• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ねも.のブログ一覧

2021年01月31日 イイね!

クルマ・ジャケ「One More Song」/Randy Meisner

クルマ・ジャケ「One More Song」/Randy Meisnerクルマ・ジャケコーナー第54回は、Randy Meisnerの「One More Song」(1980)です。

前回(第53回)「natural high」/原田真二(1979)で、
『ベースを弾いたBryan Garofalo(ブライアン・ガロファロ)は,Randy Meisner(ランディ・マイズナー)のアルバムにも参加している』
という複雑な流れからの取り上げです。(笑)


Randy Meisner(ランディ・マイズナー)、ご存じでしょうか?

Poco(ポコ)、Eagles(イーグルス)の創設メンバーでベーシスト・ヴォーカリストです。

マイズナーは、1968年に、Buffalo Springfield(バッファロー・スプリングフィールド)を解散したリッチー・フューレイ、ジム・メッシーナのオーディションを受け、彼らとともに「Poco(ポコ)」を結成しますが、1stアルバムのリリースを待たずに脱退してしまいます。


1971年に、Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)のバック・バンドのメンバーとして採用され、そこでDon Henley(ドン・ヘンリー)、Glenn Frey(グレン・フライ)と出会います。

リンダの3rdアルバム「Linda Ronstadt」(1972)

マイズナーはA5でベースを、B3,5でコーラス担当してます。

リンダは、4th「Don't Cry Now」(1973)で、Eaglesの『Desperado(ならず者)』を最初にカヴァーしています。


『Desperado』のカヴァーといえば、カーペンターズの5th「Horizon(緑の地平線〜ホライゾン)」(1975)もお馴染みですね。

ここでの邦題は「愛は虹の色(デスペラード)」!?

A2『Only Yesterday』はもう大好きな曲です。

話がいつものようにだいぶそれてきましたね。 (^-^;

マイズナーに戻します。
・・・そして、ドン・ヘンリー、グレン・フライ、Bernie Leadon(バーニー・リードン)と、Eaglesを結成!(1971)。

一歩下がっているのがマイズナー。いつもそんな感じ・・・(^-^;

1stアルバム「Eagles(イーグルス・ファースト)」(1972)をリリースします。


このアルバムでは『Take the Devil』、『Tryin'』でリードボーカルをとってます。


2nd「Desperado (デスペラード)」(1973)では『Certain Kind of Fool(その種の愚か者)』、『Saturday Night』の作曲に関わり、歌っています。


3rd「On The Border(オン・ザ・ボーダー)」(1974)では『Is it true ?』を書いてます。
この歌いいですねえ。 『Midnight Flyer』でもリードボーカルをとってます。

この3rd、かなり好きです。
マイズナーの『Is it true ?』を筆頭に、『My Man』『James Dean』『The Best Of My Love(我が愛の至上)』などいい曲がたくさん!

スライドギターで参加したDon Felder(ドン・フェルダー)が正式加入し5人に。彼は後に『ホテル・カリフォルニア』を作曲します。


4th「One Of These Nights(呪われた夜)」(1975)では、なんといってもイーグルス初のミリオンセラー・シングル『Take It To The Limit』!『Too Many Hands』でもリードボーカルをとってます。


この後、カントリー志向の強かったバーニー・リードンが脱退し、Joe Walsh(ジョー・ウォルシュ)が加入。

4thの後に出されたベスト盤「Their Greatest Hits 1971-1975」(1976)

全米1位・全英2位を記録し、アメリカでは2018年までに3800万枚以上を売り上げ、アメリカレコード協会(RIAA)に、米国で1番売れたアルバムとして認定されています(2位はマイケル・ジャクソンの「Thriller(スリラー)」(1982))。


そして、5th「Hotel California(ホテル・カリフォルニア)」(1976)

A2『New Kid in Town』が大好きです。ホール&オーツに捧げた曲ということですが、この曲が全米1位になった約一月後、ホール&オーツは『Rich Girl』で初の全米No1に輝いてます。
♪ 街に新顔が現れた きみに代わる新しい人気者 みんなそいつの噂してる・・・

「Bigger Than Both of Us」/Daryl Hall & John Oates(5th 1976)


