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CatDogのブログ一覧

2018年08月10日 イイね!

久々の林道 ラストベルト 

久々の林道 ラストベルト 下界の道路上は40度越え。灼熱地獄だ。
先週は、日曜日の話である。

エンジンフラッシングと、モリブデン添加剤も投入。
エンジンは、滑らかに回るロートルエスクード。

フラッシング後にオイル交換する。準備万端だ。



今日は、蝶いや・・超が付くほど、久々に林道に行こうと家を出た。
ここは、秘密の某所。いい雰囲気でしょ。




林道入口。  ここは初めて走る林道である。



一車線しかない細い林道だ。



定番の杉の木が、ヒョーーンと立つ関東の林道の風情である。




この奥に一軒家があるが、人の気配は全くない。廃屋にしてはまだきれいだが・・。

しかし、ここで行き止まりだ。Uターンして、元に戻る。方向転換して、また林道に向かう。

この林道は、山の上に至る林道である。




高度計で標高が300mを越えてきたら、急にエアコンの効きが良くなった。
窓を開ければ、涼しいとまでは行かないが、下界に較べれば5度程、気温が下がっている。


*ドラレコ画像

ここで、ランナ-に遭遇。この方、何と後ろを見ながら逆走しているのだ。
坂道を下るように逆走しているので、かなり早い。

何故、後ろ向きに走るのか? 訳がわからない。

日曜日は、ハイカー・自転車・二輪・四輪などで、結構交通量は多い。
狭い林道、危ない事この上ない。慎重にかわした。

山を下りて湖畔道路を走る。


水辺は涼しそうだが、下界に近い標高なので暑い事・・。
ボートも下写真の奥に一艘見えるだけである。





更に降りて、ここは平地の武蔵野の面影残る、森の中である。

誰もいないプールがある。

ここは、1年ぶりの訪問であった。



プールの中に子供達はおらず、代わりに蓮がびっしりと生えている。





閉園してから、どの位の時が流れたのだろうか?



蝉の鳴き声が、虚ろに響き渡る。 赤錆が、時の流れを感じさせる。


*これのみ撮影日別

ここもまた、
森の中のラストベルト-錆ついた一帯- である。

今日は、林道で涼む事が出来た。久々の楽しい林道ドライブであった。



*昨日は、前回ブログの画像が頻繁に、TVに登場していた。記憶に留めたい。
2018年08月07日 イイね!

日本の節目 

日本の節目 昨日、NHK・BS放送で「日本の一番長い日」が
放映されていた。

もうこの時期か・・ こんな感慨が頭をよぎる。

NHKでは毎年この時期に、戦争に関する映画、
ドラマ、ドキュメントを放映している。



全世界で、5000-8000万人が死亡したと言われる第二次世界大戦。

日本でも280-320万の方々が、戦争の犠牲になっている。
それも、軍人よりも一般市民のほうが圧倒的に多い。

日本の戦争犠牲者の内、その1割近い21-24万人が広島・長崎の原爆で亡くなった。
*後日の死亡者は含まず。

投下直後の火球中心温度は、100万度に達し、10秒で物質は消滅した。



竹のしなやかで強靭な秘密は、その節にあると言われる。

8月6日・9日そして15日は、日本史上の大きな大きな節目である。

節目を大事にしない人間は、他人や己さえも思いやる事が、出来ないとも言われる。

この時期、関連放送を見聞きして、自分が知る事から始めたい。

生きている人間の努め・使命として、この戦争を風化させてはならない。
伝承すべき事実を、自らが学ばねばならない。

伝承せずして先人達の戦争体験を現世代が風化させたら、日本のこの大きな節目はなくなり、


日本の明るい強靭な未来もまた、なくなるであろう。


*原爆投下の僅か3日後、運行を再開した路面電車。驚く事に、今も現役とか・。

奇しくも終戦の日とお盆が重なったのも、日本ならではの因縁かも知れない。

母が存命中、お盆時期になると黄色い蝶が庭を舞っていた。
「今年もお父さんが来たね。」 と、母は蝶を見ると言っていた。

そして、お盆が終わると蝶は、いなくなった。これが、何年も続いた。

今年は母の三回忌であった。母が亡くなると黄色い蝶は、それきり姿を見せなくなった。
誠に不思議な、お盆の出来事だった。

いずれ二羽の蝶が、私を迎えに来るだろう。

日本で二度と戦争が起きない為にも、過去の伝承は、災害の伝承と同じように大切である。



風化させないで と多くの戦没者が叫ぶ声が聞こえるようだ。

戦没者の魂が、安らかにと心からお祈りいたします。  合掌。

*写真は、ネット掲載写真をお借りしました。


政治的コメントは、ご遠慮下さい。



2018年08月04日 イイね!

