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ドライブへ行こうのブログ一覧

2019年04月15日 イイね!

ランドセルと鉄泊プラン清水編(静岡) 2019春

ランドセルと鉄泊プラン清水編(静岡) 2019春







歓送迎会の翌日は、





これのおかげで自信がついてきたのか「もう補助輪取ってみようかな」と起案モードのようで、




自分のサイフを持っておでかけの土曜日。



家族で銀座までお上りさんをします。




ニューGクラスをチェックして「まだほしくない」と聞いて、



来年の春、小学校入学に向けてのランドセルを見に来ました。




幼稚園折り返し、などと思っていた昨秋から、気が付けば残り三分の一となった今春。




幼稚園に入ってから、本当に早すぎるときの流れを思います。この子が生まれて安全性を重視して購入し、いまではすっかり嫌われているSクラスもフルモデルチェンジの声が聞こえてきました。




緊張して入学式を迎えるであろう来春から、そのままあっという間に小学校6年生となり、



中高、そしてその先と子の成長、親として過ごすときの経過、きっと時のトルクも日々増しながら息もつかせず通り抜けていくのだと想像します。GT-Rに座ってみました。



2ブランド拝見し、もうひとつのブランドもに気なりつつですが、後日我が家場合は黒川鞄で着地を見せました。




小学校は受験せず、多くの方々からご助言頂いたように、近所の公立へ行かせて頂きたい希望です。なかなかに各所で評判もよい小学校のようで、近所の方もその小学校から二人育てあげたようで、校舎も綺麗になったところで、来春門をくぐらせてもらう運びで進めたいと思います。




某国立小学校に親戚もいるので、下駄が可能なのか聞いてみようかともよぎりましたが「男の子は、たくさんの、さまざまな人とかかわる公立でもまれるのがよい」というご意見を多くの方から頂きました。




プールに、ストライダー、バーベキューに釣り、と多くの感性や教育の機会をくれ「この二人が将来もし結婚したら陽気でそれはそれは明るい楽しい家庭になるだろうな」と思う女の子の同級はお受験をすることになったそうですが、一旦別々の小学校に行き、ひょっとすればまた高校で出会うことがあるやもしれず、そのようなご縁がまたあれば楽しみですが、




この子が将来何をするのかは分からずながら、組織の運営ということをすることになった場合、実に多くの価値観があるのだということを知る土壌を歩いておくことが、後年役立つようにも思います。




我が子が操る玩具のレーシングカー、ひっくり返ったのを直してくれた、お歳を65年輪は重ねたであろう女性がお一人でカーレース。素敵に思いました。




自らのサイフから追加投資して、カーレースという「時の流れの所有権」をレンタル延長します。



「さんま食べたい」と、こちらの定食屋さんへ入りました。




こちらのお茶も美味しく、




生姜焼き定食にした私の方がおこちゃまな舌かもしれずの中に、


綺麗に完食後は「もう一匹食べたい」と、ママのサバだったか、をもらいお腹を満たし、




案外にいままで触手を伸ばしていなかったFJ防水ラジコン、近場で販売終了になってから焦ってほしくなり、この日銀座で見つかり、



帰りはスタバでショット追加をママに買ってもらい、



雲が多い日でしたがお花見と思われる人出も旺盛で、




こちらは花見とは関係ない人出を見れば、人をこれだけ集める街力を思い、




高校生の頃によく通った紀伊国屋書店ビルの側面。この先はなかなか撮れないのだろうと思って一枚収め、




知らぬ間に新旧の見分けもつくようになったネックスを見て、



2歳の頃だったか行ったことがある公園に「寄りたい」ということで、途中下車の旅です。




白い鯉も見て、少しだけ付き合って、



ここでも春を感じ、




水中からタイヤの回転を確認したであろう夜を過ごし、



三月末日、春休みの日曜日、




気ままに出かけて、ホテルだけ予約して静岡へ出発です。




給油もして、



軽油のただよう香りを嗅ぎながらその経済性と力強さ、そしてディーゼル機関車や船、あるいはジェットエンジンとの共通性を説明し、



お隣のジープに一礼して、




15台はあろうか、洗車のすさまじい車列を見れば、ガソリンスタンドの間引き加減を思い、




友の内縁期間は今後も幸せに続くであろうと思いつつ、内燃機関の将来はいつどうなることやら思いながら、



Gもジープもちらっとでも見えれば、その新旧を瞬時に識別し、



東名高速に乗りました。




子育ての記録、我が子のログ。時系列もさらに混迷を極め、何を話したのか、どのような瞬間だったのか、忘却案件増加の一途ですが、




この子が生まれてから、正確には入園してから育むことになった社のことも合わせ、記録を重ねていくとすれば、




社が成長するほどに、情報処理的疲労なのか、プレッシャーやストレスもあるのか、器が小さいゆえの壁も感じつつですが、



なんとか考え方も変えてやってみよう、トライしてみよう、いや己を知ってここで止めるべきか、も悩みながら日々を過ごします。もう一つ買ったプレーンなホットドックよりも、こちらのかなりスパイシーなソーセージのほうがいいと、コーラと合わせ技でぐいぐいやります。思えばグアムでスパイシーなエビも「ちょっと辛いけど美味しい」とママの血も多分に感じます。




G用に久しぶりとなるCDを購入です。




小さい頃から走るのが大好きな右手奥の岩場コースを一緒に何度も走らされ、



パパが何かのテストで世界5位になったという、恐らくは理数系のそれかと思わせる、その血をなかなかに感ずるお友達と仲良くなってしばし遊び、




経由地設定もしばし修正をしながら、旅路は続きます。




週末付近は英語の間にママが夏休み亀の予約をしてくれ、




エコノミーかカウチになるかと思っていた要因たるビジネスクラス反対派だったママがビジネスで取ってくれ「ファーストにしてあげてよ」と具申するものの、「それはまだ早い。まずはビジネスから」とこれは却下されたものの、






英語が終わり亀予約完了のそれを知らずに、飛行機模型店でANA亀を購入し、という奇遇な一致の日となった夜はばぁば宅へ一泊しました。ちなみにツアー扱いよりも、代理店で一括して手配してもらうわけながら飛行機やホテルは個別にお願いをしたほうが送迎リムジンもついて七掛けつまりは30%も安いそうです。




明けた土曜日は「久しぶりの草津だ」「草津だいだいだいだいだい大好きなんだ」というお湯につかってきましたが、



夏休みの予定も少しずつ決まりつつ、「ばぁば家に10個泊れる」と妄想発言となっているGWは基本ノープランでまだ漠然とバーベキューのみの予定ですが、社で働いてくれているパパ友ママ友家族ともどこかへ出かけたくしかし日程を思うと土日のどこかにすべきかとも勘案しながら、





昨年のハワイ写真整理が止まっており一年の周回遅れが見えてくると焦りが生まれてきます。せっかくのGクラス玩具なぜ買わなかったのか後日聞いてみれば「つくりがやすっちいから」と質感のチープさが気に入らずだったようで、質感への感性も育ってきたのかもしれません。






パパのために買ってくれたハイラックスのトミカを置いて旅の続きです。





「さっきいっぱいやちゃった」と、将来役に立たないかもしれませんが、知らぬ間にCD出し入れのトレーニングもしていたようで。




お互いに20年前後というそれなりの期間、自ら何らの保証もなく、その代わり自由好き勝手に経営をしてきたという心の土台で共鳴できる友いわく、




「お金なんてあの世に持っていけず、あまり残しても子にとっていいことはなく、年を重ねてくると使うこともなく」つまりは必要以上に稼いでもしかたないという共通認識のもと、