まさにこの後、ホール&オーツは、全米 No1ヒット6曲、トップ10入16曲と人気者になっていくわけです。ホール&オーツにもハマったなあ・・・


そして、、、マイズナーは、絶頂期のツアー中にイーグルスを脱退します(1977)。
ジョー・ウォルシュが加入して、よりロック寄りになったことや、多忙な生活に疲れたことなどが重なったことが理由といわれています。

後任には、ポコでもマイズナーの後任を務めたTimothy Bruce Schmit(ティモシー・B・シュミット)が加入。

ティモシーは、6thアルバム「The Long Run (ロング・ラン)」(1979)で『I Can't Tell You Why(言いだせなくて)』で作曲に関わり、リード・ボーカルをとってますね。全米8位のヒットとなっています。


2枚組のLive「Eagles Live(イーグルス・ライヴ)」(1980)

1976年10月と1980年7月のライヴが収録されています。1976年がマイズナー、1980年がティモシーがベースですね。

マイズナーは、C3『Take It to the Limit』で、鳥肌もんのハイトーン・ボイスを披露し、「Randy Meisner」と紹介(?)されてます。


1982年、イーグルスは解散を発表。
メンバー間の軋轢や、曲作りのスランプなどが原因と言われています。

その後、イーグルスは再結成され、「Hell Freezes Over」(1994)、「Long Road Out Of Eden」(2007)を発表。共に1位を獲得していますから、アメリカでの人気には根強いものがありますね。


ランディ・マイズナーは、イーグルス脱退後ソロとして、「Randy Meisner」(1978)、「One More Song」(1980)、「Randy Meisner」(1982) を、時を置いて 「Dallas」(2002 )、「Love Me or Leave Me Alone」(2005)を発表しています。


さてさて、本日ご紹介のクルマジャケ・レコはマイズナーのソロ2nd
「One More Song」/Randy Meisner(1980)


アルバムタイトル曲B1『One More Song』にはイーグルスのグレン・フライとドン・ヘンリーがバックコーラスで参加しています。仲が悪かったという話もありましたが・・・。

ラストB4『Anyway Bye Bye』は、古巣、ポコの曲。

グレン・フライやドン・ヘンリーのようには売れませんでしたが、この2nd、AORの名盤として紹介されることもあります。

前回も書きましたが、なぜ、他のベーシストを使っているのでしょうか・・?
ヴォーカルに専念、かな?


さて、ジャケの赤いクルマは、、、  


「CHEVOLET IMPARA」という情報を得ましたが、どうもエンブレムやグリルが違います・・・。

「BUICK SKYLARK CONVERTIBLE (1963)」ではないでしょうか?

ボンネットの「BUICK」の文字は無いですけど・・・


ちなみに、手前の黒いクルマは、フォルクスワーゲンの初代ゴルフではないでしょうか?

Volkswagen Golf(1974 - 92)


言わずと知れた、スタイリングとパッケージングはジウジアーロの手によるビートルの後継車。

正解ならば、またまた「巣ごもり成果」だ~! (^-^;


あ、ランディ・マイズナーは、かなりのクルマ好きのようです~。
こんな画像がネット上にたくさんありました。



【登場車両】
BUICK SKYLARK CONVERTIBLE(1963)?




【自己採点】
クルマ度   6点(赤いオープン。中で居眠りしてるのは誰?)
魅惑度    7点(美女もいるし雰囲気もいいけど・・・1stが欲しい~)
音楽度    7点(Eaglesの影を追わなければ、かなりイイです!)
Posted at 2021/01/31 09:35:36 | コメント(4) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2021年01月24日 イイね!

クルマ・ジャケ「natural high」/原田真二

クルマ・ジャケ「natural high」/原田真二クルマ・ジャケコーナー第53回は、原田真二の2ndアルバム「natural high」(1979)です。


原田真二(はらだしんじ)、ご存じでしょうか?


