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2023年05月07日 イイね!

物語A222:「ネム少尉の運命」

錦上地区と多魔地区との平成の合戦を生き抜いてきた芝を背負った多魔地区の、さらにその従属村である「金」の玉の芝狸達だけが、先の平成の合戦を生き抜いてきたわけではない。
多魔地区と争った錦上地区の片隅にひっそりと生息する「銀」の玉の芝狸達もこの平成の合戦を逞しく生き抜いてきたのである。
「銀」の玉の芝狸達も「金」の玉の芝狸と同様に「平成の合戦」の時に行われた敵を打ち負かす為の厳しい化け術の修練に落ちこぼれてしまった狸達であった。
そして、同じように様々な衣装を纏い、声音を変え、仲間の芝狸達との連係プレーで相手を化かすという化け術を会得していたのである。
平成の合戦の終わった後、「金」「銀」の玉の芝狸達が合い揃えば同じ境遇で同じ弱者の生き残り組として、さらには特異な術の共通性から力強い協力関係を結んで結束を深めたかもしれない種であった。
だが、結局は両方の地区という面子とプライドに縛られて手を握り合う事は叶わない望みだったのである。
むしろ磁石の同極のように反発してしまった。
錦上地区の「銀」の玉の芝狸達は多魔地区の「金」の玉の芝狸達が潜入したナイナイメー辺地に対抗して、ここ第2拠点を潜入する場所として選択したのである。
錦上地区としてのプライドが「金」の玉の芝狸達に負けたくなかったのだ。

「銀」の玉の芝狸達はアイント・メー・ネム少尉率いる後続の物資輸送隊に易々と化けて紛れ込み行軍を共にした。
物資輸送体の誰からも芝狸達の変装を疑われる事が無く、また簡単に紛れ込めた。
さらに大群の中に居るという安心感があった。
それらの効果で「銀」の玉の芝狸達の気持ちは晴々としていた。
お天道様から生き残りが約束されたと言われている気分である。
そして、物資輸送隊が運ぶ大量の荷物に囲まれていると、大黒様からも荷物の横流しという漁夫の利を約束されているような気がしていた。
「銀」の玉の芝狸達の帰りの鞄にはまだたくさんの空きがありますという風である。
しかし、幸運は長くは続かない。

早々に「銀」の玉の芝狸はアイント・メー・ネム少尉率いる物資輸送隊を静かに追跡する完全武装の謎の一団を発見したのだ。
迷彩服姿で顔にもどぎつい迷彩化粧を施した集団が静かに滑らかに後を付いて来るのである。
下草の合い間の暗い影の中にどぎつい迷彩化粧の顔が現れる。
迷彩化粧の効果もあって、異様に白く光る光る眼が獲物に狙いを定めようとギョロギョロしていた。
下草の合い間に現れるその恐ろしい顔はほんの僅かの間で、ゆっくりと下草の影に消えて行く。
姿形も俊敏な動作も恐いが草葉の蔭から覗くその目は特に恐く、いつまでも目の中に刻み付けられてしまった。
トナカイを狙っている肉食獣の灰色狼を思わせた。
ワニを狙うジャガーか、インパラを狙うハイエナか、それとも河に迷い込んだたまちゃんを狙う高精度な音波探知機を備えるオルカのようでもあった。
その異様な集団が物の見事に草一本すら揺らす事無く、カサリとも音を立てずに、不気味な静寂を保って下草の合間を縫いながら影の中を毒蛇が滑るように移動しながら追跡してくるのである。
平成の合戦を生き抜いてきたとはいえ、戦闘ではまだまだずぶの素人集団である。
「銀」の玉の芝狸達はこのキラーマシーンの群れに恐怖した。
この集団こそ、元D村軍のゲルフォン・ルント中佐率いるBB歩兵私団である。

「銀」の玉の芝狸達の生存本能がけたたましくベルを鳴らした。当然の反応であった。
ベルは共振しながら芝狸達の間に広がっていった。
直ぐさまに「銀」の玉の芝狸の主だったメンバーが集合し頭を突き合わせての民主的で平和な談合が始まる。
しかし、参集してお互いに頭と頭を突き合わせるその瞬間に恒例の非公式行事が行われた。
巷のプライベートルームに貼られている注意書き「1歩前に」を思い描きながら、意図的に頭を下げて激しく1歩前に出る主力メンバー達であった。
この一歩前で当然の様に発生する狸同士の頭と頭が激しく衝突する。
この行事は古来より相撲の立ち合いで行われる頭突きで「ガチンコ」の由来でもある。
昭和の初期、戦前であるがこれが決め技となって勝利したお相撲さんも居るらしい。
また、お相撲さんのおでこが固いのはこれが為と思われる。
もちろん、わざと立ち合いでこれを避けるお相撲さんも居る。
この頭突きで意見を異にするであろうと疑われる狸の発言を事前に封じて込めるという行事が行われるのである。
不覚にも意識を遠くへ飛ばしてしまった反抗期の狸数体がその円座の中に倒れてしまい、スィーパー(お掃除当番)に寄って円座の外に放り出された。これで意見集約も採決も容易くなり、早くに談合成立という結論が出るのである。
芝狸達はこの非公式行事が民主主義に反する行為である事を知っていたが暗黙の理としてこれを受け入れ、積極的に実行していた。
必要悪なのである。

円座での談合の結果は「銀」の玉の芝狸達がBB歩兵私団に化ける事となった。
弱者よりも強者に付く。
これが「銀」の玉の芝狸達の共通した鉄則なのだ。
しかし、異なる意見を排除したつもりの狸達であったが、この決定にはしばしの迷い、つまり小規模な取っ組み合いがあった事も事実であった。
意見の合わない少数の反抗期の狸が頭突きで相手を逆に倒してしまっていた。
いつもの事ながら時折起こる出来事ではあったが、今まではその度に多数決に持ち込み数で押さえつけていたのである。
当然の様にこの生き残りの狸達のこれまた当然のような主要論に対する反論が談合の場に挙げられた。
ここで、この談合においてもその反論を多数決という形をとって数で抑え込む事も出来た。
だが、多数派の狸達の一部がその反論をある意味では正論であろうと受け止めてしまったのだ。
その元となる要因は両勢力、つまり物資輸送隊とBB歩兵私団の兵力数のあまりにも大きな差が原因である。
少数だが腕力のある側に付く芝狸と、弱いが兵力数に勝る側に付く芝狸との間で激論と取っ組み合いが交わされてしまったのである。
予定外の盛り上がりで長くなった談合が終わった後、最終結論に至ったのはやはり強弱の見た目の姿であった。

