
三月半ば過ぎ、この日は修善寺を目指して走ります。
あとでまた会うかっこいいキャンピグトレーラ、しかしこうして見とれながら他方で運用を具体的に想像してみると、深夜にでも出発しない限りは「都内のコンビニほぼ寄れないで旅をスタートする問題」に気づき、まるで芸術品かのごとくな高速道路網は世界に誇れるながら、その他何もかもがスモールサイズな日本ではキャンピングカー合わせ行き先が限定的になり、「ちょっとドラッグストア寄りたい」はたまた中は未使用に保ちたい緊急的なトイレや万が一の出先での病院など止めることができず制限され、イオンモールや体をもっと休めようとホテルすら気楽に行けず、と想像し立ち寄れるスポットが相応以上に限定され、さらには限られた駐車可能スペースであっても、空き待ちのひと時が生じた不便さなど大変さを思い、

ナビを見ながら「あと50分かぁ」「パパこの先右だよ。分かりづらいから気を付けてね」「場所変わってる可能性あるから気をつけて」等、暗い山道助手席からコドライバーしてくれたりしながらの経由地として寝るだけな宿泊地。「ママとばぁばは俺が嫌いなものを美味しく作ってくれる」という何度目かの評価も聞きながら、パパがセレクトした高原系リゾートもどきホテル「ちょっとぼろくない?写真と違うなぁ。思ったよりぼろい。」と修善寺に到着です。

渋滞超過な日、道が落ち付くのを待ってゆっくりした出発、迎えてくれたのは抜群の星空でした。トヨタ世界生産台数は?「1,000万台」うち日本での販売台数は?「200万台」、ランドローバーは?「日本で4,000台、世界で33万台」とこのときも、最近も問いの答えが同じで記憶に定着しているような中に「パパ?ランドローバーのお店は何店舗あるの?」という質問をもらい、トヨタ2,000店「えぇそんなに!?」、に比べてジャガーランドローバーは50店舗ぐらいだった気がする旨、そしてついでに大手三社のコンビニは5.5万店、郵便ポスト18万本、美容室25万店、飲食店はなんと67万店舗もあると解説したり、「ねぇパパおれ高校生になったらなんの会社やろうか?」「クオークの研究でもしたら?」「でも学校で〇〇研究したら100兆円稼げると言ったけど、みんなから無理に決まってんじゃんと言われたよ」「それはいいことだ。みんなが出来るっていうようなレベルでは100兆も稼げないから。みんなが反対するほどに大きな可能性がある」「なるほど」等、習い事道中の会話があったりしたこの週でしたが、

この日のドライブでは宇露戦争から専守防衛や日米同盟、自衛隊の実力へも話が及びロシアの経済的困窮予測につき「自業自得だよ」と感想を述べていた時もありましたが、今まで一番人が死んだ戦争はなんだという質問で、第二次世界大戦では全部で5,000万〜8,500万人死んだのではないかといわれているけど、例えばその中で東京大空襲では一晩で10万人が死に、日本人は戦争で200万人以上が亡くなったけど、ロシアは戦勝国なのに1,400万人も死んだんだよ、と説明し、それら多くの戦いが起こってきた中に、ご先祖様が生き抜いてきたから今我々がいて、生き抜くことが何よりも大切なのかもしれない、と〆た往路の旅路、車で会話するひとときの大切さを思います。

主にゴルフやテニスなど、スポーツ系が楽しめる旧バブル規格のホテル。多少はずれたところにある小山の上の丘陵地帯かのような起伏ある土地に、バブルの力で建てたのだと思いますが、働く方々にとっては毎日何度もこれを往復する仕事場なわけで、多少建設費が割高になるのも何のその、随所にバブル設計の勢いと傲慢さを思わなくもありません。

上がってまた下がったり、さらに下がったり、別のところでまた上がったり、なかなか健康によさそうです。

「ドライヤーもないよ。女の人大変じゃん」と鋭い指摘も持って「ぼれぇなー。もう二度と来たくない。」というので「大学になったら合宿でこういうところ来たりするよ。パパも学生の頃こういうところよく泊ったよ」と、ここがいつまであるのかは分かりませんが、とくに近年はビジネスホテルも綺麗なところが多い中、段々と消滅の運命な仕様なのかもしれません。

「みうらさんは24歳で初めてのダカール2号車でナビゲーターとして参加して、1位になったんだよ」「こみとさんがドライブシャフト折ってさぁ」等、後者はもはやパパには認識できない聞き間違えもあるやもですがダカール三浦氏を軸にしたトヨタヒストリーを聞きながら全景をチェックして、

