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CatDogのブログ一覧

2020年11月15日 イイね!

今日を生きる

今日を生きる人生を振り返れば、あの時代が一番幸せだったな・。

こんな事が、自然と頭に浮かぶ今日この頃であった。
何故こんな事が今、繰り返し浮かんでくるのか?

と、自分でも不思議な思いであった。

それから1週間、答えが分かった。




「癌検診 胃に異常あり 直ちに精密検査を受けて下さい。」との文書と、
設備のある病院一覧表が、検診を受けた市の保健センターから届いたのだ。


*紅葉はこれからの、近所の公園を散歩した。

今月初めの事だった。先月初旬に受けた、検診結果が例年より遅れていた。
この事が、無意識ながら人生を振り返るような、脳回路に接続されたのだろう。

更に、みんトモさんのブログに癌での訃報も・・。他人事ではなかった。
自分の友人たちも、還暦前後に複数が亡くなっていた。


・そして、予約した胃カメラの日が来た。
 前日に、暫く行っていなかった、近所の日帰り温泉で身体を清めた。


*我が家の椿 ハラリと落ちるか?

そして検査当日、麻酔を受けてベッドに横たわった。
まな板のコイ そのものであった。

胃カメラを飲んだ。最初はむせたが、すぐ慣れてむせは止んだ。
カメラが奥に入るごとに、医師が所見を述べていく。

「胃部入口に炎症あり。」
「炎症の下にポリープあり。」
・・・・・・ などと所見を、その場で聞く事が出来た。

最低ポリープ切徐手術はやるんだろうな? なんて事を、考えながら聞いていた。
心境は、まさに散り椿であった。


*飯能市の名栗湖そばの山頂にある大観音。北野武監督の映画ロケ地でもある。

胃カメラを終わり、全体を医師が説明してくれた。

ポリープ・炎症とも軽度。手術の必要はない  と。


先生の言葉がまさに神・仏の声に聞こえた そうお話すると


*散り椿が、菊の花に変わったようだ。

「そんな事初めて言われました。」 と、先生は笑っておられた。
「全然むせませんでしたね? 皆さん、大体むせっぱなしになります。」
と、医師や看護師に感心された。


*左下に巾着田が見える。まさに巾着の形である。今では彼岸花の名所だ。

こうして、当面の危機は逃れる事が出来た。

だが、一方でコロナ禍は終息に向かうところか、埼玉でも多い日は150人以上と
数か月前の東京都なみに増えてきた。
このままでは、感染しない確率よりも、感染する確率の方が大きくなりつつある。

自分は、ウイズアウトコロナでないと命がないだろう。
ワクチン接種までは、防ぎたいが「人事を尽くして天命を待つのみ」のようだ。

身体内部には疾病、外はコロナ禍。まさに、内憂外患である。

犯罪のおまけまで付いてきた。


*検診終了後、散歩した鎮守の森。

当面の危機は回避できたが、治療は必要だ。

あるみんトモさん曰く、「コミュニュケーションが作業になる。」のを防ぐ為にも、

みんカラは、当面休止します。

退職後、私は毎年総合癌検診を受けている。
最近、近所の同い年のご主人が亡くなった。
検診は受けておらず発見が遅れたとの事だった。

症状が出たときは、手遅れになる事が多い癌である。
家族の為にも、検診を受けていない方は受けるようにして下さい。
自分も自覚症状は全くなかった。放置していたらどうなったか分からない。




また、毎日ご飯を上げられるよ チビ助(メス)。座椅子がチビ助のベッドである。
身体が小さいので、小食だ。ワンカップの蓋が茶碗代わりだ。

近所のそっくりさんのオス猫に狩りを教わったようで、昆虫やトカゲをとってくる。
猫は眼が悪く、特に近くが見えない。この子は特に悪く、近くは殆ど見えないようだ。
だが、動くものには反応して、狩りが出来るのだろう。

なお、モニター応募は付けた付けないで・・なので全員スルーさせてもらいます。
ご勘弁を・・。


*西暦751年奈良時代に建立された真言宗の古刹。高麗大王の墓がある。




巾着田そば、高麗神社隣の 山門(上写真)の雷神・風神 見事な造形である。
それではしばし・・。一段落したら整備関係はUPしたい。

スイフトのAピラー修復は旨く行かなかったが、胃の壁は何とか修復せねば・・。
胃がんは、もう退職の時で終わりにしたい。

追記 皆様に暖かい励ましの言葉を頂きました。ありがとうございます。
   心より感謝致します。再開の時には、順に訪問させて頂きます。





2020年05月20日 イイね!

