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ねも.のブログ一覧

2022年10月30日 イイね!

第25回プチツー~鮎釜TRG~

第25回プチツー~鮎釜TRG~RA272さん主催の「第25回プチツー~鮎釜TRG~」に参加しました。


「道の駅たかねざわ元気あっぷむら」(栃木県高根沢町)に9:00集合。

温泉施設があり、グランピングやバーベキューなどもできるようです。


「ナビで2kmほど離れた場所に着いた」と言う人が数人いたので、住所入力で行った方がいいかもです。

カプチの方はオープン作業に忙しい?


ドラミで自己紹介。相変わらずドキドキ(^-^;


お天気は最高~、オープン日和~!




約50分で「NASU FARM VILLAGE」(大田原市)に到着。




ALPIN★JETさんの“1984年式ミラを手に入れたお話”に聞き入ってしまいました。


・・・にしても、「フィアット500C・カブリオレ」、惜しい(欲しい)なあ~~










お昼は「黒羽観光やな」(大田原市)で「鮎釜めしセット」!(\1,700)










また来年も元気で、みんなで食べに来たいなあ~


食後に「御亭山(こてやさん)」(大田原市)。








ワッペさんにまた「Will VS」のインパネを見せてもらいました。


前回見せてもらったのは「2020. 10月FMMからのプチツー!(第21回)」(2020.10.25)








「関東の嵐山」とも言われる那須烏山市宮原周辺にちょっと立ち寄りました。



紅葉時期は11月中旬頃のようです。


そして「山あげ会館」(那須烏山市)へ。







ここは「メグロの聖地」なんだそうです。



メグロは戦後まで日本を代表するバイクメーカー「目黒製作所」で造られたバイクのことのようでした。






「メグロ」関連の展示は無料。

山あげで使用される実際の大屋台や、名物ロボット「勘助じいさん」が栃木訛りで説明するミニチュア劇を見るのは有料(\250)です。

以前のプチツーで見てました。

FMMからのプチツー(第12回)2019.3.24


最後の訪問地「高根沢町歴史民俗資料館」(高根沢町)へ。




企画展「Honda Exhibition 2022」(2022.9.10~11.6)が開催されており、貴重なレーシングカーやバイクなどが展示されていました。



RA300(1967)


デビュー戦で勝利し、HONDA2勝目を飾ったフォーミュラカー。

N360(1968)


ホンダ初のFF軽自動車で、3年連続軽販売1位を記録したベストセラーカー。愛称は「Nっころ」。

DREAM CB750 FOUR(1969)


量産二輪車として世界初の並列4気筒OHCエンジン・油圧式でディスクブレーキ。ナナハンブームを巻き起こしたバイク。

RC174(1967)


世界GP350ccクラスを制したロードレースバイク。

パネル展示「プレイバック高根沢工場」


NSX専用工場として建設され、後にS2000やインサイトが手作業中心で生産された工場だったそうです。

・・・それにしても

ずっとRA300だけ見て熱く語り合う漢たち(*^^)v






隣りの展示室には高根沢町ゆかりの作家の作品や、町内で出土した土器などが展示されてました。








最高のオープン日和でとても楽しい1日でした~。

RA272さん、参加された皆さん、ありがとうございました!
またご一緒できる日を楽しみにしております。


主催者RA272さんのブログはコチラ↓
第25回プチツー~鮎釜TRG~行ってきました(2022年10月30日)


参加者(13台14人)
RA272さん(黄S660)、ワッペさん(WiLL VS)、超人見知りさん(LEXUS -IS)、す~さん(赤S660)、まっさかさん(赤カプチ)、takao.takaさん(赤カプチ)、HIROカプさん(青カプチ)ALPIN★JETさん(1984年式ミラ)、太陽堂さん(白S660)、usagi998さん(ミライース)、mayomayoさん(青400)、のりさん(銀880)、ねも.(スチグレ880)
Posted at 2022/10/31 19:56:21 | コメント(4) | トラックバック(0) | コペン | 日記
2022年10月29日 イイね!

