右河飛足軍医が河岸から立ち去って暫くする頃にマクレン大佐直属の下級将校達の尽力が実って新米村民兵達が河岸で整然と隊列を組み終わった。
そして、「ロン」部隊の進軍命令が発せられたのでる。
隊列の中央では、丸太小屋「モロ酒店」で、予定とかなり違うがこの世の生を堪能し尽くしたアイゼン・ブル・マクレン大佐を乗せたれん輿が厳かに担ぎ上げられる。
このれん輿を守るようにして「ロン」部隊の隊列が厳かに進軍を開始する。
れん輿の前後では「ロン部隊」の煌びやかな軍旗が靡いていた。
れん輿に座して運ばれるマクレン大佐はサンタス軍曹の股間からむしり取った赤いロードコーンを三角帽子の様にして頭に被っていた。
そして、同じれん輿にはサンタス軍曹が大佐から奪い取った青いロードコーンを同じように頭に被って並んで座していた。
お互いに肩を組み合い、銘酒「泡立ち盛り」の樽を背もたれの代りとして使い、酒のたっぷり入った大升を高々とかざして未だに飲み較べている。
酒飲み較べの勝負はまだ継続しているようであった。
れん輿上に並んだ赤と青のロードコーンがユラユラといつまでも揺れては互いにぶつかり合って音を立てている。
戦いは続いているようだ。
このサンタス軍曹が行くところには必ずコンバットチームが在る。
れん輿の後方にはそのコンバットチームのレギュラーメンバーである重機担当W・カビ、何でも屋歩兵ビッグジョン、従軍医師ドクが並び、一歩遅れてまだ脳震盪に悩まされている狙撃担当ポッケーリが続いていた。
ポッケーリは上陸後に丸太小屋でのろろう三堅神との激しい戦闘で「竹」に「赤い下着干し竿」で頭を殴られて以来、今でも脳震盪が続いているのである。
この程度の負傷では後方に送り返さない厳しさが軍隊にはあった。
ドクが時折振り向いてそのポッケーリの容態を心配気に観察している。
何か少しでも異変があれば軍医の権限でもって後方に強制的に送り返すつもりでいるのた。
サンタス軍曹にその処遇を任せると、「盾」として使われる可能性が高いのだ。
そのサンタス軍曹を信頼してついて行く自分に軍曹は矛盾を感じていた。
その後に続くのは今は無き新兵のダッチェ、アモレ、フランの代わりとして新たに補充された新兵シモン・九楽・コッチェが名誉勲章を受ける事を夢見ながら続いている。
だが、授かるとしても名誉勲章ではなく名誉戦傷勲章を授かる可能性が高い。
サンタス軍曹もレギュラーメンバーもいつものように彼ら新兵の名前を憶えていない。
覚えても直ぐに戦場の中へ露と消えてしまうので、覚える事にあまり意味がないのである。
すでに以前の新兵ダッチェ、アモレ、フランの名は記憶に無かった。新兵にとって戦場とは厳しい修羅の場なのである。
少しの油断でも消え去る運命が確実に待っており、何かと気負い立つ新兵には非業という運命の方が寄り添って来るのである。
作戦行動中行方不明(MIA)と報告された副官ヘンロイの補充はまだされていなかった。
運が良ければ、新兵がレギュラーになった時、現在のレギュラーであるカビ、ビッグジョン、ドク、ポッケーリの誰かが玉突きで副官になる。
だが、そう簡単に幸運は落ちていない。
そもそも、ここ数年レギュラーに上がった新兵は居ないのだ。
さらに、軍隊という組織の中には、半ば強制的に割り当てる役に立たない親の七光りで出世してきた副官が幾らでも待機しているのである。
この「マルケットベルト作戦」が一段落すると直ぐに割り当てられる公算が高いのだ。
サンタス軍曹がマクレン大佐と共にれん輿に乗る事で必然的に「ロン」部隊に百戦錬磨のコンバットチームが参加する事になった。
この事は黒田大尉の選別から落とされた落ちこぼれ軍団が、ここに至って、非常に大きく強化された、もしくはされるであろう事に等しいのである。
大佐は考えていた。
さらなる「ロン部隊」の強化を目指してコンバットチームのレギュラーメンバー各々に新米村民兵を部下として割り振り、部隊育成を図ろうと大佐はこれから先の事を考えていたのである。
D村突入の間際までにはこれら新兵も期待通りに鍛えられているであろうと踏んでいるのだ。
