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2021年04月10日

クルマ・ジャケ「BALLAD of D・T・B・W・B」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

クルマ・ジャケ「BALLAD of D・T・B・W・B」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド クルマ・ジャケコーナー第62回は、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「BALLAD of D・T・B・W・B」(1979年)です。

「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(DOWN TOWN BOOGIE WOOGIE BAND)」、ご存知でしょうか?

1973年デビューの、宇崎竜童をリーダーとするロックバンドです。


1stシングル『知らず知らずのうちに』(1973)


2ndシングル『青春すきま風 』(1974)


この2枚は全く売れませんでした。

1stアルバム「脱・どん底」(1974)


このジャケでは蜂谷吉泰(リードギター '73 - '74)がいます(左から2番目)。
で、蜂谷が脱退し、和田静男が加入して、ジャケを変更したようです。


裏ジャケ(右がオリジナル)


内側は一緒です。おそらく、人気が出た後でジャケ変更したんでしょうが、コレでいいんでしょうか・・?


しかし、3rdシングル『スモーキン・ブギ』(1974)、続く『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)で大ブレイクします!



2ndアルバム「續・脱どん底」(1975)

アルバムの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」はシングルカット版とは別バージョンです。


4thシングル『カッコマン・ブギ/港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)




↑ 当初は『『カッコマン・ブギ』がA面。
発売1か月後に『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』をA面にして再発売。

↓ コッチが後かなあ?


『港のヨーコ…』は阿木燿子の作詞家としてのデビュー曲。
「アンタあの娘の何なのさ」で一世を風靡し、第26回NHK紅白歌合戦(1975)にも出場。

グラサンにツナギ、あの歌いっぷり・・・インパクトは大きかったですネ!

コミックバンド的なウケもあったかもしれません。

『アンタ私の何なのさ!? 港のヨーコ有名人編』/港のヨーコを守る会一同(1975 作詞:阿木燿子、補作詞:山本正之、作曲:宇崎竜童、編曲:中村弘明)なんてのも何種類か出てました。


「アンタあの娘の何んなのさ!?-“港のヨーコ”全国版-」(1975)




東北編は♪港のヨーコ、釜石・気仙沼~と歌われるなど、地方訛りで歌われる6曲や有名人のモノマネで歌われる曲などが入ってます


実は、D.T.B.W.Bは当初は皮ジャンも着てたそうで、、、

デビューが先だった「キャロル」(1972-75)の物真似と批判されたため、ツナギを着るようになったようです。

「ルイジアンナ」/キャロル(1973)


『やりきれない気持ち』『ホープ』『ワン・ナイト』のドラムは後にD.T.B.W.Bに加入('73-'76)する相原誠。


相原のこともあってか、宇崎(1946- )と矢沢(1949- )は、お互いをライバル視していたそうです。
まあ、当初は「キャロル」の方が圧倒的に人気も知名度も高かったわけですが・・・

『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)が出る直前、「キャロル」は解散。

「燃えつきる - キャロル・ラスト・ライヴ!! 1975.4.13.」/キャロル(1975)


D.T.B.W.Bは多くのヒット曲を出しましたが、やがて、ロック路線を望むバンドとコミカル路線を望むレコード会社とに溝ができるようになります。


1stライブ・アルバム「脱・どん底音楽会」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(1975)



3rdアルバム「ブギウギ・どん底ハウス」(1975)



4thアルバム「G.S.」(1976)



7thシングル『涙のシークレット・ラヴ』(1976)



8thシングル『沖縄ベイ・ブルース」(1976)



5thアルバム「あゝブルース Vol.1 」(1976)



2ndライブ・アルバム「あゝブルース Vol.3」(1977)



9thシングル『サクセス/愛しのティナ」(1977)


『サクセス』は資生堂・夏のキャンペーン・ソング
資生堂から“サクセス”を歌詞に使う曲を依頼され、歌手はオーディションで決める予定でしたが、結局、DTBWBが歌うことになったようです。
オリコン2位と大ヒットし、代表曲に!





『愛しのティナ』も資生堂からの依頼曲。CMのヒロインのイメージ・ソングで、ボーカルは新井と和田。
キャンペーン後半からCMで流され、シングル盤のジャケも変更されました。


9thシングル『愛しのティナ/サクセス』(1977)



1stベスト「傑作大全集」(1977)



10thシングル「身も心も」(1977)



7thアルバム「身も心も」(1977)



12thシングル『あれ!』(1978)



9thアルバム「バック・ストリート・パート2」(1978)



14thシングル『白昼の死角』(1979)




映画「白昼の死角」(1979)主題歌


15thシングル『涙のヴァイア・コンディオス』(1979)



↑ クルマ・ジャケですね! お判りになった方はどうかコメントください。m(__)m


? アルバム「夜霧のブルース」?(1980 ?)

↑ タイトルも発売年もイマイチ不明なアルバムです。クルマ・ジャケですね!


