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CatDogのブログ一覧

2014年10月29日 イイね!

祝.世界文化遺産登録決定 小川町・東秩父村の細川(和)紙 追補

祝.世界文化遺産登録決定 小川町・東秩父村の細川(和)紙  追補昨年の「和食」に続いて「和紙」製法
技術のユネスコ・世界無形文化遺産
登録が、決定された。


埼玉県民としては嬉しい限りである。

岐阜県・美濃市の本美濃紙、島根県・浜田市の
石州半紙と、埼玉・細川紙の3紙が登録される。



自分のブログでは何回も紹介してきた東秩父村・和紙の里。

右下のリンクに入れたが、和紙の里訪問時に「世界遺産登録申請中」 とあった。

それが現実になるとは・・・。
驚いたと共に和紙の世界的な評価の高さに、自分の不明を恥じる次第である。

先月初めに訪れた東秩父村・和紙の里。世界遺産登録申請中の幟が見える。
(左・土産物館、真ん中・紙すき体験施設、右・博物館)こんなに早く現実になろうとは・・。




タイトル写真・江戸時代の、農家の縁側に座って眺める和紙の里。
左奥建物が、紙すきの体験施設である。




いつか使うだろうと思って保存していた「楮ーこうぞの樹皮」写真。和紙の原料だ。

楮の木の樹皮のみを使った和紙の耐久性は、千年以上あると言われる。




以前、撮影していたペンタックスコンデジ写真。*上の楮写真も含む。
タイトル写真の農家と和紙・紙すき体験施設。*追加写真





負の世界遺産であるドイツ・アウシュビッツ。

二度とこのような残虐な事が起こらないようにとの願いを込めて、当時の記録書類を、
修復中である。


その修復用に使われているのは、日本の和紙なのである。

千年品質の和紙、日本が誇る世界最高品質の紙なのだ。


Made in Japanの、原点がここにある。


*18時のニュース前にUPしようと急ぎました。乱文にて失礼しました。
  祝・和紙世界遺産登録!!特に過疎化が進む東秩父村の喜びは大きいようだ。

  
追記.よく行った小川町の食堂、東秩父村の喫茶店の御主人がインタビューされたとか。
    またまた、嬉しい。 


2014年10月26日 イイね!

紅葉偵察  秩父巡礼一番寺から花の美の山(蓑山)に登る 

紅葉偵察  秩父巡礼一番寺から花の美の山(蓑山)に登る 
紅葉前線、南下中です。

紅葉の見頃を調べに秩父に行って来ました。
燃料もやっとL・150円未満のスタンドも出てきた。

日曜ランチの海鮮丼を、いつものレストランで食べて
秩父に向かう。もう12時近いが、ここからなら1時間
強で目的地に着くはずである。



今日の車散歩は、秩父巡礼の起点・一番寺(札所)から国民休養地・美の山である。

まずは、山の入口付近にある秩父巡礼一番札所に寄る。

1年ぶり位の訪問なので少し道を間違えたが無事、寺に到着した。
どこの寺にも、入口掲示板のようなものに、その寺の言葉がある。





まさに自分が、常日頃から思っている事で、「我が意を得たり。」と言う感じだ。



境内で最も印象的な、ずらりと並ぶ水子地蔵尊の一部写真。

タイトル写真も、この寺です。幼い姉妹が、興味深そうに仏像を見ていた。

紅葉も、チラホラと見える。




寺の前にある、江戸時代からの巡礼者用の旅籠一番。側面が全て格子戸だ。
江戸の昔から巡礼者で賑わいを見せた寺なのだろう。

近年、露天風呂が造られた。一度泊まってみたいものだ。




一番札所を、後にして美の山(蓑山)に登る。

秩父地方・唯一の独立峰で、標高は600m弱である。

埼玉県が、数年がかりで桜の苗木他、数万本を植えて造った花の山なのだ。
桜の名所でもあるが、意外に知名度が低く訪れる人も少ない・・・。

地元県民が知らないと言う、埼玉・観光名所の特徴でもある。
(私も知ったのは数年前だが・・。人の事は言えない。)

