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ドライブへ行こうのブログ一覧

2021年04月20日 イイね!

人生で最高の大出張|九州|すべてに感謝、つまり「自分にも感謝する」という考え方を頂いてきました。

人生で最高の大出張|九州|すべてに感謝、つまり「自分にも感謝する」という考え方を頂いてきました。ランドセルを背負っての、小学二年生としての登校が始まっていきました。という4月。








ママが小学生のときに描いた、教科書の表紙候補で教育委員会に数年預けていたものの結局は不採用になったようですが、しかしなかなかの画力と、出会ってから四半世紀経って初めて知り、色使いが当時小学生の女の子にしては少々渋めにも思いつつ、




それを眺めて、別途UPする予定でいる、草津温泉を楽しんだ日があり、




紐靴へのこだわり(登校用)が生まれ、




登校を見守った日々と、



我が子は習い事、パパは仕事の日々もあり、




天高くへばりつく高性能レンズMTF曲線かのようなカブトムシ風船を見て、




というテープカットのあとは我が子がシャツなど綺麗に畳んでくれて、





「もっと心込めてさ、上手ですとか上出来です、っていえよ。」と私を叱りながらその日着るごとにシャツとインナーをセットにしてスーツケースに入れてくれた出張の準備が整い、





「おれ明日三時に起きて見送る」と草津で抜けた前歯二本目の跡地を触りながら夜の勉強も勤しんで、




5時には起きて、5時半お迎えに来て頂き、見送ってくれて、



「あぁパパと四日間も会えないのか、寂しいなぁ」と隙間から行くまで見届けてくれていて、少し半泣きだったとママからあとで聞くことになり、ママがそれを撮っておいてくれ、




聞けば仲間はこのコロナ禍でも、二か月ごとに九州へ行ってくれていて、友は立ち上げのためもっと頻繁に足しげく通ってくれ、あとあと聞けば初期は事務所で寝泊まりしていたらしくの中に、感謝致しつつ私は1年少々ぶりとなる九州へ向かいます。




「じゃあ羽田いくんだ?」「えっなんで遠いほうの成田いくの?」「お金あるんだからANAとかにすればいいのに」と小二から言われたコスト重視で、ジェットスターを利用させて頂きます。




2020年2月の熊本出張もジェットスターでした。




1年と二カ月前「あのあたりを新幹線で走っているのかな」と眼下を望みながら片道七千円の空路にて熊本へ行けば、広島で仕事を終えた友とも合流し、



出遅れての九州進出、その中でもまだ空白があるかと見込んだ熊本の需要も思いのほかこれが薄く、




「需要があまり見込めまへんけど、支店出しますか?」
「出しましょう」
とやり取りして、



2020年3月熊本へ支店を設置しました。写真は今般出す福岡事務所候補の物件ですが、まだ建設現場という稀有な内見となりました。



中心地からは少しはずれたところに、しかし駅からは近くに、というロケーションの二等地戦略で支店を出しています。数物件ほどみさせて頂きました。





このときデジカメの充電器を忘れてしまい、かつUSB充電できないX-Pro2をチョイスしてしまい、充電器付属品目当ての中古カメラを買って調達しようか迷うも諦めて、




その頃、我が子は家でおりがみのエビを作っていると写メをもらい、これはめでたい伊勢海老かもしれないとポジティブな気持ちで、





この旅はスマホで行こうと切り替えて、熊本へ移動しました。




なんたるに強烈に至極うまい馬刺しを味わいつつ、中心メンバーの方々皆様お疲れであろう中に顔を出して頂きながらの宴を感謝致しつつ頂戴しました。




たまたま入れば、10年前も食べた気がする思い出のラーメン店で〆て、




感謝を重ねながら熊本の朝が来ました。



熊本を立ち上げて丸一年と一ヵ月。



有難いご縁、出会いを頂戴し、あえて裏や粗を探してもなかなか見つからないほどよき熊本のボスをお願いできる方を、友が発掘しご縁を頂戴してくれました。感謝と厳しさ温かさも持っておられ、方向性としても素晴らしい方と感じました。周りや環境だけでなく「自分にも感謝」という考え方も教わり、脱帽した次第です。




これを一枚撮っていると「あっすみません、私が車を止めた位置が悪くて、それじゃ撮りづらいですよね」と、恐らくは地元の方と思われるお兄様がお声がけくれる温かい地。


宮崎へ向かう道中、仲間とそのご実家などへ、天孫降臨の地、高千穂のお米をお送りしてみました。その昔妻と二人西日本一周をしたときも、ここのお米を買った気がします。




「開所から1年間で」という物差しでいえば、支店としては静岡が最たるに業容を伸ばし100名の所帯となりましたが、熊本は「静岡に負けんとか」というお言葉を頂きつつの約50名の所帯、しかし熊本のお客様からは「すべて御社に一本化して契約を変えていきたい」とお声を頂戴するほどに、断トツ社内随一のクオリティを達成してくれており、




そのお客様のお声が九州方々のお客様へ届き始め「よそもんは入れん」と言われていた福岡のお客様からは我々が出張するという前日は「まだ?」と三回もお電話を頂き、つまりは福岡の扉も開けてくれた熊本メンバーの信頼度高い仕事があり、



宮崎では「既存の会社や地場の会社にも声をかけていない。貴社とOBの会社一社だけ、しかしそのOBのところも御社で決まるなら文句はないと言っている」というほど、さらにしかも取引価格も弊社だけ20%近く高い形で逆にお客様よりご提案を頂き、会社としてそこまでご期待とお声を頂くのは初めてであり、これも熊本メンバーの功績であり、




新メニューのご提案では全国一気にシェアを怒涛なオセロのように塗り替えられるであろう大きなヒントも頂戴し、



さらには鹿児島では向こう三年間の需要も、弊社が一点においてさえ間違わなければというお答えも明示のご教示が啓示に見えながらこれも頂戴したかのような、熊本メンバーの偉勲に敬意と感謝を思いながら、



方々で総じて非常ともいえる歓迎とそして大きな期待を頂きながら、なんて温かいお客様、そして九州なのだろう、その信頼を築いた熊本メンバーにも敬意を幾度も重ねながら、熱い宴もくれた熊本の夜合わせ、




これだけの出張は人生で最後かもしれないと思う、言葉のごとく全身が震えるかのような人生の中で最も充実した大出張を頂きました。そのような出張を経験させてもらえたことに敬意と感謝の限りを思いました。




お若い方々に譲りたい、譲るべき機会でもありますが、まだまだ幾ばくかは私も直接にお客様のお声を聞いて感じることが大切だと思い、「パパが直接動くからには、さらにまた会社が伸びるね」というママからのプレッシャーも頂きつつ、




これから先も新規進出の際は、その何割かはこうして肩書もない中年一社員としてお客様の下へ動きたいと考えています。




素晴らしき出張であり、素晴らしき旅であり、素晴らしき宴もあり、そして方針や集中するべきポイントも明瞭度高く明確化された道中は素晴らしき作戦会議ともなった、九州でした。




私は若い人の登用、若い人の育成に重きを置く性癖が偏ってあります。一方友は中堅どころや経験者を重視し、若手は軽視してチーム編成する性癖があります。合わせてバランスが取れているのではないかとも思いますが、




熊本は中年年配癖がある我が友が基礎を構築したエリアです。私の知らないお若い方含めた熊本皆様の日々のがんばりであると重々承知をしつつ、熊本コアメンバーにつき「スーパーおじさん軍団Withお姫様」とネーミングしてみた、若干平均年齢高めのチームなのですが、あえてオペレーション側やマネジメント側に若い人がなく、「若手のマネジメントとしての育成」に気を取られず、それぞれが知見がある中に自分達の仕事に思う存分に集中できる環境があり、それがお客様からの絶大な信頼に繋がるという、なるほどこういうやり方もあるのかと一つ大きく勉強にもなりました。いうなれば監督は熟練経験者、選手は若手中心というスポーツのチーム編制に似ているかもしれません。




そして絶妙なベストバランスを崩して打つ次の一手にこそ、仕事の妙味があり、醍醐味があるのだと心得つつ、熊本中核メンバーからお一方、志願により福岡のボスをお願いすることになります。鹿児島の夜は、隣にいたおとうさんからは、ご家族が虹を渡ってしまったというお話を聞きながらビールをごちそうになりました。





