
クルマ・ジャケコーナー第62回は、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「BALLAD of D・T・B・W・B」(1979年)です。
「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(DOWN TOWN BOOGIE WOOGIE BAND)」、ご存知でしょうか?
1973年デビューの、宇崎竜童をリーダーとするロックバンドです。
1stシングル『知らず知らずのうちに』(1973)
2ndシングル『青春すきま風 』(1974)
この2枚は全く売れませんでした。
1stアルバム「脱・どん底」(1974)
このジャケでは蜂谷吉泰(リードギター '73 - '74)がいます(左から2番目)。
で、蜂谷が脱退し、和田静男が加入して、ジャケを変更したようです。
裏ジャケ(右がオリジナル)
内側は一緒です。おそらく、人気が出た後でジャケ変更したんでしょうが、コレでいいんでしょうか・・?
しかし、3rdシングル『スモーキン・ブギ』(1974)、続く『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)で大ブレイクします!
2ndアルバム「續・脱どん底」(1975)

アルバムの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」はシングルカット版とは別バージョンです。
4thシングル『カッコマン・ブギ/港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)
↑ 当初は『『カッコマン・ブギ』がA面。
発売1か月後に『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』をA面にして再発売。
↓ コッチが後かなあ?
『港のヨーコ…』は阿木燿子の作詞家としてのデビュー曲。
「アンタあの娘の何なのさ」で一世を風靡し、第26回NHK紅白歌合戦(1975)にも出場。
グラサンにツナギ、あの歌いっぷり・・・インパクトは大きかったですネ!
コミックバンド的なウケもあったかもしれません。
『アンタ私の何なのさ!? 港のヨーコ有名人編』/港のヨーコを守る会一同(1975 作詞:阿木燿子、補作詞:山本正之、作曲:宇崎竜童、編曲:中村弘明)なんてのも何種類か出てました。
「アンタあの娘の何んなのさ!?-“港のヨーコ”全国版-」(1975)
東北編は♪港のヨーコ、釜石・気仙沼~と歌われるなど、地方訛りで歌われる6曲や有名人のモノマネで歌われる曲などが入ってます
実は、D.T.B.W.Bは当初は皮ジャンも着てたそうで、、、
デビューが先だった「キャロル」(1972-75)の物真似と批判されたため、ツナギを着るようになったようです。
「ルイジアンナ」/キャロル(1973)
『やりきれない気持ち』『ホープ』『ワン・ナイト』のドラムは後にD.T.B.W.Bに加入('73-'76)する相原誠。
相原のこともあってか、宇崎(1946- )と矢沢(1949- )は、お互いをライバル視していたそうです。
まあ、当初は「キャロル」の方が圧倒的に人気も知名度も高かったわけですが・・・
『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』(1975)が出る直前、「キャロル」は解散。
「燃えつきる - キャロル・ラスト・ライヴ!! 1975.4.13.」/キャロル(1975)
D.T.B.W.Bは多くのヒット曲を出しましたが、やがて、ロック路線を望むバンドとコミカル路線を望むレコード会社とに溝ができるようになります。
1stライブ・アルバム「脱・どん底音楽会」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(1975)
3rdアルバム「ブギウギ・どん底ハウス」(1975)
4thアルバム「G.S.」(1976)
7thシングル『涙のシークレット・ラヴ』(1976)
8thシングル『沖縄ベイ・ブルース」(1976)
5thアルバム「あゝブルース Vol.1 」(1976)
2ndライブ・アルバム「あゝブルース Vol.3」(1977)
9thシングル『サクセス/愛しのティナ」(1977)
『サクセス』は資生堂・夏のキャンペーン・ソング
資生堂から“サクセス”を歌詞に使う曲を依頼され、歌手はオーディションで決める予定でしたが、結局、DTBWBが歌うことになったようです。
オリコン2位と大ヒットし、代表曲に!
『愛しのティナ』も資生堂からの依頼曲。CMのヒロインのイメージ・ソングで、ボーカルは新井と和田。
キャンペーン後半からCMで流され、シングル盤のジャケも変更されました。
9thシングル『愛しのティナ/サクセス』(1977)
1stベスト「傑作大全集」(1977)
10thシングル「身も心も」(1977)
7thアルバム「身も心も」(1977)
12thシングル『あれ!』(1978)
9thアルバム「バック・ストリート・パート2」(1978)
14thシングル『白昼の死角』(1979)
映画「白昼の死角」(1979)主題歌
15thシングル『涙のヴァイア・コンディオス』(1979)

↑ クルマ・ジャケですね! お判りになった方はどうかコメントください。m(__)m
? アルバム「夜霧のブルース」?(1980 ?)