大好きなブロッコリー食べ放題会場へ。

ローストビーフも気に入り、

いつもママのお酒、ワインは赤と白も、香りだけ嗜み、ローストビーフと合わせてみて、

一人でデザートを取りに行った姿をこっそりフライデーして喜ぶ馬と鹿のマイルドハイブリッドがシャッターを押し、

ママにデザートを食べさせる紳士、将来は彼女や奥さん、あるいは愛する人や子供孫に同じようにしてあげるのかと想像し、

背中着地ですが、部屋にスマホをセットして、一人で録画した宙返りのスロー再生公開劇場が幕開けとなり、

素敵なおねーさまに伝票を渡しに行ったのをライバル誌としてこっそり光は焚かずにフラッシュし、

星空を見た後は「あっカエル」と茶色い擬態色の中にぱっとよく見つけるものだと若い視力に感心し、

「多少広いだけのぼろい部屋」と形容するところに帰還です。

お風呂をあがりロッカー前で着替えようとすると、家族数名が入って来てその人たちが脱ぎやすいようにと、さっと自分の荷物をまずは先に全部出して着替えスペースを譲る配慮も見せた日、あとは寝る段、どのような施設であろうと、この子と旅できる幸せを噛みしめながら、寝ることにします。

爽やかな空気を頂きながら、僅かながらに散歩して朝食会場へ向かいます。

昭和40年代から大衆化が進み、1980年代からはピークに向かい大きな盛り上がりを見せてきたのかやがてバブルでは会員権が飛ぶように売れ、おじさんが若いおねーさんを連れ立ってのゴルフ、昭和からの変わらぬ日常的平穏を眺めながら、ほとんどゴルフをしないで来た中にMAした会社に神奈川を中心に数ヵ所分会員権があり、さくらゴルフ殿に買い取ってもらおうと思ったもののさした金額にもならずで、結局一度もそのコースは行ったことがなかったのを思い出し、

どこか新鮮な景色に思いながら、「ここ詐欺じゃない?でも今ウクライナの人はここでもましなほう?」などと聞こえてきながら、

出発です。

50年前、半年ごとに新車へ買い替えるジャガーとセカンドカーGT-Rを乗りながら、建売業と不動産業のほかに水産加工業、大手企業向け船舶リース業等を営んでいた関係もあり、パパのパパがばぁばに「ママこの会社は赤字でいいんだよ」と障がい者の方へ雇用を提供する場として経営していた製氷業。ちょうど写真の建屋ぐらいだったのを子供の頃に連れて行ってもらった思い出を合わせ、パパはあなたにそっくりなまさおさんにまったく敵わないや、と会話しながら、下田でランクル号一時停泊をすることにします。

私のコーヒーを運転席から持ってきてくれて、パパもそこに座りなよ、と誘いを受け、

さらに荷台を広くして整えてゲーム体制を構築し、下田の港と、

キャンピングカーに、キャンピングトレーラー、それらの出入りを逐一眺めながら旅のひとときを過ごします。

今経営は、この子の「今の事業に集中せよ」という戦略コンサルに基づいて他の事業に手を出さずあらゆるリソースを一点集中し、基本1社だけのような一方で、この子が生まれた頃当時私自身に会社や事業の数につき認識がありませんでしたが、最盛時は20社25事業を経営していたと仲間から聞いている中、

もう今はそれだけやる気力や体力がない旨を妻へ伝え、老いを確実に感じながら、25年前にママとラブラブの頃に来た思い出話をしながら、同じ店に四半世紀経って我が子と来る不思議な感覚を思いました。

長年一緒にやって来てくれている仲間から「ずっと見てきて感じるままに言いますと、趣味が経営で、その中でも人を育てるのが最も好きなように思います」と評してもらい、

僭越ながら有難く思いつつ、経営ヲタクの要素を付加してまさに自分の感覚でもそうであるところ、

何社も経営し、またそれだけの数の会社を成長させよう、という気力が湧いてこないのは、幾多のビジネスを所管したり把握することはまだ問題なくいけるのではと思うところですが、しかしそれだけの数一気に人、殊に社長や経営者を育てる体力に気力がなくなってきた、ということを意味していると思います。

「ハワイじゃん、ここ」と第一声到着です。自らやるどのような肉体労働よりも、自らやるサービス業よりも、自らやる知的労働よりも、幾多の経営よりも、へとへとになるのが本当の育成と言っても過言ではないだろうという心象を持っています。

そのままでは本来その人が到達しないであろう道、通過しないであろう人生、一生考えることがなかったであろう景色、何かを成しても成さずとも、何かをしてもしなくとも、どこぞのアリの巣における活躍目覚ましい蟻かなど我々や地球に影響などなく、同じごとく我々も地球や太陽系、宇宙に何らの影響を与えることもなくその差に意味などなく、かつニヒリズムというわけではないですが人生など死ねば皆一緒に思う中、しかし人生いろいろ暇つぶししてみるという観点から、

生きる実力、その向上を大きく図る、ビジネスという場における教育というものは、凄まじくエネルギーを要することであり、若い頃は経営層15人以上同時に育て、社員レイヤーでいえばさらに多くの方へ伝え、事業も把握し、朝まで毎晩飲んで、またそこからバイタリティーが生まれていましたが、「まだ同時に5人はいけるはず」と自分に強がりながら、今は同時に2人が限界で、毎日へとへとになります。

