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ドライブへ行こうのブログ一覧

2022年07月31日 イイね!

きのこシチュー君がドラッカーを読みながら「俺がイカを釣った物語」序章 等夏休み240時間の記録

きのこシチュー君がドラッカーを読みながら「俺がイカを釣った物語」序章 等夏休み240時間の記録







1ヵ月前から「次はツーブロックにする。マッシュルームにしたいんだよ」と「ヴィジョンきのこ宣言」のリリースと同時に夏休みとなり、親友と同じのだと見つけたシャツを着て、美容院へ足を運び「きのこ計画」への着手を見て




お兄様達の完全企画な動画撮りに、機材提供および運搬ならびにアシスタントを務めてくれ、それら「日本トップクラスの仕事ぶりなの?アマゾンよりすごい?」「アマゾンには敵わないけど、日本トップクラスの仕事をしてくれているよ」と一面を確認しつつ育成というものは遠慮しがちなところを「遠慮は不要」ただしそれ以上のギフトをするという鼓舞キーワードをはじめ、若いお兄様達へも、我が子へもいくつかの共通性を思いながら、同じように考え、同じように伝えていますが、仕事を社会勉強させてもらい、




「まだその本は難しくて早いんじゃないの」とママに言われたあと辞書のページをめくる音と「よし!」「よしっ!」という言葉が響いていたところ、覗いてみれば600ページ超のごく一部かもしれませんが【経営】もうけるために社会の役に立つ大きな仕掛けの仕事をすること等を自分で調べながら、次に表紙を開ける日が中学生ぐらいなのかもしれませんが、ドラッカー読破に向けての第一歩を見た日があり、




一年前ぐらいに「釣りしたい」から始まり、誰かに連れて行ってもらうか釣り堀程度しかできず、今年6月にやっと一年ぐらいかかってまず釣りを始めるまでなんとかこぎ着けた頃「イカ釣りたい」と始まり、続けて「おれイカ釣りたいんだよ。伊豆も釣り行きたいんだよなぁ。伊豆でイカ釣りたい」と進化して、ちなみにyoutuberになったら「きのこシチュー」という名称にすることも決まっているそうですが、



どこでそれらの感覚を得て来るのか、クレーンゲームで取ったバッヂを額に入れること合わせ「小3のときにこのような発想はなかったなぁ。いや中高年になっても、なるまでもなかった」と思いつつ、




これも近日額に入れたいとのこと、今年の誕生日にプレゼントしたチェキにつき、画質や機材の様子から「これ。FUJIのカメラ、本当に最近の?、本当に本年出たやつなの?」と「ホンネンかよ」と内心思いつつ、





ちょくちょく突然コーヒーを淹れてくれる日々があり、在米5年経験がある先生から「私でも聞き取れないような単語もしっかりと聞き取っていて唄えている」と褒めてもらい、ビートルズのハローグッバイとBTSダイナマイトに続く、耳コピできていたことを知る「吹き荒れろ!意地の悪い風どもめ!そして野郎ども鯨を解体しやがれ!ラム酒を持ってこい」なNathan Evans - Wellermanを聞きながら、私が手でリズムを刻み「人間は心臓がリズムを持っている。だから人間はリズムがまず大事なんだ。心臓が乱れたら大変だ」「たしかに」「右手は一定、そこに左手でこうやってアクセントを入れていく。鬼の安定がリズム隊には求められそこにメロディが乗っていく。ほら右手見てて、一定でしょ?」とやっていると多少乱れがあって「一定じゃなかったよ」と指摘されながら、Wellermanカラオケバージョンの歌詞を見ながら聞いているとやっぱり唄えていて、




昼食を済ませゲームや宿題をして16時出発、この日栄えある「初代イカ運搬車両」の称号を得ることになる釣り一号車で「パパ、腕貸しといて」と、ママ譲りの即寝タイプすぐ眠りに就き、



腹ごしらえを買って、




まるで深夜にかぼちゃが馬車になるかのように、トライワイトゾーンを通れば、アウディはイカ運搬車両の準備を整えたことになる見做し事例となり、なんと奇遇にも白いわけであり、







一度秒速10mを越える強風向かい風の夜に連れて行ってしまい、2~3投だけした事実上の事前視察だったあの日は除外して、本当はパパが釣れて、実釣実績を得て、釣れる基本やノウハウを知って、再現性がある程度担保されてから、




エギングと呼ばれるエギを使ったイカ釣りに連れて来たかったところですが、この日先生が教えて下さるという日に向けて「おれもいきたい」ということで、現場近くのコンビニでトイレを済ませてもらうために寝起き起動中を経て軽食を頂き、




ママが用意してくれた先生への手土産を持って、この子にとっては実質実際的に初めてとなるエギングに来ました。




この日は最低でも3時間コース、子供が休めるように椅子も整えます。




勝手にお師匠様にご就任頂いた先生が当初「基本ぐらいでよければお教えしますよ」とおしゃって下さっていたところ、



「当日二人には釣ってもらおうと考えています」とご考案を下さり、続けて「【釣果を狙う事に専念】した基本ハウツーの学習タイムなどプランニングやスケジューリング」をコンセプト含め痺れるご提案を下さり、




有難く感謝を致し、お言葉に甘えに甘えて拝受させて頂くこととして、二人で教わる運びを頂戴致した次第です。この子にとっては50年後も役立つ知見、50年以上味わえる思い出、一生の財産をもらったと言っても過言ではないかもしれません。




概ねの合流時間に先んじて1時間早く到着し、




まさかこの日エポックメイキングが訪れるとは露知らず、二人でポツポツエギングを開始して先生を待つことにします。




先日小田原で買おうとした白いスニーカーは現品限りの中にマジックテープがダメになっていてゲットならずで次の機会に仕入れをしたいと考えつつ、我が子がまだ一歳半頃、湘南で見た綺麗な夕焼けを思い出すマジックアワーの話しや、赤富士の話しをするもあまり興味なさげに、心地よい空気と時間を過ごします。




しかし、この日は向かい風8m。蚊が出ないのは歓迎ながら、




 SONY Xperia XZ3

エギングにとってなかなかに厳しい条件下に留まらず、



季節からして、この日最も確度が高いことが見込まれるケンサキイカを狙う小ぶりなエギでは、なおさらにキャストが困難となり、







あとで聞くことになりつつまだ理解が追い付かずですが、さらに加えて釣れにくい若潮日だそうで、総じてイカを釣るにはなかなか厳しい日だったようです。という中に、




ブルブルブル、ブル、ブルルというなんとも湿った高品位な振動が伝わって来て「あれ、あれ、これ来たのかな。おお来た、来ている」と、「イカ釣りたい」の一言で往復時間だけで40時間分をかけて苦節10回ぐらいは通ったか、まずはパパが釣った一杯をイカ墨に警戒しながら一枚記念撮影。



一人では向こう一年数年、いや一生絶対に釣れていなかったであろう、先生のお陰様でとうとう釣ることができました。初体験の相手としてキャサリンと名付けたいと思います。このあと急いで氷を買いに走りました。





釣行開始から三時間後、先生が来てから2時間後のことですが、まず始めの1時間半は「今日はなかなか厳しい条件の中で深夜1時半からが最も釣れやすいですが、この調子なら20:30からなら少し釣れる可能性が高くなります。それまでは釣り方をレクチャーするので、20:30まで練習をしましょう」とスタートし、先生が釣り方を本当に優しく、丁寧に教えて下さって、教わらなければ私がやっていたのではフォールが短すぎてぜんぜんイカがいなさそうなところばかりでしゃくっていたことになりますが、理屈とリズムだけでも知れたのを大きな有難い収穫だと思っていたところ、





やったー!「俺もイカを釣りました」。引き出しが豊かになり選択肢が増えるいくつかの釣り方だけでなく、イカ別の生態や、潮の変化、エギをどう変えていくか、季節性など、「潮をより効かすためにもう一サイズ大きくしてみましょう」とエギを貸して頂き、「ここでやってみていてください。いま潮が効ていて来やすいと思います」と細部に渡るご指示を頂いた瞬間に来て、「今日は20:30過ぎから釣れやすくなる」という見込み通りに、手首のスナップが固く覚えが悪いという意味で一応の練習を終えて実際の釣行開始30分で釣れました。その間、ずっと子供へ付きっきりに教えてくれたり、楽しい会話をしてくれて、いやはやすごい先生に出会ったものです。





