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ドライブへ行こうのブログ一覧

2017年09月02日 イイね!

少し前の写真と5月6月の思い出写真。 友との出会い。

少し前の写真と5月6月の思い出写真。 友との出会い。




 PowerShot S95  ,2012
 α7R II + Planar T* FE 50mm F1.4 ZA SEL50F14Z
 RX100M4
 RX1R
 α6500 + E PZ 18-105mm F4 G OSS SELP18105G











世界に目を向けてみても、世界屈指、世界一級品、長期品質保証もついた、その約束された心地よさは、日本が誇ると言ってもいいのではないか、とすら思える、一瞬のことですが、「秋の風」が通り抜けるようになりました。九月です。





行きは自転車と電車。帰りはクルマになった仕事終わり。「パパと一緒に行きたい」と、歩く約束で夜に駅まで置き去りになっていた自転車を取に行けば、息子と二人の散歩となり、自転車を押してくれる力は強く、コンビニに寄ってみればおでんが食べたいというオーダー。だいこんを一つ頼めば、「汁もください」と、お兄さんへ正式にオプション発注。ふと「美味しいスープ飲みたい」と発したり、汁系は大好きです。





ママに内緒だよと、ほんの少し籠の中に座ってランデブー。約束を守り帰宅して開口一番「行きも帰りも歩いたよ」しっかりうそをついていましたが、翌朝にはママに白状していました。




「バーベキュー行こうよ、ぱぱとままと、Aちゃんとじぃじとばぁばで」そして「いい考え?」などと確認するようになりました。この秋はBBQ二件ほど予定が入っています。幹事としてもがんばりますが、できれば幹事長として拝命したいところです。






私が一週間寝込みどこにも旅行しないと「温泉行きたい」「箱根行きたい」と発しはじめたり、ママがスーパーへの買い出しに誘えば、「買い物付き合いたくない、Aちゃん嘘つけないから」とこのような言い回しはどこで覚えるものなのか。




最近多用する接続詞は「そしてー」あるいは「そしてねー」。使い方も100%適切です。どうやって覚えていくものなのか、子供なりの観察力というのは不思議なものです。




私は一喜一憂は絶対にしません。なぜならば趣味が一喜二憂だからです。本来であれば大局的に物事を腰と腹を据えて先を見通し、ロジックに基づいて精密に判断を重ねていくからです、ぐらいは肩に力もいれながら言いたいところですが、



ポリシーたる、凹むことを大切にしたいと考えています。とくだらない下りはいいとして、実際的には「一喜一憂しないようにしよう」と何度も自らに説得を重ねる成就を目指したい、けして平たんではない道。




問い合わせ頂いた方からは「迅速かつ丁寧で御社への興味が高まりました」「手厚い対応に驚いた」という旨はよくいただくようになりました。実際に面接にこられた方からは「こんな対応ははじめてです」「どこもこのような対応するところないですよ」と有り難いお言葉をもらえると、敬う心が伝わった嬉しさ有り難さを思い、温かい大いなる燃料も頂戴します。人生という旅路「袖振り合うも多生の縁」かもしれません。




恐らくは通常であれば、そのトラックが信号待ちしている中、動かないでくれればスムースに行き違いができた、というはずの場面で、トラックがほんの僅かに動いてしまったので、私のクルマがバックするか、そのトラックがバックするか、という細い道でのすれ違い事例がありました。




私の後ろは人通りが多くバックするにはタイミングが悪く、トラックにいた後ろのクルマ二台はトラックが下がるスペースを作るためにバックしてくれていたので、やはりそのように判断できるような場面だったと思うのですが、トラックの運転手氏は恐らくは意地悪そうな感じで、少々様子もあれでしたが、動く気配もないので、私は車から降りていき、



「申し訳ありません。後ろのクルマもバックしてくれているので、ほんのちょっとだけバックお願いしていいですかね。私後ろみていますから。すみませんね。」と伝えると「あ、あぁ~分かりました」と拍子抜けした様子ですぐにバックをしてくれました。気流の関係で低高度から見えた富士山でした。




こういうやり方もあるのだよ、と子供にも小さいうちから教えていきたく考えています。




こちらが力めば、相手も力む。ぶつかる。若き頃はぶつかり合って磨かれ、そしてはじめて知ることもあるやもしれませんが、すべての人は対等であり、当たり前でなく、感謝しながらコンビニでも買い物し、ファミレスで人員不足でどんなに料理が遅くとも、そのような中に一所懸命にやってくれる人がいるのだから心からお礼を伝え、という姿を見せていきたく考えています。





お盆が開けてから本格的にやりだした実務の業務。成果としてもかなり順調かもしれません。






先陣を切ってくれる後進、調達から苦労の結晶であろう軍資金の援助、痒い所にオロナインを塗ってくれるかのような事務的手配までも、まさにあらゆるサポートをくれる後進という友達に恩人達という感覚もする彼らのお陰です。2012年が5年前、という切なさ。つい5年前にこのような写真を撮っていたのか、という思いの他に、若気を感ずる仲のよさに驚きもして。そして人生のパートナーは、私のよき友でもあります。





競争環境としても私なりに分析した結果、かなり自信をもってやれる市場ではないかと所感をもってスタートしたこのビジネス。個人の動きとしては当面これ一本に絞って集中していく構えの中、実質二週間で業界トップクラスが一ヶ月で出す営業成果に肉薄できるのではないか、という点に気が付き着目し、憂いや不安を退散させる呪文とします。






一年かけていろいろなビジネスを吟味して選んだ戦場。確かな手応えと成果も見て、様子見で一旦求人媒体も増やてみることにしました。調達が必要になる方面では、たまたま近くに協力してもらえる環境も賜り、アクセルを踏み増します。数年内には業界断トツのトップもいけるのではないかと欲が出てきます。そしてずれて一歩登ったところにはガリバーがいますが、少しずつそちらの領域も、バッティングしないよう取り組めるように、時間をかけながら整えていきたいと展望台に行きたい気持ちです。