それでも性分もあって拡大の一途をときに止まるか迷いながらも目指していますが、




傍から見て一つの評価にもなりえる戦果を頂いてきており、かつ個としては自由闊達ながらも「すさまじいストレスだと思いますよ」という理解もくれる仲間が近くにいてくれるのは大きく恵まれていることかもしれません。気持ちもまだまだ気張ったビューラーでいきたい中に、




すべて増大していく事項、つまりは将来的リスクとして外的環境変化の確実な蓋然性において、不安事項も増大重責化していくわけですが、




イコールとしてさらに一歩前進すればリスクもさらに大きくなり、心労も肩こり以上に増えそうですが、




白羽のセンターピンとなるのか、お客様からビックプロジェクト以上ともいえるお話を頂戴し、まずはスモールスタートをしていく算段ですが、





これに取り組んでみることにしたいと思います、という検討を重ねています。





社有かは要件ではないながらに、拠点の充実化を図ることも目して物件ドライブをしてきておりますが、この話しの流れもあり、




弊社の課題と問題、宿題は夏休みの最終日ばりに山積ながら、全国レベルの各所でのご要望も頂きつつ、とある行政区画内のとある仕事について全権したいというお話も頂き、




一つひとつ、一歩一歩ということで、集中してこれに取り組み左足三戦立ちの構え、用意の段階であり、基礎が最も大切であるように思い続けたく考えます。




枝豆が特筆級に美味しかった沼津で夕食を頂いたあとは、日帰り温泉施設へ向かいます。




この旅路でも、静岡駅周辺か沼津周辺か、浜松は愛知極東支店に任せるとして、



静岡内の拠点を出すとしたらどちらがよいか下見も、途中からすることにしましたが、少し離れるとその経済規模を感じれば、少々慄くながら、




ときに車で東京から大阪へ向かう私も、大阪から東京へ向かう友も共通して思うことは「しずおかなげー」という感想ですが、東京あたりに住む免許を取って間もない多くの人がドライブ情報誌で「焼津で新鮮な魚を食べ尽くす!」的な記事をみて、




軽い気持ちで焼津に向けて日帰りドライブを企てようものなら「こんな遠いのか」と思った日が誰しもあるような気がしなくもありません。同じく軽い気持ちで購入すると後悔しかねない車種に思います。




日商も増えてきたところで、2月など暦の影響も大きくなってきました中にGWは戦々恐々な一面もありますが、




概ね毎月10%前後の売上成長も重ねさせてもらっている中に、とかく課題クリアの難易度も向上しつつですが、




2乃至3年、場合によっては5年かけてお客様から頂いた大きな大きなご提案を形にできるよう取り組んでみようと思います。





どっしりとした富士を毎日見ることで、精神的安定と安らぎを求めて、という側面もあり晩年この地で家康公は終活をしたのではないかと想像しながら、




翌朝知ることになるホテルマイステイズ清水と生まれ変わり、ホテルビスタとしては最終営業日となるホテルに、寝たまま到着し、



抱っこして当時朝食別8,000円、朝食込み12,000円な宿泊費用は、後日ANA亀模型の値段をママに聞かれ宿泊費用並みだと叱られればその通りだとも思い、


鉄泊プランはまずは私だけ楽しんで、




貨物と汽笛の音を味わいながら静岡一泊目の夜は更けていきました。





Posted at 2019/04/15 13:52:16 | コメント(0) | 静岡ドライブ | 日記
2019年01月17日 イイね!

冬の中伊豆サイクルスポーツセンター 銀河とともに。

冬の中伊豆サイクルスポーツセンター 銀河とともに。















ずいぶんと高いところからもジャンプするようになりました。






中伊豆にある小惑星かのような様相を持つ中伊豆サイクルスポーツセンター





先の出張で、関西サイクルスポーツセンターもあることを知りました。夏は避け、春か秋にお邪魔したい考えです。水上宇宙船から降りた後も引き続き銀河販売機で、銀河を購入します。





モナカタワーに見えるこの物体は、恒星の素が詰まった銀河団の仮納品で、未完成のまま商社を目指す仲買人の手によって池への投入という鯉にとってはビックバンの一環として卸されていきます。





追加で銀河が欲しいと、合計12個、銀河職人走ります。世界初公開、宇宙の舞台裏であり、意外と泥臭い世界です。




宇宙を移動していく銀河かのようなこの一個のモナカは、案件として出回り、転売される危険性と隣り合わせにあるところです。




私の将来の夢は銀河仲介業かもしれません。転売益を目指し、ロードマップとしてまずは書道から、すなわち墨汁を摺る活動から始めたい考えですが、銀河ドットコムの取得は早めに済ませたいとも狙っています。





ところで弊ブログでは、仕事や出勤、あるいは登校においての遅刻原因を説明する際、





「ちょっと宇宙が・・・」と責任の帰属先を宇宙に譲渡して、合理的に相手の同意または納得を得る大人のテクニックを推奨してきておりますが、




実は近年の研究において、私たちが所属する天の川銀河と地球の気候変動に関連性がある説が、提されています。すなわち太陽や月だけではなく、銀河までも気候に影響を与える可能性が指摘されており、宇宙が我々の生活に及ぼす影響力は一般的な理解以上であることから、十二分に「宇宙のせいで・・・」という挨拶級の説明的会話が許容されるどころか、求められていると言ってもいいかもしれません。





イスラエルにあるヘブライ大学宇宙物理学者ニール・シャビブ博士(合わせてカナダ・オタワ大学ヤン・バイツァー博士)によると、銀河を公転する太陽系が、銀河のスパイラルアーム(渦状の腕)に突入したときに、宇宙線が増加し、雲の発生が増え、日光が減り、寒冷化するという理論です。詳しくはこちらのまとめブログ。さらに暇な方は「YouTube NHK





他方、寒冷化よりも恐竜が絶滅したとされる巨大隕石到来時期とスパイラルアーム突入の時期が概ね符合しており、単純に隕石増量の可能性も天文学的数値かもしれませんが向上すると、こちらのほうが怖く思いましたが、これから概ね8千年あとの課題となってきます。




一部で太陽活動の周期を根拠にこれから地球が寒冷化するタームに入っていくとする説があり、少数説と言ってもいいかもしれませんが、これへの直接的な反証にはなりえませんが、しかし太陽活動の影響はあっても1%未満程度とされており、太陽活動の影響によって平均気温が変わったとしても平均1度未満の変化と思われ、





方やスパイラルアーム影響説の要素だと、2度程度下がることもあり、いずれにしても絵に描いたようなまたは映画であったような寒冷化は起こらないと考えますが、まだまだ当分はもしくは結局として寒冷化の心配は不要ということになろうかと思います。





ほんのり補助輪脱却へ向けた活動の準備をしながら、基本はなぜかオフロードにしか興味を示しません。来るべき着陸に備えブレーキを掛けながら山を下る、腕力強化、すなわちアームストロングトレーニングです。





人類がこの先も長らく繁栄を重ねられたとして、人類が考え出した資本という仕組みは、





究極的には宇宙へ向けた技術進歩を積み増していくためではないかと、実は真剣に思っています。





宗教観というものを持ち出すと争いを招きかねないので、簡素に記せば、科学が少しずつ発達してきた時代に生かせさてもらっている中で歳を重ねてきて、





どうもアインシュタイン氏の言っていることが感覚的に近いのではないかと感じるようになりました。




レーシングカータイプの足こぎクルマを待ちます。





すなわち、人格を持った神ではなく、汎神論という分類のなるのか、






原子や分子、それらは我が身が滅んでも次に姿形は変えてこの世に存在するという意味で輪廻転生はあるかのごとく、しかしその先の意味合いはまったくもって暗黒物質のように暗中模索ですが、




