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2016年12月03日 イイね!

「アラフィフ」 とは、特に明確な基準というものがあるわけではなく、大体40歳代の後半から50歳代

前半にかけての人を指す和製英語だそうだ。


今、このアラフィフの女優たちが実に良いのだ。

ただ単に綺麗というだけでなく、大人の女性の中にも可愛らしさがあり、さらに外見だけでなく内側

からもその美しさが溢れている存在。

そんな素敵なアラフィフたちであるが、数ある女優たちの中から私・辛口爺が特に推すのが次の

二人である。


まずは石田ゆり子

1969(昭和44)年生まれの47歳。

1987(昭和62)年に、全日空のキャンペーンガールに選ばれ、翌年女優デビュー。

とびっきりの美人とは思わないのだが、しっとりと可燐で、さらに清楚な雰囲気が実に良いのだ。

少し前になるのだが、こんなCMに出てたのを覚えているだろうか。





 ”女房を酔わせてどうするつもり ?”

いや~ 良いですね~ ♡

このCMは厳密に言うと、90年頃の中野良子さんが登場したものをリメイクしたものなのだが、前作

がやや冗談交じりで遠回しな感じなのに対し、こちらの方は妙に直接的で意味ありげな雰囲気。

たった15秒の中に男の妄想と浪漫がぎっしりと詰まっており、さらには男の夢をも大いに掻き立て

る出来栄えではなかったかと思う。

実に素晴らしい作品である。

辛口爺はこのCMを作った人々に拍手を送りたい。



そしてもう一人が、原田知世

彼女は1967(昭和42)年生まれの49歳。

1982(昭和57)年に芸能界入りし、翌83年に角川映画 「時をかける少女」 でスクリーンデビュー。

こちらも清楚でかつ透明感溢れる雰囲気が実に良い。

動画は原田知世カバー集「恋愛小説」第2弾より 「September」。

1979(昭和54)年の竹内まりやの曲でした。



9月から先月にかけて放送されたNHKの金曜ドラマ 「運命に、似た恋」 をご覧になった方も居られ

ることでしょう。 私自身、近年はテレビドラマというものはまるで見ていなかったのだが、それが夜

10時という時間帯や、その他のタイミングが合ったことで、今回たまたま見ていたというわけなのだ

が、正直驚きましたね~。 50間近のこの年齢で、この可愛らしさとこの透明感。 ”時をかける少

女”ってのはこのことなのかと思ったくらいでした。

そして、これは石田ゆり子と原田知世の2人に言えることなのだが、デビューした若い頃より、むし

ろ今現在の方がよっぽど魅力的なんじゃないかな、と ...

若い方々や、本当の同世代の方々が彼女たちをどう思うかはわかりませんが、ちょっと上の辛口

爺の世代からすると本当に可愛く見えるんだなぁ、これが。  うん可愛くてしょうがないぞ ♡


で、最近の辛口爺の頭ん中の相関図がこんな感じ (笑)


                           ↓


                 
                 
                 

それにしても良いなぁ、アラフィフの女たち ...

   ゆり子に、

     知世に、

       奈保子、、

         あっ、辛嫁ちゃんもか (^^ゞ



   というわけで、 う~~


   恋多き辛口爺なのであった。



          なんのこっちゃ (爆)
Posted at 2016/12/03 21:35:48 | コメント(8) | トラックバック(0) | 日常 | 日記
2016年11月26日 イイね!
行商のおばちゃんの話
現代の日本人が忘れつつある大切なものを無理やり呼び

覚ます「良い話」 シリーズ (笑)

