
作家・佐々木譲(ささきじょう 1950 - )の「疾駆する夢」(2002)という本を図書館から借りて読んでみました
夕張市生まれで、本名は「ささきゆずる」の読み
本田技研で広告関連の仕事をした後、「鉄騎兵、跳んだ」(1979)で作家デビュー(文藝春秋「オール讀物新人賞」受賞)、この作品は映画化もされてます
↑ モトクロスに青春を賭けた青年の挫折と再挑戦を描いた作品(1980)
主演は当時、新人だった石田純一
ヒロイン役の熊谷美由紀は、主題歌『戦い続ける男達へ』を歌った松田優作と後に結婚
「エトロフ発緊急電」(1989)で第43回日本推理作家協会賞長篇部門・第8回日本冒険小説協会大賞・第3回山本周五郎賞を受賞(1990)
「警官の血」(2007)で第26回日本冒険小説協会大賞受賞、「このミステリーがすごい!」(2008)で1位
「廃墟に乞う」(2009)で第142回直木賞受賞(2010)
私は知らない作家でしたが💦、かなり有名な方でした😅
第二次大戦三部作のひとつ、「ベルリン飛行指令」(1988)は、私が大好きな望月三起也のペンで漫画化されてました(1993)
佐々木譲氏は、おもに、軍事・歴史・社会事件等を題材にした社会派エンターテインメント作家で、一貫したテーマは“自らの道を信じて歩む男の生き様”だそう🖋
「疾駆する夢」は、戦後のバラックから自動車会社「多門自動車」を興した男・多門大作が主人公で、まさにその男の“自らの道を信じて歩む生き様”が描かれています
多門自動車は架空の会社ですが、その他は実在の会社やクルマが登場し、戦後の日本の自動車産業の発展がわかる物語になってます(部分的にフィクション)
目次には、第1回自動車ショー、'63ルマン24時間レース、マスキー法への挑戦、対米進出の決断…
以下のような人物も話の中に出てきます
👤戦後のトヨタ自動車の建て直しをし「トヨタの大番頭」と呼ばれた石田退三(いしだたいぞう 1888 - 1979)
👤東洋工業(現マツダ)3代目社長の松田恒次(まつだつねじ 1895 - 70)
👤日産宣伝課の片山豊(かたやまゆたか 1909 - 2015 米国日産の初代社長)
👤ホンダの創業者・本田宗一郎(ほんだそういちろう 1906 - 91)
特に本田宗一郎は多門大作のライバル視してる人物として描かれているように感じました
この小説が書かれたのは1999~2002年(「週刊ポスト」連載)で、もう多くの方が読まれていると思いますが、とても面白かったので、
クルマ好きの皆さんにオススメしたいと思います
これから読んでみようかな、という方は
この先は読まれない方がいいかもです
↓ ネタバレ注意(
完全ネタバレを含みます)
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興味深かったところと登場するクルマなど(🚙は多門社の架空のクルマ)
本には挿絵などは一切ありません
以下の画像は私がネット上で見つけたイメージです
第1章 役員会二〇〇〇
主人公・多門大作が引退するシーンから物語が始まります
2002年をめどに本社をアメリカに移すことや、自分の後の新社長についての提案がなされ、この新社長が誰であるか…❓が一つの大きな謎となります
第2章 焦土に見る夢
・フォードのコンバーチブル
・ウイリス社製の四輪駆動車
・元帥の乗る「陸一号」のリンカーン
・フォードのタイプA
第3章 バラックからの出発
・日産の八〇型
・トヨタのGA型
・シボレーの41年型
・マーキュリー・クーペ
第4章 オート三輪走り出す
闇市で見つけた「アメリカ製スナッポン工具」(スナップオンのレンチセット)を買うために、妻が生まれてくる赤ん坊のために貯金を使ってしまう大作…そのことはやがて・・・
🚙アイボー号(750ccエンジン(くろがねのコピー)搭載のオート三輪)の型式認定を取るための箱根での登攀試験でやりすぎるも合格
・マツダGA型オート三輪
・トヨタBM型トラック
第5章 株式会社設立
エンジニアの古田が描いた、どこか虫を思わせる外観の小型乗用車(350ccツインエンジン、モノコック・ボディ)の概念図 ←もしかして後のてんとう虫❓
第6章 乗用車生産開始へ
🚙タモンER5
🚙タモン・スパイカE
・メルセデスW125(1937年のグランプリ・カー)
・ローバー社の戦後の四輪駆動車
・トヨタのBM型トラック、SB型トラック
・ルノー4CV
🚙タモン・キャビン(三輪乗用車)
・トヨタの1000cc乗用車トヨペット