ミューオンをイオンで買ってコレクターとしてのデビューも虎視眈々と考えつつ、今はシャンプーメリットで、空気シャワー(大気中で大量の2次粒子が発生する現象)で洗髪できないものか、滝に打たれながら考える日々です。





中伊豆サイクルスポーツセンター。子供と一緒にサイクリングしていると筋トレが進みながら、お腹が空いてきます。頼むからご飯を食べさせてほしい、と雨ごいの儀式のように懇願すると、




「それはさジャンルジムのあとね」という意見を親の権力発動でねじ伏せて、ご飯にありつけました。山で頂くそれには及ばないかもしれませんが、この小山でバカになるほど大腿直筋も感覚がなくなってきた中のカレーがしびれる程美味しく感じます。




ラーメンも大好きに育ってしまい、お弁当がある日も「足りないから幸楽苑理論」の援用な日々が続いています。






Aちゃんかき氷というスペシャルを作りながら、




つい二ヵ月ほど前も彼にとっては十分昔なのだと思われますが「パパ昔クラウン好きっていってたよね。どうしてプラドが好きになったの?大きいから?」と気づけば、これも強い影響を受けています。




セキュリティパターンで「5だよ」「2だよ」と数字を書いて、なるほど子供の視点だと気づかない新鮮な発想を感じます。




私が遅れて少し後ろを歩いていると「パパーパパー」と小走りしてきて「記念撮影で1枚撮って」と、どのようなときに記念撮影マインド発動が未だに分かりません。





ジャングルか、アスレチックか、経理か分かりませんが、興奮しすぎて怪我をしないようセーブしながら追いかけっこを交えジムを制覇し、




「あっAちゃんのクルマ見える」と所有者の方自ら駐車場を確認し、




追いかけっこリスタートです。



私が一人簡易ジェットコースターに乗っているとき、心配そうに見つめる我が子。




今回も楽しかった中伊豆サイクルスポーツセンターをあとにします。




助手席がだんだん開放気味になってきて少しずつナビのお手伝いもするようになってきました。





看板をみて「いちご大福のところ寄りたい」と、判断もするようになり、あれやこれやとささいなことも成長を感じる、つまりは脳の増量が日々行われているのだろうと推測される瞬間の連続が続きます。





過日の出張ドライブで、遠距離の足にはもってこいであることに気づいたS400ホールド論が少し湧いてきていますが、プラドも捨てがたく悩ましく思っています。





全国津々浦々、季節を問わず行くことになるので、走破性も魅力に感じており、さすがに高速レンジでは静粛性に動力性能合わせSクラスかと思いますが、




いやはやこのFJ中低速では乗り心地、ロードノイズについて、無論560までになれば遮音性は数段高まりますが、少なくともS400よりいいのではないかという出来にプラド心が擽られます。遅くとも子供が中年になる頃には、内燃機関車は化石のごとくとなり、GSもほぼなくなる結果ガソリンを入れるのも苦労する時代が到来するかもしれませんが、「Aちゃんが大人になるまでとっておいてよ」と言われなくとも、引継ぐ日まで大切に乗っていきたく思います。





ちょっぴり写真を撮ってクルマに戻ると、




シートベルトを自分で締めて、大福についた白い粉をまき散らしながらイチゴ大福を食べており、という成長もまた感じ。




ひらがなで「うし」と書いてある看板を見て「ここ牛飼ってるの?」などと認識力の向上も感じながらの社会勉強な連休最終日。まだ旅は終わりません。





どこからそれだけのエネルギー溢れてくるのか、思いっきり体を動かし続けた数時間が強い睡魔に換算されて誘われながら、しかし「見て輸送機だよ、4機もいる!」と飛行機は見たい葛藤タームです。




地元の方はときおりある光景かもしれませんが、4機の輸送機がぐるぐる旋回を続け、編隊とともにドライブの時間です。「これ練習?」と言ったと思ったら少しすれば「これ訓練?」と語彙もいつの間に仕入れてくるのか、船は「転覆」と表現し、私が「終わりだよ」といえば「終了ってこと?」とやはりなぜか二字熟語系が多い傾向です。




道中「うわー景色みてー」などの声も聴きつつも、輸送機をある程度見届けて深い眠りにつきました。助手席なので秒間のまばたきも減少傾向、周りの車両確認頻度も上げ気味にする等、いつもより一段上げてのセイフティドライブモード。




Sクラスなどが先進搭載した、衝突回避技術が搭載された車に慣れていると、どこか慢心が生まれるように思い、FJは10年以上前の設計で、そのような気の利いたシステムもなく、自然と注意レベルも向上します。




目的地を沼津のハードオフから、車中厚木のハードオフへ変更し、見慣れた小田原厚木道路の起点あたり、はじめて厚木で降りてみます。




厚木駅周辺および駅から続く商店街の明るさに驚きながら、お宝ゲットということになるのか、新年19%オフに一助をもらい、




自分でルームランプも付けて、つまりは環境を整える能力向上も確認しながら、




子供はお宝を確認しながら、次へ向かいます。




会員登録し、私のスマホへメールが届くようになったブロンコビリー、その厚木店です。メール見返しましたが、お得情報はあらずでがっくり。




「いよいよつける!」とランディングギアの固着化職人をママから受け継ぎ、道中は「生まれる前はおなかのなかにいたの?」とそのあとに通った記憶がかすかすにあるのか、どこからか聞いたのか「とんねるどこあるの?」と質問が続き、あるいは「ドラえもんの世界にいってみたい、いけないと思うけど」と今しかない汽水域を味わいながら、








男らしく食べるようになり、一方でお皿に入れてみた揚げたオニオンは「うまくねーにがい」とこれも男の子らしい言葉も発するようになり、「ここきれいなひといっぱい」とオスとしての品格も高尚化させながら、



最近お気に入りの「ステーキ食べたい」という要望を出したに相応しくお肉をしっかりと、




平らげて、




「きもちよくおふろはいってきましょう!」と心地よく可愛い掛け声をもらって帰りに寄った、この旅二軒目の日帰り温泉。「だめ崩さないで」とシャワーの水流で生成したお気に入りのヘアスタイルが見つかり、ドライヤー後に再度整えて、




明日の幼稚園もこの髪型で行きたいと、気持ち良いお風呂を頂きました。





4乃至7本出るマシン。ボタンを押せば4だったものの、飴を運ぶ機構に二本ずつ入り計6本搬出。





私のプラド心をよそに、先ほど代車のS560に乗れば「これいいね、これいいね」を連呼しながら、「高速行こうよ、これで温泉行こうよ、色もいいね、乗り心地もいい、これ買おうよ」しかしパパのSは売ろうとぶれはなく、出来のよさを感じているのかかなりS560お気に入りの様子でした。



コンデジ200mmを内蔵フラッシュで記録して、



このあと残した飴はいらないのか聞けば「あめいらないにきまってんだろー」と髪型で強気が増したのか、



行きに「作ったりするだけでなく、出荷しているのかな」と説明すれば「運ぶってこと?」と出荷はなんとなくわかったのか、耳に挟んだことがあったのか、という会話も思い出しながら、




ひょうきんな存在も溢れながら、たった28時間、短いシンプルな旅路ながら、充実度が高かった旅の帰路に就きました。






翌朝はヘアスタイルを整えて、




この時期は原価が安いからとかなりおまけして頂いた静岡産の花を携えて花当番の花王子として登園しました。






今日のカメラフォト。「すごい全部できるじゃん」と指摘すれば「説明書見ればわかるでしょ」というレゴの現場で大活躍。部品を探すのは私の役目ですが、老眼で探すのは肩へも響き、集中し凝固した体を動かすと関節が痛い老体には手厳しいレゴ地獄。今日はお着替えを全部自分で出してラーメンです。








Posted at 2019/01/17 10:50:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 静岡ドライブ | 日記
2019年01月16日 イイね!