虫取り網、釣り竿、バケツ、テント、寝袋、蚊取り線香、達磨競走に使う達磨、鍋にスプーンやフォークを持ってケラケラと談笑しながらも軽い足取りで、時にはリズムに乗ってスキップしたりと楽しい遠足風な新米村民兵の姿。そ
の服も華やかなで思い思いな物を着込でいるので全く統率感に欠けている新米村民兵の物資輸送隊の姿。
明るい笑みが溢れんばかりのお気楽天国の新米村民兵の面々が列をなして続いていくのが芝狸の目に映る物資輸送隊の姿である。
百鬼夜行ならぬ百喜遠足である。

それらに対して、BB歩兵私団は統率された迷彩戦闘服に身を包んでおり、鍛え上げられた筋肉の盛り上がりがその戦闘服を通して良く見える。
そのうえ戦闘服の下には独自に工夫した正体不明の武器を隠し持っているのでに部分的に怪しく膨らんでいた。
通常携帯武器には光を安易に反射しないように真っ黒に染められた小振りの張扇があり、いつ何時でも素早く引き抜けるように腰に差している。
頭の鉢巻きの端には手投げ弾を差し込み、反対の端には夜間攻撃用の暗視蝋燭を差していた。
それがまるで鬼の角の様に見える。
全身には敵への威圧と周囲の景観に溶け込む為に毒々しい迷彩柄を施し、光の強度で瞬時にその透過量を変化する偏向サングラス付きゴーグルを顔に付けている。
引き締まった口の無口なその姿の背後に揺らぐ強烈なオーラは一騎当千の如く光輝いていた。
その姿を下草の合間に数舜見せながら後を静かに付いて行くのである。

この状況から「銀」の玉の芝狸達は数で勝るが貧弱で行楽気分としか思えない物資輸送隊から、戦闘のプロ集団を誇示するように鍛え上げられたBB歩兵私団に目移りしてしまうのは仕方がなかった。
「銀」の玉の芝狸達は行進する物資輸送隊から新米村民兵の体を要領良く盾として使って隠れ、不気味なBB歩兵私団の監視する鋭い視線をも上手く躱しながら次々と行進する列の脇へと逸れて行き、そのまま茂みの中に滑り込むように隠れていく。
熟れ(こなれ)た身の動きである。
そして、草葉の中で迷彩塗料を顔に塗りたくってBB歩兵私団に化けた。
この時の迷彩用顔料はBB歩兵私団の兵士から借りた。
BB歩兵私団兵もまた芝狸達に巧妙に煽てられると気安く自前の顔料を貸すのであった。
土産のスルメを差し出すと顔料以外の物、黒塗りの張扇すらも借りる事が出来た。
芝狸達の中には迷彩用顔料の塗り方も指導してもらっていた。

BB歩兵私団の最後尾が目前を通り過ぎると、その最後尾に回り込んで部隊の中へそろりと変装した芝狸達は紛れ込んでいった。
「銀」の玉の芝狸達はこの巧妙な変装と部隊への浸透という持ち前の能力にほくそ笑んだ。
生き残り戦術に世の中で右に出る者なしの自慢の種である。

しかし、所詮芝狸達は付け焼き刃の偽物である。
姿形はBB歩兵私団でもその兵士達のように幼い頃からの厳しい訓練の賜物であるその動作の一挙手一投足や、戦闘経験で積もられた周囲に醸し出す脅威感は全く別物であった。
その動きの全てを真似る事は出来ても、BB歩兵私団兵に成る事は「銀」の玉の芝狸達にとっては到底「不可能」なのである。
ましてや、BB歩兵私団という強力な部隊に溶け込む事で安息の地を得たという嬉しさから「銀」の玉の芝狸達は腹鼓まで打ったりしている。
そこに、修羅場を潜り抜けて来た経験豊富なBB歩兵私団の一騎当千のオーラなどはほんの僅かも発していなかった。

こうして草原の中にその存在すらも掻き消していたBB歩兵私団の隠密行動は、「銀」の玉の芝狸達の潜入で一転して騒がしいものとなった。
この事態を察したゲルフォン・ルント中佐はBB歩兵私団兵の訓練がまだまだ不足であると指導力の無さを嘆いた。
偽物が入り込んでいる事に気が付いていないのだ。
素早く床几が置かれた。
中佐はおもむろに腰掛ける。
頭の中では日常の訓練を更なる厳しい訓練にする必要があるとルント中佐は考えていた。
おもむろに持ち上げた右手にティーカップが渡され、濃い緑茶が注がれる。
中佐はそれを少し啜る。
濃厚な茶の味が口中に広がり、その茶の高級感を舌で味わった。
この時のゲルフォン・ルント中佐は既に「銀」の玉の芝狸達の巧妙な「おもてなし」と「袖の下」と「ゴマすり太鼓持ち」の波状攻撃で「茹でガエル」と化していたのである。
「銀」の玉の芝狸達はこの点に関しても手抜かりがなかった。
カステーラを厳かに摘まむルント中佐に兵士強化訓練の計画書草稿がBB歩兵私団兵に化けた「銀」の芝狸によって手渡される。

アイント・メー・ネム少尉率いる物資輸送隊は、ミーアキャットを凌駕する程の用心深さで行軍していた。
焼サンマを咥えた野良に生まれて5代目の野良猫が、6代の間名家にご奉公したが、この代であらぬうたがいをかけられてお家お取り潰しにされたあげく、浪々の身になるものも執拗に追いかけてくる剣豪を警戒するかのようでもある。
物資輸送隊の見張りは交代で、遥か遠方まで視線を投げられるように草原の中をミーアキャット同様にスックと背筋を伸ばして爪先立ちして周囲をくまなく見張っていた。
そして、見張りはついに追跡してくるBB歩兵私団、もとい「銀」の玉の芝狸が化けた偽BB歩兵私団を容易く発見するのである。