知らぬ間に友と仲間が整えた新商品。




一気にシェアを塗り替えられそうなお声と合わせ「これはいい」「これはすごい」「なんで早く来なかった」というお言葉と三年先の需要まで期待されるシーンに何度か遭遇し、





お客様の「ニーズの芯」に触れたかのような感触がありました。




2020年4月友が他のエリアも見ながら礎を作ってくれて、





2020年8月頃「何か言われるかと思っていたけど、なーんも言われんと熊本やらしてもらい、自由にやらしてもらい楽しい」と言ってくれた日あってそれも有難く、その頃に今の熊本ボスとなるご縁を友が掴んでくれて、




2020年11月頃人的リソースがクオリティとして整い始め




2021年2月頃「すべての取引を御社に変えたい」とお客様よりお声を頂戴するように熊本エリアがなり、他社が高品質に100%握っており入り込む余地がなきところも、まずは新メニューの導入を頂くという形で風穴が空き始め、





2021年3月周辺隣県への進出を検討しだしてみれば、大きな期待を頂き、他社の淘汰をご示唆頂き、弊社もそうならぬよう脇を締めることとして、品質向上に集中力を全社あげて邁進することとし、





2021年4月 この出張で熊本出張で気も使わせてしまったと思いますがメンバーへ感謝をお伝えできる機会を頂き、宮崎、鹿児島を周り、お客様から望外の期待を頂戴し、こうして春の心地よい風の中に鹿児島から海を望み、これも思い出となるであろう最高の出張、その余韻を味わう仲締めを頂き、





2021年4月末日福岡支店設置



2021年5月鹿児島、宮崎支店設置として九州エリアの拡充を行ってまいります。




「静岡、熊本しかり新潟、長野は今お祭りです」と、私が設置に携わった支店は目覚ましく伸びるジンクスがある、というお声を頂戴しておりますが、それは事業への執着心が最も強い者が直接に見聞きし感じたところへは意識が特段強くなり、意識無意識に確認が多くなり、かつ足りなければ鼓舞も増量するというメカニズムが内包してという因果関係あることと考えています。また新しい出会い、有難いご縁があろうかと想像致し、今般は三泊四日立ち寄り先20ヵ所そのスケジューリングにアポ取等、神業かと思う段取りにこれも敬意と感謝を思い、



来月と、そして2022年来春頃の九州出張も楽しみです。




そして今般、お客様周りをして思ったこと、感じたことの一つは、




お客様先における人材層の厚さです。僭越な話ではありますが、ご自身の責任で契約額を高くしてまで弊社への期待を示され俺が責任を取る的に度量ある「男気」を感じさせる方や、マネジメント感覚が際立って高いと見受けられかつ「うちで実績作りなよ」と具体的チャンスを下さるハートがある方、あくなき品質の向上と広い視野で現状分析をなさって未来に到来する問題を解決していくために「取引を一本化したい」とおっしゃってくれる方、




どの方もお取引先会社様における「将来の社長」になってもおかしくない人材に思え、人材育成の仕組みに興味が生まれ、あるいは人事一つ考えてみても、



悩ましいほどの逸材揃いであろうと拝察し、




弊社などが参考にさせて頂ける身分ではないながら爪の垢を煎じて飲む程度はできるかと思い、




今後の組織構築の勉強の機会も頂いた気がします。お取引先のお一人お一人を尊敬するに留まらず、各所の随所で「なんてすごい会社なのだ」と唸る毎日を頂き、取引先会社様への尊敬も深まる日々です。



出張初日の夜にテレビ電話がかかってきて




「明日もかけていい?」「もちろん」と我が子とやり取りし、電話していたときはゲームを中断してくれていたのか、とあとでこうして写真を見て知り、



出張中毎晩テレビ電話して、




帰宅して不意に我が子の玩具を壊してしまい謝罪すれば「いいよ、ぜんぜんいいよ、それに『ごめん』はいらないから。パパとママは玩具壊しても許す」と声を聞き、




「あっこのマークみたことある」と家の前で出迎えをもらい、




家の中にまでスーツケースを運んでくれて、





歴代を並べながら、新調した筆箱の報告をもらい、




仲間が我が子へと買ってくれたお土産を食べて最高の大出張を終えました。




Posted at 2021/04/20 14:09:57 | コメント(3) | トラックバック(0) | 九州ドライブ | 日記
2019年06月25日 イイね!

黒川温泉 山みず木 |オレンジフェリー FJ陸送業務、九州から四国へ

黒川温泉 山みず木 |オレンジフェリー FJ陸送業務、九州から四国へ









エフククージャーに乾杯。





FJクルーザーのフルコース、おつくりまで。



料理長、何か足りないと思案し、




季語を添えてみました。





FJクルーザーで買付、または釣りに行ったはずと推察するべき鮎を頂き、





食後もお風呂です。




夜も少しずつ更け始め、




館内準散歩。友達へのお土産としても仕入れ、




FJをパトロール。




中に乗りたくなるわけですので、鍵を取りに行き、




念を送れば感応し、と言ってもよいかもしれず、




FJの胎内で、





胎動を伝えるかの如く闊歩もし、FJで寝たいという要望は見送りをさせて頂き、敷いてある布団をみればはじめてとなるのか専用布団





明けが来ました、朝風呂です。





夜に誰かさんがハンドルを動かした痕跡を感じ取り、




買ったばかりという高揚感とともにFJという景観を味わって、



黒川温泉流温泉卵と勝手に命名することになる秀でた味わいな卵掛けご飯と出会った朝食です。





私が時間を持て余しカメラ撮りをするほどに、




我が子は食後のお風呂も入念にすませ、




この日のFJドライブに向けて、




靴をちょっとつけてみた痕跡を撮って「きれいだなぁやっぱ新車だね」と聞こえてきて、そして「ぱぱ安全運転でヒューとたのむね」と仰せつかり出発です。黒川温泉お宿「山みず木」様素敵なお宿でした。以前に家人と行った野の花に泊りたっかたのですが、予約がいっぱいのところ野の花さん推薦でご教示頂きましたが、どちらも極上に素敵な宿だと思いました。





先ほどパパ友と電話した際、とうとう奥方が上席の状態ではなくなってしまいますが、今度は客先フロントに回って頂くことになる異動。パパ友の情報収集能力は秀でたものを思いますので、今後とも時折直接拝聴したく思います。電話を切る際「どらちゃん早く山買ってよー」とオーダーの催促を頂きましたが、気持ちは私も一緒です。価格はさておき、今までで一番大物なおねだりがパパ友からという記録ができました。






顧客から「年内を期限の目途にお願いしたい」と依頼されている案件も前倒しでできるよう急ぎながら、





重要かつ緊急という要件かと判断される、つまりは他のことは二の次にしても最も集中力を持って急いで取り組むべき事項である品質向上の仕組化、体制作りを行っています。「ベンツの軽だ」という指摘で、見てみれば実際にベンツのマークをつけた軽自動車を見て、なぜそういうことをしているのか説明しつつ、車は走ります。




日程調整の関係で、ジェットは次回以降に持ち越しとなった東西会議第一回は東京会議として開催され、最大限伝え方に配慮も重ねてさらに重ねながらあくまでも私見としての厳しい考え方も久しぶりにお伝えをしてしまいましたが、




経営者として20年ほどやってきた友の構想力に収支含めた計画力およびその立案能力、企画力、物事の見方見立て、見通し、伝えるべき人を集め伝える力、市場や顧客の理解力、現場の理解力、各所考え抜かれた織り合わす力、推進力、くどいながら現場目線が入魂されている点が際立った特筆性に思いつつなんという人がいてくれるのだろう、と思い、




まさか友がこれほどまでにビジネスにおいてベストビジネスパートナーと思えるほどの相性とは思っていませんでしたが、相互に成長したゆえに一緒に仕事ができるようにもなったと常々確認をしますが、もっと若ければ考え方が日々ぶつかり割れていたとも思います。若い時は友へ説教ばかりしていましたが、尊敬ばかりを思うようにもなりました。








加えて若手の方々合わせ会議の場では、なんという人たちがいてくれるのだろう、なんとすばらしき会社なのだろう、なんとすごい会社なのだろう、とひっそりと思うほど、よくぞ短期間にこうして役者・面子が揃ってきたことにおどろきを感じた次第です。無論、まだまだこれからの会社であり、試練も来るのが常ですからそれも乗り越えていけられるよう、意見をしっかり言い合える関係づくりを行っていくことが必要です。





利益の投資は第一順位として顧客還元、第二に働く人たちへの還元または品質強化にもつながる雇用の増大という順番で来ておりますが、引き続きこれを敷衍していく運びの計画でもありつつ、