時速227万キロで28時間の旅   に行ってきました。

時速227万キロで28時間の旅   に行ってきました。









最近好きな数字は2824。





「夜の旅も素敵だね」との声を聞きながら、








あっあそこに月だと教えてもらいつつ、三連休少しは連れ立ってあげたく、思い付きで約28時間の旅路となったながら2,220枚も撮影した、つまりは充実感が高かった筋トレにお出かけです。





出発してすぐに我が家、心のグレート・アトラクターであるFJの先導がスタートです。




「あっGL」との報告。





希少車のセットを拝んで、




FJには町田のあたりまで先導してもらい、勝手にオフ会気分を味わい、





FJまたいないかなぁと子供が言った1秒後に「うわ、いた」と家族で車中共同歓声が上がり、






もう一台いるんじゃないの?と言えばまた黄色いFJが現れ、これらで大喜びのおめでたい一家、夕食休憩です。





これ食べたいなどと協議しているとあっという間に夕食時、混雑してきてしまい、






怪しいネオンの光りに砂糖を主成分とする満月が照らされているかのような光景に魅せられ、




子供推奨のトン汁類などで、ネオアウトドア系でディナーにします。






19:30、冷える夜空を思えば、





1銀河あたり10億から2,000億の恒星があるそうで、





そのような銀河が昔は1,000億乃至2,000億個程度と教わってきましたが、観測可能な宇宙にあると推定される銀河だけで2兆個になるとキングメーカーNASAよりいつの間にやら増量され、





次世代の宇宙望遠鏡が上がれば、またさらに総量規制が撤廃されていくと見込まれ、





私が出張中から合わせばぁばのところに結局二泊していたそうで、一泊目の豚しゃぶが気に入り二夜連続豚しゃぶとなったそうで、栄養環境はそれに甘えることにして、この夜のディナー〆の肉まんを食べ乍ら、宇宙の壮大さを確認作業します。





道中コーラの会社が見えれば質問も受けながら、この日のお風呂に到着です。




地球は自転し、太陽の周りを公転し、




太陽系は銀河の中を公転し、その銀河は広がる宇宙の中、秒速数百キロで移動をし続けており、





「素敵な部屋だね」との発声をしている間にも、地球の絶対座標が思いのほかいくつかの変数で変動を続け、かつその移動距離は人知を超えるものがあり、





「お風呂も素敵」と聞きながら、つまりはタイムマシーンが仮に開発されるとした場合に、かつ膨らむ宇宙でさらに相対的要素も増加しつつ、座標が変わる中に仮に宇宙の中心が見つかりここから絶対的な座標軸基準が定義されたとしても、さらには空間の歪みを考慮しないとしても、江戸時代に行きたい、縄文時代に行きたい、あるいは1年前に行って株を買いたい、となっても、





宇宙空間に放り出され、数秒前ですらタイムワープしても太陽系を眺めることになりそうです。





すなわちタイムマシーンを作ることは時間を行き来するだけでなく、場合によっては光年単位で瞬時に行き来できる技術、さらには銀河の動きならびに宇宙空間そのもののコンマ秒の遅れも許されないほどのリアルタイムな変数も合わせ、正確な位置情報が必要となり、これらセットでプロダクト化する必要があり、今まで想像していたのび太君のデスクよりも、ハードルが高い世界観がありそうです。




靴ベラで靴を履かせてくれる、この10秒ほどだけを思っても、地球の公転および太陽系そのものの公転を無視しても、所属する銀河の移動距離だけで銀河が秒速500km移動しているとすると、ざっくり約5,000kmこの地球号は移動距離を知らぬ間に稼いでいます。




子供が爪楊枝を取って、家族分並べてくれ、私が35mmマクロで撮っている、合計1分ほどの間には、この地球は宇宙空間を同30,000km移動していることになります。





私が自らの餌をお皿に載せている朝のレストラン。テーブルで座っている子供から大きな大きな月にまで届きそうなデシベルで「パパー?」と呼ばれれば「なにー?」と応答し「パパ大好きー」と声を響かせてくれた無限大のイベントもあった、思い付き気楽な旅路は28時間、で考えますと、同銀河の移動距離だけを勘案しても、50,400,000km地球のオードメーターが増え、プラス東京沼津間往復約260kmと合わせ、





50,400,260km旅をしていたことになり、地球をガリバーに持ち込んだ際の下取り査定が気になります。「まないたのきりはしは持てる?」と質問を受けながら、擽りの儀式をして、出発です。





入念に砂糖も投下するコーヒーを淹れてくれた3分の間にも、軽く9万キロは移動しているわけですが、地球の公転等も含めると地球は時速2,271,600km移動していると計算している方もおり、分かりやすく表記すれば、ツインターボとカタパルトを駆使して時速227万キロで動いていますので、合計3万円使ったこの旅28時間では63,604,800km移動したことになります。なお光は時速10億8千万とされているので、いかにそれが速いのかと思いますが、光の速度以上で宇宙は膨張していると現在は通説級に説明をされています。





ざっくりどんぶり計算しますと、旅の予算3万円使っている間に6,360万km移動していますので、1kmあたりの旅コストとして計算すれば1km0.0005円の旅路、ということになり、仮にタクシーで移動した場合は22,770,000,000円(227億円)説も考えられますが、タクシーは止まっていても6,360万km移動するから28時間分の料金として概ね30万円程度ではないのかという通説、いや乗務員として仕事すればむしろ収入を得れるとする少数有力説などが争いを見せています。





常々何事もお金という単位に変えてみると、より身近にイメージを感じることができるのではないかと思って来ました。乗るドア、荷物を仕舞うトランク、すべて開けてくれ整えます。





たとえば日本人の人口1.2億に占める200万人という影響力を計る場合、1.2億円銀行口座へ保有していると想像し、200万円豪遊したとすると、分母に与える景況は軽微のような気がしてきます。




より具体的に当てはめてみますと人口減少は2017年30万人減、2018年37万人減ということだそうですから、保有する1.2億円から30万円、ついで37万円合計67万円キャバクラで使ったとしても、資産に与える影響は軽微だと思われ、つまりは経済に与えるインパクトが小さく問題がないレベルということが分かるような気になってきます。




という要領で単位を置き換えてみるだけでだいぶイメージしやすくなると思うのですが、




地球の自転速度1,700円(時速1,700km)、地球の公転時速10万8千円(時速108,000km)、花当番用の花を仕入れればケンタウルスが銀河団を抱えるように、花束を渡して頂き、






狭くて通れるのかと心配のお声を頂きながら、太陽系の銀河における公転速度時速86万4千円(時速864,000km)、





銀河系の移動速度、諸説ありつつ時速220万円(時速2,200,000km)、または660万円(同)





光りの速度10億8千万円(1,080,000,000km)、




「これからカリカリ梅ができるの?花が咲いて実が出来て?」と質疑の時間もありつつ、ここからこの優れた手法を用いても想像が及ばなくなっていきますが、





空いている駐車場を見れば「ここ人気ないの?」という中伊豆サイクルスポーツセンターに到着したところで、銀河の数で当てはめてみますと、1銀河あたり恒星が10億個乃至2,000億個あるのを単位を替えますと10億円、100億円、乃至2,000億円を持っている資産家が2兆人以上いる、というのが現在観測が可能なエリアにいることが予想されており、