時代 コロナ禍の記憶と記録

時代 コロナ禍の記憶と記録こんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ。

名曲「時代」の一節だが、今がまさにそんな時代だろう。

前回からずいぶんと間が空いてしまった。

記憶している事を、記録しておきたい。




昨年12月に、中国武漢で発生したコロナウイルス感染は瞬く間に中国全域に広がった。
2020.1/23 - 4/8 武漢市封鎖

だが、この頃は、まだこれほどの事態になると想像した人は少数であったろう。

2/3 ダイヤモンドプリンセス 横浜港着岸 検疫開始

長崎造船所で造られた、この巨大クルーズ船から次々と感染者が確認された。
この検疫を、世界が注視する事となる。
⋆英国船籍 排水量約11万トン 乗員・乗客定員 3700名 ネット写真



更に公の施設が、次々と閉鎖を始めたのが2月末くらいからか?



3月初旬、名栗路をドライブしたのが現状、最後のロングドライブだった。



下写真の名栗湖で撮影していると、後方から「ゲホンゴホン!」の連続音。

振り向けば、マスクもしない大型二輪を横に置いた結構な年配ライダーがマスクも
付けずに、天に向かって大きな咳を繰り返していたのを思い出す。

この頃は、まだマスク着用者は少なかった。

そして3月中旬、閉鎖する施設が多くなる中で山なら行けるだろうと、巾着田前の
低山だが眺望が素晴らしいとの評判の日和田山に初登りした。



考える事はみな同じようで、多くの家族連れ・カップル等で山は賑わっていた。

思えば、ここがケチの付き始めだった。

下山中に足を滑らせ靭帯損傷。先月、再度同じ場所を傷め未だ完治していない。

この間、感染は勢いを増しながら世界を席捲。

3/11 WHO 新型コロナウイルス 世界パンデミック 宣言

余りの急速な感染拡大に各国は緊急事態宣言、都市封鎖も所要都市で始まった。
特に欧米での感染者が際立った増加だった。

自分は、この前から喉の腫れと微熱が再三繰り返されるようになった。
薬数日で治るが、数日後再発するの繰り返しであった。

同様な症状が、繰り返し出ると、ネット上にも多くの人が書き込んでいた。
大竹まことさんも、同じ症状で番組を休み、中々治らないとのお話だった。

そして、ある有名人の訃報が日本中を駆け巡った。


3/29  志村けんさん コロナウイルスで死亡。



日本中を笑いで癒してくれた偉大な芸人の死で、日本中が悲しみに暮れた。
同時に、もはや他人事でないと言う危機感が日本中に生まれた。

NHK 朝の連ドラで志村さん最後の姿を見た。
*大作曲家 山田耕作をモデルにした小山田耕作?役だ。
お笑いの時とは全く違う、シリアスで重厚な表情を見て涙が出た。
もう見られないあの笑顔。亡くなった事を、自分は未だ受け入れられない。

偉大な最後(Last)の芸人と言うべき志村さんの、ご冥福を改めてお祈りします。
*同世代で、育った街は近隣なので余計親近感があった。


散歩する公園の日の出。ここも現在、閉鎖中である。




緊急事態宣言が出る前日、例年なら賑わうここも既に人影はなくなっていた。
来年はゆっくりと見たいが。




4/8 
北海道・東京・埼玉・千葉・神奈川・大阪・福岡 の、七都道府県に緊急事態宣言 

4/17 緊急事態宣言を全国に拡大。

長らく出番のなかったホンダトディだが、痛む脚を使わないで済む、この原付バイクが
日常の脚となる。2003年製造の御年17歳だが、走行距離僅かに2800Km.
走行は少ないがタイヤは劣化して、ひびと言うよりタイヤに深い裂け目が・・。
17年乗ったタイヤを初交換した。