今回は”行商のおばちゃん”の話です。

かつて我々が子供だった昭和の時代、どこの町にも行商

を生業にされていたおばちゃんがいました。 

自分の体よりも遥かに大きな荷物を背負いながら各戸を

周り、野菜や鮮魚を売り歩く姿を覚えておられる方も多いことでしょう。

もうとうの昔に絶滅したであろうこの「行商のおばちゃん」ですが、実はあの時代から現在に至る

まで延々と続けてきておられる方がいるのです。 しかも東京・銀座のど真ん中でです。

その方とは上のタイトル画像に写る方で、茨城県の石山文子さんとおっしゃる方。

今回はその石山さんの話です。



ではさっそく紹介いたしましょう。

2年ほど前のNEWSポストセブンその他からの引用です。



      「 待っている人がいるからやめらんねえ 」


    東京銀座には、”おばちゃん”と呼ばれて親しまれている有名人がいる。

  61年にもわたって行商を続けている石山文子さん(84才)だ。 石山さんは毎日、茨城県から

  1時間半電車を乗り継ぎ、銀座の街へとやってきては、地元農家でとれた野菜や地元鮮魚店

  の魚を売っている。

  石山さんの起床は午前4時。 支度を終えると、自分の体より大きなかごを背負い、自転車で

  県境を越えて千葉県我孫子市の布佐駅へ向かう。 

  乗る電車は決まって5時51分発上野行きだ。


  朝7時4分、地下鉄・東銀座駅に到着。 

  石山さんは、首にかけた手ぬぐいで汗をぬぐうと、シートに商品の陳列を始めた。

  この日は、採れたての野菜の他に、アジ、まんじゅう、嫁が漬けたきゅうりが並んだ。

  7時10分に営業開始。 すると開店を待っていたかのように、レストラン経営の男性が自転車

  でやって来た。 10年来の常連客で自宅用の食材を購入している。

  石山さんが笑顔で迎える。


  「おはよう。今日はね、トマトがおいしいよ」

  「じゃー、それちょうだい。 おばちゃんおいしそうなの選んでよ」

  「ハハハ、どっこいしょ」


  石山さんは立ち上がり、少し大きめのトマトを袋に入れていく。


  「あとアジもおいしいから買っていってよ」

  「(笑い) わかった」

  
  会計は1200円。 男性は 「ちょっと細かいけど」 と言って、千円札と五十円玉4枚を渡す。


  「あー、ちょうど五十円玉が欲しかったの。 いつもありがとね」


  おばちゃんの元には、いろいろな客が訪れる。 サラリーマンやOL、銀座に住む主婦、時には

  外国人観光客も。 とび職風の大柄な若者は、黙って代金を置いてトマトを掴んでいった。

  
  「一度もしゃべったことないけど、毎日来てくれるんだよ」 と石山さん。


     


  開店から2時間後の9時10分、商品は完売した。 石山さんは、また1時間半かけて、茨城の

  家まで戻る。 電車内では疲れて寝てしまうことが多い。 

  いつまで続けるのだろうか。


  「やめらんねえよ。 おれをこうやって待ってくれる人がいるからね。 1日でも休むと、”おば

  ちゃん、どうしたの ? 大丈夫 ?”って言われちゃうから」


  石山さんが行商を始めたのは23才の時だった。

  当時、辺りはまだ一面焼け野原。 そんな中を米一表を背負って毎日通って来たのだという。


  「昔は、なーんも無かったんだよ、着るもんも食うもんもなーんもねえの。

  20で嫁にいってよー、朝っぱらから洗濯してよ、わらでご飯炊いてよ、手なんか荒れちゃって

  真っ赤だよ。

  便所の中で涙こぼして、実家の方見て叫んだよ、帰りてーよー、帰りてーよーって、泣いて泣

  いて泣き抜いたよ」


  時折、目をぎゅっとつむり、ていねいに話しかけてくれた。


  「苦労ってもんはずいぶんしたよー。 まーず働いたよ。 80年働き続けても丈夫なんだから

  よ~。 大したもんだと思ってよ~。 息子たちにも言われんだよ。 ばあちゃん元気だよなー

  ってな」

  そう言うと、満面の笑みを浮かべ、豪快に笑う。

  
     