酒に飲まれて、遺恨や妬みで感情的に暴れ回る大佐ではあったが、現実性も秘めた大佐なのである。
その一応強力であろう「ロン」部隊に一応敵なしではあったが、出発直後にその隊列が何故か一か所だけ大きく蛇行してしまった。
蛇行するその一画には百戦錬磨のコンバットチームでも避けて通るしかない異物体の存在があったのだ。
その一画ではオリンピック出場を目指す蛙達が高跳び練習をする為の柳の木が1本立っていた。
柳の枝がそよ風に静かに揺らいでいる。
静かに揺れるその柳の滝のように垂れ下がった無数の枝の中に溶け込むように潜んでいる影が一つある。
服部貞子であった。
ライバルであり「毬高雅(いがこうが)忍び隊」の隊長である猿鳶伽椰子の高圧的な問答無用の命令によって河岸に置き去りにされてしまい、隊長ならば立場は逆であると恨めしいオーラを発する服部貞子の姿である。
ロン部隊の面々に自分も連れて行くようにと柳の木の下から手招いて懇願していたのだが、暗い柳の木の下の不気味なその姿に誰もが見向きをもしなかった。
逆に、触らぬ神に祟りなしと遠巻きにして顔を伏せて足早に立ち去っていくのである。
それで、隊列は大きく蛇行していたのだ。
「ロン」部隊の面々に敬遠され無視される服部貞子の悲壮感はさらにいや増し、忍び泣きは次第に嗚咽へと代わっていった。
だが、蛇行の曲率半径はその嗚咽の分だけ一回り大きくなっただけで、いつまでもいつまでも、唯それだけの状況であった。
服部貞子の足元の水溜りでは高跳び練習が出来ない真っ青な蛙たちが柳奪還のシュプレヒコールあげて鳴いている。
「ロン部隊」の村民兵達は公然と避けていたが、現実感ある大佐の服部貞子に対する見解は村民兵達とは全く違っていた。
「あれ」も心理戦での戦力になると考えたのである。
それもかなり効果が期待できると大佐は考えた。
さらに、「あれ」が「毬高雅(いがこうが)忍び隊」の隊員であり、猿鳶伽椰子との確執も噂で薄々と知っている。
これはこれで、将来利用できるかもしれない。
そこで早速、大佐はサンタス軍曹に「あれ」の捕獲を命じた。
村民兵と違って、大佐自らの手を汚さなくて済むのだから「あれ」に触れる事も見る事もしないので利用価値だけを大佐は考えれば良いのである。
軍曹は大佐からの捕獲命令をコンバットチームに丸投げした。
コンバットチームはその丸投げというボールを受け止めると素早く反応し、いつものように孫請け会社の新兵シモン・九楽・コッチェへ物体「あれ」の捕獲を指図した。
それから数刻後、栄誉勲章を夢見る新兵達の「あれ」との激闘の末に服部貞子の捕獲は成功した。
しかし、服部貞子を引きたているのは、新たに補充された新兵武寅・ホーイ・サルガソであった。
捕獲した先の新兵の消息は一枚の紙切れに書かれただけの固有名詞となってしまい、コンバットチームの面々はその固有名詞を思い出す事が無かった。
いつものルーチンワークである。
コンバットチームはそう納得した。
こうして「ロン」部隊が諸々を連れ立って出陣した後には、丸太船や墜落したグライダーの残骸が転々と残されている荒涼とした河岸が残された。
残骸に絡みついて垂れ下がる水草がその荒廃ぶりを際立たせている。
上陸地点の拠点維持の為に残されている村民兵は僅かで、寒さを防ぐ為にあちらこちらにゲルを立てて、その内に籠ってしまっていた。
河岸には生も死もない静寂で灰色の世界が地の果てまで広がっている。
その河岸に内も外もボロボロになってしまった丸太小屋が建っていた。
入り口の「モロ酒店」という看板が傾いでぶら下がりゆらゆらと揺れている。
それを感慨深げに見上げているのはコンバットチームの元副官で、サンタス軍曹にMIAとして報告されしまったヘンロイであった。
その隣にはろろう三堅神の「松」「梅」と逸れてしまった「竹」が自分たちの憩いの場の惨状を見て涙を流していた。
マクレン大佐とサンタス軍曹の激しくもおぞましい死闘は丸太小屋「モロ酒店」内部をスーパートルネードが通り過ぎたような壊滅状態にしていた。
丸太小屋の中では喰い滓と酒とゲロと糞尿の中を新米村民兵が意識朦朧として藻掻いていた。
