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2017年01月15日 イイね!

   今日もラクダのもも引きとあったか腹巻を華麗に着こなし、あなたと私の腹回りのように甘く

 たるんだ世の中を、昭和のセクハラおやじが鋭く斬る !



今年もまた全国各地で式典の場を乱す狼藉者が散見されたようだ。

もちろん先週行われた成人式のことである。

毎年のように現れる愚かな輩たち。

メディアの報道合戦もまた、あたかもそれを待っていたかのような様相である。


そんな中、今回は少々気になるニュースを見つけたので取り上げてみたい。

9日の月曜日に配信された神戸新聞NEXTの記事である。



    新成人に 「態度なってない」 式辞で市長声荒げ 兵庫・明石



   兵庫県明石市の泉房穂市長は9日、同市成人式の式辞で 「ざわついていて、みなさんの

   態度はなっていない。 式典には多大な税金を使っているが、来年以降の取りやめを考え

   たくなる」 と声を荒らげた。 

   関係者や新成人からは、前触れなく怒鳴るような言い方をしたことに批判が出ている。


   ある市議は 「静かにしなさいと注意せず、頭ごなしで行き過ぎ」 とし、新成人は 「大人気な

   く、見習いたい態度ではなかった」 と話した。


   一方で泉市長はお祝いの言葉を贈り 「厳しい時代だが、それぞれ強く生き、明石を大切に

   してもらいたい」 とも話した。  (藤井伸哉)


       以上、転載終わり。



    ☹        ☹        ☹        ☹        ☹        ☹        ☹


さて、短い記事でしたが、皆さんはこれを読んでどう思われただろうか ?

何かおかしな記事だと思ったのは私だけではないはず。

少々乱暴な言葉使いで悪いのだが、私はこの中に馬鹿が3人いると思うのである。



まず、注意もせずにナントカカントカとか言い、市長を批判した市議に言いたい。

成人式とは言うまでもなく二十歳になった、或いはなることを祝う式典である。

二十歳といえばもう立派な大人なのである。

小学生や中学生のガキではないのである。

来賓の挨拶や祝辞の時に注意をしなければ静かにならないのであれば、明らかにそちらの方が

問題だろう。



そして新成人。

市長の態度は大人げない ... だと ?


二十歳にもなって場をわきまえることも知らないクソガキどもが !

生意気な口を利くんじゃねぇよ !!


叱られた意味がわからんようであれば、もう一度小学生からやり直せと私は言いたい。



そしてこの記事を書いた記者。

あたかも市長が問題だと言わんばかりの記事である。

此奴には、常識で考えろ ! と言いたい。

市長にいったい何の落ち度があるというのだ。

市長という”権力者”への揚げ足取りのつもりなのか、それとも当てつけなのかは知らないが、

式が始まってもザワつきが収まらない新成人たちなのである。それを叱る市長を批判する理由

などどこにもないはずである。



成人式のような公の式典となれば当然壇上には日の丸が掲げられているはず。

そういった式典の場では自然と厳かな気持ちにならなければいけないはずである。

これは世界中のどの国にも共通することなのだ。


人として公の場での最低限の振る舞いは子供のうちから心得るべきである。

注意されなければ静かにできない時点で、それはまだ成人には達していないのである。

成人式は税金で馬鹿どもを騒がせるためにあるのではないのである。


最後に、昨今の成人式を乱す愚かな輩は出席する新成人たちのほんの一部である、ということ

は付け加えておく。



   以上。
Posted at 2017/01/15 21:18:25 | コメント(6) | トラックバック(0) | 辛口シリーズ | 日記
2017年01月08日 イイね!
昭和のアーティストたち、その六 「松山千春」
昭和のマニアックな親父たちに好評 ? の昭和のアーティスト

