2012年02月14日
86vsBRZ的ESC反対声明
かねてより噂されたトヨタの新世代FRスポーツが、FT86コンセプトの名で現れたのは2009年10月21日。幕張メッセ開催最後の第41回東京モーターショー(TMS)プレスデイのことでした。
前年9月のリーマンブラザーズ破綻によって世界同時不況の様相を呈することになった経済の冷え込みは、日本の自動車産業がかつて経験したことのない生産/販売の落ち込みをもたらし、2年に1度のクルマの祭典は前回(第40回)の軒並み史上最高益の業績を受けての華やかさから一転、展示面積半減、観客動員半減以下という天と地の試練を出現させた。
紆余曲折を経てワールドプレミアとなったLEXUS LFAはともかく、虎の子FT86コンセプトのデビューの場が、さあ行くぞの掛け声も虚しく響きそうなあのTMSだったのは、歴史の皮肉か必然か。振り返ると、それ以前と以後を分ける画期的という意味で印象的な出来事(commemorative)だったといえるかもしれない。
そのトヨタ86とスバルBRZも昨年末東京ビッグサイトに移して開催された第42回TMSでそろって日の目をみることになった。
この間、翌10年1月の東京オートサロン(TAS)でFT-86 Gスポーツコンセプトを見せ、昨年2月のジュネーブショーではFT86コンセプトⅡと、コンセプトの段階で"モデルチェンジ"を行うという荒技に転ずる。
と同時に、スバルからはボクサースポーツカーアーキテクチャーなるスケルトンモデルも見せて雰囲気を盛り上げたが、欧州プレスの関心はそれほどでもなかったと記憶している。
その後、上海モーターショー、ニューヨークNYIASでのサイオンFR-Sコンセプト発表ときて、秋口からグンと盛り上がるのかなと予想していると、フランクフルトIAAでは出るぞ、出すぞといいながら音なしで、LAでもBRZのSTiなんて???な展開とサイオンのモックアップのみ。
晴れて東京ビッグサイトのTMSで86とBRZの生産型のお披露目となり、明けてデトロイトNAIASでサイオンFR-SとスバルBRZが北米デビューを果たし2月2日のトヨタ86、同3日のスバルBRZの正式発表を迎えている。以上が、ざっと振り返る86の"歴史"だが、しかし正式発売(デリバリー)4月からとなっている。
すでに、今日(2月14日まで)にトヨタもスバルもそれぞれサーキットやクローズドコースを舞台に2度ずつプレス試乗会を催している。
メディアの注目度を意識してのことだと考えられますが、現実問題としては生産拠点となる群馬製作所(太田市)は現在軽商用車サンバーの最終生産の追い込みに入っていて、86BRZラインの本格稼働は3月から。テスト車両や試乗会に供する広報車両の供給も十分できない状態にあったといいます。
それよりも何よりも‥‥です。トヨタ86とスバルBRZのネーミングが明らかになり、その具体的な姿が露わになり、試乗の機会がもたらされると、巷ではトヨタ86とスバルBRZがあたかもライバルのような扱いで、比較評価が乱れ飛んでいるようです。
2007年1月に行われた『トヨタの大経営会議』すべてはここから始まったといいます。4月に担当CEが任命され、部下一人の状態から大プロジェクトは動き出した。コンセプトをどんなスポーツカーにするか‥‥から考える。この辺の経緯についてはdriver3月号からの短期集中連載に詳しいのでAmazonで注文してみて下さい。
当初スバルのボクサーエンジンとアルテッツァ用アイシンAI製6速MTを流用することで始まった開発は、長い間困難を極め、2010年央には企画頓挫を覚悟したといいます。
糸口を掴んだのは昨年の初め。売れるクルマに仕上がる確信が持てたのはそのおよそ半年後。2011年7月頃!!秋からの堰を切ったような展開の理由は、どうやらこの辺りにあったようです。
御存知の通り、トヨタ86とスバルBRZは共通のアーキテクチャーで仕立てられています。ボディはフロントのラジエーター開口部が台形か逆台形か。
それにカラーバリエーションやバッジの違いなどのディテールが異なる程度。エンジン/ミッションはMT/ATとも共通。サスの構成やジオメトリーそうだしタイヤ/ホイールも同じものを使う。
これだけ条件が揃ったら、走りに違いなんて限られたものになりそうなもの。ところが、そうならないのがクルマの面白いところなのかもしれません。
開発佳境の方向性がほぼ決まった段階で、セットアップの一本化が検討されたといいますが、結果的にトヨタとスバルの開発陣は袂を分かち、それぞれのポリシーというか企業風土を反映したセッティングで行くことにしたそうです。
双方の言い分はそれぞれに理解できるけれど、ウチはやっぱりそれには乗れない‥‥みたいな。開発の最終段階ではかなり接近したようですが、それでもまったく同じにはならなかったということです。
ただし、この辺の話は、両車全モデルに標準装備されているVSC(VDC)、一般表記としてはESCという呼称に統一されつつある横滑り防止装置という電子デバイスを介在させない、素の味付けの領域だと理解しないと話がややこしくなります。
いずれも相当の領域まで制御の介入を抑えたスポーツモードを備えていますが、ESCオンの状態で決定的な破綻を来すことはありません。テールスライドやカウンターステアやスロットルコントロールを好まないというのであれば、作動状態を保ちスピードコントロールさえ誤らなければ何事も起こらない‥‥と言っていいと思います。
もちろんESCオンの状態でも、過渡領域の方向性には違いが認められるはずです。開発FIX直前では大きな隔たりがあったようですが、終盤ではかなり接近した。それでもフロントのバネ/ダンパーのセッティングとそれに伴うステアリングフィールにはそれぞれの個性が反映したということです。
それは企業文化というかポリシーというかこのクルマでイメージする走りの世界の違いと言ってもいいようです。それらをどちらが良い、そうでないというのは基本的にナンセンスなこと。好みの問題と言ってもいいのですが、そうであるならば旗幟鮮明にしたほうが筋が通ります。
僕はドリフトこそがFRのすべてであり、そのコントロールの中にあるカタルシスをヒトとクルマとフィールドが織りなす3重のシステムとしての理想形FRの最大価値だと考えています。スタビリティを高めてどうするの? その目的はスピードなの? そしてそのスピードはどのレベルを指しているの?