我が子にも「引きを味合わせてあげたい」と、先生のロッド、リールを使わせてもらったりしながら「思ったより引き弱かった」などとぬかしてましたが、実質初めてのエギングで釣り上げる経験をもらいました。先生のご家族とともに、夏休み最高の思い出を頂いた現場です。






先生が「釣れなかったときは持って帰ってもらおうと思って」と用意してくださっていた先生が釣って冷凍してあったイカ5杯を有難く頂戴し、合わせて7杯イカ運搬車の積載性が心配になる仕入れ状況となり、そして子供同士楽しく遊ぶ時間もたくさんあって、23:20解散し、帰路に就くことにしました。






車に乗って「イカが釣れていかった。イカ墨はスミのほうにやる」というダジャレが生まれ、なるほど「イカ」ばかりに捉われて「イカ墨のスミ」で繋ぐことにダジャレのコペルニクス的右折をもらいつつ「イカが釣られてイカってる」と返すのが精いっぱいでしたが、釣りの前にあんぱんを食べていたところ「またあんぱん食べたいけど今日甘いの多すぎだから、牛丼にするよ」とセルフコントロールする我が子と深夜のすき屋に行く予定を楽しみにしていましたが、24時間営業と思いきや深夜は閉店しており、結局コンビニへ駆け寄り夜中のあんぱんとばななを夕食にして、長い時間の強い風吹く海辺、潮でべたついたのを「油でべたべたする」と表して、我が家のアリストテレススタイルとなって、





やると決めたらやる、そして自分が諦めなければこうして協力してくださる人が現れご縁を大切にして物事が成就していく、仕事も同じ、一人でやれることはかなり限られている、と話をしつつ「次はいつ会えるか、また行きたい、(先生のお子さん)Hちゃんはいい子だし、先生はむちゃくちゃ優しいし」と実際にずっと我が子へ釣り方を教えてくれたり、終始会話をして下さって「あぁ楽しかったぁ」と聞いて、こうしたご縁や有意義な時間を「いか釣りたい」と我が子につくってもらった感謝を伝え「うん」と一言発して眠りに就きました。




往復4時間近くの運転に6時間近く立ったままで翌日その疲れが特に腰に来ましたが、この日の帰りは疲労感ゼロの充実感に満たされ、イカ運搬車のハンドルを握っていました。なおアオリイカがキロ2千円から高値で2.5千円のところ、ケンサキイカはキロ5~6千円つくこともあり、なかなか高値の味と知りました。





深夜2時ごろ帰宅。イカを冷凍したり、なんやかんや2時半を過ぎてやっと落ち着くことができ一言お礼のメールをしましたが、長時間我が子もがんばりました。




ご家族と遊んだり、釣れたイカの感触そっちのけで、もう人が大好きで夏休みのいい思い出に留まらない、しかし無論のことイカが初めて釣れたこと含めて感謝を致しつつ一生のよき思い出を先生から頂くことができました。





いい加減そろそろ釣れるだろうと見切り発車したタイトル「俺がイカを釣るまでの物語」インビテーション、次にプロローグ第一節、予定としてはプロローグ第二節とプレリュードでひっぱることを見込んでいたのですが、これは幻となり、こうしてここに「俺がイカを釣った物語」序章 を認めることができました。アオリイカやさらなる大物狙って、次の「俺がイカを釣りまくる物語」へと邁進したい所存です。






イカが釣れた余韻にゆらゆら浸りながら翌日が訪れマイクラ、はじめは木を切って作ろうとしていましたが、数センチ角に切り落とす大変さから紙粘土に素材を変更して、自作クレイモデル作成フェーズに入り、




パパや自分の朝食を作ったり、





7月中に国語と算数の宿題達成率50%を越える見込みが確実視され「8月30日と31日に宿題を片づけるタイプだったよ」というパパとは偉い違いに「おれは毎日3枚は片づけるタイプだから」と着実な動き、一緒に勉強することが多いスタイルのママに敬意を思いつつ、




「今日は牛乳入れ過ぎた」と、引き続き自作朝食にて整えて、






いつ釣りに行くか、縄文カレンダーの相談をしたり、




新たなセットを発掘したり、




親方となってゲーム業務に勤しんだり、なんでも納得できるまでやっておくことが大切かと思う中に「織田信長の野望」「三国志」は必ずどこかでやっておくように伝え、これは歴史観に役立つのに加え、経営観の基礎が養われる良質なコンテンツに思います。なおリアルなバイクレースゲームをDL購入したのですが、これの主観視点をやっているとあまりのリアルさで気づきましたが「バイクレースって、現代のコロシアムだ」とも思った次第です。危険性高いなかに若者が命をかけて、それを歓声をあげて楽しむスタイル、構造が同じに思えました。




ママに加えて私もPS5の正規購入権が別のお店で当選してしまい、ランクル合わせ転売ヤーへの就業に魅力を思いどうしたものか、その「PS5」における「18禁ゲームの注文をしたのはだれだー」という現場を見て、




先にばぁばのところへイカを持って行き、「指を入れて内蔵取るんだよ。まだ凍っていて冷たかった。そのあと皮はいで」と説明してくれ、さばくところから一緒にやってもらい、まず煮物につき「はいパパ、もう足しかないけど」と、これがまた絶品に頂き、





次は48時間以上の冷凍を経たお刺身、





切るだけでなく、切込みもして、我が家の男前な板前さん、生姜醤油をたっぷりつけて食べさせてくれまるまでしてくれて、ご褒美にイカのバター焼きをばぁばからもらって、




お茶まで淹れてくれ、



ディーラーを務め、楽しい夕食のひとときまで、あれやこれや先生のお陰です。






翌日は注文ボタンを「あぁ押しちゃった、あぁ~押しちゃったよ」とパパがいろいろ迷っていたスマホをyoutubeの比較動画を見て、最後独断で決めてポチリ、注文確定しました。




その夜はちょっと風強いけど行ってみるかとエギング釣行し、





行ってみれば釣りをする先生がいて、集魚灯はイカが釣れにくくなるのにエギングそっちのけで楽しめるようにとご配慮ご高配を下さったり、二度もご自宅に戻ってサビキを持ってきてくれたり、あれやこれや大変よくして頂き、感謝を致しつつ、




こうして後日、さらに先生から600gのアオリイカを頂くことになり、イカ運搬車のイカをいかに運ぶかという使命に穴が空くこともなく、次は天ぷらでも頂きたい希望です。





家に着く頃には空が青くなりはじめていた帰路の







さらに翌日は「2.2のエギ使いたい」とエギのサイズまで企図するようになり、




エギングの予定でしたがあまりに強風の様子だったので、穏やかな東京湾お台場へ変更し、




「帰りアイスも食べたら?」「食べない。砂糖取り過ぎるとよくないから。」と最近お気に入りのアンパンをかじりながら、



「キックスケーター一応、降ろしておけば?」「一応じゃなくて念のためね」と「ん?一応で叱られたの人生二度目だぞ」と思いつつ、



一応程度に釣りもして、



このローチェアーを飛び越える動画を何度も撮らされては、それを確認する主役兼監督。


行き帰り合計一時間、歌を唄い



形式上はパパの、実質上は我が子のスマホが届いて、



 SONY Xperia/エクスペリア PRO-I

夕食の帰りドンキで8月上旬の旅路中にやる花火をしこたま買って「ドンキ久しぶりじゃない?」「キーボード買って以来だ」と昨年11月に従兄達と長瀞の帰りに寄ったことを覚えていて、



夏休みの宿題、スケジュールに堅実性を感じつつ「俺毎日2枚こなすタイプだから」「3枚って言ってなかった?盛ってたな?」「うひひ。始めは三枚だけど段々減ってきたんだよ。」と言いつつ本日は書類ベースモノだけで学校2枚習い事4枚計6枚こなし、始めは〇に顔を描いてニコちゃんマークとなっていのが、乱雑な丸になってきているのを面白く見ながら、こうして夏休みに入ってから概ね240時間の出来事として綴りつつ、



PS5が来ても「今日から旅行したい」という意見がブレず、しかし旅は明日スタートにて懇願し、




というのも、釣りの蓄積疲労が取れないのに加え、ウーパールーパー運搬業務への着手が遅延していたところ夕方になってから着手し、ばぁばに包括的飼育業務委託を期し「PFドラッカー知ってる?」などと言いながらフルーツをてんこ盛り食べて、




帰宅すれば我が家のシェフ夕食界へ進出のようで三人分を作ってくれて、







「パパ、まとめておいたよ。」とゲームやカメラ、SNS別など、そういえば整理されていたと思い、




スマホがハンドルで、傾けて曲がれる中気づけば「アスファルト9というゲームのサントラ曲」を耳コピして、やはり唄えていて、7月が終わりあっという間にもう8月を迎えます。




Posted at 2022/07/31 22:43:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神奈川ドライブ | 日記
2022年07月26日 イイね!

