始めたからには、きっちりケリをつけろってね
再開します。
コメ等は不要です。。 お好きな方だけ楽しんでいって下さい。。。
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俺は事のあらましを岩野に話した。最初は “やいのやいの” 喚いていたが、やはりコイツもSANTANA だ。スティール・ランナーやレースの事になると、とたんに目の色が変わった。
「さて、どうしたもんスかね?あのCB750Fのタイム」
そうなのだ。今しがた調べた、道央サーキットのホームページに載っていた、修二(スティール・ランナー)のベストタイムは、1分28秒台 という驚異的なものだった。
ちなみに類似コースである、TSWクラブマンコースでの、俺のベストタイムは、それから4秒も遅い 1分32秒台 だ。 道央サーキットは、各コーナーに様々なバンクが設けられ、TSWより 2秒 ほど速いタイム差があると言われているが、それを差し引いても、更に2秒も差があるなんてな…。まいったね…。
「なんでっスかね?同じ年代のバイクだし、プロの職業ライダーでもないから、乗り手の差もそんなに違わないと思うんスけど…」
「いや、そんだけ修二がとんでもねぇーって事じゃねーの」
自分でそう言いつつ、溜息が漏れる。
それに岩野も唸ったまま、何も言わなくなってしまった。
肝心な時に黙る、使えない奴だな。まったく。
そんな時だった。
「ふぉーふぉっふぉっふぉ。困っておるようじゃな下村くん」
聞き覚えのある、独特な笑い声が、入口の方から聞こえてきた。
その瞬間、あの姿が脳裏に蘇る。サンタクロースの様なその風貌。
「じっちゃん !? 堀井のじっちゃんじゃねーか !!」
KAMUI社 の妖怪ジジイ、堀井士郎だ。
「なんだよじっちゃん、突然だなぁ。こっち来てたんなら、連絡くらいくれよ」
それは本当に嬉しい再開だった。あの『KAMUI零』の事件以来だ。俺達は大切なものを護るため、文字通り共闘し、命懸けで戦ったんだ。戦友に再開する気持ちって、ちょうどこんなのかもしれないな。腹の底から嬉しさが込み上げてきて、いてもたってもいられなくなる。
「ふぉふぉふぉ。相変わらず、絆創膏だらけの顔をしておるのう」
それから俺達は、ハグで喜びを分かち合った。本当に嬉しい気持ちの表れだ。
「どうしたんだよ急に?」
白銀の髭に覆われた顔の堀井は、目元に皺を寄せ、嬉しそうな表情で、何度も黙って頷き、俺をショップの外へ促した。
「なんだよ?じっちゃん。なんか言えよ…って、あ…」
最盛期を過ぎた灼熱の太陽は、まだ厳しい西日を、地上に落とし込んでいた。が、俺の視線の先、その一角だけは明らかに雰囲気が違っていた。そこには、穏やかで清浄な空気感があったんだ。
その中に静かに佇む、一人の女性の姿。涼やかな白いパンツスーツに、風になびく栗色の髪、優しい眼差しと、透けるように白い肌。そう、そこに居たのはレイだった。2年前とは比べものにならないくらいに洗練された、美しいレイの姿がそこにあった。俺は声を失いレイに見とれてしまった。
相変わらず “はにかんだ” 仕草を見せるレイ。小さな手が伸びてくる。その細くて長い華奢な指先は、俺の顔の傷跡を、絆創膏の上から、優しくそっと撫でてきた。
「レイ…」
言葉が詰まる。もう何を言っていいのか分からない。
「聞いたよ。スティール・ランナー」
「ああ…」
俺は自分の頬の位置にあったレイの手を、優しく包み込むように握りしめた。
「あの修二くんだよね…。彼とレースをするの?」
「ああ…ケリをな…つけなきゃな…」
優しい眼差しのレイ。本当に綺麗になった。
「私…私…」
「し~…」俺は言葉を遮った。
見つめ返してくるレイの瞳は、ゆるやかに潤み柔らかい光を帯びていた。それに白い頬には薄い桜色が射し、上気しているのがよく分かる。俺は自分の節くれた武骨な手が、彼女を傷つけてしまわぬよう、細心の注意を払いながら、絹のような光沢の髪と頬を、そっとひと撫でして、細いウェストをゆっくりと引き寄せた。レイの唇は、まるで熟れた苺の様に、冴えた赤い色で、艶かしく誘惑の世界に誘う。
「もうダメだ…」
俺は、レイの瞳に吸い込まれた。レイの引力に逆らえなくなっていた。
顔を近付け、ふっくらと柔らかなその唇に、俺の唇が触れそうになった瞬間だった。
突然何かが弾ける、耳触りな音と共に、目の前に火花が散り、視界が黒っぽくぼやけた。
くそったれめ…。誰か俺の後頭部を固いもので殴りやがった…。
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「喝ぁぁぁーーーつ !! 」
激しく口角泡を飛ばす堀井に、厳しく叱咤された。
「全くお前という奴は(怒) ! 久々の再開と思い黙って見ておれば、いきなりレイ様に何をしてけつかるんじゃぁぁぁーーー !? 」
まいったね。酷く怒ってやがる。だけど、まだ塗料の入っている一斗缶で、人の頭を殴るのはやり過ぎだろ !? しかも角だぞ !!
