
4月25日の当日アップ予定でした・・・
もう13年目になりました
鉄道事故史上最悪の事故。 完全なる会社組織の人的事故
忘れてはいけません。
当時最新鋭の部類のVVVF制御、窓の大きい連結面の貫通部が寄っている奇抜なデザインの207系が欠陥だったわけでもない、運転士をパニックに陥った、追いやったJRという会社組織が根源の重大事故。
大阪東部から市内中心部を結ぶ学研都市線。そこからさらに兵庫県神戸市に伸びるJR福知山線。
この区間は阪神・阪急各私鉄がライバルの競合する路線であり、 当時 アーバンネットワーク と掲げ、速さが売りの路線でした。
その陰には、、、
当時まだ線路施設に新型ATS(自動列車停止装置)は未設置であり、
事故現場のカーブには
この様な脱線防止保護のレールが内側にある護輪軌道レールも未設置(そもそもこの事故では倍ほどのオーバースピードで車体自体遠心力で浮き上がってしまったので無力だが)
しかもJRは全線狭軌(レール幅が写真の私鉄各線の広軌より狭い)
快速電車の停車駅をダイヤでは 通過 扱いで、207系の加速性能だけで停車した数分を 回復運転 しているような詰ツメのあり得ない アホダイヤ で毎日毎日走らせていた。
実際、事故を起こした快速電車も、兵庫県の中山寺駅は停車するが通過扱い。
発車後の車両の加速性能+制限速度少し超過運転で停車の数分間を補っていたのが日常。
あの日、平成17年4月25日
列車番号5418M(後に永久欠番) の207系複合編成(途中京田辺で前3連切り離し予定だった)7連
宝塚発学研都市線経由同志社前行き上り快速電車の運転士は、手前の伊丹駅で8メートル(実際70メートル)のオーバーランを起こしパニック状態に。
遅れを取り戻す 回復運転 でかなりのスピードを出したまま
無線通信、車掌とのやり取りで混乱し、
これもおかしな話ですが、事故現場のカーブ直前でかなりの制動で減速して通過する事が日常だったが、彼は罰則の乗務から外される日勤教育で頭を洗脳され減速制動を忘れ、65キロ制限のカーブを117キロの推定速度で進入、、、
9時18分ごろ、207系7連は遠心力で重量の軽い先頭車は浮き上がり、手前で車両自体が異常検知し非常制動が機械的に掛ったが、それも数秒、、浮き上がってしまった車体は手前の架線柱に擦りながら傾き、カーブの先のマンションの立体駐車場に100キロ超えの速度のまま、ジェット機の様な轟音と破壊音と共に・・・・
ゴンドラ機械もろとも駐車しているクルマを跳ね飛ばしながら
そのまま1階のエントランスへ、さらに横倒しになりながら轟音地響きと共に瞬時に突っ込んだ
事故後最後難航作業の上に引き出された1両目は、
跳ね飛ばし大破した立体駐車場のクルマと共に、歯車にチェーンの付いた鉄柱が前部に突き刺さって貫通した状態で、車体は幾つも中折れし縮まった状態だった。
事故直後、7連だったのが、どう見ても6連しかなく、捜索され1両目は発見されたが、横倒しで折れ曲がり大破してマンション1階奥まで突っ込んでおり密閉され
機械油、大破したクルマからのガソリン臭等によりエンジンカッターが使えず、救助作業は2両目共難航を極めた。
2両目は、床下に制御機器のある重い動力車だった為、車体天井からマンションに激突したため車体は1両分全て瞬時に押しつぶされ、横倒しの状態の台車車輪や制御機器を見せた状態になりマンションに巻き付いて紙のように大破
砂埃を巻き上げ
3両目は女性専用車で、連結部分破壊後車体端が潰れ、床下も盛り上がり寄り添う形で4両目が側面に激突し台形になっていた
4両目は先頭車両の制御車で、連結破壊後勢いで上下線路をふさぐ形に横に残り、3両目側面に激突し、それに寄り添う様に一部架線柱に当たり潰されて残り、
5両目は先頭車両の電動車で、後の6両目、7両目共に、残されたブレーキ指令で6両目との連結部は圧縮したままレール上に留まった。
この3両は現地解体せず事故日に車歴抹消され、警察の捜査後返還された後、数十人で手押しで一両ずつ移動され、今もどこかに留置されている。
オーバースピードで突っ込む、ジェット音の様な音の後、一瞬に起こった轟音と砂埃での惨状
事故を見た付近の住民が踏切非常ボタンを押した為、対抗で接近していた485系特急北近畿3号が100メートル手前で緊急停車し防護無線を発報、2重衝突は逃れた
座席を担架代わりに血だらけの意識のない友達をかばう高校生、投げ出されて動かない人々、
鳴りやまない安否確認の携帯電話の音、まだ車内に閉じ込められている多くの人。
後に、、お母さんは人間じゃない恰好になって殺されたんですよあなたたちに!!許されると思ってんですか!!と家族に止められながらもJR社員に泣き叫ぶ女性・・・
55日間に及んだ運行停止
後の増備の207系の後継321系はこの教訓を得て先頭車両は重量のある重い電動車化に設計変更された。。。新造車に今更ながら・・・
大手私鉄は殆どの通勤車両の先頭車両は、重い電動車の 前パンタグラフ車両、もしくはコンプレッサーや発電機やバッテリー電源など搭載の重い車両で、事故で脱線しにくいようにしています。
事故編成1両目は形式クハ(運転席付き付随車)の軽い27トン
電動車は形式モハ。それに運転席付き先頭電動車両で クモハ で重い35トン超え
事故直後 鉄道模型の中古ショップでは、この207系が多数持ち込まれてしまう現象が起こった
数年後、模型メーカーが色を変えた207系をリリースする予定も見送られ、今だ発売されていません。
鉄道模型のレンタルレイアウトでは小学生や中学生がごちゃ混ぜ編成をスケールスピード推定400キロで走らせ、この様な脱線を何度も起こし、しかも騒ぐわゲラゲラ笑うので行かなくなりました。
過去にワタシの車両に突っ込まれて激突され、中間車数両吹っ飛んで床に転げ落ち、パンタグラフ破損と側面に致命傷の傷が数両にわたり付いた編成があります。
あの会社の体質か、
最近は今だ異音と異臭のする破断寸前の台車で運行を続行した事があります。
しかも時速200キロ以上で走行の新幹線車両の中間車
107人もの尊い命。562人もの負傷者
もう、13年前の報道も数分のニュースだけの事になりました
今年から整備され、マンションの4階まで残したモニュメントになった事故現場。

事故の時間、遺族を、追悼の沢山の花束を運転席に乗せ、事故後は現存する207系共、色を変えて製造されたこの日の快速電車321系は警笛を鳴らし、現場をゆっくりと通過した事と、短い編集の遺族のインタビューの数十秒だけ報道されていた。
今の会社の面接時間が4年前の4月25日のこの時間でした・・・
・・・・・忘れてはいけません
ここに今だ後遺症に苦しむ方、遺族の方・・あの日朝、フツウに出勤、通学をし還らなくなった107人もの犠牲になられた方
・・・・ここに哀悼の意を表します。