
クルマ・ジャケコーナー第317回は、りりィの「さよならロンリネス」(1988)です。
りりィ(Lily 1952 - 2016)、ご存知でしょうか?
福岡市生まれのシンガーソングライター・女優です。
20歳のとき、アルバム「たまねぎ(ONION)」(1972)で歌手デビュー
1972年2月5日のデビューで、同じ72年組の谷山浩子(4月25日)、荒井由実(7月5日)、五輪真弓(10月21日)より少し早いデビューでした。
私が持ってるレコは・・・
2ndアルバム「Dulcimer(ダルシマ)-なにも云わないで-」(1973)
バックは、水谷公生(EG)、矢島賢(EG)、石川鷹彦(AG)、大原繁仁(Key)、江藤勲(B)、木田高介(D)、岡本和男(D on A1,2,3,B4)
4thシングル『私は泣いています』(1974)
100万枚を超える大ヒット!
研ナオコに歌ってもらうつもりで事務所に持っていったところ「自分で歌ってくれないと困る」と言われて歌った曲だそうです
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りりィ:私は泣いています(シングル・バージョン)(1974)
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リリイ 私はないています(ベースでの弾き語り).mpg
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りりィ ♪私は泣いています
3rdアルバム「タエコ」(1974)
『私は泣いています』収録
5thシングル『風のいたみ』(1974)
1stライブアルバム「りりィ・ライヴ」(1974)
編曲は、木田高介&バイバイ・セッション・バンド
このアルバムのバックは、木田高介(G)、国吉良一(P)、土屋昌巳(G)、斉藤伸雄(Per)、西哲也(D)、吉田健(B)などなど
坂本龍一は著書で「当時、在京のミュージシャンに最も人気の高いセッションバンドはサディスティック・ミカ・バンドとバイ・バイ・セッション・バンドで、多くのミュージシャンが入れ替わり立ち替わり参加していた」と述べており、「バイ・バイ・セッション・バンド」には坂本龍一、土屋昌巳、伊藤銀次、斉藤ノブ、井上鑑、吉田健、上原裕、茂木由多加、田中章弘、今剛、鳥山雄司などが参加してたようです
4thアルバム「Love letter」(1975)
バックは、国吉良一(P,Syn)、土屋昌巳(G)、吉田健(B)、西哲也(D)、斉藤ノブ(Per)
8thシングル『家へおいでよ』(1976)
アレンジは坂本龍一
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Lilyリリィ- 08 家へおいでよ Come Home
B面『オレンジ村から春へ』は資生堂春のキャンペーンソング
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1976年 資生堂 CM 「オレンジ村から春へ」

↑ モデルは、Patricia Ayame Thomson(パトリシア・アヤメ・トムソン)
7thアルバム「気にしないで Don't Worry Don't」(1978)
裏ジャケの方が表のタバコ・ジャケより良くないですか?
L.A.録音 バックは「Nothin' Sirius」というグループ
9thアルバム「南十字星 Southern Cross」(1980)
スリーブに“親愛なる木田高介に”とあります
木田高介(きだたかすけ 1949年 - 80)は、りりィの初期4枚のプロデュース、アレンジ、ドラムスなどを担当し、大きく関わった人物
鍵盤楽器、弦楽器、管楽器、打楽器など多彩な楽器を操り、「ジャックス」「ザ・ナターシャー・セブン」に参加
『魔法の黄色い靴』(チューリップ)、『神田川』(かぐや姫)、『結婚するって本当ですか』(ダ・カーポ)など数々のヒット曲をアレンジ
ソロ活動を始めた矢先、自動車事故で亡くなりました(享年31歳)・・・
余談ですが、五輪真弓の『恋人よ』の歌詞は、恩師・木田の妻の悲しむ姿を葬儀で見た帰り道で思いついたとそうです
1stベストアルバム「P.S. I LOVE YOU 1972〜1981」(1981)
帯に、
「このホワイトアルバムは“ユリ”の匂い付き。匂いの消えないうちにあなたにとどきますように・・・・。」
とありますが、届きませんでした😿
A1『愛』は新録音 B6『女心』は未発表曲
「バイバイ・セッション・バンド」に参加したメンツがクレジットされてました
1985年に子供・樹音が生まれ、主婦業に専念
樹音(JUON)は、「FUZZY CONTROL」のVo.G.で、妻がドリカムの吉田美和(19才年上女房!)
1995年、シングル『でも、さよならが言えない』、12年ぶりのフルアルバム「愛」をリリースし音楽活動を再開
1999年からは齊藤洋士と「Lily + Yoji(りりィ&洋士)」というユニットで活動
そして…りりィは、肺がんと闘い、2016年5月からはライブ活動を中止し静養するも、2016年11月11日に亡くなりました(享年64歳)
2019年、45年の時を経て研ナオコが『私は泣いています』をリリース
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研ナオコ - 私は泣いています
さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、
「さよならロンリネス」/りりィ(1988)
作詞:康珍化、作曲:鈴木キサブロー、編曲:佐藤準
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さよならロンリネス
完全なJポップ!(?)
日本生命(ニッセイ ロングランⅡ'88)イメージソングとなりました
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nis026
ビクターに残した最後のアルバム「FAIRY TALE」(1988)に収録
↑ 2021年には、芽瑠璃堂の「シティポップ名作選シリーズ」でCD再リリース
売り文句は“芳野藤丸、岡本郭男、桑名晴子ら参加した80'sアーバン・メロウ作品集”
A5『He was beautiful』は久石譲の編曲
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He was beautiful
さてさて、ジャケのクルマは・・・
アルバム「FAIRY TALE」の『He was beautiful』はマツダ・ファミリア・セダンのCMにも使われた曲(りりィじゃない人の歌唱?)なので、もしかして・・・
う~ん、ちょっと違いますね
あまり見ないボディカラー(えんじ色?)、フロントガラス周りのメッキ加飾、一段低くなったボンネットにエアインテーク?、左ハンドル?、サンルーフ有り?
2代目ホンダ・アコード(1981 - 85)?
1982年に、日本車として初めてアメリカ、オハイオ州メアリーズビル工場で生産され、アメリカで人気を得た角型4灯アコード
エアインテーク(?)の形状が違うし、フロントガラス下部のメッキモールがありません
2代目ホンダ・プレリュード(1982 - 87)?
輸出仕様車には2本ワイパーの仕様も存在したようですが、向きが違います
フロントガラス下部のメッキモールもありません
ホンダ・バラードの姉妹車「トライアンフ・アクレイム(Triumph Acclaim)」(1981 - 84)?
メッキモールはありますが、やはりエアインテークの形状が違う
ホンダから離れて・・・
2代目ポルシェ・911(930型 1975 - 89)?
フロントガラス周りにメッキモールがないけど、エアインテークの形状は一番近い・・・でも、ポルシェに座るとは思えません💦
クルマ・ジャケ「Silhouette」/高橋洋子 では苦労の末、なんと見つけたんですが、今回はお手上げ・・・
ワイパーの取り付け位置・向き、エアインテーク形状が違いますが、色合い・雰囲気(💦)が近いので、とりあえず2代目ホンダ・アコード(1981 - 85)としておきます
いや、やっぱり全然違うな~ I am Crying... 😿
【登場車両】
ホンダ・2代目アコード 1981 - 85 ??
【自己採点】
クルマ度 6点(この色合いはホンダっぽいのですが、高級外車か?)
魅惑度 7点(ボンネットに座らないで~しかも靴😅)
音楽度 7点(Jポップ? シティポップ?)