関ヶ原の戦いの前哨戦 伏見城の戦いが始まった日
大規模な合戦が始まると判断した京都駐留の徳川軍が伏見城に立て籠もった為
関ヶ原より半月ほど京都で早く戦いが始まります 徳川軍が1800人ほど 対する
西軍は約40000人
そしてこの伏見城 豊臣秀吉が晩年
「ゴールドエディションで行け!城なんてな目だってナンボ!p(-皿- )」
大坂城と違い軍事拠点ではなくてどっかのSUVみたいなお目立ち勝負の政権アピール城
最初何もかも金ピカにして建てられたのですが大地震で倒壊 その後予算不足で金にできず
そこそこの見た目の城になったもの そこに4万が押しかけます
が
「なんだあ!?全ッ然落ちねーじゃねーか!?(-皿-;)」
原因は西軍のやる気のなさと言われています 特に鹿児島から来た島津勢などは
「徳川につこうと思ったけどもう始まっちゃってて城の門があかねえのよ(-"-;)」
せっかく来たから西軍につこうとかそんな調子 他もこれから本番なのに序の口で
損害なんか出してもつまらないから出たくないと揉めてしまいます 早くて一日、かかっても
三日とか見積もっていたのが延々半月 最後は城内に居た徳川に雇われていた忍者隊が
裏切った為になんとか西軍の勝利 このタイムラグが後に予定外の関が原で戦う羽目に
なる原因となっていきます
これが予定通りならば西軍は岐阜城に入城して名古屋に侵攻 もっと全然違う結末になって
いったと見られていますね
さて オートザムスクラムバン
内装 および原動機 ハンドルにオートザムの御紋が入りますね
なんとグリーンペンガラスが装着可能 でもFMラジオはつかないとか豪華なのか
良く分からない装備展開 この辺り浜松がどうなっているのか見比べたいところですね
原動機は一種類 660のキャブ ワゴンに過給があったような気が
四駆がパートタイムなのも良いですね♪
そして早くもグレード一覧 こんなにあったって知って・・・・・そうな人ばっかり みんカラ(-¥-;)
トップグレードはバスターリミテッドと言う勇ましい名前がついていますね
オートマが選べたりパワステがついたりとする他ハイルーフになったりと商用軽と思えば
豪華なものです もっと言うと全三色でそのうち二色が専用色 貨客的な配慮なのかも知れ
ません 何にしてもオートザムの御紋が懐かしい限り(T T )
その下も更に五グレードの充実ぶり 何故かPAと言うグレードだけ丸目 たぶん
と言うかこう言う事されるとGAが果たして丸目なのか角目なのか気になりますね
この丸目の方がかつてのポーターキャブの面影があっていいと思うんですけど
角目が主力なんですね
そして右下が謎のグレード スタンドオフリミテッド
何が謎って説明がカタログの何処を見ても全然ないんです 或はワゴンをバンにする
脱法グレードなのかも知れません
こうして出陣したオートザムスクラムバンですが
ワゴンは苦戦したようですね 理由はAZ-ワゴン もうこの辺りは浜松と同じ事でしょう
後に御存知の様に五家の敗退を受けてマツダスクラムに改名 現在に至っています
AZバンとか名乗っていれば或は違ったのでしょうけれど・・・・
マイナーと言われ続けていますが 実際知る限りはマイナー車です
と 言うのもこれオートザムの専売だった事 オートザムは元々地侍に任せたような
色合いが強く そうなると軽 それも商用はもう浜松やダイハツとのお付き合いもあって
なかなか乗り換えまではしてくれない 良く分かりませんが上州あたりは農協と組んでいるとか
いないとか 更にその後オートザムは激減しますがだからと言ってわざわざアンフィニに持って
きたりしないと 田畑とパチンコ屋の往復なんて言うのではなかなかその辺り(^ ^;)
一方 市内の花屋さんなんかには売り込んでいたようです ボンゴの代替やセカンドカー
でしょう これも西国だとまた事情は全然違ったのでしょうね 法人なんかは待望の軽商用
でも何にしてもボンゴ同様 宗家やアンフィニでも本腰入れてやるべきだったかもと思います
でもそれをするには今度は浜松との配分の話があったのかも知れません
「我らは宗家やアンフィニのようには参らぬだろう だが決して卑屈になってはならぬ!」
地侍や土豪を中心に地域密着の戦略をとったオートザム
その中での目一杯の背伸びと同時に目一杯目線を下げたクレフ
スクラムの隣で
クレフ欲しくなってきた ニワカとか言われるなきっと
ユーノスばかりで視野が狭かった まだまだ奥はある 道は遠い 遠すぎる(o¥o;)