高麗-KOMA -の里 異文化・歴史 を巡る

高麗-KOMA -の里 異文化・歴史 を巡るまたか と言わないで。

巾着田・高麗神社などの一部を、ご紹介してきた
が今回は里をぐるりと周り、全体をご紹介したい。

誰も知らない高麗峠等、初めて紹介する場所も多い。

猛暑の中、昨日巡ってきました。
水分に塩分補給を忘れずに・・。



ここで、簡単に高麗の里の説明を致します。
日本では奈良朝廷で聖徳太子が活躍し、その死後の大化の改新の頃の事だ。

朝鮮半島では新羅・高句麗・百済 の三国時代の内乱が続いていた。日本は百済と
同盟を結んで、半島に援軍を出したが新羅の前に破れ、半島は新羅が統一した。

高句麗も百済とともに新羅と戦ったが、破れて両国王室一族は、船で奈良朝廷に亡命。

奈良朝廷は、この一族の大半を、武蔵野の雑木林であった埼玉県の今の日高市
-川越市の隣-に移住させた。




高句麗-高麗王室は、当時の進んだ農業技術・大陸の文化などを伝えて、この地に
独自の文化を築いた。
*川を人工的に蛇行させて、中に水を引き込んだ巾着の形をした巾着田-上写真。

そして、日本に帰化した高麗の若光を、この地の初代長官に任じたのである。



この一帯は、高麗の里と呼ばれ、独自の文化が随所に見られる地域である。


高麗の里マップ

赤ポッチで示す。右側がJR 川越線・八高線 の高麗川駅。左は西武線 高麗駅
で、ここを両端として線が入る地域がいわゆる、高麗の里である。




1. 巾着田と豪邸

巾着田の前にひと際目を引く豪邸がある。新井家住宅である。
江戸時代の名主屋敷であり、日高市が買い取って国重要文化財として開放している。




中から見た豪邸。奥は客間殿。  この写真は見学した時のもの。いやはや、素晴らしい。
道を渡ると見学者用の無料駐車場もある。建物も無料公開している。



巾着田3百万本の彼岸花。 9月中旬が見ごろだ。
9時までに着かないと駐車場に入れない。凄い人出だ。


巾着田内の、そば畑から見る豪邸と日和田山。上記と同一日の撮影。


昨日の風景と、高麗川の清流。





2. 幻の高麗峠と寺子屋跡

今回の一番見たかった場所がここだ。
数年前、偶然に行きついたが、以後は探しても道が分からずにいた。

今日は、何としても見つけたい。今日も見つからない。見つからない。
道を、1本づつ潰して行くが見つからない。

とうとう、西武線・高麗駅に出てしまった。

3. 西武線高麗駅前のトーテムポール 

高麗の里の寺社・仏閣や駅前は、この朝鮮式道祖神が多くある。
私は、ここのものが一番気に入っている。赤が似合う、見事な造形である。

 

駅前ロータリーとMY SWIFT.



