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ドライブへ行こうのブログ一覧

2020年08月21日 イイね!

「将来の夢はカメラマン」という友達ができました。

「将来の夢はカメラマン」という友達ができました。












「おっと撮り忘れていた」という風合いで撮ったであろう我が子作のハンバーグ完成版の写真が出てきました。



まだ梅雨明け前の7月終わり間近、涼しく心地よい日が多かったような気がします。





熱い夏が短く終わる歓迎の会を増えるわかめ投入で夜食として、この日はなんの動画を見ていたのか、日々楽なほう、楽なほうへと、年を重ねるごとに向かってしまっているかもしれません。





学校から帰宅して、




箱にレンズを入れて、プレゼントごっこ。




岐阜の友に手紙を書いて夜が更け、




朝が来れば誰に言われるでもなく、その日お気に入りとなる靴をセレクトして、




毎朝近所の友との合流を期しながら出発し、





帰宅して、数日掛で整えた、岐阜の友への誕生日プレゼント出荷準備が完了し、届けば嬉しくて何度も手紙を読んでいるよとラインが入り、



「ランクル70ってかっこいいよなぁ、しかも後ろが観音扉なんだよなぁ」としみじみ聞こえ、いつの間にやら雑誌から切り取った写真を貼っており、





いろいろな会話があって、また翌朝が来て、




学校もこなして、夜が来れば勉強する姿もあったようで、




地域によっては、八月に入っても通学があったようだとニュースで知りましたが、コロナによる変則夏休み我が子が通う学校の場合は7月末まで登校で、





8月1日から夏休み開始、8月20日過ぎあたりまでという区切りでの、





短い夏休みとなっていくことになります。ママが導入してくれた洗髪ブラシ、これがなかなかに気持ちよく好評で、背中に始まり「頭洗ってあげる」「今日は全身洗ってあげる」「全部は大変だからいいよ」と辞退してみれば「俺のことずっと洗ってくれてきたんだから大丈夫だよ」と親指がくいっとエッジを立てて首や肩をマッサージしてくれるのは毎度に私のことも洗ってくれます。





ベッド上に、タープ風テントもどき設置の日。アウトドア用LED電灯の豆球だけつけてハイテンションに寝ました。





新しい方向性のカスタマイズも見て微笑ましく思って夜が更け、




プロトタイプバージョン1.0のテントもどきで朝を迎え、



送り出し。





100-400の200F5、




70-200の200F2.8、と何がしたいのか分からない試し撮りをして、




この日はR5発売日となり7/30、17時少し遅めな我が子の帰宅を待って一緒にカメラを取りにいきました。



従前は、新しいカメラを買っても、この数年格段の製品クオリティアップにつき、少なくとも描写性能ではそれが大きく見いだせず、多少古いカメラも兼用を当然に見込んできました。今般も同じ流れであろうということで、R5発売前にRPも追加で購入してレンズの帰着先確保に努めてきましたが、




R5各所の高性能進化と、思いのほか以上に描写性能が一線を画する出来具合に、EF機はもとより、「R」や「RP」で撮る意義が見いだせないほどに、躍進を感じるハイパフォーマンスを有した機種に感じました。「RFレンズを使えない」という1DX系の大きな弱点が生まれてしまったかと思うほどRFマウントの魅力を思う次第です。



無論、1DX系が非常によいカメラであることに変わりなく、一日の長というアドバンテージを有しているところもありますが、R5の出現により、飛びぬけたレンズ群、社運をかけて出し惜しみしなかった最新鋭のハイパフォーマンスボディ投入というRFの総合力に舌を巻く新次元を感じています。




寝顔など暗所撮影はF1.2で基本としては撮ってきましたが、R5だとたまにF2などで撮っていても気づかないシャッター音とそのリズム。T値が暗くなるDSであっても同様にF2でもF1.2かと思いこんだまま気づかないSSのシャッター音です。F1.2かと思うシャッター音たるSSで、ISOを上げてきて、というほど上がっておらず、かつノイズレスに撮ってこれを高画素機でやってのけてしまうあたり、という点においても中判級なのかもしれません。