浜のトワイライトスカイダックと 花火と 未来のビジネス。

浜のトワイライトスカイダックと 花火と 未来のビジネス。



夜の風が気持ちよい「浜のスカイダック」。ソニーコンデジと、



ライカどちらの写真がいいか聞いてみれば「こっちのほうがいい。そして渋い」とそれってあなたの感想ですよね?、を聞いた、ホテルのベランダと合わせて、東京から40分でいけるハワイです。







水陸両用車にとっての分水嶺に到着しました。





日本がなぜ戦後これだけ謎の発展をできたのか。




考え方や見解は幾通りもあり、何に重点を置くか、あるいはどこを切り取るのかによってもまた見方が変わってきたり、あるいは何か一つの特出した要素というよりは複合的要素が影響し合ってと考えるのが自然かもしれずの中、




米国の傘下になったから、換言すれば共産圏すなわちソ連の傘下になっていたら、東ドイツのようになっていたことが強く推認されるわけで、この対米構造への依拠を越えた依存レベルがあったことを大前提の主軸に、シンプルに安い製品なのに、そこそこいいクオリティの製品を作れる、というポジショニングを取れたからではないか、




その根底に気候や地理が大きく紐づいているという意味では地政学的理由を求めることもできるかもしれませんが、より直接的には勤勉性と手先の器用さで、それが工業製品・量産という分野に国民性が向いていたからではないかという「マッチング成功です」という気がしています。加えて地球が作った屈強な外壕である日本海に守れらる環濠集落日本としての島国である上に、セコム的発想とも言える専守防衛に留める方針であること、米国の軍事的保護下であることは鉄砲が伝来するまで原始的武器がさして発展することもなくのようなイノベートある技術力の発展は削がれてきたものの、楽市楽座ぐらいは運営出来たかのような経済へリソースを集中しやすかった上に単一民族の内需が底堅かったという点もあるやもしれません。そしてソ連崩壊以降中国台頭前たるこの20~30年ぐらいは幾つかの間接的経済植民地を統治する米帝朝への朝貢増加に伴い、必要性が減ったことを理由に「国力ちょっと下げていいよ」というAボタン連打級な制御中かもしれません。





左手は動画を撮りながら、横浜港の心地よい思い出記録活動に勤しみます。





車や家電製品、それらの部品。




安くてそこそこ、まぁまぁいい物が世界に認められ、昭和60年頃の日本車はまだまだ性能的に当時の欧州車と比べ、上り坂で余裕の走りができるものがほぼなかったのではないかと思われあとは推して知るべしな品質差がありつつ、価格優位性を武器に戦い続け、より世界から求められ、必要とされるようになって、豊かになった。そしてスケールメリットを大きく享受するようになり、製品が磨かれていき、優位性が強まっていった。



つまりは「安い労働力の割りに質がよい」という点が日本経済のコアコンピタスであり、そこに価値があったのではないかという気がします。安い賃金でモーレツに働き、それを優秀有能、インテリジェンスだとスーツを着ながら解釈するようになり、




そして余韻と合わせて数十年、実際は十余年程度か、日本の安泰は続きましたが、中国がそのポジションをさらに優位性が高い状況ですべて級にかっさらっていきました。いやまだその真っただ中か終盤あたりかもしれませんが、自らは古くは中国、産業革命以後は欧米をパクリまくっていたのを忘れるかそのふりをする、概念としては今も模倣のままそれをオマージュやライバルと言い出すか気が付けばプラットフォームに乗るだけなのに「出た、パクリ」「さすがシナwww」「チャイナクオリティワロタ」と今や震えながら揶揄するのが精いっぱいの状況に思えてきます。昭和の時代はフィリピン、韓国は継続的に、近年は中国を、私たちは常にどこかを格下に見なければ精神性を保てないのかもしれません。




周りを見渡してみれば、自動車も精密機器も、日本メーカー、ジャパンブランドでありながら、構成するほとんどの部品は中国やその周辺国で作られ、日本が豊かになり作ったいくつかの資産たとえばトヨタやソニーというブランド力や、半導体の特異的技術力など、いくつかのコアコンピタスやコアパーツは資産として残ってはいますが、





資産というものはその多くが磨かないと価値が劣化することが多く、あるいはウォークマンやパソコン事業にテレビ事業、そして携帯にスマホ事業が黄金期を経て各社からいつか消えたように革新的企業やコストリーダーが現れれば磨いていてもより強い競合に蹴落とされるのが常であり、



他方で、あまりに広大な大陸であり、多くの民族、北方の騎馬民族に手も焼き続けてきた中国は、3,000年、4,000年かかりましたが国をまとめあげ、近代兵器の武装は蜂起を許さず、日本と比べて莫大乗級な経済力を身に着け、豊かになったときに我々島国は平和にディスコがメインだったかもしれませんが、緊張がゆるむことなき大陸中国は学習や情報収集の手を休めることなく、しっかりと戦略的に、要所の覇権を制する方向で活動をしてきており、築く資産はまるで大理石も使われている強固な物理的ファイヤーウォールといえる万里の長城かのごとく堅いものに見え、一旦裕福になったときの舵取りが我々こそがキリギリスだったといえるような、我が国とは異質であり、我が国が順調に成長したあたりの戦略性の不足、あるいは土台から間違っていたのではないかと今総括したほうが妥当であるかのような一面もある状況になっているかと思わなくもありません。





コンチネンタルホテル上部に飾られている女神の像は、全長4m、重さ1.2tだそうで、概ねカローラフィルダー級であり、あそこにカローラフィルダーがあるイメージだ、という我が家の結論に達しました。





少し前まで、あるいは今もそうなのかもしれませんが、米国の対中施策としてその土台には「いつでも内部崩壊させられる国である」という見通し・見積があったと聞いています。ゆえに多少の力をつけさせても問題はなく、次はインドの市場を育てることを視野に入れつつ、とにかく中国の市場を育み経済性を高めることのほうが米国の利益にも適っている、と基本路線として考えてきたのではないかと思います。




それが想像以上にアジア圏を越えて、または世界の工場という地位を越えて、世界の覇権へ手が届き始めるかのような状況になり、力強い内需を武器に最先端の分野で米国と二分するかのような力をつけてきています。全部アメリカのパクリではないか!、と批判めいたところで我々日本は逆立ちしても模倣することすらできない領域まで来てしまいました。我々は広い太平洋を支配する米第七艦隊そのごく一部を補助的に構成する自衛隊を有する程度であり第七艦隊に刃を向こうと想像すらしないほどの圧倒的差異がありますが、ついこの間までは朝の通勤は自転車が広い道を埋める国だったはずなのに、今や世界で唯一その第七艦隊を挑発できる国が中国です、というところまで急速に来ています。




中国は明らかに、我々お花畑日本よりもインテリジェンス性能も際立って高く、日本や韓国のそれぞれに「奇跡」と形容される成長の比ではない、特異的奇跡の成長発展を遂げている最中だと思われます。



起きていれば車中しゃべり放題の子が、何を考えていたのか、しずかにずっと夜景を見つめて乗っていた浜のダックをあとにすると、我が子所有の「電動ドリルを貸してほしい」とじぃじから電話が入り「いま横浜。明日でいい?明日持っていく前に電話するよ」とやり取りし、小3であればと考えると当たり前のような、しかしこちらはついこの間までおむつをしていた感覚ですから、一人で習い事へ行ったり、こうして日々不思議な感覚に包まれます。





ホテルのレストランを希望されましたが、丁度ラストオーダーの時間。





なら、買って部屋で食べたい、という運びとなったとき、圧を感じるサブウーハー搭載ぐらいの音とともに花火が上がりました。ベランダがある部屋からみたらさらに轟音の目線ぐらいに華開く花火が見れたかもしれませんが、移動している間に終わりそうなのでここで見ることにしつつ、多くの人と花火を見る夏の風物詩的雰囲気を共有しながら、観覧車の横に花火が咲いたり、有難く素敵な時間をもらいました。




