
特別会場。

友の家に招いてもらい、花火を見る夏休み。

撮って見せ、夏の夜にカメラマン。ソニーの保証保険に助けられ、幾度となく壊してきた甲斐があり、三歳の写真家先生、現場でも安定感があります。

開演まで今しばらくお待ちください、のポーズ。

そして特等席からのエンターテインメントが始まりました。

と思っていると、目の前でも花火のサプライズ。贅沢なひと時です。

がんばって記念撮影も執り行い、

お酒もいただきながら、格別の時間。有り難いことです。

まずこの旅が決まり、次にジェームス号が決まり、最後にハワイを押し込んだ夏休みプランとなりました。

9月に入ってから、何が一番印象に残っているかを問うてみると、「岐阜の花火」とこの花火特等席の旅が最も印象深かったようでした。

そして仕事の話しですが、11月中旬までの内定含め35名、目標値的には残り2965名。

という中に、三日で退職をされることになった方が、ひょっこり私のところへ来ました。

「言ってなかったんですけど、一年前に回復して、いけるかなと思ったけど、このままだと周りへ迷惑をかけそうで」という言葉からバランスを崩しそうであることを察しました。

もっとライトな仕事も提案し迷っていたようでしたが、察して一旦休みましょう、と提案しなおしました。大変なのはご本人です。

うさんくさい私のジムショへ面接に来たときの帰り道、こう思ってくれたそうです。「俺思ったんですよ、すごい会社だなって、こんな会社ないですよ」。

初対面のときに、気持ちが伝わったのか嬉しく思いました。

あるいは、初日の夕刻に帰ってしまった人もいました。報告を受け、そのあとご本人から電話も頂戴しました。この方は紹介で入ってきたのですが、面談したものの分かりませんでした。

紹介者も憤慨です。10年来怒ったところを見たことがない後進も「あまりに無責任ではないのか」と、いらっとしている様子が伝わってきました。「責任をどう考えるか」「大人として社会人としてありえない」。私も昔であればそう考え、そして相手へ詰めるような会話をしたと思います。

早く仕事したいとのことで、諸々調整も急ぎましたが、しかし第一報を聞いても、腹が立ちませんでした。そして謝罪の電話がかかってきました。開口一番男らしい様相で「申し訳ございません!」という声を聞きました。

ご本人もはっきり言いませんが、話しを聞き察したこととしては、パニックになる発作があり、仕事中にその発作が起きかけたのだと思いました。社会人として初日とはいえ、途中で仕事中に帰らねばならない状況に、そのようなことをしてはいけないと分かっていて、ゆえにご本人が一番、悔しく、辛く、きっとそう思っているのだということも察してみました。

周りも大変だったかもしれませんが、ご本人が一番大変だと思っていると、怒りもしない私に対していらっとした空気も感じましたが、すみません。周りへも迷惑をかけたことを謝罪しました。

あるいは、自分のことしか、あまりにも自分にのことしか考えられない。このような方も、昔は苦手だったり、怒っていたかと思いますが、最近はそのような人も許容をできるようなり、どころか、仲良くできるようになりました。

相手を攻めるばかりで、他責にして、自己責任はゼロで、周りとうまくかみ合わず、という方も、若い頃は怒鳴りつけるか、ぐうの音もでないように論理攻めするか、ぐらいのことでねじ伏せてきましたが、今では怒の字のどすらも思わず、変りようなどないので変えようとも思わず、しかしそのような方にもいいところがあり、

一旦くみ取ると、その長所が見えてくるような気がします。周りへのストレスがあるので、そこは心苦しいですが、一番大変なのはご本人、そうも思います。

パパは40年少々掛かってしまってまた道中にいますが、ぜひ少しずつ色々な個性を飲み込めるように、育ってください。という中にも稀に「この人は何を考えているのだろう」といらっとすることがあれば、それは己の修行が足らず、未熟であり、あるいは浮足立っていたりするのではないか、と反省をしています。

人が増えれば、いろいろあって当然です。

さて来週の業績は?とサザエさんを意識してみれば、ますおです、確定している見込み業績は、100名規模の会社比で、そのような会社が上げる一ヶ月の積み増し、その2倍+αを一週間で積み増します。

同じぐらいの零細の零な規模では、一ヶ月で積み増す取引量の6倍を一週間で積み増します。

業界水準を思えば、客観的にも、内部の体感的にも、破竹の勢いかと思います。フライングで売っているのを岐阜のコンビニお姉さんが教えてくれた、待ちに待っていた大好きなマンゴーのフラッペを手中に納品した夜。

後進と二人で、調達と開拓を怒涛に行い、新たな取引を積み増して、新しく来た方々へ次から次へと託していっていますが、同業他社から弊社を名指しで伸びている会社があるらしい、と知覚をして頂いている、というような噂も耳に入りました。

