
この日も25mmを伴って、相互に気を遣わぬよう夕食をそれぞれ自宅で済ませてから、気軽に自転車で行ける、ご近所のよさを思いながら、

後進宅。可愛い姫を抱っこさせてもらい、妹のように可愛がりながら、これから先のこの子たちの成長、その楽しみを想像した夜でした。

「何撮ってるの?」と聞かれ「光と影だよ、朝日の差し込みがいいと思って」と答えてみた朝。よく見ると埃を撮ったのかもしれません。

この頃は本番で使えなかった三脚を自宅で堪能する日々でした。

「はい、パパ」と気づくとはずしてもってきてくれたこと数度。一度も落とすことはなくでしたがしかし少々冷や冷やします。

お猿のAちゃん、という呼称もあるほどに我が家のジョージ、実はほとんどが家では全裸で過ごしています。

ばぁばの家ではいつもお手伝い、をさせてもらい、料理の勉強。

パパは後進とパパ友が同志になった美味しいお酒を飲みに行った夜もありました。

先日はばぁばにジープのラジコンを買ってもらえば「明日元気に幼稚園いくね」と嬉しい表現もバリエーションが増え、

あるいは「パパと二人で幼稚園いく」という要望に「いいよ」と答えれば「やったー」とストレートに喜んでくれるのもまた嬉しいながら、すかさず「自転車で」と言われ、「いいよ」といえば「やったー」とまた素直な返答とともに、ローボールテクニックにしてやられ。段階的交渉が多い日々。

この頃はまだネットバンク未対応で、ばぁばという振込み部門へ紙で伝達する日々、そのお手伝いをプリンターの紙を取るところからよくしてくれました。銀行にもよく連れていってもらいましたが、これからはネットバンクの影響で激減しそうです。

昨夜は夜の面接へ、自宅から再出動。「Aちゃんも会社行く」と、さすがに夜遅いので辞退してほしい旨を申し入れました。

昨夜面接した方は不動産畑。派手に飲んできたそうで、思えば昼頃起きて、朝まで飲むような生活をしていたときもあったことを思い出しましたが、

今や早い日は5時起きし、仕事の処理に、幼稚園の送りにと一日がスタートし、健康的かつ経済的な毎日となりました。

12月もとにかく仕事をしました。が、カメラもしました。

そして翌朝はまたお手伝い。我が家の中でファクタリング手数料ビジネスの台頭です。

いけてるデイトレーダーに比べると地味ですが、1月のファクタリング手数料50万円ほど、

2月は順調な伸びを示し、日に4万、5万のお手数料を頂く日もありつつパソコンで数件振込みをしてもらうママへ「ママたったこれだけで数万だよ」と言えば「言葉だけでなく本当に下さい」とストが起きそうな気配も感じつつ、2月は60万円ほどの見込みでしょうか、3月は取引量が増える見込みなので、4月はこれの倍増の見込みを期待したいところです。

適当にですがこれだけ仕事をして、土台のどの字ぐらいは作り、資金も投下してきましたが、まだ一銭も会社からもらっておらず、小口もすべて自前の未清算です。会社のお金が増えた段階で一定の満足を得てしまいます。「なぜ会社の小口を使わないのですか」と税理士から質問され「めんどくさいので」という本音は伝えず。このオレンジのジャンパーは前の冬に着ていました。懐かしく感じ。

若かりし頃にこしらえた会社も報酬やら一切もらわないこと8年間。税理士からそろそろ報酬を取らないと本当にまずいです、という指導でしぶしぶもらうようになりましが、もらう必要がないほどに他でも稼いでいた結果もありますが、根本的に毎月数百万程度というはした金では何らのモチベーションにもなりません、どころか小さいお金に興味がない、という尖っていた時期もありましたが、

今はファクタリング手数料も大切にしたい心境です。25mmを付けたフルサイズミラーレス。家人の友達宅への遊びに持たせれば、評判よかったようで。

お迎えは集合写真の儀式。暗がりにある程度は被写界深度も取らねばならぬ中、たいまつたるフラッシュの電池が切れ、クルマのヘッドライトでは影が強すぎ、四苦八苦の結果、街頭の灯りだけで連射でしのいだ、元の木阿弥。

