黒田大尉の意向に詰まった「ヒホンコー」部隊の編成でふるい落とされた落ち零れ組残存兵士を集めて編成された「ロン」部隊がブル河岸を出発し、のろのろと森に向かって草原の中を進軍していた。
村民兵に担がれる輿の上でマクレン大佐とサンタス軍曹は丸太小屋「モロ酒店」の2次会として、未だにふざけ合って騒いでいる。
その為に、そこから出される「ロン部隊」への指示はまちまちで、どれが本当の命令なのか、もしくは唯のおふざけなのか判断しかねた部隊はあっちへ行ったりこっちへ行ったりとのたうつ蛇の様に蛇行しながらに進軍していた。
これを行為を良い方向にとらえれば、敵に行動を予想されないように慎重に考えたうえでの作戦行動ともとれた。
昔々、大海原を進む艦隊が偵察機の目を晦ませる為に蛇行して進んだことと同じである。
まだ、レーダーが艦艇に取り付けられていない時代である。
この第3次全村大戦においてもレーダーの存在は無く、「マルケットベルト作戦」に参加する「毬高雅(いがこうが)忍び隊」のように忍びが彼らのレーダーであり目であった。
あくまでもこの蛇行進軍を良い方向に無理をしてとらえた場合である。
そんな「ロン」部隊の斥候が草陰の物体αを発見した。
斥候は物体αに気取られない様に慎重に音が立たないように草1本1本を慎重に掻き分けて覗き込んだ。
斥候はそこまでして物音を立てない様に神経を使う必要はなかった。
物体αは気を失って大の字で仰向けに倒れている村民兵なのである。
多少のけりを入れても気が付かないと思われる状況であった。
村民兵の衣服は半ば無理やりに引き剥がされているが、第1飛行隊のバーナモン・ゴメリー中尉を上官とする新米村民兵であった。
ナイナイメー辺地の激戦をかろうじて逃れてここまで退却して来たが、味方であるはずの黒田大尉によって、誰何されることもなく空中高く放り上げられた挙句の果てに路傍のゴミの様に藪の中に捨てられた村民兵である。
「ロン」部隊の斥候は味方の村民兵と気がついて介抱を始める。
斥候は気を失っている村民兵の頬をビシバシと叩いて意識を取り戻そうとした。
気付けのアンモニア水を持参していたが、これから先が長いのだから「もったいない」という事で使用しなかった。
それよりも、こうして頬を叩く事の快感を楽しんだ。
介抱ついでに、新規介抱術と称して頭をゴチゴツと木槌で叩いたりする。
この手の新規介抱術はいくらでもあった。
どこから見ても、いかにも味方を熱心に介抱している図を模倣している斥候であった。
不要に余計に殴られた事にも気がつかないまま意識を取り戻した村民兵は開口一番に味方である黒田大尉に助力を求めたが、何も言わずに即効で投げ飛ばされたと自分の不憫さを泣いて訴え始めた。
黒田大尉に限って、そのような暴挙はしないと、気が付いた村民兵の頭をガスガスと殴り付け、強いライト光をを顔に当てて、自身の不備を白状するようにさらに尋問した。
黒田大尉の名誉を思っての行動ではなく、虐める行為が面白いからであった。
間合いを計ったストレートパンチが斥候の横から飛んで来る。
パンチの持ち主は不明だったが、傷病兵は再び混沌の世界に落ちてしまい、その辺りに放棄された。
斥候達は既に第1飛行隊が襲われている情報を充分に聞き出している。
その後も黒田大尉に投げ捨てられて置き去りにされた新米を含め村民兵達が点々と森まで続いていた。
斥候無頼が続くが、報告に遅れが無いような適応な所でマクレン大佐に報告した。
おかげで、マクレン大佐に「ヒホンコー」部隊の進軍の方向がおのずと知れ、さらに、その兵士達の証言から第1拠点の状況も次第に判明していった。
ここにマクレン大佐の情報収集の緻密さと黒田大尉の情報収集の粗雑差が現れたのである。
斥候の素行は無視してだが。
マクレン大佐は、斥候の報告に対しねぎらうが、その黒田大尉に薙ぎ棄てられた村民兵を必ず「ロン」部隊に編入するよう指示した。
ここまで逃げ延びてきたのであるから、相当に幸運か隠れた才能を持っている村民兵であると判断したのだ。
そうでなくとも不足した兵隊の員数の補填にもなった。