まさに百人十色、とすれ結局十色じゃないかという反論もあろうものですが、個性も、経歴も面白い方々が来ます。中には戦闘機乗りだった方も来ました。

最近は、ちらほら弊社顧客の元社員の方も面接を頂くようになりました。業界で最も採用基準が厳しいと言われる顧客企業にいただけあり、一段と異なるようにも感じています。という会社にいたこともあるパパ友も、いよいよ来週から出動です。

あまりしていなかった利益計算。

前回のブログを記したあたりで、スタート以降はじめて利益計算したわけですが、

思いの外、利益がでる項目が後から、後から、出てきます。年明けからは成長率としては一瞬よくなり、桜を楽しんだあとぐらいには月間3600万円の利益がでそうです。いけるのかは分かりませんが。

年間だと4.3億円ペースです。ほぼ営業利益と考えて差し支えない数値です。経済指標からすれば小さな数字ですが、個人的経済観念からすると立派に大きな数字です。

小さいながらか、小さいゆえにか、客観的に見ても、まさに破竹な勢いなところもあろうかと思いますので、弊社の発注先である取引先も、特段に取り計らいをして頂けるところが増えてまいりました、というよりもお取引先すべてのご対応があり得ないほどの親密感になっており、

あるものを大量発注するので、いきなり朝に掛かってきた電話が天から降ってきた幸運のように感じて頂けることもあるやもしれません。

そうやってご協力を下さっている取引先に従前よりも大いに潤って頂き、あるいはそれも含めここまで360度、濃密な付き合いになる経験ははじめてです。

コンビニでも、旅館でも、ファミレスでも、一般的にはサービスが悪いと感じるような場面でも、感謝を思い謝意を伝える、

仕事の場面でも同じではないかと思うような気がします。すべての人は対等であり、一所懸命にやってくれ、

たとえ失敗があったとしても、たくさんの貴重な時間と労力と想いをくれているのですから、一般的には怒る人が多いような場面でも、こちらが頭を下げて感謝する。そうするとよい縁が増えていくようにも思います。

さらにご協力を賜れるようになり、頂いた協力を成果に繋げ、さらに発注という恩返しも感謝をしながら致します。

面接も同じく、上から目線、雇ってやる、選んでやる、となりがちな面接側。

人は対等だと思いますので、それを土台に来て下さった有り難く思う気持ちと、人生どう歩むか真剣に考えている方々へ誠実に対応する心、すべての人を敬う気持ち。

そのような要素を大切にしてほしい、と子に伝えたく、ここにも記しています。

昔の若輩であればこれだけ発注している、私はお客様である、という考えや意識、これに基づく態度や、駆け引きだったかと思いますが、

今はひたすら感謝し、人は対等であるという前提の基に、ここまでして下さっているという感謝の気持ちです。特等席で花火を観賞させてもらい、翌日も公園で遊び、友としばしのお別れです。

あのとき我が家のおとうちゃんはこのような考え、あのような取り組みをしていたのか、と子供へのメッセージを残しておきたく思い綴っています。

さて、この夢ノート。さらに駒を進めて十分な余力をもった成長スピードを想定してみると、来年末つまり1年後あたりには月間5000万円の利益がでそうです。

さらにもう一年駒を進めると、月間1億、もう二年ほど進めると、当初の目標環境になり、営業間口を広げる必要がありますが、効率は落としながらも絶対数を底上げさせて、ここまでいくと月間3億。年間に直すと36億円の利益が出てしまう計算となりました。たぬきによるたぬきの皮算用ですが、ここまで届かなくとも、個人事業主に産毛が生えた程度には、十分な数値です。

いずれにしても、難敵はびびる気持ちと、体力という己です。

目標へ到達したときの規模へのビビり、いや慄くという言葉を使っておきますが、そのような気持ちと、日々ここは行くべきか、という躊躇とも戦っています。

アクセルを踏み増す場面ごとに、慄きますが、結局手ごたえを掴んで、何とかするとして、加速しながら前進を重ねているような所感です。

到達したあとに次へ踏み出す体力に自信がありません。つまりは稼いでもその使い道がないようなものです。

資本と言う言葉でもいいですが、最もお金を使う道は、ビジネスのような気もします。10年後、あるいは20年後その体力があるのか、今一ここには確証がもてませんが、いずれにしても最後のキーはこのビジネスでは渡さない考えで、事を進めていきたいと思っています。

「たくさん玩具が買えますように」いつの間にかやるようになった祈念をここでも唐突に。仕事は夢中になれる遊びであり、私も同じようなものですが。

11月になっても「ぎふじょう」と発するのですが、という意味でもよい社会科の勉強にもなったようです。
つづく