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2017年02月26日 イイね!


私事ですが、本日我が家のレビンが無事に30年を迎えました。

10年ひと昔といいますが、流石に30年となると感慨もひとしおなものがあります。



レビンを購入した1987(昭和62)年の主な出来事を調べてみると、地価の異常な高騰などによるい

わゆるバブルの始まりがこの年でした。 そして国鉄の分割・民営化によるJRの発足。 東北自動

車道の全面開通。 NTTから携帯電話が発売され、アサヒビールから私の大好きなスーパードライ

が出たのもこの年でした (^^ゞ

さらに当時の総理大臣は中曽根康弘で、官房長官は後藤田正晴。 衆議院議長は原健三郎。 

懐しい名前ですね。


下の画像は1996(平成8)年頃。 今から21年くらい前のもの。

箱根の芦ノ湖スカイラインで富士山をバックに。



家族5人、旅行やドライブなどを”おしくらまんじゅう”で行っていた頃 (笑)

この時点でレビンは購入から既に9年目。

さすがにキツくなってきたのと、当時は車の寿命は10年という認識が一般的であったため、この翌

年に晴れてミニバン購入と相成りました (^^ゞ



折角ですので、今回はレビンと共に成長したうちの小僧たちを紹介しましょう。


先ずは辛口家の10代目の跡取りから。

上の箱根の画像から約10年経つと当時のチビたちもこんなに逞しくなります。




小4からずっと陸上を続けた長男。

これは高3の時の東海選手権でのひとコマで、場所はエコパスタジアム。

確か400メートルリレーのウオーミングアップの時のもので、これでも今から10年以上前の画像に

なります。

脳のミソはカラっきしですが、何故だか幼少の頃から身体能力に恵まれ運動神経抜群。 

学校の運動会などは、徒競走のあった小1から中3まで全てオールピンのロイヤルストレートフラ

ッシュでした(笑)

現在は会社勤めの傍ら、その脚力を活かし地元消防団のエースとして活躍しております。

早く孫の顔を見せて欲しいのですが中々 (笑)



そして次男坊。

次男は小3から大学1年で膝を痛めてリタイヤするまで、約11年間野球をやりました。



こちらも脳ミソはスッカラカンですがやはり身体能力に恵まれ、スポ少で投手と捕手、中学で投手

とサード、高校ではセンターで活躍。

上の画像は中学3年の時の夏の中体連県大会での常葉橘中戦でのひとコマ。

ポジションはサードで打順は5番でした。

この時の相手投手は最速143キロの庄司隼人で、現在広島カープの内野手に在籍しています。

高校の時は以前ブログにあげた通り、補欠ではありましたが甲子園まであと一つでした。

次男は現在でも仕事の傍ら、休日には軟式ですが草野球を楽しんでおります。



そして一番下の長女。

将来の私自身の看病のために作りました (笑)




これは高1の時。 地元の秋祭りの時だったと思います。

スポーツ万能の兄たちに比べ、こちらは何故だか運動神経ゼロ (笑)

小学校の時、兄二人を知る担任から、かけっこだけを見ると 「とても同じ兄弟とは思えない」 という

有難いお言葉 (笑)

しかし棄てる神あれば拾う神あり、、なのかは分かりませんが、絵が得意。

現在はアルバイトの傍ら、(売れない)イラストレーターとして絵の創作に勤しんでおります。

序でにお年ごろでフェロモンを放ちまくっていますが、白馬の王子様はまだ現れていないようです。

(私が知らないだけか ? 笑)




当然のことですが、時が流れ年月が経ち、子供たちも成長。 今や全員が成人しました。

私や辛嫁も、気が付けばもう50代の半ば。 見た目もそうですが、随分と歳を取りました。 

辺りを見回すと、身の回りの様々なものが年月の経過とともに変わって行きました。

昭和から平成へ、さらに次の年号がと噂される今日この頃。


しかしうちには昭和の時代から30年間変わらないものがひとつ有ります。

そいつはずっと家族と共にあり、家族の成長を見守ってきました。


そいつとは ...