「あっここのプール来た」と確認しつつ、観測できる宇宙が広がっていくことが見込まれており、さらにはこれが増えていくものと予想されます。





宇宙の年齢は138億円(138億年)ですから、時間の経過として138億だと想像してみるもの大変ですが、経済単位に変換してみると少し大きな中小企業の年商レベルと考えると意外と若いとも感じます。









「サイクルスポーツセンターげんきにあそぶぞーおー」と発声しながらも、なぜか前触れもなく「10億円、10億円」を連呼しはじめ「10億円100個ほしい」と所信を表明し本格的な活動を始めます。





現在観測できる宇宙の果ては480億円(480億光年)ですから、これも同じくですが、






138億年経ってきた中に、観測できる宇宙空間に一度も新たなビックバンやこれに準ずる活動またはその影響が観測できないということは、実はビックバンはなかったのではないかとすら思えてきます。





宇宙の形はどんなだろう。





幾何学的に大分類すれば同相であり球型ということになるのか、案外にこの茄子型チューブで常時波打つように変形しているような気もしていますが、




ポアンカレ予想ではどうなるのか、思いのほか実は剣山型で、基本は球体系でありながら、無数にある超光速で移動する銀河がダークマターを先兵にして空間を押し広げ、その先が剣山の針のように膨張の端緒となっているのではないか、と根拠なき想像をしてみたりした場合、大きい分類は球体であるのにもかかわらずロープが針にひっかかるもしくは針と針の間にロープが埋没するとそれはどういう説明になるのか、






さらに敷衍すれば地球にけん引フックが付いていた場合は、と考えるとこれはドーナツ型に分類されることになり、




「したでアイス買う」と聞きながらホワイトホールとホワイトハイツは何が違うのか合わせ、これらと考えだすと地球が2,500km移動している間にすなわち5秒で熟睡できるから不思議です。






と、こうして宇宙に再度興味を持てた金勘定ばかりしてきた人生。



「今日のカメラフォト」

草や木を見れば「地球の一番中はどうなっている」から地球の創生に質問が移り「いつから草や木が生え始めたのか」、そして「どうして太陽は宇宙にあるのか」「どうして太陽は浮いているのか」「宇宙の一番上と反対側はどうなっているのか」と子供の好奇心に刺激され、私も再度興味を持てたのかもしれません。





宇宙の果て、それはないのかもしれず、我々の概念では理解することができないかもしれず、仮に宇宙の空間的果てがあるとすれば、写真を撮るときに光が回るという表現をしますが、同じように光りが回ったり何らかの周波数や物質が反射されてもよいはずであり、しかし超光速で広がっていれば光が追い付くことはなく、宇宙の果てその素材はブリヂストンが作っているのかも気にりますが、





ハッブルが捉えた銀河団の写真を見れば、圧縮効果もすさまじいのだろうと思いつつ、あと数年で次世代宇宙望遠鏡が上がりさらなる研究が進むかと思えば楽しみになってきます。





軽いドライブ旅行が二毛作になろうとは、つづく。




Posted at 2019/01/16 11:11:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 静岡ドライブ | 日記
2018年12月20日 イイね!

エアパーク浜松と浜名湖SA GW6日目 スリーボール

エアパーク浜松と浜名湖SA GW6日目 スリーボール












行き当たりばったりの旅。






たどり着ければ当時立ち上げて3ヵ月にも満たない大阪支社と心の中で呼びたい、事務所も見に行こう、と話していた中に、




九重ホテル泊のあとは、三度目くらいになるのか浜松エアパークに来ました。





最近は「まぐろに塩とみりんつけたら美味しい?」という疑問も生まれているようで、




ばぁばの家でテーブル天板に頭をぶつけないか心配していたのが、




気が付けば天板をおでこの高さが越え、走る我が子をみれば天板に目をぶつけないか心配していたのが、



さらに気が付けば、天板が胸の高さになり、





あっという間に大きくなってと思っていたら、今度は天板の高さが胸の位置を越え始め、





パパは毎度この構図を撮る足踏みぶりですが、一緒に歩いていても写真の頃より頭の位置が近くなり、子の成長、その早さに驚かない日はありません。






ミニ映画ですが、名古屋のリニア博物館以来か、大人しく見れるようにもなって、





「何十年、何百年、何千年」とGReeeeN氏のキセキを一緒に口ずさみながらの道中、せっかくなのでオリジナルCDを買おうと立ち寄りました。最近はクリスマスを英語バージョンで口ずさむようになりました。




1、2、1、2

.


ママと貿易摩擦の火種を作りながら折衝の末、手に入れた旅のクールダウン。





GWにてハンバーグが3時間待ちとのことで高速に乗り、次はどうしようか、と車を走らせながら会議です。





会議の結果、SAでご飯。浜松エアパークの目立った戦闘機は今回ですべて彼の手中に収められました。




スクランブル発進、要請の可視化です。




着弾。年内お弁当が中旬前には終わり、連日「ラーメン食べたい」と幸楽苑へ行ったりしながら、幼稚園も年内は昨日で終わり、スタジオの撮影も行き、その帰りも幸楽苑。とうとう常連化の証しである「いつもの」で注文するようになり「基準の味その一つになっちゃったよね。将来、ああやってクルマ乗りつけて、幸楽苑来るのかなぁ」と呟けば「その頃には潰れているでしょ」とお気に入りの味なはずなのに手厳しいご意見でした。




タイヤに見とれながらご飯を終えた後は、



グリコ。今思えば大阪を示唆していたのかもしれませんが、




ここからさらに浜名湖SAを堪能する時間となります。




ホテルの無料遊覧船に乗ったにも関わらず、どうしても浜名湖SAから乗れる遊覧船に乗りたいというオーダーに応えてみれば、




これが当たりでした。





わくわくする気持ちが伝わってきながら、





救命胴衣をつけてもらい、





30分という十分な時間、大航海時代の幕開けです。





細やかに解説もしてくれながら、風を感じ、船を楽しみ、浜名湖を感じ、心地よい思い出を作るひととき、という風合いで、次回の機会も選択肢に入れたいアトラクションに思います。






お客様は神様です、という考えや感覚がありますが、




多少スタンスを変えて、しかしほぼ同義と言ってもいいかもしれませんが「お金をもらってやっているプロなんだから、しっかり仕事しろよ」という仕事に対する厳しい態度を若いころは持っていました。敷衍すれば社内幹部にも「高い金払ってんだからしっかりたのむよ」と同じ考え方を押し付けることができそうです。




飲食店やディーラーなど、不満足が大きいものならば「お金を払って不愉快を買ってるわけではない」と叱責モード、しかも全開でした。




それがやがてファミレスで一時間以上待たされても、感謝するようになり、感謝しようね、と子供に教えれるようになり、ちなみに外国へ行けば総じて着丼は遅く、中国でマッサージへ行けば、肩で携帯を挟み電話しながら接客でも、彼の地へいけばそれが当たり前となれば腹も立たず、日本だから立腹モードになりやすく、という経験を通じただけではありませんが、




仮にサービスレベルがかなり低くとも、ルーズな心で構えて、何ら不満に思うこともなくなりましたが、




お客様は神様です理論の下支えは「神様はお金くれねーけど、お客様はお金くれるんだよ、だから神様より有り難いんだよ、大事にしろや」という論調を内在する場合もありますが、




確かにビジネスというものは、お客様がいないと多くの場合成り立ちません。





顧客へ提供する商品またはサービスを一定の品質にしておかないと、競合にお客様を奪われて、閉業や閉店に向かっていきます。お金を稼ぐことは大変であり、お客様も何らかの苦労をして得た経済価値を支払うわけなので、債務の本旨を気持ちよく受け取りたいわけであり、債務の本旨+αも必要になってくるかと思われ、あまりに低品質というのはときに詐欺的行為と言ってもいいかもしれません。