18歳の時、吉田拓郎プロデュースにより『てぃーんず ぶるーす』でデビュー。


『てぃーんず ぶるーす』『キャンディ』『シャドー・ボクサー』と3ヶ月連続シングルリリースという前代未聞の形でデビューし、3曲が同時にオリコンベスト20入り!日本音楽史上初の快挙でした。


デビュー曲『てぃーんず ぶるーす』(作詞: 松本隆/作曲: 原田真二/編曲: 鈴木茂・瀬尾一三)は、もとは原田自身が歌詞も付けた『君の世代へ』という曲でしたが、吉田拓郎が売るために、松本隆に作詞を依頼した曲です。



2ndシングル『キャンディ』(1977)


詞は松本隆が少女漫画「キャンディ・キャンディ」にインスパイアされて書き上げたものだそう。オリコン10位。


3rdシングル『シャドー・ボクサー』(1977)


編曲はベーシストの後藤次利。編曲家としてのデビュー作です。オリコン14位。


1stアルバム「Feel Happy」(1978)は、オリコン史上初の初登場第1位を獲得(4週連続1位)。


10代での1stアルバム、オリコン1位獲得は、男性シンガーソングライターでは未だ原田のみだそう(2011年時点)。

デビュー1年目、10代ソロ歌手として史上初の日本武道館公演も行っています(1978)。
観客はほぼ100%女子中高生だったそう。


4thシングル『タイム・トラベル/ジョイ』(1978)


オリコン4位。
両A面(盤両面にAと表記)でどちらも、作詞:松本隆、作曲・編曲:原田真二。
見開きダブルジャケ。



第29回NHK紅白歌合戦(1978)にこの『タイム・トラベル』で初出場(この1回だけ)。


原田信二を含めて紅白初出場だったツイスト、さとう宗幸、渡辺真知子、サーカス、庄野真代の六組が『ニューミュージック・コーナー』で続けて歌わされた後、ステージの上で整列して、審査員の講評を受けるという珍場面があったそうです。(゚Д゚;)


スピッツのカヴァー(アルバム『おるたな』に収録)を先に聴いてます(笑)が、ライブ盤やベスト盤にしか入ってないようです。


5thシングル『サゥザンド・ナイツ』(1978)


オリコン16位。
『サゥザンド・ナイツ』まで、松本隆が作詞を担当。


『ザ・ベストテン』(TBS、1978年1月放送開始)に毎回のように出演し、カーリーヘアーのルックス、ハスキーボイスが、女子中・高校生を中心に絶大な支持を受け、アイドル新御三家(郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎)をしのぐ人気を得ます。

「月刊明星」、「月刊平凡」、「セブンティーン」などの芸能誌にも頻繁に登場し、表紙を飾り、1976年にデビューしたChar(チャー)、同時期にデビューした世良公則&ツイストとともにロック御三家と呼ばれました。



「Char Ⅱ have a wine」/Char (1977)

2ndシングル曲『気絶するほど悩ましい』が入ってます。


「世良公則&ツイスト」/世良公則&ツイスト(1978)

デビュー・シングル『あんたのバラード(第8回世界歌謡祭ver.)』収録。
Wikipediaには「ロックをメジャーにした最初のロックバンドである」の記述がありました!


原田らの成功で、日本の音楽シーンの流れが大きく変わり、それまで地味な活動を続けていたゴダイゴ、甲斐バンド、柳ジョージ&レイニーウッドなどが続き、ロックはアイドル化・歌謡曲化してメジャー化していきます。


しかし原田自身は、脱アイドルを望み、意識的にロックテイストとメッセージ性の強い方向へと進んでいきます。

6thシングル『OUR SONG』(1978)


この曲から自作詞を採用し、作曲、編曲(オーケストラ・アレンジも)、プロデュースも行いました。オリコン19位。


7thシングル『スウィート・ベイビー』(1979)


本日ご紹介の2ndアルバム「natural high」の先行シングル
オリコン33位


8thシングル『a day』(1979)


オリコン39位。オリコン50位以内最後のシングル(2022年時点)


1stベストアルバム「原田真二 ザ・ベスト(SHINJI THE BEST)」(1979)


『スウィート・ベイビー』までのシングルA面7曲を収録
両A面扱いの『ジョイ』『スペーシィ・ラブ』は入ってません
先着50,000名様特典大型ポスター、入ってました❣



9thシングル『MARCH』(1979)


オリコン57位。
この後、21歳で独立、「クライシス・マネージメント」を興し、ポリドールへ移籍。名義も「原田真二&クライシス」に。


4thアルバム「ENTRANCヨ(エントランス)」/原田真二&クライシス(1981)


全作詞・作曲・編曲・プロデュースを自身が行うとともに、全ギターも演奏しています。


3rdベストアルバム「LIGHT COLLECTION(ライト・コレクション)」(1983)


シングルA面4曲・B面2曲+アルバム「HUMAN CRISIS」から3曲、「ENTRANCヨ」から2曲、全11曲


6thアルバム「Save Our Soul」(1983)はこのジャケだもんな~



7thアルバム「Modern Vision」(1984)


シングル『MODERN VISION』はトヨタ・セリカのCMソング。
キャッチコピーは「WORLD SUPER SPORTS MACHINE」。



3代目セリカ A60型(1981-85)と2代目セリカXX A60型(1981-86)!