シリーズ。 その第六弾。

今回は松山千春を語りましょう。

但し、私が好きなのは77(昭和52)年にデビューして、そこか

ら3~4年、まだ北海道を拠点にしていて、大凡ギター1本で

活躍していた頃の千春です。

81年辺りからでしょうか、ギターをマイクに持ち替えて、ステージを所狭しと動き回るようになった千

春は、私の中ではもう千春ではありません。

その辺は書き手の主観ということで、どうかご理解ください。 また、そういった観点からも、使用す

る動画の方も画像・音声ともに粗悪であっても、なるべく当時のものを借用しました。

また、90年以降くらいでしょうか、髪を諦めて頭ツルツルになった千春も、歌を大きく崩して歌ったり

と、私の中ではもう千春ではありませんので、その辺りも合わせてご了承ください m(_ _)m


それでは。





1975(昭和50)年、ニッポン放送が主催した「全国フォーク祭」の北海道の地区予選会でのこと。

二十歳前の痩せっぽちの一人の若者が、高校生の時に土方のバイトで買ったという5000円のみ

すぼらしいギターを手に参加しました。

歌ったのは、その若者が高校生の時に作った曲でした。


審査員の一人が、若者に言ったそうです。

「歌はいいが、ギターがひどいな」

若者はその審査員を睨み、臆することなく反論しました。

「俺はギターの品評会に来たんじゃねぇ ! 歌を評価してくれ !! 」


若者は落選し、本選会には出場できませんでした。 

態度が生意気だというのが理由でした。

が、しかし審査員の中にこの若者の素質を見抜いていた男がいました。

その男とは、札幌テレビ(STV)ラジオディレクター(当時)の竹田健二。

そしてこの若者こそ松山千春でした。

その後竹田は、周りの反対を押し切り、担当していたラジオの深夜番組のコーナーに千春を抜擢

します。 これがシンガーソングライター・松山千春の始まりの全てでした。

この時の予選会で歌った曲こそ、後にデビュー曲となった「旅立ち」。  

千春が17歳の時の作品だそうです。




その後、77年にオールナイトニッポンのパーソナリティにも抜擢されると、その強烈な個性が故

に人気は北海道に留まらず全国へ。 が、しかし、それはあくまでも深夜放送の範囲でのこと。

本当の意味で全国区となったのは、翌78年にリリースしたシングル「季節の中で」のヒットでした。


北海道が俺の拠点 ・・・ あくまでもローカル色を貫く千春。 しかし彼の人気は留まるところを知り

ませんでした。 「季節の中で」はヒットチャートを一直線に駆け上がり、遂には、あの人気歌番組、

ザ・ベストテンに初登場5位でランクイン。 その後も上昇を続け、当時の沢田研二や山口百恵、ピ

ンクレディーといった並み居るスターたちを押しのけ、堂々の1位獲得、それも7週連続でという快

挙を成し遂げるのでした。




しかし、千春は番組には出ませんでした。

テレビ局からの度重なる出演依頼を拒み続けたのです。

若者たちから絶大な人気を得ていた当時のフォーク&ニューミュージックの歌手たちの大多数は、

コンサートを中心に活動しており、僅か3分間という短い時間の中で一曲だけ歌うということに難

色を示したのと、曲に対して順位ずけすることに対しての疑問視等々で、こうした歌番組には出演

しなかったのでした。

「俺の活動の場は北海道だ。 東京じゃねぇ」

千春も例外ではありませんでした。


番組プロデューサー直々の度重なる出演交渉にも、頑なに拒否し続ける千春。

が、しかし、そんな頑固な千春の心を動かしたものがありました。

それは全国のファンから毎週のように番組宛に送られてくる膨大なリクエストのハガキの山でした。

「あなたはこれだけのファンの声に応えるべきではないのか」。


迎えた11月16日木曜日。 

その日の新聞のテレビ欄には、しっかりと松山千春の名前がありました。

辛口爺、当時目元涼しき高校2年生。 朝から体に緊張が走ります。

学校へ行っても皆この話題で持ち切りでした。

そして夜9時40分頃。 テレビの前で正座して待つ辛口少年。 

遂にその時が来ました。

華やかな歌謡番組の中、色取り取りの煌びやかな衣装やドレスが舞い、派手なアクションや振り

付けで歌い踊る人気歌手たち。