しかしお客様は神様です理論は「こっちは金払ってんだから」と何でも要求することに繋がっていきやすく「金やるから言うこと聞けや」と言っているのに等しく、これは資本主義や市場原理というよりも、拝金主義そのもの、または拝金と親和性が高い理屈であることと考えられる中、





あなたはお金をもらえるのであれば何でもするのですか、という話しになりますが、あるいはお客様になったという契機が根拠だとしても、おそらくは要求者もしくはクレーマーも同じ言われる・受ける立場になれば、お金をもらって何でもするはずもなく、と思われますと思いますの気がします。






生きていくために心肺機能を鍛える本能だと解釈していますのが、これに素直に従う我が子の自由に任せ、登って一気に駆ける、何本も走り




ゴールかと思いきやこのあと肩車登坂までお供して、




見つけたFJも鑑賞しました。



浜名湖SA、なかなかに充実しています。




美味しそうなイチゴも仕入れ、




「しいれって?」売るために買うこと、と教えてみて、




最近は家のお風呂でアイスを食べれば「最高だね」と味をしめています。




名古屋に泊るか、大阪まで一気にいくか、あるいは京都も悪くない、と会議をしながらのドライブ、一気に大阪を目指すことにします。





若い頃は隠れて怠けお金は欲しがる大人に、あるいは抜きに出る努力をせず矛盾に満ち溢れたネットの投影に怒りがふつふつでしたが、段々と変わり、それが世の中であり人間である、と等身大として素直に理解するようになり、




もしくは、給与が上がるように能力も引き上げる努力をし「階段登りたいなら、お前も変われ」と強要し、できる価値観を身に着けろと押し付けて、一方で安い給与でこき使ってやろう、という気持ちもありましたが、




お客様など立場は関係なく人は皆対等であり、尊厳が一人ひとりあり、コンビニでレジをしてくれることも当たり前ではなくと体や心で思うようになり、あるいは皆苦労して、正確に言えばその本人なりに精一杯生き、エネルギーが満ち溢れないときはない常にフル充電な若いときは気づきもしませんでしたが気力に体力限界ギリギリで生きている人もいて、




常に環境変化があり変動的なので、100%は出来ていないと思いますが、今は「正直、非常識な水準だと思います」と若い方から具申される水準な「少しでもよい待遇で、仕事も裁量制でつまり出勤も退勤も仕事量も自分で調整でき、私用の用事も好きに入れてよく、かと言って他の社員氏という十分な人手も用意し、アルバイトにお願いして楽をしてもよく、一人ひとりの負荷は最小限に」という方向で、マインドとしては「働いて下さる方を大切に、大切にさせて頂きます」ということを土台にデザインし、運用していると、




ある日、面白いことに気が付きました。




会社というものは、成長の場である、と若い頃は考え、社員同士は同じ釜の飯を食う戦友であり今の時代は会社での人間関係が歪み湾曲し薄弱でストレスの権化となっている中に、見方を変えて厚い絆で結ばれるべきであるとも考えていましたが、




この点も改説し、いや根本的に感覚も変わり、会社または仕事は単に給与というお金を得るところであり、仮にまたは個別に成長を望む場合でもそれは二の次以下である、という感覚で、会社としては「お金を得て頂く場」という感覚に特化していいのではないか、と考えるとそれ以上望まなくなり、




例えば、若い方から誘われればいきますが、そうでない限り、飲みもなし、強制の空気もなし、誘いもなし、たまの交流会もありましたが、人が増えてきたので年に一度2時間の忘年会だけとして、なぜならば戦友ではなく、単なる相互にそれぞれの事情や状況で、この会社に単に生きていくためのお金を得にきており、できれば余裕を持ちたく、そのできればも満たし、業務負荷も少ないので、時間や疲労の余裕を持って生きてもらい、





他方で10年20年30年先と生きていかねばならないので、その点はしっかりと利益を出して社を存続させていきますのでご安心下さい、というスタンスで経営をしていると、



若い方達は「前の会社では考えられなかった」と自ら土曜、祝日、家にいてもしかたないので、仕事したい、結婚する前のほうが自由に仕事できるのでもっとしたい、そうして今のうちに自分の人生の土台となっていく会社を少しでも盤石化していきたい、成長したいという心の声が聞こえてきそうなときもあり、




まだまだ余裕なのでもっと仕事振ってください、なんでもやります、という声が届くようになった女性社員氏もいてくれたり、





依頼せずとも、データを集め、分析を重ね、次の一手を毎日のように提案もしてくれたり、




私もそうですが、あまりに暇でも人生辛いので、





働かずしてお金を得たい、安心を得たい、保証を得たい、のではなく、




やっぱり人は働いていたいものであり、それが適度であればそのような本能も自然と芽生えてくるものである、という印象を持つようになりました。正確にいえば、そう自然と思える環境を整えていくことが働く方々にとっても、会社にとっても、大切なのではないかと考えるように、いや感じるようになりました。





この先どうまた感覚が変わっていくのか分かりませんが、この状態を整えていかに維持していくかは難しい論点かとも思いつつ、少なくとも若い頃からのような、






強引な押しつけ型、型入れ方式では、今のような「人は働きたい」という機微の顕れに気づくことはなかったように思います。








「伊丹にいこう」と我が子鶴の一声で大阪に着きました。




さらに「こっちまで来ちゃったね」の声に時刻をみれば19:30。







最終までまだ間に合う、行ってみよう、と強行軍してみれば見えてきました。





どうやら近場に駐車場も出来たみたいで、これは子連れにもかなり助かります。





そして聖地につきました。





轟音の降臨を体で感じて、




いざ、夜の千里川土手へ、




ルンルンの気持ちで最終アプローチ向かいます。







今日のカメラフォト。


Posted at 2018/12/20 12:57:48 | コメント(0) | トラックバック(0) | 静岡ドライブ | 日記
2018年12月20日 イイね!

「そんなことはない、あてはあるよ」と出発したGW五日目 ツーボール

「そんなことはない、あてはあるよ」と出発したGW五日目 ツーボール










「エンジンをかけてくれ」と後部座席から聞こえ、






アイアイさーと出発し、あまりのノープランさに「さぁ~てあてのない旅に出ますか」と私がハンドルを握って第一声を発すれば、




「そんなことはない、あてはあるよ」と返してきたゴールデンウイーク2018、5日目は出発してから「静岡あたりで一泊しようか」と車中会議して宿の予約を取る、というほどノープランでしたが、西方面へ行くというのだけ決まっていたような気がします。空港巡りもまだ決まっていない状況です。「足柄寄っていく?」と聞けば「レーシングカーあったところ?」となかなかにSA認識力が育っています。





そして到着しました九重ホテル。プールも整う環境に夏には4家族でお邪魔することになります。天気が悪くGW当日でも空いてました。







ホテルへ入っていく私の姿。家人がコンデジにて撮った写真をみれば、一つは35mm、一つは50mmレンズそれぞれ大口径を着けて、標準ズーム域で賄える画角の一眼二機を首から下げた様相に、我ながら努力賞の授与式を執り行いたくなりました。




過去MAしてそのままの体制にて引き続き社長業をして頂いたケースを除き、MAや新規設立含め私が新たに設置した社長としては22歳から40歳ぐらいで10名ぐらいいたでしょうか。








孫会社になってくると社長人事について聞いたような気もしますが、もしくは二つあった持株会社の代表と社長もそれぞれ譲り、子会社についての社長人事も途中から任せきっていたので把握していませんが、