  石山さんが行商を始めた当初バラックばかりだった銀座の町並みは、1964年の東京五輪を境

  に近代化が始まった。 1967年には通りを走っていた都電が廃止され、ビルが次々と建ち、東

  京で一番のネオン街に変わっていった。


  「今は高いビルばっかり建っているけど、どんどん人がいなくなってる気がするね。 少し前まで

  は近くに麻雀屋さんがあって、朝に徹夜明けの人がよく買いに来てくれたよ」


  そう言って石山さんは、地下鉄の改札口に向かっていった。 

  数歩進んで振り返る。


  「だけど、人情は60年、変わんねえ」



   ☹        ☹        ☹        ☹        ☹        ☹        ☹



いかがでしたか ? 行商のおばちゃんの話。

私はこの石山文子さんに本当の日本人の姿を見た思いがします。

もう2年ほど前の記事になりますので、今年86歳になられているはずです。 現在も続けられてい

るのかどうかはわかりませんが、それにしても驚きですね。 平成に変わって28年、日本で一番の

都会であり繁華街である東京・銀座に、まだ 「昭和」 が残されていたわけですから。


この話を読んでみて改めて感じるのは、昔の日本人の”強さ”であろうと思います。 精神的にも肉

体的にも本当に強くてたくましいですね。 実際に石山さんのところへやってくる人たちは皆、口々

に言うのだそうです。 「おばちゃんに会うと元気をもらえる、安心する、ほっとする」、と。


そして、最後の石山さんの 「人情は60年かわんねえ」 という言葉。

とっても嬉しい気がしますし、温かいものを感じます。

今のこの世知辛い世の中に一筋の光が差すような思いもしますね (o^-')b



長くなりますのでこの辺で終わりにします。

今回の石山文子さんではないですが、行商のおばちゃんを記録した動画がありましたので貼って

おきます。 お時間のある方は是非どうぞ。

山形・庄内地方で近年までリヤカーでの行商を続けられた斉藤みつ子さんとおっしゃる方です。

   


最後に今回のブログとは直接関係はありませんが、今無性に聴きたい気分の曲です。

           ↓

海援隊の 「母に捧げるバラード」  昭和49年のNHK紅白歌合戦での映像です。

   


        今も聞こえる あのおふくろの声

        ぼくに人生を教えてくれた

        やさしいおふくろ

       ( 中略 )
       
        行ってこい どこへでも行ってきなさい

        おまえのごたあ息子がおらんごとなっても

        母ちゃん なあもさびしうなか 

        人様の世の中へ出たら働け 

        死ぬ気で働いてみろ

        働いて 働いて 働きぬいて 

        休みたいとか 遊びたいとか そんなことおまえ いっぺんでも思うてみろ

        そん時ゃ そん時ゃ 死ね

        それが それが人間ぞ それが男ぞ

       ( 中略 )

        今も聞こえる あのおふくろの声

        ぼくに人生を教えてくれた

        やさしいおふくろ

   



  ... やっぱり自分は古い人間か ... (笑)      また来週~
Posted at 2016/11/26 19:35:09 | コメント(6) | トラックバック(0) | 良い話シリーズ | 日記
2016年11月20日 イイね!
PC故障顛末記
最近どうもパソコンの調子が悪いのだ。

2010年に購入した富士通のノートパソコンなのであるが、文字を打

っても反応しないキイが出てきたのである。

このパソコンを今現在使うのは私と女房のみで、それほど酷使する

というわけではない。 ホコリはまあ年式相応。 たまに猫がキイの

上をノッシノッシと歩くのがいけないのか。。。


さてどうしたもんかと薄くなった頭で考えているうちに閃いたのがスクリーンボードの利用 ☀


うん、問題なく打てる  (^^)v

が、しかしこれだと片手の指一本しか使えない。 異常に遅いのだ (TεT)

やっぱりこれは緊急用だな。


さて、どうしたもんだか ...


と、そこへタイミングよく息子が帰宅 ♪

何とかしろと命じると、今はUSB端子に差し込むだけで使えるキーボード単体があるとのこと。

高いのか ? と聞くと、確か2~3千円であったと思うとのこと。

よしそれならばと今日、さっそく市内のケーズデンキへ。

幸いにもここで使える千円分の商品券もある。

が、しかしそこで見たものは安いやつから高いものまで様々でまさにピンキリ状態。

あまり高いものである必要はないような気がするし、かといって安物買いの銭失いは自分の最も

嫌うところ。 プライドだってある ...。


で、悩みに悩んだ末に買ったのがこちら。




中国製のエレコムとかなんとかの1080円の品 (爆)


支那のこんな品が本当に役に立つのか ? と半信半疑で持ち帰りさっそく使用してみる。
    ↑おお、見事なシャレ。

するとどうだ。

何の問題もなく使えるではないか。

ホント簡単で、ただ端子を差し込むだけでOKなのである。

これが時代ということなのか ..

しかも商品券のおかげで自己負担はわずか百数十円也 !   フッフッフッ、久々に俺の勝ちだな。

めでたしめでたしである。 

というわけで、キイの故障によるノートパソコン買い替えの危機を格安で無事に乗り越えたと同時

に、この世界の事情にてんで疎くなっている自分にも気付かされた辛口おやじなのでありました。 


  ではまた。 (^^ゞ

Posted at 2016/11/20 21:07:12 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日常 | 日記
2016年11月13日 イイね!