品質向上を中心に顧客向けの投資をより厚くし、出来得る限りは利益率の構造を維持しつつ、取引数の増大で利益は増やし、その利益を引き続き同様の方針で投資を重ねることで、最終的な社の利益としては薄くてもかまわなく、という方向で考えていきたいと思います。




金曜日の飲みでは前職から変わったところを聞いてみれば「仕事が微塵も嫌じゃない、会社に行きたくないっていうのが1mmもなくなったところが最も異なり、仕事が楽しく、会社へ行くのが楽しく、というのが一番大きいです」というお声を頂戴し、有難さ九重級です。



加えて、お一方はキャンプを始めようとエクストレイルが欲しいらしく、もうお一方も車に興味がわいてきて恋を育む用にCR-H欲しいというご意見も拝聴し、それも僭越ながら嬉しく感じた次第です。





「ままとAちゃんと幸せだな」と気持ちを伝えつつ、我が子はフェリー大はしゃぎの大喜びなハイテンションで、車検証を携えて、フェリーへの乗船手続きに向かいます。









「パパは自分の事は考えないの?自分の事だけ考えてると死んじゃう?」などと質問されながら、オレンジフェリーで大分県臼杵市から愛媛県八幡浜市へ約2時間半の船旅です。




乗船までしばし時間をやり過ごすひととき。





エクストレイルに、CR-Hが欲しいという経済力を持ったゆえに、そのような発想もお持ちになったのかと存じながら、喉元まで「会社で用意します」と想いが出かかりましたが、それは飲み込んで、




自分で車を買って、それを大切に大切に愛おしくすら思い、愛車として一入の愛着を味わえるように、それがどれだけ心が煌びやかになる事象なことか、充実した私生活になることか、さらには次のステップアップもできるよう、待遇を厚くしていけれるような方向とすることが最上であると考えました。




社で用意をしてしまうことは、与えられたほうは損得勘定では得したような気になりつつも、知らぬ間に気づきもしない間に、それらの煌びやかな心の楽しみ、楽しみ方を奪ってしまうばかりではなく、乞食根性を育ててしまうことになりかねず、貸与案は飲み込んだ次第です。





従前経営していた会社でも、住宅を購入した社員の方もいましたが、いずれにしても、この会社におきましてはより一層そのような方々が増えていけられるよう、夢を持ち実現していけられるような会社にしてまいりたく考えています。





有難いことに、僭越ながら自他ともに認識するところな弊社の模倣や模倣ベースの新規参入も増えていますが、




弊社が取り組んでおります品質向上策が効を奏してきますと、体力的かつ経営品質的に、これはどこの競合会社もできない事項かと見受けますので、




この仕組みが完成し、各エリアにて実施が広がっていき、顧客からも「そこまで」という感想が出るほどのサービスメニューのハイクオリティ化も合わせ、


じわじわと競合を駆逐していくことになると確信的に考えており、ここ半年の新規参入が特に多いと感じますが、どの会社も中期的に自然淘汰されていくと見込みます。友の立案、そして業務上のあらゆると言ってもよい事項が勘案された取り組みに頭が下がる思いです。



船上のデジタル二宮金次郎氏含め、食事中も食い入るように見るのはロボットコンテンツでした。脳にインストールしたい、脳に情報という刺激が欲しい、味や食感、香りという情報を脳へ送るだけでは物足りない、私もこの年で同じなのもあり、食事中であろうとそれを止める理由はありません。「食事時だから、食事に集中しなさい」ということは「この食事という情報だけで今はがまんしなさい」に聞こえてきます。



一番奥のマッサージ機、海を見ながらのなかなかのひとときでした。




ロボットタイム。




離れて見るというルールのみ、あとは集中する邪魔をしないように。




模倣といえば、一時期の韓国車メーカーや殊に中国車メーカーがありましたが、




そもそも自動車というビジネスモデルから、車両購入をして分解し技術も盗み、





盗みを働いた先のアメリカで、売りさばく、という日本自動車メーカーの歴史もあり、





日本は大いに盗人猛々しい状態ともいえる中に、模倣する中国メーカーを批判する我が国民もいるわけですが、




中国メーカーが品質を上げ、低価格で装備も充実した車両販売を本腰入れて、販路が広がりいつかのGMのごとくトヨタが大きくシェアを落とし、という状況になったら、どのような思いでそれらの光景を見ることになるのか。ちなみにミニカー中国製はこの数年で驚くほど品質が向上し、日本ミニカーメーカーを凌ぐほどではないかと一部見受けております。




途中、一回車を見に行き、またロボットタイムなどで過ごす航路。




他方でアメリカはといえば「貿易摩擦」という言葉を使いながら、圧力や調整も当然にありながら、結局として市場は開放してくれ受け入れて、利益の享受もくれるようになり、産業全体としてはGDPの10%を占めるほど我が国の基幹産業にまで育つことを許容もしてくれ、雇用含めなくてはならない国家の土台とまでなりました。




下船し、



オードメーターは増やさずに、68.2kmを移動し、



愛媛に上陸です。




四国は愛媛から金毘羅を目指します。




需要に応じて、いろいろな商売があり、




地域ごとのビジネスや色も眺めながら、




港から少し走れば山があり平野が少ない日本列島の縮図のように思いつつハンドルを握り、




こちらもハンドルを握りつつ、




四国で休憩もはさみつつ、



気持ちよくドライブが進みます。



最近は「G550とGL550はどっちが速いのか」という疑問も持つようになりました。GL550のほうが高速など舗装されているところは快適で速いけど、ラダーフレームがあるG550のほうが悪路が得意、それぞれ得意分野が違うと説明してあります。




過日、「前回はホタル成田ゆめ牧場でみたんじゃない?」と約一年前の記憶い従い指摘しながら、旅先の宿でホタル観賞で送迎用ハイエースに乗れば「ハイエースもいいね、ハイエースってホテルの送迎とか多いよね」との声が車中響けば、




「あなたはいろいろ知ってて詳しいわねー」と女将様にお褒めを頂き、「ミニカーとかいっぱい持ってるの?」と聞かれ、




会話のキャッチボールどのように返答するのか耳を澄ませていれば一瞬の間があって「てんこ盛りだよ」との返し、なかなかの語彙とセレクト能力に思いました。一瞬の間に考えて「てんこ盛り」という単語を選んだような気がしたので、後日「なんて言ったっけ?」「えってんこ盛りって言ったよ」と確認し、なぜ「てんこ盛り」と言ったのか聞いてみると「いっぱいとかたくさんより、お姉さんがびくっりすると思って考えて選んだ」というこの回答にも我が子ながら恐れ入る会話能力の個性に思います。会話を楽しむ性質に言語能力や対人スキルの素地は間違いなく問題ないと見受けます。





梅雨の登園、自衛隊の車両を見れば「さくらがなんでついてるか知ってる?」と桜のマークがついているのすらこちらは意識から忘却してましたが、「バイクもついてるし、きっと自衛隊の船にもついていると思うよ」と推論の披露も聞きながら、もうじき終わってしまう、と毎々噛みしめながら登園のハンドルを本日も握ってきました。




幼稚園を卒園しますと、ママはお弁当作りから解放的に解職され、私は生き甲斐であり毎日の楽しみでもある日課となる送迎の運転手が解職され、同時に送迎車中での会話も減ることになり、



先を想像するほどに切なさが増してまいりますが、





小学校入学以降は、濃い会話の機会を減らさないよう、意識して下校後のドライブを増やしていきたいと考えます。しかしそれもやがては減っていくのかと思えば言い知れぬ気持になってきます。




金毘羅温泉に、






ロボット動画を見ながら





到着です。

お風呂も旅もつづくけど、人生も経営も悩みがつづく








「あと100日で運動会だよ。99日の次」と説明を受けたり、






この子がいる場所に近づくだけで高揚感、幸福感に包まれるほどお迎えも楽しみな今の日々。





送迎がなくれなれば日替わりで車を楽しめる環境もなくなっていき、自然と台数が減っていくのかもしれません。「オーライ、いいよ、もうちょっと、もうちょい、オーケー」と誘導を受けて、





「いい形だねぇ、このデザイン!」と味のある言い方を聞いて、本日もなんとか満了できそうです。



Posted at 2019/06/25 21:25:22 | コメント(0) | 九州ドライブ | 日記
2019年06月21日 イイね!

