)
第三殿:天岩戸で祝詞を奏上した河内国の神・天児屋根命(あめのこやねのみこと)
第四殿:天児屋根命の妻・比売神(ひめがみ)(正体は天照大御神との説あり)
二十年に一度の式年造替(屋根の葺き替えや朱の塗り直しなどの改修)があるのでぴかぴかなんですね(知らなかった💦)
で、伊勢神宮のように全く新しく立て直すのではないため、国宝であり続けるのだそうです
境内には約3,000基もの灯籠(石灯籠(約2,000)と回廊に吊るされた「釣灯籠(約1,000))があるとのこと
直江兼続、宇喜多秀家、藤堂高虎、徳川綱吉らが奉納した釣灯籠がありました
2月と8月にすべての灯籠を灯す「万燈籠」を再現する「藤波之屋」という部屋がありました
駐車場近くに「新薬師寺」があったので再訪しました
本堂(国宝)内には円形の土壇上に薬師如来坐像と十二神将立像が安置されてます(全て国宝)
残念ながら撮影禁止😿 なのでパンフレットから
今夜、修二会があるということで大勢のカメラマンが場所取りしてました
新薬師寺の修二会は毎年4月8日に行われ、薬師如来へ罪を懺悔する「薬師悔過(けか)」と約7mの大松明が僧侶を先導する「おたいまつ」が特徴なんだそうです
見てみたかったですね
次に「西大寺」(奈良市)に向かいました
スマホアプリ決済の「PARKINGPAY」を利用(100円)して少し節約
↑ まったく知らないよそん家に停めるのは緊張します
奈良時代に孝謙上皇(称徳天皇)の発願により建立されたお寺です(800円)
「東大寺」に対しての「西大寺」、恥ずかしながら存在すら知りませんでした…
奈良時代には東西の五重塔などが立ち並ぶ壮大な伽藍を持ち、南都七大寺の1つに数えられるも平安時代に衰退、興福寺の支配下に・・・
「四王堂」
恵美押勝の乱平定を祈願して造立されたという四天王立像(重文)を間近に拝見できます
各像が足元に踏みつける邪鬼だけが創建当時のものと教えていただきました
写真撮影不可😿なのでパンフレットから
「本堂」(国重文)
「東塔跡」
「愛染堂」
公家最高位の江戸期近衛家ていたくを京都御所から移築建立(1767)したお堂
鎌倉時代の僧・叡尊(えいそん 1201 - 90 現・大和郡山市生まれ)が中興の祖として祀られ、木造叡尊坐像(興正菩薩寿像 国宝)が置かれてます
「西大寺」は室町時代に焼き討ちされるなど大きな被害を受け、現在の伽藍はすべて江戸時代以降の再建だそうです
東大寺のようなド迫力も賑わいの無く、静かな奈良の良さを感じることのできるお寺でした
この日最後に訪れたのは「秋篠寺」(奈良市)です
4時半ぎりぎりアウトでしたが💦、拝観させていただきました(500円)
「本堂」(鎌倉時代の再建・国宝)
堂内には日本唯一と言われる「伎芸天(ぎげいてん)立像」(重文)が安置されてます
↓ ネット画像をお借りしましたm(__)m
奈良時代末期、光仁天皇の勅願により造営され平安遷都をほぼ同じころに完成したと伝わるお寺
Wikipediaには、地元の豪族・秋篠氏の氏寺ともいわれ、創建の正確な時期や事情はわかっていない、とありました
「日本後記」には桓武天皇の五七忌がここ秋篠寺で行われたとあり、皇室と関連の深い寺院であったことには間違いないようです
平安後期からは南に位置する西大寺との間にたびたび寺領をめぐる争論があったとか・・・
「苔」でも有名なお寺だそうで、この苔むした林が金堂跡と思われます
東塔や西塔の跡(礎石)は見逃して来ました😿
城址を歩くと権力や戦を考えてしまいますが、寺院も勢力争いや権力闘争を思い起こさせるものなのですね・・・
2日目レポート終わりです
発掘調査結果は後ほど(いつになる?)
長文駄文ブログ、お付き合いいただきありがとうございます m(__)m