さして変わらない写真、同じような写真を撮っていたことに、やはり三憂を過去からもいただきながら、そしてときは2017年5月へ。





急ごしらえで立ち上げたばかりのWEBサイトからも、求人応募が来るようになりました。あるいは「なぜこのような考えでやっているのか」という問い合わせも頂きました。まだまだ整えるべき余地が甚大級であり、さらに整えれば面白くなっていくであろう期待。




DSC02472 RX100M4
戦果としてはまさかの想定通りが想定外。そして渡りに船な想定外もありつつ、求人の応募は飲みから帰宅して深夜対応もしています。このビジネスは名を表にせず肩書もない担当社員として仕事をしていますが、どれだけ夜まで働かせる企業なのだ、という感想を持たれかねないので、この点は注意が必要で、送信は翌朝に予約セットすることもあります。





という手順も経て、新たに仲間となって頂いた方々達。転職を決め、転職前にも関わらず転居なさってくれた方、その場で最終意思をくれる方、あるいは正式な転職前にかなりプライベートな情報を頂きその取り扱いには気を付ける旨を伝えれば「何も心配していません」と頂き、この信頼を大切にしていきたいとも思うわけですが、事務処理能力があまり高くない上に、不器用なところもあるので、気を付けたいと思います。早々に凡ミスもしてしまい、協力してくれている会社の方に迷惑もかけてしました。






というように仕事に精も出しているので、子供との時間は減りつつしかし三歳までは愛を注ぎ脳を刺激しというのは全うできたかと思い、その成果もけして悪くないのかと感じ





あとは子供を信じて、かつなによりも本人がもって生まれたものを思えば、あとは信頼して、かつ自信をもって自ら成長していけば間違いない、この子であれば大丈夫であろう、という所感を実感している感覚です。






この子が運んできてくれたご縁。幼稚園でわたしがなぜか大好きで可愛くてたまらない、K君、そのパパ。お兄ちゃんのYくんとも意気投合して仲良しです。夏休みが終わりました。9月秋の風の中、まだ夏服で朝外にでれば「少し寒い」なとといいながら、あっという間でであろう一ヶ月が経てば、10月からまたこの制服になり通園となります。色違いで履くことも最近は無くなりました。と思うと寂しいものです。





葉っぱについている虫について話ししているときだったか、をママが素敵なツーショットで撮ってくれていました。




そのパパ友と意気投合して、二人飲みに行きました。





たくさんの父兄がいる中で、このパパと二人で意気投合して飲みに行く縁。「みんなで一緒に箱根行きましょうよ」と嬉しいお誘いも頂きながら、




「久々に楽しく飲めた。一番辛かったときにドラちゃんと会いたかった」と、思ってもらえる時間を過ごせばさらに意気が近づいた気がし、私もこのパパ友たるMちゃんは、気楽気さく楽しく共の時間を過ごすことが出来、




そして話してみるものです。私がスタートアップした業界の巨人に属していたことがあり、




話しはあれよあれよ、まさかの方向に行き、





仕事まで一緒にしましょう、というさらに意気投合が加速しました。実現する運びとなるか、どうかは定かではありませんが、来年の春前に転職予定だったというタイミングもあり、現実的にむしろ前倒しであり得るような気がしています。Mちゃんにとってプラスになってもらえるかもしれません。





ママは大丈夫なのかと心配するでしょうが、そこは大人です。色々な経験もしてきました。そして私が感情的になることも、そうやって物事を処理したり、人を判断することもないので、人間関係がおかしくならぬよう、適正に進めていくことができるぐらいは、心得ているつもりです。そして積んで来たビジネス経験からのこの手ごたえを思えば、安心して迎えることができる気持ちも生まれてきます。ほんの数ヵ月前に履いていた、この黄色い靴も小さくて履けなくなりました。





というリスクも回避できれば、あとは一緒にやらない理由はないような気もしています。




そういう人生の出会いに、交わり方もいいのではないか、という一考。






そして幼稚園のパパ友と、キャバクラに繰り出してみた、という試み。




園長先生には言えませんが、延長までしてとても楽しい時間を過ごしました。





K君のママたるSちゃん「キャバ行ったら怒るかな」とママに事前相談もして、飲みながらSちゃんがそのようなところを嫌がる人か確認もしながら、試みを実行してみました。なかなか行かない連れ合い具合かもしれません。




そして、つまりは気が合う、よき友にあった気がします。40歳を越えてから出会った事例としては二人目の友になるかもしれません。この歳でまた友ができるとは、想像していませんでしたが、




人生わからないものです。ときに子供がくれ、ときに子供が深めてくれる、友たちとの縁。





そして昼寝はいつもこの椅子で寝入ったあとにベッドへ抱っこして連れて行くことは、まだ当面変わらずさせてもらいたく。






六月も終わりに向かう紫陽花。






生活、幼稚園の送迎、仕事に飲み、たまに出向く以外はすべて一つの地域で済むように整えてみました。さて、ここをどう撮ろうとサイクリングした先での公園遊び待機中の写活。




角度を変えて探してみると、もう一つの世界が見つかったような気がしました。




伴氏推奨の壁撮りを、伴氏推奨の素振りの気持ちで。



「ほら、ぞうさんだよ」だったか「ほら、きりんさんだよ」か「はちさんだよ」のような気がしつつ覚えていませんが、そのようなひと時が常に遠のいていく、時の流れ。




ヘルメットで砂遊びもして、公園で出会った友達と少々遊んで、




帰りました。土曜の午後は仕事をお休みして、イイね巡礼もせずで、家族サービスへ出かけてきます。


よい秋を。


Posted at 2017/09/02 13:12:40 | コメント(4) | トラックバック(0) | 生まれる前の旅 | 日記
2017年08月29日 イイね!