そう、レビンです。





というわけで、

う~ん、


ちょっとキザだったか ... (笑)
Posted at 2017/02/26 21:57:30 | コメント(5) | トラックバック(0) | レビン | 日記
2017年02月19日 イイね!
いとめでたし。
タイトル画像はうちの庭にある梅の木。

2月も中旬を過ぎ、静岡では梅の花が見頃を迎えております。

皆様と同様の甘くたるんだ腹回りを引き締めるべく、昨秋より

始めたウォーキング(笑) もちろん現在も続いており、今日は

それを兼ねて辛嫁ちゃんと近くの梅の名所へ見学に行って参

りました。



ここはうちから1キロくらいの所にある 「黒田家代官屋敷」



江戸時代の旗本・本多氏の代官を務めたこの黒田家の邸宅で、「白加賀」、「寒紅梅」など13種類、

約180本の梅の木を鑑賞することができます。

   


       木の花は、濃きも薄きも紅梅。

      桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。

      藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし。
      

<現代語訳>

      木の花は、色の濃いのも薄いのも紅梅がよい。

       桜は花びらが大きく、色の濃いものが、枝が細く咲いているのがよい。

      藤の花は、花房がしなやかに長く垂れ下がっていて、色が濃く咲いているのが、

      たいへん素晴らしい。


この清少納言の 「枕草子」 の一節は皆さんもよくご存知でしょう。

日本の”春の花”といえば 「桜」 が代名詞ですが、実は古代においては 「梅」 が主流でした。

奈良時代に編纂された 「万葉集」 においても、梅を詠んだ歌が120首近いのに対し、桜は44首。

これは諸説ありますが、梅は元々漢方薬として大陸から伝わってきたものであり、特に飛鳥~奈

良時代においての日本は大変な中国かぶれであったこと。( 明治から昭和にかけての欧米かぶ

れに似ていますね ) 花の姿形そのものが桜に比べ慎ましく控え目で日本人的であり、当時の歌

人や庶民たちの感性に合致していたのではないか、ということなどが挙げられるようです。

それが平安時代に入ると歌の主流の座は徐々に桜に移行して行きます。

これも諸説ありますが、大きいのは菅原道真による遣唐使の廃止。 それによる中国離れが進ん

だ結果、元々日本に自生していた桜が見直されたのではないかという説が有力なようです。



こういった画像を貼る度にうちの安いデジカメの性能の悪さを実感します (ToT)


さて、折角ですので万葉集の梅に関する歌をいくつか紹介しましょう。

いずれも大伴旅人( おおとものたびと )が詠んだ歌で、梅の花に関して人気の高い歌であります。

大伴旅人は、万葉集の成立に深く関わったとされる大伴家持( おおとものやかもち )のお父さん。


で、その前に、家持といえば有名なのが、


”なでしこが、その花にもが、朝な朝な、手に取り持ちて、恋ひぬ日なけむ”

   ( あなたが撫子の花だったらなぁ。そうしたら毎朝、手に取って愛でるのに )


いや~ロマンチストですね~

彼女でも愛人でも、これからおなごを口説こうとたくらんでいるそこのアナタ。

へたなバラの花なんかよりもこちらの歌の方がよっぽど効果的ですゾ。

”女口説くにゃ銭はいらぬ、万葉集の一句もあればよい”  

・・・て、 いまどきのおなごには通用しないか ? (笑)


あ、ゴホンッ


大伴旅人といえば、亡き妻への思いを詠んだ歌が有名ですが、梅の花に関しても多くの良い歌を

残しているんです。


  ”雪の色を、奪ひて咲ける梅の花、今盛りなり、見む人もがも”

    (雪の白さを奪い取って咲いている梅の花がいま盛りです。見てくれる人がいるといいなぁ。)


  ”残りたる、雪に交じれる梅の花、早くな散りそ、雪は消ぬとも”

