• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

ヤリ=マティ・バラバラのブログ一覧

2026年07月17日 イイね!

勝田一族と言えば

勝田一族と言えば『The illustrious WRC history of Katsuta’s family』

トヨタと勝田、この二つの存在こそが、今日の日本におけるラリー人気の礎を築きました

今年初め、勝田貴元と彼の駆るトヨタ GRヤリス Rally1が母国で迎えられた際の熱狂ぶりは、まさに圧巻でした。WRC(世界ラリー選手権)で2度の優勝経験を持つ彼が土曜日に恵那峡公園に到着すると、居合わせた人々は足を止め、ただただ見入っていましたが、その眼差しには、憧れと、それ以上に深い畏敬の念が入り混じっていたのです

しかし、日本におけるラリー熱の原点を真に理解するには、もう一世代、いや二世代遡り、別の勝田に目を向ける必要があり、そして、トヨタにとっても異なる時代に思いを馳せる必要があるのです

勝田貴元の父である範彦氏は、周知の通り、国内屈指の成功を収めたドライバーの一人ですが、彼の情熱はどこから生まれたのでしょうか?

その答えは、彼の父、つまり貴元にとって祖父にあたる勝田照夫氏にあります



彼は、孫である貴元が今いる場所への礎を築いた人物で、18歳でトヨタに入社した彼は、当初「クラウン」の生産ラインで板金(ハンマーによる手作業での成形)に従事し、トヨタ初の自社製プロトタイプレーシングカー「トヨタ7」の製作にも携わりましたが、彼の心を真に熱くしたのは、サーキットレースではなく、ラリーの世界でした

照夫氏は過去50年にわたり、日本におけるラリー競技の発展に尽力してきまし、モータースポーツ関連事業「LUCK Auto Equipment(ラック・オート・エクイップメント)」を立ち上げ、当初は母親のガレージから始めた事業を、現在ではアジアにおけるラリー関連のサプライチェーンの要となるまでに成長させました

もし照夫氏が初期の新城ラリーに対して先見の明を持っていなかったら、今日のラリー・ジャパンの姿はなかったことでしょう。

そして、この競技を支援する新たな方法を模索する彼の情熱は、今なお尽きることがなく、日本で開催されるWRC(世界ラリー選手権)のルートに変更があるとしたら、それはおそらく、照夫氏が新しい道やかつてのルートを見つけたり、思い出したりしたからだろう

彼は、豊田章男氏との対話を通じて、トヨタ GT86(日本名:86)を後輪駆動車にするという決定に影響を与えた人物だ

トヨタの会長である豊田章男氏と勝田照夫氏は長年の知己であり、ラリーと世界最大の自動車メーカーという二つの情熱を共有しており、照夫氏の助言は、2017年のトヨタのWRC復帰への道を開く上でも一役買った

彼自身の歴史的な功績について話が及ぶと、彼は穏やかな笑みを浮かべるが、ある特定の話題になると、その表情は喜びで輝き出す

イギリスのRACラリーの話題で、それも、かつてのオリジナルのRACラリーだ



「ロンバード(当時のスポンサー名)だね」とテルオはにやりと笑う。「私はFIAのGr.2クラス優勝を果たした最初の日本人ドライバーだったんだ。このラリーには7回出場したよ。モンテカルロやサファリにはそれ以前から日本人ドライバーが参戦していたけれど、彼らは日産車を駆っていた。私は少し違うことをしたくて、トヨタ・セリカでイギリスへ渡ったんだ。英語はあまり話せなかったけれど、車は(日本と同じ)左側通行だったから、その点は少し楽だったね」

ルートについて何か覚えていることはあるだろうか?

