宮城の戦国大名と思って良さそうな 葛西親信、と言われる人物の忌日と思われる日
年齢不詳ですが40歳は超えています 死因は分かっていません
戦国時代真ん中の人ですが通称不詳で出身不詳 宮城の登米から石巻のどこかと思われます
大名家の当主とは思えないくらい謎の人ですが 戦国時代の宮城が原っぱ過ぎて
外界と切り離されたような事になっていたのが記録が無い一因とも言われています
どうも隣の大崎家と揉めていたらしいのですがどこからどこまで領有していたのかも
判然としません 登米から石巻の間とも言われていますが 南はもう未線引き 仙台なんて
まだ名前も無い原野です この頃宮城で寺社以外の施設と言ったら平安時代の震災で放棄
された国府多賀城の基礎跡くらい
で 葛西家がどうなったかと言うと
「葛西?良く分からないけど小田原来なかったからクビ(-"- )」
秀吉によってリストラ 子孫は散り散りになってしまったようです 後任はこれまた
山形と会津の境の深山から引きずり出され
「なんで俺が宮城の、それも岩出山なんて聞いた事も無いような・・・・(X皿-;)」
文句ブーブーの独眼龍 伊達政宗となります
さて こんなホイールを見かけました
くまさん これが可愛い系の元祖だったと思います もう20年くらい経つような
BBSだのマツダスピードなんて眉間に皴寄せて眺めていたのでは一生思いつかない
デザインのホイールだと思います 誰が実行したのか大したもの
個人的には大好きです ブランド品への反骨と言うかロックと言うかそこまで感じてます
これにミシュランとか履かせれば完璧 本当の意味での傾奇者になれるんじゃないかなと
一見バカっぽく見せておきながら履いてるのがコンチやレグノ これがまたイヤミで宜しい
流石に野郎が履くとアレですが奥様や彼女 或は御令嬢に タイヤの組合せ次第で家族愛
アピールまでできる 買い物グルマとなると押しつけ趣味のホイールに安タイヤっぽそうなの
が散見されますが そこらへんとは一線を画す事も容易です なかなか深い
似合うクルマと言えば今はもちろんフレアが一押し シンプルな車体に良く映えます
あ でもコルサ乗ってる方がお友達にいたような しかも冬用がまだ鉄だったような
あ でもこれもしかしたらロードスターにも履けるのでしょうか
あ デミオにも履けますね DYとNAなんて夢みたいな保有状況の方が確か・・・
ちなみにこの個体 キャンバストップ車 かなり入れ込んでいるようです 敵ながら見事
Posted at 2014/05/06 12:49:45 | |
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