クルマ・ジャケコーナー第158回は、大橋節夫の「ロンサム・ビーチ・ボーイ」(1982)です。
大橋節夫(おおはしせつお 1925 - 2006)、ご存知でしょうか?
ニックネーム「オッパチさん」。
日本にハワイアンブームをもたらしたハワイアン歌手、スティール・ギター奏者です。
“ハワイアン”とはハワイアン・ミュージックのことで、ハワイの伝統音楽やハワイアン・ポップスをさします。
このハワイアンからカントリー・ミュージックへスティール・ギターが導入されたそうですが、水平に置いてプレーするスティール・ギターは、スライドギター(ボトルネック奏法)とは区別されるようです。
膝に載せる小型のものはラップ・スティール・ギター、大型のスタンドタイプをペダルスティール・ギターというそうですが、Steve Howeも多用してますね。
そのスティール・ギターの日本における先駆者がバッキー白片(1912 - 1994)。
「ラテン・ミュージックベスト20」/バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ(1973)
↑ ジャケ買いではありません~
いや、少しだけジャケ買い (;^_^A)
「バッキー白片が奏でる昭和の歌謡曲」(CD5枚組 税込み\11,000)
↑ 日本直販で売ってます~
そのバッキーの門下生が和田弘。
ムード・コーラスグループ「和田弘とマヒナスターズ」で、『誰よりも君を愛す』(1959 日本レコード大賞)、『お座敷小唄』(1964)、『愛して愛して愛しちゃったのよ』(1965)など数多くのヒットを飛ばしました。
マヒナはハワイ語で「月」。
ハワイアンギターとコーラスによる新しいアレンジ“マヒナサウンド”が大いに受けたようです。
『お座敷小唄』/和田弘とマヒナスターズ/松平直樹/松尾和子(1964)
↑ 300万枚の大ヒット!
♪ 富士の高嶺に降る雪も 今日と先斗町に降る雪も
雪に変わりはないじゃない とけて流れりゃ皆同じ・・・
聞き覚えありますね~
確かにスティール・ギターの音色が聞こえます。
そして、バッキーのライバル(?)が大橋節夫です。
やっと話が本筋へ(;^_^A)
こんなCDが出てるようです。
「シリーズ“あの頃の人たち”大橋節夫&バッキー白片-Hawaiian Moonlight-」(¥2,640)
“長年のライバルがついに共演した世紀の顔合わせ、唯一無二の録音!”
だそうです。
さて、本日の主役、大橋節夫ですが、12歳からウクレレを始め、間もなくスティール・ギターに転向。
真珠湾攻撃半年前の慶応義塾大学法学部1年のとき、16歳にして「セブンスターズ・ハワイアン」を結成(1941)。
太平洋戦争に出征・復員後、セブンスターズ・ハワイアンを再結成(1946)。
慶應大学卒業後に、「大橋節夫とハニーアイランダース」を結成(1948)。
『南国の夜/小さな竹の橋で』/大橋節夫とハニーアイランダース(1960)
作詞:アーチー・フレッチャー、作曲:アル・シャーマン
スティール・ギターの音色とソフトな歌声が心地よいです~
後には石原裕次郎や五木ひろしがカバーした『倖せはここに』などをヒットさせてます。
加山雄三の『お嫁においで』(1966)の編曲、演奏も手がけてますね。
ハニーアイランダースは1975年に解散。
詳細不明ですが、約15年間にシングル9作、アルバム0作(Wikipediaによる)。多くはありません。
そして、大橋はソロに。
ソロでシングル4作、アルバム2作リリースしてる(Wikipediaによる)ようですが、これは圧倒的にバッキー白片より少ない数。ライバルに圧倒されてしまってます。(^-^;)
バッキー白片のリリース数(含ベスト)はもの凄いです。
シンガーソングライターの元祖とも言われ、日本にハワイアンブームをもたらした大橋節夫。
2006年に81歳で亡くなる1年前に「FINAL BIG コンサート」をNHK公会堂で開催。
そのソフトな歌声と佇まい、少し憂いを感じるスティール・ギターの音色・・・
忘れ去られるにはあまりにも惜しい存在です。
さて、本日ご紹介のクルマ・ジャケ・レコは、
「ロンサム・ビーチ・ボーイ」/大橋節夫(1982)
大橋節夫は57歳頃の2ndアルバム。
メンバーには、丹波博幸(G)、徳武弘文(G)、五代儀彦秀(D)、滝本季延(D)、河合徹三(B)、本田達也(B)、高水健司(B)、高橋ゲタ夫(B)、Eve(Chorus)らがクレジットされてます。
「Keyboards & Synthesizer:Hideaki Takebe 」とクレジットされてるのですが、よくわからず。ベーシストの武部秀明??
