
只見線運転再開控え代行バス運行終了 利用者が別れ惜しむ
09月30日 20時40分
JR只見線の全線運転再開を1日に控え、不通となっていた鉄道に代わって只見町と金山町の間で運行されてきた代行バスが30日で役目を終えました。
JR只見線は、2011年7月の「新潟・福島豪雨」で橋や線路が流されるなどの被害を受けて、只見駅と会津川口駅の間の27キロ余りの区間が運転できなくなり、被災の4か月余り後から代行バスが運行されてきました。
全線運転再開に伴いバスが地域の足としての役目を終える30日、午前7時すぎに只見駅を出る始発便には、通院や通学などのため利用する地元の住民や、観光客らが次々に乗り込んでいきました。
代行輸送が始まってから、バスは只見川沿いの曲がりくねった道を走り、被災前の列車の倍以上の頻度で被災区間を走り続けてきました。
駅がある場所に加えて県立高校の前など3か所にも停留所が設けられていましたが、鉄道の運転再開に伴って1日からはこれらの停留所では乗り降りできなくなります。
沿道では、「おつかれさまでした」などというメッセージが書かれた手作りのボードを掲げた住民が、通り過ぎる代行バスに「ありがとう」などと声をかけながら手を振っていました。
バスを見送った50代の男性は、「雪がひどい日も、年末も元旦も、365日休まず走ってくれて感謝しかありません」と話していました。
運行最終日を迎えた代行バスを見にきた40代の鉄道ファンの男性は、「最終日の運転手と地元の人たちの様子を見たくて来ました。バスを見送る姿を見て長年地域を支えてきたことがよくわかりました」と話していました。
代行バスに乗車した80代女性は、「通院でよく使い運転手さんと顔なじみになっていたのでさみしいです。長年本当におつかれさまでした」と話していました。
代行バスは、午後8時前に最終便が只見駅に到着し、すべての運行を終えました。
運行開始当時からハンドルを握ってきた運転手の三瓶節さんは、バスを降りる乗客1人1人にお礼の言葉を述べて見送りました。
そして、集まった数十人の地元の人たちを前に「無事に業務を終了しました。長い間ありがとうございました」と感謝の言葉を述べると、「おつかれさま」というねぎらいの言葉ととともに大きな拍手が送られていました。
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2022/09/30 22:24:21