彼の笑みがさらに深まり、記憶は鮮明だ

「ウェールズ、ウェールズは好きだったな。でもスコットランドは苦手で・・・キールダーは・・・キールダーのことは今でもよく覚えているよ」

勝田が初めてRACラリーに出場したのは1975年だったが、クラス優勝を果たしたのは1983年、イギリスで購入したトヨタ・スプリンターを駆ってのことだった

その1983年の大会をもって、彼の世界選手権への挑戦は幕を閉じ、ビジネスに専念することになったが、それからそう時を置かずして、別の勝田がラリーのステージに登場することになる

貴元の父親が、可能な限り早い段階でこの競技に取り組み始めたからだ

「彼は17歳でライセンスを取ると、すぐに参戦し始めたんだ。彼は素晴らしいドライバーだよ。でも、貴元は・・・」と、照夫氏は振り返る



孫の成し遂げたことをどう説明すべきか、彼は少し言葉を選びながらこう続けた

「・・・彼は別格だ。日本人ドライバーとして初めて、これほどのレベルに達し、ラリーで勝利を収めているんだからね。今や彼は、多くの日本人ドライバーが到達したいと願うレベルにいる。彼の活躍を本当に誇りに思っているよ」

孫である貴元に話を聞くと、予想通り、彼もまた祖父に対して同じような誇りを抱いていることが伝わってきた

「もちろんですよ」と、現在トヨタのスター選手として活躍する貴元は、少し照れくさそうに言った

「でも、祖父が具体的にどんなことをしたのか、はっきりとは覚えていないんです。ずいぶん昔のことですから。RACラリーに出場したことや、WRC(世界ラリー選手権)で日本人として初めてクラス優勝を果たしたことは知っています。その点は本当に誇らしいですね」

「それに、彼が今も続けている活動も大きいです。日本におけるラリー文化の発展に貢献してきましたし、この競技を(日本で)どんどん大きくしようと尽力し続けていますから。彼が経営する『LUCK(ラック)』という会社は、ラリーチームの運営だけでなく、カスタムカーやチューニングショップといった事業も手掛けています。僕自身がサーキットレースからラリーへと転向する際、この会社の存在は非常に大きな意味を持っていました」

同じ国、同じ家族から生まれた、輝かしい実績を誇る3世代のラリードライバーたち

日本は勝田家に対して、本当に大きな感謝の念を抱くべきだろう

----------

自分がラリーと言う競技に興味を持ったのが、高校時代の同級生がプレイドライブと言う、当時はマイナーだったラリー、ジムカーナ、ダートトライアルを掲載してある雑誌の愛読者だった為で、免許を取得して直ぐにクラブにも加入
公式競技には出場しないまま、諸事情でリタイア

その当時はキャロッセ(現CUSCO)の(故)加瀬裕二氏やLUCKの勝田照夫氏がドライバーとして活躍されていた時代(ダートトライアルでは千田久雄氏や湯本敬氏、モンタジこと田嶋伸博氏が)

世界選手権では、時代は少々前後しますが、スバルと言えば(故)高岡祥郎氏、日産と言えば岩下良雄氏、三菱と言えば(故)篠塚建次郎氏、トヨタと言えば岩瀬晏弘氏と言った方々が、メーカーを代表して活躍されていましたねぇ

当時、日本のラリーはアベレージラリー(如何にオンタイムで走るかを競う)で、世界選手権の様なスピードラリーに憧れ?を感じていましたねぇ・・・

勝田範彦氏がラリーで頭角を現した頃には、競技から離れてしまっていたので、どちらかと言うと勝田照夫氏の方が身近に感じられ、勝田貴元選手は孫の様に感じちゃうんですよね(^^;
Posted at 2026/07/17 21:03:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月17日 イイね!

追い付き、追い越せ!?

