
2018.9

毎日毎日来る日も来る日も「パパパパパパパパパ」、「パパがいい、パパがいい」「パパじゃないとやだ、パパじゃないとやだ」とパパっ子ぶりが100倍になっているのではないかと思う、いま5歳半から遡ること1年前。

それもあと一年ぐらいのことなのかと、先を思えば切なくなりながら、これも今だけのことと味わいつつ、パパっ子青年期はどのような対応をくれるのか楽しみにもなりますが、二人で静かにドライブへ行くこともあるのかもしれません。

便数は少ないですが、小雨も手伝ってくれたのか人がいない贅沢な展望デッキ。なんと新潟県、今では考えられませんが人口一位になったこともあるようで、意外です。

昭和5年開港、日本の人口が約6,500万人の時代に「空港を作ろう」というあたりに一入です。

昭和33年、人口9,100万人、日本が登坂まだまだこれから絶好調の頃に東京便就航。

ぼろぼろでも先に期待感が大きい終戦人口7,800万人、恵まれていても先の不安要素が大きい1.2億人。

人口が今の60%程度であっても、つまりはもっとスカスカな日本列島においても、

収益性に採算性がまったく見通しがたたないどころか見込みもないなかに、

あっちに鐡道を引けい、山に住宅は建てろ、橋もかけて、あの田舎にだって線路をひけばいいではないか、と想像してみれば、戦後の時代に当時の経営者に敬意を思います。

比するまでもなく、私はというと、

小さくとも採算の見通しが立たねば、事業投資をせず、できず、ポケットマネーで地域のために鐡道を敷く見通しなどこの先も不可能であり、

採算性など、ときにどうでもよいではないか、と各
地方の電車軌道が敷かれたと勉強をしたことがありますが、とてもじゃありませんがそれを思いますと己がみみっちく仕方がありません。

軒並み昼休憩に入り、一店舗だけ閉店ぎりぎり、滑り込みでお昼に入り、へぎそばを頂きました。

過去、自分では数えたこともなくピーク時に25事業を展開していたそうですが、この子が生まれてからは興味がなくなってしまいエネルギーが一滴もいかなくなり、最後の1事業は友が買ってくれ、

他方、人に委ねた形ではなく、コアはしっかりと手綱を自ら持ち、グランドデザインもし、今の事業を始めましたが、

2017年晩夏参入時にベンチマークし、
2018年4月には抜いたB社が

弊社を相当に意識していると聞こえてはいましたが、だいぶ前から弊社をベンチマークにしていると内部情報が届き、あるいは弊社が進んだテリトリーから撤退をしていっていたことは察知していましたが、明確に弊社進出先は避けているとも聞き、

という中に、今年途中から取り組んできました、とある制度が形になり品質面で大きな効果に繋がり出したので、これはすなわち模倣を極めてしにくい特異的な競争優位性に繋がることと考えられ、

まだまだ各地のゲリラ戦を制する組織にもしていかねばですが、かなりの盤石化が見えてきたと判断できるのではないかと思う次第です。

今後事業を増やしていくとしても、私がやると決める事業であるからには、しっかりと収益性と成長性が見込めるという意味で、過去後進達が選び参入してきたさして儲からないか、やることに疑義を持つような中途半端な事業は選ばず、と若さも思い出しながら尖り気味に自負もし、

次の大黒となる柱の事業を立ち上げていきたく考えます。

加えて、あとは遊びの事業です。この頃は「パパ仕事してくていいよ。Aちゃん稼ぐから」「仕事させないよ?会社潰して。ショベルカーで潰す。Aちゃんいろいろ知ってんだよ!」「隕石ってなに?流星群のこと?」あるいは男の約束、と他言無用を約束すれば「Aちゃん口が固くて動かない。木でできているから」などと会話した4歳でした。

このときは「龍が降りてきたみたい」という感想を聞きながら、
龍で思い出したのか「天橋立行きたい」と平地から見る雲海かのような珍しい景色を見たり、「空飛ぶ家事業」の構想や「宇宙人が未来に行く」という新しい発想も聞きながらのドライブでした。

無論FJクルーザーにも目が行きつつ、

バナナが食べたい、という買い物を見守って、

旅館に戻りました。

現在の事業は、創業して十か月は土台作りに、朝5時から夜は1時2時まで、幼稚園の送迎もやりながら、のめり込んで楽しく労働も心が弾みながらして、たしか一年程度で200名の組織に育っていったのですが、

その過程で、平民にとっては十二分ともいえる社の怒涛の成長中、有難いことに優秀な若手の方々とのご縁を頂き、業務をバトンタッチするときはエンドルフィンを出しつつ1区を独走ながらもヘトヘトで倒れる寸前の駅伝選手のようだったような気もしてきますが、客観的にもこれだけ短期間の隆起なエネルギーですから、神経細胞に活性酸素がダメージを与え見えない疲れもあったかもしれません。

という意味では十分休憩も頂いたのもあり、次の事業、起伏を作るためにさらに気力体力をよいところへ持っていこうと、ジョギングを始めました。我が子自転車によるコーチ付き、という幸せなジョギングです。ジョギングあとはさらにサイクリングに付き合います。

国土の面積、アメリカが約963万km2、日本が約38万km2。

GDP、19.4兆ドル、日本4.9兆ドル(2018)、

アメリカ人口3.2億人、日本人口1.2億人、

と、ほんの僅かの一部だけ国同士比べても、米国の遥かな強さと大国にも関わらずかつ貧富の差が拡大しつつの中に一人当たりのGDPの高さを思うところですが、

面積カルフォルニア州423,971 km²、日本377,914 km²

人口カルフォルニア州3,956万人、日本12,000万人

人口、江戸時代中期以降3,000万人、カルフォルニアの人口3,900万人、

すなわち、人口密度で言えば、カルフォルニアは日本の江戸時代であり、江戸時代はカルフォルニアである、といえるような気がしなくもありません。とするならばこれからの日本における不動産事情というものが垣間見えてくる一端になるやもしれませんが、不動産を必要としないという通信の進化含めたIT、そしてAIという要素が大きくなっていく点は相違点として勘案しておくことも必要かもしれません。

