FUJI X-Pro2 + EF35mmF1.4

電子ビューファインダーのEVF、そしてレンジファインダースタイルの光学ファインダーOVFを選べるハイブリッドビューファインダー搭載のX-pro2、
FUJI X-Pro2 + Zeiss Planar 50mm F1.4

これに優しい甘めの描写となるマニュアルレンズ、Zeiss Planar 50mm F1.4を装着し、そして背面液晶をOFFにして、

さらにEVFで撮影した場合であっても撮った写真がファインダー内で見えないように、撮影結果の表示もOFF設定にし、完全禁チンピングできるように試し撮りをして、

散歩に出動しました。
チンピング(chimping)。

先のリンク先によれば、撮影した画像を都度確認する習慣やその行為をいい、まるでチンパンジーかのようでその名がつき、2014年あたりにライカCEOが公の場で発したあたりから、徐々に広まっていっているようですが、

この時、X-Pro3を買おうかどうかのテストととして、撮影結果を見ない設定にして出かけました。

X-Pro3の動画を見ていると「あぁ見ちゃう」と撮った後についカメラ背面を見てしまい、二枚目も、三枚目も同様に背面を見てしまう、というシーンがいくつかの動画であり、

「またまた、大げさな。二枚目、三枚目撮るぐらいには慣れるでしょ」と思っていたのですが、

息を吸えば自然と息を吐くように、

脊髄反射的と言ってもよいぐらい、

「だからなんで見るんだよ」

「背面ディスプレイを完全OFFにして見れない設定にしてあるだろ?」

「お前いいかげんに慣れろよ」

と、何度も自分へ言い聞かせるほどに、

歩いていて、右足を前に出せば、次は左足を前に出して、口の中へ食べ物を入れれば当たり前に噛む、というようなレベルで、

自然に何度も、何度も、というか結局このときは終始、OVFで撮って、そして撮ってすぐ流れ作業的に背面を見る、というチンピングを繰り返してしまいました。

事前に、きちんと意識してしっかり認識していれば見ないようになるのかと思っていたら、

いやいや完全に「撮る→液晶見る」がセット化というのか、習慣化していることに気が付きます。

ところで、このX-Pro2、何が素晴らしいって、そのシャッター音です。

総数としてはさして撮りませんでしたが、

1枚撮って、また1枚撮る。

チンピングしないと「もう一枚撮っておこう」「もうちょっとこれも入れておきたいから構図を変えてもう一枚」「もうちょっと露出を変えておこう。もう一枚」がないので、

OVFのマニュアルレンズでピントを合わせながら、1枚撮って再度撮り直すこともなく、素敵な音色の一音ずつを味わいながら一枚を撮る行為が完了していきます。

どのカメラも装着するレンズによって若干シャッター音質は変わるのですが、

金属鏡筒のツァイスプラナーを装着したX-Pro2はちょっと湿度を持ったぬるっと感もある控えめな「カシャ」「シュポ」という音の間のような何とも言えない素晴らしいシャッター音が、

心地よく脳の中枢まで入ってくるかのように聞こえて来るような気がして、それが一枚一枚撮りながら、合わせて心地よい儀式に思えてきます。

本家LeicaM10-Dは本日現在、某サイトで綺麗な中古個体がM11の新品定価よりも高値で売りに出ていますが、

とてもじゃないですが高くて買えないので、というのもありつつ、

そのコンセプトをオマージュしているX-Pro3、これのDRブラックが滅法素敵に見えてきてしまい、

今買っておかないと、という心のF値が開放に緩んでしまい、結局買ってみることにしました。

X-Pro3についてはまた別途記すとして、

今週始めちょっと負傷してしまい、

寝た切りのように過ごしたのですが、

その傍らにx-pro3を置いて、ときおり「カシャ」と、寝床から日中の日差しや夕陽が差し込んでくる部屋や時折「パパ大丈夫?」と来てくれる我が子を撮っていました。

あとでPCにて見るのを楽しみにして、撮った写真を一切確認することなく過ごしています。

そして未だに「撮る→背面を見る」という習慣がまったく抜けていません。そうとう根深く脳へ刻まれているようです。

ハンモックを跨ごうと思ったところ、短い脚がひかかってしまい、

クルっと半回転する形で、わき腹からハンモックの鉄パイプに落ちてしまい、

「グギ」みたいな音がしたので、骨をやったか、よくともひびでも入ったかと思いましたが、

筋肉の断裂で済んだようで、途中咳払いとクシャミが大敵の中にこれらを押し殺しながら、一回飴を舐めていると気管入口に入ってむせ込んでしまい激痛が訪れ、飴を食べたことを後悔しながら5日目にして少しよくなってきました。