R5にて一学期最後となる送り出し。




一日、そして一学期、お疲れさまでした、と前段後段ともに光陰矢の如しを思い、



ママ随伴の英語に送り出し、



設定をもて遊んで、



パパが英語お迎えのあとは、ばぁば宅にお泊りへ。



翌日はお迎えに行って、




R5を携えながら、公園へ。




おかげ様で、長野へ進出の機会を頂く運びとなりましたが、




「あぁいいな長野行きたいな。でも若い人連れていくだろうから無理だろうな」と家人へ言ってれば、その通り連れて行ってもらえずな運びですが、





西の開拓を進めてくれている友からは「瀬戸内海の魚も、広島のお好み焼きもおいしいでっせ、ぜひ来てください」とお声がけ頂いており、機会を伺って是が非でも行きたいわけですが、特段に料理も美味しかった熊本もまた行きたくなる中に、四国の愛媛、香川に加えて岡山、山口も開設の運びで、




整理してみますと、東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、群馬、栃木、の北関東合わせた1都6県の関東地方、




大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、の関西圏は2府3県、





関西を除く九州、山陽、四国の西日本全域としては、広島、岡山、山口、香川、愛媛、熊本の6県、






東海は静岡、愛知、三重、岐阜の4県、



東北北陸甲信越は、新潟、福島、富山、石川、長野、福井の6県となり、創業から四年と一ヵ月合計28都府県でお仕事をさせて頂く環境となりました。カウント具合に若干抜けがあるやもしれませんが、47都道府県のエリアベースだと概ね59%のカバー率となりました。上の写真をトリミング、瞳AFでピント精度が高い中にズームレンズがなくとも選択肢が広がります。



各地で求人も進めている中に、採用活動もその多くが手を離されてしまいましたが、幾ばくかはグリップを続けており、求人サイトの登録者・求職者のリストなどもチェックをして、社会の動向を感じる一つにしております。





4月そして5月と、日に日に女性の登録者が凄まじい勢いで増えていくのを目の当たりにして、社会的に弱い立場から職を失っていく現実を思いました。ばぁばがEOSM担当でなかなかに使いこなしています。




そしてここにきて8月、女性の求職者リストがまた激増をしている節を感じます。平時は概ね男女比は5:5と見受けてきましたが、現状では8:2ぐらいの勢いで女性の求人サイト登録者が多く、飲食、アパレル、エステ系の接客業を中心に、事務や工場系の派遣で職を失ったか、先行きの見通しが不透明かで、登録者が増えている印象です。加えてとある求人サイトでは保母さんの職にある方の登録が一か月で倍増したそうです。これは密による日々業務での不安感や強度なストレスに起因するものと考えられます。




サドルを上げてくれと訴えていましたが、やっと自転車店に行ってお願いしてきた、できない父親。やる気を奪うのは老眼の仕業ですが、それに関係なく細やかな作業あるいは読書をなさっているご高齢の方もいるわけでして、精神力合わせ尊敬するばかりです。




この日の公園は友達ができて、自転車で公園一周4分ほどのタイムトライアル競争や、



おにごっこ系で、梅雨明けの夏休み初日、子供達のホットなマインドに太陽もたじたじかもしれません。





この日お友達になった小学1年生の男の子から、カメラのヒストグラムについて「ねぇねぇこれはなに?」へ答えてみればヒストグラムを確認しながら「今は緑が多いかな」と飲み込みも早く、




「このボタンは?」「これは?」「じゃあこっちは?」



とカメラの質問を多大に頂きました。ヒストグラムまで興味を持ったお子さんに出会ったのは初めてです。




リコーの自身のカメラも持っていて、お子さんに好きに触らせる教育方針を素敵に思いつつ、



聞いてみれば「将来カメラマンになりたんだ」と、なるほど合点、写真をたくさん撮り、「撮ってー」も多く、





次に会ったらそう思うようになったきっかけも聞いてみたいと思います。




「俺もカメラ持ってるよ、俺のは迷彩のニコンだよ」と我が子も説明していましたが、





しばしのカメラタイムがありつつも「ねぇもうカメラはいいから遊ぼうよ」とまるで私にいうセリフかのように、お友達に何度か伝える様相なほど、カメラが好きな風合いでした。