     今から58年前、1958(昭和33)年に描かれた絵です。


     平成の今の世にはあまり見られなくなった構図の絵のような気がします。


     この絵をご覧になって、あなたは何か感じるものがあるでしょうか ?



    

母82才。 息子59才。

58年前ですので、今ですと母92才、息子69才くらいの感覚でしょうか。


この絵に描かれている方は戦後、”政財界の黒幕” または”右翼のドン”などと呼ばれ当時のマス

コミたちから散々に叩かれた方でした。

私が子供の頃にも度々メディアに登場された方でしたが、まず良く言われたことは唯の一度も無か

ったように思います。


しかし、今改めてじっくりと調べてみますと、それらのイメージはみな当時のマスコミたちが作り上げ

た虚構であったことがわかります。

先の戦争で犠牲になった英霊たちの弔いや、戦犯として処刑された者の家族や遺族たちへの支援

や救済に私財を投じるなど、その功績の方が遥かに大きかった方であったそうです。 

また戦争中は軍に協力してあおりまくったにも関わらず、敗戦後は知らん顔を決め込んだいわゆる

左巻きの進歩的文化人や知識人たちに悪を擦り付けられ生贄にされたのもこの方でした。


この絵に描かれた人物が誰であるのか ?、私と同世代で勘のいい方はもうお判りでしょう。

私らが若い頃は世間や子供向けにこんなCMを流して、世の中を啓発された方でもありました。



     


当時は戦犯崩れがわざとらしい、全国の競艇を取り仕切るギャンブルの胴元がなにを偽善じみたこ

とをしているのだと散々揶揄されました。

が、しかし今思えばその収益金が半島へ流れるパチンコなんかよりよっぽど役に立っていますし、何

よりも言っていることは子供たちにとってもとても大切なことだと思います。

あ、因みに私は競艇よりオートレース派でした。 (^^ゞ  ( 浜松に行けば両方あるのだ )



またこの方は、ハンセン病患者の救済にも多大な貢献をされた方であり、そのワクチンを改良する

際に自らの身体を差し出し、ワクチン接種の第一号被験者にもなられた方でもあるのだそうです。
                                                         (;゚Д゚)!


というわけで、超簡単でしたが辛口おやじの良い話。


今回は何をトチ狂ったのか、かつての日本のドン 『 笹川良一 』 氏の話しでした~ 



   

     また来週~
Posted at 2016/11/13 19:23:31 | コメント(4) | トラックバック(0) | 良い話シリーズ | 日記
2016年11月03日 イイね!
貰ってやった来てやったで30年
辛口レビンです。

前回のブログでも触れましたが、辛口夫婦は本日11月3日をもちまし

て無事に結婚30周年を迎えました。

思えば昭和60年初頭に出逢い、翌年に結納・挙式。 その後幾多の

困難や風雪に耐え、苦労を共にして今日まで駆け抜け、30年という

月日を重ねて参りました。

これもひとえに周りの皆様のご指導とお力添えがあってこそと心得、深く感謝致すところであります。

  m(_ _)m  m(_ _)m  m(_ _)m



では前回の約束通りに私たちが出会った頃の画像をアップしてみたいと思います。

くれぐれも言っておきますが、今ではなく30年前の姿です。

お間違えの無いように(笑)   

あと大変申し訳ないのですが、やっぱり恥ずかしいですので、画像は少し暈(ボカ)させていただく

のと、不特定多数の方に晒されますので本日中のアップという事でご了承願います。

( 画像は日付が変わる頃に削除いたします )


では早速。    【 ※ 皆様の熱いリクエストにお答えして、顔を隠しての再登場です (^^ゞ】


大体皆様の想像する通りだと思います。




              ↓




              ↓




              ↓




 

               


今回は辛嫁のエピソードなどをいくつか。


辛嫁は出逢ったとき、今ではJAと呼ばれる某巨大組織の金融課の窓口の看板娘でした(笑)