そんな堀井と俺の様子を見ていたレイは、なんとも楽しそうに笑っていた。はは。ま、いっか。
「とんでもない奴じゃ…ブツブツ…」
「堀井さん。もういいから。それよりアレを早く」
レイの声の音質がとても優しい。荒ぶる堀井は、手懐けられた猛獣のようだ。主人の命に従い、渋々どこかに消えて行った。
「下村くん、頭大丈夫だった?ふふふ。また下村くんの唇を奪えそうだったのになぁ。ざんねんね」
またもや、ふっくらと柔らかなレイの唇が揺れる。ああ、もういいや。誰に見られていても構わねぇ、
今度こそ吸い付いてやる !? などと考えていた時、またジジイが凄い勢いで戻ってきた。
「なんだとーーー貴様ぁーーー !! レイ様の唇を奪っただとぉぉぉーーー !! 」
次には襟首を掴まれ、近付いてきた堀井の口からは、生臭い唾が、俺の顔に大量散布される。
しかし、どんだけ地獄耳なんだ。もうカンベンしてくれ…。
「堀井さん。もういいから、きちんと説明して下さい」
レイの声の音質は優しいが、凛とした響きに変わっていた。
「うう~~む…」
堀井は一つ唸り、説明を始める。
「ふん。まあ、今日のところはこのくらいにしてやるわい」
何が『今日のところは』 だ、このジジイめ。
「儂等はのう、あの事件以来、君を追っておった。どうも、おかしな動きをする連中がおったからのう。大きなお世話だったかもしれんが、そうさせて貰った。あんな事に巻き込んでしまった、責任もあるしのう」
『あんな事』とは、“KAMUI零”の一件だ。権力や利権争い、略奪に暴力etc。まさしく命懸けの戦いだった。
「別に構わねえよ」
『問題無い』 そんな感じでニヒルに答えてやったが、内心は少々嬉しくもある。
レイは見ていてくれたんだろうか?ずいぶんと活躍しただろ俺。
そんなレイは、相変わらず優しく微笑んでいる。
「色々大変じゃったのう。全てわかっておったよ。そして問題の今回の件じゃ」
「修二のことか?」
「そう。スティール・ランナー。やはり彼奴のバックで、おかしな動きをする者がいる。しかも、そやつが資金提供までして、あのFを仕上げさせたという情報も掴んでおる」
「なに ! ?そうなのか?誰なんだそいつ」
「いや、これ以上は知らない方が良い。だけどな、レイ様を始め儂等は、君に多大なる感謝をしておるのも事実じゃ。だからこそ、君のZ1000Mk2に、少し手を入れさせて貰いたいんじゃ」
「どういう事だ?」
「なに、ただちょっと、KAMUI の技術でそのバイクのフレームを作り直させて貰いたいんじゃ。パイプフレームワークは『零』で散々やってきたからのう、悪いようにはせんよ」
「もう少し詳しく聞かせてくれよ」
俺は堀井の話に食いついた。
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「スティール・ランナーのフレームはのう、10数年前、既にクロモリ鋼管で作り直されておったんじゃ。1/100mm 単位で作成されたものでのう。つまり、精巧で強靭かつしなやか。そして非常に軽量に作られておる」
クロモリ鋼管だと !? 耳を疑う。そんなバイクで走っていたのか。なんてことだ。まったく驚く事実だ。
「その当時の情報はの、わかっておるんじゃ。しかし、最近組み直されたというエンジンについては謎なんじゃよ」
「いや、それだけ分かれば充分だ。道理で750のFベースなのに、ダウンチューブのフレームが、取り外し式から一体物に代わってたワケだ」
俺はFの全体像を思い浮かべた。
「それに、この絶望的とも思えるタイム差に納得ができた」
俺の隣で、目を輝かせた岩野が、堀井の話を食い入るように聞いていた。
まったく、借りてきたネコのように大人しくて、気持ちが悪い。
「下村君、こっちも本気で作るぞ。1/100mm 単位なんてもんじゃない。1/1000mm 単位で精度を出す。それに重量も半分以下にする」
本当に驚く事をサラリと言ってくれる。ついつい顔がニヤけちまうぜ。望むところだ。
それから、堀井が通りに向かい、何か合図した時、MBM社のスーパーグレートが一台、Garage SANTANAの駐車場に入ってきた。
「コイツの荷室にはのう、『零』の時に使用しておった、フレーム修正用の機材が積んであるんじゃ。しかもその定盤(台)につかう床は、さっき言ったように、1/1000mm 単位で水平が出せる代物なんじゃよ」
スーパーグレートに乗っていたのは、あの時、一緒に闘った戦友、稲葉、中田、大谷の3人だった。3人は、クルマの荷室を安定させるための作業に取り掛かる。荷室内の操作盤で、アウトリガーを自動で動かし、フレーム修正用の床と定盤を調整して、他の機材のチェックを始めた。