そうした認識を基に、この子や社の若い方々へ期することは、



対中ビジネスです。




20年後、30年後、中国へ売って儲けるビジネス、



いまからそれに取り組むぐらいが必要なのかもしれませんが、将来的にそれを見つけてもらいたく思います。今やっていることはそのとき十分な事業投資ができる種銭作りの位置づけです。




ライカM11ズミルックス




RX100M6





これは非常に難しい宿題ではないか、そうとも思います。





中国が買ってくれるもの、必要とするもの、中国に売ることができるもの、それはなんなんだ、





十分要件はそれだけではありません。すぐ中国が売る側、作る側になってしまっては、そもそも戦いにすらなりません。




機密を手に入れられても模倣されないもの、模倣されにくい分野、



我々に資源が十分にあるか、手に入る物、




より経済力を有する中国が出来ない分野、




果たしてそのようなものがあるのでしょうか。相当の難題ですが、地の利だってあるはずです。22:55「果物食べたい。」という声で23時に閉まるコンビニへ走りました。




ライカ




ソニーコンデジ、ハニーシロップの場所も覚えていて、プラスママが持ってきた煮つけなども頂きつつ、





このライカ、設計企画ブランドが欧州で、センサーがソニー、箱や付属品は中国、恐らくは本体部品の多くも中国企業が関わっている状況に、



一人でメロンおかわりを取りに行ったところをズームで監視。一つ思う分野は第一次産業なのではないかと想像してみています。中国の胃袋になる、八百屋、魚屋、米屋、農家や漁師になる。規模の追求は難しく限界がありますので、これらの点でハイブランドのポジショニングを目指していく。




真正面から競うのではなく、互恵関係のような関係性を考えてみる。我が家バイキング史上美味しいメロン記録更新、品種を聞けばハネジューメロンとのことでした。




あるいはさらに広がりを見せていくであろう「安全な物を食べたい」というニーズに応え、食品加工物の輸出分野を育てていく。我々は総じてクリエイティブ性や論理性が弱い国であり、既に中国のほうが遥か上を行っている第三次産業はあまり期待できる要素がないように思えますので、



もしくは、引き続き第二次産業にこだわりながら、しかし昔のようにとにかく安くてそこそこ質のいい労働力を売っていくポジションをより売値を多段落として再起を図る、という道もあり、全体的にはこれが唯一級の半強制的に濃厚路線なのかもしれません。つまりは低所得化がさらに進むことになります。




どの政党や政治家、あるいは気鋭の学者も「何に投資してGDPを上げていくのか、国を成長させていくのか」知る限りは我が国の指導層はどんなに立派なことを言っても、これについて与党重鎮から泡沫党首まですべての人がよくてあやふやであり、さらにいえば中国という隣家がこの町内の大富豪になる中この国際競争環境で成長できる道を見出すという論点については、答えられる人がいない状況です。いうなれば未来は誰にも誰も分からないわけですが、不確実性の中だからこそ、




未来を創るという気概で、その見通しに強い意志を持つことこそリーダーシップと思われ、戦後から昭和30年代ぐらいまでは居たはずの「産業を作る」という強い気概をもった各界トップリーダーや単に民衆をバカにするのではない頭脳担当がこの国には必要なのかもしれません。



ママがチェックアウトしている間に荷物を置きに車へ向かい、




「曲でも、動画でも、物でも、一つの成功でも、中国では同じことをしても日本の10倍儲かる、お金持ちも10倍いる、日本で売るより比にならないほどもっと儲かるよ。何がいいか考えていこう」と、





ここに来た時の楽しみ、ムラスポです。






買うものがだいぶ見当たらなくなってきたような気がしますが、帽子と





ヘルメットをアップデートして、




まだあまりお腹が減っていなくとも、お昼どうしようか、という日々の命題に我が家にとっては有難いご馳走「たんたん麺行きたい」「おぉいいねぇ」と、総意形成が即座になされ向かうことにします。






ご要望のベイブリッジは通れないところから高速に乗ってしまいましたが「こっちも近くていいじゃん」と聞こえてきながら、羽田方面に向かい、





お腹がペコペコというわけではないので、餃子1枚、私は大盛レスで頂きます。




「単位は忘れたけど、デスソースが2万ぐらいなのに、激辛ペヤングは90万ぐらいらしいよ」と辛さについて話していると「あっ知ってる。スコビルでしょ。900万スコビルのグミあるよ」と聞いていれば、



「あっ電気バスだ。おれあれ乗りたいんだよ」「どこで知るの?」とママに聞かれながら、これら知見の広がりに恐らくはyoutube辞典のすごみを思います。






「タバコにお酒、辛い物、すべて炎症を起こすそうだ。不思議なことに人間は体に悪いことが好きなんだけど、ほどほどにね」と伝えつつ、これこれ、と餃子のあとにお楽しみ的におかわりもして、口の中に蓄積された辛みを目がぎょっとしながら感じている表情をまた素敵に思いつつ、




帰ることにします。






















電動ドリルを届けに自転車を一漕ぎ、M11






帰ってきたところをM10、




ヘルメットが若干浮いていたのは、スマホを収納していたからでした。




お風呂に入って、前々日小田原で買った「新しいゴーグルにしたら、水泳当分続けることになるよ?」「続ける」と、新調したそれを思い出したように装着し、





日帰りと一泊、三日間の旅疲れゆるい時間を過ごすM9、





翌日は暑い中に顔を赤らめながら、本来は怪我で早退した日に荷物を半分持って帰るはずだったらしいところ、合わせて二回持って帰る分を一回でという重い荷物を持って帰ってきてM10-M



夕方と、






夜、



「あぁ夏休みになったら、好きなときに行けるのか」と夏休みを楽しみにしながら、





日に二回ゲーセンへ出動し、




レース対戦は実力が拮抗する相変わらず接戦なのが面白く、




小さい頃からヒカキン氏のビートボックスを真似してきたからか、リズムのよさにおどろいて「おいらはドラマ―」と言わせたくなるドラムが向いているかもしれず思い、








釣果の確認をして、




一学期を終えて、3年生夏休みに入った7月21日。




Posted at 2022/07/26 16:15:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神奈川ドライブ | 日記
2022年07月24日 イイね!

M10-Rの小田原、M11で横浜|概ねライカ

M10-Rの小田原、M11で横浜|概ねライカ













「これも使わなくては」と、M10-Rにアポズミクロン50F2をつけて出動。




「小田原がいい」という事実上の指示により、ついでに月初ゲームセンターで落とした同カメラ用のボディケース回収に向かった7月中旬頃。




ランチの前に、まずはこの日から解禁となったクレーンゲームアイテムを先にチェックするというので、ゲームセンター入場。近くにいたご家族から「すごい」とお声を頂きながら、恐らくは内心照れつつ2回で釣り上げて、




両替した100円玉残りはあとで使うことにして、



「牛角がいい」という示唆つゆだくの方針に沿って、恵まれた商業施設の中を移動します。





たっぷりのレモン汁にひたして牛タン大好き、厚切りよりも薄切りが好みです。




さて、



ゲーセン本編です。この射撃ゲームも毎回実施メニューに入っています。エアガンで数メートル先の止まっているハエを一発で打ち落とせる腕前ぐらいはある私もやったところ百発百中にて1発も外すことなくかつ配点高いターゲティングを行い「これはいい点数いくだろう」という満を持した所感を持って6,400点。そのあと順位が表示され300点400点も多い中にこの日このマシンにおいて2位になり1位は8,000点ぐらいなのかなと思っていると、なんと1位は3万点ぐらい。どうやったらそんなにいくの?という何でも突き抜けた達人がいるものです。





ポルシェ次に黄色を選択する我が子、足の傷が少々深めのため温泉などの選択肢がない三連休初日。



何の用意も無い中に、思い付きの気分転換で小田原のヒルトンでも泊まろうか、などと話してみて、ママが一応調べ始め価格を聞けば朝食だけついて7から8万円のレンジな連休価格「モアナサーフライダーとどっちが高い?」と質問を受けつつ、この調子では寝にいくだけとなり合わせて高くてもったいないと会話していたのですが、




ママとレースしたり、三人それぞれ別現場で熱くなったり、三人が集中して別々にクレーンゲームをやるとなかなかに消費が早く、




子供の傷がありボーリングをすることもなく、ゲーセンだけに数時間ほど興じた結果、私も人生で一番最高額となるゲーセンで5万円ぐらいを使ってしまいました。このあたりから感覚が狂っていくことになります。