追い付き、追い越せ!?『Ogier jagt in Estland nächsten Rekord』

セバスチャン・オジェにとって、エストニアの高速グラベルでのラリー参戦は2021年以来となります

また、Rally1マシンでの同イベント参戦は今回が初めてで、2020年と2021年の過去の出場時には、トヨタ・ヤリス WRCをドライブしていました

競技の側面から見ると、オジェにとって重要なのは単なる選手権ポイントだけでなく、もしこのラリーでトップ3に入れば、WRC通算120回目の表彰台を獲得し、セバスチャン・ローブが持つ同記録に並ぶことになります

「ギリシャでの勝利は我々にとって非常に大きなものでした。そこからエストニアへ向かうとなると、状況は一変します。特に私にとっては、このラリーを走るのが5年ぶりですからね。今シーズンの中でも特に素晴らしいラリーの一つで、運営も良く、雰囲気も最高です」と、オジエは語りました

デルフィ・ラリー・エストニアは、道幅が広く流れるようなコーナー、高速で通過するクレスト(丘の頂上)、そして大きなジャンプで知られる一方で、コースには道幅が狭く、より高度なテクニックを要するセクションも含まれ、路面は柔らかい砂質で、2回目の走行時には深い轍ができることもあります

ラリーの拠点はタルトゥに置かれ、今年のイベントはコンパクトな形式で行われ、48時間強の期間で計301.8kmの競技区間(SS)が予定されています

金曜日の朝に行われるシェイクダウンの後、午後にタルトゥの南側で3つのステージが行われますが、これらはテフヴァンディでのタイヤ交換ゾーンを経て、2回目の走行が行われ、初日の最後は、エルヴァの町で行われるステージで締めくくられます

土曜日のスケジュールは、タルトゥの北側にある2つのステージから始まり、それぞれ2回ずつ走行し、昼のサービスを挟んで、南側でさらに2つのステージが行われ、こちらも2回ずつ走行します

一日の締めくくりとして、サービスパーク近郊でスペクテイター・ステージ(観客向けのステージ)が行われます



勝負の行方は、日曜日にカーリクのステージで決まりるのですが、このステージは2回走行が行われ、全長24.39kmという、今ラリー最長のステージとなっています

オジェは先日のテストを終え「先週のテストで、高速域での感覚を取り戻せたのは本当に楽しかったですね。上位争いができることを期待しています。決して簡単な戦いにはならないでしょうが、こうした挑戦は好きですし、全力を尽くすつもりです」と、自信をのぞかせました

アクロポリス・ラリー・ギリシャでの優勝を経て、このフランス人ドライバーは現在ドライバーズランキング3位につけており、首位とは37ポイント差となっています

----------

ドライバーズチャンピオン獲得回数は9回とローブと並んではいるのですが、表彰台獲得回数はまだ届いてなかったオジェ

イベント優勝回数は、ローブが80勝とオジェの69勝を大きく突き放しているので、追い付くにしても来季フル参戦が必須になる事から、まずは今季中に表彰台獲得回数で追い付き、追い越したい処でしょうねぇ

表彰台獲得回数で追い越す様な事になれば、ドライバーズチャンピオン獲得回数でも最多となる可能性が高いでしょうから、昨年に続き、トヨタのチーム内での戦いが激しくなるでしょうね

それにしても、ローブに追い付く前に、パトカーに追い付かれちゃうとはねぇ(笑)
Posted at 2026/07/17 16:55:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月17日 イイね!

二日続けてとは・・・ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

二日続けてとは・・・ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ昨日、『Sébastien Ogier fined before Rally Estonia even begins』ってな記事をブログにアップしたばかりなのに・・・

『Sébastien Ogier hit with second speeding fine at Rally Estonia』

しかし、このフランス人ドライバーのアクセルを踏み込む足が緩むことはなく、木曜日の夕方には2度目となる速度違反の罰金を科されることになった

このトヨタのドライバーは、木曜日のレッキ中、制限速度時速30kmの区間を時速62.9kmで走行したところを計測された

スチュワード(競技審査委員)は、これがオジェにとって2度目の速度違反であることを考慮し、今回の違反に対して€1,600(約30万円)の罰金を科した

ラリーは金曜日のシェイクダウンで幕を開け、その後、6つの競技区間(スペシャルステージ)が行われる

----------

流石に、二日続けての違反で、しかも30km以上のスピード違反となると、罰金も桁外れですねぇ(^^;

それにしても、レッキで2度もスピード違反するなんて、オジェはどうしちゃったんでしょうかねぇ?ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…
Posted at 2026/07/17 12:20:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月16日 イイね!