徳武弘文は、大瀧詠一の「A LONG VACATION」(1981)、「EACH TIME」(1984)にも参加してるギタリスト。
徳武と河合徹三は「ザ・ラストショウ」のメンバー(泉谷しげるのバックバンドとして結成(1974)され、後には杉田二郎、アグネス・チャンなどのバックも)。
また、滝本季延は「後藤次利バンド」のメンバー。
クルマ・ジャケ「Mr. Bassman」/後藤次利 で登場してます。浜省、長渕、こうせつらのツアー・メンバーとしても活躍。
プロデューサーはかまやつひろし。
おそらく、大瀧詠一・山下達郎の人気、AORブームなどを受け、かまやつがアレンジャーの武部聡志のリメイクでヒットを狙って作ったアルバムではないかと。
帯の“溢れるシーサイド・フィーリング。蘇る名曲の数々”はわかるのですが、“Mr.メジャーブルー”は・・・?
16歳の時に作曲した『赤いレイ』(1940)~『街を離れて』(1978)まで30年間以上の中からの名曲12曲。
ソフトな大橋の声と軽やかなバックの演奏が、貴方をハワイのビーチへと。
たった一人のビーチですが・・・(笑)
アルバムタイトルはPIONEERのカーコンポ「ロンサム・カーボーイ(Lonesome Car-boy)」(1975 ? - 87)からでしょうか?
1987年には「ロンサム・カーボーイ」から「カロッツェリア(carrozzeria)」にブランド名が変更されてます。
そしてジャケのイラストは、「Illustration:Eijin Suzuki」
鈴木英人、1980年代を象徴するイラストレーターの作品です!
FM情報誌『FM STATION』の表紙(1982 - 88)
「Picture This(ベイエリアの風)」/Huey Lewis & The News(1982 日本版)
↑ カバーの下にオリジナル
「FOR YOU」/山下達郎(1982)
トヨタ・カリーナのカタログ(1983 - 84)
「MAROONED(ロンリー・フリーウェイ)」/Larry Lee(1982)
↑
クルマ・ジャケ「Marooned (ロンリー・フリーウェイ)」/Larry Lee
で取り上げてます。
で、ジャケのクルマは・・・
この写真とよく似たシングルが・・・持ってません😢
『赤い貝がら』/大橋節夫(1982 ソロ3rd)
↑ ホントに57歳頃?!
初代フォード・サンダーバード ですね。
初代Ford Thunderbird(1955-57)はこれまでにも登場してます。
「DRIFTIN'(さすらいの恋)」/Alessi が1955年式 ?
「Fahrenheit」/TOTO が1956年式 ?
今回の初代Ford Thunderbirdは1957年式のようなので、これで初代はコンプリート?!
そして、3、4、6、8代目サンダーバードも過去に登場してます。
「SEPTEMBER WIND (九月の風)」/松岡直也&WESING (3代目 Sports Roadster 1961-63)
「KICK OFF」/おニャン子クラブ (4代目 1964-66)
「白い旅」/浅丘ルリ子・真木悠子 (6代目 1972-76)
「Little Darlin'」/The Diamonds (8代目 1980-82)
2、5、7代目サンダーバードのジャケレコ、見つからないかな~(^-^;)
【登場車両】
Ford Thunderbird Convertible (初代 1955-57) 1957 ?
【自己採点】
クルマ度 7点(白のサンダーバード、オッパチさんにお似合いです!)
魅惑度 8点(鈴木英人!)
音楽度 7点(蒸し暑い日本からハワイへようこそ!アロ~ハ~)