少し昔の写真と日曜日。

少し昔の写真と日曜日。




 PowerShot S95  ,2012











夕刻17時。はたと気づきました。「あれ、今日は何か食べたっけか。いや今日は何も食べてない」。







仕事に夢中でした。





何も食べていないことに気づくと、そこからは一気に空腹が到来します。







外ならまだしも家でです。起きて即座にパソコンと向き合って対応に夢中だった日曜日。






一つひとつを丁寧に、かつ真剣に集中していると、夕刻でした。仕事が遅いともいえますが、新人なので致しかたないのではないかという評価に落ち着いています。









「ご飯あるの?」と聞いてみると「朝にそぼろ丼、作ったっていったじゃん。もう冷蔵庫入ってるよ」と言われるものの、上の空だったせいか、初耳です。さらには「あさりのパスタでも作ろうか」と優しい家人。朝食と夕食として、二食を一気に食べることにしました。







それを聞いていた息子は「冷蔵庫にごはん入れると冷たくなって固くなっちゃうよ」と心を温めてくれる一言。




病み上がりもあり、






仕事モードもあり、まったくハワイ以降の夏休み写真、その整理が進んでいません。進捗率ゼロです。








前に整理した、2012年の写真。適当にシャッターを押しているゆえ、まったく覚えていない写真ばかりですが、今と変わらないことをしているのは、この三年余りなんだったのだろう、と少々凹みます。






月曜日もしっかりと仕事モードで過ごしました。




忙しい中にも、人を紹介してもらい、あるいは会いたいといわれれば、有り難く駆け付けます。せっかくのご縁です。



という一日を過ごし、さらに帰宅後も仕事に熱中し、採用が決定した方々への返信を行い、これがノウハウの蓄積にもなっていると充実感が増しつつ、冷めた少し温いお風呂でクールダウンを計り、




布団へ入っても、なかなか寝付けません。副交感神経にならず、交感神経がさらに活発化します。




最たる理由は子供です。寝顔を見ればあまりの可愛さに、横に寝ればあまりの愛しさに、興奮してしまい、これはいつものことですが、さて寝るか、とベッドへ行く度に、まず撮影、何カットも。そしてさらに可愛さのあまり、適度に抱きしめたりちょっかいも出しながら自らの交換神経も盛大に刺激してしまいます。ママが起きていると「やめて、起こさないで」と怒られるケースです。




「二個あるよ」や「◎△$♪×¥●&%#?!」と何を言っているか分からない寝言、あるいは





「えっとねー◎△$♪×¥●&%#?!◎△$♪×¥●&%#?!◎△$♪×¥●&%#?! クルマ  ◎△$♪×¥●&%#?! トミカ博」など、たまにしか単語が聞き取れない長い寝言も、愛しい対象です。



という中で、副交感神経にするために、ささっとブログでも仕上げて寝ようと、愛飲している水曜のネコが品切れで、家人のアサヒをネコババ気味にパソコンの前に戻ってきました。






よく言えば「任せ」、さらによく言えば「信頼して任せ」、あるいは「託してきた」、多少心象悪い表現であれば「人任せ」。人をつけるだけでなぜかイメージが悪化します。




今であれば「有り難く感謝しながらお願いし、よくやってくれ苦労ばかり掛けて申し訳ございません」と思いますが、当時は横柄でしたから間をとってシンプルに「任せて来た」という表現を採用しておきたいと思いますが、段々と準繰りと、そして結局すべてを任してきた結果、






ほとんどあらゆる実務をしなくなりました。最終的には最たるキーも渡し、つまりはすべてを譲り、確認すらしなくなりました。この10年、ろくな確認もしなく来てしまいましたが。そして従前に関しては、今でも何らの確認をせずで、通してしまっています。つまりは苦労ばかり掛け、苦労をさせてしまっている一辺倒であり、感謝の念が絶えません。





しかし今般スタートアップしたことは、大変な現場はよくぞ有り難くと思い、友たる後進が担ってくれ、パイプも強固にしてくれ、この後進がいてくれたから発展性が生まれ、厚みが出て、この後進なくしては、1年かけて吟味したチャンスたる、私の机上の空路と空論という穴もあったことを埋めてくれ、、しかし肝や多くの実務は譲らず自分でやろう、と取り組んでいます。




ゆえに10年以上ぶりにすることが多く、とにかく一つずつまずはスタートアップしていることを




少なくともかなり当面はオーガニックな成長と決めて、自らやってみています。





とはいえ、いきなりあらゆることがスピード全開になっても、年齢的に辛く、体力が追い付かないと思い、





成長スピードをコントロールするつもりで、この夏も旅行をしてしまい、




一週間寝込んだ病床から仕事をしはじめ、暖機を感じながら、もう少し早くエンジンをONにしたほうが、よかったとも反省しています。



今般はなぜ最たる肝を譲らないのか。その理由はその方がより大きな発展性を持ち、そしてこれが大事だと思っていますが、後進にいらぬ苦労を生まないと思うからです。




実務をこなしていると、楽しく、面白く、勘も少しずつ戻り、夢中になる度合いも戻ってきました。それを子育てに大変な中に、絶対に無関心などではなく、絶対にそうではないはずですが、そう思いたいですが、器が大きいからだと思っていますが、今まで小言など一切言わず、見守ってくれている家人へ感謝を致しております。