クルマ・ジャケ「Those Were The Days」/Johnny Mathis

クルマ・ジャケ「Those Were The Days」/Johnny Mathis クルマ・ジャケコーナー第134回は、Johnny Mathisの「Those Were The Days」(1968)です。



Johnny Mathis(ジョニー・マティス 1935 - )、ご存知でしょうか?




『数十枚のアルバムがゴールドまたはプラチナステータスを獲得し、73枚のアルバムがビルボードチャートにランクイン。(中略)4 億枚以上のレコードを販売しており、エルヴィス・プレスリーとフランク・シナトラに次いで 20 世紀で 3 番目に売れたアーティスト』(Wikipediaより)


デビューシングル『Wonderful! Wonderful!』(1956)が大ヒット!

「Wonderful, Wonderful」(1957 2ndアルバム)



代表作に『Chances Are(恋のチャンス)』(1957)、『Misty(ミスティ)』(1959)、『Too Much,Too Little,Too Late(涙のデュエット)』(1978 Deniece Williamsとのデュエット曲 全米1位)などがあります。

『Misty(ミスティ)』(1954)は、ジャズ・ピアニストのErroll Garner(エロル・ガーナー 1921 - 77)が作曲したバラード。

映画「Play Misty For Me(恐怖のメロディ)」(1971 クリント・イーストウッド初監督作品)で、人気DJに執拗につきまとう女ストーカーが毎日リクエストしてくるのがこの『ミスティ』でした。


エロル・ガーナー、1枚だけ持ってました。
「Concert By The Sea」/Erroll Garner(1955)



『Too Much,Too Little,Too Late(涙のデュエット)』が全米1位の時、2位はJ.トラボルタとオリビアの『Yoe’re The One That I Want(愛のデュエット)』だったようです(1978年6月3日ビルボード100チャート)。

クルマ・ジャケ「You're the One That I Want(愛のデュエット)」/Olivia Newton-Johnでご紹介してます。


その他、Dionne Warwic(ディオンヌ・ワーウィック)との『Friends in Love(フレンズ・イン・ラヴ)』(1982)、Ray Charles(レイ・チャールズ)との『Somewhere Over the Rainbow(虹のかなたに)』(2004?)など、デュエットのヒット曲もたくさんあるようです。


「Friends In Love(フレンズ・イン・ラヴ)」/Dionne Warwic(1982 22ndアルバム)


タイトル曲とB2『Got You Where I Want You(二人の定め)』もマティスとのデュエット。

バックが凄くて、D.フォスター(P.Syn.)がA1,2,4, B2,5に、J.グレイドン(G.Syn)がA1,2,3,4, B1,2,3,5に参加してるほか、ギター陣にS.ルカサー(A4)、M.ランドウ(B4)、L.カールトン(A5)などが名を連ねてます。
さらにコーラスにビル・チャンプリン、リチャード・ペイジとAOR好きにはたまらない布陣です。


『Over the Rainbow(虹のかなたに)』は、Rainbow(レインボー)がライブのオープニングで演ってましたね。

「On Stage」/Rainbow(1977)



さて、本日ご紹介のレコ以外で私が持ってるJ.マティスのアルバムは・・・

「Johnny Mathis in Person: Recorded Live at Las Vegas」(1972)


「Me and Mrs. Jones(ビリー・ホリディ物語)」(1973)


「I'm Coming Home」(1973)


「Feelings」(1975)


「You Light Up My Life」(1978)


「Friends in Love(愛にゆれて)」(1982)


先に紹介したディオンヌ・ワーウィックとのデュエット曲『Friends in Love』、『Got You Where I Want You』(J.グレイドンがアレンジ・指揮)を収録!

「A Special Part of Me」(1984)


「Misty/Johnny Mathis Greatest Hits」(19??)