多少回転がかかってスピードが増したとしてもたかだか数十cmぐらいから叩きつけられるように、わき腹が一本の鉄パイプに落ちてしまったわけですが、

これが交通事故で大きな怪我でもしようものなら、どれだけ痛いのだろうと想像し、

ゆっくりゆっくり歩きつつ、寝起きや座る行為や、座っているだけでもきついのですが、

ママにシャワーヘッドを高いところでセットしてもらい、

立ったまま手が届くところにシャンプーなど置いてセットしてもらい、

シャワーを終えれば、体を拭いてもらいパンツとズボンをはかせてもらい、我が子にもはかせてもらい、

初日は1人で起き上がれないので、押してもらったりしてなんとか起き上がったり、

スマホの充電や、飲み物を寝たまま飲めるようにセットしてもらったり、家族の有り難みを重々思いつつ、もう1つ思ったのが、

「自分で自分のことを一人でやれるってなんて幸せなことなのだろうか」

そう強く思い、知った気持ちになりました。

こうして散歩して、写真を撮ることも間々ならず、数メールと歩くのにも苦悶する中に、

私がかなりの老人のようにヒイヒイ言ってゆっくり家の中を移動していると、

妻と目が合い、お互い笑ってしまい「おい笑わせるなと言ってるだろう」とカスレ声でいうのが精いっぱいで、

同じく我が子と話しをしていると、たとえば習い事先の先生モノマネをしたりしてその日の共有をくれたりするのがおかして笑ってしまうことがあるので、同じく痛みを抑えながら「イテテテ、おい笑わせるなと言ってるだろう」とカスレ声でいうのが精いっぱいで、

そして重ねて思うのが、これで済んだからよかったようなものの、

事故でもっと大怪我でもしようものなら、もっと大変で周囲へ迷惑を大きくかけてしまうことも思い、

事故のニュースがより痛々しく感じ、気を付けねばならないと思いを重ね、

という中に、大いな助けとなったのがもう一つ、

それがスマホです。

昔であれば、雑誌や新聞、本、これらを穴が開くほど見て、テレビも退屈なほど見て過ごしたと思いますが、寝た切り生活にスマホが届けてくれる色彩豊かなコンテンツに、暇しないで、むしろ勉強させてもらったりしながら、助けられました。
FUJI GFX100S + GF110F2

GW周辺に撮った写真。ボケ具合を見てみようとGF110mmF2レンズの近接で撮った一枚をトリミング。耳のあたりをみれば、これもなかなかにボケてくれます。
FUJI GFX 50R + sigma 35mmF1.4 ART

こちらも同様にそこそこ近接をトリミング。
FUJI GFX 50R + sigma 50mmF1.4 ART

こちらはシグマ50mmにて、同様に近接気味をトリミング。
FUJI GFX 50R + EF50F1.2

EFレンズで同様に。
FUJI GFX 50R + NOKTON 50mm F1 Aspherical

ついでにこちら二枚はGW前撮影ですがソフトで露出調整したゆえ描写はさておき、ボケ具合だけ見てみようと思い、
FUJI GFX 50R + NOCTILUX-M 50 mm f/0.95 ASPH

ノクトン0.9m、ノクティ1.0mそれぞれ最短撮影で撮った画像をトリミング。耳のボケ方を見ると、最短がより遠いはずのノクティルックスの凄さを思いました。なんていうことも激痛が走ると、用意にできず、データをPCで開くことからして間々ならず、近所の散歩ひとつすら有難く、日々の平穏に感謝を改めながら、快方したら有難くまた撮りたいと思います。