面接と言えば、昔はこっちが決めるかのごとく上から目線でしたが、人は対等であり、わざわざ応募も下さったとも思い、面接だけでなく、応募の対応から一つひとつ敬意を持って丁寧にしています。求人媒体の管理画面まで触るのは、実に18年振りかもしれません。いやその頃は管理画面などなかったかもしれません。





10年ほど前は、些細ながら人事部が吟味してくれた人材だけを、三次や四次面接だけしていました。仕舞にはそれすらも人任せです。根底には私よりも能力ある人に託した方が、よい結果が生まれる、という思いも持ちながらですが。




楽しくも、入口から携わると、このようなことをしてくれて来たのだな、と初心や感謝を新たにします。




10年前はほとんどが新卒で、一部中途、条件は大卒以上という中で、一連の求人活動の最後だけを偉そうにやっていました。思えば、はじめだけセミナーに顔を出したこともありました。道中は追い付かないので、中途も増やしていくことになりました。




大卒という条件にも関わらず、高卒の若い男の子が応募してきたので、熱意を買ってみたこともあります。



高卒の方が活躍すると、大卒に刺激を与えます。



大学間でも、これと同じ構造で、刺激を与えあう関係性、ということも意識してデザインをしていました。




ときにコンプレックス、ときにプライドを刺激し、それぞれアチーバーをスピードオーバーさせる狙いで組織の設計図を敷いていました。




途中で怒涛のM&Aという安直な方向に向かってしまいましたが。





今取り組んでいることは、まったく逆で、




まず中途のみです。手取り年収600から800万円あたりをボリュームゾーンに、それでも下限は500、上限は1,200あたりという内容です。



求職なさる方同士の競争意識や競争環境はゼロではないかと思いますが、しかしほぼ競争環境はないのではないかと思うほど、むしろ他者は気にならないほどの環境かとも感じています。



従前はそれも成長してもらう機会や材料と思い、二十代後半や30歳ぐらいの男の子に、1000万円の環境を持ってもらったことがありました。




幼少から10代という人生の苦労や努力、20代という社会の階段と世の中の相場、という牽連性。これら無視し、実力以上の収入環境を与えてみれば、生まれたのは勘違いだったような気がします。それも私のせいか、もしくは宇宙のせいですが、采配が悪いとも言えます。今でもそのような環境が残っていますが、若くしてけして高く上質とはいえないながらも社会的地位を手に入れ、平均から比べれば大きな報酬を手にする。






最大の敵は自分である、かのごとく、金使いが荒くなったり、偉そうになったり、力の使い方が分からないので「あいつは生意気になった」と外部の人からも敬遠されるようになり、結果として人が離れていく、こともあります。



いかにしてこの勘違いを生まずに、つまりは失敗に繋がるような道にせずに、後進を3000万までもっていくか、ということが、もう一つの私の目標ですが、思いのほか難しい論点かとも思案しています。私自身もそうですが、周りが見えなくなり感じられなくなり聞こえなくなるのかと思います。若くしてちょっぴり持っても、人間出来ている、という人がいれば、それは聖人君主レベルかもしれません。子供の頃からの環境や教育が大きく影響する部分ではないかと思ったりもしてみています。





他方、今募集している環境では、今の時代労働市場を俯瞰致しますと、手取り500万でも悪くない方なのかと思うのですが、目立った競争もなく、勘違いも生まれず、けして楽ではないかと思いますが、そのようなグランドデザインというものに出会ったことが、とても勉強になる次第です。






平均値を予測すれば、目標までいくと、手取り分だけで毎月で15億の振り込み。経理だけでもなかなかの計算量に振り込み設定に、膨大な事務量になりそうです。はたしてそこまでいけるのでしょうか。





という自らを鼓舞したり、不安に陥れたりする妄想もしながら、目の前の一つひとつの応募対応から、俯瞰的概念論まで、全力で仕事をする。最高の気分です。







子供と過ごす時間はどこにいようと別物の別格ですが、率直に単に旅行するよりも楽しく、思います。






釣りが楽しい人もいれば、それがゴルフの方、風俗が生きがいの方、パズルがとにかく好き、楽器がエクスタシー、




同じように、たまたま仕事にそう感じるだけだと思っていますが、またこうして仕事にのめり込むとは予想していませんでした。

というあたりで昨夜はソリッドな眠りにつきました。





残暑お見舞い申し上げます。そしてもうすぐ九月です。
Posted at 2017/08/29 17:22:01 | コメント(5) | トラックバック(0) | 生まれる前の旅 | 日記
2017年07月09日 イイね!

ぷかぷか旅行その5(完)。 箱根とシアトル2(完)。そして出産。

ぷかぷか旅行その5(完)。 箱根とシアトル2(完)。そして出産。





         RX100 (無印)









2014年、1月1日、16時。稜線に沈む元旦の夕日。




ぷかぷかお腹の中で揺られながら、眠りながら、ときに動きながら、中伊豆。公称60種類以上、私が丹念な適当に数えたときで120種の具材に調理方法の掛け合わせな、数々の栄養素で土台が構成されています、あなたの体は。




翌朝は部屋でお節のお弁当を頂きました。




伊豆のあたりをドライブしながらランチもいただき、




ここは新規開拓した旅館だったと思いますが、もう一泊し、




気持ちは分からなくもないながら、もはや何が撮りたいのか分からなかったであろう、一応の念のため撮りをして、



翌朝にまたお節を頂く、妊婦を放置して海外へ行っていたママへの罪滅ぼしかもしれません。




この頃はネコ撮りもたまにしていました。近年被写体として見ていなかったので、また撮りたいと思います。




お正月の海岸線を走り、




トンネルではテレビが映らないので、クルマを止めてママと箱根駅伝を見た記憶が蘇りました。ママじぃじが箱根で長らく破られることがなかった区間賞を持っていましたよ。一度優勝先導車をじぃじに頼んで手配して世界に一台の記念車で縁起がいいと思って売ってもらったこともありました。