↑ このアルバムとは違うと思いますが、「Johnny's Greatest Hits」(1958)は490週連続でチャートインし、その記録を破ったのはピンク・フロイドの「Dark Side Of The Moon(狂気)」(1973)。


そして、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコが・・・

「Those Were The Days(悲しき天使)」/Johnny Mathis(1968)


サイモン&ガーファンクルの『The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)(59番街橋の歌)』など、ヒット曲カバー中心のアルバム。

タイトル曲『Those Were The Days(悲しき天使)』は、ソ連からの亡命者によって欧米に広められ、作者不詳の「ロシア民謡」となり、Gene Raskin(ジーン・ラスキン)が英語版を自作として発表(1962)し、ラスキンの作品と呼ばれるようになったそうです。


アップル・レコードの最初のレコードはこの『悲しき天使』(1968)。
Mary Hopkin(メリー・ホプキン1950 - )のデビューシングルでポール・マッカートニーがプロデュース。


「Those were the days」は「あの頃はよかった、あの頃がなつかしい」という意味で、壮年期の人間が青春時代を思い返し美化している歌なんだそうで・・・( இωஇ )

コチラでも登場してます。↓
「FROM RYOKO WITH LOVE」/森山良子


さてさて、ジャケのクルマは・・・


初代マスタング(ムスタング)ですね!


フォード副社長アイアコッカの「アメリカの民衆はスポーツカーは好まない。スポーツカーのように見える車を好むのだ」の持論を元に開発されたスポーティカー(ハイパフォーマンス仕様車もあるのでスポーツカーとも言えるかも)。

安価なベース車に膨大なオプションを組み合わせる「フルチョイスシステム」を取り入れ、フォード・モデルT以来の大ヒットとなり、日本でもスペシャリティカー・ブームが訪れます。

「フルチョイスシステム」方式を踏襲した初代セリカ(1970 ‐77)


リフトバック(LB)の登場は1973年。


セリカLBよりも早く登場した三菱・ギャランGTO(1970 - 78)



【登場車両】
Ford Mustang Hardtop 初代前期(1964 - 68)



【自己採点】
クルマ度   7点(マッスルカーではなくポニーカーと呼ばれるそうです)
魅惑度    8点(写り込み系ですが、王道のクルマ・ジャケ!)
音楽度    6点(あの頃がなつかしい・・・?)
Posted at 2022/10/29 05:46:13 | コメント(2) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2022年10月23日 イイね!

クルマ・ジャケ「Into The Purple Valley」/Ry Cooder

クルマ・ジャケ「Into The Purple Valley」/Ry Cooderクルマ・ジャケコーナー第133回は、Ry Cooderの「Into The Purple Valley」(1972)です。

Ry Cooder(ライ・クーダー 1947 - )、ご存知でしょうか?


「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で8位(2011年版では第31位)にランクイン。



ローリング・ストーンズの「LET IT BLEED」(1969)にゲスト参加し、「このギターは一体誰だ ?!」 と騒がれ・・・

「LET IT BLEED」/The Rolling Stones(1969)



その直後にリリースされたデビューアルバム「Ry Cooder(ライ・クーダー・ファースト)」(1970)


ジャケのクルマは1937年製のAirstream(エアストリーム)のキャンピングトレーラーとのこと。
“得意のフィンガーピッキングが冴えわたる名盤”なんだそうですが未聴です。


「LET IT BLEED」レコーディング時、キース・リチャードがライ・クーダーと対立し帰ってしまい、残ったBill Wyman、Charlie Watts、Mick Jagger、Nicky Hopkins、Ry Cooderでジャム・セッションが録音され、後にリリースされたアルバムが・・・

「Jamming With Edward(ジャミング・ウィズ・エドワード)」(1972)


なんでも、キースにリフを盗まれたと文句を言ったライ・クーダーへの埋め合わせとして発表されたという話も・・・。 コチラも未聴です。


未聴ばかりもなんなので、図書館に行くと・・
Zeppelinは1枚しかないのに、ライ・クーダーは5枚もありました~ (゚Д゚;)


それらを聴きながらライナーノーツを読むと・・・

「Chávez Ravine(チャヴェス・ラヴィーン)」(2005)




ジャケは2種類あるんでしょうか?
1950年代初頭に地域開発のために町を追われ、ドジャースタジアムに姿を変えたメキシコ系アメリカ人のコミュニティ、チャベス渓谷の物語のアルバム。