現実的な走行空間の中では100mph=160㎞/h位までが許される上限で、200㎞/h、300㎞/hオーバーの話はロマンチックだし、許されるならその速度域に持ち込んで得られるカタルシスは、低速ドリフトなんて比べ物にならないほど強烈です。
未知の段階だったらトライする価値もありますが、すでに我々は現実のクルマでその世界を見ています。存在はするけれど、使うことは憚られる。空気抵抗が速度の二乗に比例することは広く知られていること。200㎞/hは単純に100㎞/hの倍ではありません。
エコの話をする時に、速度に置き換えられる高性能のロジックを棚上げするのはおかしい。ましてや、おもにその高速性能のマイナス面を担保するために開発、進歩、普及したとみなせるESCを、無条件に標準装備化する意味が分からない。
本当のことを言えば、僕はESCの効能については一応のプロとして高く評価しています。単純なパワー競争の指標にもなったパワーウェイトレシオよりもさらに現実的で切実な問題提起となるパワーウェイトミュー(μ)レシオ‥‥単なるマン-マシンシステムとしての能力の高さだけではない、結果として走りを引き受けるタイヤと路面の関係を加えた、季節感で語られるリアルワールド(冬道や雨期の道)では、その効果は最大限に高く評価されるものだと思います。
しかし,それはお上から義務づけられるモノでもなければ、未熟なエンジニアリングのエクスキューズとして受け入れる筋のモノでもない。僕はですね、これまで延々と続けられてきた右肩上がりの高性能=高速性能の追求に未来を感じないし、希望も持てないと思っている。
超高性能スポーツカーやモータースポーツは否定するというよりむしろ積極的に支持するけれど、路上にコンペティションの論理や優勝劣敗の価値観を持ち込んで矛盾を最大化することにはどうしても違和感がある。求めるエンジニアリングの姿勢は、人間が本来備えている能力を引き出す技術開発です。
その流れの中に、ATではなくMT、タイヤのバックアップシステムに過ぎないAWDではなくてFRという、メカニズムに身体(カラダ)がスムーズにアクセスできる形態です。この辺りの下りについては20日発売のdriverで触れているので、これ以上の言及は遠慮します。
僕はクルマの最大価値は自由だと考える者です。モビリティの自由はもちろん、人生を豊かにするために関わるすべての自由を得るためのツールと考えたい。
それを得ようとすれば、反対に守らなければならない正義、身につけなければならないスキル、周囲との調和……ハードルはとても高くなりますが、目標としてはこれ以上のものはないと思います。
管理する立場からすると面倒な存在ということになりますが、クルマに乗るということは今を生きること。100年前に今のように庶民がクルマを手にすることは現実的ではなかったし、100年後に今と同じクルマが路上を走っている保証はありません。
これを楽しむという自由のためなら、かなりのことを我慢してもいい。経済力がついて回る話なので万人に等しくとはなかなかなりませんが、上を見すぎさえしなければ少なくとも機会の平等は得られる。
クルマを基本的にスキルを要求する乗り物とすれば、とりあえずそれを良しとする者の乗り物とし、そうではない人には別のモビリティの提供を考える。
現状や現実に囚われていると身動きが取れませんが、クルマの本質と限界を考えると、すべてを満たす万能性を求めるには無理がありすぎる。だからといって全自動運転は違うでしょう。統制や管理や抑圧といった自由に対立する側の理屈には立ちたくない。メディア側にいる者が国やメーカーの広報をしてしまっては、批評やチェックをプロフェッショナルの立場でする者がいなくなっちゃう。お金にはなりませんが。
86とBRZの真価、それぞれの個性の違いは、ESCのトラクションコントロール制御を解除して、素の低重心、FR、トルセンLSD、が織りなすボクサーFA20のパフォーマンスは解き放ち、プリウスに採用されたミシュランPRIMACY HPのグリップ力をどう料理するか。
走りのパフォーマンス考え方、FRであることへのこだわりがそこに投影されている。余りにも抽象的すぎて素直に頷けない。そういう意見が噴出することを覚悟して書きました。生のトヨタ86とスバルBRZの詳細についてはDRIVING JOURNALに必ず書くので、ご期待下さい。
また、長くて叱られそう。
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Posted at
2012/02/15 00:24:20
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