マクレン大佐は村民兵を拾い上げつつ部隊を少しづつ強化していくつもりである。
このマクレン大佐の思惑からの命令のおかげで斥候の楽しみが奪われ、前方に行く振りをしながらも慌てて救急箱を持って拾いに戻る斥候が現れた。
第1拠点の情報の信憑性がある程度上がった所で、マクレン大佐はこの情報を元にこれからの策を練るのであった。
そして、「黒田仕置帖」も厚くなる。
そこへ筆を舐めながら書き込む時のマクレン大佐の口元は言葉で言い表せない程の微笑みをみせていた。
側からすれば異常な程に「不気味」であり、サンタス軍曹は自身の帖書がないかと輿の中を探った。
ここで、筆を置いたマクレン大佐が同じ輿の中のサンタス軍曹に問う。
「如何に?」
単刀直入な以心伝心の問いである。
その一言に含まれるた問う内容は、もちろん北進か南進かである。
第1拠点を諦めるかどうかは聞くまでもなかった。
この事に関してはどちらも同じ考えで「見捨てる」である。
第1拠点で闘って少量の物資を得るか、闘わずに少し我慢してから第2拠点で豊富な物資を得るかである。
黒田大尉の「ヒホンコー部隊」が苦戦する敵である。
その落ち零れ部隊が参戦したとしても勝ち目があるかは甚だ怪しい。
策を練れば勝てるとマクレン大佐は思うのだが時間がもったいないのである。
得られるものも少ないし、黒田大尉を救うのも躊躇う。
「マルケットベルト作戦」はスピードの勝負だ。
ならば、第1拠点ともども黒田大尉を見捨て先に進むとを考えた方が良いのである。
そして、マクレン大佐に黒田大尉を見捨てるという良心の呵責は全くない。
第1拠点の北側を迂回して進軍する事は、さらに北の未開の深奥に向かって進軍する事になるので、この先にどのような危険があるか全くわからない。
反対の南側を進軍する事はD村に近づく事になり、アフェト・ラ将軍様にマルケットベルト作戦を気が付かれるかもしれなかった。
気が付かれてしまえばD村への奇襲作戦である「マルケットベルト作戦」は意味を成さなくなる。
ここまでの苦労が水泡に帰するのである。
無言のままマクレン大佐とサンタス軍曹は同時に指で南を差した。
そして、同時に輿から飛び降りるのであった。
地に降りたサンタス軍曹はすぐさまコンバットチーム、今は「ロン部隊」の各分隊長の任を負っている重機担当のW・カビ、狙撃担当ポッケーリ、何でも屋のビッグジョン、従軍医師ドクを呼び寄せると手早く指示を与える。
副官のヘンロイの後任はまだ赴任していない。
そして、不幸の担い手であるコンバットチームの新兵、武寅、マクダネン、ちょおーに服部貞子をマクレン大佐の前に連れて来るように命じた。
「毬高雅(いがこうが)忍び隊」隊員の服部貞子はコンバットチームの新兵だったシモン、九楽、コッチェの犠牲によって捕縛されていた。
そして、コンバットチームの新兵、武寅、ホーイ、サルガソに連行されていたのだが、この連行中にホーイとサルガソは精神的疾患を理由に後方へ送られてしまう。
服部貞子が耳元に息を吹きかけたり、濡れた手で首筋を撫で上げる事に武寅だけはまだ必死に耐えていた。
勲章を持って「故郷へ錦を飾る」ことが出来るまではと我慢しているのだった。
サンタス軍曹の指示によりコンバットチームの面々は、しぶしぶ任に着く新兵を除いては素早く散開して、各担当部隊の村民兵に指示を与える。
村民兵達に無用な荷物をその場に捨てさせ、動きやすい様に背嚢一つに荷物をまとめさせるのである。
村民兵達は泣く泣く大事に運んで来た土鍋・薪・一発芸グッズ・火ばさみ・包丁・徳利・炭・杓文字・焼網・おたま・トング・バーベキューコンロ・チェアー・火おこし器・お猪口・トランプ・麻雀台・かまどなどをその場に次々と捨てる。
その量は数多なり。
どこに、戦闘道具を持っているのか定かならずであった。
数日分の食料に水と武器を背嚢一つに詰め込んで背負い準備が終わった時、獲物を持たない手ぶらな村民兵が散見された。
サンタス軍曹はその事を気にしなかった。
第2拠点で武器の補給も十分できると信じているんだ。
