
板谷峠の直流電化はGHQの中止命令が解除され
麹が再開しましたが付近に大きな道路がなく
豪雪地帯でもあることから・・・
電化工事は困難を極めましが着工から3年経った
1949(昭和24)年に完成し蒸気機関車に変わり
直流1,500Vの電源を使用したEF15形が新たに投入されました。
EF15形は第二次世界大戦終結直後の輸送需要に対応するために設計された
貨物列車牽引用の直流電気機関車で1947(昭和22)年から1958(昭和33)年の期間
日立製作所・川崎車輛/川崎重工業・三菱電機/三菱重工業(中日本重工業・新三菱
重工業)・東京芝浦電気・汽車製造/東洋電機製造・日本車輌製造/富士電機において
202両が製造されました。
旅客用のEF58形とは双子とも言われ台車や電気機器など主要部品が共通化され
共に事実上の標準型として大量に製造されています。
製造開始からすぐに直流電化の主要線区(東海道/山陽/東北本線・高崎線・上越線等)
全国各地に投入され戦後から高度経済成長期の貨物列車牽引用ベストセラーとして
長い期間使用されました。
1949年(昭和24)年直流電化された板谷峠には・・・
上越線や東海道本線のEF15形のうち12両が福島第二機関区に転入し
運用が開始されます。
また・・・蒸気機関車で運転されていた際には・・・
駅に停車しない列車であってもスイッチバックをしていく必要がある駅が
4駅ありましたが電化と共に駅をスルーして走れる
通過列車用の線路を設ける工事が並行して行われた事により
通過列車の運行がある程度スムーズになりました。
奥羽本線に配置された第1次形EF15の1~8、20~23号機は
福島~米沢間の直流電化に際し板谷峠の33.3パーミルの勾配と
豪雪に対応するため主に以下の改造が施されました。
◆前面扉と前照灯につらら切りを取り付け
◆前面扉の窓を固定化及び運転室内への通風口を設置
◆運転室暖房を4個に増強
◆警笛の増設・移設
◆砂箱の増設
◆砂撒き管にヒーター取り付けに伴う電動発電機の増設
しかし・・・平均33パーミルが連続する板谷峠では
下り勾配で踏面ブレーキ多用により機関車の車輪・客貨車のタイヤが摩擦熱で
膨張し緩んでしまうトラブルが頻発し車輪冷却のため臨時停車をしたり
緊急処置としてデッキ部分に水の入ったドラム缶を積み機関車のタイヤを冷やす
方法が採られましたがデッキ上からでは落差が少なく水を撒くパイプが詰まりやす
事から、屋根上に水タンクを設置して散水する対応が取られたが・・・
抜本的解決にはなりませんでした😢
この為・・・1~8、20~23号機は1951(昭和26)~1952(昭和27)年にかけて
本格的な勾配対策で電力回生ブレーキを取り付けEF16に改造が施され
上越線を中心に使用されていた16~19、24~33号機も29、30号機を除いて
1955(昭和30)~1958(昭和33)年にかけ勾配用としてEF16に改造・・・
この後・・・1967(昭和42)~1968(昭和43)年にかけ奥羽線の1~8、20、21は
元のEF15に復元されるとういう複雑な流れを歩むことになります。
なお・・・
奥羽線用の1次形車両に施された増設された砂箱は・・・
EF15に復元後もそのままとされました。
大量に製造されたEF15ですが保存機は全て1952年以降に製造された改良型で
前期型の車輛は1両も保存されていませんが最初期型の形態を残す
EF16 28号機(EF15 31号機)が上越線水上駅近くにある
道の駅みなかみ水紀行館に静態保存されその雄姿を見ることが出来ます。
道の駅みなかみ水紀行館|谷川岳と水上温泉の玄関口にある道の駅公式サイト
EF15のNゲージはKATO(関水金属) TOMIX(トミックス)
そして・・・当方が所有するマイクロエースから発売されております。
マイクロエース 国鉄EF15-8 五つ窓
■品番:A2401
■発売日:2001年
このモデルはEF15の初期車で板谷峠にも投入された車両で
EF15の側面にある窓が通常は7つですが、8号機は5つ窓という特徴があります。
同時期にEF16も発売となっているので金型の共通化を図ったと考えられます。
前後デッキとブドウ色の車体が旧型電気機関車の特徴を
上手く捉えて絵になりますね♪
折角なのでこんな編成で遊んでみました(^^♪
KATO(関水金属)スハニ35
品番:510-1
発売:1978(昭和53)年
スハニ35は特別急行列車専用の3等荷物合造急車で1951(昭和26)年に
帝国車輛工業にて12輛製造され仙台には3輛配置され常磐線の急行列車等に
使用されました。
仙台に配置された3輛は一度も特別急行列車に使用される事もなく
荷物車に改造されています。
KATO(関水金属)スハフ42
品番:519-1
発売:1979(昭和54)年
スハフ42はスハ43形の緩急車版として製造された基本番台で車掌室は
従来車と異り乗降デッキの外側にあり妻面には監視窓が付いています
後に19両がスハフ42形500番台車に改造されました。
KATO(関水金属)スハ43
品番:518-1
発売:1979(昭和54)年
スハ43は1951(昭和26)~1955年(昭和30)年にかけて合計698両が製造された
戦後客車のベストセラーともいえる車両です。
TOMIX(トミックス)オハ35形
品番:2501
発売:1976(昭和51)年
オハ35形は日本国有鉄道の前身である鉄道省が製造した
車体長20 m級鋼製客車の形式群で数多くの形式が存在
1929(昭和4)年に製造が開始され戦後すぐ1946(昭和21)年から
製造が再開されています。
という事で・・・今回はこの辺で・・・