零細層の中では、人を育てること、環境を作ること、任せること、仕組みを作ること、内外問わず人を動かすことなど、あるいは洗脳、とくに幹部の作り方においては得意なほうではないかと自負し思いあがっていた時期もありました。




当時大手企業H社と取引があったとき、この部長氏が幾度もあった東南アジアへの出張で先鋭化されたであろう特段に風の人がいる谷がお好きで、そのオファーに事欠くことがありませんでした。






私は風俗に行かない派な中、歌舞伎町のとあるラウンジで「どうして君は持ち帰りしないんだ」と叱られたことも数度ある中、当時まださらに小さい会社ながら特段に風俗が好きな若手がいたのですが、この一人をお供させても追いつかないほどの先鋭化オファーぶりだったところに、





一人の新卒面接がありました。3次面接で私は採用を迷いに迷っていました。




そして4次面接のあとの会食時、とある役員が「君は風俗いくの?」と質問したところ「昨日行ったばかりです」との返答は、対H社風俗要員として採用決定の瞬間でした。





当初営業とは名ばかりの風俗要員として採用したその彼は、その後大きな功績を残していくことになります。







もう10年も前の話しになりますが、「誰か大阪立ち上げてくれる人いる?」と私がMLを流すと、






群馬顧客からの帰りに丁度風俗へ寄ったあとだった、とあとから聞きましたが、すぐに「立候補したいです」とリアルタイム級に返信をくれました。







際立った営業成績を成績が悪い後輩に日頃からあげたりしていた仕事ぶりを置き土産に、









スーツケース一つ持ち自分の部屋を見つけるよりも前に事務所を立ち上げ、自身は二週間ほどホテル住まいをしてくれ、気が付けば事務所は立派なビルに越して大きくなり、1年もしないうちに大阪支社の正社員80名超にまで、当時弱冠24歳ほどだったかと記憶していますが、育ててしまいました。






その後国内でいくつかの事業、具体的にはサービス業や医療系の社長を任せ、




やがて海外立ち上げでシアトルへビザもとれ赴任をお願いしました。「お茶の方が合う」と言いながら湖を見つめる我が子の元へ。





シアトルをアメリカ創業の地に選びましたが、そこでは法人がなければ法人銀行口座が作れずこれは当然として、しかし役所では銀行口座がなければ法人ができずと、近年は厳しくなってきており鶏が先か、卵が先かという状況も初期にありましたが、これも突破してくれ、なかなかの前進力の持ち主です。







MAについても、私は毎週どこかに印鑑だけ持って調印式だけ行く、というほどにその彼はすべてをまとめ上げるMA増産能力も持っていました。中にはトラブルメーカーもいましたが、この彼の仕事は事後的にトラブルになることもありませんでした。






しかしこれほどの男でも、ある程度目をかけているうちはいいのですが、任せっきりにするとどうしても出力を下げる経営をしてしまい、業績はダウンするか、人は離れていくか、ボロボロになるか、ということも繰り返しました。




親御さまが経営者であり、そのような肌感覚を持っているのに好きにやらせてみるとなかなかうまくいかないことの繰り返しで、とうとうそのうち3つの事業は今年に入って売った次第で、そのうち一つは友人が引き取ってくれました。





MAしなくなったその最たる理由は売りに出る会社はしょせんほとんどがガラクタである、という理由もありますが、もう一つは他者がデザインし、あるいは他者がとっちらかした経営環境を整えるのは、年を重ねてくるとどうしてもモチベーションが上がらず、





これは私が自分で作った場合でも一旦他者に任せてとっ散らかされるとそれも同じくまた整える気が起きず、売るという選択肢になっていきました。




一面、経営というものに私はデザインという感覚をもっているので、自分が描いたあとに他人が二度塗りしたキャンパスをまた使いたくない、という感覚に似ているのかもしれません。若いうちは精力的に立て直し、V字回復だ、雇用を守る、というものも喜び勇んでやりましたが、これは新聞紙でお絵描きの練習をすることに似ていたのかもしれません。



お昼を頂きながらテレビを見てますと「ほめ育」というのが大切であるとやっていましたが、





このフォーマットはよいのではないか効率的でもあると判断され、さっそくこれを現場へ導入してみようと思いつつ、





先の彼は、異常なほどのドМで褒めるよりも、厳しくすることでいきいきし、あるいはそうしないと愛情を感じられない人も割合は別にして存在しているような気もし、厳しい中だからこそ活きる人もたしかにいるのですが、するほうも大変であり、年齢としてもそのようなやり方にこちらの体ももたずのような気がし、ここ数年は言ってみればドМの方には愛情を注いであげられていません。





Jさん。夏にも会いこのとき座っていた席まで覚えていてくれました。Jさんにとって弟子第一号であり、我が子にとっても初の弟子入りです。





浜名湖ゆえオーダーしたうなぎを作って頂きました。簡素に言えば、褒めて結果を出す人もいれば、褒めるよりも厳しくするとずば抜けた成果を出す要素を持っている人がいて、後者はもう活かせないエネルギー体にこちらがなってきましたが、さらに換言すれば相手にできず、いわば見捨てるようなものかもしれません。多大に感謝しているのに。






20代からふつふつと生まれ始め、そして30代私は支配されていました。






何に支配されてきたかというと、怒りという感情にです。






人、あるいは社会にと言ってもいいかもしれませんが、他者理解ができず、結局として主観的な物の見方に支配されていたのだと思いますが、他者の尊重、他者への尊敬、人はそれぞれ違うなど私の辞書には微塵も書いてありませんでした。






もしくは凝り固まった考え方に陥っていたと言ってもよいかもしれません。より器が小さくより未熟であったことの証左だとも思います。おっぱいが見たいという動機で「女風呂入りたい」という主張も見せるようになりましたが、一方で「Jさんとお風呂入りたいなー」と言っていると、予言なのかJさんとお風呂で会った子弟関係、裸の付き合いで子供のために芸をやってくださり、観客は我が子一人だけの特別ショーを見せてもらいました。






会社を立ち上げてから、すなわち私の場合は社会に出てきてから、誰に命令されるでもなく、誰にいわれるでもなく、自発的かつ積極的に仕事を行い、事業の構築を行い、買収した赤字会社は立て直し、







愚痴を言うわけでもなく、不満に思うなら実現し、という風合いで来た若者ですから、そう思っても仕方がないと擁護弁護もできるかもしれませんが、





社が成長し始め、つまりは雇用が増える中におじさんも入ってくるようになり「どうしてこのおっさんは仕事できないくせに偉そうなんだ」と思うようになり、いや広く世の中の大人は不満ばかり言って、かと言って自分で考えて成果に繋げていくわけでもなく、言われないとできず、言われてもできず、人一倍努力をするわけでもないのに、端的にいえば「仕事にベストは尽くさずお金や休みはもっと欲しい」となぜ我がままばかりいうのだろう、とこれに対して怒りを根底で持って生きていたように今思います。






30代が終わろうとするまで、なんとなく分かってきたかもしれない中に、しかしそれでもどうしても理解はもちろん、許容することもできませんでした。怒が推進力に転換した面はありますが、この要素は不要であると振り返っても思いますため、子供へは小さいうちから社会や他者の理解をどうしたらいいのか伝え、この怒を持たない少なくともこれを越えたところへ飛び級をしてもらいたいと考えています。それを体現しているのが、24歳弊社の神様と呼んでいるお若い方です。教育環境でどうにかなるというよりも、むしろ教育環境が大きく影響する分野のような気がしています。





