
先日・・・家族の付き添いで
総合病院へ出向いたのですが・・・
検査等で待っている間
あたりを見回すと
日本が、高度な高齢化社会となっている事に
改めて気づかされますねっ
国内において・・・65歳以上の約40パーセントが、
加齢に伴う記憶力低下にまつわる問題を
何かしら抱えているとされ健常者においても・・・
老化によって記憶が悪くなるというのが・・・
私たちの認識でも・・・一般的です。。。
さて・・・1947年9月30日生まれ・・・
現在72歳となった
音楽プロデューサー・編曲家である瀬尾一三さんが
昨年・・・芸能活動50周年を迎えた
1960年代、学生運動が絶頂期に入り、メッセージソング、
反戦フォークなど過激さを増したフォークへの自主規制が厳しくなる中
1969年大手レコード会社の規制にとらわれず、
自由な音楽製作をしようと始められたインディーズのはしり
ともいえる会員制レコード配布システム
「アングラ・レコード・クラブ」(URC)に参加
その後は・・・独学で音楽アレンジをはじめ
杏里/石川優子/NSP/竹内まりや/
谷山浩子/中島みゆき/八神純子等々・・・数多くの音楽に
プロデューサー、アレンジャー、作曲家、音楽監督として
携わっております。
河合奈保子さんの作品では、ミニアルバム「It's a Baeutiful Day」に収録された
「こわれたオルゴール」・「あの夏が続く空」
自作曲のアルバム「スカーレット」・「JAPAN」で
全曲のアレンジを担当され・・・
KBS京都・交通安全キャンペーン「かたつむり大作戦」の
キャンペーンソング「やさしさの贈りもの」
1988年7月8日から9月18日まで 岐阜県岐阜市長良福光で開催された
「ぎふ中部未来博」「スカイマックス未来館」の
環境音楽でも・・・お仕事を共に行われています。
音楽評論家・田家秀樹さんがDJを務め、
日本の音楽の礎となったアーティストを
毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から
深く掘り下げた話を引き出していくFM COCOLOのラジオ番組
『J-POP LEGEND FORUM』(毎週月曜日21時~)
先月1月の特集は・・・「瀬尾一三2020」という事で・・・
瀬尾一三さんが、ピックアップされました。
この番組内でのやり取りが・・・こんな感じ
田家秀樹(以下、田家):こんばんは。
FM COCOLO『J-POP LEGEND FORUM』案内人の田家秀樹です。(中略)
今月2020年1月の特集は「瀬尾一三2020」。(中略)
実は去年の1月も瀬尾さん特集でございました。
ということはですね、新春恒例のじじい放談(笑)。
瀬尾一三(以下、瀬尾):本当ですよね。
こんな70歳越した2人でこうして話しててもいいんですかね(笑)。
田家:恒例、高年齢ですよね(笑)。
でもそういう年齢にもかかわらず、こうやって毎年1カ月の
特集が組めるのはちゃんと作品があるからですよね。
瀬尾:そう言っていただけるのはありがたいですね。
田家:作詞が松本隆で、作曲が財津和夫。
これは6枚目のシングル「白いパラソル」のB面曲で、A・B面ともに
このコンビで書かれた曲であり、松本さんが初めて書いたシングル曲
だった。で、東映映画『野菊の墓』の主題歌だったと。
これはどういう経緯だったんですか?
瀬尾:これは財津さんの方からアレンジして欲しいと頼まれて。
その時に甲斐祥弘さんに「赤い靴のバレリーナ」だったかな、
それも頼まれて。だから、あともう一つ、杉真理さんからも
『ピーチ・シャーベット』の3曲も頼まれてて。その時に録りました。
田家:瀬尾さんにとって、聖子さんはどういう風に
映ってらっしゃったんですか?
瀬尾:
ごめんなさいね、この頃のアイドルさんはね、
スタジオに来ないんです。全部仮歌なんです。
仮歌の女性がラララって歌いにくるだけだったので、
申し訳ないんですけど松田聖子さんと仕事してるっていう
認識がなかったんです。M1、M2みたいな感じで来るんですよ。
田家:あー、誰が歌うか分からない感じになってたんですね。
去年の特集の時にですね、瀬尾さんはアイドルに対してどういう
スタンスだったんですか? って伺った際に
「シンガー・ソングライターだけやると決めた」と仰ってたんです。
でも、なんでアイドルやらないのかって言えば、
今仰ったようなことですよね。
瀬尾:
そうですね、結局ご本人がオケ録りにいらっしゃらないので。
僕にとってアイドルっていうのは顔のない誰かっていう感じなので、
やってるうちに「この曲はどの人のために頑張るんだろう」って
いうのが分からなくなってくる。
やっぱりシンガー・ソングライターの方が直接話もできるし、
意見も聞けるしっていうことで、アイドルから遠のいていくって
いうことがありましたね。
田家:それはレコードが店頭に並んだり、テレビで歌ってる時のクレジットを
見て「あ、これになったんだ」と気づくみたいな?