見張り役がスックと立ちあがって草原の原野の中から身をさらした時、鼻と鼻が「E~T~」する程の近くに大きなどんぐり目が合った。
「銀」の玉の芝狸、もとい偽BB歩兵私団兵が見張りの目前であろうことか立ちションをしていたのである。
芝狸は恍惚とした表情の放心状態で目が遠くを飛んでいた。
驚きのあまりに中央に目の寄る見張りの足が生暖かくなる。
今の状況を認識しようと目まぐるしく頭を回転させながら茫然と足元を眺めてみるミーアキャットこと新米村民兵であった。
これが5代目野良猫であれば、すでに爪が下から上へ跳ね上がり、偽BB歩兵私団兵はその場に倒されていたと思われる。
だが、爪という武器を持たない平和という安息の世に漬かり切っていた新米村民兵は何が起きているのかを理解しようとするだけ精一杯であった。
棒のように立ちつくす新米村民兵を前に、やっぱり電柱でないと「雰囲気が出ないぜよ。」と思う偽BB歩兵私団兵の立ちションは続く。
互いに一瞬の間だけ時が止まって自己の世界に逃避していた。
鼻先と鼻先がETする時、互いは現実に戻った。

「銀」の玉の芝狸が先に動いた。
一方、見張りの新米村民兵は眼前に立つ敵と太腿を濡らす暖かい小水との2重の衝撃的出来事に注意が散ってしまい、その分だけリアクションが遅れてしまった。
それに対して、芝狸は目の前に敵が現れたという衝撃だけであったので、そのリアクションはその分だけ速かった。
手土産を懐から出そうとして、懐深くに素早く手を差し入れたのである。
リアクションは速かったが、芝狸はミスを犯してしまった。
この懐に手を入れるという行為は相手が新米村民兵だったから不幸な結末を迎える事は無かった。
これが仮に相手が古参兵もしくは戦闘プロ集団の本物のBB歩兵私団兵であったならばその懐に手を入れた時点で確実に葬られてしまう。
非常に危険な行為であった。
芝狸はこの相手から見えない所に手を隠すという行為が武器を取り出す行為に繋がったしまうと気が付いた。
そのうえ急な動作が戦闘プロ集団の攻撃行為への即応力に反応してしまうので、どれだけ危険な行為であるかを思い出すのだが、既に動いてしまっており後戻りは出来ないという後の祭りであった。
この生き残りに長けた「銀」の玉の芝狸もその鼻先ETにはかなり慌てていたのである。
芝狸は相手の反応が遅い事から、敵に激しく打倒される覚悟を決めて、それを回避する為にはこの行動を素早く完結するしかないと決断した。
リアクションが一拍遅れた見張りはその芝狸の動きに危険動物フクロウと直面したフクロウネズミの様にその運命を悟ったかのように体を硬直させてしまっていた。
BB歩兵私団兵ではありえない戸惑いであり、芝狸はこの面においてかなり強運であった。

「銀」の玉の芝狸は懐から菓子折りを取り出して、恭しく頭を下げつつ両手でサッと見張りに差し出す。
慌てた勢いで小水を飛び散らせてしまい、その弾みの飛沫で濡れた手が菓子折りにシミを作る。
生き残るために「銀」の玉の芝狸達は様々な土産を一つ以上は常時携帯しているのだ。
これは生存への欲求を満たす為の必需品である。
誰もが認め、誰もが手を出したくなる高級菓子店の包装紙に包まれた菓子折りである。
中身は神のみぞ知るであった。
だが、この芝狸にとっては相手が戦闘未経験ではあるが百戦錬磨の世渡り上手な遊び人の新米村民兵であったが事が敗因であった。
さらに、足への阻喪がトッピングされて祟ってくる。

見張りの新米村民兵は両手で差し出された土産を見るなり、硬直から瞬間解凍して思わず反射的に菓子折りを受け取ってしまった。
この行動は見張りの敗因である。
現在置かれた状況下ではどの角度から見ても差し出されたその土産は賄賂以外の何物でも無い事は自明の理だった。
故に「銀」の玉の芝狸は賄賂を差し出す事で弱みを見せてしまっているのだ。
その様な意味合いの土産を何も考えずに反射的に見張りは手にしてしまったのである。
つまり、全ての行為を黙認する事を容認したことになる。
新米村民兵は釣られて手を出したうえに、しっかりと受け取ってしまった自分に後悔する。
このままでは、「すんなりと要求を受け入れた」事になってしまうと見張りは考え、芝狸が何か言う前に直ぐに対処方法をとる必要が生じた。

相手が下手に出ているこの機会に、この強弱関係に付け込んで更なる賄賂の要求をしなければならないと固く思う見張りであった。
見張りは受け取った貢物を懐に入れそうになるのを押し止めて、そのまま両手で菓子折りを宙に高々と差し上げてその底から覗き見る様に陽の光に透かした。
受け取ったのではなく、物を吟味する為に受け取ったという風に見せつける欺瞞行為である。
その後もゆっくりといろいろな角度から土産を陽にかざして吟味する。
片手で支えて重さを計ってみたりもした。
中身を推し量る様に軽く振って菓子折りに耳を当てて中の音を聞く。
相手をじっくりと観測する時間を稼いでいた。
どこまで搾り取れるかと目の片隅で低頭する芝狸を捕らえ、土産を吟味している振りを続けている見張りであった。
一通りの仕草を終えると、口端で技とらしく笑う見張りであった。
顔を少し顰めて賄賂の菓子折りをどうでも良い物という風に取り扱う。

こうして芝狸は見張りを取り込むつもりであったが見張りの正体である遊び人に逆に取り込まれてしまい、更なる貢物を要求されてしまったのである。
「銀」の玉の芝狸は俯いてしまった。
時間をほんの少しでも巻き戻したいと思った。
化け術に天賦の才がある優秀な化け狸でも使いこなせない秘術中の秘術「時回し」の術で戻す事も可能だが、落ち零れのこの芝狸に天賦の才など有ろう筈がない。
芝狸は渋々、後でじっくりと味わいながら密かに食べるつもりであった手持ちの、それも大好物であるポテトフライスの小袋を差してしまうのである。
だが、見張りはそれを受け取っても、冷ややかに「不足」の一言であしらい、更なる土産を持って出直して来るようにと要求した。
何もかも奪われた芝狸はこの事をリーダーの芝狸に報告し、追加の貢物を頂こうと願い出るしかないと気鬱となってしまった。
肩を落としてトボトボと歩み去る芝狸の背が悲しみのあまりに小刻みに震え始めていた。