    (残った雪にまじって咲いている梅の花よ、雪が解けて消えても、まだ散らないでくれ)


  ”我が園に、梅の花散るひさかたの、天より雪の、流れ来るかも”

    (私の庭の梅の花が散っていきます。天から雪が降ってくるのでしょうか)


   

我が園(庭)に咲く梅の花。  ロマンチックなブログが台無しのこの画質の悪さ (笑)

うちの地方は雪が降りませんので、残念ながら雪に梅の花という風景は見れませんが、そうした情

景はよくわかりますし、憧れでもあります。

しかし優しい歌ですね~

言葉そのものが優しいし、美しいですよね。

日本人というものは、本来この万葉集にあるように本当に繊細で優しい民族なのでしょうね。

また、旅人という名前も良いですね。 

およそ1300年の時空を超えて、日本人の持つ本来の優しさを今に伝える”時の旅人” というイメー

ジが湧いてくるような気もしますね。


と、いうわけで今回は腹回りプヨプヨのくせに、めっちゃキザでロマンチストな辛口爺の、

簡単な梅の花の話でした~


  ではまた✩
Posted at 2017/02/19 22:15:36 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日常 | 日記
2017年02月05日 イイね!

週末は公私に忙しく、ゆっくりとしている暇がなかったので今回は短いブログを一つ。


下の画像はうちの倅が入隊している菊川市消防第六分団の同じ20代の仲間のけしからん車。

人も車も絶滅危惧種。

今となっては大変貴重な存在である (笑)




けしからんマフラーから けしからん音を響かせているが、、、

まあ 温かい目で見守っていくこととしよう (笑)



と、これだけでは少々さびしいので、ユーチューブ徘徊で見つけた動画をオマケに一つ。

私が乗っているAE-86に関するものである。

わずか1600ccの4AーGエンジンではあるが、一緒に走る現代車との排気音の違いを比べてみて

欲しい。 ( 特に45秒辺り )



これもハチロクの魅力の一つか。


実にけしからん音である (笑)




Posted at 2017/02/05 21:03:00 | コメント(8) | トラックバック(0) | 車ネタ | 日記
2017年01月29日 イイね!
大相撲を語ろう。
遂に日本人横綱の誕生である。

大関・稀勢の里が初場所で14勝1敗という好成績で初優勝を飾り、

ほぼ満場一致で横綱昇進を決めたのである。

三代目若乃花以来、実に19年ぶりの日本人横綱。

中学卒業後、15歳で入門というエリートではない 所謂”叩き上げ”

の力士というのも嬉しい限りである。


大相撲は近年、巨漢のハワイ・欧州勢、その後屈強なモンゴル勢の台頭にやられっぱなしであっ

たが、これで一矢を報いる形になったわけである。

この稀勢の里を筆頭とする日本人力士の来場所からの活躍に大いに期待したい。


と、いうわけで今回はこの大相撲について語ろうと思う。

女たらしで軟弱な辛口爺が大相撲 ? と思うかもしれないが、私らの子供の頃はテレビで放送する

プロスポーツといえば、プロ野球、プロレス、大相撲くらいなものだったのだ。 

あとはたまにボクシングの世界戦とかがあるくらいで、今人気のサッカーなんてプロすらない状態

だったのだ。  なので大相撲はよく観ていたし、子供たちも皆んな砂場等でよく相撲を取って遊ん

でいたものである。


大相撲といえば、私の記憶にある最も古い力士といえば、横綱大鵬と柏戸である。

両者が対戦したのは私がまだ幼稚園の頃だったと記憶している。

中でも大鵬は優勝32回を誇る大横綱であった。 

私の中では今でも横綱=イコール大鵬というイメージである。



ただ当時まだ小学校低中学年だったが故に、記憶の中では少々薄い。

鮮明な記憶となると、その後の北の富士と玉の海の横綱同時昇進か。

佐田の山引退後、長く大鵬の一人横綱だったのが二人の昇進で一気に三人横綱になったのだ。

この時代のことはよく覚えており、横綱以外では大関に琴桜、清国、大麒麟、前の山。 関脇に

長谷川、初代貴ノ花。小結に藤ノ川、高見山辺り。 平幕が栃東、福の花、黒姫山、龍虎、若浪、

金剛、戸田、二子岳、陸奥嵐といったところ。 ついでに十両が玄武に高鉄山に大竜川(笑)