とはいえ、やはりキャバクラ換算をすると安いのだと思われるわけです。多くの浪費を正当化できるキャバ基準システム。



好きなのを好きなだけ買いな、とやってきたスポーツ用品店、気が付けば家計に優しいセール期間、シャツ1枚2千円ぐらい、平準的汎用型クレーンゲーム20回相当です。





ゲームセンターで「好きなだけやっていいよ」という機会をたまに設けることにしています。「今日は5,000円やっていいよ」という日もあり、あとで「あれ5千円って言ったっけ?1万円っていったっけ?」と記憶に自信もなく若干とぼけて銀の斧・金の斧方式で聞いてみると「五千円」との回答に、その誠実さに応えて1万円にしよう、という日もあります。




難攻不落系「いいか、これはいくら使ってでも絶対取るぞ。ただし攻め方を考え、焦らずやろう」と、軍費のコスパを高め無駄な動きはしないよう攻めどころ、耐えどころ、これに集中して等、一緒に作戦を立ててやったりもします。




子供から「諦めたら、そこで終わりだからね」という言葉を聞くこと多く、やると決めたらやる、という姿勢を教える機会であるとも思っています。




先日はどうしてもびくとも動かない重いのがあって、それを2千円ぐらいでいいところまで動かしてきた我が子がいて、そこに仲間の姫が来て、その対応で放置されたマシンを引継ぎ私が熱くなりこれについつい三万円投じました。



「いやー重かった。」スコップで抄い少しずつ押していく式のクレーンゲーム。どんな作戦を展開しても、総崩れで構成を立て直しても、びくともうごかない。「あいつこれどうやってここまで動かしたんだ」という代物なんとか落とすことができましたが「こんなのにこんなお金使って。いや1/18モデル一台分だ、買ってすぐ壊すよりこちらのほうが楽しい時間の共有が多く有益である」と自己説得を試みては心が折れそうになりながらも「あいつがこんなに動かせたんだから、あとちょっと。落ちる可能性はあるはずだ」と我が子仕事の痕跡に勇気をもらうときもあります。





「明日もいく」「好きなだけやっていいよ。おじさん達キャバクラいかなくなってお金使うことないから」と我が子と姫へ表しましたが、この日は取った大物をあげて、その明日が来て「ほんとっ勉強はしておいたほうがいいよ。俺みたいになるなよ」という後部座席での兄貴風に笑いをもらいつつ、まさか4歳姫があんなに大きなクッションを取るとは驚異しました。我が子は「これ取ってあげたい」や「これ欲しい」と言われ、姫のを取るのが中心でそこにまた成長を思い、




我が子とのゲームセンター、キャバクラの比ではない楽しさであり、同伴中のゲームセンターも同じく比べものにならず、あるいはお金を払ってもやがては一緒にゲームセンターなど行ってくれなくなるわけであり、今だけの貴重な時間と心得ています。「レッカー屋さんやりたい」と幼稚園の頃言っていたように思いますが、レスキュートラックがレスキュートラックをレスキューしていて昔なら大興奮だったのは「あっほんとだ」程度の反応になって、





いちいち乗り場からして探さなくていいように、かつドア近くではない安眠もできる10号車の10番列D席と決めて毎月一回は大阪と東京を往復した若い時を思い出す、夜を走る上り東海道新幹線はうまく撮れず、




小田原日帰りゲーセンドライブ、まだみんなお腹が今一すいていないので、地元に近いスシローだった予定を変更して、海老名で夕食を買うことにしました。




牛めしやおこわは50%引きでした。翌日パパの朝食を含みつつ、かまぼこは特製を買ってみれば「美味しい、もっと」とやはり違いを感じ、栗おこわはとくに美味で、ヒレカツサンドは知名度と値段だけ高いあそこより断然美味しく、海老名のお弁当レベルがかなり上がっているように思い、合わせてどれもとても美味しく頂きました。




この日最大の釣果を枕元にセットして、




無事に戻ってきたケースに安堵しつつ、センサーが剥離したM9やそれこそ使う機会なきAPS合わせ気が付けば増殖してしまったこれらはどうするのか呆然とする気持ちに焦りを握りしめ、




小田原から戻り寝る前に「ベイ泊まりたい」というオーダーが出たため、三連休の中にママが見てくれると二部屋空きがあり予約をしてくれて、翌日は一泊にM11ズミルックススタイルで出動しました。





ほぼ毎月今井浜へいこう制度をスタートしてから5月、6月「今井浜もいいし、横浜もいいんだよなぁ。コンチもいいけど、でも今回はベイ泊まりたい」オーダーはあったのですが、都会の喧騒から離れたいおじさんとしては横浜よりも今井浜の東急にいざなっていたりしたこともあり、この2年で5回ぐらいは泊っている横浜ベイ東急に久しぶりの宿泊です。




パパが死ぬまでには、しっかり稼げるようになってくれよ。でないと、お金が減っていくだけとなり、それはそれで寂しいぞ。寂しいだけでなく、子供に玩具もいっぱい買ってあげられないし、いつかは破綻を招く。たった一人の浪費が国家まで破綻させるぐらいなんだぞ、





資本主義経済社会において生き抜く、という意味で出来が悪くまたは心もとなく生まれてきてしまっていたら恐らくはパパは『学校の勉強がんばりなさい。いい大学へ行きなさい。いい会社に入りなさい、または公務員を目指しなさい』と言っていたか、できるだけ賃貸不動産を残すかすると思うけど、





いくつかの恵まれた素養を見ていると、学校の勉強はがんばってもいいし、がんばらなくてもいいし、どっちでも大丈夫なようだ、その点は安心して好きなようにしていいと思うよ、と見立て、見積もりを伝え、




ただし学校の勉強はどちらでもよいが、社会や人、ビジネスを知る勉強はたらふくしなくてはだめだ。とも話してみています。






あと大学に行ってから、学問を一つだけでいいのでかなり深掘りしてもらいたいと思います。日本の学生は客観的相対的に圧倒的に学習量が少なく、そうしてきた多くの大人は自分がしてきたこと、それを50、60になっても正当化するため「最近の若い者は」といいつつも、結局勉強しない学生を是認する方向です。そりゃ他の国に負けて、国力低下しますって親分、と思うわけです。抑止力を主目的にしつつも、防衛能力をあげるべきだ、とは言っても、経済戦争を勝ち抜くために知的能力をさらに増強せよ、とはなりにくく「いい大学、大きな企業」で人生や勉学の目標が止まってしまっている上に「働くのを減らそうぜ」と社会に出てからのスキルアップ機会まで減らし、現代の縄文式かのようなこれらの価値観は本当なのかと不思議に思います。




ゲームセンターや気分転換にどこか泊りに行ったり、毎日5万円使うと5万円×30日で150万円必要になる。




その他生活費もあるから、毎日5万円遊ぶというのは毎月最低200万円稼ぐ必要がある遊び方、過ごし方だ。累進課税と言って所得が多くなるほどに税率が上がる仕組みになっていて、毎月真水で200万円を得るためには住民税と合わせて55%の税金を支払う必要がある。つまり半分は税金でもっていかれる。




だからざっくり毎月400万円は稼がなければ足りなく、またお金が溜まっていくこともない。




パパは毎晩100万それを越える日もあるので月3,000万をコンスタントに飲んでしまっていた時期があったのも今一度伝えこれはバカなお金の使い方であり、領収書なしだったことの説明はまだ尚早の気がしていると、目線が違いました。




「1兆円もっている人はいるの?」




世界中で少なくとも100名以上はいると思うよ。表に出ない人も合わせれば1,000人はくだらないんじゃないかな。アラブの王様もその一人だろうし、ビルゲイツ氏とかイーロンマスク氏、日本だと孫さんやユニクロの社長かな、正確には現金とは限らない資産で持っている。と説明しました。




「パパは?」「だから持ってないって。何も。あなたがいればそれだけでいい。そしてAちゃんは100兆でも買えず、お金に換えられない」と事実そうなのですが、いずれにしても前者については震えながら答えるしかありません。チェックイン手続きのママを待つ中に鞄を肩にかけながら「これなに?」「ブランデーかな。この味が好きな人もいるだろうし、実際に美味しいと思うけど昔はこういう高いお酒を気張って女性の前で飲むのがかっこいいという時代があったんだよ。本人達も過ぎてみれば稚拙なくだらない価値観だった、と思っているよ」とやり取りしながら撮りにくそうに適当に撮影していると、