マスコミが追い詰めすぎてこの世から命を絶つ人がいれば中には「ざまあ」とコメントする人がいたり、お前は人の生死までジャッジできる立場の神なのかと思うような「死んで当然」などのコメント、あるいはそこまで追いつめた存在をマスゴミと批判する人がいるかと思えば、同じ人が別の著名人を追い詰めるようなコメントをネットに記したりなどもざらにあるかと思い、いわばマスコミがするのは許さないが、俺がやるのは正しく許されるかのような行動であり、






あるいはどこぞの著名人が飲酒運転で事故を起こせば「実刑が適当」と、さも裁く権限を有しているかのようになり、大衆というものは中には擁護のコメントをする方もいますが、こぞって攻め立てるようになり、





その本人も何かしらのマナー違反やときにはスピード違反に電話しながら運転したりな違法行為をしているであろう中に、他者のことは「これだけは許せない」と言って、ささいなことをネッツで吊るしたり、





そのようなことがまったく理解できませんでしたが、最近は理解できるようになり、そのようなものであるという理解の入り口に立ち始めそれでも悶々とすることもありましたが、やがて理解が進むと私の中で怒りが生まれることがなくなりました。理解した上でむしろ、これらの要素、すなわち人間の本能や大衆心理、本来関係ないはずなのにあれやこれやと話題にする大衆感情かのような要素は、も大切に意識するべきではないかとも思うようになりました。





誰がどのように発信しようとも、ましてやこれだけ共有できるはずのネットというツールが当たり前になっても、世の中のこような要素はけして変わらない、どころかむしろ乖離が深まっているようにも思います。無駄なことはしない、という観点も深まっていくことになりました。先の若者に話を移せば「Iさん、こうしたほうがいいと思うんすよ」と、自分はできないのになぜ他者に求めるのか、放っておくとすぐネガティブになるその彼を根底では許容できず、しかし彼のかまってほしいという芯たるニーズには応えてきたかもしれません。そして変えようとしていた私は、それはその彼の個性であり変えることではないと思うようになりました。






その彼がそうなのかどうかは分かりませんが、一方で私は40代になってから実に世の中には多くの最広義での発達障害の方がいると、実感するようになりました。






私も多動やら何かしらの要素はあると思いますが、少し大人になれてきたがした40代、私なりにですが様々な経験を積み、多くの人を見てきたうえで、そして今の事業を行いこの年で面接というものを条件を付けず多大に募りしてみれば、




「冷静に見ると、世の中にはその軽重はあるにせよ、これだけの発達障害の方がいるんだ」という感想を私は持ちました。




そうして昔に強烈に指導していた社員氏などを思い出すと「あぁ無理を言っていたな」と反省もしました。





両親が教師、という方が周りにいるので、率直な所感を聞いてもらえば「クラスの3~4割は発達障害だと思う」という実感値。これは周りを見ますと偏差値、知能指数には関係ないと思います。僅かにその傾向があるという方まで含めれば、私の実感値は7~8割が何らかの要素をもっていると感じています。換言すれば私自身も含めてまともな人間など一人もいない、という表現でもよいかもしれません。




極めて知能がよく高学歴で、あるいは社会的に成功を収めていても、まったく人の気持ちが理解できないと推察される方もいたりします。知能とされる分野と、人の心を理解する機能的部位が異なっているために起こる状態なのだと推察しています。





ちょっと胃腸が弱くて、という話題は人格に関係ありませんが、脳がちょっと弱くて、というのは人格否定となり、センシティブな部分ですが、私は40歳を越えてから、胃も手もそして脳も、同じ人間の単なる機関であり、たまたま胃が弱い人もいれば、たまたまそれが神経であったり、関節であったり、






免疫システムの一部に過敏または弱点があったり、あるいはシナプスの受容体がちょっと少ないだけであり、という胃、関節、脳あるいはそれらの一部や仕組みという器官をフラットに感ずるようになり、ましてや脳は部品点数が多く運用方法も複雑と思われ、その一部に少しぐらい瑕疵があるのがむしろ普通であり、とすら思うようになりました。これを体全体で考えればさらに精密機器な部品点数や必要とする運用物資である栄養素等も増えますので、完璧な人などいるはずがないわけだと思います。



私も足りないところだらけがある中で、個性でもあり、あるいは他者に対してはこの人はここが苦手で生まれてきただけだから、人生いいときもあればそうでないときもある中に、それぞれ得意なことを担当し、それぞれ足りないところは助け合って一緒にやっていきましょう、というスタンスに自然と変わってきました。




どころか、最近は分子レベルだと間違いなく輪廻転生はあるわけでと思い、大切にしたいことは子への想いやその記憶、あるいは生物として私が私であるという認識だとすると、これはどのような状態で脳に保存され、その後それを維持していた分子またはたんぱく質の結合は単にやがてものによっては原子レベルに解消されリセットされる等、どうなるのかは分かりませんが、






そこに儚さは思いつつも、たまたま何かが足りない構成だっただけであり、今の体を構成する分子達は形を変えて、次もこの世にあるわけなので、




胃が弱い、脳のどこそこが弱いとか細かいことは気にする必要がない、という感覚にもなってきています。



他方で、この世の人すべて人間関係に苦しまない人はいない、と言ってもいいのではないか、





さらに言うと、発達障害の度合いが強いほどに、実は本人が苦しんでおり、というようにも思うようになりました。人間社会というファクターで見た場合、人間関係が付きまといますから、胃が弱いよりも脳に弱いところがある、ということがあれば、本人の苦労がその分増しやすく、むしろその苦労を生きるのにサポートしたい、という思いも合わせて持つようになりました。少なくとも、こちらが受け入れ、許容し、さらには気にしなければ、相手も人間関係での悩みがその分減りますから、そのような運用を心掛けています。






軽重は別にして、これだけもの人、つまり7割、8割そのような要素を持っている人がいる、という知覚はイコールこれだけ苦しんでいる人がいる、という認識になっていきます。





少しでも一助になりたい、そうも思うようになりました。





子供が「暴れん坊暴君」と言い間違えをしていましたが、まさにそのような風体でしたので、同じ個体でこのような想いになるとは思ってみませんでした。セルフワンストップ、青天の霹靂の一種かもしれません。





ここのコンビニ前寄ったよ、という声を聞きながら次に向かいます。少なくとも、他者や個性を尊重し、尊敬し、すべての人に敬意を持てるようになるまで、苦節の苦労もあったはずですが、




しかし私が尊敬して止まない弊社の神様やそのご友人達は、お互いに敬意を持ちつつ、よきライバルでもありながら、それぞれ別の大学に進学しつつ、あるいは社会に出てから異なる会社へ行っても、




小中高それぞれ加わっていった仲間もありながら、そしてこれからも助け合って生きていく、という思いも強く共有されており、環境が変わってきてもそれを継続してきた実績合わせ、を知るにつけ感じるにつけ、尊敬の念が増し、親御さんのすばらしさも思い、そこに人を育てるヒントもあるのではないかと思いながら、





自身の想い、あるいは世の中、そして弊社神様達のことを合わせ、伝えれる日が来ることを待ち望んでいます。過去の思い上がり、しかしそこに活かせるスキルがあればそのような感覚と今の感覚を織り交ぜて、よりよい道を切り開くようになれないか、どうすればいいのか、あるいは発達障害の要素をもった人をさらに活かせないか、最近のテーマなような気がしています。





今日のカメラフォト。再現スチルで軽く足を乗せてもらい撮影しましたが、以前に10キロを超える我が子がソニーFEマウントへ写真のように全体重をかけて乗った事案が発生いたしましたが、その後のガタツキ等もなく、問題ありませんでした。強度テスト合格です。








Posted at 2018/12/20 12:55:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | 静岡ドライブ | 日記

プロフィール

「@渥美格之進 さま これどういうことー?驚愕に安すぎます(笑)」
何シテル?   06/15 21:32
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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