その後は、横綱に限っていえば、輪島、北の湖の台頭。 更に二代目若乃花と三重ノ海、そして

千代の富士へと繋がって行くわけである。



さて、ここからは、大相撲の色々な名勝負を紹介してみたい。

あくまでも私個人の記憶に残る名勝負で、順番は特に関係ありません。

ただ、あまり昔のものを取り上げても、このみんカラをやる今の若い皆さんには馴染みがないでし

ょうから、比較的最近のものを選んでみようと思う。


まず上げたいのが、昭和60年夏場所の大関北天佑VS小錦戦。

小錦はハワイ勢の尖兵としてその巨体を活かし、当時まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。

前場所で横綱隆の里や千代の富士を破り、”黒船の来襲” 、”国技の崩壊” などと大騒ぎされた

ものでした。

しかし、そこに ”待った” をかけた力士がいました。

それが大関北天佑でした。

北天佑が左下手投げで200キロの小錦をブン投げた一番です。



この日から私の北天佑に対する目が尊敬の眼差しに変わったのは言うまでもありません(笑)

しかし凄いですね。 相手の出る所を利用するとこんなにも綺麗に投げられるものなんですね。


相撲の取り口として、廻しを掴む四つ相撲と相手を突き放す押し相撲があるわけですが、突き押し

相撲の名勝負といわれているのが、昭和50年夏場所の麒麟児VS富士桜戦。

しかし流石にこれは古く、皆さんにも馴染みがないでしょうから、ここは平成10年名古屋場所での

武双山VS千代大海戦を上げてみた。

まだ両者が大関に上がる前の新進気鋭・若手のホープだった頃の対戦です。



壮絶な張り手の応酬は、ほとんどルールのあるケンカの様相でした (((;゚Д゚)))

武双山が最後、霧吹きみたいにツバを吐くシーンが、血で真っ赤なのが印象的でしたね。


次は平成20年初場所の横綱白鵬と朝青龍による千秋楽結びの一番。

横綱同士の対戦で、勝った方が優勝という大一番。

両者がっぷり四つ。

強力な引き付け合いは正に”これぞ大相撲 !”という一戦だったと思います。



横綱朝青龍といえば、組んで良し押して良しの自在の横綱でしたが、唯一苦手にしていた力士が

いました。 

それは大関栃東でした。

動画は平成14年初場所。 この取り組みも玄人好みの好一番だったと思います。

流血シーンはガチンコの証。  画質が悪いのが非常に残念です。




さて、今回は新横綱誕生のお祝いブログ。

稀勢の里の良い動画も貼りましょう。

ということで、私が最も印象に残る稀勢の里の取り組みを二つ。

先ずは平幕時代の横綱朝青龍戦。

この時がまだ二十歳を少し超えたところだったと思います。

平成20年初場所。 誰もが近い将来の横綱の姿を思い描いた一番でもありました。



そして平成25年九州場所の横綱白鵬戦。

仕切りでの激しい睨み合いが印象的でした。

更に取り組みが終わった後に起こる万歳三唱 ...