カルフォルニアGDP2.7兆ドル、日本のGDP4.9兆ドル、経済規模は国と州との、この比較をどう感じるか、国同士よりも、州と我が国を比べたほうが等和性のようなものを感じますが、

現在もそしてこの先も米国の経済的植民地支配を受けていると言っても過言ではない敗戦国である我が国において、

わざわざ合衆国の州に編入されるとした場合、米国のメリットととしては、全体の総和としての国力が強まることに加え、税収も増加し米国のいわば営業利益が増えることとなり、日本の経済圏、その通貨発行権も手に入れられ、

日本としてのメリットは全省庁を軸にした現政府および不毛な公的機関・諸制度という間接部門の合理化をすることが出来、この国または州の経営効率が20乃至30%は向上し、コストカット効果が期待できる面が考えられます。

他方、現在の状況で州に編入された場合、アメリカ側のリスクが大きいのではないかと考えられます。

一つの州としては巨大すぎ、イニシアティブに大きく影響をもたらす勢力となりかねません。

ところが、人口3,000万人程度、あるいはアメリカは人口が増えていますから、諸州と相対的に見て日本の人口が4,000乃至6,000万人となる頃には各州もそれぐらいの人口になる100余年後あたり、州に組み入れるにはほどよいサイズ感となってくるものと思われ、

一つの被害妄想的な考えかもしれませんが、日本の人口減という事象は、壮大な編入計画な可能性がゼロではないようなお告げのような気がしてきたら、どうするか考えたい様子です。

「
1人産んだら3,000万円絶対必ず全員にプレゼント」プランという政策への最大の反論は財源です。

しかし私はこの反論が不思議でなりません。
内閣府発表によると、一人あたりのGDPは約410万円で、GDPというものは年次により変動し10年スパンで見ただけでも大きく変動する場合もあるので、一人あたりの生涯GDPという値を正確に推計していく難しさはありますが、

20歳から65歳までの45年間、仮に年間400万円の生産性を維持したとすれば、

一人の人が一生涯にもたらす生産性というものは、18,000万となり、

つまりは1人の人口が増えその人が成人して以降労働を終えるまで生産性は約束され固いものとなり、その状態をいくらでも増産でき、あるいは途中で政策を変更したり、つまりはコントロールでき、

絶対に上がる固い生産性という信用が生まれるのですから、1.8億の生産性に対して、国債を発行し3,000万円つけるぐらい、何の問題もなく、固い確実な将来フローという絶対の信用がある以上、いくらでも資金調達できるはずなのが金融の理屈であり、かつこれを細かいことを抜きにできるのが政策であり、

つまりは絶対に発生するキャッシュインのごく一部を長期返済で国債発行することができ、

本来生まれるはずがなかったGDPが生まれてくるのですから、やらない理由はないぐらいの理屈に感じます。

リスクとしては、出生率がさして変わらなかった場合です。現状毎年生まれてくる100万人へ、3,000万をばらまいて終わることになりますが、一人目は一千万、三人目は3,000万、10人目から5千万と累進方式とするもの一考かもしれません。

3,000万円手に入るなら、小さな不幸は多数発生していくことも予想されますが、「あそこの家は3,000万振り込まれた」「車を買ったらしい」やがて「評判」だけでなく「口コミ」や「10人産んだら大富豪」という合言葉が出てくるかもしれません。確実に生む人が増えそうです。GDPには政府支出4割も含まれ、これに国債発行分も含まれることになるので、国債を発行し3,000万円を給付すれば、即時に国のGDPも向上をしていくテクニカルな、いやからくりを仕込めることにもなるのではないと思います。

なお一人あたりGDP400万、一人あたり収入300万、これを実際の労働人口6,000万人で敷きなおせば、GDP800万、収入600万円、その差200万分の価値が労働した結果、どこかに行っており、それぐらいが妥当であろう、という教育の成果も手伝ってのことと思いますが、

200万円×六千万人という四則計算を誰かに計算頂きたく存じます。もう一つ大きな反論があるとすれば、5,000万人を越える分の労働がない、従って人口が減ることはむしろ好ましい、という時代の変遷かもしれません。

私は経済に関して専門的知識すら有していないので、穴だらけであるか、将来に対する信用が間違いないのならば、その信用に対する20%前後の負債を作ることに問題がないのが金融の理屈なはずである等、仮の仮に筋が間違っていないとしても、このプランがおかしい可能性があるのか、基礎とするGDPなどの概念を用いたことか、もしくはGDPという概念そのものがあうあふやである可能性もあるかもしれません。

新潟からの帰路、買い物、

食券、

受付、

呼び出しシステムの貸与を受けて、

レゴはママに指示ですが、この程度は繋げて、

等々、なんでも一人でこなすようになれば、またそれも嬉し寂しく、

荷物も満載に

FJクルーザーでの旅路な一年前でした。

このあと4,000km増えてから、まったく走行距離が伸びない一年後になっているとは、このとき想像していませんが、今でも特段にいいクルマに感じています。

帰りにじぃじのところにより、仕入れた玩具を披露し、

新潟、ご先祖様へのあいさつな旅を終えて、この写真を見た

1年後の最近「あっ懐かしい、久しぶりにこれであそぼ」と仕舞ってある場所も覚えてて、ささっと出してきて懐かしく思いながら見てました。

一年前のこの内装も懐かしく。