そんな中、最後にたった一人ギター1本のみで歌う千春の姿は衝撃でした。




北海道という土地に生まれ育ったからであろうか、千春の作る曲には、それまで誰も書けなかった

大自然をイメージさせるような、ある種のスケール感といったようなものが存在したように思う。

曲の中に千春自身が愛するであろう北海道の空や海や大地といった「大自然」がブレンドされ、そ

れらをベースにした「愛」といったものが溢れている印象なのである。

そう、千春を語るキーワードはこの「大自然」と「愛」の2つだと思うのである。


次の曲は「銀の雨」

先ほどの「季節の中で」のキーワードが大自然だとすれば、この曲は紛れもなく愛であろう。

ただ、残念なことに動画が無い。

そこでカバー動画の登場になるわけだが、これが非常に秀逸。

1717atom1という方の動画ですが、千春本人より上手ではと思うくらい。

憧れのスリーフィンガーが素晴らしいし、変に崩さずに原曲に近い感じもとても良いと思います。





そして「雪化粧」

この曲も大好きでした。

これほどに叙情的な曲はないと思う。

若かりし頃、まだお金もなく貧乏で何もない寒い部屋。

それでも二人一緒にいるだけで、寄り添うだけで共に幸せを感じていたあの頃。 

理屈ではない、ただ人間の本能としてそうしていたい。 それが見事に描かれており、その辺りは

千春の真骨頂が描かれた曲であったと思う。




さらに「おいで僕のそばに」

シンプルな詞ではあるが、そのシンプルさが返って人間の性(サガ)や本能といったものを浮かび

上がらせる曲であったと思う。 まだ思春期だった自分には少しドキドキした曲でした。





松山千春の初期の頃の名曲といえば、他にも取り上げたらキリがない。

時のいたずら、 かざぐるま、 歩き続ける時、 窓 ...

少し長くなったので、ここは出来るだけシンプルにいきたいと思う。

そこで選んだのが「夜明け」

この曲もあの頃の千春ならではの「愛」が溢れた曲であったと思う。



そして最後の曲。

最後はやはり「大空と大地の中で」を上げたい。

一番千春らしいといえば、やはりこの曲以外にないと思う。

大自然をテーマに、北海道という厳しい大地に生まれ育たなかったら、恐らくこういった曲は書けな

いだろうと思います。




というわけで、最後は駆け足になってしまいましたが、「昭和のアーティスト その六 松山千春」

これにて終了です。


最後までご覧頂き、有難うございました m(_ _)m



北海道&千春的画像 ? 辛口爺 高3の時(笑) ↓


Posted at 2017/01/08 17:52:33 | コメント(8) | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記
2017年01月05日 イイね!

止まらない ...

止まらないのである。

昨年の「つま恋」の閉鎖騒動以来、フツフツと湧いてきた私の頭の中のフォーク&ニューミュージ

ックへの熱い思いと回帰が止まらないのである。


恐らくこのみんカラでは、アイドル大好きなエッチなおやじ、綺麗なおなごにはその年齢関係なく

目がないスケベおやじと思われているであろう私・辛口爺。

しかし若かりし頃、特に高校時代などは、現在の私のみを知る皆さんには、にわかには信じ難い

かもしれないが、おなごなどには一片の目もくれない超硬派な男子で通っていたのである。


  「辛口は女の子には興味がないみたいだなぁ」


どうか変な意味でとらえないで欲しい(笑)

これは高2の時に担任が部活の顧問に実際に言ったことばである。

今は見る影もないが、当時は生来の美少年がゆえに言い寄る女子生徒は数しれず(爆) 

が、それらをちぎっては投げちぎっては投げし、また時には泣かせもして夢中になっていたのが

フォーク&ニューミュージックだったのだ(笑)


70年代、若者の間で爆発的な人気を誇ったフォーク&ニューミュージック。

私の青春そのものといってもいい。

というわけで、この正月休みに思わずこんなものを物置から引っ張り出してしまった。




恐らく30年ぶりくらいだと思う。 

ホコリにまみれた姿が痛々しい。 弦も2本切れてしまっている ...