「My Name Is Buddy」(2007)


“バディという赤い猫の放浪”という寓話を通して、大恐慌期の移動労働者と組合運動を描いたアルバム。


「I, Flathead」(2008)


タイトルはフォード・フラットヘッドのエンジンのこと。1950年代を舞台とした人々の生活を歌ったアルバム。
♪『Ridin' With the Blues』のイントロは排気の爆音。

『とにかく車に飛び乗り、この、しようもない作品を大音量でかけて運転してくれ。行き先はどこだっていい。トローナに行こうなんて思ってるなら、Uターンして引き返せ。それともテンプル・シティで昼飯でも…それはお好きなように。そうすればいいさ。あんたの金なんだから。』

トローナはカリフォルニア州、デスヴァレーの南西にあるほとんど雨は降らない町で、『猿の惑星』など多くのハリウッド映画がここで撮影されたそうです。
テンプル・シティはロサンゼルス近郊の町。

ライ、相当なクルマ好きですね!

ライは子供の頃、サンタモニカに住んでおり、「Chávez Ravine」、「My Name Is Buddy」、「I, Flathead」がカリフォルニア3部作と呼ばれるようです。

登場した地名を探すと・・・ 確かにカリフォルニア3部作。



「Pull Up Some Dust and Sit Down」(2011)


イラク戦争、人種差別などなどの現代のアメリカ社会に対する怒りを歌ったアルバム。


「Election Special」(2012)


タイトルは「選挙特番」の意。
1曲目『Mutt Romney Blues』は、オバマに対する共和党ロムニー候補が愛犬を車の屋根のケージに入れ12時間も走ったことを題材にした歌。


う~ん、歌詞の意味(その裏の意味も)が判らないと、ライ・クーダーは理解できないのかな・・・
「ライ・クーダー アルバム・ガイド&アーカイヴス」(著者:五十嵐正 ¥ 2,530)なんて本を読むといいのかも・・・



さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、

「Into The Purple Valley(紫の峡谷)」/Ry Cooder(1972 2nd)


アメリカの古いフォーク、ブルースなどをアレンジした2ndアルバム。
「Blues、Country Blues、Texas Blues」と紹介してるサイトもありました。

A1『How Can You Keep On Moving』は1930年代、ダストボウル(大砂塵)により中西部からカリフォルニアに逃れてきた貧しい農民たちを歌った歌。

『Taxes on the Farmer Feeds Us All 』は冷血な銀行家と農民を歌い、Woody Guthrie(ウディ・ガスリー 1912 - 1967)の『Vigilante Man(自警団員)』は組合をつぶそうとする歌。

貧富の差は現代の方が大きくなっているのでしょうか・・・?


ジャケは、ローリング・ストーン誌の「100 Greatest Album Covers」の12位とのことで見てみると・・・

他にクルマ・ジャケでランクインしてるのは・・・(見落としあるかも)

14位「Candy-O」/The Cars
78位「Sign O' the Times」/Prince
89位「Fresh Fruit For Rotting Vegetables」/Dead Kennedys
92位「Eat A Peach」/The Allman Brothers Band

2枚は過去にご紹介してます。
クルマ・ジャケ「CANDY-O(キャンディ・オーに捧ぐ)」/The Cars
↑ 記念すべき第1回クルマ・ジャケ!

クルマ・ジャケ「Eat a Peach」/The Allman Brothers Band

「Candy-O」はもちろん、今回のも最高ランクのクルマ・ジャケ!

ジャケ表が“暗雲垂れ込め、急な雨”


ジャケ内は“やっと着いた~” ん? リアタイヤがパンクしてます?


ジャケ裏は“映画、面白かったね~”


ポイント稼げた~って感じでしょうか(^-^;)

いやあ、二人の表情もいいですね~


さてさて、ジャケのクルマは・・・Wikipediaに答えが書いてありました。

『クーダーと当時の妻スーザン・タイテルマンが、カリフォルニア州バーバンクのワーナー・ブラザースの映画売り場でビュイックのコンバーチブルに乗っている様子が描かれている。』

ということで、ビュイックのコンバーチブル。


【登場車両】
Buick Roadmaster convertible  1940 ?




