
W201メルセデスベンツ190Eを購入したのは1986年4月のことだ。ベンツ100年祭の節目の年。僕はまだ34歳になったばかりだった。
フリーランスライターでやって行く。根拠のない自信とは恐ろしいものだ。それまで文章など一行も書いたことがないGSアルバイターが、アマチュアレースでそこそこやれたというだけでスカウトされ、今がある。
26で始めて36年、当然のことながら道のりは平坦ではなく、筆力が身につくまではとにかく身体を張った。若さは馬鹿さ、運転だったら一世を風靡した星野一義や中嶋悟だって負けるもんか。現実はともかく、ギラギラ感はなかなかのものだった。
試乗インプレッションは軽自動車からレーシングカーまで。80年代前半にブームとなった最高速トライアルでは雨宮REターボのSA22Cで当時最速の288km/hを叩き出し、モータースポーツ記者会の数少ない個人会員に名を連ねてシーズンの週末はほぼサーキットにいた。走り屋系ということで担当した雑誌のタイヤテスト企画が運を呼び、新ブランド立ち上げに参画する中で多くを学んだ。
30歳そこそこで海外取材を経験。視野が広がると自らの価値判断の基準を持つ重要性に思い至った。暗黒の70年代を乗り越えた80年代は無限の成長が信じられた。何でもありの日本車が世界に羽ばたいたディケードだが、日本ならではのギミックが面白がられるのは今のうち。すでに"FR絶対主義"の基礎は固まっていて、コンパクトFRセダンを理想とする論を確立したいと考えた。
E30BMW3シリーズかW201メルセデスベンツ190Eか。真剣に悩み、画期的なコンセプトと技術/デザインの先進性でW201を選んだ。1985年のIAAフランクフルトショー、当時はホッケンハイムで出展車両のテストデイが敢行され、同行の福野礼を助手席にE30でドリドリさせながら大笑い、なんてことをしながらしっかり190Eの品定めを済ませてきた。
右ハンドル・5速MT・P/Wなし・ブルーブラックメタにベージュのMBTEXインテリア……決めて帰国後に好事魔多し。FISCOの第1コーナーでT.T85Cが突如姿勢を乱しマシン全損、我が身は2ヶ月入院の重傷だった。それまでの積み上げは一瞬で霧消。ミスはなかったと断言できるが、ドライバーとしての信用は地に堕ち、プライドはペシャンコになった。
それでも190Eは諦めなかった。入院は生まれて始めて多読の好機となり、そこで入れ換えたスイッチがそれ以前とは異なる今の自分を形作っている。190Eから学んだことは数知れない。2ℓ直4OHCは"たったの"115psだが、1180㎏の軽くて空力に優れるボディは馬力自慢の国産車との間に確固たる格差を見せつけた。
今でも、あのスケール、あのパワースペックで十分やれるのではないかという思いは強い。ドイツは、ダイムラーAGはその後、企画/開発/生産/販売の各分野へのエレクトロニクス技術の全面的導入によって世界シェアトップの座を獲得した日本メーカーに対抗して、速度無制限のアウトバーンを源流とするハイパフォーマンス/プレミアム路線にシフト。1993年のW202以降のCクラスはベースモデルで質を問うスタンスから上級グレードに誘導するマーケティング主導の"お高いブランド"に変貌して行く。
高価だが華美ではなく、高級だが過剰ではない。価値判断は常に相対的なものであり、時代によっても異なってくる。過去を現代視点で振り返るのも、現代を過去の価値観に照らして語るのもナンセンスだが、ベースモデルで出来を判断するのがもっともフェアかもしれない。
190Eから数えて5代目のW205は、ついに1.6ℓターボという欧州メーカーが競って進めるダウンサイジングに舵を切った。背景にEUが求めるCO2排出量規制があるのは間違いなく、欧州市場で求められる走行性能と環境性能の妥協点を探った現実解だが、奇しくも比出力(パワーウェイトレシオ)は10kg/ps前後とW201と同等のレベルにある。
アルミ材の使用をボディ面積比で48%まで拡大し、ホワイトボディで70kgの軽量化を実現する。スチールとアルミの接合にリベットを用いたり、フロントサスをマルチリンクに発展させたり、6個のレーダーとステレオカメラで全方位をカバーして自動運転時代の序章を匂わせたりといった革新性に加え、デザイン的にもフラッグシップのSクラスとイメージ的にかぶる往年のポリシー復活を感じ取ることができる。
W201の190Eに対し、史上最大の販売台数記録を残したW126Sクラス。いずれも有名なチーフデザイナーブルーノ・サッコの手になるものだが、今度のW205もW222Sクラスとのイメージ的つながりを強く感じさせる。今年まだ45歳という若きメルセデスベンツのチーフデザイナーゴードン・ワーグナーデザイン統括の仕事ぶりは、完全にブルーノ・サッコのそれに被る。
1.6ℓ直4直噴ターボのC180アバンギャルド(濃いテノライトグレーのほう)は、かつて心酔した190Eに似た味わい深さが印象に残った。C200の2ℓ直4直噴ターボのスピードよりも全体に穏やかで必要十分な軽快さを評価したい。でもテンロクにはエアサスのオプション設定がないんだ。オプションの18インチタイヤとAMGラインに加わるエアサスとの相性の良さが印象的だったので、テンロクにも欲しい。そうすると2ℓより1.6ℓのほうが高い……なんていうねじれが生じたりもするんですけどね。
久しぶりに購入シミュレーションやっちゃいました。より詳しい新型Cクラスのリポートは
こちらで!!



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2014/07/28 15:08:47