ランチア デルタ HFインテグラーレ エヴォリツオーネジアッラ(@ @*)!!
長い名前のデルタの超限定車 ジアッラって黄色って意味らしく黄色が目玉だったと思います
デルタ自体は延々十五年くらい生産されていて最初はこんな武断のクルマではなかったと思います
ただ当初の1・5とかの穏健モデルは日の本にでは知名度が低く ガレーヂ伊太利屋のお店が
あるような都会で細々やっていた程度 有名になるのはやはりラリーで武名を馳せてからに
なるようです
なればなったでランチアにちょっかいを出したのがマツダ 平成二年くらいから多チャンネル戦役に
突入 戦略として遥かローマのランチアと同盟を結んでオートザム一門に援軍として迎え戦列参加
「おお ローマ殿! ボンジョルノでござる!p(^皿^ )」
当時マツダで買えた最高価格車はこのデルタかコスモだったと思います
台数どうこうよりもローマ帝国の名門を迎えオートザム ひいてはマツダの家格向上を狙ったもの
500万超の輸入車を扱い始めこれでBMWは元よりついにあのヤナセとすら開戦と言う事に
・・・・これが苦戦惨憺 ヤナセやBMWなんかに刃を向けた事自体がもう間違いの始まり
向こうは刃を向けられた事に気づいてさえいないでしょう もう全然(T T )
「ローマ殿!話が違うぞ!!( -曲-) (@皿@ )うるせえ!こんなボロ店に女が連れこめるか!」
いかに急場とは言え高価なクルマ並べれば良いと言うものでは無いと言う事を骨に刻んで知る事に。
ともに参陣したアウトビアンキやシトロエンも軒並み大苦戦
「これは奇ッ怪な ローマとフランス物は女子どもが大好きな筈なのに・・・・(-皿-;)」
日の本の南蛮市場は新車に関してはドイツ騎士団のものです 当時も 今も これからも
この鋼鉄の掟を軽視したマツダは大火傷を負う事に 五年くらいで事実上総撤退 大敗です
家格向上どころか マツダのくせに と言う評価を貰っただけ ヤナセやBMWのお客さんは
マツダが輸入車扱っていた事すら気付いていないでしょう 殿上人ってなそんなものです(T T )
その後ランチアは日の本での正規販売を断念
残存はマツダ物を含めてガレーヂ伊太利屋契約店で扱う事にはなりましたが
既に十五年以上 デルタに限らず 維持は厳しい状態になりつつあると思います
もうデルタ以外は見なくなりましたね 特に貴重な限定車 どうか末永く(^人^)
Posted at 2012/02/11 20:52:39 | |
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