【自己採点】
クルマ度  8点(ライ・クーダーは富豪側!?)
魅惑度  10点(ジャケ表、中、裏、と2人の表情もいいですね!)
音楽度   6点(味わい深いけど、歌詞がわかればもっと・・・)
Posted at 2022/10/23 04:59:12 | コメント(2) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2022年10月20日 イイね!

クルマ・ジャケ「Goodbye Girl」/David Gates

クルマ・ジャケ「Goodbye Girl」/David Gatesクルマ・ジャケコーナー第132回は、David Gatesの「Goodbye Girl」(1978)です。

David Gates(デヴィッド・ゲイツ 1940 - )、ご存知でしょうか?

アメリカ・オクラホマ州出身のミュージシャンで、父親がオーケストラの指揮者、母親は音楽教師という家庭に育ち、高校の頃にはすでに多くの楽器をマスターしていたそうです。

その頃、同郷のLeon Russell(レオン・ラッセル)とバンドを組んだり、Chuck Berry(チャック・ベリー)のバックバンドとして活動したりしたこともあったとか?!


1959年にシングル『Swingin' Baby Doll』でソロ・デビュー。


ソングライター、プロデューサー、アレンジャー、セッション・ミュージシャンとして活動し、マーメイズの『Popsicles And Icicles』(1963 全米3位)の他、モンキーズ、ブレンダ・リーなどなど数多くのポップ系アーティストに曲を提供しているようです。

1968年に結成した「Bread(ブレッド)」では、作詞・作曲、プロデュース、アレンジ、ベース、ギター、キーボード、ヴォーカル担当。

「the best of bread」/Bread(1973 ?)


『Make It With You(二人の架け橋)』(1970 全米1位)、『If(イフ)』(1971 全米4位)、『Baby, I'm-a want you(愛の別れ道)』(1971 全米3位)、『Everything I own(涙の想い出)』(1972 全米5位)などヒットを連発させました。全てゲイツの作詞曲。

『If(イフ)』はオリビア・ニュートン=ジョン、バリー・マニロウ、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、森山良子、尾崎紀世彦、原田知世、斉藤由貴、阿川泰子などなど、数多くの歌手にカバーされているようです。

「EARLY DAYS」/Olivia Newton-John


↑ 「OLIVIA NEWTON-JOHN BOX」(EMI EMS-81561~70 1983)10枚組(\25,000)のうちの一枚


「MELODIES」/阿川泰子(1986 12thアルバム)


↑ アレンジ&指揮はジャズ・ピアニスト、コルゲンこと鈴木宏昌。演奏はRON CARTER(B)率いるRON CARTER GROUPら。


デヴィッド・ゲイツはソロ・アルバムを7枚をリリースしているようですが、私が持ってるレコは2枚。本日ご紹介の3rdと4thアルバムだけです。

4thアルバム「Falling In Love Again」(1979)


↑ あらッ、コチラもクルマ・ジャケではないですか~ 
Rolls-Royce Phantom II (ロールス・ロイス・ファントムII 1929 - 35) ?

太ももチラリの美女もいてコッチの方が点数は上?!
にしてもゲイツさん、嬉しそうですねえ。


ちょうどこのブログを書いてるときにCD再発(?)のお知らせを見つけました。


気になる方は早めにチェックをどうぞ~

今回ご紹介の3rdアルバムは半数が1st、2ndアルバムの曲で、半数が『Goodbye Girl』などの新曲なのでご注意を・・・

私が持ってるのは4in2のCD「First + Never Let Her Go + Goodbye Girl + Falling in Love Again」。これならダブり無しで聴きやすいです。


優しいメロディ、甘いボーカル。秋にぴったんこ。POPS & AOR好きの方にオススメです!
YouTube「David Gates Best Songs of Full Album 🎸🎸🎸」
https://www.youtube.com/watch?v=eG9mRXGgsrE


さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、

「Goodbye Girl」/David Gates(1978)