みすぼらしい姿だが、コイツは私の青春の一ページでもある。

コイツには友人と、”いつか公民館にてコンサートを” という壮大な夢が詰まっていたのだ(笑)


そして最近の辛口爺といえば、暇さえあればあの頃の画像や動画を漁っている毎日である。


かぐや姫、




アリス、




千春、

中島みゆき、




坊主頭のチンピラもどきになる前の長渕。




取り上げたらキリがない。

これらの画像を見ただけで高揚感が湧いてくるのである。


70年代のフォーク&ニューミュージックは、芸能界でありながら芸能界の華やかさとはほぼ無縁

だった世界。

飾りっ気など何もなく、着ている服だって皆TシャツやGパン等私服に近かった。

演奏もギター1本が基本。 全てにおいて貧乏臭く完成度だって低かったかもしれない。

が、しかしそこには一般の歌謡界のように商売が見え隠れするような作為的なものは微塵もなく、

人の本当の心や真実、ぬくもりといったものが溢れていたように思う。


”オレたちは大人の操り人形じゃない”  

”テレビは美男美女が出るもの。オレたちには場違いだ”


彼らたちのそんなことばも、当時の若者の心をとらえて離さなかったのである。



というわけで、今年はたぶんこっち方面の音楽ネタが増えると思います。


ただし、時間があればですが(笑)



簡単ですが、また。✌




Posted at 2017/01/05 21:00:54 | コメント(8) | トラックバック(0) | 芸能 | 日記
2017年01月01日 イイね!







    皆様、新年明けましておめでとうございます。

    こちら静岡は快晴。 穏やかな元日を迎えております。



    我が日本国の国歌である 「君が代」

    過去に多くの方々が様々な式典や催しで独唱されてきました。

    今回は、私が個人的に一番素晴らしいと思った 「君が代」 を紹介致します。

    それはプロの声楽家でも歌手でもない一人の女子高生が歌ったものでした。

    ご存知の方もおられることでしょう。

    平成22年(2010)、選抜高校野球大会の開会式にて、広島音楽高校三年の

    野々村彩乃さん、当時17歳が独唱した 「君が代」 です。



    それは、いままさにアマテラスが地上に降臨するかのごとき神々しさでした。



    



     以上、


     本年も宜しくお願い致します。












      
Posted at 2017/01/01 09:50:27 | コメント(7) | トラックバック(0) | 日常 | 日記
2016年12月30日 イイね!
伝統を壊す馬鹿者たちよ
今年も残すところあと僅か。

今年度の最後を飾るブログは、さてどんな内容にしようか

と一応悩みに悩んだのであるが、振り返れば今年はスタ

ート自体が辛口ブログでしたので、やはり最後も私らしく

辛口をカマして終わろうと思います。


というわけで、人によっては不快な印象を持たれるかもしれませんが、そこは田舎のべらんめぇ

親父の戯言だと思ってスルーするか、大きな目で見てやって下され。


では。


今月の初めのことですが、各紙にこんな記事が載りました。



      除夜の鐘 「うるさい」 と苦情が相次ぎ中止に
 


  大晦日の風物詩 「除夜の鐘」。 この音を聞かないと新年を迎えた気がしない、という人も多い

  かもしれない。 しかし今、「除夜の鐘」 を自粛する寺が出てきているという。 

  
  東京・小金井市にある、100年以上の歴史を持つ 「千手院」。 住宅に囲まれており、近隣から

  の苦情で 「除夜の鐘」 の中止を決めた。 

  7代目住職の足利正尊さんは 「家族で鐘つきをするのを楽しみにしていた方もおり、私の代で

  止めてしまうのは悲しい思いではあるが、致し方ないところです」 と話す。


  


  静岡県牧之原市にある、450年以上の歴史を持つ大澤寺も 「除夜の鐘」 をやめた。

  15代目住職の今井一光さんは、「夜中に鐘が鳴るということに非常に腹を立てた近隣の方から

  のクレームがありまして、それで止めました」 と説明。

  しかし復活を望む声も強く、今井住職は昼に鐘をつく 「除夕(じょせき)の鐘」 を始めた。

  「去年は120~130人くらいが列になって並んでくれた。そういうような形でみなさんに認められ

  つつあるところです」 と教えてくれた。


  ■ ネット上でも賛否両論

  「除夜の鐘」 自粛について、Twitter上では


    「季節の風物詩を理解できないって、日本人の感性ではないね」

    「日本はどんどん残念な国になるな」

    「うるさいって言われて引き下がるお寺も微妙。そのクレームの人に除夜の鐘の意味を

    とうとうと説いてやればいいじゃない」


  など、残すべきだという意見が多い一方、


    「禁止になればいい。深夜0時に、でっかい鐘の音を聞かされる近隣住民に同情する」


  と、中止に理解を示す意見も。


  