その途中で敵に合っても、素手で戦えばよいとしか考えていなかった。
むしろ、早く動けるように身軽であれば良いのである。
マクレン大佐とサンタス軍曹の思惑は村民兵を身軽にさせ、これから先の進軍路を早駆けとするつもりなのだ。
もともと「ロン」部隊とは黒田大尉が総ざらいしてラスボス/ボス/中ボス/徘徊モンスターを抜き取った、残りのザコキャラの中の雑魚キャラマイナスつまり「ヒホンコー部隊」の正真正銘の落ち零れ部隊なのであるから大所帯ではない。
従って、小部隊によるこの速い駆け足進軍はD村境界に近くを通過しても気取られるリスクが極めて少ない。
さらに、たとえ見つかっても雑魚キャラマイナスの集団である。
つまり、北方蛮族の集団と思われても過言ではないのだ。
さらに、第2拠点まで素早く駆け抜ける事が出来れば、今ここで捨てた武器や物資はもちろん、兵士も第2拠点で難なく回収できるのである。
それも選り取り見取りの補充である。
もし仮にもD村に気取られてしまえば、すぐさまその場で一転し決死の覚悟でD村に突入、白兵戦を持ってしてアフェト・ラ将軍を誘拐、少なくとも相討ちとなって道連れに戦死するかである。
これはマクレン大佐の名誉ある死を前提とした考えで、サンタス軍曹はアフェト・ラ将軍を捕獲し、これを人質に我武者羅に生き抜く事を考えていたのであった。
この辺りに両雄の差があった。
暫くすると、マクレン大佐の元ににじり寄って来る一団があった。
コンバットチームの新兵である武寅の背中にスリスリと摺り寄り、マクダネンの首筋に冷たい息をそっと吹きつけながらもちょおーに怪しげな流し目を送る服部貞子がマクレン大佐のもとに連れて来られた。
サンタス軍曹に摺り寄ろうとする服部貞子と、思うようにさせぬとばかりに抜身を放つサンタス軍曹が、その抜き身に真剣白刃取りで立ち向かう服部貞子との一進一退の身動きできぬ状態に落ちいってしまった。
マクレン大佐はそのような私闘には無頓着に服部貞子へ「毬高雅忍び隊」から脱隊し、我が意に添う独自の忍び隊を組織するように命じる。
そして、「ロン」部隊の斥候よりもさらに先の奥地へ進み様子を探るように命じた。
服部貞子はマクレン大佐の命令に我が耳を疑い、白刃取りの手が緩み、サンタス軍曹の抜身の張扇を力強く額に食い込ませ、その勢いで草の中に倒れる。
サンタス軍曹は安堵の溜息をつく。
あのままの体勢で服部貞子と睨めっこを続けていたら、負けていただろう。
それも再起不能という負け方だったに違いないと思っていたのである。
だが、草葉の陰から、額に青黒い瘤を付けた服部貞子がゆらりと起き上がり、サンタス軍曹は悲鳴を上げて、背後にのけぞって倒れてしまった。
再起不能寸前である。
それを見た武寅・マクダネン・ちょおーがそのサンタス軍曹に駆け寄るなり、両手両足を持って担ぎ上げるなり脱兎のごとくその場を逃げ去っていった。
どの顔も服部貞子と渡り合ったサンタス軍曹に深く感心した顔であった。
マクレン大佐の発した命令に服部貞子が驚くのは無理もなかった。
新しく忍者部隊を編成するという事は猿飛伽椰子が率いる「毬高雅忍び隊」から離別すると同時に、同じ地位に就き、同じ権限が与えられたという事になるのである。
猿飛伽椰子と対等な立場であり、これが重要であった。
後残すは猿飛伽椰子を蹴落とす事だけである。
ブル河岸での仕打ちが走馬灯の如く服部貞子の頭の中を回っている。
新たな忍び隊を作る事で猿飛伽椰子の任務の邪魔をし、隊長の座から猿飛伽椰子を追い落として二度と復帰できないようにするのだと決心した。
同時に猿飛伽椰子におべっかを使いお追従して我を笑い者にした「毬高雅忍び隊」自体も潰してしまおうと考えていた。
服部貞子は既に猿飛伽椰子の頚をとった気持ちでいた。
サンタス軍曹の強烈な額への一撃も、その額にできた青黒い瘤にも気にならないで、口元から嫌らしい笑いが消えないでいる。
有頂天になっている服部貞子は、日ごろから猿飛伽椰子に不平不満を持っている忍びを集めて、早速「井戸端皿番長隊」を結成する。