この新米村民兵の遊び人は見張りの役にも拘わらずにネム少尉にはこの件を報告しなかった。
もちろん芝狸の持ってくる賄賂全てを私物化する為である。
当然の行動であった。
新米村民兵は奪ったポテトフライを咥え乍ら菓子折りを小脇に抱えて仲間にそれを見せびらかしながら隊内を歩き回った。
それを見て羨んだ他の新米村民兵達が偽BB歩兵私団(「銀」の玉の芝狸達)の元へと走った。
だが、この賄賂目当てに群がってくる新米村民兵に対し「銀」の玉の芝狸達も負けてはいなかった。
劇場型詐欺に限りなく近い連係プレーで相手を化かす術の奥義を取得している「銀」の玉の芝狸達である。
賄賂を毟り取られるのは化かす術を持つプライドが良しとしなかった。
仮装したBB歩兵私団の恐ろしい姿を最大限に生かして、攻撃の時は見逃してやる事を条件にして新米村民兵達を脅して賄賂を逆に要求した。
そして、この賄賂の交換という些細な交流から始まった裏取引は次第に大きな商いへと発展してゆき、ここに市が建つ事で密貿易が始まったのである。

見張り任務の明けた遊び人がポテトフライの臭いを周囲にまき散らし仲間からの羨望の眼差しを心ゆくまで享受しながら至福の時間を過ごしていた。
天下一になった気分である。
その香りをネム少尉の鼻が嗅ぎつけるのは当然であった。
ネム少尉は権威を嵩にしてポテトフライも賄賂も、ついでに新米村民兵の所持している遠征おやつ(携帯を公式に許された1000円以内のおやつ)も、全ての持ち物を奪い取ってしまう。
そして、裏切り新米村民兵と称して足蹴にして入手場所を知ろうと尋問を加える。
少なくとも遊び人が敵に遭遇した事を報告しなかったという事は軍隊にとっては裏切りに等しい。

見張りの携帯していた1000円以内のおやつの中のスルメ足を口の端に咥えたネム中尉が怪しげな眼を光らせて闇の中にいる。
広い部屋の中にぽつねんとおかれた椅子に縛られ、首を項垂れている見張りの当直明け及び遊び人の新米村民がスポットライトの強い光の中に居た。
目つきが完全に飛んでしまっているネム中尉が闇の中から湧き出てくるように光の中へ顔からゆっくりと現れる。
恐ろしげなその顔の口の端でスルメ足がそれを咬むたびに上下していた。
そして、ポテトフライの出何処を探る執拗で過剰な尋問が新米村民が始まったのである。
その行為は文章に書けない、言葉にも言い現せない程のおぞましい行為であって、それに耐えられない新米村民の悲鳴が部屋の中をいつ果てる事無く轟いていたと証言者は震えながら語った。
この激しい尋問の最中に密貿易の「出市場」の存在がついに軍上層部に露見するのである。
すぐさまネム中尉は虚無僧姿で密貿易の巣窟である「出市場」へと物色しに、もとい偵察しに向かった。

数刻後には無情な風砂が舞う市場街道を虚無僧が歩む。
その街道の両側には屋台の車列がずらりと並んでいた。
物資輸送隊の歩みに付いて行けるように移動機構の付いた屋台であった。
これが「出市場」である。
屋台の中には目だけが異様に光る黒い影が無数にある。
ネギを背負ったカモか、唯の冷やかしか、あるいは奉行所の隠密か、税務署のエージェントかと、値踏みする鋭い視線が幾つも虚無僧に注がれていた。
虚無僧姿のネム中尉が屋台に並ぶ土産の品々を値踏みしながら風砂の舞うこの「出市場」街道を歩いた。
この時にルント中佐と第一種接近遭遇してしまったのである。
互いの目的は掘り出し物である。

「出市場」に並ぶ中の一つの屋台の中でぐつぐつ煮えるおでんの釜にちくわが一本だけ泳いでいた。
そのお店の主人は屋台裏の路地に居て、おでんねたを巡って蛸ボスと対峙して闘っていた。

「その腕、いただいた。」包丁を頭上にかざす主人。
陽光の光を受けて刃先が輝く。
切れ味抜群の包丁と見て取れる。
この包丁の鍛冶師は世界ギネスに載っているかもしれないと思わせる程の身の縮む美しさである。

「ちょこざいな」と主人に生体兵器「墨」を大量に吐きつける蛸ボス。
それも、吐き出す墨は砲丸状に固めらており、真面に当たると死すら禁じ得ない威力である。
一進一退の攻防だ。

闘いは熾烈であり、既に数刻の時が経っている。
そのおかげで屋台は無人となり全くの無防備となっていた。
偵察中のネム少尉はその隙を狙って「今だ!貰った!」とばかりに箸を懐から鍋に向かって突き出す。
出汁がコッテリと染みて旨そうなちくわをその箸で素早く挟み取ろうとしたその刹那、ヒュルルと風を切る小さな音が首の後ろで起こった。
ネム少尉はそれが空中にある内に振り返りざまに返し箸で挟み取る。

「何奴!」

長楊枝が一本、箸に挟み取られている。
だが、二本目の長楊枝がネム少尉の目前でちくわを刺し貫いた。
一本目は囮で、音が重なって一本のように思えた。

「ぬかったわ!」

ちくわに長楊枝が突き立ったと見えたその途端に鍋からちくわが消え去るかのように貫いている長楊枝がちくわと共に飛んで来た方向へ飛び去る。
目にもとまらぬ速さであったが、ネム少尉はなんとか目で捕らえてはいた。
だが、動作がその速さに追いつけないで、囮の長楊枝を挟んだままである。

長楊枝の根に付いた糸が操られて、少し離れたルント中佐の口中にちくわは収まる。
煮え汁の中を数刻泳いでいたちくわは非常に熱かった。
三度笠に藁マント姿でその火傷するような熱いちくわを口に咥えて、慌ててハフハフモグモグさせながら、顔が見えない様に再び三度笠を深く被る股旅姿のルント中佐であった。
主人がいったん身を引いて屋台に戻ってくる。
半身が真っ黒な哀れな姿であった。
ネム少尉は素早く主人に見つからない様に箸を収め、ルント中佐もまた口元のちくわを見られない様に三度笠をさらさらにに深く被る。
最後のちくわの運命に興味を示さず、また釜の中をも見る事のしない主人は二本目の研ぎ澄まされた包丁を手にして、二刀流の構えで屋台裏の路地へと用心深く引き返す。
ネム少尉もルント中佐も主人の命運を見定めずに別々の方向へと歩み去るのであった。