「俺が持つ」と頼もしく重いかばんを持ってくれました。




エレベーターでは「何階?」「8階だよ」「なんだよ、おれ一番上がよかった。チェックインあの特別なところじゃないの?」「しょうがないでしょ、ここしか空いてなかったんだから」




「なんだよ、部屋狭いじゃん」「しょうがないでしょ、ここしか空いてなかったんだから」とお坊ちゃま発言にママがテンプレ応酬し






まずガラス越しに景色をみて「あっディフェンダー二台並んでる」と6000万画素だったかのトリミングに引けを取らない観察力の解像度をうらやましく思い、





ベランダへ出た第一声は「あぁスパム食べたいなぁ」でした。よき思い出として残ってくれているのが感覚でにじみ出てくる瞬間、明暗差が大きいシーンの




撮って出し暗部だけ上げ、




同じくRAWの暗部だけ上げ、それぞれ肌だけを基準に「これが限界かな」という調整をしてみれば、道路等不自然な感じになってはしまいましたがRAWの選択幅その広さを再確認するものの、厳しい環境ではRAWも重要な手段でありつつも職業でもない中に撮影枚数が多いと人生の莫大かつ空虚な浪費になりかねなず、普段はやっぱり撮って出しで十分に思い、





とにかく若いときは何に時間を投資するのか、これがトッププライオリティではないかと思い、例えば残業制限というのは個人的にスロープだと思っていますが、つまりは当該分野における弱いほうへフィットさせた社会的設備であり、残業制限の制度変更は言うなればスロープ外のアクセスが原則なく選択肢が減る一途であり、若いうちに積める貴重な経験値は絶対的減少傾向の施策となり、訓練量が減る経済アスリートも少なからず出て来ることになる構造が作られかつ学生は勉強する比率が薄くそれで世界と戦っていくというグランドデザインが敷かれ、平たく言えばいい選手が減る経済業界のルール変更ともいえ、さらに換言すれば人によっては「チェッもっと遊びたかったな」という夕焼けチャイム設置、あるいは「ゆとりビジネス」「ゆとり労働」に進み、その分、読書という選択肢もありますが、読書量も減少の一途に、他方でスキルアップが難しいダブルワークは推奨され、益々疲弊が進む環境となっていくように思うところです。




と思いきや、日本における労働法の米国モデルへの改正は憲法改正級に困難でしょうから、一億フリーランス化、すなわち労働契約から業務委託契約への構造的移行を図った布石なのかもしれません。これによって国際競争力へ繋げていこうという裏があるのか、いずれにしてもダブルワーク推奨により、過労〇など企業側の責任を追及する立証が極めて困難となり、一見、労働者の選択肢を増やしたかのような制度移行は事実上労働者不利益変更かもしれません。家族皆で小一時間、お昼寝モードです。正確にはパパが先に落ちて、気づいたらみんな寝ていたパターンです。




さて、同じくママが予約してくれた、




水陸両用車スカイダック、トワイライトクルーズへ




向かうことにしたいと思います。







この前日「タンカーぐらいだっけ?」「タンカーなら小さいタンカーぐらいじゃないかな。維持費も大変らしいよ。重油っていって石油からできる中で一番安いのを入れるんだけど、それで満タンで当時2億とか、一等航海士何人、二等航海士何人、三等航海士何人と雇って人件費も大変らしい」「停泊料も?」「そうだろうね」と現金で大きな船を買ったじぃじの話しをしていると、「ミスターマネーだね」と形容を聞いて、




このときも船が目に入れば「あれより大きい?」と天国にいるじぃじの話題になり「パパは何も勝ってないなぁ。いや人を動かすのと、人を育てることは負けていないかも」「たしかに」と我が子の優しさなのか相の手が入り「どうかねママ」と上長に伺ってみれば「家族を大切にするところもじゃない?」と「おぉそうだ。パパももっと外に出ていいよ、家にいなくていいよっていうならもっと稼いできますよ。自分で動けば半端なく稼ぎますよ、どっちがいい?」「やだ、家にいてほしい」とスイートトークを聞きながら、





「はい、パパとママを撮るよー」と、なんか時間がかかると思っていたら、最ズームでドアップを撮られていました。




久しぶりのダック、ここでは4回目。「この水陸両用車2億だったよね」というと、「違うよ、1億だよ。まえにおねーさんそう言ってたよ」と、最後におねーさんの答え合わせなアナウンスを聞いていれば、




記憶力対決も敵わなくなる一途です。







Posted at 2022/07/24 13:08:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神奈川ドライブ | 日記
2022年07月21日 イイね!

2万年ひたすら毎日続いた縄文カレンダーと日本の始まり「俺がイカを釣るまでの物語」プロローグ第一節

2万年ひたすら毎日続いた縄文カレンダーと日本の始まり「俺がイカを釣るまでの物語」プロローグ第一節








「俺がやる」と夜釣りに備えて、明るいうちに基本仕様を整え、



「夜出かけるの、最高」「夜の景色、とくに夜の高速の雰囲気好きなんだよ」や特定の好きな景色を聞きながら、現場到着しました。





極限まで軽さを追求したという「はやくレーシングチューンためしてー」と、ロッドについて味わいたくてしかたなかったようですが、ラインやリード細部までエギング仕様になっているところ、ビックベイトを付けてみたり、




「何が伝説のルアーだよ」と軽くてキャスティングが難しい等「パパ、次これがいい」とルアーもいろいろ試したくて、老眼のおじさん暗い中で二回ぐらい投げてはルアーを変えさせられる所業に遭い、



数個のルアーを試したところで一定の満足感を得たのか我が家一の頑張り屋さんこの日も学校やらこなし疲れが顕在化するあくび連発で、パパと合わせて10投ぐらいしただけで帰ることになりました。が、これもまた幸せです。





つまりは試し投げだけ済ませて「ほらあれ、なんだっけ?ガンダムの・・・ガンキャノンだ」と幼稚園の頃、ガンキャノンの玩具を買わされたことがありましたが、あれはいまどこにあるのか、



就寝を前提に歯磨きを済ませて、生まれたときの話しをしたりしていると、



そのまま眠りに就きました。





写真は炎天下の環境、F1.4開放の電子シャッターで撮った一枚をトリミングですが、このような写真が撮れるようになってと思いつつ、荷物を整えて、この日はズミルックス35F1.4装着のライカM11を持ち、




ママの誕生日、お腹の中にいたとき以前からの定宿温泉へ行きました。子役の友はその仕事で貯金三桁いっているというプチ情報の共有をくれながら、実は最近ニュースのインタビューに出て「これでyoutubeとテレビ両方出た」ということになったのは周囲に内緒にしつつ、アクエリの作り方を伝授してくれたり、





「左手から三つ目、白いのはアオリイカです」と説明を受け、まさかここで出会うとは、今までイカの種類ごとにそうは味の相違を気にしたことがなくしかしここ最近はむさぼるように回転寿司でイカの食べ比べを試みている中、アオリイカは高級な部類とのことでたしかに回転寿司ではあまりお目にかかれず、そして私が釣ることが出来ないイカ類であり、その中でも最難関系のアオリイカということで「これがアオリイカの味なのか」と噛みしめながら複雑な気持ちで頂いた次第です。という七月初旬、




イカバブルの到来を期すところです。ちなみにズミルックスM35mmF1.4ASPH.LeitzWetzlarというリミテッドな一本、描写性能につき通常版とまったく同じなのか、売価を思えば多少は厳しい基準でマイスターが仕上げているのか分かりませんが、年に一本出物があるかどうかなレア級なのところ、数日前からマップカメラで出物があるようです。




「ここの豆腐、一番好き。本当に美味しいんだよ」といつものようにパパとママの先付豆腐をたいらげて、そこまで思える豆腐に出会える人生もまた幸せなことに思い、





梅雨の時期に来た、箱根登山鉄道とあじさい懐かしく思い出し、見返してみればもう五年前と時の流れに驚きながら、





翌日旅の帰路は「イカいかが?」「イカを活かす」「イカがイカロスのイカズチを受ける」「このイカいかす」「イカをラ・イカで撮る」などイカ即席ダジャレの車内応酬が一時的トレンドの中、小田原で5時間ぐらいゲームにボーリングを楽しみました。ボーリングでは途中独走も見せたり、