早速ペナルティを(^^;

早速ペナルティを(^^;『Sébastien Ogier fined before Rally Estonia even begins』

水曜日に行われたレッキの際、公道での速度違反により3人のドライバーが罰金を科されました

その3人とは、トヨタのセバスチャン・オジェ、同じくトヨタの日本人ドライバー山本雄紀、そして地元期待のロバート・ヴィルヴェスです

山本は、制限速度50km/hの区間で70km/h以上で走行していたことが記録され、最も重い€500(約93,000円)の罰金を科されました

ヴィルヴェスも別の50km/h制限区間で60km/h弱の速度を記録し、€225(約42,000円)の罰金処分を受け、世界選手権を9度制したオジェもまた、速度違反で摘発されました

このフランス人ドライバーは、50km/h制限区間で60km/hをわずかに超える速度で走行していたことが記録され、€275(約51,000円)の罰金を科されました

各クルーは水曜日、本番に先立ちエストニアのグラベル路面でのレッキを行いましたが、通常とは異なり、ラリー本戦は金曜日まで始まりません

金曜日のスケジュールは、午前のシェイクダウンに続き、6つのスペシャルステージ(SS)が行われ、WRC(世界ラリー選手権)第9戦が本格的に幕を開けます

今年のデルフィ・ラリー・エストニアは、異例とも言えるコンパクトな日程で開催され、高速グラベルラリーである本イベントは2日強で終了しますが、それでも競技者は総距離300kmを超える18のスペシャルステージに挑むことになります

オジェにとって、エストニア戦は極めて重要な一戦となるのですが、自身が持つ最多記録を更新する10度目の世界ラリー選手権タイトル獲得の望みをつなぐためには、このラリーで多くのポイントを獲得する必要があるからです

----------

オジェにとって、これが”厄落とし”となるのか、それとも”悲劇の始まり”となるのか・・・

それにしても、日本だとスピード違反の反則金が、ヴィルヴェスとオジェの該当すると思われる15km/h未満で9,000円(15km/h以上20km/h未満で12,000円)、山本の該当すると思われる20km/h以上25km/h未満で15,000円(25km/h以上30km/h未満で18,000円)からすると、メッチャ高いですよね(^^;
Posted at 2026/07/16 21:02:17 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年07月16日 イイね!

拠点移転が、吉と出るのか凶と出るのか・・・

拠点移転が、吉と出るのか凶と出るのか・・・『The true test of Hyundai’s relocation』

ヒョンデは、2026年に向けて常設テスト拠点をフィンランドからフランスへ移転させるという意図的な決断を下しました

「チームが以前フィンランドに拠点を移したのは、さらなる性能向上を図るという特定の目的があったからです」と、スポーティング・ディレクターのアンドリュー・ウィートリーは1月にDirtFishに対して語っていました

「結果には必ずしもその性能が反映されていないかもしれませんが、昨年のエストニアやフィンランドといった場所では、マシンは機能していました。エストニアやフィンランドでマシンは速く、それは価値あることであり、本来の役割は果たしていたと思います」

それから6ヶ月が経過した今、ウィートリーの口調には以前よりも慎重な響きが混じっています

フォントンクーズ(フランス)への移転は理にかなった判断であり、今でもその正当性は変わりませんが、ウィートリーは、今週開催されるデルフィ・ラリー・エストニア、そして2週間後のセクト・ラリー・フィンランドが、テスト拠点移転に伴う「妥協」の結果であることを理解しています