家路に腹ごしらえ。

収益の10%は寄付をしていきたいと、考えてきましたが、まだ土台のどの字を作りある程度は盤石化してから取り組む事項であり、時期尚早ではありますが、単なる寄付ではなく、障がいを持った人たちに生きる手段を提供したい、という思いが湧いてきました。

幼稚園の行き帰りに障がいを持つ方々の職場があり、そこを通っている間に、そう思うようになりました。つまりは仕事をしてもらう環境を作るという考えです。

気が付くと意識したわけでもなくしかし無意識もあるのか、DNAの傾向なのか「ママ、この会社は赤字でいいんだよ」と私の母にそう言って、福祉として会社を経営していた父親と同じ着想をする心境までふと思えば歩んできたのかもしれません。

生まれたからには生きていく、生きていかねばならぬ、生きていきたい、今日も一日なんとか生きるので精一杯、ギリギリ生きている、感覚はそれぞれかもしれませんが、それが大変な人達も想像以上に大勢いるかと思い、その一助になりたく考えています。

10年来の人と人との付き合いとなる、今では二児の母になったブラジルに住む元新宿のキャバ嬢にどんな事業がいいのか、相談してみれば、

丁度私へメールを認めていたときにメールが届いてびっくりしたというその文面には、

息苦しさと安堵が同居するこの日本を離れ、

新年から向かいの少年が打たれ死に、死と隣り合わせの中で、存分に生きる人々にエネルギッシュさを感じ、という

そのような中で生きている人に助言を求めてみました。異国のリアルタイムな勉強もさせてもらいつつ、あるいは私がはじめた事業の異国事情なども教えてくれつつ、もしや二度目の海外進出につながっていくマインドになるのかはわかりませんが、

色々と次をイメージしながら進めていきたいほっと一息つく今宵です。

正式に新しい取引先の取引口座も無事に審査が通過し、事前に引き合いを頂いてきた納品へ向けて、口座が通るであろうと見込んで進めてきた準備を即座にさらに推し進め、ひな祭りに各所で一斉級かつ順繰りに取引をスタートできる運びとなっています。

この半年少々で成長を重ねてきた取引量の3倍のオーダーを手始めとして頂いており、ファクタリングの目標値も下手をすると一年かからず達成してしまうかもしれません。月間300万円のおこづかい体制ですが、本業での項目はひと月その10倍利益が出ることになるので、創業して1年で到達すれば個人事業主級の零細としては御の字であり、うまく運んだ場合、

本来であれば適切な事業投資を行い、成長原資が必要となる高成長期はむやみに納税するよりも事業投資に回すべく、社員等増やしたりするところですが、闇雲な規模は求めず、知り合いから学んだコーポレートガバナンスを参考にさせて頂き、しっかりと節税をしながら、軍資金をプールしていく方針で考えています。加えてMAのゴールへ向けたプロセスもイメージが生まれてきました。

と、先々は置いておき、とりあえずママに今日の戦果を電話報告すれば「おめでとう」という言葉。を聞いた子供は「誰の誕生日なの?」と質問していたそうですが、帰って寝入った息子にも報告をしました。

すこやかファミリー零細経営。明日は家人が多くの振込み担当を遂行してもらう日で、私が登園降園担当ですが「自転車で送ってもらうと言っていたよ」とのことですが、どうぞどうぞ自転車で行きましょう。

明日は納税をし、つまりは期末もなんとか片付け、てもらい、月末業務も完了し、取引口座も出来、実際の取引手続きも本日進め、一気に力が抜けました。

今宵は後進とも固い握手を交わし、そのまま抱き合い、我が友のように雑菌まみれの寄り道など興味もなく、と後進と会話しながら、可愛い我が子がいる家へ帰り、

日本酒で一人祝い酒をして、ブログを認めています。

降園時に寄る、コンビニでも一枚。

という三ヵ月前があったから、

今があり、次があり、やがて人生の終わりがあり。しかしブラジルでは死はpassagem であり、というインドのような感覚なのか、という世界を知る面白みも思い。
つづく