2. 高麗峠再び  戻って探しまくり、ようやく見つけた。
  車ではまず見つけられない道だった。地元民でも川向うの方は知らない筈だ。

車で1分も登らないうちに高麗峠に出た。ミニ峠である。
幕末安政年間の寺子屋跡がある。勝海舟筆の石碑も立つ。



高麗峠に残る寺子屋跡。現在は、字がかすれている石碑と石積だけが残る。

峠を下りればそこは、上画像の高麗川。江戸時代の子供も、寺子屋の帰り道に
高麗川で水遊びをしていたのかも知れない。



寺子屋跡の前にある不思議なお店。休業のようで何屋さんだか不明だ。



ところで、この寺子屋の塾長は、
上記豪邸の主であったのだ。

当地の子供たちに読み書きを教え、地域の教育レベル向上に尽力したのである。

勝海舟が石碑の文字を書いているから、相当に有名な寺子屋であったのだろう。

只のお金持ちではない。志の高い立派なお方だ。

4. 聖天院 SYOUTENINN

創建1300年を誇る真言宗の名刹。境内に高麗王の墓がある。



上記山門の、左右におわす雷神・風神の仁王像。邪気の境内への進入を防いでいる。
全くほれぼれする造形である。女性が一人、仁王様に手を合わせていた。




4-2 高麗王の墓

幅は、大型車1台分の横幅であり思いの他、質素である。



墓の前に賽の河原のような石積がある。私も白い小石を拾って乗せようとした。

白い小石と思ったものは、鳥の糞であった。掴んで分かる鳥糞かな。なんてこった。
今度は、本物の石を乗せてお祈りした。



5. 高麗神社

度々、紹介しているので簡略に。異国情緒ただよう自販機。



ここにも道祖神が・・。


緑豊かな境内。昨年、両陛下が参拝されて週末は広い駐車場も満車になる。


5. 出世橋

帰りは出世橋を渡って帰路に着いた。 もう関係ないけどね-笑。

今日は風呂に入ってから来たが、順番が逆であった。大汗タラタラ・・・・。




次はエスクに乗り、林道で本格再起動である。
2018年07月20日 イイね!

追伸 52席の至福 旅するレストラン

追伸 52席の至福 旅するレストラン前回ブログで、ドラレコからの切り抜き画像は、西武線
ただ1編成の珍しい列車であった。

タイトル画像は西武線HP 52席の至福より

関東の私鉄の特急専用車両は、小田急線ロマンスカー
と西武線レッドアロー号だ。

その特急列車とは別のコンセプトで造られたのが、今回の
グルメ列車 至福の52席 旅するレストランである。




*西武新宿-本川越間を運行するレッドアロー小江戸号  西武HPより
在職中 新宿方面に行って池袋経由で帰るのが面倒臭い時、よく乗りました。


西武新宿線・本川越駅 東武線・JR線 川越駅と並ぶ川越観光の拠点駅。自前写真。
駅前の西武タクシー 帰宅に、よく利用した。西武の運転手さん、接客が良い。


昨日、BS再放送の旅番組の中に登場していた西武秩父線「52席の至福」号が
前回、偶然に行き会ったそれである。TVを見て初めて知った。

デビューは、2016年4月である。4両編成で、定員僅か52名。

内部は、埼玉・飯能の西川材を使った天井などシックな内装である。西武HPより








私のドラレコ画像。上記のシックな内装にしては、やや野暮ったい外装である。
4両にはそれぞれ秩父の四季がペイントされているそうだが・・。



料金はランチコースが、お一人様1万円 ディナーコースが15千円だそうだ。
ディナーコースには、弦楽二重奏の生演奏が付く。
予約は2名以上で。乗車1日フリー切符込だ。西武新宿-秩父 は150分である。

シェフは、料理コンテストで優勝した複数の若手シェフが担当する。フレンチ風創作料理だ。

車で秩父に行くには都内からだと練馬ICから花園ICになるが、これに燃料費を加えると
4千円以上になる。「52席の至福」には、私のような貧民でも何とか利用できる金額だ。


偶には、こんな列車の旅でプチ贅沢も良いでしょう。
秩父の隣は長瀞 ライン下りが楽しめる時期である。


最後は自分の写真で。





秩父鉄道荒川橋梁とライン下り。埼玉県では有名な撮影スポットである。
Posted at 2018/07/20 07:26:37 | コメント(2) | トラックバック(0) | お知らせ、ご挨拶 | 日記
2018年07月14日 イイね!