ここは、車で頂上まで行けるのが有難い。




何だかボワッとした写真だが花曇りと言うのか、この後殆ど視界がなくなった。

この景色は、白樺湖から登り始めた辺りの
 ビーナスライン を、思い出させる。

写真では写らないので、説明看板をどうぞ。クリック拡大で、読めます。




やがて、頂上近くの駐車場に到着。車を置いて少し階段を登れば頂上である。



霞んで何も見えない頂上付近からの武甲山方面の眺めと、紅葉の色付き具合。



頂上広場のトイレ。今の季節、特に見頃の花もないせいか日曜の昼下がりだと
言うのに、殆ど人はいない。こちらは、長瀞方面になる。




今日は、少し暑かったが山頂では、爽やかな風が吹いていた。
風に吹かれて、心もリフレッシュ。


ここの山頂から推測すれば奥秩父は、11月初旬が見頃 となるだろう。

昨年より寒さが早い分、例年より少し早くなりそうだ。


古辻さんの、今回ブログも多いに参考になりました。


心晴れやかに、紅葉本番を楽しみたいものだ。

途中で見つけたオフロード。
オフロードを見つけた時は、いつもスィフトと言うのは皮肉なものだね(笑)。
一カ月位、洗車していないのでグレーになっているスィフト。


2014年10月16日 イイね!

近郊の車・散策 宿谷の滝・高麗郷の古民家 恩師の話し

近郊の車・散策 宿谷の滝・高麗郷の古民家 恩師の話し私の時代の修学旅行は、奈良・京都が定番だった。

高校まで東京で過ごした。他県は知らないが少なく
とも東京の公立学校ではそうだった。


私も区立中学・都立高校と奈良・京都で、奈良では
猿沢の池付近の宿泊した旅館まで同じだった。




修学旅行で記憶している事と言えば、奈良の若草山で背中に鹿の頭突きをくらって、
前につんのめった事くらいである。

しかし、中学での修学旅行から帰った後のホームルームでの担任の先生の話しは、
今でも鮮明に覚えている。下記のような内容だった。

「奈良・京都で、お寺を見て感動したものは、あまりいないと思う。
しかし、奈良・京都を巡った事は、大人になって思い出すだろう。
その時こそ、また訪れたいという気持ちになるはずだ。

今の多感なこの時期に、京都・奈良を巡ったと言う事こそが重要なのだ。
君たちの脳裏に、奈良・京都の風景はしっかりと焼付けられているはずだからだ。」


それからあっという間に、何十年かが過ぎ去った。


今日は、予定もなく天気も良くなったので、近隣の車散歩に出かけた。

下写真の屋根の下に、何があるのかいつも気になっていた。

今日は時間もある。降りて確認した。




六角塔婆である。いわゆる庚申塚である。都電・荒川線にも同じ駅名がある。
300年前の建立と書いてある。そういえば、これから向かう宿谷の滝そばにもある。



順番が前後するが宿谷の滝そばにある六角塔婆。
こちらは700年前、室町時代の建立である。

特に興味を惹かれるものではないが、山奥に人知れず700年以上も立っている事が凄い。
県文化財で、一面が欠けている。




さて、宿谷の滝ハイキングコース入り口に車を停めて歩く。



気温は、20度を少し下回っているが、歩くうちに汗ばんで来た。
汗ばんだ頃に、宿谷の滝に到着した。

落差10mの小滝ではあるが、霊場の修行場所らしい雰囲気がある。




滝を見てから上記六角塔婆を見学して、本日のメイン・国文化財の新井家住宅に向かう。
途中の道祖神と、林道風・山道のスィフト。




巾着田の入口にある豪壮な邸宅で、日高市が買い取り内部を公開している。
高麗の郷(さと)・元名主の家で、その後も地元・議員などを務めた名家である。

外からは眺めているが、中を見るのは初めてで、楽しみにしていた場所なのだ。



いつも見ても、立派なお屋敷だ。さすが、国の文化財である。
最近まで実際に住居として人が住んでいた建物の母屋。
外から見るより、一段と立派な建物だ。手すりが付いた廊下には目を見張った。




最近まで現役住居だった証し、真鍮製の蛇口と檜の風呂場。
タイトル写真は、現役井戸で取っ手を上下させれば、水がどんどん出る。





見学しているうちに、冒頭の中学時代の担任の恩師の話が甦がえった。

修学旅行での奈良・京都の寺社仏閣の記憶こそが、興味を持って文化財等を
見ているルーツであり源泉であるのだ。
長い年月を経て、ようやく恩師の言われた事が理解出来るようになった。

誰にも、それぞれのルーツがある筈である。


長い歳月が流れ、恩師の消息も分からないが、


今でも、我が人生の恩師なのである。



車を停めた付近にあった土蔵。良い味が出ている。

新井家住宅の詳細は、スィフトフォトギャラにてUP予定です。


2014年10月11日 イイね!