  東京・中野にある”坊主バー”のマスターである釈源光さんは、「除夜の鐘」 は、一年の終わり

  に煩悩を洗い直して新年から心を入れ替える、という一つの区切りであり、日本人は昔からそ

  うやって鐘の音を聞いてきた。苦情が出て、止めてしまうのは寂しい思いがある。やはり世の

  中の流れに合ったやり方で、工夫して何とか続けていってほしい」 と、一定の理解を求める。



     ☹         ☹         ☹         ☹         ☹         ☹


音に関する苦情といえば、近年の保育園建設に反対という事例など枚挙にいとまがない。

が、しかし、それが今や除夜の鐘にすら苦情がくる世の中になっていようとは ...

いやはや何とも驚きである。(ーー;)


上にあげた記事には 「風物詩」 とあるが、私は除夜の鐘は”日本の伝統行事”であると思う。

日本全国どこへ行ってもこの慣わしは変わらないのである。

年にただ一度の大晦日の限られた時間である。

もし元旦が仕事というなら耳栓をすればいい。 

除夜の鐘そのものが嫌なら他国に住めばいい。

少数派、多数派という意見云々ではないのである。

百人いれば必ず一人や二人おかしなことを言う人間というのはいるものだ。

そんな連中に基準を合わせてはならないのである。

寺の側もこんなクレームにいちいち応える必要などなく、毅然とお断りすればいいのである。



音や騒音に対する苦情に関しての実態は近年目に余るものがあると思う。

昨年だったか愛知県東海市で 「無音盆踊り」 なるものが開催された事をご存知だろうか。

盆踊りがうるさいという苦情からその対策として、踊り手がイヤホンで音楽を聴きながら踊るという

ものであったそうだ。

周りで見物をする人々には、無音のその光景が一体どのように映ったのであろうか。

恐らくはシュール、あるいは異様という他はないであろう。

  

盆踊りといえば先祖の供養のために行うもので、起源は鎌倉時代の一遍上人の踊り念仏といわ

れている。 日本人にとっては非常に歴史と伝統があるものなのだ。

果たしてこんなんで先祖供養になるのであろうか。

今では日本三大盆踊りの一つ、あの有名な徳島の阿波踊りでも、数年前からうるさいと苦情が

寄せられるようになったのだとか。

先人たちやご先祖様がいたから今の自分がいる。

クレーマーは供養の意味も知らない馬鹿どもである。


音に関する苦情やクレームといえば他にも、愛犬が怖がるから花火大会は中止にしろと苦情が

来たり、また伝統行事においては、二月の節分の 「豆まき」 が危険だからという理由で中止にな

ったり、「なまはげ」 が児童虐待だとクレームがついたり等々、一部の過剰な反応を示すクレーマ

ーたちによって、日本の大切なものがどんどん失われて来ているのである。


果たしてこれでいいのだろうか。


殺伐とした今のこの世の中。


何事にも不寛容、自己優先社会の先にいったい何があるのだろうか。


こうしたクレームの声というのは、ある意味、除夜の鐘よりよっぽどデカくうるさく日本中に響き渡

っていると私は思うのだが、如何だろうか。。。




さて、今年度のブログは今回で全て終了とします。

簡単ですが最後に一言。

一年間こんな拙いブログにお付き合い頂き有難う御座いました。

それでは皆さん良いお年を。 ✌



Posted at 2016/12/30 20:27:24 | コメント(9) | トラックバック(0) | 辛口シリーズ | 日記
プロフィール
「栃木の新成人、会場に馬で乗り付ける。

これは・・・ 許す ! (爆)」
何シテル?   01/09 10:33
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 下手に近づかないほうが無難です(笑) 極論で語ることもありますが、昭和の頑固親父の戯れ言だと思...
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2015/06/28 13:46:22
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