しばし子供たちのカメラタイムを見守ります。




1枚2枚ならいざ知らず、何枚も好きなだけ、フィルム時代では考えにくい光景かもしれません。



好きな物や興味ある対象があぶり出されるひととき。




コロナになってから三度ほど、スシローに行きましたが、



コロナがどこ吹く風と、飲食業の中で唯一級かもしれませんが、いつ行っても盛況です。




スシロー殿はコロナ対策が万全かというと、複数店舗に行きましたがけしてそうは感じられず、しかし平日の夜でも、多大級な待ちが発生するほど、その集客力、土台の魅力があれば、コロナに関係なく飲食業が成立する好例として感じてきました。



スシロー殿の求人状況を見てみましても、自社サイトで8/11現在全国2,651枠の求人を行っており、やはりコロナどこ吹く風の経営センスです。




ロケーションによって、変わってくるかと思いますが、私が見た近隣に競合店がある場合では同業他社店はガラガラでしたので、回転寿司だからという理由だけではないように見受けます。私自身も主観的に「回転寿司行きたい」とは思わず「スシロー行きたい」という感覚があります。




昨日は看板を読み上げながら「ラーメン、ぎょうざ?あっ隣もだ。パパあそこラーメン屋さんが並んで在る」という指摘を聞き、




「A店、B店のラーメン屋さん。A店にいけば、B店が『くそうお客さん取られた』といい、コンビニも同じく、同じお店同士は一番のライバルでこれを直接の競合といい、でもラーメン屋さん同士だけでなく、お客さんがラーメン店の向かいの焼肉屋さんにいけば「あそこはいつも入ってていいな」と思い、外食・飲食としてみれば焼肉屋さんもライバルだから、これも競合として考えられる」というような話をしてみました。



30秒に一匹は虫を捉まえる取り高のお兄ちゃん達にしばし虫について教えてもらい、この日友達になったS君、またこの公園で会おうと誓い合い、活動的かつ楽しい時間を過ごさせて頂きました。




仕事と子育て、どちらが体力を使うかと問われれば、これはもう断トツに子育てのほうだと思います。中年となっている私の体力がそう思わせることを加速させている節もあるやもですが、



職場でも10年20年年齢差があれば、体力差を思い、あるいは若いエネルギーと同じペースで仕事をしていてはこちらが持ちませんゆえ、ましてや年齢差が30年40年前後もあればなおさらの関係性に、超回復の連続たる無尽蔵の体力と好奇心を持つ子供と一緒にいるだけでも、体力は削がれていくようにも思いつつ、「仕事だから」と仕事に逃げることも往々にしてある大人のやり方もあるのやもですが、これの行使は乱用に繋がりやすいとも思いつつ、




私の幼稚性ゆえ感じてしまうことですが、ニュースのインタビューや公園においてお母さん方の「学校が休みだと家に子供がいるので疲れてしまい、政府になんとかしてほしい」「ご飯大変」「もう疲れました」等旨の発言が耳に入ると「何を言ってんだ」と情けなく感じてしまい、しかしそれが世の常級、世相の反映、と思い、そのような大人を雇用して活かしていくのであり、これらの理解と咀嚼ゆえに人生生きやすいとも思い、そして子育ては一大事業、実際の経営よりも体力的疲弊度は大きいと思い、しかし一大事業ゆえ当たり前でもあり、かつ手を抜いた事業育成か否か、大きな差が将来生まれて来るとも思いながら、しかし実際の事業とは異なり一瞬のことであり、独り立ちをしていく日が来るのですからその点はゴールが見ていて楽にも思う次第です。





社にぴったり張り付きもどきに社業を盛大に発展させたもののしかし子供はおかしく育ってしまった、という創業社長氏や大手経営者の例も少なくないように思います。おとなのつもりでおねいちゃんと遊ぶことにかまけている実は幼児性満載の大人は卒業して、偉そうなことだけ言って自分ばかり優先する親から脱皮して、野生の動物に負けぬよう愛情をしっかりと注いであげるケースが増えてほしくも思いますが、意識すれば多少は変わるかもしれません。帰宅後は18:48薄暗くなってきた、乾燥地帯と化しつつある泥祭り会場へ、ママが付き合ってくれ、勉強もして、





将来建てるマンションの構想と使用イメージプランを聞いて夜が更け、



いいか大人というものは、想像以上に中身が小学生、中学生、高校生で成長が止まっている人が多い、今学校の友達でほぼそのままで体だけ大人になる人もいるんだよ、という話しを最近よく伝えつつ、翌日も公園へ。むしろ大人という概念は幻想の最たる一つであり、劣化し老化の一途でありそれをまやかすための概念でもある、という話しも織り交ぜていくやもしれません。



Posted at 2020/08/21 20:08:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | 公園ドライブ | 日記
2020年08月21日 イイね!