1983年のMCでライズアップ(ポップアップ)式からリトラクタブル式ヘッドランプに変わってます。前期のカキカキしたクーペがカッコよかった~


もちろん、XXは憧れでした。



8thアルバム「Magical Healing」(1985)



20thシングル「LEGEND KISS / 伝説KISS(レジェンド・キス)」(1986)


自身初の12インチ・シングル。


21stシングル『見つめてCARRY ON』(1986)



9thアルバム「DOING WONDERS」(1986)


オリコン33位。
オリコン100位以内にランクインした最後のアルバム(2022年時点)。


2019年までにシングル42作、アルバム22作、ライブ・アルバム3作をリリースしてるようです。


2001年から2004年まで松田聖子のライブパートナー、プロデューサーとしても活躍。
聖子ちゃんの離婚発表(2000.12)の時には、マスコミから新恋人、来夏結婚とまで報道され大騒ぎなんてことがありました。

YouTubeで『強い向かい風の中で』のライブを見てみると、確かにコレはな~。
ファンも引いてる感じ・・・




「Pineapple」/松田聖子(1982)

A2『パイナップル・アイランド』とB1『ピンクのスクーター』は、作詞:松本隆/作曲:原田真二。

A5『渚のバルコニー』、B3『赤いスイートピー』(ともに作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂)の陰に隠れてますけどね・・・ (^-^;

そういえば、6thアルバムタイトルは「Candy(キャンディ)」(1982)。

聖子ちゃんは原田真二のファンだったようです。


「昭和40年男」(2020年12月号)の表紙を飾るのは原田真二!

巻頭特集『あの日、俺たちは覚醒させられた 日本ロック元年』には、Char、世良公則、原田真二、甲斐バンド、ゴダイゴらが取り上げられています。






原田のページには、
『アイドル的な受け方をしたことで、いろいろな経験ができたことは僕の強味かなって・・・(中略)今年62歳になりますが、ポール・マッカートニーみたいに80歳近くまで、現役で歌いたい。命ある限りは歌い続けたいです。』
との言葉がありました。


カッコイイですよね! 応援したいです。


さて、本日ご紹介の原田真二の2ndアルバム「natural high」。
ロサンゼルスに約40日間滞在し、ロスの腕利きミュージシャンと制作されたアルバムです。

最初に来たセッションマンはダメダメで、原田はすぐにクビにしたそう。

で、代わりに来たのが、Carlos Vega(D)、Richie Zito(G)、Bryan Garofalo(Bass)。


余談ですが(いつものことですが)、Carlos Vega(カルロス・ベガ)は、この前後から超一流のセッションドラマーとなってますね。

カルロス・ベガが参加しているアルバムで、私が持ってるレコは・・・

「This Time」/Al Jarreau (1980) A2,A3
「Bi-Coastal」/Peter Allen (1980) B1
「Barry」/Barry Manilow (1980) A1
「Give Me the Night」/George Benson (1980) B3,B5  など。

さらに余談ですが、カルロス・ベガ、スティーブ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ、マイケル・ランドゥーは同じ高校だったんですって?! 一体どんな高校~??


Ritchie Zito(リッチー・ズィトー)も後に、Cheap Trickの「Lap of Luxury」(1988)、「Busted」(1990)などをプロデュースするなどの大物となります。

リッチー・ズィトーがギタリストとして参加したアルバム
「No Escape」/The Mark Tanner Band(1979)



ジェイ・グレイドンや、TOTOのデイヴィッド・ペイチ、スティ-ヴ・ルカサ-、ジェフ・ポ-カロらがゲスト参加してます!


Bryan Garofalo(ブライアン・ガロファロ)は,後に、Randy Meisner(ランディ・マイズナー)バックバンドでベースを弾いたりしてます。

あれっ? ランディ・マイズナーってEaglesのベーシストじゃなかった・・?