番付から日本人横綱の名が消えて約10年。

この時の万歳は国民の総意だったと思います。

かつて”悪童”朝青龍が居た時代は正義の味方だった白鵬もこの辺りから悪役に転じてしまいま

したね。


というわけで、今回はめでたく久々に日本人横綱の誕生という事で、私自身が記憶に残る一番を

中心に相撲ブログを書いてみました。

皆さんは皆さんで、それぞれに思い出に残る一番があるのではないでしょうか。


来場所からは日本人力士による横綱土俵入りが見られます。

少しずつですが、他の日本人力士の台頭も見られるようですので、来場所からの更なる巻き返し

に注目したいですね。



ついでですが、最後にオマケの動画を。

番狂わせで座布団が一番舞った一番といえばこれでしょう。


          ↓



朝青龍が負けると何故だかやたらと楽しい ♪

格好のヒール役でしたね(笑)




Posted at 2017/01/29 19:30:46 | コメント(4) | トラックバック(0) | スポーツ | 日記
2017年01月22日 イイね!
哲学的な話
先日芥川賞が発表されました。

それに因んでというわけではないですが、今回は以前読んだ本

の中から興味深い作品を紹介いたしましょう。

少々難しい話になりますので、お時間が取れて尚且つじっくりと

腰を据えて読めるという方はどうぞ。  読む人それぞれの嗜好

にもよりますが、私自身は非常に面白い話であると思います。


それにしても、見よ ! このタイトル画像を !  芥川龍之介 !!

みんカラの格調を一気に押し上げるようなカッコ良さぢゃないですか ! (笑)


さて、芥川龍之介といえば誰もが知っているのが 「蜘蛛の糸」 という短編小説。

内容はご存知だと思いますので、特にここでは触れませんが、龍之介の小説には他にも色々と

興味深い作品がありまして、その中で今回紹介するのは 「神神の微笑」 という作品。

この作品には我々日本人の”本質”とは何か、或いは日本人を形成する”根本原理”とは何か、と

いったようなものが描かれている気がしますので、今回取り上げてみました。

内容は、戦国時代にキリスト教を広める為に日本にやって来たイエズス会のオルガンティノ神父が

日本の”神”と問答するという物語です。 このオルガンティノ神父は実在の人物ですが、内容はも

ちろんフィクションです。


では、一部抜粋して紹介を。

今宵は辛口爺が、あなたを芥川龍之介の世界に誘いましょう (^^)