この頃、虫歯が進行、歯茎が腫れて水も沁みて痛い状態が続く。
歯の痛みは、眼底から脳天まで突き上げる。
とうとう、全身で痛くないのは、両手のみと言う惨状になる。

みんカラは、当面休業させてもらった。

微熱が続き、接種を延期していた肺炎球菌ワクチンを、熱が下がった日に接種。
その後、微熱と喉の腫れは治まり、再発しなくなった。

歯は治療中だが、神経3本を除去し、痛みはなくなった。

5/14 39県で緊急事態宣言解除。北海道・東京・埼玉・千葉・神奈川・京都・大阪・兵庫 
の8都道府県は、緊急事態継続となる。

自分の体調も大分良くなり、先週みんカラ再開が出来た。



脚の痛みも軽くなったので、買いたての工具で1本25Kgのタイヤ交換。
力要らずに、楽に作業できたが、つい熱中して6時間も作業を続けた。
翌日は非常に足が痛くなった。



我が町の道は毎日、日曜日早朝の如し。戒厳令が、敷かれたような景色だ。


マスクは通行手形となり、歩行免許証でもある。

外を歩く人は、少なからずマスクに、ゴーグルかサングラス。
更にフードも被っているから、道で挨拶されても、誰だかわからない事も多々。
顔の見えない人間が歩いているSFの世界のようだ。

加えて梅雨入りしたような連日の天気。
快晴率だけは日本一らしい埼玉県なのに・・。

自宅にいる事が多くなったので、ひねもすポチリポチリ(通販徘徊)かなである。
集配の方々に、悪態をつく輩の気が知れない。今の社会を、彼らが支えている。

従来の災害と今回が大きく違う点は、日本中が同じ体験を共有している点だろう。
One Team だ。生き延びられたら、少しでもこの体験を活かす道を探したい。



感染者数の減少で、少しトンネルの先の光が見えだしたようだ。
油断せず行動したい。人に移さず、移されず 何事も距離 間合いが大切である。

5/19  現在感染者は、世界で480万人超。死者は31万人超となっている。

*日時・数値に間違いあるかも知れません。脳内修正してお読み下さい。

付録

来なくて良いのに、早く来る自動車税に保険料に車検。
早く来いと思っても、来る気配もない10万円の申請書。

待ってはいないが、それでも来ないマスク。小さい、少ない割に大きな金額だ。
総理しかしていないし・・。500億?アーもったいない。他の使い道があったろうに・・。



2020年03月01日 イイね!

親の言った事が分かる日

親の言った事が分かる日昔、親が身体や健康について戒めを説いても、
「何言ってんだ。」と半分バカにして聞いていた。
自分の若かりし時である。


風邪を引く前には胃をやられる。
これもそのひとつだ。

ほんとかいや?と、当時は思っていた。



歳月が経って実際に経験する事が多くなった。

確かに、胃の調子が悪くなると続いて風邪の症状が出る。
栄養分の吸収が十分できなくなり、体調を崩すのだろう。


*ときがわ町の堂平山頂の天文台。近年まで現役の東京天文台だった。
 崩落した途中道は修復されたかな?

免許更新が出来ないかも知れないとは、今回が初めての事だった。
今までは更新出来て当然だと、意識の外にあった。

みんカラに戻れる。
休眠者続出の最近、実働友人数が激減、少し増やそうと思った。
返礼をするため、他の方のを読み始めたが、1ページづつ連続5-10人で眼精疲労。
目の奥に鈍痛を感じて、それ以上読み進めない。ほぼ、毎度の事である。

自分には、もうあと数人くらいが、限界である事を知る。
以前の当たり前に出来た事が、もはや当たり前ではない。



さて、自分は運よく更新出来たが、出来ない方も読んだ中にはいらっしゃった。

好きな運転が出来なくなって、本当に無念だと書かれていた。
現在は入院・治療中。日付けは、昨年梅雨の頃。 
以後の更新は、まだないが返礼に拝見したのであり、お元気な事と思う。



現在、癌が進行中だが、自分が生きた証としてブログをUPし続けたい。
こう書かかれていた方の、更新が途切れてから、もう2年になる。

黒山三滝の山道を登り、終点の男滝・女滝まで最後まで歩いた母親はその時、
90歳を越えていた。
膝が痛いなどと言いながらの完走。まさに、スーパー婆さんであった。


パーツで紹介したトーチで、仏壇の線香に火を灯せば、
   「お前も、あたしの言っていた事が分かるようになっただろう。」

と、微笑む母親の写真があった。



自分が親の歳になる程に「当たり前に出来た事が、当たり前でなくなっていく」

と、実感させられる今日この頃である。

良い事もある。骨密度は20代の90%以上。同年代の30%増し。
牛乳が昔から飲めない体質なのに不思議。母親も同じだった。神経痛体質も母親と同じ。
中学生時代からアリナミンを常用していた。これが骨には良かったのだろう。
全体として、強いのか弱いのか自分にも分からない。