連日泥を求めて、都合三回の泥祭りわっしょい。|梅雨〆

連日泥を求めて、都合三回の泥祭りわっしょい。|梅雨〆









お泊りから帰宅して、「これのほうがタイヤ滑りそうだから」とあえてロードタイプを選択して、この日前半戦の一回目となる泥祭り会場へ出動です。




私の世代はどうやら社会へ出るころは「就職氷河期」と呼ばれていたと、ずいぶんとあとになって知ることになりましたが、2000年あたりは求人倍率が1倍を切っていたとは驚きます。クジラの口みたいと聞いて一枚撮ったのを思い出しました。




幼い時から、そして中学も高校も大学も、就職を思ってみたことすらなく「自分でやる」と起業しか選択肢がなかったので、就職活動をしたこともなく、また勤める大変さも知らず、職場にうるさいおじさんがいれば面倒なことぐらいはアルバイトで経験したぐらいでは知っており、その程度で来てしまいましたが、



どうやら今般のコロナでは、来春に向けた、あるいは次年度以降についても、就職活動が手厳しくなり、




青春のすべてを捨てて努力して就職する仕事もあったり、



その一つにパイロットがあることも、近年飛行機の「事業免許」を持っている方を面接して、いかに人生を賭けているかを知るに至りましたが、




航空業界はもとより、一般の多くの学生や他にも理美容系や服飾学校、調理学校に行っている方々は殊に大変かもしれません。なお私見ながらこれから社会へ出る方々へは、派遣は避け、殊に女性の場合はなんとしてもたとえ地場の小さな会社であってもできるだけ固い業界で正社員として勤めることが望ましいと考えます。派遣として就業し仮に独身のまま40歳を越えていった場合、その先がかなり困窮する可能性が高まるように思いますので、できれば助け合って生きていけるパートナーの獲得もなんとしてもして頂き備えてほしいと思うところです。




社会的、経済的不安定さが増す中に、さらには出生数にも大きく影響し、大学やアルバイト、飲み屋などでの恋の出会いも激減に、先々の出生数にも影を落としていき、ひいてはその分経済活動も縮むことが憂慮され、



遠い先でなく目の前だけを見ても仕事口が減少し、良質な就業先であればなおさらに少なくなりそうです。2020年7月の求人倍率1.1倍という全国平均の公表値は、同一派遣求人の重複掲載、複数掲載と、成果型の掲載モデルによる一応型の掲載があり、これらを差し引けば実質1倍を切るかどうかのあたり、とその業界の方から見立てをお伺いしましたが、選択肢が「就職」だけでなく、将来リストラにあって仕方なくする消極的起業でもなく、前向きで希望溢れる楽しい起業や創業、自営こそ若いうちにやってみるのも一考ではないかとも思ってみたくなる次第です。という中に、従前経営をしていた会社に新卒として入社してきて、同僚と結婚をして寿退社をして、数年前に離婚もした35歳女性が最近起業したと聞き及び、応援をしたくなります。



起業する若者が日本に増えない理由」を論証してみた」というブログによりますと、若者の起業は減少の一途とのことで、




会社を経営してきましたので周りに若い社長もたくさんいる環境があたりまえにあったり、それを見れば主観的には若手の起業家が少ないという実感はどこ吹く風でしたが、しかしそれ以外の周りや社会を見てみれば「起業」という概念や発想、選択肢に欠片もない人もまた多いと実感もし当然起業する方の絶対数は客観的に少ないと理解してきたように思います。



私は自信満々に社会へ出て、そして見事に膝が震えるほどうまくいかず、社会とは厳しい、こんなにも厳しいのか、どうしよう、と起業してから思い、まったく稼げず、売り上げも立てられず、雇用など夢のまた夢という様相に業容はどうあがいても拡大せず、




という道を不眠不休でなんとか、しかし楽しく通り抜け、個人単位でみれば十分に食べていくことができる素養が身についたような気がし、やがて人生は楽勝である、と思いあがるようにもなりましたが、