負けたネム少尉はこの状況と食い物の恨みから「戦闘もやむなし」と見た。
ルント中佐もBB歩兵私団の存在がすでにを知れたこの状況では戦闘もやむなしと考えた。
王者コナンの命に背く事になるが、互いの存在を認識してしまった今は戦闘開始の秒読み状態となっていた。
王者コナンの命に背いてもやむおえないのだとルント中佐は考えた。
そして、中佐は大部隊を相手にするには先手必勝こそがわがBB歩兵私団の勝利へと導く道であると決断したのである。
ネム少尉も戦闘開始の考えは同様であったが、命令に忠実に守備を固めての戦闘しか考えていなかった。

ちくわを目の前で奪われ忘却の中で戦闘を決意する虚無僧姿のネム少尉。
王者コナンの仕打ちを恐れつつも、戦闘を決断して苦悩するルント中佐。
互いに「あっしには関わりあいござんせん。」「ぶふぉ~~」と風砂の中を静かに立ち去って行く。
ルント中佐の旅がらすの後姿とネム少尉の尺八が部隊長の苦悩を空っ風で描き出すので

その中で、屋台の主人と蛸ボスの壮絶な戦いが繰り広げられていくのであった。

この両部隊の指揮官の思惑とは別に事件が発生した。
「出市場」での交渉中にお互いの繰り出した詐欺がばれてしまった。
取引の饅頭の数を誤魔化しである。
物資輸送隊の兵士かBB歩兵私団兵か、あるいは偽BB歩兵私団兵がこの誤魔化しを犯したのかは史実の資料には残っていない。
この誤魔化しがばれてしまい、当然の如く交渉決裂となり、睨み合い、罵倒し合い、ついには静かなる掴み合いが始まった。
このような小さな案件は「出市場」の筆頭頭が動いて直ちに収めてしまう。
「出市場」の存在は「無」出なければならないのだ。
だが、その詐欺に関係するのがお互いの筆頭頭であった。
つまり、収める立場の者が居なかったのだ。
それでも関係する筆頭頭だけで争えば、他の筆頭頭が出てきて次第に収束へと向かう筈であった。
だが、勢力内の他の筆頭頭に応援を依頼したうえ、それを受けて加勢に参加してしまった。
その為に小競り合いは、両勢力の争いへと発展してしまい、物資輸送隊バーサスBB歩兵私団の引き金となってしまったのである。

ネム少尉は防戦隊形を整えている間、その動きをブラックケトル酋長に気取られない様にランカスター中尉が酋長の関心を一手に引き付けておく事を願っていた。
かなり自己中的な願いであり、世の中は、特に戦場ではそんなに甘くはない。
その時のランカスター中尉は一夜陣からの何度目かの出陣を終えた後であった。
もちろんその出陣の目的はネム少尉がこの戦況を理解して中尉の出陣に呼応して背後からの参戦を期待しての事である。
ランカスター中尉はネム少尉が第1高歌猟犬兵軍の背後を強襲する事でこの中尉に不利な包囲戦の打開する事が出来ると考えていた。
もしくはアイゼン・ブル・マクレン大佐率いる「マルケットベルト作戦」の主力である「丸太上陸部隊」が、第1飛行隊のバーナモン・ゴメリー中尉を率いて到着するまでの持久戦に耐えられると堅く信じ、ネム少尉の応援を中尉は願っているのである。

今回の出陣でもネム少尉の反応は無く、ひと通り暴れた後に撤退していた。
出陣の間隔が次第に空き、戦闘時間が短くなってくるのも仕方ない事だった。
一夜陣周囲を駆け巡りながら戦い疲弊しきった出陣部隊の兵士を次の攻撃まで間、中尉は一夜陣の奥でゆっくりと休ませていた。
疲労の色濃いい兵士は交代させた。
攻撃部隊を労い諸々の指図をした後、次の出陣の機会を得るまでランカスター中尉はアラモフヶ丘一夜陣の防戦を陣頭に立って指図していた。
戦闘の度に嬉々として喜ぶ疲れを知らないランカスター中尉である。

つまり、この時のランカスター中尉とネム少尉の願いは完全にすれ違っていたのである。

ランカスター中尉の出陣を心底から願っているネム少尉が切実に眺めているそのアラモフヶ丘の一夜陣では全く動く気配が無かった。
内と外でロープを引き合い、応援団がこれを応援している。ランカスター中尉が嬉々としてその間を飛び回る姿も見える。一
夜陣の戦況に変化はなかった。
少尉にとって都合が良い事に一夜陣を囲む北方蛮族の中には他所へ目を向ける蛮族は居なかった。
味方も敵も闘いに夢中で、その戦いを遠目に眺めるネム少尉は取り残された部外者の感でもあった。
この疎外感があるからこそ物資輸送隊の安全は保障されているのだが、無視されたかのようなネム少尉の心には暗い陰を差し、不安が入道雲のように湧き上がってくる。
いや、旅先で遭遇した見上げ入道が見上げれば見上げるほどに大きく伸びあがってゆく姿に身も心も縮み上がって恐れる旅人の心境である。
取り残され、放置されたと感じるネム少尉の頭にはこの戦闘やむなしの状況である緊急時の対応方法の具体策はまだ出てきていない。
この危機を目前にして上官からの心強い命令が欲しかった。
この点においてはまだまだネム少尉は指揮官としては新米同然である。