瀬尾:それもありますし、飲み屋で飲んでたら
「あれ、どっかで聴いたことあるな。え、もしかして俺?」
ということもありました。でも歌ってるのはこの人じゃなかった、
仮歌の子だったようなって。松田聖子さんが悪いんじゃなくて、
当時の音楽業界がそうだったってことなんですけどね。
田家:なるほど(笑)。7曲目、松田聖子さんで
「花一色 ~野菊のささやき~」でした。
田家:続いて9曲目、吉沢秋絵 with おニャン子クラブで「なぜ? の嵐 」。
吉沢秋絵 with おニャン子クラブ「なぜ? の嵐 」
田家:いやーこの曲の流れが面白いですね。
瀬尾:そうですね。人間って本当に勝手だと思いますよ、
そんなのは嫌だとか言いながらこういうのも時々
やってみたくなるっていう人間の性(笑)。
田家:いろいろな曲を手掛けましたという例としては、
これほど分かりやすい曲はないですね(笑)。
『スケバン刑事Ⅱ-少女鉄仮面伝説-』の主題歌で、作詞が秋元康さん、
作曲が山梨鐐平さん。藤岡孝章(元・まりちゃんズ)、
板垣秀雄(元・ウィークエンド)と組んだ男性グループ「Do!」
山梨鐐平さんです。長渕さんの曲を書いたことありますもんね。
そういうので選んだのかと思いました。
瀬尾:僕は選んでないからね(笑)。でも、それにしてもの並びは
面白いですよね。
田家:そうですよね(笑)。河合奈保子さんとか中森明菜さんとか、
富田靖子さん、工藤静香さんなども手掛けていたと。
瀬尾:さっきまでの話はなんだったんだってことですよね(笑)。
田家:
さっきの話でいくと、この人たちはレコーディングに
来てないってことですよね。
瀬尾:
河合奈保子さんは来たかな、他は来てないですね(笑)。
田家:言っちゃった(笑)。9曲目は吉沢秋絵 with おニャン子クラブで
「なぜ? の嵐 」でした。
この・・・田家さん瀬尾さんと対談の中で
瀬尾さんが語っていたのが、
アイドルの人は、会わないから深く関われないと・・・しながらも
河合奈保子さんは来たという点・・・
というのも・・・
過去の・・・瀬尾さん自身のラジオ番組のおいて
こちらから聴くことが出来ます↓
SEO'17 vol.25 河合奈保子「ハーフムーン・セレナーデ」 - Part 3
「面識ない」と発言されていたから・・・
瀬尾さんの話し方がぶっきらぼうな点もあり・・・
この番組後に、憤慨された、奈保子さんファンもいらしたようですが
この時期は・・・瀬尾さん自身お仕事に迷っていたという事ですし
現在も、多忙にお仕事をされている瀬尾さんだけに
記憶の行き違いは容易に想像できる事です。
今回の放送で、奈保子さんとスタジオでお会いした
記憶を思い出してくれた事で、少しモヤモヤした点も・・・
解消したのでは、ないでしょうか?
個人的には・・・瀬尾さん云々というよりも・・・
番組を担当されている、井川啓央氏なる人物が
テレビディレクターという肩書にしては・・・
取り上げるアーティストに対して、何の事前学習も
行わず、番組に臨み、しかも軽薄な語りで
同調する事の出来ない番組内容に
甚だ呆れてしまいました。。。。
多くの、奈保子さんファンが・・・
河合奈保子さんの音楽性での適切な再評価を、望んでいて
動画サイト等で触れた、若いファン層も広がってきています。
素人でもあるまいに、芸能関係に携わる方であれば・・・
もう少し・・・お勉強されて、番組に臨んで頂きたいと思いますし
下準備があれば、番組内で、相手の記憶を思い起こさせる様な
適切なコメントも話せるわけで・・・
30年以上前の記憶で話している方に対して
同調のみで、取り上げた内容に関して稚拙で薄い
番組構成になることも無かったと感じます・・・
そして・・・ご自身も、アイドルから稀にアーティストへ成長を遂げた
河合奈保子という存在を知る切っ掛けともなったと思うのですが・・・
と・・・いう事で・・・
本日は・・・建国記念の日
かつては・・・「紀元節」という祝日でしたが
1966(昭和41)年に、政令で定めるものとして
国民の祝日に追加されました。
今宵の奈保子さん動画は・・・
日本人の感性、日本人の心の機微、情感を表現した
アルバム「JAPAN as waterscapes」より
「水の四季」
「夏の左岸,冬の右岸 」
「十六夜物語」を・・・
#河合奈保子復帰願う豪州へ届け