再起動 あらら 新型ジムニーより小さくなったMYエスク

再起動 あらら 新型ジムニーより小さくなったMYエスクこのところ、買い物等の用事以外には
使わなかったエスク。スイフトも同じである。

家に以前、申し込んでおいた新型ジムニー・シエラ
のカタログがスズキから届いた。

ジムニーの原点に帰ったような武骨なスタイルは、
ジープやラングラーを彷彿とさせ、現在の曲線主体


の、画一的デザインの中でひと際、異彩を放っている。


ジープは車ではない。ジープと言う乗り物なのだ。

とはCGの編集長だった小林氏だったかの名言である。

唯一無二の存在がジープである。ジムニーも、またしかりなのである。

ジープの機能を、軽自動車に盛りこんだのがジムニーである



そして、ジープなき現在の日本自動車界においてジムニーこそは、


我が道を行く 孤高の存在なのである。

かつて、ジムニーには2回乗った。両車とも、2サイクルジムニーであった。

今回のジムニーに、オーバーフェンダーを付けた普通車シエラの、ジャングルグリーンには食指が動く。
*上カタログ写真のもの。うーん格好良い。好きなデザインである。

カタログを眺めると欲しくなる。更に室内のサイズを見て驚いた。ジムニーもシエラも、
同一寸法であるが、前車と外寸は同じなのに、中は随分と広くなっている。


*本日のエスクードTA51W。カタログではグリーンだがグリーンと言う人は自分を含めて
誰もいない。どう見てもブルーである。

いままでは、MY エスクよりホイールベースが少し長かったが、今回は全ての項目で
ジムニー・シエラが上回る。特に室内長は180㎜もジムニーの方が長い。

発売当時はスズキのフラッグシップだった2Lエスクードだが、今や軽のジムニー
より小さくなってしまった。

痒い所に手が届く と言うが、エスクはまさにそれだ。と言っても装備の事ではない。

エスク3ドアは、全てセパレートシートの4座であるが、どの席に置いてあるものでも
運転席から手が届くのだ。つまり、物理的な話、狭い室内の裏返しだ。




まあ、こんな事は自慢にもならないが-笑- 。

この車の自慢はジムニーの2倍半近くを出すパワーと、以前乗っていたシティターボより
噴き上がりの良いDOHCエンジンだろう。低速トルク不足で評判の芳しくなかったV6に変わる、
ロングストロークでトルクフル。10万キロを越えてなお、軽快に回る直4のJ20Aエンジンなのだ。

また、燃料タンクは、72Lもあり歴代最大でクラウン並みだ。
更に、未だに飽きの来ない角ばったデザインもそうだろう。
見かけによらず、足回りパーツの肉厚な事にも驚かされる。

最大と最小が同居する変な車なのである。


再起動

週末はエスクになるべく乗るようにしているが、最近は買い物などの用事のみだ。
また買い物だけ?上の画像スーパーでの買い物時に、エスクがそう聞いてきたように感じた。

そう言えば、そろそろ再起動の時期だ。3月以来、久々に国道299号線を下る。
室内は、まだ50度もある。


カラフルな西武秩父線。ドラレコ-ユピテル200万画素-画像より。



最初に降りて見たのは滝不動尊。






ここは、宗教法人の施設で橋を渡ると別世界になる。しかし途中で建設は頓挫したようだった。

ただ、旗などは綺麗でありどこかが管理しているようだ。




以前、一度来たことがある。猛暑で歩く気にはなれない。車に戻り先を目指す。

快適なワインディングロードが続く国道299号線。手前部分のフェンスが落ちている。
暑さで注意も緩慢になる。事故にはご注意を。


*ドラレコ画像より。

暑いせいか喉が渇く。夏でも冷たいあの湧水に向かう。






イヤー冷たくて旨い。 吾野湧水である。しばし緑の中でくつろぐ。



アスファルトの上より緑の上が心地よい。


この後、涼しい標高800m超の苅場坂峠に行く予定だったが、エスクに揺られて少し疲れた。
今日は、これまで・・。エスクってこんな乗り心地だったっけ?
スイフトに慣れたせいか、今日はやけに固く感じられたエスクの乗り心地だった。

エスク購入当時、周囲の人々もこぞって乗っていた四駆も、今や自分だけが乗り続けている。



シエラに惹かれるものの今後も、この運転席に座り続けどこまでも走り続けたい。

次は、もう少しロングドライブをしたい。 

元気で動ける事が、どんなに幸せな事かを、切に感じる今日この頃である。

プロフィール

「[整備] #スイフト dysonが行方不明だった財布を吸い上げた https://minkara.carview.co.jp/userid/1110056/car/855743/4912603/note.aspx
何シテル?   08/11 19:07
2ストSJ-30からTA-01W,TA-51Wと乗り継いで います。オフロードも絶滅寸前。 力を発揮する場所も段々なくなる一方で、歳を取りMT疲れ。 エス...
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戦後自動車史 夢叶わず 埋もれた美しい国産初のATスポーツ・ミカサ 
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2018/07/27 07:42:33
天国で永遠に 
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2018/07/26 07:27:52
さらばゼロ戦 ! 自動車産業の礎にー ポルシェを破る快挙 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2014/11/14 19:01:46

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眼悪く、色背景の文字。小文字は、尚更読めません。
興味範囲の広い方、大歓迎。
病気なので食・酒ログはスルーさせてもらいます。
自己紹介なしとか政治話、余りに稚拙なものはパス
させてもらいます。


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