しかし、アラモフヶ丘からの助勢も、上官の命令も頭から振り切るしかなかった。
ここに指揮官は居ないのだと自身に何度も言い聞かせる。
自分自身がこの部隊の最高位であり最高責任者で、あくまでも自身が指揮する立場なのだと腹を括る。
上官に頼らずに士官学校の座学で学んだ知識を総動員して自分自身でこの危機に立ち向かうのだと決意を固めた。
この知識に応用や実績が一切付いていない事実には物足りないが、どこまでも新米ではなかったネム少尉である。
ネム少尉は教科書の通りに全方向守備の円陣という防戦態勢を組むべく部下に命じた。
遠足を楽しんでいた新米村民兵が性格が変わったようなネム少尉の力強い命令に渋々と動き始める。
追跡するBB歩兵私団と目的地を包囲する第一高歌猟犬兵軍との間に自軍が挟まれていると想定するならばネム中尉の円陣の選択は正しいかもしれない。
しかし、この戦いでは両軍の動きをよく観察すれば、背後から迫ってくるBB歩兵私団と一夜陣を襲う第一高歌猟犬兵軍との間では全く関係ない行動をしている事実が判るはずである。
どこから見ても互いに連携した動きは両軍には全く見られないのだ。
第一高歌猟犬兵軍はアラモフヶ丘の一夜陣攻略に夢中であり、ネム少尉の物資輸送隊の存在やそれだけにとどまらずBB歩兵私団の存在にも気が付いていないのが見て取れる筈であった。
従って、この第一高歌猟犬兵軍の動きは僅かな監視で済ませ、物資輸送隊の主力全部を使ってネム少尉はBB歩兵私団だけを相手に全力で戦えばよかったのである。
だが、ネム少尉はそのような戦況を把握する能力が養われていなかった。
両部隊は有能な同じ司令官によって完璧に指揮され、互いに完全同期の連携で行動を起こしているとネム少尉は固く信じて疑わなかった。
それ故にネム少尉は学んだ教科書通りに全方向守備の円陣という防戦態勢を選択してしまったのである。
この選択はこの戦況では失敗であったがネム少尉の胸中を察すれば致し方がなかったのかもしれない。
ネム少尉の第一線で戦ってきた経験の無さが悔やまれるところである。
このように少尉が育ってしまったのもランカスター中尉が闘いになると後輩にその戦を任せる事なく自らがその先頭に立ってしまう戦闘馬鹿に起因するのかもしれなかった。

ネム少尉はBB歩兵私団の兵士個々の適格で全く無駄の無い素早い動作を見ている限りではこの部隊の戦闘能力は尋常なものではないと想像していた。
同じフィルターを通して眺めると、アラモフヶ丘で綱引き合戦に興じている第一高歌猟犬兵軍も同様に尋常なものではないと見えてしまうのである。
その実態は統率力の有無や、職業兵士か自由兵士かという要因から、互いにかけ離れている異質な部隊ではある。
ただ、各兵士の構造遺伝子の奥底に潜む闘争本能は共に尋常でないという共通性だけはあった。
ネム少尉が思い込んでいるこれら統率された特1級の戦闘部隊に襲われたら、そのほとんどが戦闘経験の無い新米村民兵で構成される物資輸送隊はひとたまりもな壊滅への道を進むであろうとネム少尉は不吉な予測をしてしまうのである。

戦場では自分の身を守る大切な武器である張扇を気安く背中に回したうえで適当に吊り下げている新米村民兵が多数居る。
談笑するのに邪魔なのだ。
この恰好では敵の攻撃にあった時に素早く手に取って身構えるなどとはとてつもなく困難である事がネム少尉でも一目で判る。
鍋や貝杓子、バーベキュー用焼網等を大事に担いで、まるで遠足の集合場所に漫然と集まるようにぶらぶらと歩きながら円陣を組み始めている新米村民兵の姿がある。
そこは能天気なほどに明るい笑顔で一杯だった。
防戦体制の持ち場に着くなり、鍋を狙うかのように意味もなく箸を構える新米兵。
剣士になった気分でネギを正眼に構える兵士も中には居る。
戦闘がまだ始まってもいないのに鍋の下に身を隠す兵士が居た。
防戦体勢という言葉を履違えて捉えたのかもしれない。
そのような新米村民兵の姿を見ているだけで戦闘開始と共にあたふたと慌てる新米村民兵の姿がネム少尉の頭の中に思い描かれる。ネム少尉の避けられない苦悩の種であった。

質より数だ。
ネム少尉の苦悩の中に咲く一抹の希望である。
ネム少尉の全方向守備の円陣は次第に組みあがり、防戦体勢が整えられつつあった。
この布陣ではBB歩兵私団に全軍で当たる事は出来ないが、両面の敵に対する為には止む負えないと思うネム少尉であったが、この状況では希望「数」だけを頼るしかなかった。
ところが防御隊形を整えてからの戦闘開始というアイント・メー・ネム少尉の教科書通りの順を踏んだ戦いの手順に反し、目まぐるしく変化する実戦の場はそのようには甘くはなかった。
ネム少尉の防戦隊形の選択はその体勢が整わぬ前に崩れ去ってしまうのである。

ネム少尉率いる物資輸送隊とルント中佐率いるBB歩兵私団はどちらが先からという事もなしに突然に激突してしまったのである。
これは密貿易の「出市場」における裏取引のちょっとした行き違いから起こった諍いが引き金になったのだと、後日の歴史学者達は推測しネム少尉の不運を嘆いた。
そして、非公式記録にこの時の諍いの経緯が詳細に記録されているという噂が学者の間で広まり、その文書の探索で機密文書公開の訴訟騒ぎ今でもが続いた。
この騒ぎの謎に終止符を打つ為にカンカン議員が役所に土足で踏み込み、文書ロッカーの底で機密文書のメモを発見したという噂があったが、発表寸前に選挙活動における議員の不正を暴かれ、それを苦に自殺したのでその真意は闇の中となってしまった。
従って、諍いのあった出店に灰色猫の祖父がかかわっていたという噂は以前謎のままなのである。

それはさておき、物資輸送隊は円陣を組むだけでも混乱する状況であった。
新米村民兵の大半が持ち場を求めて彷徨っているからだ。
防戦体勢を整えようと必死に叫び恫喝して指示するネム少尉の目の前で両軍が闘いが突然始まったのである。
当初その諍いは防戦体勢をとる時に発生した小競り合いではないかと思ったネム少尉であったが、BB歩兵私団との戦闘であるとやっとの事で気が付いた。
この目まぐるしい戦場の変化に対応できねネム少尉は瞬く間にパニックに陥り統率力を放棄してしまった。
対するルント中佐はこの変化に困惑しながらも素早く命令を発し、BB歩兵私団兵は物資輸送隊に全軍で襲い掛かった。
この騒ぎの中ですら第一高歌猟犬兵軍は一夜陣から片時も注意を逸らす事は無い。
ネム少尉にとっては一抹の幸運であったかもしれない。