パパとママに飲み物を買ってきてくれました。そしてここのボーリング施設もあるゲームセンターでライカのM10用純正ケースをM11に装着するもネジ穴の位置が合わずで止めていなかったため、落として、次回取りに伺いまでの三週間ほど一時紛失することになります。




昼食も忘れて遊んだ後は、夕食の牛角です。クレーン釣果を確認して、




小田原市民になりたくなるほどの商業施設をあとにして、





帰路通りすがりの上州屋に寄り道し、ルアーと水中の魚が見えやすくなる釣り用偏光サングラスを仕入れ、




PAでは、バク転教室用のバックにつけることになる一生持つという堅い材質のネーミング入り木彫りのキーホルダーを仕入れて、




翌日、下校後はサングラスをして近所の友のところへ遊びにいきました。




最近「パパ?日本ってどうやってできたの?」と、難しい質問をもらいました。




まだ分かっていないことが多くあるのだけど、4万年ぐらい前、へたするとまだ見つかってないだけで50万年前かもしれないけど、当時は中国やロシアと陸続きで主に九州、北海道、加えて沖縄方面の3ルートから、一部はネアンデルタール人のDNAも持って、ホモサピエンスが獲物を追って歩いて流入してきて、旧石器時代とのちに呼ばれるようになった文化が形成される。やがて氷期が終わると暖かくなり海面が上昇し今のように日本は海に囲まれるようになり、春から夏に魚や貝を獲り、夏から秋は木の実を採って、冬は葉が落ちて狩りがしやすく、肉には脂がついて美味しくまた毛皮が厚く良質になることから、面白いことに冬に落とし穴式も多用されながら狩りをすることが多かったようであり、1日4時間働き、寿命は40歳、恐らくは子供の生存率は低かったであろうなど、そうした生活を大きな紛争もなく平穏にひたすら毎日来る日も来る日も約2万年前後ただただ繰り返していたんだから、それもすごいよね、と説明し、




それはのちに縄文時代と呼ばれるようになり、火も大切なのだけど文明の進化にもっと大切なものがあって「Aちゃんも毎日三回は使っているものだけどなーんだ」とクイズ形式でやり取りしながら、そのうち学校で習うと思うけど土器というものが生まれ、平たくいうと食器や鍋、フライパンやタッパと思えばいい、当たり前すぎて疑問に思わないけど、これらがなかったらかなり不便だ、



これが生活に大きな変化をもたらした。つまりは塩を精製し、焚火で焼くだけだった食べ物を煮て硬い食材を柔らかくしたり、灰汁・毒抜きしたり調理が大きく変化して食べれらる物が広がり、貯蔵方法が進化したり、他の村へ持っていくための運搬もしやすくなったりと、人類の生活ひいては文明に大きな変化をもたらした。




この縄文時代にも稲作つまりは田んぼはあったと言われているんだけど、





今から3,000~2,000年前ぐらいの弥生時代と呼ばれる頃、主に朝鮮半島を経由して中国から九州へ船を使って渡ってきた人たちがいて、この人たちが本格的な稲作を伝来した。「最近のやつは稲作だとか言ってチャラチャラしやがって」と言っていたがんこなおじさんもいたかもしれないけど、稲作が日本中に広まるのに800年ぐらいかかったらしい。




そしてこの稲作というのは「そっちの田んぼもよこせ」また不作になれば「お前の貯蔵している米よこせ」と、この稲作が戦争や紛争をもたらしたと言われている。中国ではすでに広まっていた青銅といって青い銅や鉄が日本にも入って来るようになり、戦いは激しさを増し、勝つためには規模も大切になり、規模が増せば序列などの人間社会に必要な道具としての概念もさらに発達したのだと思う。あと、ざっくり言って3,000年前の中国をまとめようとしていた人々のほうが、パパの会社含め現代のそこら辺の会社よりも、役職一つからしてしっかりとしたシステムであったと思う。



そうこうしていると邪馬台国、パパはヤマト国という発音じゃないかと思うんだけど、確認されるところでは日本で初めてまとまった国らしきものが出来た頃とされていて、




少しすると奈良のあたりに邪馬台国と同じかはまだ争いがあるところだけど大和政権という国が出来たとされている。この大和政権は邪馬台国の弥生渡来人とは別に騎馬民族が来て建国したのではないかという説もある。この前後した頃に、今でいえば車といえる馬が入ってきたともされていて交通や物流が大きく進化し、また戦い方も変わっていったんだけど、もともと日本には馬や牛がいなかったんだよ。




本土に住む人は渡来人のDNA配分が全般的に多い傾向の調査結果は前からあった中に、近畿へいきなり騎馬民族が来たことを裏付けることになるかは分からずかつサンプリングバイアスも気になるけど、とくに近畿といって奈良や大坂のあたりと四国あたりがやたらに渡来系弥生人のDNAが多いという調査結果もあるそうで、それ以外は九州も含め意外と同時代の渡来人のDNAは少ないそうだ。つまりは大和政権騎馬民族説も一考かもしれないことを示唆しているような気がする。しかしこれらはどの時代に中国大陸から渡ってきたかの違いだけで、あるいは弥生時代の再現したという言葉を聞けばそれはもう中国語にしか聞こえなく我々の多くは元は中国人だったといえるかもしれない「えっじゃあおれ中国人なの?」と合いの手が入りながら説明してみました。




「我々の国の名前『日本』を大切に考えて、ちゃんとニッポンって発音しようよ」みたいなものの活動をしている方もいる中ですが、




日出ずる国、日が昇る国だから特別な国なんだ感など、じゃあ丸い地球でどこから見て日の出の方角なのか、そう中国から見て日が昇るほうの国であり、という軸が我々にはないとも言える国号であることはまだ話していませんが、



あるいは、今もこうして思う存分に漢字を使っていたり、2,000年前からこの国の王は同時に中国の安東を担当する将軍職の拝命に必死になっていたり、古墳は少々カスタマイズしながら模倣し、あるいは平安京や征夷大将軍等のシステムや概念というか名称からして猿真似であり、さらには元号という文化まで中国を真似しこれら例示に切りがないほどですが、つまりは日本の歴史その多くは宗主国の一部という第三者的評価も大いにあり得、もっといえば中国本社に行けば単なる一極東担当であり、また子会社の中でも社長クラスではなく部長クラス程度の話しだったこともまだ伝えていませんが、今の親会社米国のことは若干伝えつつ、単に「さすがチャイナクオリティー」「シナ製www」と揶揄だけしていると本質が見えないような気がして、はたまた中国からしたら我々日本や台湾がどう写るのか「本社から逃げて行ったやつらだろう?」「前はもっと可愛いかった部下じゃないか」「前はあんなにペコペコしていたのに」かのような関係性もあるやもしれず、あるいは現代中国の子供達は毎日みっちり三時間宿題をするそうですが、しかもハングリーがあって競争心も強く、気が付けば今やiPhoneはじめ最新のデバイスに至るまでそのほとんどがメイドインチャイナであり、これらどのような相手と経済社会で戦っていくのか、想像しておいても損はないような気がし、過去木更津アウトレットトーマスランド、旅先の公園ロケット遊具での覇権争いで一歩も引くことなくときにはハーレムも作りながら制圧し、中国人の男児や兄妹に負けたことがない旨も申し添えながら、




これら心情的には寂しいこともありつつ、しかしそれは地政学的に大陸国と島国では、これはもう競争力や国力、軍事技術の差、そこから生まれてくる文明の度合い、またその必然性がまったく段違いですから、人的要素を根源するものではなく、さらにはその中で事実を客観的に受け止めて、我々の特性や強みを考えていくことの方が合理的であり、かつ建設的・生産的なのではないかと内心考えたりもしながら、この日は天の川に流れ星まで見て、夜中でも安心して釣りができるこの平和な国で過ごすことが出来ました。





