4月19日NHKで放映された,『それでも地球は動いた ~ガリレオ・ガリレイの栄光と挫折~ 』を今日観た。
『そのとき歴史は動いた』の250回記念番組だった。
VTRに録画していて,見落としていた。
以前,オモテの掲示板で遊んでいたとき,「世界の名言シリーズ」として取り上げたことがある言葉,「それでも地球は動く」そのとき書いた内容に一部誤りがあったことが判明したので,ここに書いておきたい。
つい先日,小泉首相も口にしていたが,やはり間違った状況を解釈していた。
ガリレオは,異端審問裁判の際「それでも地球は動く!」と言ってツッパッた訳ではない。
自説の地動説を引っ込め,極刑を免れているのだ。
当時望遠鏡は既にあったが,夜空をそれで覗く人は居なかった。つまりガリレオが人類史上初の望遠鏡による天体観測を行ったのだ。
ガリレオは自作の望遠鏡で,月に凹凸があることや木星の4つの衛星を発見したことから,富や名声を得ることが出来た。
木星の衛星に,あの有名な名家の名前を付けた。
メディチ星。
ガリレオはメディチ家お抱えになり,給料はそれまでの5倍を手にすることになる。
よくいる学者バカでは無かった。世渡りは上手かったのだ。
ローマ教会もガリレオを称えた。ガリレオも自作の望遠鏡を教会に贈り,教会内に支持者を獲得する。
繰り返すが,世渡りは非常に上手かったのだ。
しかし,天文観測を続け新たな真実を発見するにあたり,ガリレオの人生は岐路を迎える。
地球が宇宙の中心であるとする,聖書の教えとは逆に,地球は太陽の周りを回る惑星に過ぎないことが分かってしまうのだ。
敬虔なカトリック教徒であったガリレオは逡巡するが,聖書が間違っているのではなく,解釈の仕方が間違っていたとして,結局地動説を支持する本を出版してしまう。
世渡りは上手いはずなのに,科学者の性(さが)か。
ガリレオは教会に告発され,異端審問裁判にかけられてしまう。
この裁判でガリレオは有罪判決を受ける。
本来なら火あぶりによる死罪だが,教会側にガリレオのシンパがいたために,刑は極端に軽減された。
「地動説を支持したり流布してはならない」と命じられただけだ。
私は掲示板にこう書いている。
「無罪を言い渡されたガリレオ,立ち去り際に呟いたのが先の言葉である。しかも誰かに聞かれてもいいように,外国語で呟いたらしい。」
これは誤りだった。
まず無罪ではなく,有罪を言い渡されている。
そして,何語であれ「それでも地球は動く」と呟いた事実は無いらしい。
後世の人の脚色だろう。
裁判から十数年の時が経ちガリレオは,再度地動説を取り上げた本を出版する。
内容は,天動説を支持する人と,地動説を支持する人の議論という形にし,どちらが正しいかという結論は無い。
あざとい手法だが,教会は見逃してくれなかった。
またもや異端審問裁判にかけられることになった。
1度目のとき,ガリレオを擁護してくれた枢機卿がローマ教皇になっていた。
再び擁護を得られると期待していたのだが,最も激怒していたのはこのローマ教皇だった。
当時ヨーロッパは,カトリックとプロテスタントが30年戦争を繰り広げていて,地動説はカトリックの権威を脅かすものだった。
再び有罪判決を受けたガリレオは,自説の地動説を放棄すると誓い,死罪を免れる。
世間知らずの学者バカでは無いのだ。意味なくツッパッたりしない。
ガリレオは幽閉され,やがてそこで死んでいく。
しかし死ぬ前に地動説に関しての詳しい記述を残し,これはプロテスタントの国で出版され,その後の科学発展におおいに寄与した。
ガリレオは,「それでも地球は動く」と言わなかったかもしれないが,人生そのものがそう語っているようだ。
1992年,ローマ教皇パウロ2世は,正式にガリレオに謝罪するメッセージを発表した。
4月28日深夜1:10に再放送があるので,興味のある方は観て見ると良い。
ガリレオの自作望遠鏡の実物や,異端審問裁判の記録,ガリレオ自筆の書など紹介されている。
私も,DVDに録画し直すつもりだ。
Posted at 2006/04/24 20:59:38 | |
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