谷間を宇宙金属製骨格恐竜の巨大な口から吐く咆哮が響き渡り、周囲を震撼させ谷全体が揺動する。
その咆哮の音波で崖の一部が崩れ落ち、闘う物資輸送隊とBB歩兵私団兵の上に降り注ぎ、武器として土塊を加わえて戦いをさらに煽った。
数に勝るネム少尉は無我夢中で物資輸送隊の新米村民兵を鼓舞させて、BB歩兵私団を押し包んでその壊滅の試みを計った。
だが、その新米村民兵達は円陣隊形を求める命令とその真逆の攻撃命令で混乱の更なる極致を迎えていたのだ。
新米村民兵達は訓練不足と戦闘経験皆無からネム少尉の命令変更に即応できないのである。
円陣を組もうとする新米村民兵と攻撃しようとする新米村民兵の間でも騒乱が起こってしまっていた。

その様な不利な中でも、限りなく戦闘経験レベルポイントがゼロに近い新米村民兵達は勇を鼓してBB歩兵私団を押し包もうと果敢に戦っていた。
数に物を言わせて後から後からとBB歩兵私団を包み込もうとするのだが、まるで砂漠に水が浸み込むかのように新米村民兵達の群れは次々と大地に吸収されるかの如く倒されていくのである。
一方的な戦いと言っても過言ではなかった。
武器すら碌に扱えない新米村民兵と自身の体すらも武器の一つである実践兵士との間の大きなレベル差である。
ネム少尉にとっては自軍がここまで弱いとは思ってもいなかった。
もう少しは粘って戦ってくれるものと思っていたが、目の前の戦場にはその新米村民兵達の横たわる道が長く長く繋がって出来上がっていくのだった。
BB歩兵私団がその新米村民兵達の悪路を四苦八苦しながら前進し、ネム少尉の元へと肉迫して来る。

こんな酷い負け戦の中であっても新米村民兵達は儚い反撃をBB歩兵私団へしていた。
倒れた新米村民兵が横を通り過ぎようとするBB歩兵私団兵へおもむろに足を突き出してその兵士の足を絡め取っ手、転倒させていたのだ。
ただ、それに気が付かれてしまうと、逆に突き出した足を思いっきり踏まれて手痛い思いをしていた。
だが、これはかなりの確率で成功していた。
ここに猪突猛進型のBB歩兵私団の特性が仇になっているのである。

倒れたBB歩兵私団兵に新米村民兵達がカメムシの群れの如くにザワザワと這い寄り、倒れた兵士の上に皆で折り重なるように乗り上がってその動きを封じる。
強敵のスズメバチを皆で取り囲んで倒すミツバチの群れの様に圧殺していくのである。
ミツバチのこの時の武器は体温という熱だが、新米村民兵達は臭いだった。
この犠牲者は消えない臭いに普通の明日は無かった。
少なくとも1年間は。
私力を尽くす新米村民兵達の攻撃もBB歩兵私団全体への影響は微々たるものであったが、倒れてもなおBB歩兵私団に立ち向かう新米村民兵達の勇敢な姿であった。
戦の神様が、オリンポスのアレスが、日本の天照大御神が、インドのカーリーが、北欧のトールが、世界中の軍神が、その姿に感涙した。

ネム少尉はその負け戦の有様を見ながら、数に頼った物資輸送隊によるBB歩兵私団の壊滅は全くの夢物語であったと深く痛感するのである。
BB歩兵私団兵が次々と湧いてくる新米村民兵を刈り取りながらジリジリとネム少尉に接近して来る。
その粘っこい恐怖にネム少尉は伝令役の新米村民兵達をカタパルトで次々と中空高く打ち上げた。
最初に打ち上げられた伝令は空中で紅白の旗を両手でパタパタと振った。
次に打ち上げられた伝令はラッパを吹き鳴らし、戦場の空を覆った。
その後は、変形学生服袴や柔道着、チームカラーまたはスクールカラーを基調とした法被や鉢巻をした伝令が次々と宙に舞った。
襷を着用し白手袋を嵌めて三々七拍子で空を手刀で切る伝令も居る。
メガホンを使って「讃美歌」を歌う伝令が宙を舞い上がりもした。
こうした伝令打ち上げの締めは物資輸送隊の大きな団旗を掲げる旗手(親衛隊長)であった。
これらすべての合図は予めランカスター中尉との間で取り決めていた緊急信号「我窮地なり!」とか「お父ちゃん!助けて~」とか「死ぬ~」とか、敗北と救援を求める類の合図である。

ネム少尉は持てる全ての緊急事態信号の全てを打ち上げたのである。
合図を打ち上げた後、ネム中尉は硬質超合金のペン先で胸のバッチを突く。
同時に「ビ~ックXyじ~ッ(z)」と尻すぼみの自信のない小声を洩らす中尉であった。
硬質超合金のペン先で強く突かれたバッチの前面強化プラスチックの小窓が割れて四散し、露出した中の赤い非常ボタンが勢いのままペン先で押される。
ネム中尉の背中でカチリと音がすると背中のバックパックが大きく展開した。
ボタンと背中のパックパックの展開の差はほんの数μSecの差である。
全展開したそれは背中に銀色に輝く美しい翼を広げたかのようであった。
八岐のキングギドラが地上に降臨し、翼を思いっきり広げて「牛頭ら」を相手に威嚇、猛々しい雄叫びを上げる感じである。
その翼が一度展開して開ききった所で、次にネム少尉の全身を覆う様に折りたたまれてゆく。
この開閉は日本の伝統的な折り紙技術によるものである。

緊急防御支援システム・トランスフォーアーマードスーツである。
ネム少尉専用の新発明アーマードスーツで、今回がその初出動であった。
閉じていく時、特に自身の体を覆い周囲が暗黒に変わる時に一抹の不安を齧ざる負えないネム少尉であった。
その能力は全ての打撃を限りなく小さくする事で攻撃を防ぎ、筋力を135ポイント3パーセントまで引き上げるというものだ。
デメリットは防御性を中心に開発した為に、素早さが29ポイント55パーセントまで下げられてしまう欠点があった。
トータルの防戦能力は数倍に跳ね上がるも、対戦能力はなんだかんだを考慮しても35パーセントと大きく激減している。
スーツで身を包んだネム少尉の動ぎがぎくしゃくしてしまう。
その原因の一つは、球体の一部から短い脚部が出ているのだが、設計ミスで両方の脚部が同時に地面を踏めない程に離れていた。
さらに、内部の照明が取り付けられておらず外部モニターも無かった。
スーツ内部の暗黒の中でネム少尉が次第とヒッキーへと変貌していく可能性が充分にあると考えられる。
さらに、日頃のメンテナンスを怠っていたので、油が切れかかっており、スーツを動かすたびに金属製の嫌な音を発していた。
ただ、この黒板をチョークで引っ掻くような嫌なその音は逆に敵の攻撃を防ぎもした。
敵が耳を押さえて逃げるのだ。
これは想定外の思わぬ効果である。

