
昨年ポルシェ997を衝動買いしてからというもの、H&Rのショートスプリングによってノーマルから極端に下げられた車高による乗り心地の悪さと使い勝手の悪さに悩まされておりましたが、この度ビルシュタインB16サスに換装しました。
純正ダンパー+社外ショートスプリングだと、ストローク有効長が殆ど使えない上にバンプラバーに乗っている状態に近かったこともあり、スポーティに走る想定でサスペンションを全交換することにしました。コンプレッション(圧)とリバウンド(伸び)、プリロードをそれぞれ調整できるフルアジャスタブルのKWサスを考えていましたが、少々お高かったのと、OHが可能という将来性を鑑みて定番のビルシュタインB16にしました。B16は減衰圧調整(9段)が可能なモデルです。
施工は写真の
サンライズ・ブルヴァード千駄木さんにお願いしました。
こちらはサスペンション交換前のシャコタン状態の姿(下から煽って撮っているけど実際はかなりの低さ)。低く構えてカッコいいんですが、PASM(ポルシェの電子制御アクティブサス)が無いと、とにかく乗り心地が悪く下回りを打ちやすくて気を遣うことに加え、911のデフォルトは腰高の方がポルシェらしくて好きなのと、コーナーでは積極的にロールを使って走らせるのが好きなので、車高調機能を使いこの状態から20mmアップさせることに。
こちらがドイツよりお越しのビル様。
リアに装着の図。アッパーマウントは純正をそのまま使用。ダンパーはビルシュタインならではのモノチューブ倒立式(フロント)です。ダンピング調整のダイヤルがダンパー下部にあるため、調整する時はジャッキアップするほうがベターです。減衰圧は少し硬めの「3」にとりあえずセット。
997の場合、フロントは前後左右の応力をダンパーに受けるストラット式なので、ダンパーチューブは頑強なスチール製ですが、マルチリンク式のリアは軽量なアルミ製です。
4輪ともショックアブソーバーを交換後、アライメントを調整します。サンライズ・ブルヴァード千駄木さんの場合、交換後に慣らしで数百km走ってから再度アライメント調整&車高調整をしていただけます。
※写真はサンライズ・ブルヴァードさんのサイトから拝借させていただきました。
昼過ぎに車両を受け取り、せっかくなのでその足で大黒PAまで。交換したサスペンションは路面の繋ぎ目のハーシュを一発で収めてくれます。ちょっと硬いですが、このまま暫く走って車高と減衰圧を再セッティングすることにしました。
出遅れたせいか、大黒PAはお仲間と思われる(?)車はごく少数でした。ブラックの930いいなー。腹も減ったので、とりあえずいつものサンマー麺で腹ごしらえ。
大黒から川崎JCT〜アクアラインのトンネルを通って海ほたるPAまで。
今までは、バック駐車の際に輪止めにリアバンパー下部が当たってしまう車高だったので非常に気を遣いましたが、車高を20mm上げたところフツーに駐車できるようになりました。隣のゼロクラとあまり車高が変わりませんね。
アクアラインから圏央道を使って大多喜まで行き、知る人ぞ知る「
ぽっぽの丘」へ。ここにはビミョーに貴重な鉄道車両の数々が静態保存されています。
今まではこうした砂利敷きの駐車場はガツガツバキバキと苦痛そのものでしたが、フツーの乗用車感覚で入っていけるようになりました。
高台の上には、183系や113系に加えてDE10型ディーゼル機関車と24系寝台客車が鎮座。本運用ではDE10が24系を牽引することはなかったので、なんだか妙な光景っすw
このDE10 30号機はキャブ窓にスノーワイパーと前部にスノープロウを備えた寒冷地仕様ですね。
ここで最もドギモなのは、地面にドーンと置かれた千葉モノレール・1000系車両。懸垂式モノレールなので車輪が無く(台車は車体の上)、地面に直置きだとまるでモスラのようで異様な光景。背景の杉林も妙にうら寂しい雰囲気を醸し出していてナイス。
帰路の市原SAにて。う〜む腰高だ…20mmはちょっと上げ過ぎたかな…あと10mm落としてみます。
ワインディングを結構なペースで走ってみたところ、ロールの量は今までとそれほど変わらず、リバウンドが速くなった分、強い横G状態で横にすっ飛ぶフィールが減ってロードホールディング性が向上し、フロントのステア応答性が劇的にシャープ&スムーズになりました。いわゆる猫足ですね。個人的には、スプリングレートをもう少し上げて、ダンパーの圧側を速めて初期反応性を上げたいところですが、このままでも公道では充分以上の性能です。さすがビル様。
ところで、今日3月11日はあの大震災からちょうど5年目となります。皆さんは5年前の今日、何処にいらっしゃったでしょうか・・・?
自分は以前の会社(江東区豊洲)で地震に遭い、目の前が液状化していく恐怖を味わうとともに、テレビで中継された悪夢の様な津波の映像に非常に大きなショックを受けてしまい、もともとメンタルも脆弱だったので暫く立ち直れなくなってしまいました。ショックで好きだったクルマやバイクにも何ヶ月も乗れなくなり、楽器も弾けずライフワークだった音楽制作もできなくなりました。あの日、
江東区のオフィスから千葉市の自宅まで半ベソかきながら6時間歩いたことが思い出されます。
亡くなられたり被災された方々には言葉もありませんが、義援金を出すぐらいしか自分には何もできず、ようやく夏を過ぎた頃から平常心を散り戻せていった記憶があります。
もし自分が、自分の大切な人が突然命を奪われてしまったら・・・巷では「震災応援歌」なる曲がたくさん生まれましたが、この「Invisible」という曲が自分なりに震災を体験して書いた曲です。
今年の夏は、東北の被災地にツーリングに出かけて、地元の方々と触れ合ったり名産品を買いに行きたいと思います。
Love & peace, thank you.
【3月14日追記】
ネットニュースを見ていたら、“幽霊タクシー”という、
上記の曲と全く同じような記事を見つけました。にわかには信じられませんが、被災地ではこうした話が数多く聞かれるそうです。
Posted at 2016/03/11 14:50:41 | |
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