研究に研究そして実験を多大に重ねたと言ってもいいと思いますが、ゆえに「蝶番があってドアは成立する」かのような極めてシンプルな「うまくいくポイント」「うまくいくコツ」を掴んだような気しておりまして、



そしてこれは感覚的なものではなく、経験がない若い方でも、大手企業でノウハウを詰め込んだはずなのにうまく行かない独立組も、体力が落ちてきた私含めた老齢気味のような方でも、再現性もけして低くない形で、体系化ができるものだとも考えています。慎重に歩いても滑るようなところで、前タイヤから転んで泥だらけになりましたが、しかしこのあとはそのようにヌルヌルに滑るところも難なく走り抜けるようになりました。経験です。



つまりは蝶番なくしてドアをドアとして使うことは難しいわけですが、蝶番さえ使えばドアがドアとして成立し、しかも簡単にそれができ、かのごとく、ほぼ誰でもうまくいく方法や要素が存在すると考えています。



ただしドアの蝶番ほどは見えやすくないため、その実効性を高めるためには、経験を積んでいきながらやってみる、ということも必要かと思い、つまりは努力や失敗もあろうかと思いますが、



だからこそ、若いときにチャレンジしてみる価値もあり、そういった方々にお役に立てれるのであれば、何か役立つ情報をお届けする方法がないかとも考えてみています。「うぉぉつめてー」と幸せなシャワーを浴びて、粗泥を落とし、



雨粒が落ちてきた辺りで、一旦帰庫することにします。




祭り前半一回目のカメラセット。撒き餌レンズの50mmを付けて久しぶりに5D3を持ち出しました。まだまだ現役です。




「パパ、また行きたい」「いいよ、いこう」とこの日後半戦となる、屋台は出ていませんが、雨が上がり天が恵んでくれた水たまりが増量しているであろう、二回目の泥祭り会場へ向かいます。



就職がうまくいけば御の字として、そうでなくろくな就職先しかなく、ナナでもない、と親御氏や大人、世間が判断するようなところであれば、いつでも就職できますから、二年、三年怒涛に苦労をしてみるのも一考なような気がしています。就職就職と完全絶対の一択や「子供の自由意思」だけを思うのではなく、起業という選択肢があることを子供のうちに伝えてみるのも一つなのではないかとすら思います。



起業、そしてそれなりの安定や成長というものは、必ず要素があると思いますので、それを押さえさえすれば、少なくともどう転んでも、ましてやこのまだまだまだまだ分厚い経済力を有する日本においてであれば誰でもそれが可能なほど、自分や家族が食べて行く分のお金という道具が楽勝にそして継続的持続的に手に入るようになるのだと感じています。この素養を手に入れることは、どのようなところでも人の役に立つという王道を歩きながら生きていく力を手に入れることを意味し、就職して30年後など今の時代どうなっているのか不確実性が高いゆえ、むしろ安定した人生を手に入れると同義にすら思います。




どうやったって、稼げないということは不可能である、というほどにロジックが存在し、たとえば原資というお金がなくとも、初期はお金がなければないなりに知恵か体力を使えば誰でも毎月200万円、300万円は営業利益いや税引き後の手取りで必ず残せるようになると思いますので、



若いうちにこそ体力を投資して、念には念を入れたプランとしてさらにハードルを落として毎月手取り100万円であれば、ダイヤモンドの固さごとく確度高く、生業を作っていけれらるものであると、零細の経営者として社会を生きてきて思う次第です。たとえば一例ながら従前経営してきた中には、アルバイトの女性が一日3時間ほどメールの対応と手配をするだけで、毎月一千万円売り上がり数百万円の利益が残るというビジネスもありましたが、これは自由も同居できることを意味しており、同じ事同種のことがいくらでも、いつでもできるように思います。このコロナでも問題なく、いやむしろ需要は伸びているかもしれません。



無論、うまくいかない人もたくさん見てきました。ある会社を辞めて独立し、レンジローバーとどでかいパネライをするようになり、愛人も出来て渋谷でデートを重ねるようにもなり、立派に社長氏をするようになった方が、