「One More Song」/Randy Meisner(1980)




おろっ、コレもクルマジャケだ! 今度使おうっと (^O^)/



話を原田真二の2ndアルバム「natural high」に戻しますね (^-^;


全曲、英語のタイトル。A1は3'20"のインスト曲。英語詞(A6、B5)以外は全作詞・作曲・編曲&プロデュースを自身で手掛け、1stとは違うミュージシャンの姿を見せています。

もう、1stアルバム「Feel Happy」とジャケも制作の仕方も全く違い、TVにも出なくなり、セールスはガタ落ちだったようです・・・。


さてさて、ジャケのクルマは、、、

「natural high」/原田真二(1979)


Wikipediaに「街を見下ろす高台にピアノを積んだキャンピングカーを止め、車内で撮影された。」とありましたので、「キャンピングカー」。(笑)

インパネから車種を特定しようと試みましたが、コレがなかなか・・・


・・・もう、「キャンピングカー」でいいか~、とあきらめかけた時、、、
ついにこんな画像がヒット!!




いやあ~巣ごもり成果!(笑)


【登場車両】
GMC Eleganza II Motorhome 1977?




「1973年から1978年にかけて、ミシガン州ポンティアックでGMトラック&コーチ部門によって製造された」らしいです。


【自己採点】
クルマ度   4点(キャンピングカー)
魅惑度    7点(この図はなかなかないですネ!)
音楽度    7点(1stと比べて売れなかったらしいですが・・・)
Posted at 2021/01/24 06:03:35 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2021年01月17日 イイね!

クルマ・ジャケ「祐ちゃんのリバイバル・ヒット・メロディー」/石原裕次郎

クルマ・ジャケ「祐ちゃんのリバイバル・ヒット・メロディー」/石原裕次郎クルマ・ジャケコーナー第52回は、石原裕次郎の「祐ちゃんのリバイバル・ヒット・メロディー」(1962)です。


石原裕次郎(1934 - 1987)、ご存じでしょうか。

いや、私はよく知りません。(^-^;

兄の、芥川賞小説家、後に政治家(参・衆議院議員、東京都知事)の石原慎太郎の方が少し知ってるかも。


石原裕次郎は、大学を中退して日活に入社。
兄・慎太郎原作の映画化『狂った果実』で主演を演じます。


美しい人妻(恵梨;北原三枝 のちの奥様)をめぐる兄弟(夏久;石原裕次郎、春次;津川雅彦)の愛憎と、大人の世界を拒もうとする若者たちを描いた傑作です。

その後、俳優・歌手として活躍。主演映画も連続ヒットし、日活の看板スターとなります。

そして、石原プロモーションを設立(1963)し、俳優として活躍しながら“ボス”として「石原軍団」を率いていきます。


歌手としては『銀座の恋の物語』(1961 牧村旬子とのデュエット)を大ヒットさせてます。



ここから、話はいつものようにそれますが、、、(^-^;

『飯場の恋の物語』って歌、知ってますか? 

雑誌『ビックリハウス』(1975~85)が100号記念として、YMOやムーンライダース等の協力を得て、制作したのが『音版ビックリハウス』。

カセットテープでアルファレコードから発売されました(1982)。


このカセット、発売当日に回収になります。

『飯場の恋の物語』は、『銀恋』のパロディソングなのですが、♪「アニキの為なら真珠も入れる」~~と伊武雅刀(いぶまさとう)が唄う歌詞がスゴすぎ? て、クレームが付いたのです。作・編曲は細野晴臣!


伊武雅刀(いぶまさとう)、ご存じですか?

独特の低い声の持ち主で、『宇宙戦艦ヤマト』のデスラー総統の声として有名です。


トヨタ・カローラ(70系1982~83)のCMにも出てました。



このカローラ、カッコ良かった~


そして、伊武雅刀といえば、なんといっても「スネークマンショー」です!

ラジオ番組での桑原茂一、小林克也とのコントが人気を呼び、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)とのコラボ・アルバムが出るまでに!

「増殖 - X∞Multiplies」/イエロー・マジック・オーケストラ(1980)


曲間にコントというより、コントの繋ぎにYMOの曲が入る感じもします。(^-^;
小林と伊武は、コントだけでなく、『タイトゥン・アップ』などに声で参加してますヨ。
オリコンチャート初登場1位!