そして渋滞すれば、



この頃からカメラで暇つぶしをするスキルも身に着けていたようです。カメラを本格的に始めるに向かい、準備運動かもしれません。




まるでみんカラをやっているかのような、




写真撮り、




カメラもやっているかのような、こだわりぶり。SNSもやっていないので誰に見せるわけでもなく、完全な自己満足で完結する、自分との友好関係です。




東名のあまりの渋滞に途中で降りて、多摩川近くのデニーズで食事して、ドライブスルーで飲み物を買った、どうでもよい記憶まで思い出してきます。そしてなぜ記録したのか。フィルム時代にはできない芸当、すなわち無駄打ちです。




そして箱根に来ました。生まれる前にぷかぷか旅行したのはこれが最後となるようです。この時期と、今とでは味付けの方向性が少々変わったかと思えば、今と料理長も同じです。




が、料理長の内面性が変わったか、作り手たる料理人が入れ替わった可能性もあるわけで、もしくは生産者の方向性や気候の影響、または受け手たる食べる者の趣向が変わり、性能が劣化することもあるわけで、思いの外変動要素が多角的な中に作る側も大変かと思います。ママは妊娠してからは、旅行時はビールの代わりによく炭酸水を飲んでいました。





無我の境地でピントを合わせる。




生まれてくるまで2週間をきりました。ママの気分転換も済んだであろう、ということで、




渡米させて頂きます。




787が羽田シータック間(シアトル空港がある市名であり空港通称名)へ就航して1年か2年経って、まだ小さなトラブルも多く不安もゼロではないなかに乗りました。と思いきや、これは機体に風景を見ると成田からかもしれません。




まだ正式なナンバーもついておらずの中に、後進の新車がお迎えに。当時、遠く離れていても、少しでも同じ気持ちになろうと、私もこれを色違いながら日本で乗ることにしました。すぐに飽きて箱変えするのですが。




それなりに仕事らしきこともしていた気がします。




子供が成人したあとに、あるいはそれよりも前か、この地を踏むことがあるやもしれず「おやじもここを通ったのか」と思うのか、思わないのか、そのようなことも想像しながら記しています。





道や観光先だけでなく、人生についても「おやじもこのような道を経験したんだな」という感想を思う日が来るのか。その頃にみんカラはあるのか。





ボーイングの博物館は郊外の工場と合わせて二ヶ所あるのですが、こちらは市内にある博物館、および展示スペース。




日本のそれとは、何もかもですが、スケールが異なります。




アメリカが変態的に好きでなければ、もしくは社会勉強ならいざ知らず、観光先としては欧州のほうが数段よいかとは思いますが、飛行機飛行機と喜んでいるうちに一度は子供とも来てみたいものです。どれだけ喜ぶことか。




幼稚園の平日休みと絡めて一泊行ってきましたが、この暑さ、旅路の疲れで本日はゆっくり、子供も早々に昼寝している中でブログを認め過ごしています。




日本の司法制度改革と、米国の医療との関係を記してみようと思って1年以上忘れていましたが、




何らかの書籍や、あるいは知恵者に専門家にと、聞いた話ではなく、渡米している中で私が辿り着いた、多くの場合生きることに直接関係のない雑学ですが、しかし責任ある立場になるほどに少しでも世の中をときにネジ一本まで知ることは、大切かと思い、簡素に認めてみようかと思います。




渡米中に医療関係に関わる機会があり、ドクターの収入なども聞く運びがありました。こちらは銀行へ口座を作りに行ったときの写真です。窓口も日本とはまったく異なる作りに雰囲気です。ちなみに香港などでもそうでしたが、本人が行かねば個人口座を作らせてもらえないケースが多いように思います。





日本で聞けばおどろくような年収の医師がゴロゴロいて、その中でもリスクが高い麻酔医は特段に年収が多いかと思いますが、あるいは大きな病院でも勤務医ではなく、個人事業主として病院と契約をしている場合が多く、



という状況の中で、実は年収の割には手取りが少ない、と言っても多くの場合十分に高い手取りかと思いますが、要は報酬から支出されるコストが非常に高くなっています。



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訴訟社会アメリカ。





弁護士の数も日本の比ではないので、成功報酬でいいからと訴訟を持ちかけるほどに弁護士が積極的に営業もかけて、周知のとおり医療訴訟も多く、かつその賠償金も莫大です。





賠償に備えて、医師は保険に入るのですが、それがまた高いわけで、年収が高くとも、所得税やらあるのに加え、保険代もあるゆえに手取りが思ったよりも少なくなる、という構造です。夜遅くまで二手目二歩を打つために内見や視察も重ねました、一応仕事です。



私はこれを知ったときに、アメリカが日本へ司法制度改革を要求したのは、保険会社を儲けさせるためではないか、少なくとも一つはそれが狙いであろう、という思考の帰着をしました。




患者や医療保険から支払われる医療費の何割かが、主に米国の金融会社へ流れる仕組み作りで、司法制度改革はその手段に過ぎない橋渡し役です、という見立て。




争い事を好まない民族性がその狙いを拒み、少なくとも今のところは訴訟社会になっていませんが、しかし長期的には文化が侵食される一方ですので、遠い未来は変わっているかもしれません。格差も広がる一方の中で、ときに地元の消防士でも、このような家を二軒持っている、かのような国。細かい造りは粗いですが、立派な邸宅、日本であれば豪邸の部類です。