ちょっと会わなかった間に、社を閉じて友人のところに再就職する形でリスタートしていたケースもあったり、



あるいは、大手企業に勤めて、そこでの経験やコネクションなどリソースを活かして独立し、うまく回してきたものの、何かのきっかけでおかしくなり、10年、15年経ってから廃業した方や、M&AのDDをすれば内情は火の車な会社も珍しくなく、安定した業界であっても、けしてこれらは少なくないように思います。はたまた中年になってからコンビニでアルバイトをするようになった一人会社の社長氏もいます。体力としてもしんどいと思いますが、己を知ることと欲のバランスが崩れると、かようなケースになっていくのだと思われ、これは就職しても同じ着地が待っているように思わなくもありません。




ロジックさえ維持すれば生存可能性は飛躍的に高まっていくかと思いますが、しかし事業や戦略、能力が、というよりも、むしろ個としての性格や性質が災いして経営がおかしくなるケースが多い気もしますが、



出来上がった安定稼働のシステムに乗るときよりも、それを作っていく過程の場合はなおさらに「どれぐらいの人」をまとめていけられるのか、という器量みたいなものが関係し、それを大きく逸脱していくと、ストレス過多となり、その歪みが方々に出だして「トップがおかしくなり連動して会社がおかしくなる図式発動」が多いような気がします。ゆえに結局は己との闘い、または己を知ることも重要要素であり、この点が最難関の一歩手前ぐらいかもしれませんが、ケースタディを重ねておくことと、自らを戒めるまたはそのような環境を作っておく、という雨ごい的儀式により回避できるのではないかと思います。



これからはさらに公務員への希望も増していくと思われつつ、



公務員と言っても幅が広く、例外なく公務員というものはこの世に必要なサービス業であり、有事の際は特段に有難いことに職務を全うして頂ける分野でもあると思いつつ、その強烈な安定性から古今東西を問わず人気の職種かと思いますが、しかし若い頃「公務員だけは絶対になりたくない」と私の場合は思いました。自由度が相対的に低いと思ったからです。




そう思っている者が、会社を立ち上げてからほどなくして、面白いことに公務員に、しかもⅠ種の特待生として、ならないかとお声がけを頂くのだから不思議なものですが、仕事としての魅力を思い一週間悩みつつ、丁重に辞退をした次第にもかかわらず、その方とは20年以上の歳月人間関係が続いており、今でも月に一度はサシで会食の機会を頂いたり、家族ぐるみでのBBQを催行させて頂けば「こういうの、はじめてしたよ」という言葉に激務で人生来られたのであろう感慨を思いながらお子さんたちにも喜んで頂け、子供同士も関係が深まっていくのですから、これまた人生とは面白いものに思います。



私はその方の知力や素養は無論、ハートや腹も尊敬しており、その方は兼業規定に該当しないように無論適法に資産も大きく増やしているような方で、学生時代に世界を放浪中にとある国で浮浪者の風体にて日本大使館の塀によりかかっているときに「シッシ」とやられ、なにくそと公務員になったという点からして加えて放浪をしていた割には1種も司法試験も学生中に合格して毛並みが違うのかもしれませんが、あるいは私が経営していた会社に勤めていた方は、今では上場企業グループの社長や取締役になっている方もおり、中には2社の上場企業グループ社長業を兼務している方もいますが、就職のやり方につき、むしろ新卒カードではないやり方も社会には散見されるように思います。




単に安定を求めて公務員や大手企業の選択肢だけで思考停止するのではなく、ときに人生攻めてみて、



あるいはそこがダメだから人生終わりだ、と思うのでもなく、


私のような零細でも、もしくは周りにもいらしゃいますが、気づけば20年1人親方的に個人事業主で頑張っている方もおり、人生どうにかなるものであり、そしてどの道であろうとまんざらでもなく、



いやむしろ自由に生きる道は素晴らしいとさえ感じることを、これから社会の入り口に入っていく方々に伝えてみたい次第です。



幾ばくかのロジックさえあれば、この時代、これからの時代であれば、ほんの僅かな勉強だけで、固い人生の土台を作っていくことができるところに、個人がいきなり100名へ認知をリーチし、10の成約を目指そうと思えば、昔は電話帳や名簿名鑑を片手に3,000件、5,000件あるいはそれ以上は電話する必要がありましたが、今はインターネットという虹色に輝く環境が敷かれています。同じく電車も敷かれていますが、わざわざ50kmを歩かなくとも数百円で楽して移動することが可能なのと同じごとくです。