そして、細野晴臣を共同プロデューサーとして制作されたスネークマン・ショーの1stアルバム

「SNAKEMAN SHOW(急いで口で吸え!)」/スネークマン・ショー(1981)


『盗聴エディ』、『シンナーに気をつけろ』などなど、、、みんなでマネしたなあ。(笑)

『はい、菊池です』は、ポールが大麻所持で逮捕され、コンサートが中止になった事件(1980)をパロったもの。 ・・コレはちょっと笑えなかった・・・


2ndアルバム『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』/スネークマン・ショー(1981)


こんなのもありました。

「Mon-jah」/伊武雅刀(1983)


『子供達を責めないで』が入ってます。

♪ 私は子供が嫌いです。
  子供は幼稚で 礼儀知らずで 気分屋で
  前向きな姿勢と 無いものねだりで
  心変わりと 出来心で生きている
  甘やかすとつけあがり・・・


・・・話を裕次郎に戻します。

石原裕次郎は、1981年、『西部警察』のロケ撮影中に、解離性大動脈瘤で手術。生還率3%のなか、奇跡的な回復を遂げます。


このクルマ、裕次郎自らが海とヨットのイメージでデザインと設計を手掛け、当時の価格で総額3500万円だったそう!?


そんなクルマのボディーにメッセージを書かれても気にしないって、超大物ですね!


・・・1987年に、肝臓癌、肝内胆管炎を患い、52歳の若さで亡くなりました。


1991年、北海道小樽市に「石原裕次郎記念館」が建てられ(1991)、氏の遺品などが展示されました(2017に閉館)。
 




さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、、、

「祐ちゃんのリバイバル・ヒット・メロディー」/石原裕次郎(1962)


クルマは、メルセデス・ベンツ300SLガルウイングですネ!


1959年頃にオプションのセンターロックホイールやルイ・ヴィトンのトランクもセットされた最高級仕様にて輸入されたものを中古で購入したそうです。


元々はレーシングカーとして開発され、世界初のフューエル・インジェクションを装備して、トップスピードは軽々と200km/hを超えたそう。

ガルウィングドアは、鋼管スペースフレームのため、設計上、通常のドアにできなかったからという理由のようです。

ガルウィングドアといえば、マツダ・オートザムAZ-1、スズキ・キャラ!
まっさかさん主催の「北関東茶会」に初参加(2017.7.2)したとき、座らせていただきました!
「7月の北関東茶会」

懐かしいなあ・・・


舘ひろしによると「純正はヘッドライトが丸いけれど、先代(裕次郎)はメルセデスにお願いして縦長にしてもらった、世界に1台しかない」クルマだそう。

確かに、Wikipediaでも、ガルウィングは丸型2灯で、ロードスターは縦型楕円2灯式です。


このクルマをそこまで改造するのは、、、 スゴすぎ・・・
前のオーナーなのか、裕次郎なのか・・・


・・・あ、アルバムの内容は、

『船頭小唄』『雪のふるまちを』『ラバウル小唄』など、流行歌! です。


【登場車両】
Mercedes-Benz 300SL(1954-63 ?)




「300」はエンジン排気量3リットル、「SL」はドイツ語「Sport Leicht」の略で軽量スポーツカーを意味しているんだそうです。


【自己採点】
クルマ度   8点(一度見てみたい~。FMMかお茶会に来ないかな~。)
魅惑度    7点(あえて300SLを小さく出してるジャケがイイね!)
音楽度    3点(流行歌。郷愁の歌です。)
Posted at 2021/01/17 09:06:46 | コメント(1) | トラックバック(0) | 音楽/映画/テレビ
2021年01月09日 イイね!

クルマ・ジャケ「太陽にほえろ!蘇えれ、あの刑事たちよ!!」/井上堯之バンド

クルマ・ジャケ「太陽にほえろ!蘇えれ、あの刑事たちよ!!」/井上堯之バンドクルマ・ジャケコーナー第51回は、「BEST'77 太陽にほえろ! 甦えれ、あの刑事たちよ!!」(1977)です。


TVドラマ『太陽にほえろ!』、ご存知ですか?