その新米村民兵は見た目も実情も戦線復帰は不可能な精神状態である。
そういった新米村民兵達の抜け殻が小屋の中に転々と転がりの藻掻いている。
この異様な臭いを放つ丸太小屋「モロ酒店」は徹底的に清掃される筈だった。
その為に現れたお掃除屋さんが地下室に閉じ込められていたヘンロイを幸か不幸か救出してしまった。
続いて、ろろう三堅神「竹」が救出されることとなるのだが、お掃除屋さんの献身的な清掃作業はここに至って中断を余儀なくされるのである。
お掃除屋さんは地下室に閉じ込められたヘンロイ救出後にその地下室でI村歴6年物の幻の銘酒「泡立ち盛り」の酒樽という宝物の発見でご機嫌となった。
一口の試飲はさらにそれを助長し有頂天となった。
同じ地下室の「竹」の押し込められていた棺桶にはさらなる金目の物が詰め込んであると、厳重に封印された棺桶を見て信じ込んだお掃除屋さんがその禁断の蓋を開けてしまったのである。
ヘンロイに加えて棺桶から起き上がってきた「竹」の焦点の定まらない虚脱状態の歩みにお掃除屋さんはゾンビの姿を重ねて見てしまった。
地下室からお掃除屋さん達は命からがらほうほうの体で逃げ出す。
地下室への扉を閉めれば良いのだが、お掃除屋さんに追い打ちをかけたのは、小屋の奥で喰い滓と酒とゲロと糞尿の中を這いまわる新米村民兵であった。
助けを求める呻き声と伸ばした腕が、墓穴から這い上がってきた死体に見えたのである。
正気を失う程に真っ蒼になり声を失ったお掃除屋さんは地下室の扉などすっかり忘れて小屋から我先へと脱兎のごとく逃げ出してしまった。
お掃除屋さんが持つ物も持たず、掃除道具すら投げ捨てて逃げ去って暫くした後、ヘンロイと「竹」は「モロ酒店」のボロボロになって片落ちし揺れる看板を茫然と見上げ続ける姿が小屋の入り口前にあった。
この時、「竹」はろろう三堅神で作り上げた理想の住まいを、「松」と「梅」を探し出して、この最後の憩いの小屋を共に手を取り合って取り戻すのだと心に誓った。
それまでは悔しいが貸し出す事にした。
敷金と賃料・礼金は後でたっぷりと頂くつもりだ。
「竹」は小さな荷を背負い余命幾ばくもない体に鞭打ちながら河岸を、向こう岸へ渡る為の小舟を探しながらとぼとぼと歩み去る。
その背中は侘しさと最後の最後まで希望へと歩む壮絶な人生を背負っている背中だった。
「竹」の立ち去った後、「モロ酒店」は残ったヘンロイの手によって「パブ ヘンロイ」に改名されるのである。
-- 灰色猫の大劇場 その17 ----------------
灰色猫が玉座に座っている。
金色の長い鎖が付いた黒縁の片眼鏡を付けた狐が柱の影から玉座を狙っている。
玉座を前に赤切符’sを手にして説教をする犬のおまわりさんが居た。
犬のおまわりさんは王様である灰色猫に「積もり積もった反則金を支払え」と命令し、詰め寄る。
灰色猫は赤い羽根の付いたチロルハットを被る。
風に吹かれて揺れる赤い羽根を犬のおまわりさんは見た。
そして、先祖伝来の本能が沸々と揺り起こされる。
片眼鏡を指でしごいた狐はFOXだけに、灰色猫の態度に何をするものぞと「フォッ、フォッ、フォッ」と笑う。
灰色猫は背後から、猟銃を引き出した。
2連装のショットガンで、どこにでもあるオーソドックスな猟銃だった。
狐はその銃に言い知れぬ不快感を感じて目を丸くしていた。目から方眼鏡が落ち、金色の鎖の先でぶらぶらと揺れている。
犬のおまわりさんはほぼほぼ先祖返りをしていた。
灰色猫は柱の影に体を半分隠す狐に向かって猟銃を撃った。
そして、強い視線で犬を睨み付けると、力強く狐を指さして口笛を吹いた。
元犬のおまわりさんである狩猟犬は、方眼鏡のレンズの破片を残して慌てて逃げ出す狐という獲物を追って走り出す。
忘れ去られた赤切符’sを回収して、丁寧に燃やしてしまう灰色猫が最後に残っていた。
--続く
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
この物語の著作権はFreedog(ブロガーネーム)にあります。
Copywright 2020 Freedog(blugger-Name)