トランスフォーアーマードスーツの振るう腕の一撃で、群がってきたBB歩兵私団が不快な軋み音で耳を塞いで立ち止まった所を一挙に薙ぎ倒した。
アーマードスーツのマシンシナジーエフェクター・マスタスレーブシステム・マニピュレーター(腕)をネム少尉は振り回しているのである。
この威力に関しては設計者が胸を張れる部分であった。
ただ、困った事にネム中尉は全てのBB歩兵私団兵が指揮官である自分だけを攻撃してくると思い込んでいた。
後日の言い訳のような屁理屈な言い分ではあるが激しい打撃音が続く闇黒の中で、次第に追い詰められてゆくような恐怖からパニックに陥ってしまっていた。
ネム少尉はアーマードスーツの外殻を打つ音が響くたびに無我夢中でスーツの腕、マシンシナジーエフェクター・マスタスレーブシステム・マニピュレーター(MSEMSSM)を闇雲に振るった。
合金製の高硬度のマニピュレーターが薙ぎ倒す敵の中に味方の新米村民兵が混ざっている事を中尉は当然の如く気が付いていなかった。
MSEMSSMを振り回すその姿はまるで子供が駄々をこねて両腕を振り回し、おもちゃを投げ散らかしているようでもあった。
だが、所詮その動きは遅い。

戦闘レベルの高い耳栓をしたBB歩兵私団兵は動きの緩慢なトランスフォーアーマードスーツのランダムに振られるMSEMSSMの攻撃を軽く身を躱し、アーマードスーツの表面に取り付いてゆく。
トランスフォーアーマードスーツにBB歩兵私団兵の体重が加わって次第に重量級となり、ネム少尉の倍加した力であっても動きが遅くなってしまい、ついにはその動きが止まってしまう。
そのうえでさらにさらに身動きできない様にBB歩兵私団兵と新米村民兵によって固く縄で縛られてしまった。
闇黒の恐怖がネム少尉の奥深くまで侵入する中でスーツが動けなくなった事を知ったネム少尉はパワーアクチュエーターの動力性能をもっと上げておけばよかったと悔やむのである。
これから来る未知の攻撃の恐怖にネム少尉は「暗いの恐い~」と口から涎と共に漏らし初めていた。

この戦野に巨大なサッカーボールが出来上がった。
BB歩兵私団はそれに体当たりしたり、足蹴にしたりして楽し気に戦野を転がし回す。
そこに物資輸送隊の新米村民兵が加わり、両部隊のボールの奪い合いが始まった。
新米村民兵によってゴールポストが直ちに作られる。
この程度の建造物に必要な資材はいくらでも物資輸送\隊の新米村民兵達は携帯しているのだ。
フットボールでもあり、アメリカンフットボールでもあり、さらにテニスやゴルフ・羽根つきのような様々な球技が融合したTB決勝戦「BB歩兵私団バーサス物資輸送隊」が開始された。
この時ばかりはBB歩兵私団兵を恐れる事も無く元気よくグラウンドを走り回る姿を見せている物資輸送隊の新米村民兵達であった。
BB歩兵私団のゴールに新米村民兵がボールを蹴り込んだ。
得点を知ってとんぼ返りのパフォーマンスを繰り広げる新米村民兵。
フィールド中央に集まって声を上げて次の試合に向けて気合を入れるBB歩兵私団兵。
こうして、一進一退のTB決勝戦「BB歩兵私団バーサス物資輸送隊」は続くのである。

-- 灰色猫の大劇場 その29 ----------------
灰色猫が玉座に座っている。
犬のおまわりさんが柱の影から玉座を狙っている。
玉座を前に野良猫オッドアームズが居た。
野良猫オッドアームズはフグの刺身にデザートのネズミさんの荒紐巻きを大皿に盛って捧げ持っている。
灰色猫がすっくと立ち上がる。

灰色猫の半開きの口からダムの堰を切ったように盛大に涎が溢れあがっている。
野良猫オッドアームズの目が光る。
フグ刺しは自らが捌いたので、フグ独特の効果はてき面であると信じて疑わない。
犬のおまわりさんが腰の手錠に手を添える。
積年の恨みをこの逮捕に賭けている鋭い目をしている。
灰色猫がその重い体に似合わないほどの俊敏な動きで宙に舞い上がる。
犬のおまわりさんが手錠を抜き取りながら駆け寄る。
「速過ぎ!」
オッドアームズはこの先走った犬のおまわりさんに悪態をつく。
そして、不測の事態を収拾すべくフグ刺しを鷲掴みにするなり、灰色猫の口に目掛けて投げつけた。
灰色猫はやはり自らの重みに耐えられなかった。
俊敏な動作で宙を舞おうとしたが、重力にかなり負けてしまっていた。
想定した場所に居ない灰色猫に犬のおまわりさんが「アッ!」と声を上げる。
手錠が何もない空間を切る。
オッドアームズが投げたフグ刺しの行方を追う。
灰色猫へまっしぐらの筈のフグ刺しが犬のおまわりさんの驚いた口の中へと消えた。
オッドアームズの隙をついて荒紐巻きのネズミさんが、皿から飛び出して、ゴロゴロと転がりながら巣穴に逃げ込んだ。
巣穴の外が静かになったところで、そっと外をネズミさんがうかがう。
ネズミさんは見た!
灰色猫に殴られてたん瘤を作った野良猫オッドアームズが床に横たわっている。
フグ毒に当たった犬のおまわりさんの高く上げた後ろ足が激しく痙攣している。
床に散ったフグ刺しを前に涎を垂らす灰色猫が欲望と危険の間で葛藤している。

--続く
この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。
この物語の著作権はFreedog(ブロガーネーム)にあります。
Copywright 2023 Freedog(blugger-Name)
Posted at 2023/05/07 19:31:51 | 物語A | 日記

プロフィール

「プリウスミサイルというが・・・ http://cvw.jp/b/1467453/47466114/
何シテル?   01/11 12:41
FreeDog(寒;)です。よろしくお願いします。 好きな言葉「笑う門に福あり。」 さぁ、みんなでブログ読んで笑いましょう! 嫌な真実「My JOKE...
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