トヨタ FJクルーザーの納車と阿蘇ドライブ|大観峰を経由した陸送業務

トヨタ FJクルーザーの納車と阿蘇ドライブ|大観峰を経由した陸送業務
2018年9月吉日。



「ご対めーん」と言いながらFJクルーザー、納車です。お待たせいたしました。Aオーナーさまおめでとうございます。










何がきっかけで好きになったのか、記録によれば2016年2月、2歳になったばかりの我が子と「大好きなFJクルーザー」をお台場へ乗りにいっています。初めのうちは「エフククージャー」と言っていました。1.5歳頃から好きになったと仮定すると、満三年、足掛け4年も納車の日を待たせてしまいました。





一番初めに話した言葉はパパ、次いでママ、三つ目がほぼ同時的にジープかばぁばあたりでしたが、単語を話し始めた頃から「小さい声でジープって言って」といえばかすかな声で「ジープ」といい、「大きな声で言って」と言えば大きな声で「ジープ」といい、まだつかまり立ちをし始めた頃はティッシュ持ってきて、といえばティッシュの箱を持ってきてくれ、これ捨ててきてとティッシュ一枚渡せば、ゴミ箱へ一生懸命に入れてきてくれ、なかなか理解力が先行していたようなことも思い出し、あの日の光景が鮮明にそして微笑ましくも懐かしく思い出されます。







欲しいものを手に入れる。強く思えば叶う。この子の原体験として成功体験の一助になったかどうか、それは成人してから分かるのかもしれませんが、年端もいかぬ子供に、車を買うなどという、いわば非常識な発想は私の選択肢にすらもなく、思いもしませんでしたが、




恐らくはこの子から有形無形のネゴシエーションを受けたのかもしれません。ある日「そんなに好きなら我が家の車をジープにするか、買ってやるか、それも面白いかもしれない」という日が、小金井公園であり、そこから揉んでみて結局、あとから思えば一台目となるFJクルーザー購入の運びへと知らぬ間に敷かれたトロッコレールに乗っていくことになります。





ピーターパンが初めて空を飛んだときかのような、このときの嬉しさと驚き、現実なのか確かめ現実なんだと理解して、それらが入り混じったなんともいえないあの表情を忘れることができません。







このときは、まさかこの半年も満たないうちに、Gクラスを買い、それからさらに三か月後にはRAV4を注文し、非常識を塗り重ねていくとは私も想像しておらず、




お気に入りの一台GLは後進に譲る形で手放し、私も目が行く車はトヨタ車またはトヨタの4駆系が多くなり、来月にRAV4が来ればトヨタ車が3台になり、影響どころか強く感化を受ける事態にまで発展してきました。そしてこうした流れは、意図したわけではないので自然に織りなす流れと言ってよいのか、やがてトヨタ社やその経営について5歳で興味を持つように歩んでいくようになることも想像しませんでした。11時11分、受け取りの説明を受け、アマゾン氏から送ってあったチャイルドシートもセット頂き、手続きも完了し出発です。




事業に傾けてきたエネルギー、他人様に使った経済面、を考えればその一滴にも満たず、と主観的に思いますが、年月を掛け今度はそれらを凌駕していくほどに愛情を注いでいくことになるのかもしれません。「こういう生き方って気持ちいいんだね」や「どんどんみんな変わっていくね」という言葉も頂いたことがある別人28号製造所係長職としての過去を改変したノウハウも知らずのうちに投入していくことになるのかもしれません。



はじめは中古で200乃至300万程度から適当に見繕う気持ちでしたが、ハワイの眠れぬ夜にベッドの中でカーセンサーを見ていれば、カスタマイズな新車も悪くないと思い始め、







しかし問い合わせてみれば在庫なしとのことで、他を見ていれば登録済みながら実質新車であり、希望する黒としては日本にある新車最後の一台。少し走ったところで、コンビニに止めて鑑賞会開催のお知らせです。




しかもブラックジャックに転売できそうなブラックカラーパッケージ。ファイナルエディションが作られ、その後僅かに受注生産分が生産され、さらにその後にほんの僅か作られたという、最後の方に作られたという一台となりました。




ホイールも専用のブラック仕上げ、その他バンパー、ドアミラーカバー、グリル、内装のパネルなどブラック仕様となっており、黒でトータルコーディネートされたグレードとなりますが、グリルはシルバーに変更したく、ホイールも標準仕様の物に変えたいといわれていますが、マッドタイヤにしたい私との意見調整中です。





ハンドルや標準だとかなり暗いライトなど一部納車までに変更を頂き、引き取り納車代という旅費、コーティング合わせれば五百名の諭吉氏、先々で言いますと同栄一氏のお力を借りたことになりました。「玩具じゃないんだよ?ぽんぽん買えないからね。本物だからね」と説明が必要な風合いに玩具と同じ感覚を持っている節もある、という意味で玩具1つとしては過大な投資かもしれません。




これから先、山に登ってまでも、総勢300台ほどか自衛隊のまるで祝賀な車列と行き交う陸送デー。




コーヒーでも買おうと思い「コンビニないね」といえば当時四歳半の我が子から「ここ山だから」と諭される場面もありながら、




子が車中眠りについたあたりで、休憩所を発見しました。




シートのビニールはお店で剥がしてもらいつつ、まだ随所に保護シートが散見されますが、まだ取れません。




このとき「10年、いや大人になるまで取っておいてよと言われれば15年は乗るだろう」という見込みで最上級のコーティング予約をして、Gが来た5か月後には売却論まで飛び出す若干未稼働調モードになるとは露知らず。




グレーの空に、山を走る一台の黒い自動車。この2か月後ぐらいに幼稚園で、我が子が描いたそのような絵を「車買ってドライブしたときの絵だそうです」と先生から説明を受けて見たとき、この子にとってこの日、ここ阿蘇でのドライブが特別で、印象的だったのだとあとで知ることになりました。



写真整理で気が付けば、FJミニカー。




ちょっとおやつをこっそり頂いて出発です。




阿蘇山系ドライブ。大人になったら、思い出に触れる旅、行ってみてください。





目が覚めたところで、



保護シート剥離の現場作業。現場の感覚第一主義です。




鍵を閉めて、




展望台にある売店に立ち寄りました。




三連休および幼稚園金曜公休のお休みJVを活用し木曜出発の4泊にて九州は熊本から東京までドライブをセットした旅路。残りまだ三泊、試してみたいながら要冷蔵のため手が出せません。




こちらは常温管理可なお土産を仕入れましたが、




セレクト基準が分かりません。





このような不毛なことをしていたのも、懐かしい思い出です。



トミカを満喫したあとは、展望台まで行ってみることにします。



かけっこ競争という環境を作ることで、抱っこ制限を作る狙いです。ママと走っている一枚20%をトリミングして縮小しましたがすさまじい高画素性能で、いまだ一級に思います。





こちらの体力負けというセオリーのとおりみち。




阿蘇でのトミカ体験博。山を走らせよう。




望遠でも撮ってみて、




現在地を確認してみれば、当時入山規制レベル3指定阿蘇山の北側、大観峰 展望所・展望台にいたようです。地図がなぜ上が南、下が北と逆さまなのかは分かりません。




断トツ一位のかけっこ、




不毛な写真を繰り返しながらも、




前に出てみれば、




本格的な抱っこ要求。もうじき出来なくなると思えば、それも寂しく、本人の自覚もあるのか部屋にいても仮抱っこを要求してくる5.5歳の最近。




多少蒸しつつも新鮮な空気に包まれながら、アイスでクールダウンをしたあとは、



FJクルーザー愛撫の時間です。





エンジンルーム確認の儀、



阿蘇FJ祭り、




FJ連邦教書演説、




等、に夢中になっていると、このあとバンパーに置いた靴をそのままにして出発の儀を執り行う運びとなってしまいました。





過日の箱根ではA380を持参して、モチベーションアップに余念がないようですが「緊急事態発生、緊急事態発生、これからデータを転送する、これからデータを転送する」などと管制塔とのやり取りごっこをしていましたが、理解の深度は別にして、データやその転送という概念いつの間にどこでどのように知るのか疑問です。「データわかるの?」と問いましたが「パソコンとかのあれでしょ」と、理解度はこれから調査予定です。




四駆用語といってもいい、サンドラダーはじめ、youtubeで覚えることも多いかと思いますが、昔と異なり、時、場所を選ばず、多種好きな情報にいくらでもアクセスできる等、情報のアクセス性だけでなく、




動画に音声という理解しやすい映像コンテンツで、エンジンのメカニズムに、宇宙やDNAの仕組み、なぜか自動織機まで気軽に手軽に見ることができるのですから、インターネットのナレッジ化その申し子な世代となっていきそうです。




一方で、高度成長以降あたりのどの世代でも思うことですが、豊かな情報や物質に囲まれて育った我々よりも、一面では確実に秀でていたと思われる幕末や明治の方々がいたり、重視することはけして時代の先進性だけでなく、