日本は敗戦国であり、属国であり、子会社であり、これらの歴史事実と構造関係を俯瞰した形でも理解しておくことは、




つまりは親会社の方針に、子会社の方針は左右されるのであり、こうあるべき論とは関係なく、先を見通していくのに知っておくことが必要な社会的知識のパーツのように思います。MSの本社も見学に行きましたが、規模感が違い過ぎました。こちらはベルビューにある同社オフィスあたり。世界中に製品を供給している関係か、電気が消えることはありません。加えてブレーンストーミングが活発なのか、付箋だらけの窓が本社には多かったように思います。





世の中やその仕組みを不文律含め少しでもときに俯瞰しときに詳細に知っていくことは、船長が行先を間違えないために身に着けることが望ましい素養かとも思い、子に向けても記しておきたいと思います。







ガソリンスタンドで自分で洗車をすることができます。この感性。




ディーラーも新車の洗車をこのようなブラシで行い、お国柄を思いましたが、毛先は柔らかいブラシです。




車にまったく興味がなかった後進も、新車のマイカーを手に入れ、小まめに洗車をしていました。




こちらはボーイングの工場と、工場にある博物館。




空港ではありませんが、羽田などのその国のメイン空港、そのようなスケール感です。工場内のツアーもなかなかにダイナミックです。




そして「何を考えているんだ」と少々お怒りモードの家人に、予定日までもう少し余裕がある中で便を取り直し、帰国を早めることにしました。




家に帰れば、家人が安心したのか、いや虫の知らせだったのか、お腹が痛いと深夜に病院へ急げば、あとでそれは陣痛だったわけで、




あなたが生まれてきました。本当は米国で産みたかったところですが、それはあなたの代に委ねるとして、東京タワーの近くで産声をあげました。ママが怒らなければ、パパは出産に間に合わなかったかもしれません。ママに感謝です。




意図せず、売れた不動産の手付け金を現金でもらい、撮っておくかと思いついた、少々厭らしい写真も撮り、後日も狙ったわけでなくたまたま同じような運びですれば、一歳の声を聞くまでにそれらを触ってみるこの子の人生を個性的にも思い、




そういえば、このようなお風呂にはじめは入り、




そうそうこれもよく使い、バンボというベビーソファは元気ゆえ生後六か月か七ヵ月だったか草津温泉で、すでに脱走するようなり使えなくなったので、このチェアーには旅先の食事時にも大変お世話になりました。



副業として転売した不動産もドライブがてら後学で子供も連れて見に行き、みんカラも少しずつはじめたあたり、とこのようなことがあったのも忘れていました。とある有名企業が自社で使うために、とのことでご購入頂きました。いろいろあった物件なので、一入です。事実は小説より奇なり、というほどに本当に特段にいろいろありましたが、ここも仕入れの10倍で売れました。ビジネスとは仕入れが肝である、という商売の格言は誠持って正しいのだと思いつつ、売るときはタイミングを見て、けして焦らず腹据えて、買って下さいではなく、売ってやってもいい、という姿勢を崩さなかった若気の至り。





このクルマは大変ハンドリングがよく気に入った一台でしたが、ほどなくして後進に譲ることにしました。



結局、二台とも入れ替えて、みんカラにカメラに力が入っていくことになった2014年、子供にべったり離れない私の人生がはじまりました。早いようないろいろあったような、またこれから頑張りたいと思います。



九州の大雨で被災された方々に謹んでお見舞いを申し上げます。

Posted at 2017/07/09 14:51:38 | コメント(4) | トラックバック(0) | 生まれる前の旅 | 日記
2017年07月04日 イイね!

鼓動で感じた旅。 その4 太平洋、東京湾、新潟、谷川、茨城、東九フェリー、朝焼けに夕日、雪景色

鼓動で感じた旅。 その4 太平洋、東京湾、新潟、谷川、茨城、東九フェリー、朝焼けに夕日、雪景色





         RX100 (無印)






洋上における優雅なエンタメ施設。これで時間を多分に潰すことにもなりました。






婉麗、いやエレガントと言った方がフィットするかのような、船上パーティーにも適したメニュー群。今は新しいメニューなのやもですが、これが案外に沁みる温かい食べ物となります。




出航して間もなく、関西と九州を結ぶ阪九フェリーとすれ違います。東九フェリーは原則として荒天でなければ太平洋側を航行し、阪九フェリーは瀬戸内海を航行するようですが、瀬戸内海は海上保安庁からふくそう海域に指定されており、できるだけ太平洋側を航行するようにとの采配もあったり、あるいは瀬戸内海を大型船舶が運航することは、より航行技術が求められるようです。という勉強にもなり。




今や退役したことを知った「おーしゃんいーすと」の船内図ももう見れず、



昼夜、陸地を遠目に見ながらの航行が続きます。




ベッドは妊婦に譲り、ソファーベッドからの心地よい眠りから覚めると、洋上の天空ショーが始まっていました。



乗船して「いいね、これは」という興奮が終わり、ほどなくして到来する暇な時間。その合間に素敵な洋上の非現実感を思います、



旅をしている実感を味わいながら。



船に乗る仕事の人は、大変です。帰宅もままなりません。とも想像してみながら。とたまに見える船以外は太平洋に体を向けると、大自然と向き合うだけの瞬間も感じられ。





ピンクに染まりながら重なり合う稜線群。日本へ航路を取ったはるか昔の大航海時代の人々や黒船のペリーもこのような光景を見たかもしれません。



太平洋側を航行して徳島に着きました。



1時間ほどの停船でしょうか、この間に歩いていける近場のファミマへ食料の調達にも行きました。



船上ピクニックランチをして、



翌朝の東京湾着へ向けて、船の旅もじっくり楽しみます。



東九フェリーとすれ違います。こちらも退役した「おーしゃんのーす号」、カジュアルフェリーです。「おーしゃんいーすと号」はスタンダード船で、船室構成が異なる二種類で運航されていましたが、今はシンプルフェリーのみの構成で東京、徳島、北九州を結んでいるようです。時代の流れなのでしょう。