我、十有五にして学問を志し、30にして立つ。40にして惑わず、50にして天命を知る。
60にして耳従う。70にして心の欲するところに従えど矩(のり)を越えず。

ー今になって思い起こす、孔子の論語の有名な一節も、また味わい深い。




2019年10月16日 イイね!

未曾有の・・

未曾有の・・近所の川の堤防は、ギリギリまで水が来ていた。
避難勧告も避難指示に変わり、近隣の老人ホームの
全員と住民の多くが避難していた。

日付が変わった10月13日(日)午前1時過ぎ。
降り続いた豪雨と暴風が治まってきた。


これで、一安心と床に就いた。



だが、自分は無事に朝を迎えられたが、そうでなかった方々も多くいた。
上流域に降った豪雨でその後、川が氾濫して水は家に流れ込んだのであった。

そのまま、亡くなった方々も各地に・・。

翌朝のTVは地獄絵図を放映していた。
地元は無論、自分が週末によく行き、ブログUPも多かった、東秩父村までの複数の
自治体の川は(東秩父村も)全て氾濫していた。

氾濫地域の方々は、浸水で被害のあった家財を片付け捨てながら、いまだ給水を
受け、苦難の生活を強いられている。
*特に東秩父村は高齢化比率が高く、いっそうの苦難が想像される。



*晴れた日は、富士(中央奥)も見える自宅付近、平時の入間川。
河川敷には運動場もあり川幅は1Kmを越えるが、自宅付近は堤防ギリギリ。
決壊、氾濫した地域もあった。

その他の河川も軒並み氾濫した。ここも被害場所に重機が入り、復旧中である。
タイトル写真も、少し上流・平時の入間川。

常なら台風被害など余り聞いたことがない地方・地域も甚大な被害である。
近畿、東海、北陸、上・甲信越、関東、東北全域の広大なエリアが甚大な被害を受けた。
まさに、史上最大の台風であった。


自宅は、少しの漏水で済んだ。
自分の命が助かったのは、たまたまに過ぎない。

生死の境は、まさに紙一重。運が良かったとしか言いようがない。
*収容したネコ2匹も無事で良かった。



他人事ではない、この地獄絵図である。

みんカラも、暫くお休みさせて頂きます。



自然の力の物凄さが、骨身に染みた。茫然自失なり。

被災地域の方々には、心からのお見舞いと、早い復旧をお祈りするばかりです。


*紅葉が始まる頃の奥秩父・中津川渓谷。今年は道路崩落で見られそうもない。

また、ご心配をおかけした方々に、感謝の心でいっぱいです。


・復帰後の追記

報道されていない場所等は、被災後1カ月経つも未だ復興の手が入っていない。
被災場所が多すぎて行政も手が回らないのだろう。
個人が出来る支援は、ボランティアか募金になる。せめて募金を頑張ろう。



近隣の自分の車散歩コースの途中にある高麗神社そばの高麗川に架かる橋。
未だ、手つかずの状態が続いている。 *11月初旬現在


被災前の橋。交通量を制限するため、軽四輪以下しか通行出来ないが、地元住民の
大事な対岸へ渡る手段であった。

2019年09月06日 イイね!