もしくは、均して日本人という同じDNAであっても、好戦的に植民地支配を進めた時代もあれば、和平を大切にする時代もあったりと、後天的埋め込み、すなわち教育、または考え方と呼ばれる脳への言語によるプログラムでこうも変わるわけですので、いかに育てていくかという点も、その重要性を思ったりもします。




「あっ靴」と車を走らせていて、置きっぱなしになっていたことに気が付き、






止めて確認すると一足ない。「あそこのカーブか、いやあの加速だろうか」と記憶の巻き戻しをしていると「山の中で靴屋さんなんてないよ」という弱気な家人。いずれにしてもUターンして靴を「見つけるぜよ、なんとしても見つけるぜよ」と探索隊結成です。



車を走らせること10kmほどだったか「見つけたぜよ」




「念のためトリミングでも確認ぜよ、靴の夜明けぜよ」とひと安堵の我が家。




日本の夜明けから少し時が経ち、もし時が1900年頃だったならば。



日本ではまだリヤカーに簡素な原動機を積んだような車が発明され、それから32年かかってやっとトヨタがトヨダ・AA型乗用車を作れたような時代、




欧米列強の自動車はずいぶんと先を行き、街にそれらの車が溢れかえり始め、という中で、よくぞトヨタも、日産も、竹の子のように生えた自動車会社も「まだ、いやこれからこそ勝負できる」と、自動車事業を立ち上げたものだと思います。靴を早く見つけねばと揺れやすい四駆で少し飛ばした山道、このとき我が子、少し車酔いをしてしまいましたが、何もいわずがまんしすぐに明るく元気に、という点に見習いたいと根性を見上げます。



自動車メーカーがどう成功し、どう失敗し、どう成長してきたのか、何をしてきたのか、その核たる部分は秘匿性が高いながら、外形的な答え合わせはなんとなくわかっていたとしても、


<16:06入浴開始>

1900年初頭に自分がいたとして、同じように自動車メーカーを立ち上げることができるのか、試練を乗り越えることができるのか、あるいは一台として試作車を作ることができるのか。



<入浴中>

たった一台、自動車の試作車はおろか、カブの試作もどきも作れないような気がしてきます。タイヤ一つ、部品一つ、どこにどうやって頼めば、そもそも貧弱な電話帳とは呼べないような代物の中に連絡先はどう調べるのか、あれもこれもどう手配すればよいのだろう、悩むだけで終わりそうです。


<入浴中>

試作車を作る根気も情熱もない中に、仮に試作車を作ろうと思っても「欧米の自動車があれだけハイレベルで今から勝てるわけがない、GMなんて日本に本格的な工場も作ったではないか。諦めよう」という帰結が当然になりそうな様相と言ってもいいのではないかと想像します。




<我が子入浴中>

時は今、そのような人間が現在、10年前、あるいは日本の自動車メーカーが形なりだしのが欧米から30年遅れとすれば、それに合わせて今から10年後としても、これだけ固まってきた状況で「世界に通用する検索エンジンを作る!」「日本人の日本人による日本人のためのスマホを作る!」かのごとく、





<我が子入浴中>

アマゾンに立ち向かう、グーグルに負けないサービスを作る、アップルを駆逐する、ぜよ、という会社が現れてこないのか、なぜ起きてあるいは起きてたとしても戦える芽がなぜ出てこないのか、もしくはなぜやろうとしないのか、



<我が子入浴継続中>

これだけGAFAが確固たる地位を築き、世界中のモバイルに関する収益が西海岸に落ちるようになっても、同じような状況の中で、なぜ日本の自動車メーカーは当時、闘志を持ち、そして戦いに勝てることができたのか、




<我が子入浴中>

答えは難しいとしても、そう思えば生まれてくるのが当時の一人ひとりへの尊敬と当時という時代への深い敬意です。




<あまりに長いのでテーブルの脚を撮るほどまだ我が子入浴中>

美味しい梅酒を思い出し、今もアマゾンにはないので酒のカクヤスで見つけて注文しました。梅酒を飲んで、お風呂も家人と交替に何度ものぞきながら、お風呂の近くで写真を撮って、それでも風呂から上がってこないので、いい加減まだ出ないのか聞けば「この景色見ようと思って」とデジカメで入浴時間を確認すれば45分も入っていました。



<16:50 お風呂を出て水分補給>

そして水分補給の美味しい冷水。





45分入浴のあとは「外のお風呂行きたい」と、苑内外遊へ。






写真整理中に、ひょこっと来てこの写真だけ見たのですが「ここどこ?」と1秒ほど記憶を手繰り寄せて分かるのか「あぁ~ここね。ここは温泉すごくよかったよね、外のお風呂はすっごい大きかった」となかなかに印象深いほど、黒川温泉よいお湯だったようです。




「すごい露天風呂、たきもある」と川にそのままあるかのような露天でした。





すれ違いざまにぎりぎりだったので「ごめんなさい」と発してみれば、モンゴル系の方だったように思いますが「ぱぱソリーでしょ、外国の人だったよ」と大外刈り一本の反論なしです。







「黒」のなのですが、だいぶ略されて「日本で最後の新車なんだよ」を仲居さんへ連呼しながら夕食のしらべです。




九州は熊本県、黒川温泉。家人と以前に来たことがあった素敵なお宿、この子にとっては九州は以前に数泊し二度目ながら、初黒川温泉ということになります。




各所旅行をしてきて地方の温泉へいくと「よくご旅行されるんですか、どこへ」という流れで箱根が多いと答えれば「箱根や伊豆には敵わない」という声を旅館の方から耳にすることが多く、そのような感覚や意識にもなるものなのかと思ったことがありますが、これを援用致しますと、箱根や伊豆にもまったく引けを取らない、それぞれがいい勝負、と思えるほどにハイクオリティなお湯に宿、温もりがあるところのように思います。黒川温泉、また行きたくなります。



陸送業務つづく








Posted at 2019/06/21 18:32:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州ドライブ | 日記
2019年06月18日 イイね!

スペシャルトラベラー|キャプテンの帽子|2018 FJクルーザー納車の旅。|3代かけてTOYOTAのような大きな会社を作ろう、という握手。

スペシャルトラベラー|キャプテンの帽子|2018 FJクルーザー納車の旅。|3代かけてTOYOTAのような大きな会社を作ろう、という握手。
















2018年9月。エアサスを思えば高品位な特製ベッドに横になるひと時、をばぁばのところで過ごさせてもらったり、






まだこの組み合わせが足なのを懐かしく思ったり、




ハードオフ八王子デビューもこの頃だったか、





二軒目へは一回通りすぎて戻る道「パパ、ここ曲がるんだよ」と教えてもらったり、





同時にFJクルーザーのプレリュードな頃。一時はこれがアマゾンやヤフオクで10万円前後まで高騰していくFJバブルを見ることになります。





スパゲティを大きい口を開けて食べ、





遊びながらFJ冊子もめくるめく、




時計を回して寝る時間をごまかそうとしたり、このときは反対に回したところで私が見つけてしまいましたが、




会長職マインドで出社したり、




デッドストックとなっていたベビーソープでエンジニアリングの追求をリラクゼーションとともにAI的にカテゴライズしたり、ともはや文章の意味が分かりませんが、



二回目となるときだったか、目当ての場所が分かっているので一目散のときもあり、




なぜディフェンダーは欲しくないのか、という問いは「デザインが古すぎるのと、故障が心配」というディフェンダーは敬遠しつつも、興味はある端緒になっていく頃か、




まだまだ飛行機への興味も旺盛だったように思いますが、この頃に比べれば最近は少しクールダウンも感じます。それはTOYOTAという会社への興味にエネルギーが行っているからのような気がしています。




大人になって数百万、数千万かかって学ぶ感性と、幼少のときに数万円で学べる感性は後者が大なりのような気がしなくもありません。自然、自然と、自然から万物を学べるとすれば、原始人も大層な感性を有していたはずであり、あるいは公園で勝手に遊ばせるのも大切かと思いますが、それだけではマンネリのリピートのような気もして、大人の知恵投入を意識していくのが大事かと思って頭を捻ってみる毎日です。





まだベンチ入り前のS400。今でもしみじみ「自動車感がしっかりとある」よい車だと思います。




多大な旅行に、豊富な玩具、潤沢な親との会話、溢れんばかりの愛情。学問はまだまだこれから、あるいは苦手分野もあろかと思いますが、一方で社会的理解は思いのほか育ってきているのではないかと感じています。