広がる雲も、いつもとは違って見えます。洋上の風を感じながら。




南西から流れる雲が速いか、船が速いか、競争です。



家人はこれを、私は横で男の本能に従い脱衣麻雀に精を出し。




スロットの戦利品。




眠りにつき、目を覚ますと、煌びやかな港に街の対岸が見えて来て、見入っていると東京ゲートブリッジです。




いよいよ東京湾に到着、旅の終わりを思います。帰ってきた安堵感と早く家に帰りたい帰巣本能の一方で、旅が終わってしまう、まだ帰りたくないという心残り。





車のエンジンを付けると、ナビがどこかで止まったままです。どこかと思い見てみれば出航場所近くでした。



下船。東京の地に久方ぶりに足を降ろし、懐かしい光景に見える心境です。港から離れるほどに、帰ってきた実感が増しながら、こうして西日本一周フェーリー付きの旅が無事に終わりました。





DSC05942
中一日体を休めて、この日は恩人の墓参り。常磐道から、美しい夕暮れとともに、富士山が見えました。茨城からも富士山が見えるとは知りませんでした。それにしてもこの日は綺麗な夕日でした。同じ日のみんカラブログを探しにいけば、綺麗な夕焼けが見られるかもしれません、と思い、のちほど徘徊してみます。




ママを通じて感じる旅、次は新潟です。



このときは同じように見えますが、代車のアクティブハイブリッド7、Mスポです。



そもそも暇つぶしに加え、ママがいろいろな食べ物を頂き、空気や雰囲気を味わうことも胎教のごとく大切だと思いましたが、加えてより快適な胎内環境を整えたいと思えば、母体たる家人を旅に連れ出すことで、開放的な気持ちで十二分な気分転換をもたらし、それが結果としてお腹の子供にもよい影響があるのではないかと考えました。家人の体調もよく見ながらの数々の旅路でしたが、つわりがなかったこと含め、かなり安定していたほうではないかと思います。



田園ビューが美しい月岡温泉に泊まり、




代車ゆえ自分のクルマでもないのに、写真を撮り、




こちらは内装が黒でしたが、これが違うだけで私も気分転換になり、



次は群馬を目指し走っていると、雪が降りだし、




雪景色を見ながらのドライブも素敵に思いました。




関越に入り、



みんカラをやってもおらずなのに、やはり今と同じような写真を撮り、



関越を抜けるとそこは別世界でした。




谷川に一泊して、美味しい輝く白米を食べて、




ママを通じて感じる旅、オーラスその前に、




パパは渡米しました。年末までには一度戻ります。


つづく

Posted at 2017/07/04 11:40:58 | コメント(4) | トラックバック(0) | 生まれる前の旅 | 日記
2017年07月03日 イイね!

胎児で行った旅先の記録、その3  熊本、霧島、宮崎、黒川、高千穂峡、門司、オーシャンイースト

胎児で行った旅先の記録、その3  熊本、霧島、宮崎、黒川、高千穂峡、門司、オーシャンイースト





         RX100 (無印)









デジカメが刻んだ時間によると19時59分。20時の最終便に間に合い乗船です。




家人と、そして当時はまだお腹にいた子供との旅の記録。西日本一周中、長崎県多比良港というところから、熊本を目指し長洲港に向けて有明フェリーに乗ります。




有明海。気持ちいい、雲仙の風呂上りな夜風。普段は夜の船に乗る機会もないということも合わせ、旅の中でも印象的な一瞬です。




45分間、あっという間の、心地よい漆黒クルーズ。兼運転の休憩時間、でした。





小一時間クルマを走らせ熊本市内の繁華街周辺、かと思います。すでに22時、簡単に食事を済ませ、大人しくそのままチェックインし、休みます。




そして翌日、これから長期的な補修になると思われる、熊本城、当時の勇姿です。




天守閣は2019年には補修を完了させる予定とのことですが、細部までの補修は2036年までかかるということです。「大林組、復興への第一歩




当面はお目にかかれないであろう、熊本城天守閣からの眺め。




紅葉している木々も綺麗です。春は桜が綺麗なのでしょう。



せっかくなのでもう一枚。熊本地震では、工場などが点在する関係でデジカメ業界にも影響があったそうです。まだ仮設住宅に住んでいる方が4万人以上もいるという話しも聞こえてきます。被災した方々に改めましてお見舞いを申し上げます。




旅の成り行きで前日や当日、あるいはギリギリ決める宿。大きな助っ人がスマホという時代です。





SAでとんかつを頬張り、霧島方面を目指します。山を切り開いたところに新鮮なアスファルトを敷いた九州自動車を快適に走ります。




霧島PAにて一休み。ドライブの旅は、各地のPAやSAに寄るのも楽しみです。子供が1歳、2歳の頃は1時間、2時間休憩したのを思い出します。ゆっくり歩いたり遊んでいるとあっという間でした。 




午後二時、霧島周辺い到着しました。霧島神社に寄ってみます。






この日の宿がある霧島市街を目指します。空と雲が綺麗で印象的なドライブでした。




素敵な宿に泊めさせてもらい、翌日起きれば桜島の噴煙が地面に落ちていました。



エリアごとのニュースや天気を見るのも、旅情を思う瞬間です。




朝が来て出発です。




2017年夏休みの予定が具体的に決まり埋まり、そして一部では拡充予定にもなっています。今回、これら一連の写真を発見したことにより、我が家の夏休み計画も若干の修正が入りそうな予定となり、何が転機になるかわからないものです。





宮崎をうろうろしながら、



ネコも撮り、



青島神社へ。




この一年半後に訪れたときも同じ写真を撮っていました。相違点は光りと画角、そして意識です。意識して撮ったことにより、翌々年撮った一枚は覚えていましたが、この一枚は意識して撮っておらずでまったく記憶にありませんでした。





