構造材として使用済の鉄道レールが使われているのが珍しいです。

埼玉県行田市を流れる忍川には古レールのアーチ橋が数本架かっていますが、
どの橋も古レールを再利用しているとは思えない美しいデザインです。
撮り鉄趣味が高じて古いレールに興味を抱き始め、土木遺産や古い建造物に
使われている古レールを見かけると、近くに寄ってレールの製造メーカーやレール
規格・製造年月が記載された刻印(ロールマーク)を探そうとしてしまいます。
行田市樋上の忍川上流から、1スパンの水管橋

3スパンのアーチ橋2本、
下流の行田市堤根にも2本のアーチ橋があります。
どの橋もアーチ部などに明治大正時代欧米から輸入され、昭和になって新規格の
レールに交代されて使われなくなった60ポンドレールが再利用されています。

60 AS B.S.CO STEELTON 1920
米国ベスレヘム・スチール社スチールトン工場 1920年製
12日に訪れた坂戸市の冠水橋 若宮橋にも以前これと同じレールが橋桁に
使われていましたが、架け替えられた新若宮橋はRC橋脚のH型鋼桁になって
いました。
CARNEGIE 1907 E T
カーネギー・ホールでなじみ深い鉄鋼王カーネギーが創設した会社製です。
これらのレールは、
明治政府が掲げる富国強兵の政策のもと、軍事や経済の振興に欠かせない
物資輸送という殖産興業の一翼を担ってきた鉄道レールです。今も形を変える
ことなく使用されていることは誠に感慨ひとしおです。
さらに、この川の下流にはアーチ橋と同じ時期に造られた素晴らしい意匠の
橋梁「堀切橋」があります。

特徴ある親柱とアーチ型と三角模様を交互に配した欄干が素敵な橋です。
橋台が川のなかへ迫り出し川の流れを阻害しないようにラーメン構造になって
いるのもこの地域の橋の特徴。

堀切橋は土木学会選奨土木遺産に認定されています。
橋の名前の由来は、1590(天正18)年、石田三成率いる豊臣秀吉軍が
北条氏に従う忍城を水攻めのため築いた堤(石田堤)へ荒川などから導水
したが、水攻めは忍城に差ほどダメージを与えることは無く、堤が決壊のが
この堀切橋あたりだそうです。
堀切橋のすぐ脇には今も石田堤の遺構が保存されています。
土木学会選奨土木遺産の橋梁はこれより西1kmの鴻巣市内を流れる元荒川に
もあります。RC(鉄筋コンクリート)アーチ構造の新佐賀橋は親柱・欄干のみならず
アーチ部分までも装飾過多とも思えるレトロチック模様で埋め尽くされた見事な
橋です。こちらは桜の名所、昨年の撮影です。
そういえば、幸手市の権現堂桜堤にも素晴らしい選奨土木遺産があったなぁ
Posted at 2016/03/21 20:52:55 | |
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