高校生のカプチーノ乗りの鈴木千野と、
その友人のビート乗りの本田美都と、
クラス担任のぴよ八先生が、
昨今の若者の自動車離れを危惧し、軽自動車を日本固有の文化として考察する目的で、私立ラファエル高等学校に「軽四輪自動車研究部」を創設した。
通称「けいよん!部」の誕生だ。
カフェで「けいよん!部」の鈴木千野と本田美都とその顧問のぴよ八先生と大した関係もない女整備士の松田AZUが夕涼みしながらお団子を食べている。
カフェと言ってもAZUが働いている本田美都の父親の整備工場の前に置いてある長椅子の事だ。
ぴよ八先生とAZUはお先にビールをいただいて良い気分になっているが、お団子とビールが合うのかどうかは疑問だし、二人ともどうやらグルメではないことは間違いない。
「ぴよ八先生、S660って速いんですか?」と徐々にクルマの楽しさに目覚め興味が湧いてきた鈴木千野が鼻歌を歌っているぴよ八先生に素朴な疑問を投げかけてみる。
「ああ、お前が乗ってるカプチーノのより基本設計が新しいからね。サスペンションの限界も高いし、タイヤもアドバン・ネオバAD08Rとかグリップの高いのを履いている。噂ではこの近くの大河内峠の最速なクルマは長い髪のセーラー服を着た女が乗っているピンク色のS660だそうだ。『ローズ・ゴースト』って呼ばれているらしい」
「オールペンしてるS660がとにかくひたすらストイックに走り回り、気が済んだらふいっていなくなる。本物の女子高生なのか、コスプレ女子なのかは不明だが、隣町のお嬢様学校の制服を着てフルオープンで激走し、走り去った後にはガソリンとオイルとタイヤが焦げるニオイと少しばかりの薔薇の香りを残していくんだと……。薔薇の花びらまで舞っていたと言ってるヤツすら出てきてる。どこまでが本当の話なのか、たんなる悪質なデマコギーなのか、集団幻想なのか、もしくは本当に事実なのか、よく解らないがまるで幽霊のような女らしいよ……」とぴよ八先生が長々と説明してると、
「一瞬だけだけどチラッと見たわ。大河内峠にいたブルジョア女子高生ね!」と眼をギラギラさせた本田美都が話に入ってきた。
「気にいらないわ!どうせ金持ちの家の女子高生が親にお金を出して貰ってS660なんか乗ってんでしょ?きっと走りもスカしたお嬢様走りなのよ」
(金持ちでスカしたお嬢様走りをする女子高生)
好き嫌いがハッキリしている本田美都は新車を全塗装でピンクにしているだけで気に入らない。
「だいたい高校生がS660をピンクにオールペン出来る?出来はしないわ。普通はそんなお金ないもん!………ねえ、千野、その『ローズ・ゴースト』とかいうブルジョア女をギャフンと言わせようよ‼︎』
「『ギャフン』って言った人間を見た事ないし、担任としてはそんな危険行為……」とぴよ八先生が言いかけた事を二人はもう聞いてはいなかった。
「よし、大河内峠に二人で『ローズ・ゴースト』をブッ倒しに行くぞ〜‼︎」と美都はよく解らない獲得目標を見つけたみたいである。
「ピンクの軽自動車、………他校の制服、…………長い髪の女子高生…………。知ってる、私はその人を知っている。川沿いで私に微笑んでくれた人だ………」
千野はもう一度あの人に会いたいと思った。
「あっ、アタシも〜、行く、行く〜!」AZUは缶ビール一本で泥酔するというなかなかのコストパフォーマンスを見せ、スパナを振り回してる。
こんな時の松田AZUには近づいてはいけない。
「先輩は酔っ払ってるから留守番!ぴよ八先生と一緒に飲んでて下さい‼︎」と美都に一蹴された。
ぴよ八先生は千野の眼が輝いているのを見て「そんな危険行為は認められないよ!」と言う言葉を心の引き出しにそっとしまい込み、出て行く二人を眺めていた。
「あらら、行っちゃった。先生、顧問として止めなくても良いのかい?」
顔の真っ赤な元ヤンキーのAZUが揶揄うように聞いてくる。
「まあ、バイク盗んだり、校舎のガラスをブチ割るんじゃないんだから、良いんじゃない?」
「何だよ、まるであたしが学生時代にそんな事ばっかしてたみたいじゃないか?」
「そんな事ばっかりしてたじゃないか…」
「売られたケンカ、買ってただけだよ!悪い事がしたかった訳じゃないわ‼︎」
「正義のヤンキーってやつ?」とぴよ八はわんぱく少年みたいに笑ってる。
「フン、ヤンキーに正義も不正義もねえよ!」
「そりゃそうだ……。俺たち大人があの子たちに出来る事って言ったら見守っててやる事ぐらいだろ?いつも空ばかり見ていて何考えているか良く解らなかった鈴木千野のあんなキラキラした眼を見せられたらね………止められないよ」
「確かにあの二人、凄い楽しそうね」
「うん、あの子たちを見てると俺は何か命を無駄にして生きているんじゃないか?って思ってしまうよ」
「ふ〜ん………。アンタみたいな人が担任の先生だったら……あたしも……………」
「ん?」
ぴよ八先生は意味が解らずキョトンとしている。
「何でもないわよ。酔っ払って話す事じゃない。シラフの時、気がむいたら話すよ。アイツらも行っちゃったし、焼き鳥屋さんで飲み直します、先生?」
「……止めとくよ、焼き鳥じゃ共食いになってしまう」
「それはちょっとした嫌がらせね。んじゃ、ラーメン屋さんで餃子をつまみに飲もうよ、先生のおごりでさ」
千野と美都は大河内峠に早速走りに来たが、わずか2秒くらいしか「ローズ・ゴースト」の姿を見る事が出来なかった。
「全然ついて行けない……………………。凄いスピード………。あのクルマの色、髪の色、間違いない!あの人だ‼︎ 」と千野には解った。
そして5分後、反対車線に風のようなピンク色の車体をもう1度すれ違う………。
鈴木千野は「速い!あの人と一緒に走れたら………楽しいだろうな」と感じたが、本田美都は「打倒!ローズ・ゴースト」という甲斐のようなものを見つける。
微妙に二人の目的意識は違うが、きっとまた「ローズ・ゴースト」に会いにこの峠に来るに違いない。
つづく
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2016/09/02 19:07:05