じぃじに歯磨きもしてもらいお泊り会。おむつが取れてからというもの、引き続き、おねしょはせず、起きてからダムの放水か、もしくは先日は6時頃起きて一人でトイレを済ませまた寝だす様相に、少なくとも同い年のときな親換算より立派に思えてなりません。



意思を尊重してきているので、真っすぐ豊な自我そして社会的自我も順調に育まれているように思い、



自分で感じ、自分で考え、自分で決める、その理由も発しそこで会話で揉んでみて、視野が広がり新しい知識や見方・考え方を習得する、という風合いでの日常の繰り返しは、意思決定の合理性があるゆえに「自分の思い」ではなく「自分の考え」と合わないとその意見には従わない、という反抗期にも似たようなフェーズに入っているのではないか、と思うときもあります。と思えばきちんと説明し合理性を思えば「わかった」意思を変えるところもあります。




上を見れば青天井ながら、零細の中ではそこそこ幹部や社長を育てることは得意分野ではないかと思ってきました。それでも多大な失敗をしてきたと、自覚認識し、加えて己の知能を中心とした足りなさ、器の極小さ、未熟さも痛感しているところですが、




修正、反省、私も成長できるか不安も思いながら、気づけば価値観もまるっきり変わってしまい、多くの考え方も捨ててリセットしてみて、その上で、押し付けにはけしてならぬよう、ときに導きながら、この子の持っている得意な分野を伸ばしてたい、という視点で、




あるいは親として、将来少しでも立派な社会貢献ができるような成人に育てていくことも心の片隅で願いながら、それらのために生きる強い力も持てれるよう、元来好きであろう育成という分野で私も伸び伸び泳ぐ気持ちで、FJクルーザーを買いにいくことにします。






家族旅行ではじめて作りました、不評だった旅のしおり。旅行中、作者たる私が促して一回開かれた以外は、けして役立つことはありませんでした。




「長い旅になるから、幼稚園でばいばーいしといた、みんなにくまもとにFJクルーザーとりにいくよって話したよ」みんなはFJ分かるのかと問えば「FJクルーザーみんなわかるわけないでしょ」と、マイナーな意識はあるのかないのか、





幼稚園が終わり、ママのお迎えで途中着替えて、そのまま電車に乗って、パパと合流し、




羽田空港行きのバスに乗る、幼稚園児にしてはハードスケジュールかもしれません。




わくわく興奮しつつ、パパベルトしなくちゃだめだよとしてくれ、パパに触れながら、



あっという間に即寝です。





いつも羽田へ行くコース、バスからの車窓、一段二段高くて景色が異なります。





空港について飛行機を見ていると「ほら、ぼくこれかぶっていいよ」とパイロットの方から帽子を貸してもらいました。これだけでもレアな体験ですが、




「こっちのほうが羽が多いから偉いんだよ、こっちかぶりな」と会話からすると、今度は機長からキャプテンの帽子を貸してもらい、最初の帽子をかぶらないわけにもいかないので困った我が家、二つ同時にかぶらせてもらいレア重ねを頂きました。お心遣いに深謝いたす次第です。



そんな貴重な体験を旅の出始めから頂いた思い出の記録担当は35mmを付けたキャノン機に託しました。RX100M6広角端にて。




同望遠端近くにて。




物事には深度というものがあるような気がし、マントルのさらに奥かと思う最も深いものは学問がその一つかもしれませんが、概ねその他のことは、殊に趣味や遊び、物欲あるいは自己実現などは、さした深度がないのではないかと思わなくもなく、



浅瀬のあたりは潮干狩りのごとくなんでもとことんやると、それは「満足」または「飽き」と呼ばれる、脳への刺激がなくなり、卒業していくのではないかと思い、飽きることが増えていくことは煩悩が減っていくことを意味し、同時に楽しみ喜びもその機会が減っていくことですので人生が飽きる危険性もありますが、




その先にこそ、本物の煩悩があるやもしれずという探求心の旅をプランニングの勢いで提案実施中です。乗る飛行機を確認し、




「スカイマークだよアナだ、エアカナダだ、格納庫こんな景色はじめてみたよ」と声を聞きながら、写真に収めそびれましたが、政府専用機の離陸も見て、スペシャルな旅が重なっていきます。





このフライト、この冊子の写真記事がきっかけとなり、アフリカへの旅を思いました。旅の目標、いや目途の目安の道しるべ、達成できるのか、まずは今夏、足早に流しながらだとしても日本一周から目指してみたいと思います。





この写真から十ヵ月後となる昨夜、素敵な会話、いや私の人生、我が家の命運も大きく変わっていくかもしれない対話を5歳になるこの子とさせてもらいました。




どこもかしこも、場所によっては並んで級に、トヨタのディーラーがあり、




街行く車はトヨタ車だらけ。どうしてこんなにトヨタが多いのか、という問いは幾度となくドライブ中に受けてきており、





都度「お客さんに最も選んでもらうから」と答えれば、「なぜ選ばれるのか」と聞かれてきました。夜の熊本空港に到着です。十分な旅情と言ってもいい雰囲気かもしれません。



「日産を選ぶ人もいるけど、トヨタが一番いいと、トヨタを選ぶ人が一番多い」それはなぜか、「デザインも内装の質感もよく、値段もそこそこ手ごろで故障もせず、サービスもよく、技術の研究も怠らず、他社よりも選ばれてきた」と説明してあります。加えて宣伝も上手だった、販売網の構築も力強かった、とあとで説明を付加したいと思いますが、





最近このような会話が増えつつ、RAV4は毎日3千台作っているとして、トヨタは全部で毎日どれぐらい作っているのか、という問いに毎日3万台以上はつくってると思うよ、つまり1,000が30個ぐらいを毎日世界中で作っていると思うよ、と疑問に答えてみれば、




「トヨタはおっきい会社だなぁ」と感想がこぼれてきました。工場は年間平均244日稼働との痕跡がありましたので、それであとで計算をしてみますと概ねグループ総数として毎日41,000台を世界中で生産しているようです。




5歳でそう感じれることに感心もしつつ、「ではなぜトヨタはそこまで大きくなれたのか」という質疑に移っていきました。




トヨタの人たちが優秀で、そのような能力があったからだと思う旨答えれば、




RAV4の窓口をしている方のことを「じゃあYさんが優秀だから?」という個別質問には、





「Yさんも優秀だと思うけど、本社にいる経営している人たちがさらにとっても優秀だから、ここまで大きくなったんだと思うよ」と答えてみました。「パパはYさんに頼んでトヨタに入れてもらおうと思わないの?」という疑問へは「自分で会社を作らないと、お金をいっぱいもらえない」という側面も説明してみました。みんなトヨタみたいな会社を作ろうと思って作ることがでれば、トヨタのような会社だらけだけど、現実はそうじゃない、トヨタみたいな会社を作ることはとっても難しいことなんだよ、それをやってきた人たちがいて、経営者の能力が大きく影響していると思う、とも説明をしてみました。




FJクルーザー引き取り納車の旅、九州に無事到着し、ホテルチェックインでは外国人の人をたくさん見てこれも社会勉強として、近くの居酒屋に繰り出して乾杯です。





質問は「じゃあその経営者はどのような人なのだ」という項目へ移っていきます。




食事も済ませ、大浴場で汗も流し就寝し、




いよいよTOYOTA FJクルーザーとご対面の日が到来です。




今の社長を説明し「豊田章男さんはどんな人なの?」という質問から豊田佐吉氏、豊田喜一郎氏、豊田章一郎氏、豊田章男氏という父子関係、系譜を説明し、




三代、四代かけて社を大きくしてきた、という話をしました。




どうしてパパはトヨタみたいな会社を作ってないのだ、という質疑へは「能力が足りていなかったからだと思う」と述べ、「あと血縁に恵まれてこなかったからなのもあると思うけど、今はAちゃんがいる」ゆえに「力を貸してくれよ、一緒にやろうよ」とも付け加えてみました。





この頃はロボットに関するyoutubeを暇さえあれば食い入るようにみていました。




週末、靴置き場にて裸で靴を探していると思えば、私が写真整理をしていて、ちらっとこの写真が見えて探し出したようで、些細なことまでいつ何を見て行動に移すのか分かりませんが、総合してこのような些細なことも大切な思い出にしていきたく認めながらですが、



「明日クラウンで行きたい」と話していると、ちょうどHちゃんが来たので駐車場までハリアーで乗せて行ってもらい、クラウンに乗り込めば、かのようなトヨタ社の話しになり、