たしか翌日日中ソロで釣りに行き、夜は家族と合流の上スシロータイムがあって、スシローと牛角が二大外食晩御飯となっている節がありつつ、





ある夜は一緒に散歩しているとカブトムシをみつけたり、






三時には出発する、と言っていましたが、ママが1時間、2時間おきぐらいに天気を確認してくれて、





朝方は小雨が降っていたので、止んだのを確認してから、




「あの綺麗なところがいい」と、東京湾へ釣りにいきました。




我が家の縄文カレンダー、夏は雲があるか、夕方から夜あたりの釣りとして、



アメリカ自由の女神がたいまつを持っているのになぞらえて、ママがビール大ジョッキを持つのを「ビールの女神」と形容する我が子、



「あと1匹釣ったら帰ろうよ」と、2匹か3匹釣ったあたりで飽きだして、





「あと二匹釣ったらは?」と合意形成を試みて、



総意を履行してから釣行を終えました。



「Tさんが買ったBMWこの先だよね」と、高速に乗る前に指摘して、もう三年前のことをよく覚えていると感心しながら、






この日は家族としても、それぞれ個としても、他のお店は待ちが多かったゆえ行ってみた人生初となるファミレス華屋与兵衛。我が子にとってはプラスして人生初となる鳥軟骨を「食べてみたい」と注文しつつすき屋の会社が12億円でこの会社を買ったみたいだよ、とお店のヒストリーを共有しつつ、これがなかなかに美味しく、空いているのもいいかもしれません。



我が子より少しおにーちゃんとなる男の子が、父親から胸元を掴まれながらガン詰めされている光景を遠目に傍観者タイムとして過ごし、エンジンをかけて、





ほらオリンピックと、この日発売されたマンゴーアイスを携えて帰宅しました。




ライカ




オータスと久しぶりに撮り比べてみて、




翌日にはまたトワイライトゾーンを通って、




この日は三浦海岸の様子も見てみながら、ソロエギングトレーニングもどきに向かいました。



対岸、という選択肢を増やすため、ちょっと足を運んでみて、埼玉から来ていたおにーさまと少しお話しさせてもらったり、




売出中なインナーガレージ付き中古戸建を一応外観だけ様子を見に行ってみたり、




この日も蚊に栄養を与えに行ってきました。虫よけをたっぷり塗っても効きません。





壊れた炊飯器、解体工事の許可が出て、



新しい炊飯器、これが大ヒットでついついご飯を食べ過ぎてしまう悩みが発生し、




習い事、




習い事やらで「疲れたー」というので「抱っこさせて」と頬を付け合いながら会話して、



パパはナイトエギング、




脱買い食い。脱釣行〆ラーメンを誓う日があって、




怪我で早退のお迎えした日があり、





大雨の中習い事の送迎をした7月半ばまでの記録。



Posted at 2022/07/21 12:02:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 都内ドライブ | 日記
2022年07月20日 イイね!

6月まとめ 「俺がイカを釣るまでの物語」インビテーション

6月まとめ 「俺がイカを釣るまでの物語」インビテーション










幾多かの旅路記録しないまま、2022年6月ざっくりまとめ。



曾ばぁばの家庭菜園でじゃがいも収穫祭




ランクル300、モデリスタ追加装着が完了し、




釣車1号で、




ファミリー釣行へ。





前日にサバ入れ食いを確認し、ゆえに満を持して確度高く釣果を出させてあげられると思い前日と同じ時間帯に連れてくるも、




始めはピクリとも来ず「自然ってやつはよ」と周りもぜんぜん釣れておらずで、前日と同じような天候なのに1日違うだけでこうも違うのかと、これはダメかなごめんね、と思っていると、ママがフグを釣って均衡を破ってくれ、



おにぎりやお団子の昼食をしたり、



暑い中には氷ったアクエリが何よりのご馳走であり、オアシスの中に、



海魚はすぐに酸欠になってしまうようで少しホールド観賞、そしてリリースを繰り返しながら、小サバ6匹ぐらい、均衡破ったふぐに、ベラと三種の釣果に恵まれました。








幼稚園のとき、




これは小1になってから、幼稚園時代の友と行った釣りだったか、あと鮎も釣ったことがありましたが、これら懐かしく思い出しながら、




最終目標は「鮫を釣り上げる」として、さらに釣りのフィールドを今後広げていけたら幸いです。






























雲が退散し日差しが襲ってくるようになって小一時間もしないうちに釣った魚達と順次お別れし、









スシロー、大海老レモン、




日帰り温泉クレーンゲーム、





売店のマダムが段ボール傘をくれ、




爆睡しました。





感想がかぶりつつ、チェロキーが来て、久しぶりに二台を股にかけ、




お約束の日帰り温泉コース。会社のおにーさんから下取り価格に色をつけて譲り受けた一台、まるで砂煙の中を走っているのか、というほどフロントガラス内側が汚れているような車内の乱れをみて「Sさん、それだけ仕事がんばっていたってこと?」と我が子その感性がまた素晴らしいと思いつつ、





ナンバー変更では、想定外の盗難防止ネジで閉所ぎりぎり陸運のおじさんが火花を出しながら秘儀ではずしてくれ「仕事とは、こうして想定外のことが起こりまくるけど、それを解決して毎日前進するのみだ。毎日全国多くの現場でこうしたことが起こっている」と合わせていい社会体験ができ、




ジープ・チェロキーでの送迎体制確立。




「伊豆で釣りしたいんだよ。イカ釣りたい」という前者だけまずはほぼ毎月となりつつある今井浜の帰りに成就ということになり、後者は伊豆では禁漁期間中とのことで、別途可能エリアでトレーニングを重ねて挑戦中のところ、



エギングの師匠ができまして、近々実践にて教えてもらえることになりました。





この日も近くでご家族と釣りをしていたパパさんから教えてもらって知りました伊豆ではネンブツダイを釣り、



ターンパイク等雲の中を通って、雲の中でブランコも乗り、小田原でアイスを買って、




アウディがワッシャーボルトの装着忘れなのか若干のオイル漏れがあり、代車12年前のインプレッサ走行3.6万キロその出来のよさと、ガソリンが減らない燃費に感動し、



70はもう半年ぐらい放置になっているのでコロナになってから三回目に変えたバッテリーが虹を渡っていることと思いますが、せめてLXバッテリーはダメにならぬよう近所だけ乗ったりしつつ、




エギング特訓の日々がありました。




「俺がイカを釣るまでの物語」 序章と考えたいフェーズです。




夜インプ、



そして撒餌的な肥沃活動があり、



夕暮れスタートインプなどを経て、




「俺も夜釣りに行きたい」と出動したときもありました。















向かい風5m以上はエギング厳しいという情報と、当地風が強いのを確認していたはずが、海辺の風速10m前後な強風23度くらいはかなり寒いぐらいで、




南風、ここでは向かい風で3.5号と重いほうのエギでも、ほぼ投げられず、








しかし「ビュビュ―――ンン」といい音立てて投げているボスがいて、あとで釣果情報をみればこのとき対岸でイカを釣り上げている方がいて、反対岸に行けば強力な追い風を得られたところ、それら道具合わせて対自然の中で有用な選択肢を増やしていくことが経験であると一つ知ったような気がして、






子供から入念にレモン汁をつけたエビをもらってみれば「スシローが西海岸」となる発見をもらった、この日も大エビレモン締め。正式メニューにいかがでしょうか。




局所的に大漁の方もいるようですが、近年、そして今年は殊に、イカが全般的に少なく中でも春のアオリイカがいないようで、






歓声を纏いながらクレーンゲーム釣り2個同時のチャンコ釣りした我が子をよそに、まるで不景気真っただ中に起業をしたかのような、エギングを始めたタイミングとなってしまいましたが、





だからこそ、のめり込む楽しさをもらい、いきなり釣れて「こんなもんか」という感覚を纏うより、と今後続けていくきっかけとなっているかもしれません。




エギングが整ってからルアーで大きな魚を釣ることもトライしていきたいと思います。この日ナビの読み上げ機能が進化していることを確認したり、まだ帰りたくない、と心地よい風に当たっていましたが、車に乗れば「早く家の布団で寝たい」と日々我が家で一番がんばっているボス熟睡モードになりました。





服は同じでも違う日、麦わら帽子を被っていても釣りではなく仮眠の日除け、習い事の日々があり、



習い事の合間にゲーセンいったり、












より充実した釣り具を整えた日もあったりした、



6月でした。




本日から夏休み。
Posted at 2022/07/20 13:01:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神奈川ドライブ | 日記

プロフィール

「そのうち車中泊候補地その2ぐらい。GW、いつもよりは交通量多いのかもしれませんが、渋滞もなく観光地に人出の山もなく、世相なのかもそれません。かつご年配ドライバーが多い気がして時代なのかもしれません。」
何シテル?   04/28 15:34
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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格さまセレクション 
カテゴリ:静岡お店
2021/12/06 16:50:17
 

愛車一覧

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我が子が生まれてから基準では19台目、我が子チョイスとしては13台目となることを一緒に数 ...
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