インターネットがこれだけ当たり前になっていますから、個人や零細でもマーケティングをしやすい時代であるところにもかかわらず、むしろ日本では起業率、起業数ともに下がっている、言ってみれば社会の闇と表したら言い過ぎなのか、



そのような洗脳、思考停止が方々で行われている、そう思わなくもありません。そしてこれだけ情報に溢れている中にノウハウとされるものも落ちているのだと思いますが、その使い方が上手なケースのほうが圧倒的に少なく、ゆえに多くの分野でまったくもってブルーオーシャン、すなわち釣り堀であると言っても過言ではないと思います。



大は小を兼ねる、これはマネジメントや市場での競争環境にも大いに言えると思います。つまり市場や組織につき、大を必死に回せれば、小は朝飯前に回せ、あるいは大がきつければ小にすれば楽になると思います。小がきつければ、一回大にトライして一つ上のレイヤーを体験・経験してみて、その後ダウンサイジングして自らに最適化すれば、その後の生存確率が大きく向上するのではないかとも思います。繰り返しますが、これはマーケットにも当てはまり、プロの競争がきつければ社会人野球に落とすかのようなイメージで、かように勝率や競争力、生存可能性を高める手立て・選択肢は想像するよりも多岐に渡ると思います。





社会に出て起業してまったく売り上げを立てられなかった人間が、ロジックを知りそれを投入さえすれば必ず成果に結びつき、成果を作らないことは不可能であるぐらいに思うところです。





誰がやっても赤字だったお店があったのですが見兼ねて口だけでなく、自らやるという手を出したことがあります。





30代前半で私もまだ若く「このお店が一か月で黒字化しなかったら切腹してやる。それぐらい絶対にうまくいく自信がある」と、



400名の所帯は大丈夫な環境でしたので任せっきりにして、私は商圏やニーズ、ビジネスモデルは間違いはない、と考えてとあるお店1店舗だけに一か月早朝から深夜までどっぷり浸かり、オープン当初の黒字から赤字となり、そして売上がほぼゼロになったお店の業績を即座にV字回復したことがありました。




「パパまた行こうよ」「いいよ」と後半戦に持ち出したのは、135mmF2を5D3付けて出動でした。







そして翌日も泥仕合祭りにお付き合いします。切腹は私もしたくありませんゆえ、それだけ絶対の自信と楽勝にできる自信があったのですが、それはお店よりも大きな所帯を回してきましたので大は小を兼ね朝飯前の起きる前の深夜飯前に回せる関係性にあることと、ロジックです。ロジックを知ってしまえば、そのたわいもないロジックさえあれば、必ずうまくいくと思います。しかもけして難しくないロジックなのではないかと思います。絶対の自信はロジックに、楽勝の自信は大は小を兼ねる関係性にそれぞれ掛かってきますが、後者につき大を体感せずとも、理解するだけで大きな効用があるとも感じています。




当時はそれぞれの長が次の幹や長を人を育てる、というフェーズかと理解していたのもあり、まだまだ若かったですが「直接最後に人を育てよう」と奢りも含め考え、お店の売上を回復させることよりも、それを「一緒にやって」伝えることが主眼でした。人作りと言ってもいいかもしれません。




ITや金融の畑で来た方が、違う世界で、もがいてもがいて誰よりもがんばっているのに空回りもしてどうやっても結果が出ずという同じ方が、やり方を知れば、




一か月で黒字化し、さらにその後の運営も託してみれば、



その担当をくれていた方は、その後黒字を続け運営していってくれました。ビフォーアフターのごとくロジックを知ったからだと思います。求心力に苦労するタイプといってもよくその点特段に苦労も重ねながら別の課題が生まれてきますが、それも時間をかけて解決にあたり、



そしてその彼は、今では十分に立派といってよい所帯の長を遂行できるようになりました。




ことに経営やマネジメントというものは何も知らなければ、選択肢は無限にあり、何をして、何をしなくてよくて、得策か否かも分からず、無限にある選択肢から最良やそれに近しい一手を見つけることは何から手を付けていいのか分からず、暗中模索で答えがあっているのか不安を抱えることも精神的な大変さがあり、



加えて往々にして、選択肢が多い職種になるほど仕事というものは最大9割が無駄なことを必死にしているケースが少なくないようにも思いますが、それは9割が無駄な選択肢であるから当然に起こりうることであるともいえるように思い、