『太陽にほえろ!』は、石原裕次郎演じる“ボス”こと藤堂係長をリーダーとする警視庁七曲警察署捜査第一係の活躍を描いた刑事ドラマです(1972 - 86 全718回)



主人公は萩原健一が演じる早見淳(マカロニ刑事)


第1話の犯人役は水谷豊
後に、『傷だらけの天使』(1974-75)で萩原とコンビを組みますネ。


萩原健一が、よりリアルな犯罪ドラマの制作を求め、それがかなわず、降板を申し出たそう(他説あり。後に『傷だらけの天使』で実現)

主人公、早見淳(マカロニ刑事)が、通り魔強盗に刺し殺されるという形で、萩原健一は降板します。


後任の松田優作が演ずる柴田純(ジーパン)でさらに視聴率が上がり、新人や無名俳優を主役扱いで出演させ、やがて彼らが「殉職」することで番組を卒業していくというパターンが定着。

なんと、勝野洋が演ずるテキサス殉職の回の視聴率は42.5%!


他にも、山下真司、渡辺徹など多くのスターが生み出されました。
渡辺徹は、栃木県小山市出身で、茨城県古河市育ち。


神田正輝、三田村邦彦、世良公則なども起用されています。

コチラのブログで、写真やテーマ曲を紹介されています。
「私が好きだった刑事ドラマの殉職者」


このレコは、各殉職刑事のテーマ集!」
B面はロッキー刑事推し。




演奏は、井上堯之(いのうえたかゆき)バンド


テーマ音楽は、大野克夫(元スパイダース)の作曲

どの曲も、ピアノやギターがちょっと物悲しいメロディを奏でてます。

シングル盤も何枚か持ってます
『太陽にほえろ!オリジナル・サウンド・トラック』/井上堯之バンド




↑『ロッキー刑事のテーマPART2』『ロッキー刑事“友情”のテーマ』『ロッキー刑事“愛”のテーマ』の3曲入り


『太陽にほえろ!ラガー刑事のテーマ』/大野克夫バンド




↑ B面は『タッチ・ダウン・ストリート』、『ラガーの青春』


『太陽にほえろ!ドック刑事のテーマ』/大野克夫 演奏:フリー・ウェイズ




↑ 趣味…車(車の運転は得意で、少々のカーアクションは自分でやるとはりきっている)


『100回放送記念主題曲集 太陽にほえろ!のテーマ、追跡のテーマ/愛のテーマ、怒りのテーマ』/井上堯之バンド(1974)



話は逸れますが、井上堯之は自動車が趣味で、Alfa Romeo Giulietta Spider(1956)やMASERATI 150S(1955?)を乗っていたそう




番組当初は鈴木自動車工業(現・スズキ)が番組スポンサーに入っており、マカロニ刑事の愛車はジムニー


スズキがスポンサーを降りてから、主にトヨタ車が登場。刑事が乗る車はクラウン、セリカの2車種の新車で、スプリンター、コロナ、カリーナなどが登場してました。


さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケのクルマですが、、、

「太陽にほえろ!蘇えれ、あの刑事たちよ!!」/井上堯之バンド(1977)


トヨタ・クラウンだろうな~とは思ったのですが、なかなか判明しませんでしたが、、、

このリアドアのラインで判りました!


5代目トヨタ・クラウン4ドアハードトップ 2000スーパーサルーンですね!


キャッチフレーズは「美しい日本の新しいクラウン」

世界初のオーバードライブ付き4速オートマチックが新装備!


しかし、クラウンでこのアームレストは・・・(^-^;


ミニカーもありますネ


【登場車両】
5代目トヨタ・クラウン4ドアハードトップ 2000スーパーサルーン(1976年11月発売型)


Gris Boreal(グリ ボレアル)さんのブログ「欧州商用車が好き!のページ」にたどり着き、写真をお借りいたしました。

テニスウエアの吉永小百合さん!💛


美しい日本のクラウン②

覆面車 MS105 クラウン4ドアピラードハードトップ2000スーパーサルーン(EFI)


【自己採点】
クルマ度   4点(いつかはクラウン!セリカならもっとよかったかな)
魅惑度    5点(美人刑事でも写ってたらナァ)
音楽度    5点(少し物悲しいメロディ)
Posted at 2021/01/09 22:45:24 | コメント(3) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ
2021年01月04日 イイね!

