
クルマ・ジャケコーナー第404回は、「'69 日本グランプリ-富士山麓ビッグ・マシンの激突」(1970)です。
完全後付け💦400回記念“レーシングカー・シリーズ”第4弾!
'69 日本グランプリの決勝(1969年10月10日 富士スピードウェイ)の実況中継を記録したレコです
「'69 日本グランプリ-富士山麓ビッグ・マシンの激突」(1970)
ジャケには「'69 日本グランプリ JAPAN GRAND PRIX CAR RACE富士山麓ビッグ・マシンの激突 COLUMBIA SOUND LIBRARY」、「協力:富士スピードウェイ(FISCO)」/日本自動車連盟(JAF)とあります
大排気量二座のレーシングカーによって競われた最後の日本グランプリで、日産、トヨタのライバル対決に加えて、西ドイツからポルシェのワークスチームも参戦

▲(上)⑭ジョー・シファードのポルシェ917 (下)⑰ハンス・ヘルマンのポルシェ908

▲㉑黒沢元治 ニッサンR-382

▲⑳北野 元 ニッサンR-382

▲③川合 稔 トヨタ7
〈国産ビッグ・マシン2車の精密透視図〉上:NISSAN R-382 右:TOYOTA-7
優勝は日産・R382の黒澤元治!

▲チェッカーフラッグをかいくぐる㉑黒沢元治のニッサンR-382

▲表彰式 左(2位)北野 元 中(1位)黒沢元治 右(3位)川合 稔
詳しい解説も載ってます
「'69日本グランプリのドラマ」久保正明 AUTO SPORT編集長
V型12気筒6リッター・エンジンのニッサンR-382が'69日本グランプリを制し、V型8気筒5リッター・エンジンのトヨタ7は、その後塵を拝した。―これが長い準備とトレーニングのすえにつけられた'69日本グランプリの総決算であった。
●群を抜くニッサンR-382の速さ
「5リッター」のエンジン排気量でエントリーしていたニッサンR-382がじつは「6リッター」だったと判明したのは、'69日本グランプリの公式予選前夜、10月8日夜のことだった。
V型12気筒エンジンのかん高い排気音。つぎつぎに更新されていく富士スピードウェイでの練習タイム。1周6kmのラップ・タイムはグランプリが近づくにつれて1分46秒台から45秒台へ。平均スピードにして、じつに204km/hから206km/hという速さだ。
「ニッサンが6リッター近いエンジンを積んでいるだろう、くらいのことは練習タイムからみても想像はついていた。しかし、それにしても・・・」トヨタ側のエンジニアは、こういってホゾをかんだ。エントリー締切り段階では「500cc」で申し込んでいたニッサンR-382だったのに、公式予選前夜になって「6リッター」―正確には「5945cc」への排気量変更届を提出したのだ。「完全な肩すかしだ。やりかたがフェアでない。」言外に、そういう意味をこめてニッサンを非難するトヨタに対し、当のニッサン側は「当初予定していた5000ccエンジンが練習でこわれたまでです。」と、あくまでもクールだ。・・・
〈第二面〉
3. 優勝した黒沢元治の喜びの声と「君が代」
㉑黒沢元治は延々720キロに渡ってニッサンR-382を単身乗り切り、最初のチェッカード・フラッグを受けた。コースを一順した後、グランド・スタンド前でテレビのインタビューと、それを取り囲むカメラマンとにもみくしゃにされている。一歩でも前へ進み出ようとマシンの回りに群がるカメラマンの圧力で、合成樹脂製のR-382の薄いボディーはメリメリと音を立てている。そのボディーをかばおうとニッサンのメカニックも大わらわである。
続いて、片手に花束をかかえる黒沢はなん度もカメラマンの要求にこたえてポーズを取らされている。 解説/斎藤宏清・石田善之
さてさて、ジャケのクルマは・・・
日産・R382
前年(1968)の日本グランプリを制覇した日産・R381はエンジンがシボレー製だったため、エンジンも日産製マシンでの優勝を目指して開発されたマシン
開発されたV型12気筒5.0リットルのGRX-1型エンジンをさらにパワーアップした6.0リットルに拡大したGRX-3型が公表されたのは、前述のとおりグランプリ決勝の2日前
予選は3台のR382が1−2−3(ポールポジションは北野元)、決勝1-2フィニッシュと圧倒的な速さを見せたR382
2位の北野元の20号車ニッサンR382(予選はポールを獲得)
予選3番手の23号車ニッサンR382(高橋国光/都平健二)は、燃料系のトラブルで10位
可変式リアウイングが禁止になり、ボディ後端をウイングのような形状にしてダウンフォースを稼いだようです
翌1970年の富士インター300マイルでも北野、黒沢で1-2フィニッシュ
しかし、翌1970年のグランプリは、日産が排ガス対策に集中することを理由に参戦を取り止め、トヨタもそれに追随したため中止・・・
トヨタとの開発競争を制し、自信満々で乗り込んできたポルシェを返り討ちにした日本レース史に燦然と輝く名車R382は倉庫で静かに眠る・・・
1974年はオイルショックの影響で中止となってますから、モータースポーツにとって厳しい社会情勢だったことのでしょう
2004年に米国で発見されたR382がレストアされ蘇ってます
NISSAN R382 黒澤元治 再び【Best MOTORing】2005
頑張れ 日産!
【登場車両】
日産・R382 21号車 1969
【自己採点】
クルマ度 6点(ポルシェを返り討ちにした日本レース史に燦然と輝く名車)
魅惑度 5点(黒沢元治に焦点?)
音楽度 ?点(エンジン音、排気音…が好きな方は10点?)
Posted at 2026/06/26 08:04:18 | |
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