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ドライブへ行こうのブログ一覧

2021年10月19日 イイね!

「おれのクラウン」で激走1055km。

「おれのクラウン」で激走1055km。







明日葉。今日芽を摘んでも明日には生えるほど、生命力が旺盛だそうです。「ご自由にお持ちください」と、土まで下さるご近所の方、その心優しさと寛容さを私も前夜に一つ頂きましたが、翌朝には残り一つになっていました。




クラウンエステートの暫定駐車場が遠く、夜間料金数百円打ち止めで安価ゆえ前夜のうちに自宅近くのコインパーキングに停めていました。AM8時を少しでも過ぎるとまずは200円余計にかかってしまいます。寛容でない私は久振りに我が子より早く出ることとなり、今日は「88888」を踏むかなと思いつつ、最近の車ではできなくなった儀式「エンジンキーを捻る」を厳かに執り行い、ふと思えば私的な車両4台のうちランクル70、ハイラックスサーフ、このクラウンエステートと3台が捻る式とはこれいかにと思いつつ、






当時も、今振り返っても「幸せな時間」だったと思いますが、我が子が幼稚園時代の送迎、送り届けた後に、よくここの朝食を頂いたことも思い出しながら、この日は三浦半島あたりにドライブへ行って暇つぶし、いや物件を見に行く予定でいました。




まるでエリザベスと呼びたくなる貴婦人かのような佇まい「おれのクラウン」。仕事としての初稼働日となるはずでした。




そしてクラウンばかりに目が行きます。まるではじめて彼女ができたのに、すれ違う他の女性へ目が行ってしまうかのような心弾む連続です。




「おれのクラウン」のATシフトおよびゲート。バック時と、Rを経由するPへ戻す際は、左斜め上というよりも「ほぼ同時に左と上へ動かす」かのような仕様で、やる気だけでは突破できません。コツまたは慣れが必要ですが、まだひっかかり気味になってしまいます。早くスムーズに動かせるようになりたいです。と、将来の夢を考えながら、





何年ぶりか、朝の本格的渋滞に身を置きました。朝の貴重な時間ゆえか、どこか気ぜわしくスマホ、テレビを見る人、書類に目を通す人、こうしてカメラを撮る人、昔はジャンプやヤングマガジン、新聞を読んでいた人が多かった気がしますが、それぞれの時代ごとに渋滞時間が過ぎていきます。




「これもいいじゃないか」と前夜にカーセンサーで見たビスタアルデオに遭遇です。まずグーに載せる、反応を見てカーセンサーへも掲載する、という手順の中古車販売店が間々ある気がしますが、加えてコストがより一層限られる格安車はグーのみの掲載な販売者が若干あると見受ける中に、ビスタアルデオは、9/14現在カーセンサー5台、グーは7台が販売されており、車庫保管、禁煙車、3.6万キロでコミコミ72万円、特段に程度がよさそうなのは一台限りです。という状況が悩みを生み出します。






いつものように東名経由の新航路を通ってみたいというのを失念し、無邪気に第三京浜に乗れば、経済的米占領基地を見て、横田基地の上空、すなわち都市部の重要な上空一帯は事実上ほとんど米国のものであるかのごとく、私たちが生きていくのに必須となる、または豊かと便利を享受させてくれる多くの物資供給源たるEC、そしてAWS合わせネットワーク上も事実上米国に支配される一辺倒が匍匐前進しているような気がして、



「ねぇ電気送るのを光の速度で送れるようになったらすごくない?」と我が子が言っていたのを思い出しながら、鉄塔銀座を通り抜け、





込800万円の車であれば2年経っても600万程度で買い取ってもらえそうですが、込80万の車はよくて10万円のケースが常套的に、80万円を10台買えば800万円なところ合計の買取価格が80万円ということになってしまう可能性があり、800万円1台購入よりも「520万円の経済的滅失が発生」しそうで注意が必要です。今のところ2台オフロードで廃車級も含めて数台やらかしているとも言えます。とまた買ってしまった安物買いのなんとやらにならぬようセルシオを検討しながら反省をしつつ、しかし、この考え方は間違っているのではないか、すなわち台数を軸にして考えるべきであり、つまりは本質的には車両の相違を愉しむことを重視して考えると、800万円×10台は結局2,000万円のキャッシュアウトなのに対し、80万円×10台は700万円のキャッシュアウトで済む、と比較するべきである、気がしつつ、他方で中国不動産企業負債30兆円というスケールに比べれば一片の埃について真剣に考えている様相で南に舵を取り、快調に三浦半島へ向かう予定でした。





それがなぜか、あとで知ればお腹にいる子も含めれば三名となる、前日から何も食べていないという無一文の若いご夫婦にご飯を食べさせ、飲み物を準備してもらう等ロングドライブに向けて整えて、





遠州森町を通り抜け、道中何度か休憩しながら、窓は4枚少しずつ開けたまま、エアコンは外気導入にし続けて、




ここ数日の疲労が襲ってきたのだろう、深い眠りにつく二人が寄り添うだけでなく、飲み物まで寄り添って、さすがはアスリートG後部座席のリクライニングで寝心地の向上を引き出し、しかし妊婦にカフェインはよくなのではないか、加えてこの日出会う前を合わせ全行程「お腹のお子さん、パパのおかげで思い出深い旅をさせてもらって」とも思い、これらおじさん余計なお話しも伝えつつ、




都築PAから約500km「暇なおじさんに出会ってよかったですね」と言いながら、大阪南部にある自宅まで私が運転する「おれのクラウン」で送り届けました。




トランスポーター完了し、心配で心配で親心的に目先の生活費としてお小遣いまで差し上げてしまい、最新のテクノロジーが指し示す奈良抜けの道よりも、若干北周りの新名神を通ることとして、




コーヒーを買い、いざ我が家族がいる東京へ帰ろう「おれのクラウン」で、帰路のドライブに就くことにします。






三大工場地帯に加えて北九州工業地帯、これらの中で阪神工業地帯が実際の生産性とは別に存在感としてもっとも迫力があるような気がしつつ、これを作り上げた当時の人々と景色を圧巻に思い見ながら、




港の巷で存在感の中心地になってきたかのような黒船。そして黒船の中で働く人々たる船員が、いつの間にやら江戸や大坂の町人で占めるようになり、のような様相になってきていますが、それが各地に広がっているのを見て、





大迫力、見どころ過積載の景色が続いて、これらを勉強で来たのだ、と言い聞かせながらクラウンエステートのハンドルを握ります。



横浜都築PAにて、若いカップル女性のほうが「どこに行くんですか」と声をかけてきまして、「三浦半島のほうですよ」「そうですか、海老名はいかないですか」「いかないですよ」とやり取りし、



一旦は断る形となり、そのあとも女性のほうが躊躇しつつリードする形で、方々のドライバーへ一所懸命に声をかけて、その後落胆して30度ほどに気温が上がってきた中に疲労がにじみ出ながら二人でベンチに座っている姿を見て、我が子が荷台を広げるため倒しているシートを上げ車内を整えて、常備する抗菌もできるアルコールスプレーで除菌をして「どこまで行きたいのですか」と声をかけてみました。




「私たち実は大阪の者でして、まずは海老名あたりまで行きたいと思っています。そこまで行ければ大阪へ乗せてくれる人がいるかもしれません」と聞いて、最終目的地は大阪なのかと確認し「じゃあ、大阪いっちゃいますか。私はいいですよ」と投げかけてみました。




妻へも一応連絡すれば突発のイベントに笑いながら「日帰りはきついだろうから泊ってくれば?」と返して来て「いや今日中に帰る」というわけで、往復1,000km越えの日帰りドライブが確定です。





道中、今般のいきさつや、聞いていれば妊婦であること、まだ旦那殿は20代初頭、奥方は「おれのクラウン」の2個上となる10代であり、という若夫婦であること、お仕事の話しなども聞いて、なるほどそのような仕事に業界があるのかと勉強になったり、時期もあるのか夜の零時頃から40人以上には声をかけたと聞いて、






この車を買ってなければこの日都築PAに寄っていなかったであろう巡り合わせもインクルードし、なんて最高の車なんだクラウンエステートは、と考えながら、この日の昼食を暗くなった京都を過ぎたあたりで頂き、






我ながら暇なおじさんでよかったと思いつつ、たまにはこうして単なる人助けのためのドライブも悪くないどころか、暇なおじさんに充実した一日、ドラマを下さって、有難くアクセルを踏み続けました。帰路仕事の電話をしつつ、ときおりメールを確認返信を致しましたが、見逃してしまったメールもあったりしながら、





仲間や皆様が頑張っている中に申し訳ない気持ちもありつつ、たまにはこうした過ごし方につき、何か感性を得てまたみんなへ返すとして、意義が濃い、長距離日帰りドライブの一日だったと考えたいと思います。




この日、そして翌日も、物件ドライブはお休み確定です。しかし翌日は心地よい疲れでした。を、可能にしてくれるクラウンエステート。抜き去っていく日産ノート、トヨタ86を見れば「なんてデカい車なんだ」と感じ、ランクルとすれ違えば「なんだあの山みたいな車は」と思う、自動車の車格が大きく向上してきた時代の趨勢を思うところ「なんか薄っぺらい感じがするね」と「おれのクラウン」に乗った妻が表現していましたが、という繊細な面を「おれのクラウン」は持ちつつ、それはつまりUターンも気楽、細い道も楽勝とノンストレスでの取り回しのよさを意味し、




5ATがウルトラスムーズ、エンジンとの相性、セッティングも完璧、エンジンがこれまた気持ちよく、トルク・パワーともに出力特性は秀逸な芸術作品ではないかと思い、どのようにラフなアクセルワークをしようとも優しいジェントルな対応に、最近は3トン近いクロカン系ばかりでダブルウイッシュボーンという単語自体を久しぶりに聞いたほどであり、車両重量が1680 kgの視座と重心が低いモノコックボディに乗れる幸せを噛みしめ、静粛性高く、まるで滑るように走るクラウンエステートに惚れ惚れし、当時の開発陣へ敬意を思うドライブともなりました。







垂涎の的クラウンエステート。誰もが渇望する存在「おれのクラウン」。






「おれは今それに乗っている」と、ランクルを作っている建屋を拝見しながらトヨタ殿に感謝し、クラウンエステートがひた走ります。






クラウンエステート納車前からセルシオとの入れ替えを考えていた私は間違っていました。広義的に「当時のトヨタ乗り味」は、多少静粛性に差はあるものの、セルシオと「おれのクラウン」とはほぼ同じ当時のトヨタ乗り味であり、少なくとも同じ系統に属し、と思えばセルシオ検討の意義が薄弱化し、




セルシオには出来ない芸当、すなわち疲れたときにフルフラットにて体を伸ばして横にすることができ、しかもそれはそこいらのカプセルホテルを凌駕するプライベートスペースを誇るクラウンエステートという至高の存在。もうこれはまるで不動産じゃないか、道は賃借権、いや旧借地借家法以上の好条件にて無期限借地権的かつ公的不動産はアグリゲート型サービスで原則無料または一部課金制であり、安価に永続的に使用できる中にクラウンエステートという移動式建屋的解釈。





そう僅かに恣意的な意訳さえすれば王者の不動産、いや女王陛下の走る領地、それがクラウンエステートの真髄であり真骨頂なのかもしれません。




そろそろ意味が分からなくなってきたところで、茨城方面のナンバーが付いているホンダ車を見れば、もっと遠くへ帰る人もいると元気を分けてもらい、



「ベンツは時速200kmからブレーキ踏んでもビシッと安定しているけど、クラウンエステートは時速140kmからブレーキしようもなからハンドルがブルブル震えるよ」「なんで?」「ベンツはそれだけ見えないところにお金をかけているんじゃないかな。ドイツのアウトバーンでしっかり走って曲がって止まらなければならないから」「あとポルシェもブレーキいい?」「そう」






と、「クラウンエステートは速いの?」という質問から派生して、子供に伝えてみましたが、そんなことは関係ありません。ここは日本です。





車を見れば「レトロだね」、乗ってみれば「中もなんかレトロだね。でも乗り心地はいい」という妻や、今般送り届けた若旦那殿「これいつから乗っているんですか。けっこう古い車ですよね。あまり見かけたことありません」「土曜日からだから、3日目です」とやり取りがあろうとも、さらに走行距離が少なくて、状態がよいクラウンエステートアスリートVに入れ替えて、エンジンマウント等まで替え整備を万全にしながら、我が体の残生涯総走行距離がよくて5万キロ程度であろう試算されるのは忘れて、10万、20万kmと乗りたくなってきました。15年経ってこれだけの品質を保ち、22年前にこれだけの技術に設計、恐れ入りました。ATのスムーズさは変に多段化した今の車よりよいのではないか、と思うほどです。






24時間営業している売店に、マクドナルドがある足柄SA。「いや~こんな時間にやっていて頂いて助かります」と伝えると「ご苦労様です。がんばってくださいね」とお声がけまで頂き、このとき朝8時前から15時間揺れ続けている体、王者の不動産から降りて地に足をつけ、動かない椅子に腰を落として夕食を頂けば、なんと揺れないとはいいことなのだと、思いながら秋の様相アウトサイドで深夜のピクニックをして、





気づけばフリーwifiまである足柄SA、そしてこのような15年落ちなのに極上の中古車に安価に乗れ、これもあれもなんて日本は素晴らしいのだ、今の時代はなんて有難くすごいのだろう、と改めて実感し、外に出ればお金を落としたり、過去キャバクラへ行ったり、最近は内金的なものとして1,600万円入れてこれは買付が通らなかったので戻ってきましたが、不動産屋になると称して物件を見つけに出かけているわけですのでいつかまた余計なお金を使う導線にいて、そういえば手付金で数千万円没収で儲かってしまったことがあったのも思い出し、この日も含めあれやこれやお金ばかりばらまいて、しかし妻は何らの文句を言わずにまた有難いと思い、




ここからもうひと踏ん張り100km未満を走って、コインパに停めては翌朝寝坊で打ち止め越える課金必至で、これを避けるため荷台に積みやすい我が子の自転車を拝借し荷台に放り込んで、駐車場から数キロ真夜中に子供用自転車を漕ぐおじさん帰宅しました。警察に会えば職質必至な状況でしたが、無事に妻が入れておいてくれた湯舟に入り、いつもの温度のはずがなんと熱く感じ、17時間直風クーラーで体が冷え切っていたことを知りました。めでたし、めでたし。と認めて一ヵ月少々経過しましたが、最近「おれのクラウン」乗れていません。











Posted at 2021/10/19 20:44:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 大阪ドライブ | 日記
2019年03月17日 イイね!

出張の続き、そして息子初めての納税。とBBQ

出張の続き、そして息子初めての納税。とBBQ




19:00からの大阪商談に間に合うかギリギリなところ、夕刻の渋滞も予想されながら京都を出発し、途中で高速を間違える人生の外遊活動。





この道中で新価格にしてからのホットなお申込みを頂きました。




今度の火曜日にお会いすることとさせて頂き、Fぐらいになったかのような錯覚になるほどに私の胸も踊るご相性を感じました。






商談を終えて、商談予定地近くにホテルがあるとgoogleティーチャーが教えてくれていたのに「ないよ、ない」と業務支援中の妻へ、ホテル名を送れば「これラブホテルだよ」という指摘に、GOサインを出せてもらって、このナイロン製の暖簾をクルマのままくぐる儀式を頂戴することとなり、チェックイン。





客観的に考察すれば、関西のラブホテルに止まるこの車は、車種および色からすると中高年以上である可能性が高く、加えて東京ナンバーであることからわざわざここで密会したい相手とINNし、すなわち相手の自宅等いくわけでもなく、このような場所に来る必要性ある相手と推察され、今その相手と業後にどのような会話をしているのだろうか、と膨らむ想像を与えてくれる場面ですが、実態はおじさん一人で宿泊です。






なかなかに雰囲気抜群です。





チェックインを済ませ、飲みに出ます。愛する人の自家用車でお迎えにきてくれた我が友と二人で素敵な馬刺し屋へ向かいます。






出せて月に一度という馬刺しのタンに、






馬刺しのレバー。若い頃の取引先、その一つのオーナー社長氏が、当時日本一レベルの馬主であり、取引先に馬刺し禁止令が出ていたため、それを守り、馬刺しを食べない習慣が知らぬ間に染みついていましたが、食わず嫌いなだけで、今やそのお達しも切れていているので、心よくいただきます。



馬刺しのカシラ、まずは薬味だけ、次にソースをつけて、あるいは時間が経てば甘みが増して、舌鼓のカーニバルでドラムソロの夢心地。ラブホテル予約という業務支援をしてくれた妻へ食べさせてやりたくなり、これだけを頂きに車を飛ばしてくる価値を感じました。




大将の母上出身地産というお勧めの焼酎で、次の体制や次の夢を足りないほどに語り合い、この友と出会え、共に生きていく幸せに感謝をしました。お互いにもう少し若い時から一緒に仕事をすれば割れていたかと思い、こうして少し年を重ねて幅が出来たからゆえに、しみじみ感謝を味わいながら共に働くことができるのかもしれません、と思いました。




友の愛する人がお迎えに来てくれて、






宿泊先まで送ってくれました。






そういえば次はマセラティに乗りたいと言っていたことを思い出し、そのようなことも勘案しつつですが、






怒涛のブルトーザーのように、関西を立ち上げ、次で京都、そして名古屋まで、これら経済的基盤すなわち各拠点ごとの黒字に留まらず全体としての収益にも大きく貢献してくれるようにまでこしらえて、最高級の帽子を脱帽ものな敬意を払いたい気持ちですが、最近は名古屋の静岡寄りに支店を作れば、浜松あたりまでカバーできますやん、とさらにエネルギーが溢れることに格段の敬意と敬服も思いつつ、尊敬もして、





春には福岡、夏には広島にも拠点を出していく予定です。一泊ごとに袋で分けてくれる妻の気遣いに感謝しつつ、






朝焼けに屋上に出れたので、今後定宿になりそうな予感にカメラ片手に少々散策をしてみましたが、ホテルの性質を考えれば挙動により一層の慎重さが求められます。





福岡、広島だけでなく、3チームを作り各地への拠点作りを急いでみることも考えてみています。





3チームの中には私も含まれています。






「何か趣味を作ったほうがいいですよ」とアドバイスを頂くときがあります。とくに男の子は小学生になると離れていくスピードが加速していくので、暇つぶしを考えておいたほうがいい、というご助言です。





その点、これ以上ないというほどの趣味と実益を兼ねた、すなわち仕事が趣味というこれら一連の取り組みが、私の暇つぶし対処法になるわけですが、フライングスタートをしてしまっている中に、まだ年長の間に少し家を空ける機会が増えていくかもしれません。





事実上復職とともに、仕事のことをよく記すようになりましたが、子供のことが軸でありつつも、釣り好きの方が釣果のことを、ゴルフ好きの方が一緒にいった大物とモデル系おねいちゃんのことを、カメラ好きがレンズのことを語るかのような趣味を綴っているブログへ変遷してきたのかもしれません。懐古的心拍数の上昇を感じながら出航です。






この日の夜に飲む予定としている友人へメールを打ち終わりふと見ると、メールを送った方の苗字が目に入ってきます。以前は電話している最中にその相手と同姓同名な氏名系社名に遭遇したこともありました。





大阪の拠点も寄り、次は商談スケジュールの都合で寄れなかった名古屋拠点へ向かいます。




この距離を何度も何度も、新幹線、途中からは営業車、営業車では辛いと三ヵ月で2万キロを数えたという自家用車に変えて、足を運んでくれた道程を感慨深く思いながら、大阪、京都、名古屋は岡崎まで、西のほうは姫路や明石まではまだ足を私は伸ばせていませんが、感謝しながらアクセルを踏みます。






感謝しているとまた高速を間違えて降りてしまいました。しかし小牧空港に降りる飛行機が見れたので、よしとして、





ガソリンも入れて、名古屋の拠点へ向かいます。




名古屋式の考え方を垣間見たパーキング。






こちらの拠点長は、三重への進出も行って下さり、加えて客先を増やしても下さり、本社から出張をさせて頂いた若年王子のやり方を吸収するその特段の素直さで業績成長力を大きく伸ばした、その総合力に一目を10個ほど置きたい気持ちです。





ゆっくり名古屋グルメでも楽しみたいところですが、そうも言ってられません。お腹を満たし、







過日FJで降園の迎いにいけば「なんでFJで来たの?」と聞いてくる子供へ、




ママが「たまには乗ってほしいってFJが泣いていたからだよ」というと、






子供じみた家人の発言は採択されずスルーされ「バッテリーが上がるから?」との返しに、明らかに家人よりも合理的な会話をする、我が息子が暮らす東京へ戻ります。





もう10年も前に家人用に購入したとあることで日本一に輝いた個体をお義父さんの伝手でホンダ社へお願いして購入した一台が、家人が乗らずにバッテリーがあがったことがある話をしたことがあったのですが、それを覚えていたようです。







アンドロメダまでどれぐらいの時間がかかるのか、という質問にはどう伝えるのが実感値にも繋がっていくのか答えに窮したり、







恒星の大きさ動画は引き続きときおり強く要求し、あるいはテレビに惑星が出てくれば「これ土星だよ」「これ木星だよ」とママになんでわかるの、と聞かれているのを聞いて、私が教えた喜びは発しないこととし、






地球を一周したい、という要望も出てくるようになったり、









思いのほか早く東京へ着いたので、代行プランはキャンセルして車を一度自宅へ置きに戻ることとして、ベンツだらけの東京を走りながら、あまりにGが気に入って「大人になるまでとっておいてよ」と言われていたFJを「売っていいよ」というようになり、これはしばらく様子をみますが、足掛け四日ぶりにあえば、立っている頭の位置がさらに近づいて来た気もし、日々おにいさんになっていくのを心身とともに感じます。






毎々その活躍を聞くのが最も嬉しい友人との会食は結局銀座で刺身となりました。すっかり忘れていましたが、元々は青い銀行にいて、大手証券会社へ移り、さらに大手証券会社へ転職し、三番目に移ったところでは長がつくようになり、まったく取り扱いがなかったシェアを生み出して、自らが担当する部署が業界1位、2位を抜いたという、相変わらずの能力に私も胸がムーンウォークもしながら躍ります。最近はじめた新ビジネスを話せば、「800万出せばそれが手に入るのか」ということで個人的に欲しい、ということで、価値が分かる方には即決級の代物と私も思いますが、近々思わぬところで販路開拓となるやもしれません。






翌日は久しぶりのG登園。お待たせしました。





降園では、はじめてもらったラブレターを見せてもらえば「Aくん、こんどうちにあそびにきてね」と記されていました。






幼稚園の友人とすき焼きお昼をして、G堪能の堪能をオーナーとして久しぶりに味わう時間があり、荷台を整えたあとは、






会社経営をしているパパ友からは「英才教育」という評価を頂いた、我が子名義にて初の確定申告を税理士殿にして頂き、我が子初の納税約13万円を自分の手で済ませ、お釣りをもらっている一コマ。税金の支払い先は「国や都」であり、税金を支払う、これを納税と呼ぶと説明し、支払った税金は何に使われるかわかるか聞いてみれば「社会に役立てられるんでしょ?それぐらい知ってるよ」としまじろうなのか、ドラえもんなのか、知らぬ間に進んでいる幾ばくかの社会的理解を、インパクトを持って実体験してみる機会となってくれたかもしれません。納税が当たり前の感覚に育っていけば、心理的抵抗がなくなり、ストレスにならない、という副次効果があるやもしれません。








納税で合流が少し遅れた、BBQの買い出し。英語を休んでイベントの準備優先です。





「これAちゃんが選んだんだよ」とGのオフィシャルなお披露目あとは、Gがアスレチックとなり、楽しく遊んで頂きました。





ご飯を食べたあとは「下で帰りたい」というオーダーで、高速は使わずドライブして帰ります。道中コインパークにわざわざ止めて、飾ってあったガンダムを見にいけば「ガンダム、やっぱかっこいいなぁ」などという声も聴きながら、




この翌日となる土曜日、それはそれは幸せな時間を頂き楽しいBBQをしてきました。多くの縁や機会、そして幸せをくれる子に感謝しながら、



プールのスクールにBBQも誘ってくれただけでなく、ハイレベルなアウトドア料理と味わい深いひと時を堪能させてくれたパパ友に深謝です。





幼稚園を卒園しても、こうしてたまに会える仲間となれるようにとの思いも抱きながら、





どこで覚えるポーズなのか、と思ってみればのび太君の日常を意識したかもしれず、また改めてこの日の記録もしたいと思いつつ、





まったく興味が出なかったストラーダ、おかげで一気にできるようにもなり、これで補助輪もはずれそうな勢いを頂き、






次回は山梨あたりでのハンバーグBBQを予定とのお声がけを早々に有難く頂戴し、




深く感謝し厚く御礼申し上げる次第でありつつ、「後ろは乗り心地悪いね」というオーナー評価のこの車で、当面思い出が重ねられていきそです。


Posted at 2019/03/17 11:26:20 | コメント(1) | 大阪ドライブ | 日記
2019年01月13日 イイね!

人生最良の出張  という日。

人生最良の出張  という日。










「幼稚園でカメラの絵書いたよ、Aちゃんも描いてピースしているよ」と業務日報を聞きながら、沿線に停めてものの10秒、特急の出迎えを受け、







めっきり乗らなくなったS400、普段は近場に停めてあるところ、出張に備えて乗り換えにきました。






入れ替えた一台のほうは車止めをしてくれて、




埃まみれになった放置車両と化している当該一台を「Uさんのところ?」とこの店舗には異動でいなくなってしまいましたがよくお世話をしてもらってきた方もいたGSへ洗車機に入れさせてもらいました。




この子の性格か給油口蓋を開けてまで、そしてどこで小耳に挟むのか「しあげ」という単語を持ち出して、「もうちょっと仕上げしたい」などと言ってくれ、よく拭き上げしてくれました。このGSは洗車機でも店員氏が拭き上げをしてくれるなかなかに有り難いサービス付きな上に、タオル類も充実していて仕上げスペースもあり、重宝させて頂いております。しかも洗車カードを買うとシャンプー洗車なら250円というリーズナブルな特典級価格で弊社営業車共々、ベビーユーザーとして利用させてもらっています。




大阪で友に「4年も経ったクルマに見えない」と言われてみれば、なかなかに綺麗な状態かもしれません。ちなみにタイヤ交換はこちらのスタンドでお世話になり、合わせて法定費用を控除すれば、ディーラーで受けた車検費用は保証プランもあり数千円程度でした。






特別サービス、での仕上げをもらい




洗車した後にコンビニ行く、という事前の要望に沿ってプチドライブは続きます。「まさかアイスは買わないよね」と最近は「まさか」、返事はいいよやわかったよりも「もちろん」が多い最近の日々。





トマト、そして三ケ日みかんを追加購入しに再び店内へ行き買い物するのを見守ります。




甥っ子殿が1歳というこちらの店員様にも普段からよくしてもらいながら、このときも「えらいね」とお声と温かいマインドのご協力頂き、買い物という社会勉強ならびに人との交流という対人スキル向上を目指した取り組みのお付き合いを感謝致しながら頂戴しました。





濡れた靴で通る通路という車内の汚れは、




靴下で拭いて最終仕上げとしてくれました。出張の車中、1歳になる姫君の話しでこの子の1歳を思い出せば、ハザードつけて、サンルーフあけても理解してお願いすればスイッチを押しクルマの計器をさわって、ハンドルを回してから散歩コースしていたのを懐かしく思います。





歩き出して間もない1歳で下り坂も走りたがるのでそのまま走らせていたのを思い出し、ただしその頃は体の数センチ前に手をかざしながら、こちらは中腰の後ろ向きで坂を一緒に下ることになるわけですので、何でもやらせる、やらせてみる方針とはいえ、当時は必死なだけでしたがなかなかに見えない努力もしていたのだと思い返し、しかしそれもよき思い出ですので、子育てが大変とはいえ手伝いという名の元、思い出の機会損失にならぬよう周りが大変そうでもあえてほぼ手伝わないようにしたいと自らにいい聞かせます。なお下り坂は頭が重い幼児バランスの中、毎度危なっかしくも、一度も転んだことがなく、短い坂でしたが毎日楽しそうな笑顔で下り切っていました。






そのような思い出した事項を家人へ話しているとばぁばに「昔パパもテレビ割ったよ」と伝えていたといい、何の話か思い出してみてるとやはり子供が1歳の頃、作業中に寝かせておいたPCに私が重量物を落としてしまい液晶が割れたことがあったのを思い出しました。当時以降そのような話題をしたこともなくすっかり忘却しておりましたが、すごいね、と続けてしかし怖いね、というのを三セットは言い合ってしまい、この子の記憶力、正確にはエピソード記憶はどうなっているのか、未曽有にすら感じます。ちなみに「パパも」の「も」というのは、子供がばぁば宅のテレビを倒して盛大に画面を割ったことがあるのを意味しています。






他方で三歳の頃も一緒に幸楽苑へ二人で行っても、自分で食べてもらい、あるいは1歳、2歳と転んでも自ら起き上がるまで手は貸さず、しかし起き上がれば抱きしめて、という方針を採用してやってきました。起こさないのが当たり前故、友人の子供が転んでも、その子を助けず「転んだ顔を写真撮っていた」と最近でもいじられる様相のときもあります。





「パパと同じに思っていいよ」と伝えることができる大好きなHちゃんと登園させてもらい、我々はいざ西へ。はじめは写真でも楽しみながら一人気楽なドライブでもして出張しようと企み、して頂けるという切符の手配を辞退してみれば、一緒に車でいくことになり、往復10時間超という車中、仕事やお互いの子供のこと、その将来のこと、あるいは昔話しに留まらず、宇宙や物理の話までする機会となり、思ってみれば人生そう何回もあることではないと貴重なひと時だと味わいました。






盟友でもある後進にも特段にその存在を有難く思いそして感謝しつつ、向かう先で待ち受けてくれている今では同じ釜の飯を頂いている、我が友にも特段の感謝とそして尊敬です。






出張をさせてもらえばその先に、社としてまさか一年半で、こうして近畿・中京に拠点まであろうとは、友がいなければ、関東だけで手一杯でまだまだ西日本の拠点まで手が回っていなかったと思います。
登園タスクを入れてしまったので時間がタイトです。運転を交代し、夏の頃車内会議で買うと決議したFJクルーザーをそのまま電話注文した岡崎SAを懐かしく思いながら、仕入れたお弁当を後進に召し上がって頂きます。









一人だとそこそこ長く感じる500km。運転は交代しながら、話しは尽きないながらだと、あっという間に大阪です。






友は知らぬ間に近畿・中京統括という肩書をこしらえており、120名の中から友が見込んで頂いた、所長3名の一週間研修というのをいつの間にやら企画実施してくれたその最終日、友が統括に就任してくれるまでは三か所の立ち上げと所長を兼任してくれ、春には九州を開拓してくれる東京から奈良へ異動してくれる方合わせ、同じときを過ごしました。



大阪が昨2018年3月立ち上げ、4月スタートぐらいですから、10ヶ月、9ヶ月でよくぞここまで整えてくれ、しかも「京都だしていいですか」「名古屋だしていいですか」「大阪増床しますよ」など、自発的かつ能動的かつ積極的にまさにどんどん進めてきてくれました。皆には「ボスにやらされた」と謙遜していますが、





一度も不平不満も言うわけでもなく、仕事できるアピールもなく、結果を見てくれというマインドオンリーなのか、それにしても復路で実感した名阪間の距離感、何度も京都にも寄りながら往復してれたであろう、営業車だと辛いからということで、途中から300馬力の自家用車を使い、その自家用車だけで三ヵ月で2万キロという動きを土日も多大にしてくれ、ちなみに後進は関東を一年で5万キロ顧客のところを方々走ってくれ、あるいは帰路に大阪、京都、名古屋、とすでに取引も頂いている顧客拠点が目に入ったり、敬意を実感する旅路となりました。











友人関係の頃から、いつしかボスという呼称を頂くようになり、当初は「恥ずかしいからやめてほしい」と何度か懇願しましたが、聞き入れられず、最近は電話すると「あっボスすみません、今面接中なのであとでかけなおします」と、面接にきた方が「どんなどころに面接きたんや」とびっくりするから、やめてほしいと再度申し入れをするという笑いのネタにもなるときも。







この我が友が人をボスと呼ぶ割には、また誰の言うことも聞かないめちゃくちゃなおっさんなのですが、







「愛人に発注させた名刺を、奥方に取りにいかせる」という、もう少々詳細としては、出来上がりを奥方に取りにいかせたあとに、愛人の方も働く事業所へ奥方にもってこさせ、奥方が少々不満をこぼせば「うっさい!」と封殺するという、たかだか名刺印刷の話一つとっても、逸話になってしまうというこのストーリーぶりに、文字に記すととんでもないおっさんに思えますが、実際とんでもないおっさんでありつつ、しかしエネルギッシュで、仕事も遊びも全力で、片方30キロのダンベル計60キロを軽々と上げ下げする筋力トレーニングも欠かさず、水上バイクが大好きで、5乃至8名様との乱れた交わりが基本コースな、はちゃめちゃに愛嬌も持っている、口癖は「日に何度、新規いきたい、いうんですか」と指摘する後進へ、「歯が痛ければ歯が痛いと自然と発するようなものだから」と私になりに解説し、







私の周りにいる方の中でも指折りな遊び人でもあります。奥方、愛人ともにさらなるとまらない浮気は公認の中、従って少なくとも友の側には不貞という言葉は当てはまらない状況だとすれば多貞または繁貞という文字が適当なのか、分かりませんが、土日にがんばってるんだから平日の昼間にした人妻との情事は見逃してくれてもいいやんけ、と誰も何も言ってない中に防戦まで含まれた最近の活動記録をお伺いし、





物欲は一切なくその分もそちらの欲望に配分されているのではないかと思う土台に、





九十歳を数えるころにはクルーザーで陸が見えないところまで行って「最近いい若いのつかまえた」と六十歳ほどのマダムと情事な日々を過ごすことになるであろうと、と皆で未来予測すればまた笑うことになり、






子供が買ってくれたみかんも後進共々頂きながら、友のバイタリティーに苦労、努力に能力を見て感じ、たくさん泣くほどの笑いももらい、後進とは多くの時間広い話題で人生を話せ、





片道プラス翌日に新しい顧客の関西拠点へご挨拶へ行ったのを合わせ46リットルで、



業界で難しいとされているとある事項は、業界トップクラスに惰性でできるほどの流れが確立できたかと思い、まとめのガストでもたくさん泣かせて頂きながら「生きててよかった」と率直に思いながら、





次のタームではとある取引地位を確立したあとは、品質を高めることだけに集中していくことで、全国的な取引網に広げながらスイッチングして、圧倒的ポジションを狙って行こう、との意見集約も行われ、これらを盟友と呼べる仲間とともに目指せること合わせ、人生最良の出張となりました。




金曜日の英語教室少し前は「October」「December」を覚え、過日は自己紹介を教えてもらったらしく、有難く長引いた商談で、予定よりだいぶ遅くなってしまった帰路「ばぁばの家泊まりいく」と途中連絡も入り、




三日ぶりに会えたさきほどは、まずはお互いに抱きしめ合って、それから届いた玩具を「注文してあったやつだよ」とみせてくれ「どの辺りかずっと心配していたよ」と耳元でささやいてくれ、さらにはぐしていれば「いっぱい汗かいたよ」と頭を少し離しそのようなことも気にするになったのかと記念を思い、





私が親として教えれることは経営かと思い三歳から少しずつ意識してビジネスの観点から諸事項を伝えていますが、しかしもし我が子の頭脳が一歩抜き出ているものを持っていれば商売ではなく、私も子供の時に夢見たことある宇宙物理学者あたりにでもなってくれ、頭脳をそのように社会貢献に使ってくれれば、それもまた幸いに思いつつ、私の遠足完了いたしました。



「もっと早く行ってよ」と家人からご指摘の「いっちゃおうか」という我が子の提案、これから思いつき、18時だよ日帰り温泉ビジネスホテル一泊の家族旅行へ行ってきます。



Posted at 2019/01/13 17:48:08 | コメント(0) | 大阪ドライブ | 日記
2018年12月24日 イイね!

伊丹スカイパーク、お昼の千里川から名古屋へGW7日目 ワンストライク

伊丹スカイパーク、お昼の千里川から名古屋へGW7日目 ワンストライク













朝のホテルロビー前。子供が撮った一枚でGW7日目スタートです。





朝食を頂き、




浜名湖SAで仕入れたデザートも頂き、





youtubeでは最新のロボットをよくチェックし、




フリープラン急ぐ旅でもなく、部屋でしばしくつろいで、




ホテル前で開催中だったB級グルメイベントフェアに魅かれるも、



我々は伊丹空港方面を目指します。




道中電車、



電車、




四方八方電車に取り囲まれる福島駅を信号待ちの間、楽しんで、






おまけで新幹線も「ほら」と愉しみながら、






伊丹スカイパークへ到着です。






体がポンコツ化してきているので、どこまで実行できるのか、不明瞭でもありますが、







これから向こう10年前後、夏休みの旅行計画、そのイメージだけは、今年の9月熊本へ向かう機内誌がアイティアの起点となり、立ててみました。




年長夏休み、1週間ほど海外リゾートで過ごしたあとに車で日本一周





小1、小2ぐらいは繰り返しリゾートと日本一周コースまたはキャンプの旅、






小3でトライできれば、アフリカで人類の故郷訪問の旅。




小4ヨーロッパ一周の旅。





小5(子供の英語力で)アメリカ一周の旅。






小6どっぷりイタリアの旅。




中1予防接種が必要なブラジル、パパの友人を訪ねて。






以後、適宜世界を見て、地球を感じ、頭の中に各地のイメージフォルダを作る旅。







という様相がでれば理想かもしれません。




習い事や部活、あるいは





家族や近しい人の健康状態などの周辺環境やら、不確定要素もありますが、





もう少し国内を周る旅も加味しながら、実現に向けて歳を重ねてまいりたく、




体力増強を図って、続かないジョギングでも夫婦でやってみようかと家人へ先にはじめてみることを推奨しています。





とはいえ、子供が幼稚園のうちは、あっても細切れの時間が小刻みすぎてなかなか実現は厳しいですが、小学校にいくようになったらの検討事項にしておきたいと思います。





あと一年と3ヵ月少々で小学校入学式かと思うと、切なく緊張もしてきます。





その前に涙するであろう卒園式もありますが、年長になるのも感慨深く、





それらをどのようなカメラで撮ろう、とカメヲタの血も騒ぎます。





先日、七五三のスタジオ撮影をしてきましたが、





普段写真も撮らず、写真館やスタジオでも記念撮影もいらん、というパパがいるそうで、




過去なんぞ振り返る必要はない、今を生きる、今を最大限楽しんで感じて生きる、ただそれだけさ、






かのような生きざまに勝手ながらに解釈し、色々な感覚に考え方があるように思い、それはそれで素敵に思いました。






そのような中に「パパのとんがり写真みたい」というので、私が幼稚園年中あたりにトンガリハットをかぶったクリスマスパーティの写真を一緒に見ることにしました。




「パパも小さいときあったんだぁ」などと言いながら写真を眺めている姿を見れば、私が撮っている写真をこの子の子供が見る日が来るやもしれず、その一瞬のためにまだまだ撮ろうとも思った次第です。






普段とは違う電車を見て、旅の風情としながら、





当時立ち上げて二か月そこそこ、つまり開所ほやほやな我が友とその愛人の職場へ向かいます。





「あいじんって?」と情操教育に力が入ります。




いくのかたどり着く旅なのか分からない中に、これそうなら連絡を、と言われているような様相でしたが、阪急電鉄の玩具まで用意してくれていて、感謝致すところでございます。





お昼ご飯を頂き、業務を今一度見学させてもらい、





せっかく来た大阪、もう一度千里川の土手へ。





この子の特筆すべき点のひとつにおねしょをしない、というのがあります。




私は小1ぐらいまでときおりしていた記憶があり、仲が良かった今ではダンディーに楽器の講師をしている友達のA山君は小5ぐらいまでおねしょをよくしており、おしっこ臭い布団と部屋に泊まりにいくのがいやだった記憶があります。




おむつが減っていき、いつだったか完全におむつが取れて、それからおねしょをしたのは寝る前にトイレへ行かせ忘れた二度か三度ほどで、これはもうおねしょをしないと表記していいかと思いますが、この点お見事に思います。




その代わり、朝起きると「どこにそれだけ貯蔵されていたんだ」と思うほどのポンプ車ばりの状態です。




大のほうは「ヘビがでたよー」と遠くトイレから教えてくれます。





そして「見においでー」とお呼びがかかります。





毎度大蛇のような立派な腸の活動、その成果にお目にかかります。





ちょっと緩いときは「あっまずいのが出た」と、これもなかなかに愛嬌を感じます。





過日は「写真を撮れ」ということで、おむつを替えていた頃に写り込んであろう以来、まともなのは人生初めて、それを主役たる被写体として選ぶことになりました。ちなみにトイレ最中の激写は、GIZMON Utulensが頃合いがよいように感じています。





などなど、思いますと、おむつを替えていた頃が懐かしく、そして二度とおむつを替えることがないのかと思えば、それも寂しく感じた次第です。




飛行機と絡めたいところですが、轟音のすさまじいインパクトに飛行機へ目が行ってしまいなかなか撮らせてくれません。



はいこっち向いて、の声をかき消されるのか、あるいは他の方が大きく写り込んでいたり、





なかなか難しいものですが、




結局、ママが撮ってくれたこの一枚が一番絡められたかもしれません。




私の子供の頃の写真を見ながら、自衛隊機を見学しているばぁばが出てくれば、その機種が載っている百科事典を開き、






パパが0歳から飛行機に乗せてもらっている写真をみればどこに行っていたんだ、



という質問に、パパのパパがやっていた仕事の話をしました。





パパのパパは、不動産の建売と、水産加工業これは昭和40年代後半には東南アジアに工場を作りその関係で船も持っており、満タンにするのに当時で2,000万かかったらしく私も知らない世界がいろいろあると知りながら、その流れで船のレンタル業もスタートして、あとは障がいがある方の職場を作るために関連事業として業務用製氷業しかしこれはばぁばに「ママこれは赤字でいいんだよ」と福祉が目的であったと聞いていますが、




これらを営んで、海外の拠点へ行くのにパパもよく一緒に連れていってもらっていたようです。アルバムに挟まれたチケットを見れば40年以上前にファーストクラスというのもパワーを感じますが、パパが記憶があるのは異国での空港から風景や匂い、異国でタクシーに乗ってもめていたのを覚えています。時代もあるのでしょう市長も泊りにくるような家を建て、工場は当時業界で日本初ということで経営誌にも載ったというなかなかのやり手な一面もありつつ、






かなりの昔でいうプレイボーイなおじさんだったようで、当時の女優とも浮世を流したようです。ゆえに隔世遺伝が心配です。





ばぁばのパパは近衛兵として戦争のときに皇居でラッパを吹いていたおぼっちゃまだったようですが、



おぼっちゃまのパパである、ばぁばのおじいちゃんもなかなかのやり手で、土木業で築いた一財産で結果として金融業も行い、パパが若い頃やっていたことに似ているかもしれませんが、担保でまたいろいろ財産が増え、終いには氏神様はどうするのか神社も手中に収めたようで、これはまだ田舎いくと健在です。「あそこの若は助けてくれる」と口コミで広がり、世代を超えて知らぬ間に一部同じことをしていましたが、企業オーナーに対し不動産を担保に事業資金を融資する、という三要素を踏まえ結局として不動産の債権買いという切り口とほぼ同義になりますが、結果として大きく儲かる一つかもしれません。20代かつ数件限定で私がレクチャーしながらこのような経験もしてもらえるとよいかもしれません。気が向けば単に救助も致しますが、思い返してこれは多大な人の来訪と出会いが続くことになるので、人生の暇つぶしにも再開一考かもしれません。




ばぁばのママはこれまたお嬢様で、自分の敷地を移動するのに馬車で三日三晩かかったという身内の田舎伝説がありますが、それはオーバーだとしても、おぼっちゃまだったひいじぃじのところへ嫁いだようです。






あなたにはおじさんがいましたが、この人も経営をしてました。





パパの30歳も年上の腹違いの兄ですが、ばぁばのところへ「ママ来たよー」とよく遊びに来て、玩具をよく買ってきてくれたのを覚えています。30歳を何年か過ぎた私の誕生日を命日にして亡くなりました。パパのパパが海外出張中だったので、パパが幼稚園児ながら喪主を務めたそうです。




稼いだお金で当時イタリア製のスーパーカーを買い、彼女と旅行中の金沢で事故を起こして、彼女は一命を取り留めましたが、叔父さんはそのまま帰らぬ人となりました。そして骨が見たい、触ってみたいと命日近くに兄のことを気遣ってくれた息子へ感謝しつつ、この先は我が子を見守ってもらいたいと祈念も致しつつ、





そのような不幸もありましたので、事故には重々気を付けて、安全には配慮もしてと思いつつも、






より未熟なときの傾向も含めDNAもあるのでしょう、小さい頃よりよく聞かされていたはずのパパははじめて買った中古のプレリュードでは峠に行き、試してみたくて公道で180km出し、




やがて小金を持てば、500馬力を越えた車も買い、大小サーキットも行きましたが






325kmぐらいもオープンカーで体験してみたこともありました。今思えば、一つ間違えれば事故となり死んでいてもおかしくありません。調子にのっていたのだと思いますがこれ以降速い車は買わないと肝に命じました。特段なハイスピードは諸々リスクも高いので、それこそサーキットへ一度でも二度でも連れていき、一度体験をさせておきたいことと、今からスピードに対する恐怖心を持ってもらえるよう伝えているつもりです。





親戚といっても、いろいろな血が混ざっていくわけですのでどう顕在化していくのか分かりませんが、




じぃじやひいひいじぃじの要素、特段にパパのパパにはそっくりなので、








パパはカメラやレンズ程度でうろちょろとしていますが、






満タンで2,000万かかるような豪快さで大きな船ぐらい買ってくれるようになるのではないかと楽しみにしておきたいと思います。








いや、維持費が大変そうですが、「なにこれ小さいじゃん」と今は言っていますが、免許を取って、ホンダの新車も一考かもしれません。この子はそれ系を買う気がします。







今日のカメラフォト。最近こっそりお気に入りのセット。



子の成長とともに135mmに興味が出てきてしまいます。





Posted at 2018/12/24 11:02:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 大阪ドライブ | 日記
2015年09月15日 イイね!

半自動運転で美人に会いにドライブへ行こう。深夜の高速で!

すっかりと秋の風情です。気が付けば九月も半ば。早くて怖くなります。
名古屋大阪千里川ドライブ、最終話です。


本当はまだ帰りたくない、久しぶりとなった往復1,000km超のロングドライブ。

「どうする広島あたりまでいっちゃう?」
「それは無理」

家人の一言により、先般の伊丹から東京へ一気に帰ることにしました。
いや実は深夜に高速道路を長距離運転する機会がめっきりなくなっていたのでワクワクする気持ちのほうが強くありました。真っ暗な高速をひた走る。ドライブ好きには悪くありません。釣りやらサーフィンなど特段の趣味もない私は夜はだいたい旅館か食事でいっぱいやるわけで、まさか年を重ねると夜のドライブがこんなに減るなんて若いころは想像もしていませんでした。


千里川土手でテンションがピークを迎え、世間様的にはさしたる写真を撮ったわけでもないのに、自己満足は峠を越えて何かをやり切った感に包まれながら、まさか美人と出会うとは思いもよらない帰路になりました。




夕日が影を広角の歪みのごとく伸ばしている中で、帰路の新名神。やっぱりこの高速は雰囲気がなんともいえなくいい。そんな主観的な感想でハンドルを握りながら、大阪王将も悪くない吹田SAの、その名もコバラスイタという、いかにも大阪なネーミングのお店でお持ち帰り焼きそばとたこ焼きを、このあたりを走りながら食べて帰っているわけですが、
これがまた美味しい。さすが大阪です。




行きは寄れなかった大好きな新名神の上りSA・PAを全部制覇、と言っても二ヵ所のみなのですが、まずは甲南PAによって、小山を登る。





次の同じく甲賀の里な土山SAに着くころには日が沈み、ここも小山を入念に登って、まるで反抗期かのようにゆっくりゆっくり帰路につく。




すっかり日も落ちました。まだいます。
「あぁ~夏の終わりにこんな「氷」が入った写真がほしかったんだよ」と心のない会話をしつつ、シャッターも適当に押しながらさらに時間稼ぎ。焦る理由はなにもありません。とにかくゆっくり。そんなドライブも悪くありません。




まだいます。
近くに湘南ナンバーの消防車が止まっていました。なんらかの訓練に参加したようです。と、またこんな写真も撮って、無駄に時間稼ぎ。



だいぶ暗くなってきました。まだいます。
いや実はこの先で事故渋滞もあって、渋滞にはまるのが分かっているので必要以上にSAでのんびり。少しでも事故片付いてほしい、と懇願気味にそろそろ出発です。



SAに居過ぎて、残すはトイレを堪能するぐらいしかなくなりしかたなく出発し、渋滞に到達。
そんな道中はほとんど半自動運転。渋滞も半自動運転が大活躍。
この技術は今後数年内に進化をしながら多くの車種へ装備されていくと思うわけですが、これはかなり事故が減るのではないか、と思います。


メルセデス・ベンツニューSクラスのインテリジェントドライブと名付けられたそれは、前方だけでもミリ波レーダー二種類、近・遠赤外線、ステレオカメラという5種の目で注視し、加えて超近距離は超音波センサーで周囲をモニターしながら、半自動運転を支えます。

追従型クルーズコントロール、あるいは対歩行者を含む自動ブレーキだけでなく、ハンドルもある程度操作をしてくれます。半自動の定義は、各メーカーによって日進月歩で変わっている中だと思いますが、アクセル、ブレーキ、ハンドルの操作をクルマがしてくれ、「運転者がほぼ座っているだけの状態を可能にする技術」からが一つ半自動運転と言えるのではないかと実感をしました。


ちなみにS400の場合は、ハイブリッドですから、加えてエンジンもONにしたり、OFFにしたり忙しそうにしているさなかで、ハンドルは動かしてくれて、アクセルもONにしたり、抜いたり、ブレーキもかけてくれて不思議な感覚です。加えてそれでもレーンを逸脱しそうなときはブレーキを調整してレーン内に戻す仕事をしてくれます。

さらにS550以上にオプションのMBCまでつけると、サスペンションまで自動制御で上下に動かす仕事もしてくれ、もう至れり尽くせりになるわけです。知能を持ったクルマSクラス。メーカーが謳うほどのことはあります。インテリジェンスすぎます。



四日市まで続いた渋滞中、伊勢に行ってビジネスホテルにでも泊まって、翌日に伊勢湾フェリーで三重から愛知県は伊良湖町へ渡って静岡経由で帰ろうか、と迷いながら、結局、木曽川を渡り伊勢湾岸道湾岸長嶋のあたり。



半自動運転は自動車業界でもっともホットなテーマであり、各国の法規もある中、これから多くの車種に導入されていくわけですが、なんといっても特筆すべき安全性に加えて、疲労が桁違いに少ない。つまりは、人間の疲労が減ることにより、さらに安全な方向へはたらく技術であるといえます。イメージで言うと半自動運転があることにより、通常の運転と比べ疲れが半減以下いや三分の一程度の疲労具合です



半自動運転ができるなんてオーダーしたときは知りもせず、また興味もありませんでしたが、技術の進歩を実感するとクルマ好きの端くれとして「将来は自動運転になったらつまらないな」と漠然と思っていましたが、180度考え方が変わりました。運転好きの私でも「これはいい」と思い、そしてますます「進化してほしい技術だ」と思いました。





このドライブコースも悪くない。どうしようか悩んだあげく新名神亀山JCTでハンドルを左にきって、東名阪の道を選んだわけですが、東京から大阪、または伊勢へ行くとき、あるいは逆行程にフェリーも楽しい思い出となります。


今回は夜の高速を長距離運転する楽しみをとったわけですが、年を重ねれば、まして日中は千里川で直射日光も浴び、強い日差しの中往復一時間もカメラを持ってヒイヒイし、朝は4時半から散歩も三回しているので眠気がきます。知らない間に旅の疲労も重なり、危険性も増していきます。そこでこれまた大活躍、半自動運転です。
疲労が大きいときほど、半自動運転のドライブアシストが心強く、頼もしくてたまりません。

もちろん過信は禁物ですが、集中力が落ちても安心してクルマに命を預けられる心象を持ちます。いや気は張って運転するのですが、ものすごい安心感をもたらしてくれる技術です。信頼して命を預けられるクルマであり、技術である、という実感に至りました。




年間の総貨物取扱量は実は一位な名古屋港のあたり。この道、この大橋梁、本当に立派です。A型の橋塔が三連続で続く名港トリトン(名港東大橋、名港中央大橋、名港西大橋)


半自動運転が2015年9月現在できる車種は、スバルのレヴォーグ、メルセデスベンツのCクラス、Sクラス、先ごろ新型が発売されたVW社のパサート・同ヴァリアントあたりです。ほかにもあるかもしれませんが。

来年発売されるメルセデスベンツEクラスはさらに進化するそうです。またトヨタやGMもここ1~2年で順次、半自動運転モデルを投入していくそうです。となればほぼ全メーカー投入してきそうです。


半自動運転は高速道路や幹線道路と相性がよく、Rがきついカーブや山道などコーナーの先が見えないところ、交差点はまだ対応できません。また至近距離の急な割り込みも対応できていない、と言って差し支えないでしょう。




トリプルA。

メルセデスベンツは市街地も含め100km、トヨタは首都高にて、それぞれ全自動運転のテストも成功させているとニュースで見たことがありますが、将来は「ナビをセットすれば目的地へ自動で連れて行ってくれる」ところまで技術が進んでいきそうです。

ところで「半自動運転」という概念は非常に便利なものであると思います。事実上全自動運転が可能となってもだいぶしばらくの間は「半自動運転」という言葉が用いられると思います。要は運転者が事故責任を持つという建前を崩さず、新しい技術が想像以上に進化していくと思われます。


相当に技術が進み、歩行者との事故も減ったころ、それでも起こる事故が類型化され分析され、さらにその段になると、運転者あるいは所有者に重大な過失がなく、それでも事故が起こるようなケースでは歩行者側に大きく過失を認めるような社会的変遷が起こっていき、技術的課題に大きく遅れて、法的課題がクリアされていくのではないかという予測を考えさせられる技術です。と、マイキーが言ってました。







名港トリトン、全部のAを厳密に含めれば、トリプルどころではない。
そんなことを思っていると、小腹がすいてきました。



伊勢湾岸道を抜けて、



新東名に入り、トラックのブロックに合いながら、でも向こうは仕事だ、こっちは余興だ、どうぞどうぞ、と思いつつ、



ここでアンビエントライトをいろいろ試しているとあることに気が付きました。
(色彩)心理学の実験によると、同じ味でも黄色いカレーと青いカレーでは違う味に感じることもあり、
あるいは食品添加物の世界で有名な話としてはかき氷のシロップはほぼ全部同じ味で、色が異なるだけであり、
というように、思ってみれば色が人間に与える影響は大きいわけなので、




前はピンクやむらさきの使いどころが分からない、と思っていましたが、色の効果を意識して色を選択すると、安全性を強化できることに気が付きました

とくにロングドライブで、眠気が来れば冷静になる青にしたり、気分を高揚させて疲れを忘れさせたいときは赤にしたり、冬に青は寒すぎるので少し赤も入った紫が丁度いい、穏やかな気持ちになるためにピンクにしてみる、などこれも安全に向けて使える機能なんだと、メルセデスのすごいを思いました。




そんなことも考えつつ、心の中は関東系のしょうゆ色した温かい蕎麦で決まっています。さすがに醤油色のアンビエントライトは用意されていません。

コクもほしいのでたぬき蕎麦が食べたい、どうしても。
しかし久しぶりの深夜のドライブで忘れていました。新東名に過大な期待を寄せていたのかもしれません。ほとんどSA・PAのお店が閉まっているではありませんか。空いているところのメニューはうどんのみ。次のSAに行くことにしました。




掛川SA。



ここのSA内だけ霧が出ていました。まるで夢の中にいるかのような。そんなわけはないのですが、



う、ここも温かい蕎麦がない、次へ行こうかと思った瞬間。
たぬき蕎麦(温)の決心を変えて、かつ丼とうどんのセットにした、そのわけは、



これも美味しそうと思ったのもありますが、なんとこの掛川SA上りのこのお店に、ものすごく美人がいるじゃありませんか。しかも深夜に。

いや、本当に可愛かった(家人共有済)。さっそくトラックのうんちゃんに口説かれていました。
口説かれていたその瞬間に奥でうどんを茹でていたおじさんのするどい眼光が光ったのを忘れられません。こんなに可愛いのに、夜の仕事もしないで、こんな深夜にうどん屋さんで働く。けなげさも男心をくすぐります。

心を鷲掴み。そういえばなぜか小3ではじめて買ったビジネス本のタイトルが「人心掌握術」(絶版)という本だったのを思い出しました。もしやあの子も読んだのかな。だとしたら性格は悪いかも、けど性格もよさそうと思いつつ、疲れも吹っ飛びました。話しを総合するとこの子は半自動運転よりすごい。




あの子のことを思い出しながら、他のSAもさらに寄って、可愛い子を探したけど、いない上に、掛川の子がダントツ可愛く、



清水PAは夜景も綺麗で、久しぶりの深夜高速ぶっ通しドライブを楽しみました。




安全なドライブをありがとう。おつかれさま、と声を掛け家に着きました。



往復1000キロ超のドライブ行程。また行きましょう。



次の買い替えは半自動運転付きにして、ナビに可愛い子がいるところをセットして
安全にドライブへ行こう

Posted at 2015/09/15 23:44:30 | コメント(4) | トラックバック(0) | 大阪ドライブ | 日記

プロフィール

「「けっこう遠いじゃん。あんなとこまで行くの?」「パパにとっては近いんだよ」往復10km超つまりは1リットル160円のコストかけてレギュラー152円入れてきました。あぁ〜満足。穏やか普通に走ってリッター2〜3kmの車で通勤してたとは思えない(笑)他の車両も入れたいけどおでかけです。」
何シテル?   06/13 15:38
ドライブへ行こうです。 子供と出かけた全記録です。 よろしくお願い申し上げます。
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カテゴリ:静岡お店
2021/12/06 16:50:17
 

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