さて、リーダーの宇崎竜童は、妻・阿木燿子とのコンビで、山口百恵の多くのヒット曲を制作しています。

8thアルバム「17才のテーマ」で初めて宇崎竜童・阿木燿子コンビの曲が収録されました(『木洩れ日』、『碧色の瞳』『幸福の実感』)。

「17才のテーマ」/山口百恵(1976)


11thアルバム「百恵白書」は、全曲 宇崎竜童・阿木燿子コンビによる作品で、阿木燿子が百恵の旅に同行して作られた、初のコンセプトアルバム。

「百恵白書」/山口百恵(1977)


宇崎・阿木のコンビは、『横須賀ストーリー』(1976)、『イミテイション・ゴールド』(1977)、『プレイバックPart2』(1978)、『しなやかに歌って』(1979)、『さよならの向こう側』(1980)など多くの曲を提供し、その才能を認められるようになります。


『横須賀ストーリー』/山口百恵(1976 13thシングル)


『プレイバックPart2』/山口百恵(1978 22ndシングル)



そしてバンドの方は、1980年に「ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド」に改名し、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド時代の楽曲は演らず、トレードマークだったツナギも止め、シリアスなブルースとロックを追求するようになりますが、翌年解散します・・・。

第29回全日本オーディオ・フェア記念 限定盤
「UNLIMITED」/D.T.F.B.W.B(1980 45rpm \1,500)


『フロム東京バビロン』『OUR HISTORY AGAIN』収録


「海賊盤 Live Fighting 80'S」(1980) 

自主制作ライヴ盤。


「We Are Down Town Fighting Boogie Woogie Band」(1981)

ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド唯一のオリジナル・アルバム。


「下町之舞伎浮戯楽団」(1982)  

結成10周年記念アルバム。
バンド結成のいきさつが詳細に書かれたライナーノーツが面白いです~。


シングルを1980年までに20枚、オリジナルアルバムを1987年までに12枚リリースしているようなのですが、はっきりしません。


バンド解散後、宇崎竜童は、ドラマ出演、映画・舞台音楽や監督などを行うとともに、「竜童組」('84-'90)、93年からは「RU CONNECTION with 井上堯之」などのバンドやソロで音楽活動を行っています。

「IN and OUT」/宇崎竜童(1983) ソロ3rdアルバム



ところで、所ジョージの名付け親は宇崎竜童なんですって!?
所さん、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのボーヤ(付き人?)だったそう。

「ジョージのセロリ・パセリ」/所ジョージ(1978)

タモリがハナモゲラ語で作詞した『けさめらの親王むれさのはけ姫に詠む』が入ってます。 ???


また、サザンの桑田は宇崎のファンを公言していて、3rdアルバム「タイニイ・バブスル」の『Hey! Ryudo!』で宇崎のことを歌っていますね。

「タイニイ・バブスル」/サザンオールスターズ(1980)


♪ Hey!Ryudo! 今さら言うのも変よね 唄いなさい
  なぐさめはいらない ただそうよ心から
  身にしみるようなメロディ聞かせて 思い出などとうに忘れて

D・T・B・W・Bへのエールでしょうか・・・


さてさて、本日ご紹介のクルマジャケ・レコ
「BALLAD of D・T・B・W・B」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(1979)




デビューシングル『知らず知らずのうちに』(1973)から14thシングル『欲望の街』(1979)までのバラード集です。


ジャケのクルマは・・・  いやあ、ホント判りません~~

こんなジャケをデザインしたのは誰だろ~?

裏ジャケに『Cover Design : Hiroshi Takahara』とあったので調べてみると・・・


「高原 宏デザイン事務所」という会社がヒットしました。

略歴に1947年生まれとあるので、宇崎とは同世代。デザイン会社設立が1975年ですから、DTBWBのブレイクとも重なりますね。

「海賊盤 Live Fighting 80'S」、「We Are Down Town Fighting Boogie Woogie Band」、「下町之舞伎浮戯楽団」、「IN and OUT」も高原宏が手がけているようです。

達郎のジャケも何枚か手がけてます!

「GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA」/山下達郎(1982)




「Melodies」/山下達郎(1983)


「クリスマス・イブ」/山下達郎(1983)


“高原宏”、全くの別人だったらゴメンナサイです。


さてさて、ジャケのクルマですが、ボンネットとトランクにあるラインで、それらしいクルマをやっとこさ見つけました!

【登場車両】
Pontiac Chieftain sedan 2-door Sedan(1949 - 1954) 1951 ?




【自己採点】
クルマ度   7点(レトロ・アメ車!いや~よく見つかったナ~)
魅惑度    5点(なぜにアメ車?)
音楽度    6点(バラードが宇崎竜童の本領か!?)
ブログ一覧 | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
Posted at 2021/04/10 11:21:11

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この記事へのコメント

2021年4月10日 11:58
矢沢信者だったので、ダウンタウンは正直言って
・・・感じですが

この人の百恵ちゃんの曲は全曲素晴らしいです。完璧です!大好きです。

コメントへの返答
2021年4月10日 12:24
紅の豚足さん、こんにちは~。コメントありがとうございます。
私もキャロルの方が好きなんですが・・(^-^;
矢沢永吉と宇崎竜童を比べるのもなんなんですが、宇崎の方が幸せそうに見えるのはなぜなんでしょう・・?
2021年4月10日 12:41
んーー多分、本人が矢沢永吉を演じきってるんでしょうね。ファンのイーメージを壊さない為に

ワタス的な見解ですけど、高倉健さんや美空ひばりさんみたいな感じだす (* ̄∇ ̄)ノ
コメントへの返答
2021年4月10日 20:32
なるほど~。確かに。
ロッカーを演じ切ってますね!

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