チームはより荒れた路面でのテストという恩恵を受けていますが、その代償として、高速域での走行時間が減少しているのです

一方、ユヴァスキュラに常設テスト施設を維持しているトヨタは、高速ラリーに向けたテストを好きなだけ行えるという利点を享受しています

「いつものことですが、エストニアにおける最大の課題はライバルたちでしょう」と、ウィートリーは述べました

「ヒョンデは2026年に指定テストコースを変更し、フィンランドからフランス南部へと移しました。その狙いは、シーズン中に4戦あるラフグラベル(荒れた未舗装路)ラリーで戦うために必要なパーツの開発を進めること、そしてターマック(舗装路)開発プログラムを支援することにありました」

「しかし、これはつまり、エストニアやフィンランドで見られるような高速グラベルやジャンプでの無制限なテストを行う機会がなくなることを意味します」


2025年ラリー・エストニアにおいて、ヒョンデのドライバーは全ステージの半数で最速タイムを記録しました

「チームはエストニアで3日間のテストを行い、その後フィンランドへ移動してプログラムを継続しましたが、2026年仕様のマシンに向けた変更を支える上では、これまでの経験が大きな力となるでしょう」

「もう一つの課題は天候です。テストの大半は晴天かつドライコンディションで行われましたが、ラリー開催の1週間前に雨が降る可能性もあります。そうなれば、求められるセットアップが大きく変わるだけでなく、出走順が早い(先頭付近を走る)マシンが有利になるかもしれません」

ヒョンデに自信がないと言うのは間違いで、ウィートリーは「ヒョンデ i20 N Rally1には、強力な攻勢を支えるための基本性能が備わっている」と確信しており、ティエリー・ヌービルも「目標は明確で、勝利を争うことだ」と、語っています

しかし、2025年のエストニアとフィンランドではトヨタ GR ヤリス Rally1と互角の純粋な速さを見せていたヒョンデにとって、今回のテスト場所の変更は、パフォーマンスに何らかの影響を及ぼすことになるのでしょうか?

----------

グラベル戦では自信を見せ、アクロポリス・ラリー・ギリシャでは、トヨタと対等と言うより、トヨタを上回る走りを見せたヒョンデ

今週開催されるデルフィ・ラリー・エストニアは、路面の種別で言うと同じくグラベル戦なのだが、平均速度は大きく異なる高速イベントとなり、次戦セクト・ラリー・フィンランドも同様

これまではトヨタ同様、高速グラベルでテストが出来るフィンランドを常設テスト拠点としていたのだが、今季からはフランスへ移動したのが、吉と出るのか凶と出るのか・・・

速さを取り戻したかに見えたヒョンデがここで惨敗するとなると、常設テスト拠点移転が、ヒョンデ低迷の現況と言えるかも知れませんね
Posted at 2026/07/16 16:57:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「タナックの去就に関して http://cvw.jp/b/3350076/49157508/
何シテル?   06/22 20:54
フォルクスワーゲンポロに乗ってるので、HNを変更(笑) モータースポーツは全般的に好きなのですが、特にWRC(世界ラリー選手権)は昔から好きです 鈴...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2026/7 >>

    1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 1718
19202122232425
262728293031 

愛車一覧

フォルクスワーゲン ポロ フォルクスワーゲン ポロ
フォルクスワーゲン ポロに乗っています。 画像は購入当初のモノで、現在は少々・・・(謎 ...
スズキ セルボ・モード スズキ セルボ・モード
発売された当時、軽自動車のクセに高価でした(笑) 4気筒ツインカム・ターボで、ボア×ス ...
マツダ デミオ マツダ デミオ
PC24セレナと2台体制で所有 ただ単に、MTに乗りたいと言うだけの理由で購入(笑) ...
日産 セレナ 日産 セレナ
13年、約290,000kmで廃車に オフ会と言うイベントにデビューしたのも、このセレ ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation