
昨日ニュースで従軍慰安婦の(イメージ)像が韓国の日本大使館の前に設置されたと報道してたが(ーー;)
今日のニュースで驚いた。
わざわざ日本に来て首脳会談で話すことか?
日本の首相は、前回手土産満載で韓国に行ったけど、手ぶらで帰ってきたんじゃなかったっけ?
「どこまでも果てしなく、ドあつかましい野蛮人だな」と再認識。
関わりたくない人種なんだがなぁ(ーー;)
あっちの国内事情なんざ知ったことか!
ウソの捏造話で謝罪と賠償を求めてくるとは。。。。
大統領がくだらない市民団体の言いなりになるんだったら、先の600億ドルの為替スワップの話はなしですな。
「国内の復興で余裕ないから、やっぱり、あの話はなかったことに…」って追い返せばよいのだ!
とっくにウソ、捏造だと分かっているのにしつこい。
いろんなサイトや本が出ているが、冷静な記述だと個人的に思える記述をメモ代わりに貼り付けておく。
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アジアの真実
慰安婦問題の経緯
1) 昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、
昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞はこれを平成3年から翌年にかけ4回にわたり報道。
2) 同3年8月11日、朝日新聞は「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出たと報道。
3) 同4年1月11日、朝日新聞は一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
4) 同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。
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以上が、「従軍慰安婦」という言葉が作られた経緯です。実際、昭和58年までは「従軍慰安婦」という言葉も存在せず、そのような問題も全くありませんでした。今のように「被害者だ」と主張する韓国人も皆無でした。しかしこの経緯の後、韓国を中心とした国から、「私は従軍慰安婦だった。日本に謝罪と賠償を要求する」という声が急激に現れてきます。そして、日本の歴史教科書に「従軍慰安婦」という言葉が記載されるようになり、「公然の事実」となってしまったのです。しかし、今日までの研究の結果、この「従軍慰安婦」という存在が全く何の根拠もない事実であることが明らかになってきています。
以下にその根拠を挙げていきます。
まず、上記の経緯の中から、1と2について見てみます。
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従軍慰安婦問題経緯の実態
1) この問題に火を付けたのが、吉田清治の著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」でした。しかし、千葉大学教授の秦郁彦氏が済州島に行って実際に調査したところ、吉田氏が慰安婦にするための女性を1000人近く徴用したとう事実はないことが判明しました。それに現地の新聞がすでに「吉田証言に該当する事実はない」と報道していたのです。
吉田証言は全くの嘘であることが証明されて、1996年に本人も「全てフィクションである」と認めています。
2) 自ら名乗り出た慰安婦について:この女性、金学順は「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら暴露した。実際は、生活苦から義父によって民間の置屋に売られたという、ただの身内による身売りというのが実態であったことが判明。国家による組織的な強制連行とは関係ない。
そもそも「女子挺身隊」とは、昭和18年9月に閣議決定されたもので、金学順さんが17歳であった昭和14年には存在していない制度である。さらに「女子挺身隊」とは、販売店員、改札係、車掌、理髪師など、17職種の男子就業を禁止し、25歳未満の女子を動員したものであり慰安婦とは何の関係もない。しかしながら、この事実を朝日新聞が訂正することは一切なかった。
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このように、そもそもきっかけとなった著作は全くのインチキ本であり、その後現れた証人も朝日新聞による捏造だったのです。
3) 平成3年から平成4年にかけて、朝日新聞は従軍慰安婦強制連行に関する一大キャンペーンを開始しました。平成4年1月11日朝日新聞は一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」発見と報道しましたが、実は発見された文書とは昭和13年に陸軍省通達、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」であり、その趣旨は民間の悪徳業者による誘拐まがいの行為即ち「強制連行」を、軍が警察と協カしてやめさせようとした事でした。
これを原文書から都合のいい文言をツマミ食いした捏造記事だったのです。しかもさらには狙い済ましたように、宮沢首相訪韓のわずか5日前に発表されたことから、この捏造記事は絶大な効果を発揮しました。ソウル市内では抗・糾弾のデモ、集会が相次ぎ、日の丸が焼かれる中で宮沢首相は事実を確認する余裕もなく、やむなく8回も盧泰愚大統領に謝罪したのです。
4)そして最後の問題である、河野官房長官談話ですが、この談話にもカラクリがあります。
あくまで強制性を認めるよう要求する韓国政府の要請に屈して、韓国政府が用意した元慰安婦の証言を聞きに出掛け、その証言の裏付けもとらないまま、その証言を唯一の根拠にして「強制性」を認めるような「談話」を外政審議室が在日韓国大使館と連絡を取り合いながら作成し、更に日本側はその談話の趣旨を事前に韓国政府に了解を求めた上で発表したのです。つまりこの談話は、韓国の要請により、韓国の用意した全く根拠のない証言を元に作られた談話だったのです。
ではなぜ当時の日本は韓国のそのような要望に乗ってしまったのでしょうか。それは当時韓国政府が「強制性を認めれば問題を収める」という言質があったからである。
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前回の記事と総合して、従軍慰安婦というものは吉田清治のインチキ本、朝日新聞による捏造と韓国政府の強要、そして当時の官僚のお粗末な談話によって作られたものだということが分かって頂けたと思います。
強制連行による従軍慰安婦というものが存在したという確固たる証拠は現在に至るまで全く見つかっていません。あるのは、自称従軍慰安婦の証言のみなのです。(誤解のないように付け加えれば、民間の合法的な売春宿は存在しましたが、これは女性自ら働いたり、身内に身売りされたというものです)
そして最後に自称従軍慰安婦の証言を紹介します。
この二つは同じ李容洙という自称従軍慰安婦の証言です。
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1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」に連行され(中略)日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制された。
http://tateiwa.kir.jp/0n/z01.htm
14歳で銃剣をつき付けられて連れてこられた
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik/2002-06-26/13_0201.html
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驚くことに、二つの証言で従軍慰安婦になった年齢が違います。しかも、1944年から3年間って、戦争とっくに終わってますが・・・
韓国の自称従軍慰安婦の証言というものがいかに信用ならないかがわかります。
参考書籍
吉田清治の著作の嘘を暴いた千葉大学の秦郁彦教授の書籍です。
慰安婦と戦場の性
秦 郁彦
現代史の争点
秦 郁彦
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中国の南京大虐殺という捏造
ドイツのホロコーストという捏造
韓国の従軍慰安婦問題という捏造
世の中、大きな声で言えばウソがまかり通るというのも 悪魔の仕業に違いないと思う今日このごろ。