↑ タイトルも発売年もイマイチ不明なアルバムです。クルマ・ジャケですね!
さて、リーダーの宇崎竜童は、妻・阿木燿子とのコンビで、山口百恵の多くのヒット曲を制作しています。
8thアルバム「17才のテーマ」で初めて宇崎竜童・阿木燿子コンビの曲が収録されました(『木洩れ日』、『碧色の瞳』『幸福の実感』)。
「17才のテーマ」/山口百恵(1976)
11thアルバム「百恵白書」は、全曲 宇崎竜童・阿木燿子コンビによる作品で、阿木燿子が百恵の旅に同行して作られた、初のコンセプトアルバム。
「百恵白書」/山口百恵(1977)
宇崎・阿木のコンビは、『横須賀ストーリー』(1976)、『イミテイション・ゴールド』(1977)、『プレイバックPart2』(1978)、『しなやかに歌って』(1979)、『さよならの向こう側』(1980)など多くの曲を提供し、その才能を認められるようになります。
『横須賀ストーリー』/山口百恵(1976 13thシングル)
『プレイバックPart2』/山口百恵(1978 22ndシングル)
そしてバンドの方は、1980年に「ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド」に改名し、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド時代の楽曲は演らず、トレードマークだったツナギも止め、シリアスなブルースとロックを追求するようになりますが、翌年解散します・・・。
第29回全日本オーディオ・フェア記念 限定盤
「UNLIMITED」/D.T.F.B.W.B(1980 45rpm \1,500)
『フロム東京バビロン』『OUR HISTORY AGAIN』収録
「海賊盤 Live Fighting 80'S」(1980)

自主制作ライヴ盤。
「We Are Down Town Fighting Boogie Woogie Band」(1981)

ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド唯一のオリジナル・アルバム。
「下町之舞伎浮戯楽団」(1982)

結成10周年記念アルバム。
バンド結成のいきさつが詳細に書かれたライナーノーツが面白いです~。
シングルを1980年までに20枚、オリジナルアルバムを1987年までに12枚リリースしているようなのですが、はっきりしません。
バンド解散後、宇崎竜童は、ドラマ出演、映画・舞台音楽や監督などを行うとともに、「竜童組」('84-'90)、93年からは「RU CONNECTION with 井上堯之」などのバンドやソロで音楽活動を行っています。
「IN and OUT」/宇崎竜童(1983) ソロ3rdアルバム
ところで、所ジョージの名付け親は宇崎竜童なんですって!?
所さん、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドのボーヤ(付き人?)だったそう。
「ジョージのセロリ・パセリ」/所ジョージ(1978)

タモリがハナモゲラ語で作詞した『けさめらの親王むれさのはけ姫に詠む』が入ってます。 ???
また、サザンの桑田は宇崎のファンを公言していて、3rdアルバム「タイニイ・バブスル」の『Hey! Ryudo!』で宇崎のことを歌っていますね。
「タイニイ・バブスル」/サザンオールスターズ(1980)
♪ Hey!Ryudo! 今さら言うのも変よね 唄いなさい
なぐさめはいらない ただそうよ心から
身にしみるようなメロディ聞かせて 思い出などとうに忘れて
D・T・B・W・Bへのエールでしょうか・・・
さてさて、本日ご紹介のクルマジャケ・レコ
「BALLAD of D・T・B・W・B」/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(1979)
デビューシングル『知らず知らずのうちに』(1973)から14thシングル『欲望の街』(1979)までのバラード集です。
ジャケのクルマは・・・ いやあ、ホント判りません~~
こんなジャケをデザインしたのは誰だろ~?
裏ジャケに『Cover Design : Hiroshi Takahara』とあったので調べてみると・・・
「高原 宏デザイン事務所」という会社がヒットしました。
略歴に1947年生まれとあるので、宇崎とは同世代。デザイン会社設立が1975年ですから、DTBWBのブレイクとも重なりますね。
「海賊盤 Live Fighting 80'S」、「We Are Down Town Fighting Boogie Woogie Band」、「下町之舞伎浮戯楽団」、「IN and OUT」も高原宏が手がけているようです。
達郎のジャケも何枚か手がけてます!
「GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA」/山下達郎(1982)
「Melodies」/山下達郎(1983)
「クリスマス・イブ」/山下達郎(1983)
“高原宏”、全くの別人だったらゴメンナサイです。
さてさて、ジャケのクルマですが、ボンネットとトランクにあるラインで、それらしいクルマをやっとこさ見つけました!
【登場車両】
Pontiac Chieftain sedan 2-door Sedan(1949 - 1954) 1951 ?
【自己採点】
クルマ度 7点(レトロ・アメ車!いや~よく見つかったナ~)
魅惑度 5点(なぜにアメ車?)
音楽度 6点(バラードが宇崎竜童の本領か!?)