       『 神神の微笑 』   芥川龍之介    1922(大正11)年



オルガンティノは言う。

  「南無大慈大悲の泥烏須(デウス)如来 ! 、私はリスボアを船出した時から、一命はあなたに

  奉つて居ります。 ですから、どんな難儀に遭つても、十字架のご威光を輝かせる爲には、一

  歩も怯まずに進んで參りました。 これは勿論私一人の、能くする所ではござひません。 皆

  天地の御主、あなたの御惠みでござひます。

  が、この日本に住んでゐる内に、私はおひおひ私の使命が、どのくらい難ひか知り始めました。

  この國には山にも森にも、或ひは家家の並んだ町にも、何か不思議な力が潜んで居ります。

  さうしてそれが冥冥のうちに、私の使命を妨げて居ります。 さもなければ私はこの頃のやうに

  何の理由もない憂鬱の底へ、沈んでしまふ筈はございますまい。

  ではその力とは何であるか、それは私にはわかりません。 が、兎に角その力は、丁度地下の

  泉のやうに、この國全體へ行き渡って居ります。」


そのように嘆くオルガンティノの前に、この國の霊(神)が現れる。


  「誰だ、お前は !?」

不意を打たれたオルガンティノは、思わずそこへ立ち止まつた。


  「私は、 … 誰でもかまひません。 この國の靈の一人です。」


老人は微笑みを浮かべながら、親切さうに返事をした。

  「まあ、御一緒に歩きませう。 私はあなたと暫くの間、御話しする爲に出て來たのです。」


オルガンティノは十字を切った。

が、老人はその印に、少しも恐怖を示さなかった。

  「私は惡魔では無いのです。 御覧なさい、この玉やこの剣を。 地獄の炎に燒かれた物なら

  こんなに清淨ではない筈です。 さあ、もう呪文なぞを唱へるのはおやめなさい。」


オルガンティノはやむを得ず、不愉快さうに腕組をしたのち、老人と一緒に歩き出した。


  「あなたは天主教(キリスト教)を弘めに來てゐますね、… 」

老人は静かに話し出した。

  「それも惡ひ事ではないかも知れません。 しかし泥烏須(デウス)もこの國へ來ては、きつと

  最後には負けてしまひますよ。」


  「泥烏須は全能の御主だから、泥烏須に、… 」

オルガンティノはかう云ひかけてから、ふと思ひついたやうに、何時もこの國の信徒に對する丁寧

な口調を使ひ出した。

  「泥烏須に勝つものはない筈です。」


  「所が實際はあるのです。 まあ、御聞きなさい。」


さう言って老人は、支那の孔子や孟子の教え、また印度の釈迦の教えも結局この國の中では変

質してしまつたと述べ、「泥烏須のやうにこの國に來ても、勝つものはない」と断言する。

これに對して、オルガンティノは、今日も侍が二、三人キリスト教に入信したと反発する。


老人は穏やかに言う。

  「それは何人でも帰依するでせう。 ただ帰依したと云ふ事だけならば、この國の土人の大部

  分は悉達多(シッタルタ・釈迦)の教えに帰依してゐます。 しかし我我の力と云ふのは、破壊

  する力ではありません。 造り變へる力なのです。」


老人は最後に小声で言ふ。

  「事によると泥烏須自身も、此の國の土人に變るでせう。 支那や印度も變つたのです。 西

  洋も變らなければなりません。 我我は木木の中にもゐます。 淺い水の流れにもゐます。

  何処にでも、又何時でもゐます。 御氣をつけなさい。 御氣をつけなさい。… 」



    以上、抜粋終わり。
  


   

芥川龍之介の「神神の微笑」の大筋でしたが、何か感じるものがあったでしょうか ?


”破壊する力ではなく、造り変える力”


外国から入って来る宗教等に対し拒絶や破壊をするのではなく、造り変えて容認することによって、

いかなる神であってもやがては八百万の神の一つに取り込まれていく。

釈迦、孔子、孟子、強力な一神教であるキリスト教も例外ではありません。

最初にも書きましたが、日本という国の文明の本質や根本原理といったものが見事に表された作

品だったと思います。


芥川龍之介は晩年深くキリスト教に傾倒し、自殺した時の枕元には聖書が置かれていたそうです。

それが故に、この国が持つ不思議な力に気付いたのではと言われています。

これは何も宗教だけに留まらないと思います。 

外国から入って来たありとあらゆるものが噛み砕かれ、日本流に作り直され、本家を凌ぐまでに進

化させてしまうというのはよくご存知だと思います。

世界の有色人種の国々の大多数が貧困に喘ぐ中、何故日本だけが発展・繁栄できているのか。

何故日本だけが先進国で有り続けているのか。 私はその理由もこの作品の中に描かれた通り、

この国だけに見られる強力な”造り変える力”にあるのではないかという気がしています。



というわけで、今回は芥川龍之介の世界にちびっと足を踏み入れてみましたが、如何でしたか ?


え ? 何 ?


どこが哲学的なんだって ?


いやいや、イメージ、イメージ (笑)


実は哲学とは何であるのか ...



書いてる本人がまるで解かっていないという (爆)
Posted at 2017/01/22 21:09:22 | コメント(2) | トラックバック(0) | 良い話シリーズ | 日記
プロフィール
「淡路島の「八木のしだれ梅」だそうです。

木の花は濃きも薄きも紅梅。
まさに”いとめでたし”ですね。」
何シテル?   02/26 00:02
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 下手に近づかないほうが無難です(笑) 極論で語ることもありますが、昭和の頑固親父の戯れ言だと思...
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昭和のアーティストたち、其の三 「岡林信康」 
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2017/02/26 07:42:54
貰ってやった来てやったで30年 
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2016/11/09 21:21:23
昔のアイドル 特別編 
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2015/06/28 13:46:22
お友達

長期に渡り疎遠な方は縁無きものと判断し、予告

なしに削除して参りますが悪しからず。m(_ _)m




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