クラウンを近所に止めて、家まで二人で夜の散歩をすれば豊田家の話しになり、




家に帰ったら「自動織機」の動画を見たい、佐吉さんや喜一郎さんを見てみたい、ということで喜一郎氏は「かっこいい」との感想も聞きながらネットで動画や写真を拝見し、織り機は「どうやったら手でやっていのを自動にできるか、佐吉さんが考えに、考え、考えたのだと思うよ」と説明し、「はじめは木だったんだ」と、なるほど新鮮な着眼点をもらい、




(僭越ですが例えてみれば)「佐吉さんがパパだとすれば、『自動車作ろうぜ』と言った喜一郎氏がAちゃんで、章一郎氏はAちゃんの子供で、どう三代でTOYOTAみたいな大きな会社作らない?」と、こうした内容は初めて説明しつつ、改めて問うてみれば、




「うん、やりたい、パパやろう」という言葉をもらったので、お互いに両手で固い握手をして、記念に家人に撮ってもらいました。だから早くAちゃんの子供を作って、子供ができたらとにかくいっぱい脳を刺激してあげてね、と追加注文もし、




蜜月どころではない一心同体級の魂同士と感じていますが、そこに礎となるぶっとい串が一本入った感覚を覚えました。我が子と私、というよりも、我が家のという感覚です。



こうして共に、超長期的なビジョンを共有共鳴し、大きな志を息子と共にできることは、その成否は一旦置いておくとしても、よい影響が生まれていきそうな予感もいたす次第です。



なんの事業にする?と早々に楽しい会話に発展しています。「ロボットがいいんじゃない?人間とまったく同じロボットで、人間と同じように作るってのはどう?」との我が子提案に、




田舎に引っ越して、もくもくと二人でロボット作ろうか、という持ちかけをしてみれば、大きな電動カーが欲しい利害が一致して、快諾を頂くばかりか、ママに田舎に越したいと話していたようですが、




これから我々のバスはどう出発していくのか、山を買って切り開く希望は人生の遊びでやるとしても、本業の創業に向けて、どの事業をどのような順番で行っていけることができるのか、この子と人生を、しかも大好きな仕事を共にできればこの上なく幸甚の限りでもあり、生き甲斐の盤石を塗り重ねてみたいと思います。





そしていよいよ、ママが動画も撮ってくれながら、我が家に「のちのちTOYOTAという会社の意識させてくれ、多くの会話をもたらしてくれる端緒となる」FJクルーザーとのご対面です。


我々の旅も、事業も、つづく






日曜日の我が子。「泊りにいくんだ」と、父親参観で6日連続登園だった疲れもなんのその、レインコートまで羽織ってまで泊りに来てくれると思えば、ばぁばも幸せかもしれません。





朝食はじぃじにパンを焼いてもらい、私は毎度の美味しいコーヒーも入れてもらい、世界一のやさしさに触れて、




一旦家に向かい、




青空を見ながら


余談つづく
Posted at 2019/06/18 15:03:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 九州ドライブ | 日記
2017年05月01日 イイね!

九州メモ 4/4 湯布院のお湯と寝台列車ななつ星

九州メモ 4/4 湯布院のお湯と寝台列車ななつ星



       5DsR+ EF35mm F1.4L II USM
       RX100M4&G5X









九州新幹線さくらと白い特急ソニック(白いかめもver.)に乗ったあとは、宇佐神宮へお参りに来ました。



13時を半分ほど回っており、まずは腹ごしらえをし、




参道を歩きはじめます。F6.3とF1.6。「フジカラーで写そう」子供の頃から多大に見て来たCMを思い出します。




前日入口まで来たのは除き、人生三度目の宇佐神宮になります。はじめて来たのは四半世紀前、高校生のときでした。帰りは九州から東京まで、暑い夏にエアコンが故障した新幹線を8時間ほど乗ったような気がします。途中、鴨に「お腹すいてますか?」とお話して、鯉にも餌をあげて、歩を進めます。





大きな声で何度も「おにいちゃんまってー」と知らない少しお兄ちゃんへ声もかけて。なぜならば走る子供同士、負けなたくないから、という負けん気の強さ。「負けんな」とすると標準語のような、「負けん!」とすると九州が語源のような気もしてきます。高松の方言である、というのも目にしました。拝殿に神木もお参りし、




瓢箪型の絵馬、子供に儀式を取り計らってもらい「そういうことしないの」とママに怒られながら、隙を見て二回目の奏でる打楽器。




自ら先頭だって進軍を重ねる「カルタゴ軍ハンニバル将軍」、スターフライヤーの機内で見た番組を思い出しながら、我が家のボスも突き進み、小さい画像では見えないほどに。快走ぶりに周りのお兄さん達に「すごい、すごい」を連呼してもらえば、あとで「Aちゃんがすごいって言われると、パパも嬉しいでしょ」などという、感覚も持ち始めたようで。再度、鯉に餌をあげ、春を確認し、




お店のマダム、観光するマダム、七名、八名ほどに囲まれ気味に「可愛い」を連呼され、大好きなアイスクリームを食べるのも忘れ、照れて固まる我が家の氷川きよし氏。邪馬台国九州説、宇佐神宮はその関係性があるということを支持したい気持ちで、ここをあとにして、





途中自衛隊の演習場も見て、湯布院の宿に到着しました。GW、ママ友関係の飲みやらで過ごしていますが、そのような中、銀座でカラオケデビューを果たしました。動画にも収めましたが、数曲、陽気で素敵な振り付けと堂に入った構えで披露してもらいました。



「これすぐ壊れちゃう?」と少しずつ繊細な感性も持ち始めたのを確認し、私はフラッシュに四苦八苦し。




「こっちおいでー、こっちにも花あるよ」あるいは、ばぁばが教えた花の香りを確認して楽しむことは、相変わらずリストに入っているようで「いい匂いするよ、嗅いでみ」とささやかな想いの連絡網。幼稚園の緊急連絡網、朝から家人がそのテスト運用に参加していたり、子供の頃を思い出すようなフェーズに突入してきました。




そしてお待ちかねのビールを、浅漬けのきゅうりのように温泉につかりながら旅の疲れを癒した後は、




久方ぶりなように感ずる宿料理の時間です。ここでも九州のお刺身、特段に美味しく思いました。つい先日、「これいつのかなぁー?」と、子供がテーブルの隙間からたくあんを見つけました。たくあんに目がないので、食事中、食べ過ぎないよう家人が隠してすっかり忘れていたようで。旅館でもお新香が見つからないように、隠し気味に過ごします。その探索能力たるや、1mmでも見えると「いいのみつけちゃった」とにこやかに進駐してきます。



食中散歩も誘なわれながら、フラッシュの有無を試したり、練習に余念も持ちながら、つまりは本日から順次新機材が到着しています。1DXとotus85で2.5kgに比べれば、少しは軽量ですが僅かに2kgを越えたシステム。年初より、検討を重ねて来た結果、当初の3kgが見えそうな予定より788g軽量化を計りながら組み合わせ、動画用に一眼を揃えてみる決心をしました。写真を撮るにはその持ち運びがあってもさして重さは気になりませんが、動画は「撮り続ける」ため、重さが身に染みる度合が違いますゆえ、2kg心配です。





夕食中「ななつ星を見に来たのですか」と問い質され、その存在を知ることになりました。聞いてみれば翌日チェックアウトして、ほどよい時間に由布院駅に来るようです。なお、湯布院観光サイトによると、湯平町を含む場合は湯布院、含まない場合は由布院となり、ICは湯布院、駅は由布院となるようです。こうして翌日を楽しみにして、湯布院の夜は、数度のお湯も楽しみながら更けていきました。







朝食を済ませ、散歩もし、お風呂に入りながらも、光りの入り方に回り方、加えてフラッシュや構図の探求に遠く及ばない一人写真学校を続けるひと時。九州印刷候補541枚で私の作業分としてはフィニッシュしました。ここから10枚ほどに絞ってもらいたく思います。




被写体との距離はもちろん、その場の光量や周りの素材、ミックス光具合で自然なフラッシュに近づける様相が変わってくるので、これらの経験を積んで直感的かつ感覚的に設定を理想に近づけられるようになりたいものです。「パパお風呂はいろー」「ふぅ~きもちい」とこの旅お湯の〆も認めて、部屋出口の段差有る敷居。「押してだめなら引いてみな」を自ら体現しながら、階段の前まで20キロのスーツケースを運んでくれました。



結果論として200乃至300機はあろうかと思われる盛大ながちゃがちゃ店と旺盛な韓国・中国人旅行者に交じるため、由布院観光スポットである金鱗湖方面へ向かいます。広げた両手がパチンコに興じるおじさんに見えなくもなく。