サヨナラ 思い出詰まった屋上遊園地 終章

サヨナラ 思い出詰まった屋上遊園地 終章家庭用ゲーム機も、テーマパークもなかった自分達の
子供時代。

その頃、デパートに行けば必ずあった屋上遊園地。
これこそは、まさに「子供の楽園」であった。

屋上遊園地が次々と閉鎖される中で、またひとつ
屋上遊園地が閉園した。開園から半世紀以上。
多くの市民から愛された小さな屋上遊園地である。


閉園日、前日に訪れたが、そこには


名残を惜しむ子供や親の笑顔が溢れていた。


*これのみ訪問翌日の9月1日(閉園日)の早朝6時撮影。前回、スイフトフォトギャラ参照。

百貨店が元気な時代には、西の井筒屋・東の丸広と言われた地方百貨店の雄、
丸広百貨店川越本店の屋上遊園地が、9月1日を持って閉園となった。

川越の街と百貨店の栄枯盛衰を見て来た、50年以上の歴史のある遊園地であった。

数日前から、長蛇の列が続いた模様は、TVニュースで何度も放映された。

数年前、川越市の屋上遊園地としてTVニュースで知った。
自分が初めて行ったのは半世紀近くも前の事。

まだ、営業していたのか  が本音であった。その事も忘れかけた今年の6月。
新聞等で閉園のニュースが流れた。もっと、早く行こうと思っていたが結局、
閉園日の前日の8月31日に、朝一で出かけてきた。


遊園地の名前は「わんぱくランド」子供は、ここの王様である。

どんよりした天気、更に開店直後なのにこの賑わい、驚いた。
夏休み最終日の週末。乗り物のチケットを求める長蛇の列。




ここの売りは観覧車である。屋上観覧車は、ここともう一か所の全国二か所
しかない珍しさで、大人にも人気があった。




右下、ピンクのゴンドラに乗ったカップルは結ばれる との都市伝説もある。
*だが、何事にも例外はある。自分の場合は特に である・・遠い遠い昔の話だ。

この日のゴンドラは、90分待ちでディズニーランド並みだったそうだ。




一人で30代後半くらいの男性が乗っている。
恋人と乗った時間を思い出しているのか? 表情がお見せ出来ないのが残念だ。



自分で運転できるのが、こんな乗り物。
子供達には、バーチャルではない新鮮さがあるだろう。

素晴らしい笑顔の若い父親と子供。ぼかしが残念である。



幼い兄妹が運転している。二人の素晴らしい笑顔は、この日で一番のものだった。
繰り返すがぼかしで素晴らしい笑顔が見えないが想像して下さい。




アンパンマンも子供たちの幸せを祈ってくれているだろう。
中で子供が操縦していた。グルグル回るアンパンマンであった。



ドラえもんの三重連。中に操縦席がありアンパンマンと同様クルクルまわる。
見ているだけで、ほっこりするドラえもんとアンパンマンである。



こうして、訪れる人々は各々の思い出詰まる屋上遊園地に名残を惜しんだのであった。


1970年代 大阪千日デパート、熊本大洋デパートなどで火災が発生、多くの死亡者が出た。
これを機に、消防法が改正され、遊園地は屋上面積の半分に抑えられた。
災害時の避難場所を確保するためである。

またそれ以降、テーマパークが各地に出来、屋上遊園地は衰退の方向に向かっていった。




遊園地の反対側にポツンとある、今は使われる事もない古びたステージ。
以前、ゴレンジャーや仮面ライダーショーを見た記憶がある。
上述のように屋上の半分が、広場に充てられている。

関係者しか上がれない屋上の建物からの遊園地俯瞰写真。
全体のレイアウトが分かる。これのみ毎日新聞掲載写真を借りました。




こうして最終日も終わり、遊園地遊具の撤去作業準備が進められている。
なお、入園客は通常でも多く、採算ベースに乗っている黒字閉園だった。

遊具の老朽化で故障したらパーツ供給が出来ないようだ。全部、動く今のうちに
勇退したと言う訳だ。*運営会社のバンダイ・ナムコ談。



今後は、長期間に渡って建物の耐震補強工事が予定されている。
その為の、資材置き場として当面使用するとの事。以後の計画は白紙である。



*店の周囲・近隣に駐車台数1500台以上の駐車場を持つ。屋上からの眺め。
 高層ビルが制限される川越の街並み。
 駐車場の拡大は、この百貨店の営業戦略でもあった。前回参照。

自分としても思い出深い遊園地に、別れが叶って満足である。
記憶に残り、記録にも残す事が出来ました。


楽しい思い出を、ありがとう 。 さようなら!屋上遊園地。





アンパンマン・ドラえもん の次の行き先が決まりますように・・。


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眼が悪く、黒背景の文字は、読む事が出来ません。 足跡も見ていません。 以下に該当する方はフォロー不可です。 自己紹介欄に、居住地もなく、宜しくだけの方。記...
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