明確にこの9割がどのような構成要素なのかを知ることで、1割だけに集中し、そこへロジックを投入することで、万時うまく行くかのように思われ、加えてこの9割を知るために若い頃というタームはあるような気もして、若い時に知らず気づかずだと歳を重ねてからの苦労と辛苦が増すような気がし、



それらを手にして、起業が増えてくれたらとも思わなくもありません。一人でもお役に立つ方がいるのでありそうであれば、そのような発信を社外にてすることもどこかに作ってみようか、しかしその前に散々実践してきたことながら改めて総括して体系化し、何をどの順番でどう伝えるのかブラッシュアップもするために思案も必要そうです。この世でプラス1人でも2人でも、お役に立てられれば幸甚の限りかもしれません。



「えっパパが〇〇するの?」と過日は、宇都宮まで仕事に行ってきました。




垂直展開先での受注がたまたま紹介であったゆえに、




一度自分で経験しておこうという正論の基に暇つぶしも兼ねていってきました。



実に楽しく、有意義で、晴れ晴れとした精神的栄養も頂き、何より労働というものの最大の対価とも考えられる心地よい充実感を頂戴してきました。



たまにやらせてほしい、と希望も出しておきましたが、



あと数回はやって、肌感覚で仕事をして頂く方々の気持ちを知り業務を知るだけでなく、これから開拓していくニーズの本質や、顧客層の心理や感覚を知りたい、導線を明確にイメージしたい、掴みたいという本旨もあります。




そして零細なりのマーケティングに取り組んで、つまりは営業主体ではなく、



始めに仕組みさえ集中力を持って作れば、あとは放っておいてもうまくいくぐらいの環境構築が可能であると、幾度もの事例を見てきて思うところです。この子が18歳になる頃には、毎期安定してネットで300億は残っていく事業にしていくことが、この子からアドバイスをもらいながら意思決定した下限目標です。という夢を持つことも楽しく思います。




ところでこのブログを記している月初昨夜は東京←→関西で行き交う交代的人事異動について、ほぼ決まった内示の事務所飲みをしてまいりました。




私にとっての神様がしばし寂しい限りですが一年関西圏の責任者として異動し、出来ている環境へ赴任することで方々の責任者の方、そのハートをグリップするというところからが着任の経験を重ねて頂くこととして、


変わって西へ土さ周り的に異動を重ねてくれていた弊社にはもったいないご縁とも思えるコロンビア大学留学経験まである人柄がよい方に身近に来ていただいて、方々伝えてみる信頼関係や機会を作ってみようと考えています。順調に安定成長を重ね今後もそれが見込める雰囲気の中に、加えて同時に二大顧客より重ねてご要望を頂戴し長野進出となり、殊にロジックパフォーマンスが高いとお見受けするお取引先の体育会系の理系である弊社ご担当殿がご退職されて長野に帰られると聞きこれも何かのご縁かとお声がけも軽くしつつ、少しずつ垂直展開先への取り組みも暖機をしていこうと考えています。三戦目は望遠を欲張って135mmを7D2につけ換算216mmにて出動でした。F200F2への興味が増してきます。







Posted at 2020/08/21 20:04:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | サイクリング | 日記

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「@すぎすぎすぎ さま 2千円でしたよね?たくさんの野菜にコシヒカリ1キロまで。大盤振る舞いの過給すごい!我が家はお洒落な野菜をどう使っていいわからない(笑)とまだペンディング中です(^_^;)」
何シテル?   06/17 23:05
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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カテゴリ:静岡お店
2021/12/06 16:50:17
 

愛車一覧

スバル レガシィ アウトバック スバル レガシィ アウトバック
来冬「これで青森だね」と、スバルレガシィとクロストレック・ストロングハイブリッドの試乗に ...
ランドローバー ディフェンダー ランドローバー ディフェンダー
白 → 007仕様黒 → 白 → 「やっぱ一番いいグレードのアイガーグレー にする」と結 ...
スバル レヴォーグ スバル レヴォーグ
2025.5/22 VNレヴォーグを見に行って、結局昨夜我が子が自宅で調印式を執り行って ...
スバル レヴォーグ スバル レヴォーグ
アウトバック契約後、メインマインドはアウトバックながら、なぜか旧型VMレヴォーグに強い興 ...
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