「不満のある奴この指止まれ」で瞬く間に集まった。
そして、猿飛伽椰子に復讐する為に「井戸端皿番長隊」の忍びへ任務を与え、次々と周囲に散らしていった。
猿飛伽椰子の不満は共有する所が有れど、額の瘤で目が細くなった不気味な顔でニヤつく服部貞子から少しでも遠くに離れられるという追い風が忍び達の周囲に散る速さを増していた。
それを見て、マクレン大佐は第2拠点方面、つまり西側だけへ飛ぶべきではないかと思いつつも、使命に燃え上がっているここで水を差すよりは服部貞子の好きにさせる事にした。
しかし、その服部貞子の行動が「ロン」部隊後方からマクレン大佐に思わぬ情報を届けたのである。
手練れのマクレン大佐と現場に強いサンタス軍曹が率いる「ロン」部隊は「井戸端皿番長隊」の支援を受けながらD村に気取られずに物陰に隠れながら速歩で進軍を開始した。
目標は第2拠点アラモフヶ丘である。
孤立無援のアラモフヶ丘で第2飛行隊隊長ランカスター中尉が首を長くして待っているに違いないとマクレン大佐は思い、「遠すぎたBrid・・・丘」とならないように心を閉め直し、サンタス軍曹と共に銘酒「泡立ち盛り」を樽から升で煽った。
樽を抱え走るのは当然、新兵の武寅・マクダネン・ちょおーである。
-- 灰色猫の大劇場 その24 ----------------
灰色猫が玉座に座っている。
ナマケモノが柱の影から玉座を狙っている。
玉座を前に陸亀が居た。
陸亀は「邪悪の化身灰色猫を退治せよ」という天命の書状を突きつけていた。
「覚悟しなはれ!」陸亀は大声を発し、書状を懐にしまい、懐の猫じゃらしを取り出そうとする。
ナマケモノが「天下万民の為、助太刀いたす。」とはしらを下り始める。
陸亀は書状を丸めている。
ナマケモノは次の一歩を出そうと、体を前後に揺すっている。
灰色猫は目いっぱい体を伸ばしてあくびをした。
陸亀はまだ書状を丸めている。
ナマケモノは一歩を出した後、体を前後の重心をずらそうとして体を揺すっている。
灰色猫は毛繕いを始めた。抜け毛が多く、心配した。
陸亀はまだ書状を丸めている。長い書状であった。
ナマケモノは二歩目を出そうと、体を前後に揺すっている。
後ろ足で立った灰色猫は手拭いを頬被りして後ろ足で立つと前脚を頭の上にあげてひらひらとリズムをとって振り、後脚でスキップしながら踊り始めた。
陸亀は丸めた書状を懐に押し込んでいた。何かに突っ掛かって入らない。
ナマケモノは踏み出した二歩目に重心を移そうと体を前後に揺すっている。
「猫じゃ猫じゃとおっしゃいますなぁ 猫は下駄こはいて杖ついで しぼり浴衣こで来るものが。
はぁおんにゃがにゃーのにゃ」と灰色猫は謡いながら踊る。
陸亀は丸めた書状を懐に押し込んだ。
ナマケモノは三歩目を出そうと、体を前後に揺すっている。
灰色猫は踊りつかれた体をほぐす。
陸亀は必殺のねこまんまを取り出そうと懐を弄っている。
ナマケモノは踏み出した三歩目に重心を移そうと体を前後に揺すっている。
灰色猫はおもむろに劇場裏の小道具部屋に入って行く。
陸亀は必殺のねこまんまが懐で何かに引っ掛かり苦悶の顔を見せている。
ナマケモノは四歩目を出そうと、体を前後に揺すったら、尻が床面に当たり、思わず飛び上がるように尻を引っ込める。
灰色猫が道具を漁っている音が小道具部屋からする。
陸亀は必殺のねこまんま「ち〇ーる」を取り出す。
ナマケモノは尻に当たった物がなんであるかと確認するために首をひねろうとしている。
灰色猫が小道具部屋から「めくり」を担いで来て、舞台中央に立つ。
「ち〇ーる」に目を泳がせる灰色猫のこめかみには血筋が数本入っている。
めくりを一枚めくると「閉幕」と書かれていた。
灰色猫の手で幕が降ろされる。
灰色猫のキラキラ輝く目と不気味な笑いと共に、幕がこれから起こる全てを覆い隠した。
--続く
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Copywright 2021 Freedog(blugger-Name)