さらば奥武蔵・正丸峠

さらば奥武蔵・正丸峠正丸トンネルを越えて県道53号を走り、名栗げんき
プラザで正丸峠への分岐路がある。

来た道は、かつての国道299号線である。
分岐路に残る標識が、かつて国道だった事を示す。



既に、文字部分がいつ剝がれてもおかしくない標識だ。
右は、秩父。左は、名栗と書かれている。





分岐路近くを、しばし散策。清流に苔生す堤。



正面は、伊豆が岳を経て正丸峠に続くハイキングコース。車は通れません。
伊豆の山々を見渡せる事から、この名が付いたと言われる。
右は、休憩中の我がエスクDog。




小休止して正丸峠を目指す。

こちら側は何とか二車線あるものの、昔はこの道を観光バス、ダンプカーが行きかったのだ。
週末は、いつも渋滞していた事を思い出す。




ほどなく峠に到着。昔の混雑が夢のようだ。
かつては峠に数軒あった茶屋も、今はこの奥村茶屋のみである。
*モノクロに編集加工しました。




東京スカイツリーと、ほぼ同じ高さの正丸峠。中々素晴らしい眺望である。
晴れていればスカイツリーも見えるが、峠への分岐路あたりから天候が下り坂である。
霞んで見えない。右手上の僅かに見える光る建物は、狭山丘陵の西武ドームである。

なお、天皇陛下行幸は半世紀も前だが、記念碑が建立されたのは割と最近である。




母親がこの景色が好きで、ここで偶に昼食を食べに連れて来て景色を眺めていた。
豚肉を味噌で漬け込んだ正丸丼が、濃厚な良い味を出している。

だが、この春先の骨折で車いすになってしまった。
もう、ここに連れて来る事は難しいと思う。今まで素敵な景色と食事をありがとう。
それを、ここの女将に伝えに来たかったのだ。

最後に来たのは、昨年の夏頃だったか。私は、この店に30年も通っている。

女将も高齢となり、週末は息子が手伝っている。
女将は、それを聞いて残念がり、今までありがとうとの言伝だった。

「女将さんも、お元気で。」  と別れを告げた。

ここを下れば、正丸トンネル入り口の国道299号線である。
ここからの道は、更に狭くなる。繰り返すが、ここはかつての国道299号線だ。

こんな狭い道を、観光バス・大型ダンプが走っていたのだ。




そして厳冬期は、雪で峠を越えられない。

トンネル開通前 秩父に行く事は、現在とは較べものにならない位、難儀な事だった。

錆びたガードレールと白いガードレール。交換された部分は、車がぶつかり破損したものだ。

正丸峠は、アニメ主人公のホームグラウンドと言う設定で、走り屋が多い所だった。
路面は荒れて転落事故が相次ぎ更に落石・土砂崩れも絶えず、走り屋も現在は影を潜めた。
また、枯葉の下に障害物も多くて、タイヤが振られる事もある。。

こんな狭い悪路を飛ばすのは、自殺行為である。




苔生す岩壁。どれくらいの歳月が経てば、これほどの苔が生えるのか?



前回、訪れた時はまだ家があった場所。鉄骨の土台だけが残っていた。
まだ錆びてもいないので、最近取り壊されたのだろう。

この少し先が、刈場坂峠への分岐路である。

写真左は、現在の国道299号線だ。





刈場坂の茶屋も、閉店して5年位経つ。
高山不動の関八州見晴らし台登り口の茶店も、大分前に閉店した。


峠の風情とも言える峠の茶屋。

それが、次々と無くなっていく 奥武蔵の峠  である。

*分岐路までの道は、エスクフォトギャラにあります。

なおUPした整備手帳は、オペミスで切除してしまいました。私、失敗してばかりなので・・・(笑)。
(10.12  改めてスィフト整備手帳Upしています。) 
車検上がりのエスク、エンジン清浄剤も投入して絶好調だ。
これなら来月、四駆部門みんトモさんをエスクで、ご案内出来そうだ。

プロフィール

「[整備] #スイフト バンパーガード位置変更と交換+ワイパーブレード交換 https://minkara.carview.co.jp/userid/1110056/car/855743/8322414/note.aspx
何シテル?   08/06 11:15
眼が悪く、黒背景の文字は、読む事が出来ません。 足跡も見ていません。 以下に該当する方はフォロー不可です。 自己紹介欄に、居住地もなく、宜しくだけの方。記...
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