タイトル曲は映画「グッバイガール」(1977)の主題歌で全米15位とヒットした曲。


主演のリチャード・ドレイファスはこの作品でアカデミー主演男優賞を受賞。

『グッバイガール』は南沙織がカバーし28thシングルとしてリリースしてます(1978)。
A面が日本語バージョン(訳詞:中里綴)。B面の英語バージョンは19thアルバム「Simplicity」に収録されてます。

「Simplicity」/南沙織(1978)


『You're The One That I Want(愛のデュエット)』などJohn Farrarの曲も2曲歌ってますね。
コチラもどうぞ~
クルマ・ジャケ「You're the One That I Want(愛のデュエット)」/Olivia Newton-John


さてさて、ジャケのクルマは・・・


メルセデス・ベンツ・SLクラス 2代目(W113 1963 - 71)のロードスターではないでしょうか?


SLクラスはメルセデス・ベンツが販売する中で最も長い歴史をもつ2シーターオープンスポーツの最高峰。

初代(W198 1954 - 63)はクルマ・ジャケ「祐ちゃんのリバイバル・ヒット・メロディー」/石原裕次郎に登場してます。


2代目(W113 1963 - 71)はより高級車・高性能車としてラグジュアリー性や快適性を重視するようになり、そのコンセプトは現在まで続いてます。


【登場車両】
MERCEDES-BENZ W113 230 SL メルセデス・ベンツ 2代目 SL ロードスター 1963 - 71 ?




【自己採点】
クルマ度  8点(しぶいナァ~、ガルじゃなくてコレでもいいなあ~)
魅惑度   7点(ベンツでこんな場所に乗り込んじゃいけないな~)
音楽度   7点(優しく甘いメロディと声。ソフトAOR? )
Posted at 2022/10/20 21:17:55 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2022年10月17日 イイね!

クルマ・ジャケ「Touch my love」/沢村和子

クルマ・ジャケ「Touch my love」/沢村和子クルマ・ジャケコーナー第131回は、沢村和子の「Touch my love」(1987)です。

沢村和子(現・沢村まみ ? - ?)、ご存知でしょうか?

いや、コレがなかなか検索にかからず、やっと・・・

「目黒カルチャースクール」で『沢村まみのアメリカンポップス』という教室の講師を務めていることを突き止めました。  



一種のストーカー行為ですか?(^-^;)

講師プロフィールには、

『10代で「沢村和子とピーターパン」でデビュー。TV・ラジオ・コンサートなどに幅広く活躍。その後、ソロシンガーとして独立。音楽大学卒業後、歌とエンターテインメントの勉強に渡米し、もって生まれた感性と実力、大人のシンガーとしての魅力をさらにパワーアップ。スタンダードジャズからポップスまでレパートリーは広きに渡る。兄は作曲家の「中島安敏」、姉は歌手の「澤村美司子」という恵まれた環境に育ち、歌は勿論のこと、楽器においても小さい頃からピアノとフルートを得意としている。出身地、沖縄県。』


「沢村和子とピーターパン」というのはグループ名でこんなシングルをリリースしてたようです。

『赤い星のボレロ/天国のピエロ』/沢村和子とピーターパン( ? )




『イン・マイ・ワールド』/沢村和子とピーターパン(1971)


その後、本日ご紹介のレコ『Touch My Love』(1987 オーツタイヤ CFイメージソング)や、『Destination』(1987 大京CMソング)、『Reminesrnce』(1990 TVドラマ「ニュースキャスター物語」テーマソング)などを歌ってるようです。

amazonでこんなCDを見つけました。

「トゥナイトイン横浜」/平松政次・沢村まみ(2007)


大洋ホエールズ(現・横浜ベイスターズ)のエースで「カミソリシュート」「巨人キラー」の異名をとった大投手(通算201勝)とデュエットしてたんですね!


「沢村まみ45周年記念コンサート」(2016.11.22)という記事では60代らしいことが書書かれてあったので、1953年頃のお生まれかな・・・

バリバリ現役のジャズシンガーのようですね!



さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、
「Touch my love」/沢村和子(1987)


オーツタイヤのCFイメージソング。
作詞:CINDY、作編曲:白井良明。

シンガーソングライターのCINDY(1958 - 2001)の作詞なんですね。
CINDYは中山美穂の曲を数多く手がけてるようです。

「Mind Game」/中山美穂(1988 7thアルバム)


ミポリンはこのアルバムあたりからCindyの曲を歌うようになり、アーティスティックな方向へと変化。

タイトル曲B1『Mind Game』、B2『I Know』がCINDY作曲(B1は羽田一郎との共作)。

A1『Into The Crowd』はレコでは“Words;Cindy”となってますが、なぜかWikipediaでは“作詞:北山瑞穂”。 ←コレ、中山美穂のペンネームなんですが・・???

A6, B3,4は久保田利伸の作曲です。

すいません。ハイレグジャケの方に夢中になってしまいました。話を戻します。(;^_^A)


オーツタイヤは住友ゴムに吸収合併され今はありませんが、「FALKEN(ファルケン)」ブランドは残ってますね。



さてさて、ジャケのクルマは・・・

「ホンダ・シティ」(初代 1981 - 86)のカブリオレ(1984 - 86)!?


違いますね。


「マツダ・ファミリア」(6代目 1985 - 94)のカブリオレ!?


よく似てますが、ちょっとだけ違います。 それじゃあ・・・

「フォード・レーザー」(2代目 1985 - 94)のカブリオレ!?


↓ ジャケのバーコード下に赤いラインがちょっぴり見えますね。


ファミリアもレーザーもこのボディサイドのラインがもう少し上なんです・・・。

「フォード・レーザー」にこんなオプションでもあったことにしようかな~とあきらめかけた時に見つけたのが・・・


「フォード・エスコート カブリオレ」!


まあ考えてみれば、タイヤのCFソングですから、よほど親会社などでない限り、国産車は使いませんね。未輸入車ならなおいいわけで。
念を入れて、このラインでカットしてるわけですから判別困難になるわけです~。


「エスコート(ESCORT)」はフォードの欧州部門のクルマ(1967 - 2002)。

マーク1 (1968 - 74)


↑ 映画「ワイルドスピード」に登場したRS1600

日本にもスポーティ版1300GTやロータス製1600cc DOHCエンジンを積んだツインカムが少数輸入されたようです。


マーク2(1975 – 80)


マーク2以降は日本に正式輸入されていないとのこと。


マーク3(1980 - 86)


横置きエンジン・FF、ハッチバックボディなど、VW・ゴルフを強く意識した設計で、全輪独立サスペンションを持ち、1981年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに選出されています。

ダイアナ元皇太子妃はこのマーク3を愛車とし、王室保有のロールス・ロイスやデイムラーの後席に座るより、自ら愛車エスコートRSターボのステアリングを握ることを好んだそうです。


事故死から2022年8月31日に25年になるのを前にオークションに出品され、65万ポンド(約1億500万円)で落札されたとか・・・。


1983年にカブリオレが追加され、それが今回のクルマと思うのですが、マーク4 (1986 – 90)はマーク3のフェイスリフト版ということなので、マーク4かもしれません。

マーク4 (1986 – 90)



【登場車両】
Ford Escort MK3 Cabriolet フォード・エスコート マーク3 カブリオレ 1983 - 86



【自己採点】
クルマ度   7点(スポーティなカブリオレ、オシャレ~)
魅惑度    6点(タイヤメーカーだからこその判別困難ジャケ)
音楽度    5点(当時の洋楽風ポップチューン。ちょっと麻倉未稀を思い起こさせます。)

ということで、コチラもどうぞ (;^_^A
クルマ・ジャケ「ミスティ・トワイライト」/麻倉未稀
Posted at 2022/10/17 19:44:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ

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「[整備] #コペン ブレーキローター付近からの異音 https://minkara.carview.co.jp/userid/2770919/car/2364173/7759957/note.aspx
何シテル?   04/20 20:14
スチグレ・タンレザーに一目惚れした「ねも」と申します。2017年3月に10年・10万km超の中古を手に入れることができました。愛車を通じて皆さんと交流できたら幸...

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