クルマ・ジャケ「Chitty Citty Bang Bang Original Cast Sound Track」

クルマ・ジャケ「Chitty Citty Bang Bang Original Cast Sound Track」クルマ・ジャケコーナー第50回は、「Chitty Citty Bang Bang(チキ・チキ・バン・バン)Original Cast Sound Track」です。

「Chitty Citty Bang Bang(チキ・チキ・バン・バン)」、ご存知ですか?


「Chitty Citty Bang Bang」は、1968年のイギリス映画です。

原作は、007シリーズの作者イアン・フレミングの『Chitty-Chitty-Bang-Bang(チキ・チキ・バン・バン/空とぶ自動車)』です。


ストーリーは、、、

『レースで何回もグランプリをとった有名なレースカーは廃車後、放置され、ポッツ家の子供たちの遊び相手でした。ところが、とうとうスクラップ業者に売られてしまうことに・・・。


発明家の父がボロボロだった廃車を特別な車に生き返らせ、変わったエンジン音から「チキ・チキ・バン・バン」と名づけられます。

そして、大冒険が始まり・・・』 というようなもの。


主演のディック・ヴァン・ダイクは、「メリー・ポピンズ」と「チキ・チキ・バン・バン」の2作で世界的に有名になりました。「ナイト・ミュージアム」にも出演していますね。


私が、「チキ・チキ・バン・バン」と聞いて思い出すのは、TVアニメ「チキチキマシン猛レース」です。


子供の頃、夏休みに放送されていた記憶が・・・
「妖怪人間ベム」とかもやってたような・・・遠すぎて思い出せない~。

で、ちょっと調べたら,こんなにキャラが変わってたんですね!



今はコレだって?!



「チキチキマシン猛レース」はご存じですか~?

11台の風変わりなレーシングカーに乗った個性的なドライバーたちが、様々なコースでレース繰り広げるアニメ(日本では1970年から放映)。

見どころは、Car№00「ゼロゼロマシン(邪魔マシーン)」に乗る、ブラック魔王と愛犬ケンケンが、先回りして、妨害工作をするところ。






最終的には悪巧みに失敗して、ほとんどのレースで最下位になるのですが、そのまま走っていれば毎回優勝してると思います。(笑)


Car № 05「The Compact Pussycat(プシーキャット)」は、ミルクちゃんが乗るクルマで、お化粧直しの装備を搭載しています。




子供心に妙にイロっぽかった・・・(^-^;
オロチに似てるように見えるのは私だけ?


タイトル『チキチキマシン猛レース』は、映画『チキ・チキ・バン・バン』の「チキチキ」と、丸善石油(現・コスモ石油)のテレビCMで小川ローザの「Oh! モーレツ」を「猛レース」としてつけられたそうです。 ホント?(*_*;


さて、本日ご紹介の「Chitty Citty Bang Bang Original Cast Sound Track」(1968?)




シングル『チキ・チキ・バン・バン/小山の子守唄』


シングル『チキ・チキ・バン・バン/ハッシャバイ・マウンテン』/The New Christy Minstrels


【登場車両】
Chitty Citty Bang Bang

Caractacus Pottsの改造車(元グルマはわかりませんでした。8,000cc 12気筒エンジンだそう・・・)


ちなみに、1920年代初頭イギリスに「Chitty Bang Bang」というレーシングカーが実在していたそうです。

Chitty Bang Bang 1


Chitty Bang Bang 2


Chitty Bang Bang 3


Chitty Bang Bang 4


【自己採点】
クルマ度   5点(元がわからなかったので・・・陸海空と自由じゃ、もうクルマとは言えないカモ)
魅惑度    5点(イラストがイイね!)
音楽度    4点(メインテーマはきっと聞き覚えがあるハズ!)
Posted at 2021/01/04 21:04:14 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ・ジャケ | 音楽/映画/テレビ

プロフィール

「[整備] #コペン ショートアンテナ交換 https://minkara.carview.co.jp/userid/2770919/car/2364173/8363664/note.aspx
何シテル?   09/14 09:30
スチグレ・タンレザーに一目惚れした「ねも」と申します。2017年3月に10年・10万km超の中古を手に入れることができました。愛車を通じて皆さんと交流できたら幸...

ハイタッチ!drive

みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2021/1 >>

      12
3 45678 9
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

愛車一覧

ダイハツ コペン ダイハツ コペン
はじめまして。スチグレ・タンレザーに一目惚れした ねも.と申します。2017年3月に10 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation