戦国武将 丹羽長秀の忌日 享年51歳 胃癌とか胃潰瘍のようです
愛知県名古屋市西区生まれ 通称「五郎左」
「五郎左 次はあそこの畑で瓜かっぱらうぞ!(^皿^(^皿^ )OKっす兄貴!」
織田信長の悪ガキ仲間からそのまま家臣になったようです そのまま信長の片腕となって
転戦につぐ転戦 織田家中のナンバー3の大物に 安土城建築の総責任者にまで出世
なんですが
38歳の時 本能寺の変 本能寺の目の前の大阪に居たのですが
「ば、ばか!(-皿-;三;-皿-)この大事な時に!」
秀吉と違い 部下達に話がばれてしまい大混乱 秀吉に先を越されてしまい後は秀吉の
サポートに廻り 一時期123万石のスーパー大名になっています
その割にマイナーな人なのですが理由としてこの直後くらいから大きく体調を崩していまい
居城で寝たきりになってしまい そのまま亡くなった為秀吉の動きに関与できなくなって
しまっているから
「そして丹羽さんの坊ちゃんは左遷だぎゃあ( - -) ぐっ・・(T皿T )」
息子は秀吉に警戒されて左遷につぐ左遷 更に徳川家康にもう一発左遷くらって
地方をたらい回しの末に辿り着いたのが福島県の白河 現在の小峰城を建てています
この人が元気だったら歴史はどう転んでいたか分からないような人です
伝説では自刃して胃の病巣を命と引き換えに取り出したのですがその病巣が生きていて
動き回っていたとかいないとか なんでこの人に限ってそんなおっかない話が出たのか(-"-;)
さて MS-8
こうして満を持して着陣したのが平成四年の三月十日
兄弟ともども三河門徒衆を始め三枚柏や日産 ホンダと一大合戦が始まります
「兄上達の分を押し返すのだ!ひるむなっ!アンフィ二ここにあり!p(-皿- )」
端から激戦に身を投じる事に それも2・0、2・5のミドルセダンというのだから凄まじい。
この陣場においては獲る首には事欠きません 見渡す限り敵だらけ たちまち乱戦に陥ります
カタログでの性能の比べあいなど初歩の初歩で 限定版の出し合いに値引き合い、下取りの
付け合いは当たり前、宣伝の垂れ流し合いにチラシの刷り合い 成約おまけの投げつけ合いに
祭りの開き合いにノベルティのばら撒き合いと血煙があちこちで吹き上がります
が
「押されているか・・・・(-皿-;)」
なんとしても思うように伸びない 不人気、と言う程でも なかったのですが さりとて目標を
越える事もできません 月販1500~2000台程度を推移して いく事になってしまいます
そして何よりも他の兄弟達が連戦連敗 カペラの数倍の大軍でそのカペラに届かないのだから
話にならない 特に後詰のクレフなどは敗れ去って影も見えないありさま 後世クロノスの
悲劇と呼ばれた歴史的大敗北を喫する事になってしまいます
「・・・・・じ、自由と解放は・・・・(゜ ゜ )」
流れるような外観を 包まれるような内装を 世界一大きなサンルーフを楽しんで貰おう
そこに流れる景色を 射しこむ光を 一番好きな音楽を流しながら楽しんで貰おう 運転者だけが
楽しむのではなく 同乗した人達全員同じ目線で楽しんで貰おう 世間への体裁などでなく 自己の
更なる充実の為のサルーンを楽しんで貰おう 無意味な威厳や虚飾では無く 光と音楽と優しさを、
そうしたマツダの提案は一顧だにされずに聞こえと値引き競争に巻き込まれて消えてしまう事に
なります こんな優しい事ではダメだった そんな事よりクラスを超えた威厳だの冠婚葬祭での
ハッタリだの 他人を押しのけ掻き分ける そう言う強さが求められていたようです
MS-8のために腹が立つ(T皿T)
男の真ん中とか 確かに封建体制の真ん中でござるな 勝手に座標と思った者は既に
化かされてござるやも知れませぬぞ 御用心召されませ
やっぱりワインレッドだな でなきゃ紺 ワインならBBSで純正リアスポ
ローワイド強調してXのメッキグリルつけて
いや ここは歳を考えてグレーが良いですかね とぼけて乗り回してですね
「そうだ 面白い装備があるんですよ このクルマ♪」
なんて おもむろに天窓が開くわけですよ アンフィニMS-8
その時の助手席の方の表情を想像できますでしょうか?
マツダはその表情を自分達の作ったクルマに向けて欲しかったのです
その非凡さが アンフィニです