瓦解

　フランス系の国際通信社・AFP通信の日本語版配信記事
　『ロンドン独立求め数万人が署名、英国のEU離脱で』
　および
　『【図解】EU離脱の是非を問う英国民投票、地域別の結果』に注目。




　以前、訪英の際に見聞きしたスコットランド独自通貨など強烈な地域主義、そして身の危険を感じる緊迫した場面に遭遇したエピソードを紹介した。


　エリザベス女王の訪問と同じタイミングでベルファスト滞在を過ごした私は、アイルランド島内を走る列車に乗り、一路ダブリンを目指した。

　ベルファストを首府に戴く北アイルランドは連合王国(＝イギリス)の一部、片やダブリンを首都とするアイルランド共和国は、れっきとした独立国。よって、乗車した列車は「国際列車」の位置付けなのだが、雰囲気は同じ島内に暮らし同じ民族が利用する、普通の地域連絡列車。国境でのパスポートコントロールは無く、気が付けば既にアイルランド共和国に入国していた。

　一方で、本場の醸造したてギネスをしこたま愉しみ、ダブリンから空路ロンドンへ戻ると、やはり国外からの越境なのでパスポートのチェックを受ける。
　イギリス出国の手続きを経ないまま再びイギリスに入国するという、些か不思議な国際移動を経験したことと併せ、現行の支配体制は違えど、アイルランドは一体なのだと知らされた。



　EU加盟の是非を問う投票結果の詳細を眺めれば、確かに投票総数では離脱派が上回ったのだろうが、地域ごとの民意の差が極端である。
　スコットランドおよび北アイルランドはEU残留派が完全制覇。イングランドにおいてもロンドン・リヴァプール・マンチェスターなど大都市圏においては、残留派が優位となっている。

　投票前から、EU離脱派が勝利すれば政権与党・保守党の分裂に加えて、EU残留を主張し続けてきたスコットランドの独立問題が再燃するとの見方が出ていた。
　政治的影響力が低下した状態で中央政府がEU離脱を粛々と進めるなら、連合王国を構成するスコットランド・北アイルランドだけでなく、AFPの報道に在る通りロンドンなど大都市が反旗を翻し、イギリスの内政は増々混迷することと思われる。

　特に北アイルランドは、私も実感した通り同朋意識が燃え上がり、EU加盟国であるアイルランド共和国との統合を志向するカトリック系急進勢力が台頭。同時に連合王国に帰順するプロテスタント勢力が巻き返しを図り、再び血で血を洗うテロの無限連鎖が始まってしまうかも知れない。



　英国の離脱が引き金となりEUが瓦解するのではないか、という一点が懸念され続けていたが、スコットランドが残留し、自分勝手な振舞いが目立つイギリスの影響力が低下するなら、EUは瓦解どころか焼け太りする可能性が出てきた。

　逆に英国は、国家的民族的アイデンティティを取り戻そうとEU離脱の道を選びながら、連合王国の分裂・主要都市の造反・北アイルランド紛争の内戦化……等々から、政治的・経済的に瓦解してしまうことになる。


　民主的なプロセスを経た、EU離脱の民意は絶対的に尊重されねばならぬが、同時に世界恐慌に連鎖しかねない国境を超えた混乱、無辜の市民が残酷に殺され続ける暴力の連鎖もまた、絶対に防がねばならない。

　政治の未来を切り拓き、産業革命を最初に成し遂げた英国なのだ。政治家始め国民の叡智を結集し、これからも不断に最善の道を模索してもらいたい。