次にむかったのはクルマを走らせ、この回の旅、主たる目的とした一つ、高千穂峡に到着です。




平たく言うと、ここから日本が始まったとされている地です。古事記、日本書紀、その神話上での話ですが。




手漕ぎボートから鴨に餌もあげ、写真も撮り、次に向かいます。



と、その前に近くの高千穂神社にも寄って、お参りを致します。続日本書紀にも名前があるという1900年とも1200年とも続くとされている神社です。この周辺は日本の始まりその地であるとされていることからか、かつては554社もの神社があったそうです。なぜあと一社で555にしなかったのか、実はしていたのか。





日本の始点で、感謝を思い、健やかな成長を祈念させてもらったあとは、もう一つの主たる目的地へ向かいます。




この一枚もまったく記憶にないほどの適当撮りですが、ロケーションは異なるものの先日適当に撮った一枚ながら自身としては斬新な構図かと思っていたところ、同じような構図で、発見したときには成長を感じずな一瞬が到来した一枚です。




という風合いで、過去の自ら戒めをもらいます。写真だけでなく、生き様に考え方も。人生後ろを振り返ると、楽しい思い出に風情と、そして反省も付きまとってきます。




子供が見れば喜びそうな光景、を撮っている同じ遺伝子配列。




新しい天孫降臨が起こるのか、かのような迫る雲に向かった登坂。



早く宿に行きたいところですが、ところどころクルマを止めて、




あまりにも幻想的だった光景を撮れていませんが、撮っていました。フリッカーに上げたいところですが、日付がどうも気になります。



音を立てて強い風が吹く中に、ひと気もなく、不思議な空間の中で、この日の太陽が沈んでいくのを見届けました。





そして到着です、熊本県阿蘇山黒川温泉。家人が泊まりたがっていた、我が家にとっては伝説の温泉地帯です。「『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』において、温泉地としては異例の二つ星を獲得する名湯。」とも紹介されています。





温泉宿が一体となり盛り立てているため、宿間でお風呂が入れるお湯巡りができたり、





食事も美味しく量も多く、ホスピタリティも十二分頂き、部屋も施設もお湯も素敵でした。部屋にはお風呂が二つあり、熱めと温めが用意されている風合いです。今でも五本の指に入るほど、素敵な温泉であり、旅先の一つに思います。なかなか行くには大変な場所ですが、とくに東京からでは。




お名残り惜しく翌朝のご飯を頂きチェックアウトしたあとは、終盤に向かい旅の続きです。これは由布岳でしょうか、今年の春先にも見た懐かしい光景です。




別府辺りにもゆっくりと二泊ぐらいしたくなってきます。



お腹の中で見て、三歳になって「うわ~きれい」と万歳しながら見た光景です。




妊娠中は万が一に備えて、お腹に負担が掛からないようにする専用のアイテムを使いました。シャンプーの香りで一度「うっ」と思ったことがある他は、つわりもなく、このような旅もできた次第です。




「加藤君、見ようよ」。加藤君とは「4×4マガジン」の動画に出て来るアシスタント氏で、「加藤君、加藤君、どうやらスタックしてしまったようだね」と私が編集総括の物まねもしているのですが、この動画の名詞が「加藤君」になってしまいました。




加えて「うぃぃぃ」「そんなの関係ねー」も覚えてしまいました。「西岡徳馬、ブーメランパンツ姿で小島よしおと「そんなの関係ねぇ!」全力披露 『新 ハミングFine』WEBムービー「汗かいても関係ねぇ」」という同氏のCM勇姿がyoutubeで展開されており、これを見て覚えてしまいました。



という成長もして、お腹にいた頃の写真も見て、写真データの発見とともに、生まれた頃の写真も見返してみれば、





DSC05321
その成長を喜ばしく思うとともに、二度と帰ってこない時間であるという思いと入り混じり、感慨深く思うところです。





旅はまだ終わりませんが、東京に向かいます。車で走れば1000km少々、走り続けて13時間、休憩を挟めばそれ以上の道のりを、




この旅三度目となる、フェリーで二泊かけて東京まで戻ります。




東京、四国徳島、北九州を足掛け三日、時間にして途中徳島での停船も含め、36時間ほどかけて運航する、東九フェリーで船の旅がオーラスです。




長旅を供にしてきてくれたクルマもしばし静かに一休み。




船室に向かいます。



ビジネスホテルの様相ですが、シングルプラスソファーベッドのツインだったように記憶していますが、これでも特等室です。二泊東京まで人が二人で8万円、クルマがLサイズ5万円だったかと思います。という価格ながら、コンビニで仕入れたディナーに朝食が十分豪華に思う船の旅。






なお、ネットで確認してみると、私たちが乗船した「おーしゃんいーすと号」は2016年1月に引退したようで、今は新しい船でカジュアルをさらにシンプルにした装いで運航しているようです。個室でも変則的ルールもあるようですが、当時の半額ぐらいで乗れそうです。この特等室、という時代を感じる文字ももう見ることができなくなったようです。左の部屋、先頭の部屋に乗船をした思い出があります。




出航です。








つづく





Posted at 2017/07/03 16:57:43 | コメント(3) | トラックバック(0) | 生まれる前の旅 | 日記

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「「けっこう遠いじゃん。あんなとこまで行くの?」「パパにとっては近いんだよ」往復10km超つまりは1リットル160円のコストかけてレギュラー152円入れてきました。あぁ〜満足。穏やか普通に走ってリッター2〜3kmの車で通勤してたとは思えない(笑)他の車両も入れたいけどおでかけです。」
何シテル?   06/13 15:38
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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