湯布院、あるいはその観光先。韓国人が5割強、中国人が3割少々、日本人観光客は2割を切り、いや1割いればいいほうだ、との声も聞きました。GWや夏休みの大型連休時しか日本人観光客は押し寄せないそうです。九州はそのロケーションから大陸に近いため、その要因もあろうかと思いますが、時代を感じます。




先日は久しぶりにインド人と打ち合わせをしました。とあるシンガポールの会社を買収したいとのことで、提案を受けました。インド人でありながら、日本を基点にアジアでビジネスをする、野心を燃やす、ハングリーさを感じつつ、至る所、経済的社会生活にまで多大に押し寄せる中国人の波も思い返してみる、日本人。湿地帯に入って、靴が濡れてしまいました。サンダル購入です。




湯布院出身のお嬢な人力車に乗せてもらいました。どこに行ってもこのお嬢は地元で知っている人が多く、皆に大切にされている様子でした。人力車、大いに気に入った様子で、後日も乗りに行きたいとのことで。ところで、最近とあるチェーン居酒屋店で、頻度が増えながら打ち合わせを重ねています。次へ向けて新たな仲間とスタートを切る構えの仕事ながら、10年振りほどに入ってみたチェーン居酒屋、美味しくてびっくりしました。お嬢に由布院駅で降ろしてもらいます。




当然的に離職率も高いのでしょう、その会社に採用された新入社員のうち、その基幹級店に配属された20から23歳前後の若者38名余りとのことで、その新人に仕事を教えている、マネジャーとおぼしき人が中国人でした。時代であり、今後この傾向は加速されていくものと思われます。ななつ星へのご対面までしばし電車を見て過ごします。





そしてスタンバイOK、来ました、ななつ星が来ました。一泊間違え、三泊目にこの地に来て、宿で教えてもらいという偶然的にお目にかかれる運びとなった、JR九州の意欲作にして所蔵作品、寝台特急ななつ星。




あとで家人が撮っていた動画を見れば、振り返ってくれたのは「カシャ、カシャ、カシャ」と三連写の一瞬だけ、本当に一瞬でしたが、丁度で絡めてフラッシュ有り無しで、かつ表情違いで撮ることが3枚できました。





別段の鉄道好きでなくとも、東京にもその存在は名を轟かせているななつ星、最後部車両が由布院駅へファイナルアプローチするのを見届け、韓国人旅行者、中国人同が満載の黄色い車両も見送り、



近くに行って、観賞するとと致します。本日ニュースでJR東日本も高級寝台列車、その名も四季島を披露することになったようですが、このななつ星の作りには遠く及ばないような気がしました。壮麗でいて、光彩陸離と言ったらよいのか、まるで今まで出会ったことのない美女にあったときの違和感のような、その存在感は、鉄道とは思えない別物に思いました。




ただでさえ長いブログですが、せっかくなのでピン掲載を続けます。一つひとつの装飾品に、



調度品、造りが違うように感じます。




この凝りよう。車両価格、新幹線の50億円に匹敵する勢いかと思うほどの、製造コスト、いや建造費、いやいや総工費30億円とか。



そこらあたりの小さな雑居ビル換算、軽く10棟以上の建築費を凌駕する代物です。なお小田急ロマンスカーで17億円、ゆふいんの森で8億円だそうです。すべて一編成あたり。



と、間近で見学していると、運転手氏が降りて来て、帽子を貸してくれました。これも小さなドラマを頂き、せっかくなので何カットか撮影させてもらい。



この塗装もすばらしい。まるで漆塗り、いや琥珀かのような品を兼ね備えています。しかし磨き傷が気になり、私がオーナーであれば、へこみそうです。


2M7A1709
連結部分もオーラーを感じます。適当に撮っても、どこか絵になってしまう迫力を質感が醸し出しているかのようです。





この製作のために、指揮を執った責任担当者の妥協なきこだわり、それを許容した上層部、実際に作った職人一人ひとりのプロ意識、それらの結晶に見えてきました。





しかし、それらがビジネスとしての成功に繋がるかは、また別問題であることが、物事の難しい所縁に思います。



由布院駅に入ってきたときはホームの端でもう一人撮っている方がいましたが、その他はおらず、しかもこうして近くで見ているのは我々だけでした。当初の熱気はどこえやら、とも思い。それにしてもサンダルで近づくことが似合わない上品さに高品位さです。




そしてこの駅でななつ星から下車した乗客、2組ほど。




湯布院の観光に向かうお客氏を、駅の外まで、かつタクシーが見えなくなるまで見送るハイクオリティサービスの徹底ぶりですが、当初の抽選するほどな活況が終わればアジア周辺の富裕層をあまり取り込めていないのか、もしくは熊本地震の影響もあるのか、



あるいは、アパレルに時計屋などで働く夜の子に聞けば、報道よりも爆買いがまったくなくなった現場の声を教えてもらい「いいものを安く買いたい」というニーズを感じるとのことで、そのような変遷もあるのか、いやしかし東京オリンピックに向けてまだいいはずとも思いながら、厳しさも感じました。




各地で食べた蕎麦含め、お蕎麦ベストスリーに入る近所のカフェで食べるお蕎麦。店主がトップクラスに美味しかったという蕎麦がこの近くにありましたが、長蛇で諦め、温泉卵に誘引され入店。ゆっくりしていると思いのほか、フライトの時間がありません。



タクシーに乗って、おとうさんから飴をもらい、東京へ旅した時の話しも聞きながら、駐車場へ急ぎます。





日本人が少ない湯布院に別れを告げます。居酒屋チェーン店で中国人が上司たる光景が、さも当然かのように見えた同じ日、友人と帰りに新規開拓のスナックに寄れば、





ビルのオーナーが中国人で、テナントとビルオーナーが揉めているという話しも聞き、これもまた、そして同日にそのような光景に出会い、時代を感じた次第です。東京青山の土地など、一等地も中国人オーナーが今日も増えているように思います。ソラシドエアのカウンターではシールをもらい、そういえば湯布院在住だった知り合いの商品を空港で見つけ、がんばっている便りに見え、飛行機ごっこでは成田、羽田に加えて「大分空港に着陸しますよー」という声も聞こえ始めた、この地をあとにします。


もちろん、搭乗の儀式も。機内持ち込み手荷物の関係で今回は密かに執り行い。




沖縄、宮古島、沖縄、北海道、グアム、九州の往復で12フライトを数えました。次はいつ乗れることでしょう。仕事としては、新たな仲間とのビジネスに、新旧のメンバー反りの問題も発生しつつ、これとは別に後進に新たな旗揚げもしてもらうかとも思案し。従前は強引に反りを修整していましたが、度量を広げるために、考え方を変えてやってみたいと思っています。フライトから間近に飛行機雲を生産しながら飛ぶANAとすれ違いましたが、間に合わず撮れませんでした。なかなかの迫力でした。







我が子は近所の豪邸を見れば、特段いや一切その類の話しはしたことがないにも関わらず「Aちゃん、これよりおっきい家建てるんだー」と野心は持っている様子で、住まわせもらう確約はもらっています。クルマは車庫にジープとFJクルーザーの二台持ちをするとのことで、その組み合わせはどうなのだろうという野暮な感想はさておき、野心やハングリーさも大切に育てて、たくましいこと上段者たる中国人にも負けん気で一歩も引かぬ大人になってほしく思います。





鼻水が出ない方法も教えてくれました。1)スースー、こうやって吸うんだよ、2)なめる、という方法もあるそうですが、会話の楽しみも増えてきつつ、2キロの機材で心配している中ですが、20キロのスーツケースを体重をかけて引き下ろし、行きはスターフライヤー、帰りはソラシドエアゆえ、ターミナル相違でバスにも乗れて、帰りはばぁばのところに寄って、食事もご馳走になり、牛しぐれを情緒性豊かに撮ってみて、


宴もたけなわ、ブログは冗長、トリミングではありますが、ヤクルトの三本締めで旅を終えたいと思います。








Posted at 2017/05/01 18:03:49 | コメント(3) | トラックバック(0) | 九州ドライブ | 日記

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「先日大雨で車線が見えにくい中、前車5thレンジ車線はみ出たりフラフラしてました。本格SUVは重心の関係かハンドルアシスト非搭載/未実装または本当に軽いアシストもしくは酷い代物な車種が大勢かと思いますが2千万3千万出す合理性みたいなものを思ってしまいました。メーカーがんばってくれー」
何シテル?   06/13 22:36
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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