第7章 第一回日本自動車ショー
第1回全日本自動車ショー(1954年 昭和29)に多門自動車は🚙キャビン付きアイボー号二型、🚙タモン・キャビン、🚙タモン・クーペXなどを出展
その他の出展車
・オオタ自工のオオタ4ドアセダン
・オートサンダル社のオートサンダル号
↑ 軽自動車規格ができた1949年の3年後に誕生した日本初の軽自動車
・日本自動車のNJ号
・ヘンリーJ
・メルセデス・ベンツ300SLR
・鈴木自動車・スズライト
第8章 デトロイトとルマン
・ポンティアック
・スターチーフ(コンバーチブル)
・シボレー・コルベット・スポーツ・ロードスター
・パッカード(戦前の型)
・ジャガーDタイプ
・キャデラック・エルドラド(ブリキ玩具)
・トヨタ・トヨペット・クラウン
・いすゞ・ヒルマン
・日野自動車・ルノー4CV
・日産・オースチンA50
・富士自動車・スバル1500
第9章 '63ルマン二十四時間レース
多門自動車は、1963年のルマンに3回目のチャレンジ… ところが、スタート4日前にドライバーがフェラーリに引き抜かれてしまう
そのころ日本では、白洲次郎(戦前にイギリスに留学し、ベントレーやブガッティを乗り回していたとか。いまポルシェに乗っているんだったか?)が、特振法に反対してくれていた…
クラス優勝を狙う🚙黄色いタモンER5は、MGA・MKⅡを抜き、1位のルネ・ボネ・ジェットも射程に入れたとき、開発者であり総監督である古田と社長の多門との間で大きなトラブルが起きる
世界初の市販ミッドシップスポーツカー、ルネ・ボネ「ジェット」
🚙タモン・クーペ700
・ホンダ・S500
・ルノー4(キャトル)1963年型
・スバル360
・ダイハツ・ミゼット(軽オート三輪 昭和32年)
・コルベット
・アルピーヌM63
・フェラーリ250p
・ジャガーE
・ACコブラ
第10章 モータリゼーションの到来
ミケロッティがデザインした日野コンテッサ・1300クーペが美しいと話す若きデザイナーの沢口真理と恋に落ちる多門… 家庭は崩壊していく
・日野コンテッサ・1300クーペ
🚙3000ccタモン・トリッガー
・マツダK360、R360クーペ
・トヨタ・カローラ
・日産サニー
・マツダ・キャロル
・マツダ・ルーチェ65年型(ベルトーネによるデザイン)
・フィアット500
・ルノー・ダウフィン
・A型フォード
・ジャガーXK150
・シトロエンDS19
・ポルシェ911
・プリンススカイライン2000GT-A
・スカイウェイ1900
↑ プリンス自動車工業が初代スカイラインをベースにした高級商用車(1961 - 63)
第11章 マスキー法への挑戦
自動車の排出ガスを規制するアメリカのマスキー法を、ホンダがCVCCで世界で最初にクリアし、次に東洋工業(現・マツダ)がロータリーエンジンの改良でクリア
トヨタやフォードなどがホンダから技術供与を受けることを決める中、自社開発を続ける多門自動車
そして、ついに直噴・希薄燃焼エンジンで、世界で3番目にクリア!
史実ではダイムラー・ベンツがディーゼル車で3番目にクリアなんですけどね😅
🚙タモン・スパイカE…世界で3番目にマスキー法をクリアしたクルマ
第12章 対米進出の決断
日米経済摩擦により自動車輸出を自主規制するように迫る通産省に異を唱えたのは、ホンダの二代目社長・河島喜好(45歳のときに本田宗一郎の跡を継いだ)… そしてホンダの二輪工場に続き、多門自動車もアメリカに進出を決める
国内では・・・タモン・アルファ店、ベータ店と多チャンネル化❓茨城工場の計画❓
1979年の第23回モーターショーで、多門がいちばんの見ものとしたのは、マツダFFファミリア
・・・ハッチバック車だった。鋭角的なエッジを持つ、シェイプアップされたシルエット。どことなくドイツの乗用車を連想させるボクシーなボディ・デザインだ。
「この赤、ふつうの赤と違うように見えるが、同じだろうか」
第13章 バブル下の闘い
茨城県内に自動車をテーマとした遊園地をつくる❓
日産・シーマと同じ市場に向けて、高級セダンを出す❓
日本経済の将来予測をどうみるか…
拡大路線をとりたい役員と社長・多門の軋轢…
多門の沢口真理とのゴシップやリコール隠しで多門自動車は窮地に陥る…
第14章 ありがとう同志たち
🚙1200ccの黄色いクーペ
ルマンでクラス2位になったモデルの発展型であり、多門自動車が事実上最初に北米に輸出した乗用車(水平対向四気筒1200ccエンジン)
はたして新社長は誰に・・・❓