三人姉妹の三女で、要領がいい反面甘えん坊。それでいてかなりのやきもち焼きでもあります(^^ゞ

付き合っていた頃もそうでしたが、子供が学校へ通っている時分にもPTAや部活の父母会で他所

の嫁さんと私が親しげに話をしていると、後になって必ず背中やお尻を”ツンツン”されたものです。

驚いたことに昨年でしたが、町内会の役員として臨んだ県下一斉の防災訓練のとき。ここでも他の

役員さんの嫁さんと長く親しげに話をしていましたら、後になって背中をツンツンされました ・△・。


しかしまあ、よくよく考えてみると、50半ばのこの歳になってもやきもちを焼かれるというのは、ある

意味幸せなことなのかなぁ ... と。

ずっと自分一筋で来てくれているわけでもあるのですから。


と、まあ、ちょっとしたオノロケ話でスイマセン(笑)



 これが”汚れた英雄” だった頃(笑)


 
              ↓



              ↓



              

着ている革ツナギはタカイ製のセパレート。 平忠彦もタカイ製でしたね。

バイクはヤマハXJ400ZSのアンダーカウル付き。

スズキGSX400Fに次ぐ2台目で、中古で込みコミ32万でした(笑)

後ろにカワサキのGPZ400Rが見えますが、これが最初期型で、まだNinjaのロゴが無い時代のもの

です。 この他にもスズキのGSX-R400とホンダCBR-400エンデュランスがありましたので、これで

私がFZ-400Rを買えば仲間うちで当時の400マルチのレーサーレプリカが全て揃うハズでした。

いずれも最初期型の時代です。

ところがここで私がFZを買うぞと宣言していたにもかかわらず、皆んなを裏切ってあろうことかバイ

クよりも辛嫁に乗る方を選んでしまったわけです(爆)

ここをもって私のバイク人生は幕を閉じました。

夢にまで見た限定解除もこれ以降未挑戦のまま。

当時の仲間たちからは、もちろん今でも裏切り者呼ばわりです(笑)



話は戻りますが、私は長男ですので辛嫁がうちに嫁いだ頃は私の親父やお袋はもちろん、その上

の爺ちゃん婆ちゃんもまだ居るという状況でした。 つまり私たちを入れると三夫婦だったのです。

あの時代は、今ではあまり聞かなくなりましたが、嫁姑問題というのが社会を賑わせており、若い

女性たちの結婚相手として長男というのは非常に不人気な時代でした。

しかもその上に今でいう3Kのイメージとも重なって、特に農家の嫁不足というのが社会問題になる

ほど深刻な時代でもありました。

代々今の土地に住む我が辛口家もご多分に漏れず、兼業ではありますが昔からの農家。

こんな”悪条件 ?” が重なる中へよく飛び込んで来てくれたと思います。


さらに、うちは一族の本家に当たるということで、毎年夏のお盆と正月には親族一同で宴会をする。

当然のことながら迎える側ですので常にホスト役。 規模はまるで違いますがちょっとした梨園の妻

のような立場であり役目をしなければならないわけです。

正月などは早く在所に帰って親姉妹の顔が見たいだろうに、それでも嫌な顔ひとつせずに親戚衆の

接待をしてくれています。

これには本当によくやってくれていると思うし、頭があがりません。

というわけで、辛口おやじには勿体無い妻、辛嫁ちゃんなのでありました (^^ゞ



では皆さん、こんなオノロケ話に付き合ってくれて有難う御座いました。

簡単ですが、これにて結婚30周年特別ブログ終了です。


次回からは通常ブログでお会いしましょう。 ✌



          新婚旅行にて ↓


         
            東京タワーより .....ガンコに立派でした \(◎o◎)/
Posted at 2016/11/03 17:26:27 | コメント(14) | 日常 | 日記
プロフィール
「原発避難いじめ、学校側は「生徒が率先して金渡した」と判断。

馬鹿な、150万だぞ、気は確かなのか !?
教師・学校・教育委員会すべてが腐ってるな ...」
何シテル?   11/25 22:13
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 下手に近づくと噛み付かれます(笑) 極論で語ることもありますが、頑固親父の戯れ言だと思って大き...
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貰ってやった来てやったで30年 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2016/11/09 21:21:23
昔のアイドル 伝説編 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/09/27 12:30:00
昔のアイドル 特別編 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2015/06/28 13:46:22
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長期に渡り疎遠な方は縁無きものと判断し、予告

なしに削除して参りますが悪しからず。m(_ _)m




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