俺は息を飲んだ。あの時、何気なく見ていたコイツには、KAMUIの技術の粋が詰まっていたんだ。その他にも、旋盤にフライス、溶接用の酸素に炭酸ガス。全て必要な物が揃っている。
「まさか、こんななぁ…」
「さあ、下村君、ぼやぼやしとらんで、バイクをバラすぞ!それから一気に冶具を作成し、フレームを作るぞい」
ああ。気合いが入った。
「
おう。じっちゃん頼むよ。それにレイ。ありがとう。本当に心から礼を言うよ」
「ううん。お礼を言うのは私達の方だよ。あの時、下村君に出会わなかったら、きっと今の私達はない。コレはKAMUI全員からの贈り物なんだよ」
レイは優しい眼差しで見つめ返してくる。
「ありがとうレイ。本当にありがとう」
俺はレイの両手を取って、心からお礼を言った。そしてこの、言葉になんか言い表せないほどの、感謝と感激の気持ちが、レイに100%伝わってくれることを切に願った。
「ん、ん、ん、うん !! いつまで手を握っておるんじゃ下村くん」
全く、うるせえジジイだ。でも今は言う事を聞いておこう。それにしても、さっきから岩野が、大人しすぎるな。いつもは、グダグダとやかましいくらい、理由を問いただしてくるのに、今回は、すっかりとKAMUIの雰囲気に圧倒されちまったようだ。いつもこうだったら良いのだが。まあ、それは無理な相談ってもんだな。教育ママってのは、煩いと相場が決まっているもんなんだよな(笑)
そのとき堀井が、俺とレイの間に割って入ってきて、握り合っていた手を、無理やり引き離しやがった。それから凄い顔で睨んでくる。
いや、だから…。頼むからもうカンベンしてくれ。
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夢のフレームワーク。怒涛の3日間の始まりだった。その作業は、ほぼ不眠不休で実施された。
その様子は、まるでレースウィークに突入した、ワークスチームの動きそのものだった。一人ひとりが無駄なく動き、全ての作業が流れる水のごとく、次々と進んでいく。Mk2をあっという間にバラしたかと思うと、フレームはステム付近の車体番号が刻まれた部分を残し、治具の上で全て新設された。
そして3日目。仕上がったそのフレームを、思わず手に取り持ち上げると、それは拍子抜けするほどに軽く、その見た目とは裏腹に、片手で簡単に持ち上がってしまうその事実に、ただただ言葉を失ってしまった。
しかもだ、形は似て非なる物。元のフレームをそのままコピーしたわけじゃなく、Z系と呼ばれるバイクのウィークポイント、つまり、強化すべきところはキッチリ強化し、広げるべきところ、狭めるべきところ等々、全て見直され、理詰めによる計算のもと、ほぼ新設計といってもいいくらいの、素晴らしい完成度を誇っていた。
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本当に夢のような日々だった。全ての作業が終わった、3日目の夜。完成したMk2を目の前に、KAMUI社の稲葉、中田、大谷。そんな懐かしい顔ぶれ達と、プロの仕事が出来たことに、大きな満足感を得ていた。
それに飯休憩の時には、『零』 の思い出話しなんかをして盛り上がり、レイや堀井とも心の底から笑い合えた。いや、違うな。俺は、またレイと一緒に居られた事に、心から感謝していたんだ。
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「レイありがとな」
撤収にかかっていたレイとKAMUIの面々に、俺は本当に心の底から、その言葉を贈った。そして見送ろうとした時だった。なんだかレイに元気が無いと思っていたが、凄く寂しそうな表情を残し、何も言わず、その場から去ってしまった。何だろう?ついさっきまであんなに笑っていたのに。妙に心に引っ掛かる、後味の悪さがある。
『何だろう?』もう一度そう思った時、堀井に後ろから声をかけられた。
「下村くん。すまんが、ここまでじゃ。それにレイ様の事は、今日限りで忘れてくれ」
「はあ?急に何言いだすんだよ、じっちゃん !? 」
「すまん下村君。後生じゃ。これ以上、レイ様を追わんでくれ。頼む。レイ様だって…」
そう言い残しKAMUI は去って行った。
ああ、そうだ。この時は深く考えていなかったんだ。レイがどういう思いで、この3日間を過ごしていたのかなんてな。俺は、せいぜい当分の間、会えなくなるのが辛い。そんな程度にしか考えていなかったんだ。
ほんと大バカな俺…。
つづく