育成において大きく2つ意識しており、育つ環境を用意すること、その中で毎日10分、ときには1時間、でも毎日のように対話するのですが、まず話を聞きこれは相手には発表の場でもあり、これがなければ記憶にも留めない出来事を考えるようにもなる機会となり、こうしてまず聞いてから称え伝え、さらに尊重し、さらに指摘し、基本に俊敏性というスパイスをまぶしながら、その集中力やなかなかにげっそりするほどだと思います。

散歩界の始皇帝ちい散歩によると、ゆっくりの徒歩に、花を見たり休み休みの寄り道などしながら3時間散歩しても、およそ100キロカロリー程度の消費だそうですが、

昼寝していても1日摂取する1,000キロから2000キロカロリーはどこに消えていくのか。

心臓が血液を送り出したり、すい臓が糖分を変換するためにインシュリンを放出したり、体温を維持したり、大腸がもぞもぞ動いたり、これら基礎代謝に加えて、

同じように内臓器官として、脳が大量の電気活動を行い、これがもっともカロリーが消費するのであれば、同時にその現場へ疲労やその物質を最も残置することになり、

思いの外、事業プランや社の仕組みに考えを張り巡らすよりも、集中力を持って一人の方のことを考えることのほうが、内臓器官たる脳がヘトヘトになるような気がしています。それぐらいげっそりするぐらいが教育と呼べるのではないかと、マスターコース受験もどきは思うところです。

かような中に、全体全社の状態課題の把握や客観的認識、施策、戦略、各地を飛び回り支店ごとの状態の把握に20手先を見据えた上での今一手打つ人事、幹部育成に最前線スタッフとのやり取り、各所から集まる相談の対応と日々増える社内パイプ、最重要部門の統括や細目、新しい取り組みの相談を下されば「常に成功モデルを探す旅をすることが大切ですから、そういう意味では旅費です、ぜひ旅費と思ってコストを使って下さい」とお伝えしましたが、方々模索までして下さり、考え行動して頂き「明日私が死んでも大丈夫だ。安心できる」という想いを日々重ねさせてくれる存在もいて、これもなんたるに幸せなことかと思うところです。

新担任が「いいか俺は小3終わるまで宿題などしたことがない!」と言うような面白い先生で、いい先生が担任になったと確認し合っていると「でも欠点もある。パパは細かく説明してくれるけど、
先生は大きな括りで話が長い。あれならもっと短く説明できる」と聞き、

そういえば小1の芋ほりで校長先生や農家の人が「芋の説明がなげーあれならもっと短く説明できるだろう」と言っていたこともあったのを思い出しましたが、

かような中に、ある日スシローで電光メニューと格闘していると、ママとの何かの話しに「でも、俺には大先生がいるから」と聞こえてきたので、「誰?」と聞きながら我が子に目をやると、

「パパだよ」と、大先生認定をもらったことに良質な信頼関係、親子といえども有難い人間関係に育っているのではないかと
思った日もありました。

走りながら立ち止まり「あっ蟹の手だ」と、よく見える目、よく気づく配慮で、先日はマッサージをしてくれているときに「おれ、パパの凝っているところだいたい分かるよ」と、

あるいは幾度もお風呂では背中を首マッサージ付きで洗ってくれたり、この子の思いやりに包まれているのかもしれません。

伴走して写真を撮るのも段々出来なくなってきており、体力に持久力などは間違いなく、さらには肺活量までも完封されて、飽き飽きしてもう行くこともないだろうと思っていたハワイも、この子が生まれて一緒にまた行きたくなり「あぁハワイ行きたいなぁ」と聞けば、なおさらにその心を躍らせてくれ、

「クリーミー!くそうまい!今まで飲んだコーンスープの中で一番美味しい」と聞きそこまで言うならとアラカルトでおかわりしつつ、

「始め慣れないうちは、なんでこんな面倒なことを、とか、じっくり味わえないとかあるけど、そのうち当たり前になって、マナーを守りながら味わえるようになるから。始めの頃の箸と一緒だよ。あと仕事も一緒。」と仕切伝え「なるほど」と快諾をくれながら、

フレンチマナー講習を兼ねた夕食。ブロンコビリーで鍛えたナイフとフォーク捌きが大活躍です。

「ぷりんもぜんぜん違う、めうくー」と聞きながら、3月のライトなコースメニュー、次月頂くことになる4月コースメニューより格段に美味しく頂きました。

そして夜が来て。

朝が来ました。

車をチェックして、

朝食です。

先日習い事へ行く車中「パパは一番好きな食べ物なに?」と聞かれ「ママの手料理かなぁ、次がばぁばの手料理」と答えると「あぁ言われたあぁ」とやり取りしましたが、

旅は少しでもママの家事がお休みにもなるように考えていることも伝え、同じ趣旨で時折パパ1人やママと一緒にお昼ごはんへ行ったり、お弁当にしている話もしたり、というかスーパーのお弁当も感動もので好きですが、

手料理も、外食でも、食べれるうちに享受しておくことが大切なような気がして、

とくに手料理というものは時間が経過していくのに比例して、その貴重さが増していくように思います。
つづく